ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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ハロウィーン 3

 

 

 

 

 

 マクゴナガル教授に促され、ハティが変身術の奥にある研究室に足を踏み入れた時、時計の針は十五時を刻もうとしていた。ホグワーツは英国らしく十五時になると教授たちはティータイムを始めるが、基本的にこの時間に生徒が部屋をノックすることは許されない。教授に用事がある場合は部屋の外で待機して、運よく他の教授が通りかかったら言伝を頼むというのがこの学校での暗黙の了解であった。

 

 だから、ハティが他の教授を差し置いてマクゴナガル教授のティータイムに招かれたのは相当重要な話があるのだろう。とハティは緊張しながらマクゴナガル教授の研究室に入った。

 マクゴナガル教授の研究室はほとんど書斎といってもよかった。壁一面にずらりと天井までそびえるほどの本棚が並んで、整然と本がおさめられている。背表紙をよくみると本はABC順に整理されており、几帳面な教授の性格をあらわすようだ。奥にはマホガニーの重厚なデスクと、座り心地のよさそうな革張りの椅子がある。反対側の壁には木製のキャビネットがあり、無数のティーカップが展示品かのように並べられていた。

 

 いずれも金彩の美しい芸術品のようなティーカップだらけで、マクゴナガル教授は手ずから慎重な手つきでキャビネットからティーキャップを二客とりだした。ティファニーブルーが美しく、持ち手とカップの縁・中にいたるまで金彩が施されている。アンティークの芸術品のような品だ。ペチュニアがいつもヴァーノンの商談相手に出す特別なティーカップも同じように華美であったので、ハティは一目でそれが高価なものだとわかった。

 

 

 マクゴナガル教授は手前にある長椅子に座るようハティに促した。ハティが長椅子に腰掛けると、教授は静かにティーカップとティーポット、砂糖入れをテーブルに並べてようやく杖をふった。杖からパラパラと茶葉がティーカップの中に降り、湯気をたててお湯がなみなみとティーカップの中に注がれる。最後に砂時計をおいて、紅茶を蒸らしている間に大粒の苺を挟んだヴィクトリア・ケーキがハティの前に並んだ。

 

 砂時計の砂が全て下に落ちると、マクゴナガル教授は再度杖をふるってハティのティーカップに注いで「紅茶とミルクはいかがですか」と陶器のミルク入れと砂糖入れをハティに寄越した。ハティはお菓子がヴィクトリア・ケーキだったのでどちらも紅茶にいれてとびっきり甘くしていると、紅茶を一口飲んで唇を湿らせたマクゴナガル教授が口を開いた。

 

 

「貴方が入学してから二か月が経ちましたね。どの科目の教授たちも、貴方が優秀だと褒めておられましたよ。わたくしも、貴方の魔法の腕やレポートに関しては同じ見解です。よく頑張っていますね」

「それは……ありがとうございます」ハティは予想外の言葉に口ごもるように答えた。「どの教科も興味深いですし、元々勉強は苦ではなかったのですけど魔法の勉強は楽しいので捗っています」

「授業態度も良いと好評です。他の生徒の面倒もよく見ていると。ただし、少し貴方は癇癪持ちなところがありますね。先ほどのミス・フィネガンの件もしかりです。それは貴方だけではないですし、貴方の年頃にはよくあることですから今すぐ改善せよとは言いませんが、少し気を付けた方がいいでしょう」

 マクゴナガル教授は厳しい口調ではなかったが、やんわりとくぎを刺すような響きがあった。

 ハティは心外に思って詳しく説明したい気持ちに駆られた。そして実際に口を開くと、滔々と説明を始めた。

「シェーマスの件については、もう長い間、ハーミスを悪しざまに言っていたので我慢ならなかったんです。確かにハーミスの対人能力にも問題があると思います。だけど、彼はハーミスのレポートを勝手にうつしてました。彼の能力を搾取した上で、悪口を言う……そういう卑怯なやり方は許せません」

