ハリエット・ポッターの不思議な冒険 作:新参なめ子
マリーンとの約束の日、プリシラと共にマリーンの元へ向かったフィルは一時間もしないうちに打ちひしがれた様子でドミトリーへと戻ってきた。
「駄目だったわ、ハティ。流石に、わたしたちのためにスリザリン全員を敵にまわすことはできないってマリーンに言われたの」
フィルは顔を両手で覆い、くぐもった声でそう言った。すすり泣くフィルをプリシラが案ずるように背中を撫でるが、流石のプリシラも彼女を元気にする言葉が出てこないようだった。
「私たち、もう終わりよ。きっと一か月もしないうちにスリザリンの連中に呪いをかけられて、プリスが読んでいたマグルの御伽噺みたいに永遠の眠りにつかされるに違いないわ!」
「フィル、多分そんなことは起きない」ハティが笑いを含んだ声で宣言した。「この一週間、わたしが箒にも乗らずに何をやっていたと思う? ボブ・ブキャナンと命がけの訓練をしていたんだよ。ボブは今日わたしに言ったの。そこらへんの素人では呪文を言う前に、君にボンバータされるだろうって」
「ボ、ボンバータって?」
「爆発呪文。マキシマレベルまで習得した。もしもの際は、ボンバータ・マキシマでスリザリンの連中を粉々に爆発してやるから安心して。フィル、プリス」
プリシラは唖然として顔を上げると、ハティを見た。
「それって、それって――心強いけど何だかすごく不穏に聞こえるのだけど?」
「ええ……ハティ、それはシャレにならないじゃないかしら?」
「そう? じゃあ、二番目の作戦でいこうかな。目くらまし呪文で隠れながら、スリザリンの生徒を順番に石にしてレダクトしていくのよ。とっても効率的な方法だと思うのだけど」
涙で濡れたアンバーの瞳をぱちくりと瞬かせたフィルは、不意に顔をのけ反らせて弾けるように笑った。プリシラもぷっと吹き出し、くすくすと笑いながら「グリフィンドール的ではないわね!」と言った。
「ジョークはそれくらいにして……マリーンに断られた以上頼れるところはもう限られると思うの。フィル、貴方はジャスパーとディランに助けを求めるべきだと思う。貴方一人くらいだったら、二人がどうにかできない?」
「それは、あんたのことを放っておいて私一人だけ助かれってことなの? ハティ」
「その通り。プリスから見てこの作戦は称賛がある?」
プリシラは真面目な顔になり、慎重に答えた。
「あると思うわ。ジャスパーとディランは相変わらず、フィルを熱烈に愛しているんですもの。でもその場合、貴方のことはどうするの。ハティ」
「わたしは自分でどうにかするわ。付け焼刃でしかないけどボブが鍛えてくれたし、ウッドが護衛をつけてくれるから大丈夫」
「ずっと護衛が一緒にいるわけないじゃない! それに私は自分だけ助かって、あんたただけ危険に晒すのは嫌よ。どれだけ心が痛むと思っているの。確かに私たちは入学してからの数週間しか一緒にいないけれど、あんたは私の友情を軽く見ているわ。ハリエット・ポッター! 私はそんなに薄情な人間じゃないわ!」
フィルは三人が仲良くなって、初めてハティに激怒していた。燃えるようなアンバーの瞳で睥睨され、ハティが狼狽しているとプリシラが静かに口を挟んだ。
「フィル、そう怒るのではないわ。ハティは、あんたの友情を軽視してるんじゃない。あんたのことが心配で言っているの。そうよね? ハティ」
「うん……一応今はそれが一番安全な作戦だと思って提案したのだけど」
「私、良い方法があると思うわ。フィルはハティの言う通り、ジャスパーとディランにスリザリン内での便宜をはかってもらうの。それと並行して、フィルはマリーンを説得し続けるのはどうかしら。マリーンだって、ずっとフィリパ・ポップルウェルを無視し続けることはできないわ。それが一番良い方法じゃないかしら?」
「……そうね、確かにプリスの言う通り今はそれが現実的な方法かもしれないわ。そうしましょう。だけどハティ、私は貴方の作戦を諸手を上げて賛成したわけではないってことを忘れないで頂戴ね」
フィルは真剣な面持ちでそう念押しをした。
相変わらずアラディア・ロウルやスリザリンの件に関しては何の解決にはなってなかったが、三人は「なんとかなるであろう」という楽観視を取り戻しつつあった。そうして翌日、スリザリン寮のシーカー潰しに怒り心頭したウッドが相変わらずハティに護衛を数人の護衛をつけていたが、ボブが請け負った通り大抵のスリザリン生は呪文を唱える前にハティの強力な呪いを受け悲鳴をあげていた。
「インセンディーー」
「グレイシアスマキシマ!」
「ギャアアアア!」
杖からすかしっぺのような火をふきだしたスリザリン生であったがハティが放った氷結魔法で、杖の先からふきだした火はみるみるうちに凍り付いた。そして杖を伝い腕をも凍りが張ったところで、スリザリン生は怪鳥のように甲高い悲鳴をあげたがそれは長くは続かなかった。まるで氷の妖精の息吹を浴びたかのように、スリザリン生の全身が凍り付いて氷の彫像になってしまったからである。ロニーはポカンと口を開いてハティを見た。
「シーカーになるのって、命がけなんだね?」
「そんなわけないでしょ、ロニー。これはパンジーがわたしたちにハメられてスリザリンが大量失点したことへの報復よ。わたしをどうにか懲らしめて、スリザリン全体の士気を上げようとしてるの。多分」
「スリザリンの全員がハティの敵に回ってるってこと!? そんなの、逆恨みだよ! どうしてスネイプはスリザリンの連中を野放しにしてるの、ううん、あいつが自分の寮の学生を罰するはずがないか――マクゴナガルに言おうよ!」
「そうしたら、わたしたちがパンジーをハメたことがマクゴナガル教授に知られてしまうけどいいの」
ロニーの顔が強張った。
マクゴナガル教授が「何て卑劣なことをしたのですか」と言い、ハティに対し失望するのは目に見えていた。ハティはアラディアよりも今、一番それが恐ろしかった。何せハティはパンジーをを陥れるために筆跡を偽ってまで、真夜中にマクゴナガル教授とフィルチを呼び寄せたのだ。それは傍目から見ても、どう考えても悪辣な手口である。騎士道を重んじるグリフィンドールにあるまじき行為だ。
「わたし、やっぱりスリザリンの方がよかったのかなあ。どうにも、卑劣な手口を使ってしまうんだもの」
「なにいってるの。ハティはすごくグリフィンドールらしい魔女だよ! だって、ネヴィルの為にドラコ・マルフォイに立ち向かったじゃない。それにあんたがパンジーをやり込めなかったら、あたしたちが四階の禁じられた部屋に入ってたかもしれない。ハティのせいじゃないよ! それよりも、早く箒を見せて!」
ハティが試合で乗る為の箒は週の頭に、数羽の梟が隊列を組んで大広間へとやってきた。細長く大きな包みは大広間中の視線をひきながらも、恭しくハティの目の前に落とされその反動でロニーの皿にもられたベーコンが跳ねる羽目になった。ロニーは「なんなの、それ。開けてみて」と目を輝かせていたが、後からやってきたミミズクはマクゴナガル教授からの手紙をハティの前に落とした。
