ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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羽休め回みたいなもんです


杖十字団の洗礼

 

 

 地上に戻るまでの間、パーテルノステルが動くカラカラという音に耳を澄ませていたハティはふと違和感を覚えた。自分以外の息遣いが、どこからともなく聞こえる気がする。それから、船着き場ではなかったアンゼリカとブラックペッパーの香りが鼻腔を擽る。ハティは怪訝に眉宇を顰め、ポケットの中に手を突っ込んだ――何かいる。

 

 やがてパースノステルが地上に到着し、アイアンの扉が開くとハティはさっと振り向いてポケットから杖を抜いた。「ホメナム レベリオ!」

 丁度、パースノステルの扉の前の空間がぐにゃりと髪をくしゃくしゃにしたように歪む。そして、ヴェールがするすると滑り落ちるように一人の少年が姿を現した。一見すると、黒豹のような少年である。年のころはハティと近いだろうか――すらりとしたしなやかな体つきに、肌は淡い褐色。瞳はグレイなので、もしかしたらコーカソイドの血も混じっているかもしれない。顔立ちは極めて端整で、どこか華やかさもうかがわせたが口元に浮かんだ小ばかにしたような笑みが、軽薄さを拭いきれないでいた。

 

 

 ハティは見知らぬその少年をやや乱暴に石の壁に押し付け、喉仏に杖をつきつけた。

 

「今、わたしが魔法を使えばあんたの頸動脈の上でわたしの杖がスパークするわね。そうしたら、あんたは終わりよ?」

「気の強い女だな、ドラコ以外にもそうなのかよ」

「盗人相手に無力な一般人が手加減するとでも? 生憎と、自分の身は自分で守れって子どもの頃から叩き込まれてるの。で、あんた誰?」

 少年は学校指定のローブを纏っていなかった。夏も真っ盛りであるためか、麻のシャツと黒いスラックスと簡素な装いであったが縫製はしっかりしており質の良いものを選んでいるようだ。首元には太いなゴールドのコインネックレスが下げられており、ハティと同年代の子どもがこれほどの代物をに見つけられるのは富裕に他ならなかった。

 少年は「さあね」と天を仰ぎはぐらかしていたが、ハティが小首を傾げて一層杖を喉に押し付けると流石に少年は降参したように両手を上げた。「どこが無力な一般人だよ、蛮族の間違いだろ? 降参、降参だ」

 

「俺は、スリザリンのブレーズ・ザビニ、お前と同じ一年」

「ふうん、スリザリンね」

 一瞬、マルフォイがハティへの伏兵として控えさせていたのだろうか。とも考えたが、あの矜持の高いマルフォイが同級生の前で鼻水と垂らしながら泣きじゃくるという失態を演じるわけがない。つまり、マルフォイも気付かぬうちに目の前の少年はあの場所に忍び込んでいたのだ。それがザビニ自身の意思であったのか、上級生に命じられたのか判別はつかない。しかし、今の今までハティに気取らせなかったそのスキルの高さは驚嘆すべきであった。同時に、脅威であった。

 

 

「誇り高きスリザリンのブレーズ・ザビニがあんなところで何のために盗み聞きと盗み見をしていたの?」

「誇り高きスリザリン生の俺が、そうべらべらと喋ると思う?」

「喋らないなら、そうさせるしかないわよね。幸い、わたしの魔法の腕はご存知のようだし。ここからレヴィオーソさせたらあの下の崖までディセンドでひとっとび……スリル満点のジャンプが味わえると思わない?」

 ザビニの顔は相変わらず顔色がわからなかったが、表情は如実に語っていた――この女ならやりかねない。と言わんばかりに、彼の飄々とした態度は今や崩れ去っていた。

 

「待て待て待て、本気で俺にそんなことをするつもりか? お前は今度こそ一発で退学だぞ!」

「問題ないわ、あんたの記憶を修正すれば完全犯罪に仕立てることができる。そこでわたしがお涙頂戴の演技をかまして”スリザリンのザビニくんが、思いつめた顔で飛び降りたんです”って教授たちに説明するってわけ。完璧ね」

「お前、イカれてるよ!」

 ザビニは叫んだ。

 

「じゃあ、教えてちょうだいよ。何のためにあそこでわたしたちを探っていたの」

 不意に変わった声音に、ザビニの体は震えが走った。ハティのエメラルドグリーンの瞳は不穏な光を宿して、探る様にザビニを見ていた。うっすらと美しく笑っているが、そこにあたたかみはない。

 ザビニは「勘弁してくれ……」と呟いて、力なく両手を下ろした。

「俺は、ある人の命令であんたとドラコの監視にきた」

「ある人の命令?」 

 ハティは怪訝に眉宇を顰めた。

「名前を言わなくても分かるだろう? 今、スリザリンの俺たちを駒のように扱っている女王さまさ」

「アラディア・ロウルか!」

 ハティはザビニの意図しているところを察して、声をあげた。そして無性に笑いが込み上げてきた。

 やはり、マルフォイはアラディア・ロウルに軽視されているのだ。そして、課せられた任務を完遂できまいと信用されていない。マルフォイがこれ以上の失態を重ねないように、目の前の少年は監視として派遣されたのだろう。そこにはスリザリンの実力者としての権力があったのか、ザビニとの何らかの取引があったのかハティにはわからない。しかし、今となってマルフォイが不憫でならなかった。