 ヴィクトリアン・ケーキをフォークで切り分けていたマクゴナガル教授は顔をあげて、憤りを孕んだハティの顔をみた。つかのま、何かを反芻するように遠い眼差しで黙り込んだと思うと、どこか寂し気な微笑みを浮かべた。

 

 

「誰かのために正義感を発揮できるのは結構です。だけど、貴方は他人の事だけでなく自分のことまでも抱え込んでなんでも解決しようとする傾向がありますね。今までそのように生きてきたということはわかりますが、ここはホグワーツです。グリフィンドールは貴方の家であり、生徒は家族です。であるならば、寮監であるわたくしは貴方の親といってもよい存在です。人に頼ることも覚えるべきですよ。わたくしはフリットウィック教授にスリザリン生との諍いを聞いて、どれだけ自分が情けなかったことか。気付かなかったわたくしも悪いですが、貴方も相談すべきでした。ハリエット」

「自分で解決できると思ったんです。結果的に間違いでしたけど……」

 ハティは言葉を濁して、黙り込んだ。

 マクゴナガル教授に疾しく思う気持ちがあったからである。スリザリンの生徒がハティを標的にしたのはパンジーの件に対する報復だが、もとはと言えばハティの行いが原因になっている。そしてその時にハティは半ば騙すようにしてマクゴナガル教授に匿名の手紙を投函しているので、どうにも相談できなかったのだ。

 

 しかし、マクゴナガル教授にはハティのこの姿勢がかなりいじらしく見えたらしい。しばらくマクゴナガル教授からの返事がなかったので顔をあげると、教授は感心したような、それでいて少し怒ったような顔をしていた。しばらくすると、彼女はいつものようにとりすまして、普段の厳格な空気を纏わせた。

 

「生徒同士の虐めに関しては、生徒間で解決することは難しいでしょう。わたくしは助けを求められても、貴方をつっぱねることはしませんよ。ネヴィル・ロングボトムなどは早い段階から、何度もわたくしの研究室のドアを叩いています。ミスター・マルフォイにちょっかいをかけられるたびにわたくしの研究室に泣いて転がりこむので、最近はグリフィンドールらしく立ち向かいなさいとアドバイスをしているくらいです」

「ネヴィルがですか」

 ハティは苦笑した。「それで、この前の大広間でマルフォイが近づいた時にこちらにいらしたのですね」

「毎回、助けに入るわけではありません。ミスター・ロングボトムの対人関係スキルを育むのも教育の一環ですから」

 ドラコ・マルフォイの嫌がらせに対処する能力をネヴィル本人に身に着けてほしいというのが、マクゴナガル教授の本心らしい。グリフィンドールに選ばれたからには、お前は強くあらねばならない。と諭され、放置するような教育者も少なくはないのでマクゴナガル教授は人道的だった。入学数か月で虐めによって退学させるのも体裁が悪い、という現実的な側面もあっただろうが。

 

「ネヴィルは泣き虫ですからね。最近はハーミスと仲良くしてるようです」

「それは重畳です。それよりも、貴方はどうなのです。ミス・ポッター。お友達はできましたか?」

「たくさんできました。フィル、プリス、カーラ、エロイーズ、ラベンダー、パールバティ、それから……それから……」

 ロニーの顔を思い浮かべて、ハティは口を噤んだ。

 今の喧嘩別れした状況で、果たしてロニーを友達と呼んでいいのかハティにはわからなかった。もしかして永遠にこのままかもしれないし、その場合ロニー・ウィーズリーは最早ハティの友達ではなくただの寮生になり下がる。和解できれば、ぎこちないながらもまた以前のように会話ができるようになるだろうが、入学当初と全く同じ関係性を修復するのは難しいような気がした。

 