そこには大広間で決して包装をほどかないように、中身はニンバス二〇〇〇である。とマクゴナガル教授の名前で手短に綴られていた。ハティは学校で授業用に使用していた箒で試合に出るつもりだったので、まさかマクゴナガル教授が箒をプレゼントしてくれるとは思わず驚嘆した。中身を見ればきっとボブの訓練そっちのけで箒に乗りたくなるのは請け合いであったので、ボブの訓練が終了するまでに箒は包装に包まれたままハティのベッドの下に眠っていたのだ。
しかし、一週間を経てようやくそれはハティの手の中にあった。午後の七時にウッドとの練習が開始予定であったが、ハティはそれよりも早くに箒に乗るつもりでロニーと共に競技場へ足を運んでいたのだ。
「競技場についたら、包みをとろうかな。ピカピカの指紋がついていないまっさらな状態で乗りたいの」
「うわああ、だってニンバス二〇〇〇だもんね! 高価すぎてあたしなんて、絶対に買ってもらえないよ!」
中央ホールの階段に差し掛かった時、ハティとロニーは地下への回廊からパンジー・パーキンソンがゆっくりと上がってくるのが見えた。ケルベロスによって負った傷はすっかりよくなったのかは痛みを感じさせないスムーズな歩行であったが、表情はどんよりと沈んでいた。普段、パンジーの傍にいる取り巻きたちはおらず、彼女についているのはルビー・ダンクワース一人であった。
ルビーはハティ達の姿を認めると思わずと言った様子で「あ」とか細い声をあげた。その声につられるように、パンジーが顔を上げる。昏い褐色の目がこちらを捉え、そして憎悪と怒りにぎらつくのをハティは見た。
「ハリエット・ポッター」
パンジーは唸るようにハティの名前を呼んだ。そして、ハティが手に持っている箒の包みに気付くと目を眇めた。
「あんた、一年生のシーカーになったんですってね。おめでとう! ついにあんたは全部を手に入れたってわけね。みんなの話題も、授業でヒロインになって教授の好感を得ることも、一年生のシーカーの地位も、全部全部涼しい顔をしてあんたが掻っ攫っていった。それに比べてあたしはこのザマよ……ああ本当にむかつく」
「嫉妬してハティにあてこするのはやめなよ。あんたがトロール並に馬鹿なのも、そうやって怪我したのも全部あんた自身の問題じゃない。聞いたよ、フリットウィック教授の講義で呪文を習う前から火をつけちゃって大騒ぎになったんだって? それでよくあたしたちと決闘しようと思ったね。ううん、決闘する気なんて最初からなくって、あたしたちを陥れようとしてたんだもんね。だけど、失敗したのはあんただよ。どうして、あんたにあたしたちが責められるの?」
パンジーは顔を真っ赤にすると、憤然とこちらを睨みつけた。
「だって全部全部、あんたたちが悪いんじゃない! あの日、あんたたちのせいであたしがフィルチとマクゴナガルに見つかったからこんなことになったのよ。あたしが今スリザリンでどんな目に遭ってるか、教えてあげましょうか? ミリセントもメアグレッドもあたしの傍から離れていったわ――そばにいたら、自分も被害を受けるって。それから、ミス・ロウルの命令であたしはスリザリンで”
「うん、わからない。その”召使”のルビーの前で、そんなことを言う無神経なあんたの気持ちなんてね」
ハティは眉宇顰めてちらりとルビーを見た。
ルビーは相変わらず黙りこくっていたが、その唇はわなわなと震えている。それは未だに怒りがとけていないアラディア・ロウルの怒りへの恐怖が原因か、パンジーの言葉に込められたルビーの地位に対する侮辱に怒りを覚えていたのか、どちらかはわからない。ししかし、パンジーの言葉を信じるならばルビーが彼女の傍にいる利点は何一つもなかった。それであるにも関わらず、堂々とルビーを馬鹿にするパンジーはケルベロスに大けがを負わされてもなお、その性質は変わっていないようだった。
「それに、あんたがケルベロスにやられた時にミリセントとメアグレッドは真っ先に逃げたそうじゃないの。その後も、傷ついたあんたを慰めるどころか、二人は自分の立場を守るために今もあんたを避けてる。あんたは友達を失ったんじゃなくて、最初から二人ともあんたの友達ですらなかったの。二人とも、立場と権力に惹かれてあんたに擦り寄っていた人間にすぎないわ」
パンジーは引きつったような笑顔を浮かべて激しく髪を揺らした。
「ち、違う……違うわ! 二人とも、ホグワーツに入学する前からあたしと仲が良かった! 長い間、あたしたちは友達だったの。それに他のスリザリンの同級生や上級生だって、あたしの名誉を回復させるために頑張ってくれてる。あんたに呪いをかけてるって言うわ。あんたの言う事なんて、信じない。全部嘘よ!」
「あんた何言ってんの? 他のスリザリン生がハティに呪いをかけてるのは、あんたがスリザリンの点を大量失点する原因を作った報復でしょ。あんたの名誉回復のためじゃなくって、そうでもしなきゃ怒りが収まらないから矛先をこっちに向けてるんだよ。だって、スリザリンの去年の総得点は三〇〇点に届いてなかった。それって、もう寮杯を獲得する可能性が殆どゼロってことだよね。パーシーにそう聞いたよ」
ロニーの鋭い指摘にパンジーの笑顔が凍り付く。
そんなことにも気付いてなかったの? とばかりにロニーは小首を傾げ、心底憐れむようにパンジーを眺めながら続けた。
「だけど、そんなことしたってあたしは無意味だと思うな。ハティに呪いをかけたって、スリザリンは点を取り戻すことができない。そんなことしている間があるなら、何か良いことをして点を稼ぐしかないよ。そんなことも知ろうとせずに人のせいばっかりにして、あんたって本当に可哀想な奴だね」
「………」
パンジーは完全に言葉を失ってしまった。
ルビーも沈痛な面持ちで、パンジーの分の鞄をぎゅっと握りしめている。ロニーはそんなルビーを一瞥して、こともなげに言った。
「ルビーも、さっさとパンジーから離れたら? こいつと一緒にいたってなんにもいいことないよ。性格悪いし、スリザリンでも嫌われてるし、本当に最悪の部類の魔女だよ。ルビーみたいな美人には、もっと相応しい人がいると思うな。あたし」
「ええ……ありがとう、ロニー」
ルビーは怒りと羞恥がない混ぜになった顔で黙りこくっているパンジーをちらちらと見ながら、急いでそう言ったがその表情は浮かなかった。
それから二人は競技場へ向かって、箒の包装をようやく解いた。中から現れたのは艶やかなマホガニー材をふんだんに使った柄ですらりとした実に優雅なシルエットを描いていた。尾に向かってまっすぐな小枝がすっきりと束ねられており、学校所有の箒に比べて枝分かれした小枝は全くない。柄の先端近くには、黄金で〈ニンバス二〇〇〇〉と刻まれていて、その名前を見るなりハティとロニーは感嘆の溜息をついた。