 

「マルフォイも信用がないなあ!」

「あの女は誰も信用していない、俺はそういう類いの女だとみてるよ。幸い、俺はこの顔だからこと女性のことに関しては察しがよくてね。アラディアの覚えもめでたいってわけ」

 ふふん、と少年が笑う。確かに端整な顔をしていたが、セドリック・ディゴリーに感じたような胸のときめきは全くなかった。

 何のかしら、この違いは。とハティは自身に違和感を覚えながら、鼻で笑った。

 

「スリザリンの中で生活するのも大変ね。日々、権力争いなの? わたし、本当にグリフィンドールで良かった。じゃあ、わたしはもう行くからアラディア・ロウルに伝えておいてよ。わたしは貴方に興味がありません。パンジーの失脚に伴う大失点は、そっちで責任をとってください。ハリエット・ポッターを関連付けて考えるのは、あまりにも被害妄想ではないでしょうかってね」

 ハティは踵を返して歩き始めた。

 ザビニが攻撃をしかけてくれば、いつでも反撃できるようにポケットに右手は突っ込んでいる。そのさまをハーミスが目撃したならば、嫌そうな顔で「君はKGBか?」と口を挟んだだだろうが、今それを指摘する人間はこの場にいない。十歩ほど歩いてもザビニはハティの背後から魔法をしかけるような真似はしなかった。代わりに、ザビニはハティの背中に声をかけた。

 

 

「アラディアはあんたのことをずっと見てる。パンジーの事を抜きにしてもな」

 自明の事のように言うザビニに、ハティは思わず足を止めて振り返った。疑いを込めてザビニを見ると、セドリック・ディゴリーとは異なる冷たいナイフのような灰色の瞳が、太陽の光を浴びて鈍いきらめきを放っていた。

 

「……どうして?」

 わたしが”生き残った女の子”だから?

 

 

「さあな。アラディアがそこまで俺に語ると思うか?」

 ザビニは飄々と肩を竦めると、ハティとは正反対の方向に歩み去っていった。

 重い気分で、ハティがそれを見つめていると「ハティ!」と石造りの階段を駆け下りてフィルがこちらに近づいてきた。今日は特に社交活動をしていないのか、簡素な白いワンピースで髪もおろしたままだ。

 彼女は息を切らして、ハティの前で立ち止まった。

「探したのよ! 私たち、大変なことになっているの。昨日のルビーの話を覚えていて? 医務室にルビーを連れて行ったでしょう、その時にパンジーの見舞いにきていたダフネと出会ったの。ダフネが言うには、私たちアラディア・ロウルに目をつけられてるから気をつけなさいって。実はあの後、眠れなくて、さっき急いでジャスパーとディランのところに行ってきたのよ。そうしたら、アラディア・ロウルはあのソーフィン・ロウルの娘だって言うじゃない!」

「ソーフィン・ロウル?」

 怪訝に眉宇を顰めるハティに、フィリパは怯えたように周囲を気にしながら小声で言った。「元デスイーターよ!」

 ハティは目を剥いた。確かに元ドラコ・マルフォイというデスイーターの息子が同級生に在籍しているものの、実際に他のデスイーターの子弟の存在を知ることになるとは思わなかった。それも、スリザリンの実力者で恐れられている上級生という形で彼女の正体を知ったので、ハティは虚脱する思いで石の壁に寄りかかった。

 

 

「どうりで、他のスリザリン生から怖がられているわけね……デスイーターの娘であることをひけらかして、恐怖政治でもしてるのかしら」

「むしろその逆よ! アラディアがソーフィン・ロウルの娘であることは、殆どの生徒が知らないの。マリーンだからこそ、知っている情報よ。ロウル家自体、旧家だけれど最近はめっきり落ちぶれていて旧家の集まりにも顔を出していなかったし。アラディアがスリザリンで権力を持ち始めたのは、純然たる彼女の実力よ! だからこそ、恐ろしいの……相手はパンジーみたいにトロール並みにおつむのたりない子どもじゃないんですもの!」

「わたしたち、どうしたらいい? いっそのこと、闇討ちでもする? わたし最近、目くらまし呪文の練習をしてるのよね。暗殺とかにもってこいの魔法よ」

 フィルは口を開いたが、言葉を失っていた。そしてややあって、背中を逸らして大笑いした。

「いやだわ、ハティったら! こんな時にブラックジョークは辞めて頂戴よ!」

 ジョークではなく、殆ど本気だったのだがフィルは場を和ませるためにハティが不穏なジョークを放ったと勘違いしたようであった。彼女はお腹を抱えてけらけらと笑った。顔は多少青ざめていたが、彼女は普段の楽観的な自分を取り戻してハティの手を握った。

 

「私、こうなったからにはそれなりに対策を練ってきたわ。ジャスパーそれからディランと話をしている時に思い出したのだけど、アラディアはマリーンのライバルなのよ。来年のヘッドガール(主席)の座を二人は争っているから、お互いにスキャンダルや相手の足元を掬う話題は喉から手が出るほど欲しい筈だわ」