 ハティは悲しみに表情を曇らせて言った。「……ロニーです」

 情けないほど声は震えていても、ハティは続けずにはいられなかった。「喧嘩したんです……ううん、喧嘩と言っていい状況なのかもわかりません。ただ、どうやって仲直りしていいかもわからないんです。この学校に来るまでずっと周りに気を使っていたから、喧嘩をするほど仲のいい友達はいなかったんです。多くの子とは、入学して連絡もとってません。だから、ハーミスの言っていたことも少しわかるんです。ちゃんとした人間関係を築いたことがないから、どうやって対処すればいいのかわからない」

 ハティの率直な物言いに、マクゴナガル教授は顔に同情と寛容めいた色を浮かべた。ハティは濃いミルクティを喉に流し込んで、慎重にティーカップとソーサーをテーブルに置くと聞かれてもいないのにロニーとの喧嘩の経緯を語った。マクゴナガル教授は口を挟まずに黙ってハティの説明に耳を傾けていたが、不意に口を開いて優しく諭した。

 

 

 

「しいて言うのであれば、貴方達は大広間でそういった高価な洋服を他の生徒に見せるべきではなかったでしょう。わたくしが以前、ニンバス二〇〇〇を贈った時に他の生徒の前で開封してはならないと手紙に書いたのは、貴方がシーカーになることを隠すためだけではありません。そういう意図もあったのです」

「他の生徒が羨ましくなるからですか?」

「ええ。そういう感情は往々にして攻撃に転じることが多いのですよ。特にミス・ポップルウェルやミス・プセットのような富裕な生徒に対しては。大人になればいくら羨ましくても、嫉妬にかられても平静を保つこともできましょう。ですがここは子どもだけの学校ですから生徒一人一人を諫めて感情をコントロールする親がいません。トラブルはつきものです」

 それを防ぐためにもマクゴナガル教授はこうして自寮の学生の悩みや相談を受けたりしているのだろう。しかし、一つの寮に二〇〇人を超える寮生一人一人をフォローすることなどできない。

 マクゴナガル教授は悩まし気に溜息をついた。

 

「わたくしから、良い解決策をアドバイスすることは難しそうですね。人は誰でも友人の悩みには共感を寄せることができますが、友人の成功に共感を寄せるには優れた資質が必要です。こればかりは、ミス・ウィーズリーが自分の感情と折り合いをつけるしかありません」

「感情に折り合いがつかなかったら? 永遠にこのままなんでしょうか?」

 マクゴナガル教授はふっと眦を和らげ、穏やかな微笑を浮かべた。

 

「永遠ということはないでしょう。喧嘩できるということは、友達であるということ。ロニー・ウィーズリーが真に貴方の友達であるのならば、いつか貴方が窮地に陥った時何を置いても貴方のもとへ駆け付けてくれるでしょう。貴方はただ待てばよろしい」

 

 

 

 

 

 

 

 一

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロニーと和解するための具体的な案をマクゴナガル教授から得ることはできなかったが、全てを話したことでハティは胸がすくような気持ちでグリフィンドール寮へと戻った。ドミトリーでは既にフィルとプリスがハロウィーンパティでの準備をしていて、二人とも仮装を済ませていた。

 フィルはケット・シーという猫の妖精に扮していて、漆黒の繻子(サテン)生地に貴石を縫い付けたミニドレスで光の加減によって星が瞬くような輝きを見せる。おしげもなくさらされた白い太腿には紫色のファーをあしらった黒い皮のブーツ、手元には肉球の形をした手袋をはいて、首元にはトパーズを鈴のようにあしらった銀の首輪(トルク)、髪はアメジストをちりばめた銀のバンドでおさえ、頭上には黒い猫耳、ミニドレスからは黒い猫の尻尾がはえていた。

 

 ハティはフィルの頭上で時々動く猫耳を不思議そうに眺め「うわあ」と感嘆の声をあげた。

 