「やっぱり学校の箒やチャーリーのお古とは違うよ。すっごく綺麗! 新品の箒は、高いところを飛んだ時に急にとまったり、右に傾いたりとか変な癖がないんだって。ハティ、飛んでみてよ!」
「うん!」
ハティは早速箒に跨って、力強く地面を蹴った。
久しぶりに空へと舞い上がったハティは、風を切るびゅうびゅうという音や、ぐんぐんと上がっていく箒の力強さに途方もない自由と心地よさを感じた。あんなにシーカーになるのは嫌だったのに、箒に乗ると何故かわくわくした。どんなにスピードを出しても恐怖心は沸き起こってこず、むしろ自分はもっと卓越した飛行が出来るはずだ。と自負が込み上げるほどで、ゴールポストを一回転しそのまま地面に一直線に降りた時には、ロニーが鼻を膨らませ興奮しながら走ってくるほどだった。
「やっぱりハティの飛行はすごいよ! 今までほとんど箒に乗ったことがないなんて信じられない。マクゴナガル教授が興奮するのもわかるなあ、あんたに才能があるのは間違いないよ。それに、ハティって本当に箒に乗るのが好きなんだね」
「え?」
「気付いてた? 箒に乗ってる間、ずっと笑顔だったよ」
ハティは思わず緩み切った自分の頬に手を触れた。
一
「素晴らしい! 君はやはりチャーリー以来の逸材だよ!」
オリバーは興奮しきって顔を真っ赤にしながら、地上に降り立ったハティに駆け寄ってきた。
午後七時になると、約束の時間ぴったりにウッドはクィディッチ競技場へやってきた。ロニーは入れ替わりになるように寮に戻っていったが、最後まで名残惜しそうに何度もこちらを振り返っていた。そうして、練習が始まるとまずはクィディッチのルールやポジションの振り返りから始まったが、二人がキャッチの練習を始めた頃には外がすっかり暗くなっていたので、肝心のスニッチが出てくることはなかった。失ってはいけないからとウッドは小さなゴルフボールを使って、お互い箒に乗りながらキャッチの練習を続けた。
ウッドはボブにひけをとらぬ強肩の持ち主であり、彼が投げるゴルフボールはあらゆる場所に飛んでいったがハティは恐るべき反射神経と動体視力でその全てを見事にキャッチをした。気分はまるで主人が投げたフリスビーをはじめてキャッチする小型犬のようであり、実際にウッドはボールをキャッチして戻ってきた愛犬を褒めるがごとく、大興奮でハティの髪をくしゃくしゃに撫ぜた。
「よーしよしよし、いい子だ! パーフェクトだよ! 教授の仰る通り、君の才能はクィディッチをするために――いや俺たちグリフィンドールチームのシーカーになるために生まれ持ったに違いない! グッドガールだ!」
「うーん……」
彼の手放しの賞賛にハティは解せぬ、という顔でくしゃくしゃにされた髪のまま不貞腐れて斜め下を向いた。
ウッドは瑠璃色の空に輝く宵の明星を仰ぎながら、目をきらきらさせて期待のこもった声で言った。
「クィディッチカップというものがある。毎年、優勝したチームとメンバーの名前が刻まれるんだ。今年はきっと俺たちグリフィンドールの名が刻まれるぞ――君がシーカーになった以上、フリントは安眠できないだろうな! 俺たちの時代がきたんだ」
「フリントォ?」
怪訝に眉宇を顰めるハティに、ウッドは苦虫を潰したような顔で唸った。
「スリザリンのキャプテン、マーカス・フリントだ。チェイサーだよ。正直、
心配そうに言うウッドに、ハティは神妙な顔で頷いた。大丈夫だ、自分はボブに鍛えられている。自信を持って拳で胸をとんとんと叩き、ハティはにっこり笑った。
「大丈夫です! 蛆虫にも劣る地球上でもっとも劣った下等生物どもは、わたしが精いっぱいファックしてやりますから!」
「ファ……ファック……?」
ウッドはハティが自分の想像するものとは別の方向に成長しているような気がしたが、嫌な予感がして全力で目を逸らすことにした。逸らしてはいけなかったのだが。
「そ、それにしても君はチャーリーよりも上手くなるかもしれないな!」
そう言いながら、ウッドはゴルフボールを布の袋に片付け始める。ハティもウッドが持ってきたクィディッチ専用のバッグを積み上げながら「チャーリーはどんな選手だったの?」と訊ねた。
ウッドはハティに背を向けながら、朗々と答えた。
「優秀なシーカーだったよ。双子みたいにガタイが良くてね、君ほどスピードはなかったな。でも、箒の操作が抜群に上手くて全体をよく見てた。目が良かったんだろうな、君みたいに」
「目が?」
「うん、人の事をよく見てたよ。仲間のことも、敵のことも、スニッチも。だから、全然フェイントにひっかからないんだ。ドラゴンを追いかける仕事をしてなかったら、今頃イギリスのナショナルチームでプレイしてただろうな」
残念そうにウッドは呟いた。
「でもな、ハティ。俺たちは最強のシーカーがいてもなお、優勝杯を獲得することができなかったんだ。俺はその時に気付いたよ。シーカーだけが強くても意味がない、他のポジションの奴をしっかり育成して、作戦を練る必要があるってね。それから優秀かつプレイに忠実な奴を集めて、俺はみっちり教育した。そして最後に集まった最強のピースが君だ、俺たちはきっと歴代でも最強のチームだ。頑張ろう、ハティ」
ウッドが振り向いて勝気に笑いながら、拳をこちらに差し出す。
「それで、優勝杯をとろう」
「うん、ウッド」
ハティは思わずウッドの拳に手を合わせて、大きく頷いていた。
あんなにも嫌で仕方がなかったシーカーというポジションが、何かとても大切な宝物のように思えた。そして、オリバー・ウッドが切望している優勝杯を獲らせてあげたい。そんな気持ちがハティの中に芽生え始めていた。
一か月も経過すると、スリザリンの中で大量失点に捉え方が変わり始めていた。そして、あるスリザリンの上級生が小柄なフリットウィック教授に気付かずハティに対して呪いをかけるところを見咎められ、それが集団的かつ日常的に行われていた出来事だとロニーが窮状を訴えたことによってスリザリンが更なる五〇点もの減点が下された。
フリットウィック教授は「自分たちが大量に減点されたからといって、減点した寮監の寮生を逆恨みして呪うなど言語道断! 呪文学の教授として到底許せない!」と怒りに震えていた。
これにはさすがにスリザリンの生徒たちも懲りたようで、怒りを通り越して彼らの感情は失望と絶望へと変わっていた。
これほど失点を繰り返しては最早取り戻すことは不可能に近かった。ハティを目にすると、あんなにもつつきあい、ささやきあい、ハティに向かって杖を片手に恫喝していたスリザリン生たちは今や気まずそうに目を逸らして黙々と授業を受けていた。
スネイプは常に機嫌が悪そうな顔でグリフィンドールの生徒たちを睨みつけ、毎回の授業で難癖をつけて減点をしたが殆どの生徒がスネイプから些細な減点を食らっていたので「あいつ今日も機嫌悪いんだな、また減点されたよ」と夕食をとりながら笑い飛ばせるまでになっていた。