「フィルったら流石ね。わたしよりも社交活動や遊びに全力なのに、勉強と同じように抜かりがないんだわ」

 ハティは心底、感心していた。

 授業で見事な魔法を披露して教授たちから加点を掻っ攫うのはハティやハーミスが得意であったが、全力で学生生活を楽しみながら一体どこにそんな時間があるのか。とハティが疑うほどにフィルは成績優秀なのだ。彼女の明晰さやタイムスケジュール管理はこのようなところにも表れていた。

 

「そんなことがないわよ。ハティに褒められると照れるわね……兎も角、明日もハニーバジャークラブに行くべきだと思うの。マリーンに何か知恵を貰いましょう」

「そうするしかないわねえ……」 

 ハティは気が進まなかったが、物憂げに頷いた。

 スリザリンのアラディア・ロウルという魔女のことをハティが知らない以上、彼女やスリザリンの動向について情報を集める必要がありどうにかして身の安全をはからなければならなかった。

 

 

 翌日もハティたちは八号の温室へと向かった。

 

 ハニーバジャークラブのお茶会はもっぱら八号の温室が使われているようで、前回ほどオランジュリーの中は装飾されておらず花咲か豆もなかったものの、すっきりした分温室独自の自然の美しさがあらわになっていた。オランジュリーの中はその名の通り、オレンジやレモン、プラムがたわわに成り、かんきつ類の爽やかな香りを漂わせていた。

 足元には色とりどりの薔薇やラベンダー、矢車菊、デルフィニウムが咲き乱れており、奥の茂みにはイチイの木が二本アーチのように植わっていた。その間には人二人分の煉瓦の壁があり、手前にはグラアル(聖杯)を抱いた乙女の彫像が設置されている。足元では、ラッパ水仙がコルネットのような音色を奏でている。

 

 既にクラブの魔法使いや魔女は席について、ティーカップを片手に社交活動に勤しんでいる。お茶菓子や紅茶を脇に置いて、ゴブストーンに熱中していたハッフルパフの生徒が失点して嫌な臭いのする液体を顔面に食らうのを横目に、ハティたちはマリーンを探した。

 そうして、薔薇の茂みに彼女を見つけた。クラブの主催者は社交活動をそっちのけで低学年の生徒と共にこちらに背を向けて薔薇の手入れに集中しているようだ。その背中が以前と比べて随分と質素な装いであったのでハティはすぐに気付かなかったが、フィルはとプリシラは「あそこね」と声をあげてずんずんとマリーンに近づいた。

 

「マリーン! ごきげんよう!」

 

 

 

 

 一

 

 

 

 

 

 

 ハティのたちの話――ほとんどフィルが深刻そうにまくし立てていた――を聞いたマリーンは「アラディアねえ……」言ったきり表情を曇らせた。

 彼女の隣では一緒に薔薇の手入れをしていた下級生がせっせとぎこちない手つきで杖をふり、紅茶を淹れていた。ハティは黙り込んでしまったマリーンよりも下級生に視線をとられ、何の気なしに眺めた。年の頃はハティたちと変わらない。ふわふわの綿あめのような亜麻色の髪に、ミルク色の肌。鮮やかな若草色の瞳をしていて、顔立ちは優し気で中性的だ。貴族の子弟のようにフリルの白いブラウスに、リボンタイ。ベージュのスラックスと編み上げのブーツを履いており、性別ははっきりしなかった。

 

 男か、女か。どっちなのだろうか。とハティが漠然と考えていると、若草色の瞳と目が合い照れくさそうに笑いかけられた。マリーンが再び口を開いたのは、その時であった。

 

「貴方達、厄介なところに手を出したわね」

 フィルは考え込むようにしばらく口を噤んでから、訊ねた。

「厄介なところって、アラディア・ロウルのことを言っている? マリーン」

「ええ、そうよ――でも、アラディアの事だけじゃないわ、パンジーのことにしてもよ。禁じられた四階の渡り廊下で決闘だなんて……よくもそんな危険なことを考え付いたわね。貴方達がハッフルパフ生で私の直接の後輩であったなら、両方から減点して叱っているところよ。全く、ルビーのためとはいえ軽率としか言いようがないわ」

「でも、実際わたしたちは行っていませんけど」

「行かずに勝利したのね。そして、貴方達は今決闘で勝利を得たかわりにもっと酷い事態に陥ってる。これってマグル風に言うと、ミイラ取りがミイラになるって言うんじゃないかしら。そうよね、リエル」

 確かめるようにマリーンが下級生を見やる。リエルと呼ばれた人物は「ええ、そうですよ。マリーン」と礼儀正しく答えて、微笑んだ。その声は鈴を転がしたように可憐で、ハティはリエルが女なのだと知った。

 プリシラは怪訝そうにリエルに一瞥をくれると、用心深く周囲を見渡して「彼女はどなた? 紹介していただけないかしら」とマリーンに言った。暗に信頼できる人物であるのか、というマリーンへの問いかけである。マリーンはプリシラの言わんとしていることを悟り、リエルに「座って」と席に着くよう促した。

 マリーンのリエルへの一連の接し方で、彼女が信頼に値する人間なのだと理解はできたかフィルとプリシラの表情は硬かった。

 