「その耳、本物!?」

「いやだわ、ハティったら。本物なわけないじゃない。いくら私でもまだ猫耳を生やすほど変身術を極めてないんですもの」

「これはゾンゴで買った仮装用の魔法のグッズなの」

 そう言ったプリシラはジャック・フロストらしく髪を銀色に、瞳をブルーに変えている。藍色の繻子(サテン)のケープに下には白い錦織(ブロケード)のジャケットとボトムス、タイには本物の氷の結晶をアクセサリーとしてあしらい、装飾品としてアクアマリンのドロップピアスと透き通るような結晶の杖を手にしていた。

 

「プリスも本格的ね! ジャック・フロストって感じよりも雪の国の王子様みたいだけど」

「そうかしら?」

 プリスが小首を傾げる。

 クールな風貌も相まって、プリシラは霜の妖精というよりも雪と氷の国の王子様のように格好いい。

「美しい者は何でも美しく着こなしてしまうのよね。さあ、ハティも早く着替えないとパーティに遅れるわよ!」

 フィルに急かされるようにしてハティは制服のローブを脱いだ。

 フィルの母が準備したティターニアのドレスはあつらえたかのように寸分たがわずハティにぴったりであった。ドレスは美しかったし、背中でふんわりと動く妖精の羽に見惚れていると二人が髪を仕上げるのを手伝ってくれた。仕上げに軽く化粧をして硝子の靴を履くと、フィルは化粧台のジュエリーケースから一対のピアスを取り出してハティに差し出した。

 それは溜息ができるほど美しく豪奢なピアスであった。大粒のモルガナイトの周囲をダイヤモンドと真珠が薔薇の花弁のように取り囲んでいる。上部には茎や葉っぱを思わせるエメラルドが連なっており、そのあまりの豪奢さはフィルの気軽さとはあまりにも真逆であった。ハティはフィルから後退って、激しく頭を振りながら拒否した。

 

「そんなに豪華なもの借りれないわ!」

「だけど、せめて一つでもジュエリーをつけないと、寂しいんですもの。貴方が貧相といっているわけではないのよ。今日のハリエット・ポッターはパーティの視線を全部掻っ攫っていくに違いないわ。何と言っても妖精の女王様なんですものね。これは貴方のしもべであるケット・シーからの献上品よ、クイーン」

「失くしたら大変だもの。そんな高価なジュエリー、誰かに貸すべきじゃないと思う!」

「気にする必要ないわよ。私の母も社交界デビューの時には、親戚からパリュールを借りていたから。私もそのつもりよ。フィルのお母さまにアクアマリンのティアラと耳飾り、それから首飾り一式をお借りするつもりなの」

 プリシラが何でもないことの様に言った。

 当のフィルも当然のように「そう珍しいことではないわよねえ」と大きく頷いている。「プリスの言う通りよ、ハティ。これは一種の社交界デビューなのだわ」

 

「わたしたち、まだ十一歳だから正式にパーティには出れないの。ハニーバジャークラブが主催するベルティナ祭のローズボール(薔薇の舞踏会)に出れるのも四年生になってからだわ。だから今日のパーティは貴重な社交活動の場なのよ。とびっきりお洒落しなきゃいけないわ。それにこのピアスはポップルウェル家のファミリージュエリーではないのだから、恐れる必要はなくてよ。私が子どもの頃に、ディランのおばあさまから譲り受けたものなんですもの」

「それって、余計に駄目じゃないかな?」

「だからこそ、いいの。所有者である私が貴方に貸すと決めているのだから、それで失ってもそれは私の責任だわ。さあ、つけるから向こうを向いて」

 フィルは強引にハティの体の向きを変えると、ピアスをつけはじめた。ハティは情けないほど震えて青白い顔をしながら「絶対に失くさないから。もし失くしても死ぬ気で探すから」と言った。

 二人はけらけらと笑っていたが、ハティは「笑い事ではない」と内心で恐怖しておりパーティを楽しむどころではなくなっていた。今まで二人に対して生まれや育ちの違いを感じたことはなかったが、今回ばかりはフィルとプリシラが別世界の人間に思えて仕方がなかった。

 

 

 