一年生と言えども各領域の教授たちは生徒に厳しく毎回、大量の課題を提出するよう求めた。おまけにハティは週三回のクィディッチの練習に加え、ボブの誘いで――スリザリンの蛆虫どもが大人しくなったから、腕が鈍って仕様がないだろう? という悪魔のような囁きを彼はハティにした――決闘クラブ〈杖十字団〉にも顔を出していたので学校生活はかなり充実していた。
ルームメイトのフィルはハニーバジャークラブで築いた交友関係を広げて、ハティよりも社交活動に忙しくしていたし何と彼女はマグル生まれのティモシー・アーヴィングとクラブで知り合ったのをきっかけに、交際にまで発展していた。当初、彼女はアーニー・マクミランに目をつけていたがアーニーの心を掴むやいなや「見栄っ張りで、つまらない男だった」と早々に振っていたのでハティはハッフルパフがとんでもない泥沼化になるのでは、とワクワクした。
入学してそこそこで恋人を作るという彼女の優れた手腕にハティは舌を巻かずにはいられなかった。そして、プリシラは文芸部で早熟の恋愛作家として隠然と影響力を及ぼしつつあった。彼女が学業の合間をぬって執筆した短編集は娯楽に飢えた少女の心をしっかりとつかみ、文芸部では既に増刷しているそうだった。
「あのエリザベス・フォーチュンだって、隠れ読者なのよ。マーガレット・バージェスの本の献辞に貴方の名前が載っていることがどれだけ羨ましいかわかる? 数十年後にはきっとプレミアがついていると思うわ」
マーガレット・バージェスはプリシラの作家名だ。
ハニーバジャークラブで同学年のスリザリン生――キャスリーン・ラングブリッジに訊ねられ、ハティは「はあ」と気の抜けた返事をしてマカロンを齧った。さほど大したことだとは思えない。そんなハティを見て、彼女は信じられないという顔をする。
彼女は数少ないハティに好意的なスリザリン生で上流階級でもなければ召使の立場でもない、言うなれば中流階級の生徒である。純血主義と言うよりは、実力主義で血統によって特権が与えられる寮内の風潮を嫌っている。権力には程遠く、かといって底辺に転落する危険もない彼女はスリザリンにおいて物事を中立的に見れる数少ない人物であった。
「そのエリザベス・フォーチュンって誰?」
「リリー・スペンサー=ムーンの腹心の友よ。パンジーが失脚した今、スリザリン女子は二つの勢力に分かれているの! ダフネ・グリーングラスを擁するデイヴィス派と、リリー・スペンサー=ムーンを擁するフォーチュン派よ!」
スリザリン寮内の関心は早くも寮内の権力闘争の行方に移っていた。これはかなり良い傾向であり、パンジーが失脚した大事件などこの注目の女王争いを華やかに彩るドラマチックな前座と化していた。
ハティは隣のテーブルで行われているであろう熾烈な女王争いに、わくわくした。エメラルドの瞳を輝かせて身を乗り出し、キャスリーンに訊ねた。
「それで、どっちが優勢なの? どっちが勝ちそう? キャスリーンはデイヴィス派、それともフォーチュン派?」
「それが悩ましいところなのよねえ……正直なところ、私はトレイシー・デイヴィスが好きなの。彼女、あっさりした性格だし、ユーモアがあるし、それでいて振る舞いはクレバーなの。だけどトレイシーが勝利すれば、ダフネが次の一年の
キャスリーンは煩悶するように言葉をとめて、長いライトブラウンの髪を揺らした。
「でもねえ、エリザベス・フォーチュンは超保守的な純血主義者なのよ。なのに、あの子の腹心の友であるリリーはそうでもないのよ。確かに純血なのだけど、どこか世間離れしていて大抵のことは気にしない性格なの。パンジーの大事件の時だって”あら、そんなことがあったの? それより今日は魔法史の講義があったかしら。私、眠たくって”で済ませる子なんですもの。だから、今回エリザベスが女王争いにリリーを擁立したことさえ、リリー自身は他人事なのよ。もし、リリーが勝てばリリー自身が保守的じゃなくてもエリザベスの意向が反映されるに違いないわ。ああ、トレイシーとエリザベスが逆だったらどんなによかったか……いっそのこと、第三勢力が現れてくれないかしら? ハティ、あなたがスリザリンだったらきっと高笑いしながら暗躍して今の勢力図を塗り替えていることよ。それくらい、スリザリンは今膠着状態なのよ……」
とキャスリーンは天を仰いで嘆いた。
ハティはスリザリンの権力模様を脳内に思い描きながら、確かにこの二つの勢力を引っ掻き回すのは楽しそうと思った。しかし、今はスリザリンの権力争いに心躍らせるよりも得るべき情報がハティにはあった。
「そういえば、キャスリーンにずっと聞きたいと思っていたの。アラディア・ロウルについて、スリザリンの貴方なら詳しいと思って。あのパンジーをそんなに困った立場に出来るほど、その魔女は恐ろしいの? デスイーターの娘だとは聞いたけど」
後半は小声で訊ねたものの、キャスリーンは恐怖で震えあがった。まるでアラディア本人の目がそこかしこにあるかのように、怯えた様子で周囲を見渡して、ハニーバジャークラブの会員たちが和やかに談笑しているのを見て小さく溜息をついた。そして顔を曇らせて言った。「そのことは禁句なのよ、ハティ。だから二度と口に出しては駄目」
「アズカバン行きを逃れた信奉者の多くは、例のあの人が現れる以前から力を持っていた旧家の者が多いの。彼等の多くは今でも大きな顔をして権力をふるっているし、七年生のヤックスリーの父親なんか今では魔法省の高官よ。馬鹿で純血主義を保守的な思想だと信じてるファッジ――今の魔法大臣よ――はそうと知ってて、省内でヤックスリーやマルフォイの父親の顔を立ててる。だから私、連中には気をつけなさいって両親に口を酸っぱくして言われたわ。目をつけられては駄目ってね。そんなデスイーターの子どもの中でも、アラディアは彼女自身が恐ろしい」
「恐ろしい?」
「マルフォイとアラディアを比べたら一目瞭然よ。マルフォイは、いかにも両親にちやほやされて甘やかされただけの子どもで、本当にルシウス・マルフォイが跡取りにするために教育しているのか疑問視したくなる出来でしょう」
「ただの我儘で傲慢で卑怯で小心者の箱入り息子」
ハティが尖った口調で言うとキャスリーンは「そう! その通りよ。悪いことが起こったら、自分が知りませんって顔ですぐに取り巻きに押し付けて逃げるんだから!」と愚痴を吐いた。キャスリーンは憤りをはらんだ表情で、マルフォイの愚痴を続けようとしていたが話の脱線に気付いたハティが「続けて」と言うと物言いたげな顔で唇をもにょもにょと動かしていた。
同じ寮生のキャスリーンでさえ、マルフォイには思うところがあるらしい。
「そう、アラディアの話ね――アラディアはマルフォイとは違う。父親の手を一切借りていないし、そうする必要もないくらい入学した時から魔女として完成されていたそうよ。一年生とは思えないほど落ち着いていて、美しく、人心掌握に長けていた。当時の上級生がアラディアを美しくお行儀のよい小間使いにしようとしたらしいけど、その上級生は一年後には破滅して、二年生になった時彼女はその学年の