「彼女はガラドリエル・ブレナーハセット、私の遠縁の子なのよ。貴方達と同じ一年生よ」

「リエルって呼んで、よろしくね」 

 彼女は三人の視線を受けて、うろたえたような顔をしながら何とか挨拶をした。

「ガラドリエルってトールキンの指輪物語に出てくるエルフよね?」

 プリシラがきらりとアッシュブルーの瞳を輝かせて言った。

「う、うん」

「確か意味は、輝きの花冠を被る乙女――素敵な名前ね」

 ハティは口を挟んで、さらりとリエルに微笑みかけた。

 本当に素敵な名前だ、きっと彼女の母親はトールキンのファンだったに違いない。

 リエルはプリシラとハティに命名について言い当てられたことに、吃驚した様子で頭をのけ反らせた。

「二人とも、ゆ、指輪物語を知っているの!? そうなの、お母さんがトールキンの本が好きでこの名前をつけてくれたの。変な名前って言われなかったの、初めてよ」

「リエルの母親は少し変わった人で、マグル好きなのよ。名前までマグルの本から命名するものだから、私の両親も驚いていたわ」

「あら、指輪物語はマグルの本の中では歴史に残る傑作よ。良いネーミングセンスだと思うわ」

 プリシラは鷹揚に頷いた。

 

「確かに、名前の通りに育ってくれたとは思っていてよ。この子、植物を育てるのが上手なの。どんな植物相手でも、とても誠実に優しく接することができる子よ。ですから、この温室の管理もこの子に手伝ってもらっているの」

 温室の管理を任されている。という一言にフィルとプリシラは目に見えて安堵したように力を抜いた。ハティもガラドリエルに対しては悪い印象を持たなかった。マリーンの言う通り、彼女は本当に寡黙でマリーンが促さなければ口を開かないほどであった。しかし、目が合うと優しく微笑んでお茶を淹れてくれたり、ケーキを切り分けてくれた。非常に気が利くので、マリーンが気に入るのも納得だった。

 

「マリーン、私たち本当に困っているのよ。パンジーのことは、少し教訓を与えてやるつもりだったのよ。あんな風に酷い目に遭わせるつもりはなかったわ。だって、あの子が四階の禁じられた部屋に入るとは思わないし、そこにケルベロスがいるなんて想像できるはずないじゃないの!」

「静かになさい」

 マリーンはごく軽く言っただけだったが、フィルは身を固くして口を噤んだ。フィルの言い分の通りであり、当初の予定ではパンジーが禁じられた部屋に足を踏み入れて、スリザリンが三〇〇点も失点するとは想像の範囲外だったのだ。

 

「でも実際、そうなっているじゃないの。こうなっては、あの執念深いパンジーとアラディア、そして二人の向こう側にいるヤックスリーをどうするか考えなければならないわ。ヤックスリーは今年で卒業ですから、勿論寮杯を獲得して有終の美を飾りたかった筈よ。そして、アラディアに関しては甘くみないことね。一見、聖女のように優し気ですけれど、アラディア・ロウルは権謀術数に長けた冷徹な女ですよ。たとえ、貴方達が相手にしたのがとるに足らぬ一年生であっても、それがスリザリン全体に影響を及ぼしたとなれば、あの女は全力で貴方達を潰しにかかってよ」

「全力で潰すと言いますと、具体的にはどういった手段をとってくるんでしょうか?」

 エメラルドグリーンの瞳をまたたかせて、ハティは問いかけた。

「それは勿論、スリザリンですから数の暴力よ。スリザリン生はああ見えてレイヴンクローやグリフィンドールに比べて、身内意識が強いわ。寮内で結束を固めて、貴方達をターゲットに廊下で呪いをかけるくらいのことは平気でやるわよ。あの女は」

「でも、廊下で魔法を使うことは禁止されていますし」

「教授の目のないところでは皆、使っているでしょう? そんな些細な規則に臆するほど、彼等は臆病でも誠実でもなくってよ」

「そんなの、どうしろと言うの。流石にスリザリン一団となってかかってこられては、どうにもならないわ」

 プリシラははっと身を強張らせて、縋る様にマリーンを見た。フィルも青ざめていたが、ハティは負けん気で口を開いた。

 

「どうにかならないでしょうか。ハッフルパフの監督生である貴方に頼るのはお門違いだとは思いますが、わたしたちはアラディアのことをよく知りませんし、個人でスリザリンの学生全員に立ち向かうなんて無理があります。勿論、必要とあれば対価は払いますから、どうか力を貸していただけないでしょうか」

 正面からマリーンを見据え、ハティは続けた。

「お願いします」

「私からもお願いします、マリーン。貴方をこんなことに巻き込んで、申し訳ないと思っているわ! だけど、貴方の助けが必要なの。必ず、この恩は返しますから!」

 ハティの誠実な態度と言葉、そしてフィルの必死の説得にマリーンは心揺さぶられた様子で押し黙った。マリーンは、手元のティーカップに視線を落として考え込んでいたが、ふいに言った。

 

「少し考えさせてくれないかしら。返事は来週のお茶会までに必ずするわ」

 一週間考える時間が欲しいとの申し出に、フィルは落胆を隠せない様子で「わかったわ」と肩を落として頷いた。プリシラも表情を曇らせ、ハティは二人の手を握って下唇を噛んだ。そんな三人を、リエルはおろおろと狼狽したように見ているのだった。

 フィルと想像していたような色好い返事が得られなかったことに、ハティも内心では落胆と失望をしていた。マリーンが二つ返事で助力を請け負ってくれるとは思わなかったが、それでもマリーンの口から「アラディアは厄介だ」と聞いた後に保留にされるとひたひたと絶望感が押し寄せてきた。

