ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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申し訳ないが、群像劇とドロドロの人間関係が好きなんだ……!!! 今回で周辺の人間関係回は終わりです。私はシェーマスのアンチではありません。説得力ありませんが。
次話はパーティ+トロール回です


ハロウィーン 2

 

 

 

 

「そっちにいったぞ! アリシア!」

 ブラッジャーを天高く打ち上げながら、よく通る声でフレッドが叫んだ。アリシアと呼ばれた少女は、眩いブロンドを揺らして身をひるがえすと華麗にフレッドが打ち上げたブラッジャーを避けて見せた。彼女は次いでクアッフルを放り投げると、薔薇色の頬を膨らませて憤然と言った。

 

「全く、あたしたちスリザリンのせいで余計な練習までさせられてるわ。ブラッジャーを避ける練習をしなきゃいけないなんて、私一体なんのポジションになったのかしら。そろそろ、クアッフルを投げる練習がしたいんだけど」

「仕方ないわよ、アリシア。一応、ビーターの役目は敵を妨害することなんですもの。スリザリンの奴らが卑劣な手を使うのは今に始まったことじゃないけど、シリルがあいつらのブラッジャーで引退する羽目になったんだから、私たちチェイサーも対策をしておかないと!」

 アンジェリーナはそう言って顔を曇らせた。

 

 ハティがグリフィンドール・クィディッチチームのメンバーとして練習に参加するようになってから、既に一か月が経過している。ウッドは十月に入るとすぐに寮内で選抜を行い、ハティとウッド以外のメンバーも決まってからはチーム練習は週に三回も行われるようになっていた。

 ビーターは昨年に引き続いて、フレッドとジョージがトップの成績で内定した――二人のプレーは他の選手候補の追随を許さないほど華麗で連携のとれたものであった。流石、双子である――そして、チェイサーはアリシア・スピネットとアンジェリーナ・ジョンソン、今年新たにレギュラー入りしたのはケイティ・ベルの三人の女子生徒に決まった。

 昨年はケイティの席にシリルと呼ばれる男子生徒が座っていたのだが、スリザリンによるラフプレーで彼は選手生命を絶たれ、泣く泣く引退したのだそうだ。しかし、その後を引き継いだケイティは今年二年生で、学年さえ違えばレギュラー入りは確実と噂されるほどの腕前の持ち主らしかった。その腕を既にウッドと前任のシリルは見抜いており、独自にスカウトし今年に入ってからは補欠メンバーとして何度か練習に参加していたようだ。

 

 そのため、実質的にはハティ一人が新メンバーということになる。

 

 

 シリルが引退に追いやられた苦い経験から、練習はチームの連携を高めるためのプレイだけでなくスリザリンのラフプレイに対抗するためのメニューも組み込まれた。チームプレイの中にはクィディッチ独自の戦術名が勿論あるのだが、ハティは未だに覚えられないでいた。シーカーというポジションの特性上、個人で練習することも原因の一つであった。

 

 それでもチェイサー三名が女子生徒ということもあり、彼女たちが中心に気さくに声をかけてくれて、親身に相談にのってくれる。双子はというと、ロニーとハティが喧嘩してからも全くハティへの態度は変わらなかった。

 大広間の喧嘩以来、ロニーはハティに話しかけることがなくなりルームメイトのラベンダーやパールバティと行動をすることが増えた。今まで、起床して朝食に行くにも時間をあわせてロニーと一緒に行っていたが、翌日約束の時間にロニーは現れなかった。いつまでも談話室で待ちぼうけているハティを見て、事の子細を知っていたエロイーズ・ミジョンは同情を浮かべて「ロニーなら、ラベンダーとパールバティの二人と大広間に行ったよ」と歯切れが悪く教えてくれた。ハティはその言葉を聞いて、頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

 こうもあからさまに避けられるとは。

 

 エロイーズはすぐに仲直りできるよ。と微笑んでくれたが、ハティはそうは思えなかった。気まずいにしても、先に大広間に行っている。くらいの言伝をくれたら、こんなに嫌な気持ちになることはなかった。それでも、ハティも話を蒸し返して険悪な雰囲気になるのが嫌だったので、あえてハロウィーンの話題に触れずに大広間でロニーに出会うと笑顔で話しかけた。

 

「ロニー、先に行ってたの? ごめんね、わたし寝坊しちゃって時間に間に合わなくて。ねえ今日の放課後、一緒にマクゴナガル教授の課題をしない?」

 無言でおいていかれたことなどおくびにも出さずに、ハティは知らなかったふりを装った。

 しかし、ロニーはよそよそしい態度でハティから目を逸らした。そしてそっけなく言った。「ああ、うん……教授の課題ね。それ、もうラベンダーやパールバティと約束してるんだ」

 

 ラベンダーやパールバティは困惑を滲ませてお互い顔を見合わせると、ハティとロニーを順番に見た。二人のその態度から、ロニーが約束をしていないことは明らかであった。

 ハティはその時まで悲しみとも何ともつかない気持ちでいたが、一気に怒りが吹き上げてきた。虚勢をはって、何も知らないふりをして馬鹿みたいに笑いながら話しかけたことが、ひどく滑稽に思えた。そして同時に、ロニーがこれほど卑怯だとは思わなかったし、ハティとの和解を望んでいないことが手に取る様にわかって、ハティは自分が情けなくなった。

 

 これ以上、嘘をついて何事もなかったかのようにロニーに話しかけるのも、みっともない。何よりちっぽけなプライドが許さなかった。別にロニーがいなくても、自分を楽しませてくれる人も、優しくしてくれる人も沢山いる――そう、フィルとプリシラみたいに。だから、彼女がいなくたって平気だ。ハティはそう自分に言い聞かせて、微笑を浮かべた。

 

 

「そう、わかったわ。別の子を誘ってみる」

 ”別の子”が誰であるのかは明言しなかった。しかし、ロニーには予想がついたことだろう。彼女は目を丸くすると、ぎこちなく笑って「うん、それがいいと思う。あたしの解答じゃあ、O()はもらえそうにないしさ」と答えた。ハティはそんな言葉にさえ皮肉を感じ取って、いよいよ被害妄想まで出てきた。と危惧を覚えたので、早々にロニーとの会話を切り上げた。

 丁度、大広間の二枚扉からフィルとプリシラが入ってくるのが見えたのでハティは二人へと歩み寄った。その背中をロニーが複雑な顔で見ていることには気付かず。

 

 それ以来、ロニーとは口をきいていないし視線を交わすこともない。授業では当然のようにロニーと組んでいたが、最近は専らハーミス・グレンジャーと並んで座っていた。優しいフィルとプリシラは「一緒に組もうか?」と毎回順番でハティを誘ってくれたものの、そうすれば二人のどちらかが組からあぶれてしまう。二人はいつも仲睦まじくペアを組んでいるので、割って入って孤独を味合わせるような真似は嫌だった。

 そのような状況が五日も続くと、流石にプリシラも表情を曇らせて言った。

 

「二人の関係が変になってしまったのは、きっと私がロニーに喧嘩を売ったせいね。あの時、もっと丸くおさまるように気を遣えばよかった……私のせいでごめんなさい。ハティ」

「プリスのせいじゃない。そもそも、言いがかりをつけてきたのはロニーの方だし、フィルとプリスの二人は私をいつものようにパーティに誘っただけだよ。謝らないで。それよりも、新作を書き始めてるんでしょ? 今度はどんな内容にするの」

 ハティが強引に話を切り替えたことで、プリシラは釈然としない様子だったがこれ以上ハティがロニーの話を続ける気はないと悟って、プリシラはとつとつと次の新作についての話を始めた。

 

 そういうわけで相変わらずハティには講義で一緒に組んでくれるペアはいなかった。ティターニアのドレスの一件以来、フィルとプリシラを無用なトラブルに巻き込んでしまい善意を踏みつぶしてしまった。という負い目があったので、ハティは頑としてフィルとプリシラの申し出に頷かずにハーミスとペアを組み続けた。

 