「スリザリンらしく手練手管に長けているってこと?」
「そうよ。七年生の監督生のミス・ヒギンズを差し置いて、六年生であるアラディアがスリザリンの女子を率いているのはヤックスリーに信頼されているからじゃない。スリザリンの女子生徒の頂点に君臨するだけの力が、彼女にはあるの」
「でもそんなのミス・ヒギンズにしてみれば屈辱的じゃない? 自分が折角七年生になって頂点に登り詰めたのに、その座を年下の魔女に奪われるなんて。わたしだったら、アラディアが許せなくて自分の座を取り返そうと必死になるかも」
「ミス・ヒギンズだってそうしようとしたのよ。彼女は優等生で、旧家の生まれでもなくて、実力でその座を勝ち取ったの。私たちみたいな生徒にとっては希望の星だったわ」
キャスリーンはそこで言葉をとめた。そしてライトブラウンの髪を激しく揺すると同情のこもった呻き声をあげて、悲しみに顔を曇らせた。
「でも駄目だったの。ミス・ヒギンズはどういうわけかヤックスリーの不興を買って、完膚なきまでに叩き潰された挙句、今アラディアの召使をやっているのよ」
今度はハティが呻き声をあげる番であった。
段々と、アラディア・ロウルという魔女の全体像が見えてきた気がした。アラディアはドラコ・マルフォイが赤子に思えるほど、権謀術数に長けた性悪な魔女で権力欲が強い。かといって彼女は親の力や実家の権勢をふるってその座を手に入れたのではなく、純粋にその実力――比類なき狡猾さレディ・スリザリンと称えられる立場になったのである。まさにスリザリンの創設者が理想とする生徒ではないかとハティは錯覚したが、彼女がスリザリンの名前に相応しければ相応しいほどハティはアラディア・ロウルが底知れぬ闇の女王に思えて恐怖するのだった。
「そんな魔女を敵にまわしてしまったのか」
蒼白な顔で呟くハティに、キャスリーンは同情と憐憫のこもった優しい面持ちでいたわる様にハティの背中を撫ぜた。「貴方の事なんて、きっとアラディアは忘れているわよ」
「彼女は来年のヘッドガール候補なのよ。スリザリンを揺るがした大事件とはいえ、他人の尻ぬぐいにかかずらっていられるほど暇じゃあないわ」
ハティは「そうよね」と頷きつつも、漠然とした不安を抱えていた。しかし、現実としてハティに対するスリザリン生の嫌がらせは完全に消え、あれほど怯えていたフィルも穏やかな学校生活を享受し新入生特有の人間関係の構築に勤しんでいた。つまり、スリザリンの脅威は完全にきれいさっぱり消えていた。
その結果、フィルたちはパンジーの大事件などすっかり忘れて、皮肉にも彼女がスリザリン内で地位を失った代わりにグリフィンドールでは既にフィルとプリシラを頂点とした人間関係が完成しつつあった。
九月に入学した当初は、どの生徒も――フィリパ・ポップルウェルとプリシラ・プセットでさえ城に慣れていなかった。誰もが一度は迷ったし、一人で行動しようものならば城の中で遭難することは必須であった。だから、寮内を中心にドミトリーのルームメイトであることや、組み分けの儀式で話が盛り上がったとか、些細な理由をつけて仮初の集団を作り上げていた。しかし、十月に入ると、どの階段に消える足場があって、どの肖像画が親切に道を教えてくれるか、そしてどこのタペストリーをめくれば教室の近道になるか、わかるようになり城での生活に順応し始めた。
そうなると、今度は一緒に過ごすお互いのことが見えてくるようになるのだ。口癖や、性格、人と話す時の癖、出身、家柄――様々な属性が選別の対象になり、自分に合うか、相手が自分を好ましく思っているのかは会話の端々や態度でわかるようになる。親密になりたければ頻繁に話しかけ食事にも誘うし、課題をこなすうえで有利になりそうなればそれとなく必要な時だけ話しかける。
そうして友情や打算、様々な感情がを多分に含んだ人間関係が構築された結果、グリフィンドールではフィルが一大派閥を築きあげていた。
富裕な家柄の娘であることに加え美貌と魅力と無邪気さを兼ね備えたフィルと、クールでエレガンスな佇まいのプリシラは同世代の子どもたちよりも圧倒的に垢抜けており、大人で、群れのリーダーに相応しいと判断された。既に彼女たちには世代をこえてあらゆる派閥、クラブが門戸が開かれており、そんな栄光のおこぼれに預かろうとするグリフィンドール生も少なくはない。そしてフィルは広がる一方の交際圏で気兼ねなくハティを連れて歩くので、結果としてハティも一目置かれていた。
「あたしは別にそう言うの興味ない、それにラベンダーやパールバディと約束があるし」
フィルが勧誘する催しはハニーバジャークラブも含めてどれも愉快なものだった。ハティはそれらの殆どをおおいに楽しみ、その楽しみを共有しようと毎回ロニーに誘うのだが彼女は顔を強張らせて毎回ハティの誘いを断った。酷い時は「またフィルやプリスと遊ぶの? いいよ、あたしもラベンダーやパールバティと予定があるから」とロニーは嫌そうな顔をするのだ。それはいっそ露骨なほどであった。
「思うのだけど、あの子はどうもフィルを苦手にしている節があるわ」
「ロニーがフィルに苦手意識を抱いてる?」
「そう、要するに嫉妬ってやつよ」
プリシラがカスタードタルトをフォークで切り分けながら頷いた。
「ルビーを見ていたからわかるの。大抵の女の子はフィルに劣等感や苦手意識を持つの。だって、あの子は女の子が欲しい物を全部持っているじゃない? 美貌、家柄、才能、大抵の人に好かれる魅力……それらってみんなが持ってるわけじゃないのよ。貴方は非凡だから、フィルにそう感じないかもしれないけどね」
「でも、フィルはフィル、わたしはわたしでしょ。それはわたしだって、フィルのことが羨ましいと思うわよ。だって、あの子はご家族と仲良しで愛されてる。わたしには生まれた時から家族がいないから、それってすごくかけがえがなくて、得難いものだと思うの。だから、フィルになりたいって思う時はあるわ。でも、生まれ持ったものを羨んでもどうにもならないじゃない?」
「そういう考え方が出来る人って少ないのよ、ハティ。ロニーはロニーなりに、フィルと距離を取って自分の気持ちやフィルとの関係に折り合いをつけようとしているんじゃないかしら? フィルがスリザリンだったら、彼女もそこまで気を使わないとは思うけれど」
スリザリンであればロニーは素直にフィルを嫌うことができた、パンジーにそうするように。つまり、ロニーとフィルの関係の修復は絶望的なまでに困難であった。
無理矢理ロニーをフィルに誘う催しに連行すれば、彼女のコンプレックスが刺激されてフィルの嫉妬心が膨らむばかりだ。そして、不機嫌な顔をするロニーにきっとフィルは「どうしてそんなに嫌そうな顔をするの? もっと楽しまなきゃ損よ」と油を注ぐのは目に見えていた。
フィルもロニーの内心を察してか、ロニーを遊びに誘うことはあまりなかった。つまり、お互いに好悪を感じ取った末距離感を正しくとっているのだ。