 

 こんなつもりではなかった。今になって、ハーミスの「君はいつかツケを払う」という言葉が痛いほど理解できた。そしてマリーンの言っていた言葉も、その日の晩に最悪の形でハティを襲った。

 

 

 マリーンの件では気落ちしたものの、お腹は減るものでハティはロニーと一緒に大広間でたらふく夕食をたいらげた。明日は月曜日であり「休みはあっという間だね」なんて話していた二人は、いつものように鈍い音をたてて階段が動き出したので慌てて手すりにしがみついた。

 

「びっくりした! 危ないところだったね、ハティ。もし階段で足でも踏み外して怪我したら、ウッドが大騒ぎするところだよ」

「ロニー、その話は秘密なんだから」

「そうだった、ごめんごめん」

 もう、ロニーったら! とハティが子どもっぽく頬を膨らませたその時であった。雑踏に紛れて「パーキンソンが」と囁く声が聞こえた気がして、ハティを振り向いた。背後にいた上級生たちはこちらに気付いていない様子で「明日のルーン文字学の課題、やってないだよな」「今日、徹夜決定だよそれ」と笑い合っている。私服であるため、どの寮か判別がつかないが彼等ではない。

 

 気のせいか、とハティは視線を前に戻そうとした。マリーンからアラディアの話を聞いていたので、敏感になっているのかもしれない。と思った。その矢先、視界に紫色の光が飛び込んできた。一瞬、ハティは何が追ったのかわからなかった。自分の手はしっかりと手すりを掴んでいた筈なのに、何か引力のごとき強力な力がその場からハティを押し出そうとしている。目の前に踊り場はなく、あるのは宙だけだ。もし落下すれば、ひとたまりもない。必死に手すりにしがみつこうとする。しかしもう一度追い打ちをかけるように突き飛ばすような力が与えられ、気が付けばハティの体は前方に投げ出されていた。

 

「え……っ」

 ロニーが驚愕に青い目を見開いて、こちらを見ているのが見える。声も出せない様子だ。体が宙を浮いて、視界いっぱいに向こう側の踊り場と無数の絵画の登場人物が恐怖に引きつった顔で額縁から飛び出さんばかりにこちらに手を伸ばしている。他の生徒たちも気付いたのか、大階段に悲鳴がこだまする。

 あ、と声を出す間もない。ジェットコースターで落下した時の、心臓が浮いているような感覚。急激に体が下へと落下する――衝撃にそなえて目をつぶったその時、静寂の中、凛とした声が響いた。

 

「レヴィオーソ!」

 地面に落ちたと思われる衝撃はなかった。代わりに体が何かに真綿のようなものに包まれた感覚がして、ハティは自分の周囲から重力の一切が消え去るのを感じた。恐る恐る目を開くと、一つ上の階段から眼鏡を光らせた赤毛の少年が剣呑な顔つきで小刻みに杖を震わせながらこちらに杖先を向けているのが見えた。パーシー・ウィーズリーだ。

 頭上から真っ青な顔をしたロニーが恐慌状態に陥り「パーシー! 早くハティを助けて! 死んじゃうよお!」と裏返った声で何度も叫ぶのが聞こえた。

 

「今必死にやってる! いいか、そもそも魔法が的中したのも奇跡に近かったんだからな! ハティの無事を願ってるなら、僕の集中力を切らすようなことを言わないでくれ!」

「ウィンガーディアムレイヴィオーサ」

 パーシーがロニーを一喝したその時であった。流暢な発音が響いたと思うと、ハティの体はたちまち羽のようにふわふわと上へと強く引っ張り上げられた。驚いてパーシーを見るが、彼も目をぱちくりしており「自分ではない」と言わんばかりに頭を振る。では、一体誰がこの魔法を使っているのか。と唖然としていると、魔法の主はすぐにわかった。

 まるで指揮棒でもふるうかのように、その青年は杖を優雅にふっていた。彼が杖を振り上げればハティの体もふんわりと浮遊する、彼が杖を引き寄せるとハティの体も引き寄せられる。そのようにして青年はハティを自身が踏みしめている踊り場へと引き寄せた。

 

「どうやら、俺の魔法の腕も奇跡に近いようだな。パーシー」

 青年はニンマリと笑って、そう言った。大声ではなかったが、張りがありよくとおる声であったため彼の声は大階段に朗々と響き渡った。

「オスカー・オブライエン!」

 心底、びっくりしたのかパーシーの声は叫び声に近かった。

 オスカー・オブライエン? どこかで聞いたことがある名前だ。ハティは記憶にひっかかるものを感じて、まじまじと目の前の青年を仰いだ。絹の白いブラウスに黒いスラックスと簡素な装いだが、猟犬の様に引き締まった長身にはそれがむしろ似合っている。髪はジェットブラックで、肌は白皙を思わせる白。きっかりとした彫刻のような目鼻立ちで、濃密な黒々とした睫毛が頬の上に暗い影を落としている。目元は涼し気だが、どこか甘さも含んでおり一度見れば忘れることはないであろう迫力のある美青年であった。

 