 ハロウィーンはアイルランドにおけるケルトの習俗サウィン祭――夏の終わりを意味する――を起源としている。ケルト暦では十一月一日が冬の始まりにして、ケルト人にとって一年の最初の日にあたる。サウィンは前夜祭から始まり、ケルト人の一日は日の出ではなく日の入りから始まるので、サウィンは夜に始まるのである。

 夏と夜の二元性を基本としていたケルト人たちにとって、二つに別たれたどちらにも属さないサウィンの日は、異界との境界線が消え、地下に下ったディーナ・シーや悪霊、死せる魂が現世に舞い戻ると考えられている。現世の人々は、悪霊を追い払うために焚火をたき、冥界に攫われぬよう妖精に扮するのである。

 

 

「ああやって聖火を焚いて悪霊を追い払うの。そしてパーティの終わりには、カブに聖火をうつして家の暖炉に灯すのよ。そうすれば、悪霊に攫われることはないわ。きっと、死せる魂たちにも出会える」

 温室が建ち並ぶ区画には至る所にかがり火がたかれている。城内ではいたるところにジャックオーランタンが飾られているが、温室の区画にはカブをくりぬいたものが飾られていて、中に火が灯されていた。普段は閑散としている薬草園には、仮装した多くの生徒でひしめきあっている。フィルはかがり火を指さし、ハロウィーンについての説明をしてくれた。彼女は旧家の生まれで文化資本が高い家で育っているので、魔法族の行事に詳しく、それらを重んじている。

 

 どこからともなく「みて、オスカーよ!」と女子生徒のかん高い声が聞こえて、女子生徒たちが口々に「オスカー? どこなの!?」と悲鳴じみた声をあげはじめる。彼等の視線の先を辿り、プリシラが声をあげた。

「みて、フェアリーライド(妖精の騎馬行)よ。マリーンったら、気合が入ってるわね」

 それと同時に女子生徒を中心に黄色い歓声が広がる。

 どこからともなく、くつわが鳴る音、蹄の音、美しいテノールとソプラノの歌声が聞こえてくる。その歌声に誘われるようにプリシラの視線の先を辿ると、宵の明星の下を騎士の一団が真珠のように輝く生き物に騎乗して温室に向かってくるのが見えた。皆一様に同じ衣装だ――豪奢な金糸の刺繍が施された緑の外套で着飾っており、一見して騎士のようにみえる。手には黄金の杖を持ち、銀の蹄鉄に金のくつわをした一角獣に騎乗している。彼等を先導するのは、一際豪奢な黒い繻子(サテン)の外套に身を包んだオスカー・オブライエンであった。後ろへ撫でつけたジェットブラックの髪に植物をモチーフにした繊細な金細工の宝冠をつけた姿は、その美貌もあいまってまるで妖精の王様のような威厳がある。

 

「キャアアアアア! オスカー!」

 かん高い悲鳴が聞こえてふりむくと、見覚えのある人物がハティの視線に気づかぬ様子で熱心にフェアリーライドの一団に手を振っていた。彼女の熱に浮かされたような瞳と目が合った時、それは羞恥と困惑の表情にさっと変わった。

 

「ハティ!?」

 ハティも気まずさに目を逸らしてしまう。

「ハイ、レイチェル。レイチェルもハニーバジャークラブのハロウィンパーティに来ていたの?」

 グリフィンドールの監督生のレイチェル・チャーチであった。

 フィルとプリシラも口々にレイチェルに挨拶をする。二人が優雅に振舞う一方で、レイチェルは口ごもり狼狽しきっていた。「ええ、ええ――そうなの」

 

「オリバーって素敵よね、私も好き。オリバーほど妖精の王が似合う人はいないわね。美男子で、成績優秀で、なんといってもアイルランドの貴族的な家柄オブライエン家の出身ですもの」