「難しいものだわ……人間関係って。わたしはどっちのことも好きだから、複雑よ」
「貴方が気にする必要はないわ。貴方がロニーと一緒にいたって私たちは気にしない。だって、私たちはドミトリーや別の場所で同じ時間を過ごすし、何より私たちは本の虫同盟という特別な絆で結ばれてるの」
プリシラはアッシュブルーの目を細めて、満足そうに微笑んだ。
ハティはたじろいで目を泳がせながらも頷いた。本の虫同盟の会は今でも密かに続いていて、プリシラが文芸部で発表する前の作品の批評がハティやフィルの役目である。そういうこともあって、プリシラの本には常にハティとフィルの名前が献辞に刻まれている。
「そ、そうね、この前の新作の短編集も素晴らしかったってキャスリーンが言ってたわよ。一応、感想も聞いてきたわ」
「感想……ぜひ聞かせてほしいわね」
プリシラがきらりと目を輝かせた。
そうしてハティの周囲の人間関係は一種の危うさを孕みつつも、複雑な均衡を保っていた。しかし、人間関係にぎくしゃくしているのはハティたちだけではなかった。
「待って、それでは教科書の通りじゃない。次はイラクサを入れるって言ったじゃないか。それに先に睡眠豆の汁を絞り出した方がいいってさっき言ったよね?」
「豆くらい巨釜の上で絞ればいいだろ?」
「それじゃあ正しい量が入らないかもしれないし、豆そのものが入ったらどうしてくれるんだい? 僕が今まで手順に忠実に作ってきたのが、水の泡だよ。どこの教科書にそんな風にやれって書いてあったの」
ハーミスの物言いに巨釜の上で豆を絞ろうとしていたシェーマスは、露骨に嫌な顔をした。そして聞こえよがしに溜息をつき、つっけんどんに「じゃあ、ハーミスがやってよ」と睡眠豆を渡した。ハーミスは豆を受け取ってナイフを水平にして絞り始めたが、その隣に座るシェーマスは後ろのディーンやケビンを振り向きハーミスを揶揄するような身振り手振りを始めた。
彼の言っていることは効率的だし、的を射ていた。しかし、ただでさえスネイプに揚げ足をとられ減点をくらいかねない魔法薬学の授業で、パートナーにさえ厳しい指摘を受けるのはシェーマスでなくても屈辱的で、憤りを覚えるものだった。
ましてや、それは魔法薬学だけにとどまらなかった。
「杖の振り方と発音が間違ってる。角度は斜め三十度上にして、発音はeを意識するんだ」
呪文学の授業でも、ハーミスは他の生徒に指摘をした。グリフィンドール生が彼と話をするとき、それはコミュニケーションを楽しむための雑談ではなく、ハーミスが講釈を垂れるための場であった。きっと本人には悪気はなく、本気で誰かの魔法の腕をよりよくするためにアドバイスをしたつもりだったのだろう。しかし、人間は正論を好む生き物ではない。ことに十一歳の子供たちにとっては、他愛のない会話が何よりも大事で、ハーミスは次第に女子たちから遠巻きにされ、男子たちからはあからさまに陰口を叩かれるようになった。
ハーミスもそんな周囲の感情の変化を敏感に感じ取っていたのか、やがて彼の知的レベルに合う人間の元へ行くようになった。それは、レイヴンクローのマンディ・ブロックルファーストやテリー・ブートであったのだが遠目に見ても彼等が困惑しているのがわかった。
「ハーミスって確かにああいうところがあったけど、あそこまでコミュニケーションが苦手なタイプだったかしら? 僕は変身術でいつもマクゴナガル教授に加点を貰ってるから、勉強やレポートに関して援助が必要なら助けてあげるよって言ってきたの。ハーミスが勉強熱心なのは知ってるけど、グリフィンドール生がレイヴンクロー生にそんなことを言ったら顰蹙を買うって分からないのかしら? テリーの隣にいたマイケルなんか、すごい目でハーミスを見てたわよ。どうしちゃったの、彼」
大広間でマンディに呼び止められたハティはその話を聞いて、今度はこっちが困惑する番だった。
どうしたと言われても、ハーミス・グレンジャーのかくあるべきという姿勢にはグリフィンドール生でさえ手を焼いているのだ。何せ、他の生徒がハーミスに講釈に対して不満や怒りをあらわにしても、彼は気にする様子がなかった。「君は怒っているけど、これだけ勉強した僕が正しいと思うよ。ほら、このページにも載っているじゃないか」と続けるだけだ。それが、彼なりの善意なのだからこれも厄介であった。
「わたしもわからないわ。ハーミスはなんだかわたしに対抗意識を持ってそうだし、あんまり彼と話す機会がないの。マンディはどうなの? マグル出身者はホグワーツ急行で仲良さそうにしてたじゃない。入学してから集まったりしてないの?」
「してない。だって私たちも学校に馴染むために必死だったし、それにみんなそれぞれ寮が違うんだよ。私たち、自分の寮で友達がいるし集まる必要もなかったの。それに、ハーミスはディーンと同じ寮の筈じゃない。私たちがどうしているかなんて、ディーンに真っ先に聞くべきじゃないの? ハティ」
「確かにそうだけど……じゃあ、ルビーは? ルビーとも会ってないの。あの子今、スリザリンで大変だって聞いたけど」
マンディはハティがルビーの名前を出すと、顔を顰めて目を眇めながらスリザリンのテーブルを見た。
「あの子の名前は二度と私の前で出さないで。あの子は、私たちとは違う――私たち騙されていたの」
そう吐き捨てて、マンディはくるりと踵をかえしレイヴンクローのテーブルに戻っていった。
結局のところ、寮内で唯一ハーミスの話を聞いていられたのはネヴィルくらいであった。しかし、そのネヴィルでさえシェーマスやケビンに「よくあいつと一緒にいられるよな」と言われると、恥ずかしそうに顔を赤くした。
二人は何もネヴィルに同情してそのような言葉を投げたのではない。講義で失敗続きのネヴィルはある意味でハーミスと同じくくりの中にいた。入学して間もなく、魔法薬学で失敗してからというもののネヴィルとペアを組みたがる人間もまたハーミスしかおらずシェーマスは「厄介者同士でくっついてめでたいんじゃないの」と嘲笑の対象でもあった。そんな扱いに甘んじているネヴィルには、ハティは一種の尊敬の念を抱いていたし、ディーンがハーミスの愚痴を零すシェーマスの隣で気まずそうにする姿は次第に増えていった。
十月はあっと言う間にやってきた。
ハティは十月という月が過ぎ去っていくにつれて、段々と気分が滅入っていくのを自覚していた。それは、自分には全く縁のないものだと思っていた両親の命日がハロウィンであることをマクゴナガル教授の口から聞いたことで、今まで何も知らずにハロウィンという日を享受していたことに対する罪悪感や両親への申し訳なさが込み上げてきたからである。
ハリエット・ポッターと言う赤子を守るために、大量殺人鬼に立ち向かって若くして命を散らした両親は、まさか姉夫婦の嫌がらせで子どもが一度も墓参りをしないという親不孝をするとは思わなかっただろう。ハティ自身、記憶に残っていない両親に対する愛情は希薄であったが”彼等の愛する娘ハリエット・ポッター”としては一度も両親の死を悼むことなく生きていくことは、あまりにも残酷に思えた。