「最近、やけに君とペアを組む機会が多いと思うのは、僕の思い違いだろうか?」

「そうかしら、気のせいじゃない?」

「今週に入って四度目、絶対に気のせいじゃないだろうね」

 ちらりとハーミスの視線が前方の席でラベンダーと巨釜を覗き込んでいる赤毛の少女が向いた。

 ハティは「絶対気のせいじゃないだろ。君たち、喧嘩したんじゃないか?」と言わんばかりのハーミスの胡乱な眼差しに「そんなこともあるわよ」としらを切った。実際、ハティは毎回ハーミスを選んでペアを組んでいるわけではない。ハーミスには今やペアを組んでくれる相手がおらず、彼が常にソロだったからである。ハティはこれ幸いとばかりに「わたしと組みましょう」とハーミスに声をかけ続けた。

 

 他の生徒は好きな相手と組めるし、ハーミスは「誰があいつと組むの」という他の生徒の押し付け合うようなやり取りをみなくてすむし、とても平和的な解決方法である。

 

 

「君たち、早く仲直りしたらどうだい? 意地を張るのは、子どもっぽいよ」

「私たち、十一歳だかられっきとした子どもよ。それに、別に意地も張ってない」

「どちらかが歩み寄れば済む話じゃないか。いつまでもフィルとプリスが君たちに気を使う必要もなくなることだしね」

 ハーミスのこの鋭い指摘には押し黙るしかなかった。図星だったからである。確かに、いつまでも二人に気を遣わせるわけにはいかない。ロニーとハティの喧嘩ともいえないこの冷えた関係性が長引けば長引くほど、フィルとプリスに嫌な思いをさせ、楽しいはずのハロウィーンパーティでさえ苦い思い出にしてしまう。それは避けたかったが、ハティの子どもな部分がハーミスの言う通り意地を張っているのは事実だった。

 

「わたしは先に歩み寄ったよ。だけど、それを先に拒否したのはロニーの方。これ以上、わたしにどうしろって言うの。せめて、あっちが大人になるための努力をすべきじゃない?」

「膠着状態だね」

 毒ツルヘビの河をたどたどしい手つきで千切りにしながら、ハーミスが溜息をついた。「まあ、正直君たちは合わないと思ってたよ。ロニー・ウィーズリーは君に比べて落ち着きがないし、子どもっぽい。それに、イギリスの田舎で泥まみれになりながら転がってそうだしね。初めて会った時も、顔に泥ついてただろ?」

 

 ハティは呆気にとられた。ハーミスは頭脳明晰で驚くほどの知識量を持っているのでその記憶力には驚いていない、意外と人をみていることにハティは驚いた。慎重に摘んでいたニフラーズファンシーの黄金の葉が薄っすらと光りを帯びてひらひらとテーブルから落ちそうになって、慌てて掴む。

 

 

「よく覚えてるわね」

「うん、女の子が鼻の頭に泥をつけてるってなかなかないからね。それに比べて君は、年相応のところもあるけれど教授の話をよく聞いていて、お行儀が良い。それに、フィルやプリスと仲がよくて他の友達にも囲まれていて、いつも華やかなパーティガールだ。あまり、合わないとは思っていたよ」

「ハーミス。あんた、友達いないでしょ?」

 ハティは軽口で返したが、図星をつかれたハーミスの顔は赤かった。

「君には関係ないだろ」

 ハーミスは刺々しい口調でぴしゃりと言い放った。「それに、友達と喧嘩をして未だに仲直りもできていない君には言われたくないね」

「そんなに簡単な喧嘩じゃないからよ。どっちの方が大事ってわけでもないけど、わたしはフィルとプリスの友達でもあるからロニーが言ったことが許せない。勘違いしないでね、わたしはロニーと相性が悪いって気付いて距離を置いたわけじゃないの。確かに、ロニーはフィルやプリスほど洗練されてないし、素朴よ。フィルたちが典型的なイングリッシュローズ(イギリス美人)だとしたら、ロニーはカスミ草。だけどあの子はいつもユニークがあってわたしのちっぽけな悩みなんて笑い飛ばしてくれる。あんなことがなければ、長く友達でいたいと思ってた……」

「あんなこと?」

「いくら友達でも長年の親友でも言っていいことと悪いことがある。その線を超えると、それまでいくら深い関係性を築いていたとしても、人は離れていくものなの。例えばハーミスはマルフォイに、”君は勇気の欠片もない腰抜けだから、騎士道のなんたるかを僕が教えてあげるよ”って言われたらどう思う?」

「嫌だね」

 即座に答えて、ハーミスははっと何かに気付いた顔をした。

 彼が先日レイヴンクロー生に投げた言葉とほぼ同じニュアンスの内容である。

「人間関係とか友達作りっていくら本を読んでも解答はないの。数学の解答と違って、人は正論を嫌うし、生理的に気に入らないからって嫌われることもある。あんたはわたしのことをパーティガールって呼ぶけど、わたしは今まで友達が少なかったの。だから、今試行錯誤して色んな人とコミュニケーションをとってる。そうしないと、人との付き合い方とか距離感がわかんないんだもの。ロニーとの喧嘩はそういう話の一部なのよね」

 ハーミスからの返答はなかった。彼は暫くの間、ハティの言葉を咀嚼するかのように虚空を見つめて、毒ツルヘビの皮を刻む手をとめていた。

 

 

 

 ハーミスとのペアを組むことは彼の講釈に耳を傾けなければかなりプラスに働いた。大抵、十一歳の子どもは注意力三万で教授の説明や注意を聞き逃してはトラブルを起こすことが多い。教授の実演そっちのけで杖を振りまわして火を噴かせるシェーマスや、誤ったタイミングでウムドレビの果肉を入れて異臭を放つラベンダー等、同級生たちの失態は枚挙にいとまがない。

 

 その点、ハーミスは効率的でしっかり教授の説明にも耳を傾けている。お陰でハティたちのペアはすこぶる成績が良く、毎回のポーション学の授業でもスネイプ教授は二人の力作を見て鼻を鳴らすのみであった。これはスネイプ教授の反応の中では「まあいいだろう」という及第点の反応であると――基本的にスネイプ教授は生徒全員に鋭い指摘をする――ハティはこの一か月弱で学んでいたので、満足であった。

 

 ところが、そんなハティに同級生たちは思わぬ反応を寄せた。

「毎回、あいつと組むのってしんどいだろ? あいつ、いっつも偉そうに口だしてくるんだもん」

 ベルを思わせる透き通った白い花がたわわに頭を垂れるように咲き誇っている。夜にだけ内側から薄っすらと黄色く光り、蜜は妖精の大好物だというフェアリーライトの鉢を慎重に移動させながら、シェーマスは隣でおもむろにそう言った。

 

 ハティは一瞬、シェーマスが誰の事を指しているのか理解できず怪訝に眉宇を顰めた。

 

 薬草学は他の領域の講義に比べて、他の生徒とペアを組むことは少ない。黙々と自分のペースで薬草の世話が出来るので、この授業はネヴィルに好評だったしハティも好きだった。大抵はハッフルパフの生徒と合同なので、最近は専らスーザン・ボーンズと談笑することが多かったのでシェーマスが話しかけてきたのは意外だった。

 シェーマスの視線は教授から最も近い場所で鉢から花を掘り出しているハーミスに向いており、シェーマスが薬草学の授業で話しかけてきたのは故意であるとハティにはすぐにわかった。

 

「ああ……ハーミスね」

「最近、ずっとハティがあいつとペアを組んでるから皆心配してる。いつもはロニーと組んでるだろ? もしかして、喧嘩した?」

 シェーマスはハティにそう訊ねたものの、ハティとロニーが喧嘩したことはグリフィンドールの同級生のみんなが知っていることであった。大広間でのやり取りをエロイーズを筆頭に多くの同級生が目撃していたし、いつも一緒に行動しているハティがフィルたちと一緒にいる姿を見れば、自ずと何があったかわかるものである。彼等の考察はさしずめロニー・ウィーズリーとハティ・ポッターが決別して、かねてより仲の良かったフィルのグループにハティが加わったという説が濃厚であった。