「あ、あの……」

「怪我はないか? ないよな。俺の魔法は完璧だったしな」

 青年は腕組みをして、ふっと太い笑みを浮かべた。セクシーだった。

 大人の男性だ~! と密かにハティが感嘆していると真っ赤な顔をしたウッドが二段飛ばしに階段を駆け上がり、階段が踊り場に着かないうちに宙を飛び越えて踊り場に着地した。後に続くようにロニーや他の生徒が階段を駆け上がるのが見えた。

 

「ハティ! 無事かァ!!!」

 ウッドは鼻の孔を膨らませながらハティの肩を掴み、叫んだ。あまりの大音量に耳鳴りがするほどで、ハティが気圧されながら「う、うん。大丈夫、この人のおかげで」と青年を指さすも、ウッドはそのようなことは些末な事だ。と言わんばかりの怒りの形相でぶるぶると肩を震わせた。

 

「スリザリンの陰謀だ! うちのシーカーを早くも潰そうとしている!」

「考えすぎじゃないかしら?」

「いいや、そうに決まってる!」

 ウッドはとりつくしまもなく、怒号してスリザリンへの罵詈雑言を並べ始めた。

 確かに、魔法で宙へと押し出された形跡はあった。けれども、魔法を使ったのがスリザリンかどうかはあの一瞬で判別はつかない。ハティは自身でスリザリンの仕業であることを否定したものの、内心ではウッドの考えに賛同していた。シーカーであるハティを潰すためではない、スリザリンを失点させたグリフィンドール生への報復のために魔法をしかけられた可能性がある。

 

 それを口にしようとすると、ウッドは息を切らしてようやく踊り場に到着したパーシーを勢いよく振り向いた。パーシーは情けないほど息が上がっており、結局は続々と他の生徒に追い越されて最後に到着したのだった。

 

「パーシー、これはスリザリンの仕業だ! お前の監督生特権で、あいつらを今すぐ減点し、うちのグリフィンドールに危害を加えれば延々とスリザリンが失点することを思い知らせてやれ!」

「無茶を言うな、ウッド! スリザリンの生徒という証拠があるわけでもないのに、そんなことできるはずがないだろう。職権乱用だ」

「いや、スリザリンだったぞ」

 口を挟んだのは、オスカー・オブライエンであった。

 パーシーが「信じられない」と言わんばかりの驚きと困惑の表情でオスカーを見る。ウッドはオスカーの援護射撃を受けて我が意を得たりと言わんばかりに「ほら見た事か! 俺の言った通りだろ、パース! あいつらのやりそうなことだ」と声を上げた。

 

「でも一体誰が? オスカー、見ていたのか?」

「待ってよ! ウッドの言う通りなら、シーカーになったそれだけでハティが魔法で殺されそうになったってこと?」

 ロニーが慄然とこちらを見た。

 ハティはパンジーのことをこの場で公表すべきかどうか迷った。ロニーはパンジーの一件の当事者であるが、他の四人は全くの第三者だ。

 パーシーやウッドの知人らしき見知らぬ少年が「スリザリンもマイナス失点で、なりふり構ってないってことだな! ガハハ!」と空気も読まずに豪快に笑い声を響かせた。パージ―の友人にしては、随分と筋骨隆々な偉丈夫かつ大らかな性格をしているようで、ハティは思わず困惑して彼とパーシーを交互に見てしまうのだった。

 その時、ハティはオスカーが考え込むように顎を撫ぜていることに気付いた。ハティの視線に気付いたオスカーはハティに微笑みかけて、次にパーシーに視線をくれた。

 

「おい、パーシー。俺はポッターに魔法をかけたスリザリンの奴の顔を見たし、名前も知っている。ここは俺がスリザリンから減点してやってもいい。お前が今、ウッドの言う通りにスリザリンから点を奪えば、余計にあいつらが殺気立つだろうからな」

「それは助かりますが……誰だったんです?」

「グラハム・モンタギュー、スリザリンのチェイサーだからよーく覚えてる。俺がクィディッチ好きだったことを感謝するんだな、パーシー」

「いくらクィディッチ好きでも、箒には乗れないようですがね」

 パーシーの皮肉げな物言いに、オスカーは唇を歪ませ「喧嘩売ってんのか」と軽くパーシーの頭を叩いた。しかし、パーシーは気分を害した様子はなくむしろ楽しそうに笑っている。

「オスカー、頼むよ!」

 とウッドがオスカーの手を掴み、熱っぽく見つめた。オスカーはあからさまに嫌そうな顔をして、手を振りほどいていた。

 パーシーとオスカーは仲が良さそうだがどういう関係性なのだろうか、とハティが考えているとくるりとオスカーがこちらを振り向いた。

 

「ポッター、お前は身を守る術を身に着けた方がよさそうだ。ウッドもそう思うだろ?」

「そりゃあそうだけど、勿論グリフィンドールチームとしてはハティに護衛をつけるつもりだぞ」

「四六時中、一緒にいられるわけでもないだろ。自衛の手段は身に着けさせるべきだ……そうだな、ブキャナンは杖十字会で六連覇してるそうじゃないか。ブキャナンに鍛えさせたらどうだ?」

「つ、杖十字会ってなに? なんか胡散臭そうな集まりにハティを入れようとしてる?」

 ロニーが胡乱な目でオスカーとウッドを見た。

 