本来であれば今すぐにでも両親の墓前にはせ参じたい気分であったが、余程のこと――身内の不幸や重病――でもなければ在校生がホグワーツ城を抜け出すことは許されていない。ハティは鬱々とした気持ちを何かにぶつけるように、一層勉強へと打ち込んだ。
各領域からは大量の課題が課せられていたが、目下片付けるべきは魔法史の〈ブリテン魔法史における伝承に対する考察〉のレポートであった。伝承の選択は各個人の自由に委ねられており、ロニーは
一方のハティは面白そうという理由で〈マルジン・ウィスルトの伝承〉を選択したので、古英語や古ウェールズ語、はては古フランス語の辞書を片手に格闘する羽目になった。冷や汗をかいて伝承の解読に挑んでいるハティに対してロニーは「どうしてそう要領の悪いことをしてるの。もっと簡単な課題にしたらいいのに」と心底、憐れむような顔をしていた。
自分でも自覚している。馬鹿なことをしているのはわかっていた。ハティはこの時初めてハーミスが図書館に通い詰める理由を知った。魔法史の伝承や魔法の読解を行うには、参考文献が必須であった。おまけに授業ではマグルに毛が生えた程度の魔法しか習わなかったので、それらは語学力が必要とされる読解作業には何の役にも立たなかったものの、結果として古ウェールズ語で綴られた難解な伝承や詩を解読することによってハティは幾つかの古い魔法を手に入れたのだから徒労には終わらなかった。
マルフォイの言葉を信用するわけではないが、現代のホグワーツの生徒たちが学んでいるのは失われた魔法の残滓である。という言葉は最早眉唾物の話ではなくなっていた。ハティがそのことを、朝食の席で熱弁していると母親から届いた包みを丁寧に解いていたフィルが「それはそうよ」と当然のことのように言った。
「レニーはレイブンクローじゃない? だからよく私たちに講釈をたれるんだけども、レニーが言うには魔法族が過去に使っていた魔法の多くは失われているんですって。だから現代の魔法使いたちは、過去の伝承や伝説を必死に解読して古の魔法を掘り起こしているの。私たちが学ぶのはその中でも平和的で取るに足らない、呼び寄せ呪文や鼠をゴブレットに変える魔法よ。レニーったら、ハティと同じことを言うのよ――現代の魔法族は最早マグルに毛が生えた存在でしかないって。私、レニーが心底レイヴンクローで良かったと思っていてよ。スリザリンでそんなこと言ってごらんなさいよ、きっと私のお母さまみたいに烈火のごとく怒り狂って、レニーはミンチにされること請け合いよ」
レニーはフィルの四番目の兄である。レイヴンクローに在籍しており、フィルの兄とは思えぬ垢抜けない青年であった。
「確かに、フィルのお母さまなら怒りそうね」
プリシラが小さく笑った。
「そうよ。あの人は、自分たちが女神の末裔だと信じて疑わないんだもの」
「女神の末裔?」
「エリンの魔法族にある伝説よ。アイルランドの旧い魔法族は、みんなディーナ・シーの末裔なんですって。エリンの魔法族が本土の魔法族に比べても気位が高いのは、そういった矜持があるからなんだってレニーが言ってたわ。このことはマリーンに言わないでね、マリーンなんてその最先鋒なんだもの」
ハティはフィルがこれほど皮肉げに話すところをはじめてみた。
フィルはは家族をこの上なく愛しているが、ただ盲目的に家族を妄信しているわけでもない。純血のお嬢さまがマグル出身者と堂々と交際するなんて吼えメールが来てもおかしくない話だが、全く恐れることなくティモシー・アーヴィングと堂々と恋人関係を続けるのはフィルのある意味斜に構えた物の見方が関係しているかもしれなかった。
「それよりも、お母さまから仮装パーティの衣装が届いたのよ。ハティもハニーバジャークラブのハロウィンパーティに参加するわよね?」
「ドレスコード必須なの。勿論、仮装がいるわ。私はジャック・フロストーー悪戯好きな雪と氷の妖精になるつもりなの。お菓子、準備しておいてね」
プリシラが悪戯っぽく笑う。
ハティがいつものように参加することを疑わぬ物言いであったので、ハティは「えーっと」と困惑して言い淀んでしまった。
勿論、仮装用の衣装など準備していない。ホグワーツ魔法魔術学校で生徒たちが独自に社交活動をしていることなど知らなかったし、魔法の衣装をあつらえてくれる両親もいない。グリンゴッツに眠る金貨の山を持っていたならば衣装を準備できたかもしれないが、まっとうな金銭感覚を身に着けるべきだというマクゴナガル教授の意向でハティは学校生活を一年続けるためのわずかな蓄えしか手元に持っていなかった。
「私は去年、華麗なマーメイドだったの。だから、今年は奇をてらってケット・シーよ! 私ほど愛らしくて蠱惑的な子猫ちゃんはきっといないと思うのよね。そして、あなたは今年の主役になることを請け合いよ。クイーン・ハリエット。お母さまがあなたの分の衣装を用意してくださったの! それも、ティターニアの衣装よ!」
「美しき妖精の女王ティターニアね」
きらりと目を輝かせるプリシラの目の前で、フィルは包みの中から取り出した衣装を大事そうに手で広げた。それはムーンストーンのように透き通って、光の加減によって虹色の輝きを見せる不思議な純白のドレスだった。ドレスの裾に近づくほどに桃色に色づき、暖色系のしっとりと濡れたような生地の造花がドレスを彩り、ビジューが繊細な刺繍を描いている。ノースリーブで背中はむき出しになっており、腰辺りに光り輝く妖精の羽が大きく広がっていた。
そのあまりの美しさに、周囲の女子生徒たちも感嘆の溜息を零してハティたちに近寄ってきた。
「綺麗なドレスね、フィル」
「ドレスの背中って、妖精の羽でしょう?」
「なんのパーティの衣装なの? 素敵ね! 行ってみたいわ」
フィルを見るグリフィンドールの女子生徒たちの顔には、自分がこの華やかな少女の仲間だと価値を証明することさえできれば、この女王様は自分にも華やかなパーティの招待状をくれるんじゃないかという期待が浮かんでいる。誰もが羨む美しいドレスをフィルの母親が自分のためにあつらえてくれたという事実は、嬉しいと同時に申し訳なかった。きっと、フィルの母親は自分の娘にこそこの美しいドレスを着せたかったに違いない。フィルはハティにとっていっそ十分すぎるほど善き友人であったので、ハティをパーティに誘うために自分の衣装をハティ差し出してもおかしくない――そう思った。
他のグリフィンドール生が自分の席へ戻っていったら、ティターニアのドレスはフィルが着るべきだ。とハティは言おうとしていた。ちょうどその時、燃えるような赤毛に寝ぐせをつけたロニーが眠気眼でグリフィンドールの席へとやってきた。普段はハティと一緒に大広間に連れ立って行くのだが、ロニーが寝坊をしたので彼女を残し今日はフィルたちと一緒に来たのである。ロニーは、他の生徒たちに囲まれたハティたちを見て、眉宇を顰め、次にフィルが大事そうに手にもったティターニアのドレスを見て羨ましそうな顔をした。