 

 

 これはルームメイトのカーラ・グランドが教えてくれたことである。彼女は噂好きのキャンディ・カーペンターやエミリア・ベッキンセイルと一緒にいることが多いので、少しばかりの情報を与えると嬉々として教えてくれた。カーラは心配する風を装っていたが、この喧嘩の行く末が楽しみでたまらないと言わんばかりにその目は好奇心で輝いていた。彼女は既に事件の詳細を知っていたので、ハティが多くを語る必要はなかった。なので「そういう噂が流れているわよ」とカーラから聞いて、ふーん。と頷くだけでよかったのだ。

 

 

「ハーミスと組むことには特にストレスは感じてないわよ。彼の言う事を聞き流しさえすれば、効率よく全てが終わるから助かってる」

「ま、あいつの頭が良いのは認めるよ。でも、いっつも俺に偉そうに指摘してくるから本当にむかつくよ。ディーンは同じマグル生まれだから気にしてるみたいだけどさ、あいつと喋ってると”魔法族の生まれなのにそんなことも知らないの? 出来ないの?”って言われてる気分になるんだ。まるで悪夢みたいな奴だよな? お友達だって、ネヴィルしかいないんだぜ。そのネヴィルだって、課題を助けてもらうためにあいつと一緒にいるだけだよ。あいつ、いっつも課題終わらせるのが早いし、毎回O()とってるしな。だから俺もネヴィルからハーミスのレポートを横流ししてもらって、変身術と魔法薬学の課題を片付けるのに使ってる」

「へえ」

 ハティは口の端で笑った。

 ハーミスの愚痴を零す癖に自分の課題を片付けるためにネヴィルを使ってハーミスの手を借りているのだ。それは搾取以外の何者でもない。学生間ではよくあることとはいえ、こんなところにハーミス・グレンジャーの善意が利用されていると知って、こんこんと怒りが込み上げてきた。

 マクゴナガル教授とスネイプ教授は学生の顔を覚えないピンス教授ほど阿呆ではない。きっとレポートの類似性を発見して、シェーマスがずるをしたことに気付くし、評価もそれなりになるだろう。けれどハティは敢えて口から出そうになったその言葉を、飲み込んだ。

 

 

「いいわね。わたしなんか、フリットウィック教授の課題を片付けるために古代ノルド語の本まで解読して、ヴァイキングが使ってた古い呪文を引っ張り出してきたとこよ」

「課題なんて適当でいいじゃん? 今度、ネヴィルから流してもらったレポート見せようか?」

「いい。それなりに勉強が楽しいし、自分で調べないと意味がないもの」

「さすが、優等生のハティ・ポッター」

 にやっとシェーマスが笑った。

 薬草学の授業が終わり、ハティは猛烈な勢いで温室を出て行くハーミスの背中を見つけた。またいつものように図書館に向かうのだろうか、とハティも他のグリフィンドール生も思っていて気にも留めなかった。しかし、温室の奥から泣きじゃくって何度もつまずきながらネヴィルが出てきた時、フィルたちと一緒にいたハティは違和感を覚えた。

 

 ハティたちが「何かあったのか」と訊ねるよりも早く、ネヴィルは悲壮な顔つきでシェーマスの元へと駆け寄った。

 

「ハーミスが聞いてたの! シェーマスとハティの会話。それで、僕がハーミスから見せてもらったレポートをシェーマスたちに流してたのバレちゃったんだよ」

「やっぱり無断でシェーマスたちに横流ししてたの?」

 ハティの非難するような物言いに、ネヴィルは真っ赤な顔で俯いて、シェーマスは決まりが悪そうな顔になった。

 フィルとプリシラの二人が「どういうこと? 何の話?」とハティやシェーマスたちを交互に見た。ハティがシェーマスに「言っていいよね?」と許可と求めると、彼はバツが悪そうな顔をして渋々うなずいたので温室でのやり取りを二人に教えると「それはちょっと卑怯じゃないかしら?」とフィルが少し怒ったような顔で言った。

 

 ハティもフィルたちとよく課題を共同で片づけることはあるが、それぞれ分野を分担しているし一方に労力が傾かないようにしている。何より、二人は頭脳明晰なので常にハティと同じ完成度のレポートを完成させる。しかし、シェーマスのやっていることは自分が楽をするためにネヴィルを通してハーミスのレポートを丸写ししているだけだった。

 

 シェーマスは憤然と反論した。

 

「でもさあ、俺だってネヴィルを通して過去のレポートをハーミスに渡してたよ。これって、WIN-WINの関係じゃね?」

「全然、ハーミスには利益ないわよ。だって、彼は過去のレポートを持ってたとしてもレポートから抜粋して仕上げるような真似はしないもの。せいぜい文献を参考にするくらいよ。このことをきっと教授たちは気付いてるし、このままだとシェーマスだけじゃなくてハーミスの評価も下がるわよ。下手したら、不正とみなされるかもね」

 プリシラの鋭い指摘にシェーマスは顔面蒼白になって、ネヴィルは「ふえっ」とまた目尻に涙を溜め始めた。

 

「ぼ、僕のせいだ。僕が、シェーマスたちにレポートを渡したから……」

「そもそも、ネヴィルはどうしてそんなことをしたの?」

 大体の予想はついたが、ハティが訊ねるとネヴィルは訥々と語った。

 

 

「……そうしたら、ルームメイトのシェーマスやケビンと仲良くなれると思って。だって、僕、ドジで馬鹿だから誰も友達になってくれないし」

「そんなことをして出来た友達なんて、きっと長続きしない。その場限りのお友達よ。このままハーミスと拗れるのが嫌だったら、追いかけて謝るべきよ」

「許してくれないかも……」

 ぽろりとネヴィルが大粒の涙を流して、肩を震わせた。

 

「許してくれるかは分からないけど、誠意を込めた謝罪を突っぱねるほどハーミスは狭量じゃないと思う。あんたと辛抱強く付き合ってくれるような子だもの。レポートを手伝ってくれるのだって、純粋な善意だったと思うわ」

「きょ、狭量?」

「器が小さくないってこと」

 プリシラが溜息をついて解説した。

 ハティは鞄の中をごそごそと探ると、小さなポケットに入れていたカエルチョコレートを取り出した。そして、狼狽して「でも……でも……一人じゃ怖いよ」と涙を流し始めたネヴィルに、カエルチョコレートを押し付けた。

 

「はい、トレバーの代わりよ。これをもって、ハーミスを探してきたら? 向き合うのは怖いかもしれないけど、大事なのは逃げないことよ。ネヴィルは、グリフィンドール生でしょ」

「確かにね」

 フィルが軽やかな笑い声をあげる。不貞腐れたように地面を見つめているシェーマスを横目に、フィルはネヴィルを鼓舞するように肩を叩いた。

「そうよ! 貴方はグリフィンドール生なんだもの。勇気を振り絞るの。喧嘩したお友達と向き合うのってきっとケルベロスの巣に飛び込むよりも、大変なことだわ。だけど成功した時、貴方は今年のグリフィンドール男子の中で一番の勇者として称えられるはずよ」

 シェーマスをあてこすっているのは明白であり、彼もその自覚はあるのか鼻を鳴らしてネヴィルを睥睨した。シェーマスは入学した時からフィルに懸想しているので、彼はネヴィルとフィルに良い感情を持たなかったに違いない。しかし、今やティモシー・アーヴィングという恋人のいるフィルには、シェーマスなど眼中になかった。

 

 ネヴィルは頬をピンク色に染めながら感謝と尊敬を浮かべた目でフィルを仰ぎ見た。まるで尊い女神でも前にしているかのように。

 

「僕……行ってくる! ハーミスに謝ってくるよ!」

 脚をもつれさせながら走り去っていく背中を見送ると、シェーマスは居心地が悪そうに「俺もケビンが待ってるから」とそそくさとハティたちのもとから逃げていった。意中の少女の前で卑怯な男であったと暴露されたのはさぞかし恥ずかしかったに違いない。