「決闘クラブってやつだ、パースの妹よ! 現チャンピオンは俺、ボブ・ブキャナンだ!」

「あ、貴方がボブ・ブキャナン?」

 ハティは唖然としてロニーと顔を見合わせた。

 ボブが逞しい胸筋をそらして胸を張る。魔法使いの決闘クラブのチャンピオンというよりも、レスリングや格闘技のチャンピオンと言われた方がしっくりくる。

「この人にハティを預けて大丈夫なの……」

 不安げな顔をしているロニーの隣で、ウッドが名案だとばかりに「それはいい!」と目を輝かせて声をあげた。そしてハティの両肩を掴むと、真剣な顔で言った。「実のところ、俺はお前に圧倒的なパワーが足りていないと思っていた」

 

「パワー?」

 ウッドが妙なことを言いだすので、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

「それってどういうこと? シーカーは身軽さとスピードが大事なんじゃなかったの」

「確かにスピードは一番大事だ。だが、スリザリンはクズどもの集まりだ。ブラッジャーを人めがけて飛ばしてくるは、体当たりしてくるはで、あいつらは勝利の為なら手段を択ばん。ハティ、お前が今の自分の体に筋肉だるまみたいな野郎が体当たりしてきても、耐えられるか?」

 ハティは無言で自分の体を見下ろした。前も後ろもまっ平、おまけに棒のようにか細い手足が自分の目に入った。ハティは眉宇を顰めてウッドを仰いだ。

 

「……ボブみたいな人がぶつかってきたら骨が折れそう。わたし、そんなの耐えられない。わたしみたいに純情可憐で、儚い美少女がそんな総合格闘技みたいな競技で戦わなきゃいけないの? ねえねえウッド、筋肉だるまが体当たりかましてくるって本当なの?」

「真実だ……お前は今、クィディッチという過酷な競技に足を踏み入れたんだ……悲しいが頑張ってもらうしかない。いいか! 俺は涙を飲んでボブにお前を預ける! お前をボブにやるということは、俺がお前をしごく時間が減るということだ! これは非常に遺憾な出来事ではあるが、スリザリンどもの妨害工作に対抗する手段だと知れば、マクゴナガル教授もお許しくださるだろう。強くなれよ……ハリエット!」 

 ウッドは目を真っ赤にしながら、ハティの肩を抱いて熱く語った。

 ハティは「ええっ?」とあからさまに嫌そうな顔をした。それほどの努力を重ねるくらいならば、シーカーの座をぜひとも辞退させていただきたい。ハティは助けを求めるようにパーシーを見たが、パーシーは「ボブのしごきかあ……」と遠い目をしていた。

 

「僕は体力をつけるためにボブにトレーニングを受けたことがあるんだけど、なんでもボブのトレーニングは海兵隊式で厳しいらしいね。頑張るんだよ、ハティ」

 パーシーはポケットから飴玉を一つ取り出すと、何故か同情するような眼差しでハティに握らせた。オスカーも「仕方がない、これもお前のためだ」と意味深に頷いている。

 え、なになに、なんなの? 当惑しているのは何も知らないハティとロニーばかりで、当の本人のボブは歯並びの良い白い歯をきらりと輝かせてニカッと笑った。

 

 

「俺が預かるからには立派なラガーマンにしてみせる! 任せろ、ウッド!」

「いや、この子はクィディッチ選手……マグルのラグビー選手じゃないんだからな、ボブ!」

「早速だが行くぞ、キャスリーン!」

「いや、わたしの名前はハリエットなんですけど……」

 はじめて自分の名前を知らない人間と出会い、ハティは困惑した。なにこのひと、珍獣? というハリエットの視線など全く突き刺さらない強靭な筋肉だるまは、相変わらずハティの言葉を無視して、腹から声を出した。

「よし、まずはホグワーツを一周だ! ハンナ! それから俺特製の訓練施設で体づくりだ。強力な魔力は強力な肉体に宿る、これこそ俺が学んだ魔法界の掟だ! 敵と戦うための魔法を学ぶのはそれからだ!」

 そんな掟があるの!? とハティは四人を振り向いた。

 ロニーは呆気にとられており、三人はハンカチを振ってハティを見送る体制に入っている。「わたしまだこの人の訓練を受けるなんて言ってないんですが! ねえねえ、ウッド、パーシー、ロニー、オスカー!」

 

「強く生きろよ……ハリエット」

「助けてウッドォ!」

 

 

 

 

 一言で言うと、ボブの訓練は苛烈を極めた。海兵隊式訓練、と耳にしたときに何となく嫌な予感はしていたが聞くところによるとボブは純ジャパならぬ純粋マグルの出身であり、母親にいたっては元米軍海兵隊員らしかった。ハティは入学した翌日に杖を握りマッチ棒を針に変える魔法族式英才教育を受けていたというのに、事態は一転してハティは迷彩柄の訓練服を着せられホグワーツの一角で丸太を担ぎヒイヒイ言いながらランニングをしていた。

 

 

「なんだぁ! そのふらふらとした走り方は! ジジイのふにゃちんみたいにヒイヒイ言いおって! タマを落としたか!」

「サー! イエッサー!」

「貴様という雌豚が俺の訓練に生き残れた時、貴様は初めて兵器となる! その日まで貴様は蛆虫にもおとる生き物だ、地球上でもっとも下等な生き物だ!」

「サー! イエッサー!」

「おく病×××のクソガキが、誰が休憩していいと言った? 笑う事も泣くことも許さん、貴様は魔女ではない! 殺戮のためのマシーンだ! さあ、さっさと丸太を抱えて立ち上がれ! あと十往復だ!」

 

 ハティは遠い目で丸太をしょいなおした。笑顔は開始十五分後に消え、涙もとうに枯れ果てた。海兵隊式訓練も過酷さを、ハティは身をもって思い知っていた。驚くことなかれ、ボブはハティの名前を覚えられないただの脳みそ筋肉族なのではない、ハートマン軍曹だったのだ!