「朝からこんなに集まってどうしたの」
「フィルの家から送られてきた仮装パーティのドレスを皆で見ていたの。綺麗よね、これって本物の妖精の羽よ」
エロイーズ・ミジョンが羨望と恍惚の眼差しでティターニアのドレスを見た。
「今度のハロウィーンの夜、社交クラブの催しで仮装パーティがあるの。今回は一般生徒も参加可能なのよ。だから、ロニーも参加しない? 勿論、エロイーズたちも。ただし、ドレスコードは守ってちょうだいね。ハロウィーンの仮装が必要よ」
エロイーズたちは歓声をあげており「ママに仮装用の衣装を送ってってお願いする!」と急いで鞄の中から便箋セットを取り出していた。ところがロニーは青ざめた顔で「衣装を用意するのは、難しいかも」と呟いて、縋る様にハティを見た。
「ハティはどうするの、仮装パーティに行く衣装」
「えっと、フィルのお母さまが準備してくれたみたい」
「ハティはこのティターニアのドレスを着るのよ。わが母ながら、素晴らしいセンスだと思うわ。きっとハティにすこぶる似合ってよ。そうだわ、この靴に合うジュエリーと靴も準備しなきゃ」
豪華絢爛な妖精の女王に見合うジュエリーならばグリンゴッツのポッター家の口座に眠っているが、今それを取りに行くすべはハティにはない。フィルはプリシラに対して「モルガナイトのピアスを持ってきてるわ。あれが合うと思わない?」と楽しそうに語り掛けていた。
ロニーは押し黙っていたが、不意に言った。
「あたしもない、仮装パーティに行くドレス。ハティのみたいに、あたしの分を誰か貸してくれるなら助かるけど」
尖った声だった。ロニーはそれっきり挑むような表情で、フィル、プリシラ、最後にハティを順番に見て口を噤んだ。
気まずい沈黙が訪れた。ハティが「自分の分をロニーに貸してあげて」と言えばそれで済んだかもしれないが、ティターニアのドレスはフィルが着るべきだと思っていたので困惑顔で黙り込んでいると、ロニーは「ほらね」と言わんばかりに唇を歪ませて肩を竦めた。
「あたしの分はないんだ? うん、わかってた――あたしはハティほどフィルたちと仲良くないし、ハティみたいに特別じゃないもん。あたしを友達として連れまわしても、何のメリットもないもんね」
フィルが悲しそうに顔を曇らせた。薔薇色の唇を開いて、何かを言いかけたがロニーの攻撃的な表情を前に悩まし気な表情を浮かべて押し黙った。ハティを慮って、ロニーと対立することを避けたのかもしれない。そんなフィルを見て、プリシラは憤りを滲ませていた。普段は余計なことを言わないプリシラが、この時は口を開いた。
「それって、フィルが打算でハティを連れまわしているって言いたいの? ロニー。だったら、思い違いよ」
プリシラが心外そうに否定して、憮然とした顔でロニーを見た。
「フィルはそんなことのためにハティと仲良くしてるわけじゃないわ。私だって、そう。ハティのことが好きで一緒にいるの。そんな風に言わないで。ハティにも失礼よ」
「ああ、そう。じゃあ、あたしがあんたたちの友達に値しない人間ってことなんだね。だから、あたしはあんたたちの好意はもらえないんだ」
ロニーはちらっとティターニアのドレスを見た。彼女のブルーの瞳には隠し切れない羨望が浮かんでいたが、次の瞬間ハティを見た時には失望と怒りの様なものが浮かんでいた。
「ロニー、フィルやプリシラがそんな風に思ってるわけじゃないってわかってるでしょ? 今までだって、フィルとプリスとわたしは何度かロニーのことを誘ったじゃない。でも、いつも断ってた。それなのに、ロニーがハロウィーンの仮装パーティに参加すると思えないでしょ」
「誘う気もなかったんでしょ。それで、ハロウィーンの夜はフィルやプリスと楽しく三人で遊ぶつもりだったんだ。その方が華やかで楽しい時間が過ごせるもんね。あたしと一緒にいたってせいぜいゴブストーンかチェスをするくらいだもん」
痛烈な皮肉であった。
どうしてロニーはこんなに自分たちに攻撃的になっているのだろうか。ハティは困惑とショックで二の句が継げずに、哀れな金魚ように口を開閉するしかなかった。このことに激怒したのは、プリシラであった。
「ロナルダ・ウィーズリー、あんたってなんでそうひねくれてるの? このドレスを、フィルとフィルのお母さまがどんな思いでハティに贈ったか考えないの? ハロウィーンの夜はハティにとって――」
「初めての華やかなハロウィーンの夜だもんね。今まで意地悪なマグルの伯父さんと伯母さんに召使みたいな扱いを受けて、楽しいことはなかったもの。似合うと思うよ、ハリエット・ポッターに。どうぞ、ハロウィーンの仮装パーティを楽しんで」
そう吐き捨てて、ロニーは大広間を出て行った。
少しの沈黙があって、フィルがドレスを抱きしめてわっと泣き出してしまった。プリシラが黙ってフィルの肩を抱いて、ロニーが消えていった大広間の二枚扉を睨みつけた。
ハティはどうすればいいのかわからなくなった。ロニーの友人としては彼女を追いかけて弁解をするべきなのかもしれない。しかし、フィルとプリシラの友人としては好意を踏みにじられて理不尽に悪意をぶつけられた二人を放っておくことなどできなかった。その板挟みになって、ハティは心がズタズタに引き裂かれた気分だった。少なくとも、暫くの間ロニー・ウィーズリーといつものようにふざけた会話ができないのは間違いなかったし、フィルとプリシラもロニーに良い感情がなくなったに違いない。
そしてその原因となってしまった自分が嫌でたまらなかった。自分が蝙蝠のように両者の間を行き来しなければ、こんなに人間関係がこじれることもなかったのだ。ハティは鼻を啜って言った。「ごめんね」
「わたしのせい。ふたりに嫌な思いをさせてごめんね。やっぱりそのティターニアのドレスはフィルが着るべきだと思うの。きっと、フィルの方がよく似合うし、フィルのお母さまだって喜ぶよ」
顔をあげたフィルは気落ちしたハティを見て、激しく頭を振った。「そんなの絶対駄目よ。だってハロウィーンのパーティは特別なんだもの」
「貴方は知らないかもしれないけど、私たち魔法族にとってハロウィーンは特別なの。例のあの人が消えた祝祭の日であり、死者の魂を迎える日なのよ」
泣きじゃくるフィルの代わりに、プリシラは言葉を引き継いで教えてくれた。
ハロウィーンは元々ケルトの文化では
「亡くなった貴方のお父さまとお母さまに会えないかもしれない。だけど、貴方のご両親の魂が戻ってきた時に闇の中で一番光り輝く姿をしていないと、きっと見つけてもらえないでしょう? だから、お母さまと相談したの。ハティにはティターニアのドレスを着せて、一番美しい姿を見せてあげようって」
涙で濡れた顔で、フィルは無理矢理微笑んだ。
ハティはフィルとフィルの母がティターニアのドレスに込めてくれた愛情と優しさを知って、たまらなくなって鼻を啜り、二人を抱きしめた。