 プリシラはにやっと笑ってフィルの肩に触れた。

 

「勇者を見送る美少女って物語のセオリーよね」

「なによそれ」

 フィルが唇を尖らせる。

 ハティは小意気な笑みを浮かべて、反対側のフィルの肩を叩いた。

「ジョセフ・キャンベルの神話類型ってやつ。退屈な日常を変えてくれる女神様は物語につきものなの」

「そうよ。スターウォーズのシナリオはこれを参考にしているんだから。フィル、貴方、ネヴィルの初恋を掻っ攫ったんじゃないの?」

 流れるようなプリシラの追撃に、フィルはお手上げとばかりに肩を竦ると頭を振った。

 

「嫌だわ、二人とも! 私にはティモシーというれっきとした彼氏がいるんですからね。他の男性に見向きをするつもりはなくてよ。それに、今からティモシーと黒い湖でデートなの。先に帰ってて」

「日傘はいらないの? フィリパ・ポップルウェル」

 プリシラが揶揄すると「日傘があったら、手が塞がって何にもできないじゃないの!」とフィルは顔を赤らめながら、ハッフルパフの集団に飛び込んでいった。ティモシーはホグワーツ急行での宣言通りに無事にハッフルパフに組み分けされ、アーニーやジャスティンという友人を得たようだ。今のところ、彼等の間にフィルを巡る修羅場は勃発していないので、そのあたりフィルは上手くやったのだろう。

 

「フィルはティモシーに夢中ね」

「マグル出身の彼氏が物珍しくてしょうがないのよ。父親が牧師っていうところもストイックでポイントが高いって言ってたわ」

「それってどういう意味で?」

 ハティはにやっとして、プリシラを見た。

 プリシラが小説を執筆するならば、この先の展開は読めている。ストイックな牧師の息子を巧みに誘惑して少年が身を崩していくさまを魔女は愉しむのである。

 

「勘違いしないで頂戴ね。マーガレット・バージェスはそういう展開を望むかもしれないけれど、プリシラ・プセットとしてはプラトニックな純愛も悪くないと思っているの」

「わたしも現実ではそっちの展開が好き。だって、わたしたちまだ十一歳なんだもの。現実でお友達がどろどろの恋愛劇を繰り広げているのを見たら、きっとハラハラするわ」

「あの……」

 気弱そうな声が割り込んできて、ハティとプリシラはぴたりと会話をとめた。振り向くとくるくるとした黄金色の巻き毛と、若草色の大きな瞳を潤ませた少女が不安そうにこちらを見つめて佇んでいた。さながら子犬のようなその風貌には見覚えがあった。今は天鵞絨のローブを身に着けているが、以前は貴族の子弟のような装いでマリーンの小姓かのようにハティたちにせっせと紅茶を淹れてくれた同級生のガラドリエル・ブレナーハセットだ。

 

 確か彼女もハッフルパフであったが、薬草学の授業では彼女は存在感がなかったので同じ温室にいるとは思わなかったのだ。

 

 

 ハティがプリシラとともに瞠目して言葉を失っていると、リエルは困ったように眉を垂らして手に持っていた鞄を二人に差し出した。

 

「あのね。これって多分、グリフィンドールのハーミスって人の鞄だと思うの……」

「ハーミスの?」

「一緒に前の方でフェアリーライトの植え替えをしてたから、見覚えがあって。彼、泣いてたから忘れて出て行ってしまったんだと思う。あの、彼は虐められてるの?」

 リエルの問いにハティとプリシラは顔を見合わせた。

 虐められていないが、好かれてもいない。結果的にグリフィンドール生の中ではつまはじきものとして扱われているのが現状であった。しかし、ハーミスの名誉を守るためにも堂々と彼はグリフィンドールで遠巻きにされている。等とはとても口にはできない。歯切れが悪くハティが「そんなことないのよ。でも、友達同士の諍いって共同生活をしてたらつきものだと思うのよね」と答えると、リエルは顔を曇らせた。

 

 

「そんな風に言葉を濁さなくても大丈夫。なんとなく、そういうの分かるの。でも、ハーミスのことは言いふらす気はないからね。だから、そんなに警戒しないで」

 彼女は急いでそう言って、ハティにハーミスの鞄を押し付けた。

「じゃあ、またクラブでね」

「あ、うん。ハーミスの鞄を届けてくれてありがとう」

 リエルははにかむように笑って、一人で温室を出て行った。

 その背中をプリシラは物言いたげな顔でみていた。

 

「彼女、まだハッフルパフで馴染めてないみたい」

「え?」

「よく城内でも迷ってるから、マリーンの指示でハッフルパフの上級生が助けてあげてるんですって。クラブで聞いたわ」

「でも、同級生の子たちは何をしているの」

「さあ」

 プリシラは小首を傾げたものの、ハティはなんとなくプリシラが答えを知っているような気がした。

 

 

 

 その答えは数日後にすぐにわかった。土曜日、ハティがクィディッチの厳しい練習の後疲労の残る重い体を引きずってホールを横切っていると噴水に腰掛けて必死の表情で手を伸ばしているリエルを発見した。

 土日は基本的に三年生以上の上級生たちはホグズミード村に外出しているので、いつもは生徒たちの喧騒に包まれたホールも閑散としている。図書室に向かう学生か、地下や外に出ようとする学生が横切るくらいである。ホールの隅にはチェロやバイオリン、ピアノ、トロンボーンが一人でにショスタコーヴィチのワルツ第二番が奏でている。

 ハティはクィディッチのユニホームを纏い箒を小脇に抱えた姿で、子犬のようなリエルへと近づいた。

 

「ハイ、リエル。何をしているの」

「ひゃあああ!」

 素っ頓狂な声をあげたリエルが飛び上がって、前のめりに倒れていく。今にも噴水の水面に顔を突っ込みそうであった。ハティは慌ててリエルの首根っこを猫の様に掴んだ。リエルが安堵の溜息をついて、ハティも緊張を緩めるとリエルを噴水の縁に座らせて訊ねた。

 

「何してたの」

 リエルは暫くの間、足元を見つめて黙り込んでいた。そして不意に泣きそうな声で言った。「ゴブストーンのビー玉をとろうと思って」

 ゴブストーンはマグルのおはじき(マーブルズ)の魔法界バージョンである。違いは失点するごとにビー玉が悪臭を放つ液体を吹きかけるくらいだが、魔法界では長年愛されている遊びである。ダイアゴン横丁では純金製や、ルースのゴブストーンが高値でショーウィンドウに並んでいたので大人も楽しむゲームのようだ。

 

 本来のルールであればそのビー玉が噴水なんかで落ちるわけがない。ハティは悪戯っぽい笑みをひらめかせて、リエルの顔を覗き込んだ。「もしかして、ビー玉でキャッチボールでもしてたの?」

 そして、リエルの顔を見るなりぎょっとした。子犬の様な彼女はくしゃくしゃに顔を歪めて泣いていたのだ。

 

 

「ど、どうしたの! なんで泣いてるの!」

「ルームメイトのボニーが私のゴブストーンのビー玉を隠しちゃったの! ドジで間抜けで勉強もできない癖に私ばっかりマリーンに贔屓されて、上級生にちやほやされるのはずるいって。それに、学校に宝石で出来たゴブストーンなんか持ってきたら駄目なんだよって取り上げられちゃったの。ボニーはスプラウト教授にゴブストーンを渡したと思ったの。でも、没収なんてされてなかった。ゴブストーンのビー玉をね、全部隠されちゃったの」

 ついにはリエルはわあわあと火が付いたように泣き始めてしまった。ハティは狼狽えて、慌ててポケットに手を突っ込みハンカチを取り出したがそれはハティの汗を拭った使用済みの汚れたハンカチであったため、彼女の涙を拭う役目は果たせそうになかった。ハティは渋々ハンカチをポケットにしまうと、代わりに杖を取り出した。そして、リエルの鼻先で呪文を唱えた。