 なんでホグワーツの庭に新兵を訓練するための基地を作って許されるの、とか、パーシーお前もこの訓練を受けたのなら止めろよ! とか、ウッド何が強く生きろよ……だ。とか、自分を見送った面々には怒りと恨みが禁じ得ない。帰ったら、お前らのケツアナをファックしてやる! ハティは心に強く誓って、ヒイヒイ言いながら夕日を浴びて駆け出した。

 

 

 次の日、ハティは朝早くに脱走した。今日の朝もボブとの訓練はあったが、たとえスリザリンの生徒全員に狙われ日常的に呪いを浴びることになろうとも、ボブの訓練を受けるくらいならばスリザリン全員と戦った方がはるかにマシだった。腐れ×××と呼ばれるのも、トロールが愛用していそうな棍棒を片手に木のマネキンを千本ノックするのも、もう御免であった。

 

「やめてやる! こんな学校!」

 授業も全てサボタージュするつもりで、ハティは泣きじゃくりながらグリフィンドール寮を飛び出した。ところが、グリフィンドール寮を飛び出して〈太ったレディ〉がかけられた廊下を疾走し、階段に差し掛かったところでその男は待ち構えていた。逞しい腕を組み、踊り場の壁に寄りかかったボブは哀れな子どもを見るような目をこちらに向けていた。

 

 

「やはり、脱走兵となったか……アメリア。貴様のような腐れ×××の根性を叩きなおすにはケツの穴がミルクでいっぱいになるまでシゴいてやらねばな。こい、ボンレスハムにしてやる! インカーセラス!」

「ギャアアアア!!」

 ハティは断末魔のような悲鳴をあげたが早朝のホグワーツで彼女の叫びに気付く者はいなかった。

 

 

 

 

 

 二

 

 

 

 

 

「コンフリンゴ!」

 ボブの放った呪文がハティの足元で爆ぜる。ハティはは紙一重のところで地面を蹴り、飛び上がった。ボブは逞しい体つきをしているだけあってスピードとパワーがハティの比ではない。しかし、それを上回る反射神経とボブに鍛えられた無尽蔵の体力がハティにはあった。

「いつ俺が腕を止めていいと言った? このガバ××女め! パパの精液がシーツのシミになり、ママの割れ目に残ったカスがお前だ! 悔しかったら、俺の杖を武装解除してみろ!」

「黙れこのクソ野郎! エクスペリアームズぅぅぅぅ!」

 ハティの杖から強烈な黄金色の光の奔流が流れる。ビームのごとき光線はボブの右手を掠めて、的確にボブの手から杖を弾いた。くるくると弧を描いて宙を舞うボブの杖を、ハティは片手をあげてキャッチした。

 ボブは鬼のような形相で今にもボブの杖をへし折ろうとしているハティを見やると、感涙で目を濡らした。

 ハティがボブとの訓練を開始し、実に丸一週間が経過していた。ボブとの訓練が開始した翌日には、ハティの元にマクゴナガル教授から新品の箒が届いたのだがその包装を解く間もなくハティはボブとの訓練にあけくれていた。最初の四日間はただひたすらに体を鍛える日々であった。早朝に叩き起こされ、丸太を抱えてホグワーツの外苑を走らされたと思うと、トロールの棍棒を片手にスリザリンチームの顔がプリントされた木のマネキンをノックする日々。背後からは絶えず激励の声が響き渡り、泣き言を漏らそうものならば「ガバ××女め! そんなことでスリザリンの連中がファックできるとでも!?」と罵声が飛ぶ。

 

 そうして五日目、ようやく杖を握ったハティは死ぬ気でボブを倒すために呪文を詰め込んだ。ボブはまさに殺戮マシーンの如きスピードとパワーで何度もハティをノックアウトしたものの、そのたびに「回復アイテムのヴィゲンヴェルドポーションだ……」と強制的に胃の中に流し込まれ、ニューゲームされる日々が続いた。苦節七日目、ここまで耐えられたのは尋常ならざるボブの訓練でメンタルとフィジカルがゴリラのように鍛えられたからである。

 

 

「この短期間でよくぞ俺の杖を武装解除するところまで至ったな……ハーパー」

「ハしか掠ってないんですけど」

「貴様をこのまま杖十字団に連れて行き、部員どもと競わせたいところだがここ一週間ウッドがまだかとうるさくてな。今日で訓練は終了だ、マティルダ。鍛え上げた貴様のその肉体で、スリザリンどもを精一杯ファックしてやれ!」

「了解であります、軍曹殿!」

 

 ハティは不屈の精神でボブの洗脳を耐えきったと自負していたが、すっかり毒されていた。そしてウッドはこの時知らなかった。とんでもないレッドカード要員が爆誕したことを。

 

 

 

 

 

 

 

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