 

 

「オーキデウス!」

 ぽんっ! と何かが弾けるような間抜けな音をたてて、ハティの杖先に花束が現れた。ガーベラ、薔薇、チューリップ、カスミソウ、矢車菊、、リシアンサス、百合――色とりどりの花が咲き乱れているが、いまいち色の統一感はなく紫、ピンク、黄色、青紫と様々だ。。ふつうの魔法使いや魔女が呪文をひとつ覚えこむには、ある程度の時間がかかる。しかし、その完成度を高めようと思えば一層の鍛錬が要求される。はじめてつかう呪文だったので成功するとは思えなかったが、色が統一できていないところを見るとやはり完成度は高くない。

 

 

 ハティはふうっと溜息をついて、驚いて目を白黒させているリエルに微笑みかけた。

 

「初めての魔法だったから、やっぱり上手くいかない。リエルが温室で世話をしてるお花の方が綺麗だね。よかったら、これ貰って。ゴブストーンのビー玉なら、わたしが一緒に探してあげる。わたしもよく物をなくすから、呼び寄せ呪文は得意なの」

 リエルは恐る恐ると言った様子で花束を受け取り、小さな腕の中に大きな花束を大事そうに抱え込んだ。そして花束の隙間から若草色の瞳を覗かせると、不安そうにこちらを覗き込んだ。

「でも……でも大変だよ。全部、隠されちゃったの。この広いお城で全部に見つかるなんて、きっと無理だよ。だから、そんなことしなくていいよ……」

「でも隠されて失くしたことを知ったら、ご両親が悲しむんじゃない?」

 リエルは悲しみに顔を曇らせた。

 マリーンの遠縁だとは聞いていたが、宝石で出来たゴブストーンを学校も持たせて来るなんてリエルの両親は相当裕福で、娘を愛しているに違いない。他の生徒とは一線を画す美しいゴブストーンがあれば興味をひかえた同級生が娘とゲームをし、あわよくば友達になってくれるかもしれない。そんな期待もあったのだろう。まさか同級生に嫉妬をされて、虐めの為の道具にされるとも思わず。そんな事実、リエルでさえ両親にはきっと言えない。誰だって親の悲しむ顔は見たくないのだ。

 

「大丈夫よ。明日だってあるし、もし最後まで見つからなかったらそのボニーって奴をわたしが締め上げるから安心して!」

 ハティが力強くリエルの肩を叩いてそういうと、リエルは悲鳴をあげて飛び上がった。その顔は青ざめている。ハティは思わぬ反応に、あれ? と首を傾げた。本来こういった場面では感動と尊敬を目に浮かべて、ハティを女神のように仰ぎ見るべきである。

 しかし、リエルは猛獣を前にした草食動物のように震えながらぷるぷると頭を振った。

 

「わ、私がんばって見つけるから! ボニーには酷いことをしないで……っ」

「ええっ?」

 

 

 

 なんでわたしが悪役みたいになってんのぉ?

 

 

 

 とにもかくにも、ハティとリエルは丸二日間をかけて城内を散策しボブストーンを探し出した。これが中々骨の折れる作業であったので、一日目の終わりには早々に折れてネヴィルに魔法道具の〈失せ物ボール〉を借りることにした。ネヴィルはハーミスの一件でハティに対して多大なる恩があったので、ぶるぶると震えながらも祖母から贈られてきたその逸品をハティに二つ返事で差し出した。決して恫喝したわけではない。

 

 

 〈失せ物ボール〉は必要な物をどこに置いたのかも忘れてしまうネヴィルの為に彼の祖母が贈った魔法道具で、”何を探しているのか”わかりさえすればぴょんぴょんと飛び跳ねて大階段に向かった。ハティとリエルも慌てて後を追う。

 

 

 姑息なことにボニーは城内の至る所にゴブストーンを隠していた。ホールの噴水、レイヴンクロー塔にある天文台、温室の屋根の上と場所は様々であったが呼び寄せ呪文を習得しているハティにしてみれば、どのような場所に隠そうが場所さえわかれば回収することに造作はなかった。ハティはビー玉の一つ一つを見つけるにつれて、やり場のない苛立ちに、頭の芯がチリチリと音を立てていた。

 最後のゴブストーンを発見した時には「ボニーという女をこらしめてやろうか?」とハティは歯を食いしばってリエルに提案したものの、彼女はやはり頭を振った。

 

 

「いいの。わたしがこんな物を持ってくるべきじゃなかったの。そうしたら、ボニーもほかのみんなも私のことを嫌いにならなかったんだもの」

「別に何を持ってたっていいじゃない。わたしなんか、一年生なのに箒持ってるけど何にも言われないよ」

「それはハティがすごい魔女だからだよ! みんな言ってるよ。ハティは勉強できるし、箒に乗るのも上手だし、お友達も多い。何でもできる子だって。でも私は、お友達の一人すら作れないの……」

 悄然と項垂れるリエルに、ハティは当惑した。

 そして、もしかしたらリエルはボニーだけでなく他のハッフルパフ生ともうまくいっていないのではないかと思い始めた。初めてハティたちと出会った時、リエルは吃音が多く内向的にみえた。入学当初に友達作りに失敗してしまった場合、今出来上がってしまった集団に入っていくのは容易ではない。誰か親切な人間がいればよいのだが、むしろリエルはルームメイトに虐められている有様だ。自身がそういう立場にあるからこそ、ハーミスの置かれている状況に敏感に気付いたのかもしれない。

 ハティはリエルが悪い少女だとは思えなかった。ハーミスを気遣って鞄を届けてくれるような優しい少女だ。彼女の穏やかな性格を知れば友達もできるだろう。

 

 ハティは辛抱強くリエルの顔を覗き込んで、言った。

 

「わたしが勉強が出来るのは努力してるから。大抵の子は勉強なんてしてないって言うかもしれないけど、そんなのは嘘。講義でヒロインになりたかったら勉強しなきゃいけないし、魔法の練習もしなきゃいけない。それに友達が多いのは社交的なフィルのお陰なの。こうみえて、努力してるんだ。わたしもホグワーツに来る前は友達が殆どいなかったから」

「そう、なの?」

「うん。親友って呼べるのはレイヴンクローのヒューくらい。だから、ホグワーツに入ったら沢山友達を作ろうと思ってた。そのために頑張って色んな人と喋るようにしてる。だから、リエルも誰かに話しかけてみたらどうかな? それでも友達が出来ないって言うならグリフインドール寮に来たらいいし、わたしが温室にいってもいい。この二日間、一緒に宝石探しをしたんだもの。わたしたちはもう友達よ」

 

 

 リエルは顔を上げると、目に涙を溜めながらも微笑みを浮かべて口を開いた。

「あ、ありがとう、ハティ。私、頑張ってみるね」

「リエルならきっと大丈夫。ハロウィーンの日、クラブのパーティできっとお友達を紹介してね」

「うん!」

 リエルは瞳に強い光を浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 一

 

 

 

 

 

 

 ガラドリエル・ブレナーハセットという友人を新たに得たハティはこのところ平和な日々を送っていた。結局、ハティよりも先にネヴィルはハーミスと和解したようで二人が穏やかな顔で行動をともにしているところを頻繁に見るようになった。同時に図書館の片隅で、談話室の勉強スペースで本を片手に四苦八苦しながら頭を掻きむしっているシェーマスやケビンの姿が目に入るようになったので、ネヴィルは彼等にハーミスのレポートを横流しすることは辞めたのだろう。

 

 

 そして、ハーミスは彼等を許したのだ。講義ではハーミスがネヴィルとペアを組む機会が増えたので、彼との接点が殆どなくなってしまったかのように思えたが、実はそうでもなかった。ハティの姿を見つけてはぽつぽつとハーミスが話しかける回数が増えていった。はじめはマクゴナガル教授から返却されたレポートについての話題だった。ハティは「レポートの質はよいが引用している二対形質論は錬金術の領域である」という理由で、「優」を逃した。「優」を逃したのは初めてだったので出来ることならば、レポートの話題は避けたかったがハーミスは神妙な面持ちであった。

 

 

 ハーミス・グレンジャーのことである。得意顔で「僕は優だったよ」と自慢してもおかしくなかったが、意外なことにハーミスも「良」であった。お互い図書館に通い詰めて完成させたことは知っていたので、二人は初めて意気投合をした。勉強においては相手以上に共感を示せる相手がいないと気付いたハティとハーミスは友人と言える関係性になっていた。一方のロニーは何の進展もなく、ハティはハロウィーンの日を迎えてしまったのである。

 

 

 

 ハロウィーンの朝、城内はパンプキンパイを焼く甘い匂いが漂っていた。城内の至る所にジャックオーランタンが飾られ、くりぬかれた目や口の中から蝋燭の温かな光が零れている。大広間は廊下よりも豪奢に飾り付けられており、蜘蛛の巣やシーツを被ったオバケが天井から見えない糸でつるされているかのように浮遊している。蝙蝠が天井や壁の至る所で羽ばたいているが、魔法で作られているようで触れても触れなかった。

 

「すごいわ、組み分け儀式のときみたいに豪華じゃない?」

「こんなもんじゃないわ。夜はもっと飾りもお食事も豪華になるんですって。だけど、マリーンのハロウィーンパーティだって期待していいわよ。お城と負けないくらい、華やかでおどろおどろしいパーティが待っているんですもの。そういえば、お菓子は準備しているわよね?」

 フィルの問いにハティは「もちろん」と頷く。本来のハロウィーンの役割を忘れてはいない。その為に、お菓子をふくろう通信で取り寄せている。

 プリシラが栗色の髪をかき上げて、表情を曇らせた。

「今日はきっと前回のパーティよりもにぎやかで人も多くなるわね。一般開放しているんだもの」

「あら、壁の花でいたければ仮面でも被ってはいかが? ミス・プセット」

 フィルが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「仰る通り、仮面を準備しているわ。ミス・ポップルウェル」

「その熱意、もう少し別の方向に動かせない? プリス」

「一般開放という点に、なんだか嫌な予感がするのよね」

 プリシラは意外と人見知りである。というか、好き嫌いが激しい性格であった。繊細かつ気難しいところがあるので、ハニーバジャークラブのお茶会でも彼女が話をする生徒は限られている。社交的だが理知的なテリー・ブートか、スーザン・ボーンズくらいである。読者に対してはリップサービス程度の会話はするものの、専ら隅で紅茶を啜って読書に勤しむことが多かった。

  

 だからといって完全に社交活動を放棄している訳でもなく、最低限必要な人脈は築いており苦手な人物でも最低限のかかわりは持っていた。彼女はある意味、打算的と言えた。だからこそ、人のことをよく見ている。そしてそのプリシラの予感はその後、最悪の形で的中することとなった。

 

 

 午前中は呪文学の授業であった。羽を浮遊させる魔法であったが既にハティはレヴィオーソを習得しており、ドラコ・マルフォイという重量のある対象も浮かせていたのでこれは難なく成功した。前の席に座っていたシェーマスは羽を燃やしており、何度も新しい羽をフリットウィック教授から貰っていた。結局、早々に呪文を成功させたのはハーミスを筆頭にハティ、フィル、プリシラ、エミリア、ルウェリンだった。

 

 

 午後は変身術の授業であったが、グリフィンドール生たちは変身術の教室で騒然としていた。

 昼食中に仮病で講義をサボタージュしようとしたケビンが上級生との賭けで入手したアッシュワインダーの卵を丸呑みし、意識喪失で運ばれて行ったのである。事の子細を知っていたシェーマスとディーンは医務室で「アッシュワインダーの卵を丸呑みしたですって!? 馬鹿としかいいようがないわ!」と大目玉を食らったそうだ。

 

「だってさあ、アッシュワインダーの卵を凍結させてまるごと食べたら高熱が出るんだろ?」

「何を言ってるんだい? 熱さましの間違いだろ? 上級魔法薬学の本に載ってたよ」

 すかさずハーミスがシェーマスに訂正を入れたので、シェーマスは苦々しい顔でハーミスを睨みつけた。「上級魔法薬学の内容なんて知るかよ」

 

「知らずに食べたケビンにも問題があるさ」

「グレンジャーってそういう言い方しかできねーの? 席かわって、エロイーズ」

 剣呑な顔つきでシェーマスに指名されたエロイーズは困惑を滲ませていたものの「いいよ」と小声で答えて、いつもならば座ることのない一番前の席にさっさと向かった。一方のエロイーズは慌ただしくシェーマスが座っていた後ろの席へと移動しようと向かっていたものの、マクゴナガル教授が教室へと入ってきたため急いで空いていた一番後ろの席に座った。ハティの隣である。結果的にマクゴナガル教授の後に続いて教室に滑り込んだロニーは、渋々ハーミスの隣へと腰掛けた。

 

 ハーミスの右隣にはそこが定位置とばかりにネヴィルが座っているが、左隣は空いている。相変わらず他の生徒と和やかな交流に至っていないハーミスは席についていても後から来る生徒は決まって彼から一人分の席を開けて座るようになっていた。ハーミスは授業中、積極的に手をあげて発言することが多いので、隣にいると必然的に教授の視線が注がれる。それが落ち着かないというのも理由の一つであった。

 

 薬草学などの広い教室の場合はそれでも問題なかったが、変身術の教室ではそうはいかなかった。生徒たちは常にマクゴナガル教授の講義に集中できるように前方に座ることを要求されたし、席が空いていることも許されなかったので前から詰めるしかないのだ。

 

 エロイーズは最初ロニーとハティのことを物言いたげな顔で交互で見ていた。しかし、マクゴナガル教授の講義が始まると教授の厳しい視線に晒されて彼女は諦めたように口を噤んだ。

 

 

「今日はフォークを花に変える魔法を実演していただきます。皆さん、基礎は先日覚えましたね。真面目な生徒は授業の後に復習もしたでしょう。今日からは実際に杖を握って花に変えて頂きます。勿論、花は最後に持って帰ってもらいますからね」

 マクゴナガル教授の言葉に、女子生徒を中心に興奮したようなざわめきが広がった。

 花や宝石が嫌いな女子はほとんどいない。特に魔法で花に変えるというシュチエーションはロマンチックである。

 

「練習は二人一組で行っていただきます」

 ケビンが医務室で療養中なので、グリフィンドール生は必ず一人余る計算である。緊張の面持ちでマクゴナガル教授を見つめていると、教授は次々と生徒たちをふりわけていった。

「ミスター・トーマスはミス・ブラウンと、ミス・パチルはミス・カーペンター。ミス・ベッキンセイルは――」

 教授は淀みなく次々とペアを指名していった。そうして振り分けも後半に突入すると、マクゴナガル教授ははっと気づいたよう片方の眉を上げた。

 

「ミスター・エントホイッスルが医務室で休んでいるのでしたね。では、三名のペアを作るしかないでしょう。ミス・ウィーズリー、それからミスター・グレンジャー、ミスター・ロングボトムは三名で組んでください。ミス・ポッターは、ミス・ミジョンと……」

 ハティは思わず小さく笑い声を漏らしてしまった。

 ハーミスとロニーがこれでもかというくらい顔を歪めてお互いを凝視していたからである。ハーミスがロニーの悪口を言っているところを見たことはないが、少なくともロニーはシェーマスと一緒になってハーミスを悪し様に言っていたので良い感情はないだろう。現に二人の間には険悪な雰囲気が漂い始め、端に座るネヴィルは可哀想なほどおろおろと狼狽していた。

 

「あの三人で組むのはちょっと酷いでしょ……」

 エロイーズが顔を引き攣らせて呟く。

「わたしもそう思う」

「それだったら、ハティの方がマシだと思うよ。私」

「ああ、最近わたしとハーミスはよく組んでるしね」

「そっちじゃなくて、ロニーとハティのこと」

 エロイーズの思わぬ発言に、ハティは唖然として彼女の顔を見た。

 男子生徒たちは「ニキビ顔」と時々エロイーズのことを揶揄するが、彼女は女子生徒の間では性格が良いのでかなり評判が良い。ルームメイトのロニーの折り紙つきで、ハティもエロイーズには悪い印象はなかった。むしろ、かなり気の利いた同級生なのでエロイーズの発言は信じられなかった。

 

 

「まさか。仲直りしてないんだよ」

「ロニーはハティと喋れないこと寂しいと思ってるんだよ。あたし、ルームメイトだから時々相談受けるんだ。ラベンダーやパールバティに言ったら、きっと他の子にも言っちゃうでしょ。だから誰にも聞かれないように談話室の端っことか、図書館の二階で最近よく話してるの。どうしたら仲直りできるかわからなくて、あっちも悩んでるんだよ」

「それだったら、早く言ってくれたらいいのに……」

 この半月の暗澹たる思いはなんだったのか。ハティはロニーの強情さに呆れかえってもはや腹も立たなかった。

 寂しいと思っているのに一体何をそんなにまごついているのか。ハティの疑問に答えるようにエロイーズは小声で続けた。

 

「あんな風にフィルやプリスも敵にまわした手前、なかなかごめんって言いづらいみたい。ハティに謝罪するなら、あの二人にも謝罪しなきゃいけないでしょ。むしろ、それが一番の壁なんだよ」

「フィルもプリスももうそんなに怒ってないと思うけど」

「間違いを認めることって簡単じゃないからね。マクゴナガルが言ってた」

「え?」

「あたし、時々マクゴナガル教授にわからないところを聞くついでに相談してるんだ。意外とくだらない話も聞いてくれるよ。そういえば、ハティのことも心配してたよ。忙しそうにしてるけど、元気にしてるのかしらって」

「あー、そうなんだ……」

 ニンバス二〇〇〇を貰った御礼は言ったものの、マクゴナガル教授とはプライベートな話はあまりしていない。初対面の印象そのものに、厳格な教授というイメージがあったので課題や授業の疑問点くらいしか受け付けていないと思っていた。知っていたならもっと気軽にマクゴナガルに話しかけたのに。

 

 マクゴナガル教授が気にかけていたと言う事実に、ハティは目頭が熱くなった。入学以来、あまりマクゴナガル教授と話す機会はなかった。ダイアゴン横丁での楽しい時間が遠い思い出のように脳裏をよぎる。またあんな風に教授と話ができるだろうか。

 エロイーズとのペアは終始和やかにすすんだ。ハーミスほど魔法の成功率は高くないものの、苛立ちを募らせて他の生徒のように杖を叩きつけることもなければ、早々に諦めて雑談に走るわけでもない。

 

「今のどこが駄目だったんだと思う?」

「しいて言うなら、腕の角度?」

「私のフォークでもう一回、実演してみてくれる?」

「いいよ。ハービフォース(花よ)

 ハティはエロイーズよりも先に成功していたため、リラックスして杖を優雅にふって呪文を唱えた。銀色のフォークがミルク色の水仙へとみるみるうちに変貌する。その間もエロイーズは魔法が正しく発動しなかった原因を探るべくハティの杖の動き、発音を目を皿のようにして観察していた。

 そして暫く情報を咀嚼するべく黙り込んだと思うと、おもむろに口を開いた。

 

「わかった。腕の角度が悪いのかも」

「できそう?」

「やってみる」

 フォークの束からもう一本取り出して、エロイーズは杖を握る。彼女は脂汗をかいて目の前のフォークを一輪の花に変えるべく集中していた。しかし、エロイーズだけが魔法に成功しなかったわけではない。教室中の殆どが銀色のフォークを花に変えられずにいたのだ。成功しているのは、ハティとハーミスくらいだ。

 ロニーもぴくりともしないフォークにむけて長い腕を金づちのように振り下ろし、苛立ったように叫んでいる。

 

「ハービフォース! ハービフォース!」

 三人一組といえど、ロニーとハーミスはそれまできっぱりとお互いを無視していた。ロニーは一人で練習していたし、ハーミスは同じく杖を振りまわして叫んでいるネヴィルに発音や杖の振り方について丁寧に指導をしていたのだ。しかし、ぶんぶんと大きく杖をふりまわすロニーをたびたび睨みつけていたハーミスも限界がきたのか、彼女の拳で殴られないように避けながらとうとう憤然と声をあげた。

 

 

「やめろよ、いい加減にしてくれないか!」

 ハティは驚いて思わずエロイーズと一緒にハーミスを凝視した。

 ロニーは不満そうに杖を下ろしてハーミスを睨みつけると真っ赤な顔で怒号した。「なんなの! 邪魔する気?」

 

「邪魔するも何も一度も成功していないじゃないか。大きな声で叫んでるだけだし、そんな金づちを打つみたいに杖を振りまわして周りが怪我をしたらどうする気? 大体、君、マクゴナガル教授の杖の振り方をちゃんと見てた?」

「見てたし! そもそも、教授の魔法のかけ方を見て一発で魔法が成功するならこの教室中のみんなフォークを花に変えてるよ! 必死でやってる人のこと馬鹿にしてんの、あんた」

 ロニーの言い分は尤もであった。一発で魔法が成功するなら、苦労しない。

 しかし、ハーミスは小首を傾げて怪訝そうに眉宇を顰めた。

 

「教授のやり方と掠りもしないけど? 発音も違うし、腕の振り方も違う――全部合ってないよ」

「じゃあ、あんたがやってみなさいよ!」

 尖った声で言い、ロニーは傲然と顎をしゃくった。やってごらんなさいよ、とばかりに。

 ハーミスは一瞬怒ったような顔をしたが、深々と溜息をついてローブの袖をまくると優雅に杖をふるった。まるで指揮棒のように操り、そして呪文を唱えた。「ハービフォース!」

 次の瞬間、ネヴィルの歓声が大きく響いた。どうやら成功したようだ。その声に、マクゴナガル教授がロニー達のテーブルに歩み寄り満足気に微笑んだ。

 

「素晴らしい。今回も成功させたのですね、ミスター・グレンジャー」

「マクゴナガル教授、ハティも成功しました」

 すかさずエロイーズが声を上げる。マクゴナガル教授はハティたちのテーブルに近づき手元を覗き込むと、一輪の水仙を手にとっていろんな角度から観察し、満足そうに頷いた。

 

「ミスター・グレンジャーとミス・ポッターの花を見比べてみましょうか。みなさん、こちらをご覧になってください。二人が変身させたこの二輪は、お手本のように素晴らしい出来ですよ」

 ハーミスが会心の笑みを浮かべて、胸を張る。それを横目に見たロニーは舌打ちをして、杖を放り投げた。

 

「さて、そろそろ時間ですね。次回はこの魔法の応用を学びます。各自、ハービフォースの呪文が使えるように練習しておくように」

 マクゴナガル教授は最後にグリフィンドールに十点加点し、授業終了の合図をした。

 生徒たちが教材や杖を片付け始めると、ロニーは真っ先にラベンダーたちの元へと合流し真っ赤な顔でハーミスを睥睨した。

 

「あーあ、せっかくのハロウィーンなのに楽しい気分が台無しよ!」

 ロニーのわざとらしい大きな声が聞こえた。そこへシェーマスが歩み寄っていくのが見える。

 ハティはひやりとした。ハーミスは先日、シェーマスからの悪口を耳にしてショックを受けたばかりなのだ。相変わらず彼はハーミスをよく思っていないようだし、ロニーとハーミスの愚痴で盛り上がるのは目に見えている。案の定、困惑顔だったラベンダーとパールバティが気まずさを誤魔化すように笑みを浮かべて、別の話題を振った。しかし。

 

 

「そんなことより、あいつ超ムカつく! あんなに不快な奴いないよ!」

 あまりにもあからさまにハーミスを貶めるロニーの声に、ハティは焦った。いくらなんでも言い過ぎである。

 追撃するようにシェーマスが「毎回、厭味ったらしいったらないよ。あいつと一緒にいて我慢できるネヴィルの気がしれねーわ」と言う声が聞こえた。

 ハーミスが肩を震わせて顔を俯かせる。ネヴィルが「僕は我慢なんかしてないよ、君と一緒にいて嫌な気持ちになったことないんだから」とハーミスの肩を抱いて慰めているのが見えた。

 

 ハティはもう辛抱ならなかった。今までロニーと衝突することを避けていたし、シェーマスに対しても曖昧に態度を誤魔化してきた。しかし、ハーミスと過ごした時間は今やロニーと同じくらいになっていたので、ハティは彼の方に同情的になっていた。

 勢いよく立ち上がったハティを見るなりフィルとプリシラは真っ青な顔になり、エロイーズは悲鳴をあげた。足音も大きくロニーたちに歩み寄るハティに、同級生たちは驚愕の表情で振り返り、そしてロニーたちはハティを見て驚き、そしてその目に怯えた色を浮かべた。

 

「ど、どうしたの。ハティ」

 ラベンダーが強張った顔に引きつった笑みを浮かべて訊ねた。

「いい加減にしろって言おうと思ってね」

 パールバティが息を呑んで、ハティの言葉を繰り返した。「いい加減に?」

「相性が悪いのはわかる。でも、本人の前でそうやって悪口言うのやめなさいよ。ハーミスは確かに嫌味っぽいところがある。だけど、こんな風に人の目の前で悪口は言わないわ」

「なんだよそれ。じゃあ、俺たちに黙ってサンドバックになれって言いたいわけ? いつまでもいつまでも、君はここが駄目、君はここが間違ってるって言われる俺たちの身にもなってみろよ!」

「指摘されるのが嫌だってハッキリ本人に言いなさいよ」

「それを遠回しに言っても治らないから、こうして直接的に言ってるんだろ!」

「本人に直接言えって言ってるのよ! こうやってぐちぐち本人に聞こえるところで言って、やってることが姑息なのよ! この蛆虫野郎!」

 ハティは憤然と拳でテーブルを叩きつけた。水を打ったように教室が静まりかえり、怯えたラベンダーとパールバティが後退る。シェーマスは怒りで顔を引き攣らせ、ハティを睨みつけた。そして、ロニーは赤毛を垂らして俯いていた。

 今や教室中の同級生の視線がハティに集中し、フォークを片付けていたマクゴナガル教授がこちらを注視しているのがわかった。しかし、ハティは肩で息をしながらシェーマスたちを順番に睥睨し、傲然と顎を上げた。

 

 

 シェーマスが鼻を鳴らし、嘲笑を浮かべる。

「優等生の仲間意識ってやつ? それとも正義の味方ぶってんの?」

「そうよ。優等生の仲間意識ってやつ。あんたと違って他人のレポートから抜粋してそのまま書いたりしないもの」

 シェーマスの顔が羞恥で真っ赤に染まった。彼は怯えたようにマクゴナガル教授をちらりと見た。

 マクゴナガル教授は事の成り行きを見守っているようで口を挟まなかった。

「お前らのそういうところが鼻につく……いっつもそうだ。魔法族なのにそんなことも知らないの? 出来ないの? って言われてる気分になる。悪いかよ、羽を爆発させて。俺だって必死にやってるのに、あいつはいつも君のやってることは間違ってるって否定してくるんだ。俺は今までそれに我慢してきた、もう我慢の限界なんだよ」

「……君が僕に対してどう思っているのか、よくわかった。シェーマス」

 重苦しい沈黙の中、震えるハーミスの声が教室に響いた。

 ハティが振り向くとハーミスはネヴィルに支えられながら、泣きそうな顔でこちらをまっすぐ見つめていた。

 

「傷つけるつもりはなかった。ただ、善意のつもりだったんだ。ううん、どうにかして繋がりを作ろうと、友達を作ろうと必死だったのかもしれない。それがどんどん空回りして、みんなを不快な気持ちにさせてるなんて気付かなかった。僕はマグルの学校でも友達が少なかったし、作る努力もしてなかったから。そのせいで、みんなを嫌な気持ちにさせてたんだね。ごめん」

 シェーマスやロニーは愕然としていた。ハティは息が詰まるようだった。

 ハーミスはシェーマスたちの返事をきかずにくるりと踵を返した。追いすがるネヴィルの声を無視して、足早にネヴィルのわきを通り過ぎていく。

 

「ハーミス!」

 フィルたちも彼を引き留めるように呼んだが、ハーミスは立ち止まらなかった。勢いよく扉をしめて廊下へと消えていった彼を呆然と見送り、ハティは途方に暮れた。

 

 結果的に、ハーミスを傷つけてしまった。正義感に駆られて彼の前で声高にシェーマスやロニーを批判したことで、彼が聞きたくない言葉まで引き出してしまった。ハティは後悔で下唇をかみしめた。

 

 

 ――こんなつもりじゃなかった。

 

 

 咄嗟にそんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 そうだ、こんなつもりではなかった。では、何を望んでいたというのか。シェーマスたちを断罪して、ハーミスに感謝されることを望んでいた? それはあまりにも独善的な行為だった。何も考えず衝動に駆られて行動したばかりにハティはハーミスだけでなく多くの人を傷つけたのだ。

 ハティが思わず俯いた時だった。

 

 

「俺は嫌だった。毎回、シェーマスからハーミスの愚痴をきくのが。同じマグル生まれの自分も否定されている気がして」

 口火を切ったのはディーンだった。ディーンは席から立ち上がると静かな顔でシェーマスを見た。

 ディーンとシェーマスはルームメイトで入学当初から仲が良い。しかし、確かにハーミスが批判されるたびに彼はどこか悲し気に、居心地が悪そうに見ていたのをハティはよく覚えていた。

 

「なんだよディーン。お前まで俺のこと批判すんの?」

「批判するわけじゃないよ。でも、言っておかないとこの先ももやもやすると思って。別に俺もハーミスも魔法族出身とかマグル出身のくくりで見てない。だけど、自分の生まれに対してはコンプレックスがある。授業についていけるかなとか、お前たちと話が合うかな? とか。ハーミスはそれもあって余計肩ひじ張ってたんだと思う。元々の性格もあるだろうけど。だって、本人が言ってた通り友達が少ないらしいしな!」

 最後の一言でちらほらと同級生たちから笑いが起こる。 

 ディーンは緊張がほぐれた穏やかな笑みを浮かべた。

 

「だから許してやってくれよ、ハーミスのこと。俺はこれからもお前と友達でいたいよ、シェーマス」

 シェーマスは憤りを孕んだ顔をしていた。しかし、ディーンの真剣な眼差しを受けてふっと肩の力を抜くと、小さな声で呟いた。

「俺もディーンと喧嘩したくない。ずっと友達でいたいよ。ごめんな、今まで辛い思いさせて」

「いいよ。俺たち、友達じゃん」

 ディーンが満面の笑みを浮かべる。

 シェーマスがディーンを見るまなざしの奥にはもうさっきまでの激情は見えなかった。

 

「そうだな」

「なんか、わたしもごめんね。いきなりキレ散らかして」

「ハティ、お前それは便乗しすぎだろ」

 すかさずシェーマスが突っ込みをいれた。その顔はもう笑っていたので、そばにいたラベンダーも安堵したように溜息をついて「ふふっ」と笑い声を漏らした。つられて、パールバティも「あははっ」と軽やかな笑い声をあげる。それは徐々にクラス中に広がっていき、張り詰めていた空気が嘘のように他の生徒たちも和やかな顔で退室の準備を始めた。

 

 ハティも自分の席に戻って寮に帰る準備をしようと後ろの席を振り返った。その時であった。

 

 

「ミス・ポッター、話があります」

 

 

 マクゴナガル教授の厳しい声がハティを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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転生してイージーモード!(作者:ハニラビ)(オリジナル現代/日常)

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総合評価:2728/評価:8.59/連載:14話/更新日時:2026年05月10日(日) 13:51 小説情報


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