 フィルがにっこりして言うと、レイチェルの頬が薔薇色に染まり目をキラキラしながら彼女は何度も頷いた。

「全くよ! 彼ってとってもクレバーで、格好良くて、求心力があって、あんなに素敵で次のヘッドボーイに相応しい人っていないわ。頭でっかちのパーシーとは大違いよ!」

「パーシーが頭でっかちなのは認める」

 ハティはむっつりとして言った。

 しかし、オスカー・オブライエンが素晴らしい人物だと認めたわけではない。命の恩人ではあるが、オスカーの軽率な一声でハティは鬼軍曹のキャンプに放り込まれたのでその恨みを忘れていない。一方で、パーシーは自寮の生徒ですら規則に反していると容赦なく減点をするほど監督生としての職務に真面目一辺倒である。どちらかを選べと言われると、究極の選択である。

 

 レイチェルは咳払いをひとつすると、すました顔になってフェアリーライドを一瞥した。

 

「ミス・ダーハムはうまくやったようね。ケトルバーン教授に頼み込んでユニコーンを調教してもらったそうよ。妖精の王にオスカーを抜擢したのも、いい配役だわ。オスカーほど人気な男子生徒はいないし、話題性は十分だもの。彼女は来年のヘッドガールを本気で狙っているようね。このパーティが成功すればミス・ロウルから一歩リードすると思うわ」

「マリーンはこういった演出がとても得意なの。私はきっと上手く行くと思うわ。パーティが始まってしばらくしたら、〈エーダインへの求婚〉の劇をするそうなの。勿論、ミディールはオスカーよ」

「エーダインへの求婚って?」

「アイルランドの神話よ。ダーナ神族の美しい男神ミディールがエーダインという美しい乙女と恋に落ちて、ティル・ナ・ノーグで暮らしていたのだけどミディールの妻が嫉妬でエーダインを蝶に変えてしまうの。紆余曲折を経て、エーダインは国一番の王女として生まれ変わるのだけど、その時には千年も経っていてミディールのことも忘れてしまうのよね。彼女は結局、アイレヴ王と結婚するのだけどミディールが現れて記憶を失った彼女に再び愛を囁くの。つまり、これは輪廻を超えるロマンスなのよ」

「はあ……なるほど」

 ハティは気のない返事をした。しかし、フィルは気付いた様子もなく熱っぽい口調で続けた。

 

「オスカーがミディールだなんて……私がエーダインだったら、一瞬も迷わないわ」

「オスカーが魅力的であればあるほど神としての神秘性が深まるのよね。前世の恋人が見目麗しい男神だなんて、ロマンチックだわ」

 プリシラが冷静な口調で言った。

 実際にプリシラが物語に心酔しているのではなく、作家としての視点から展開がロマンチックである。と感想を述べているのがわかった。

 レイチェルとフィルはプリシラの言葉に同意するように何度も頷いていたが、ふとフィルが小首を傾げた。

「でも、最初ミディール役はオスカーじゃなかったんでしょう? エーダイン役のセイディー・ウェストウィックとロマンスを演じたいヤックスリーがマリーンを脅してミディール役をとったって聞いたわ」

「ヤックスリーって、スリザリンのヘッドボーイなんじゃないの。どうして、マリーンの劇にでようとするのよ」

 ハティは怪訝に眉宇を顰め、口を挟んだ。

 今回のハロウィーンパーティはハニーバジャークラブの催しなのでスリザリンの首席であるヤックスリーが首をつっこむのは妙な話である。

 これには事情に詳しいレイチェルが唇を皮肉げに歪めて言った。

 

「ヤックスリーは無類の女好きで、女を落として征服欲を満たすタイプなの。反対にセイディーはブロンドの典型的なイングリッシュローズ(イギリス美人)でありながら、生粋の男嫌いでヤックスリーみたいな男が特に苦手。そこで、ヤックスリーはマリーンの催しを利用しようとしたのよ。ハニーバジャークラブは確かにOGやOBの寄付で成り立っているわよ。でも、クラブ費とか施設使用許可について采配するのは主席なのよ。ハロウィンパーティを開催したければ、自分をミディール役に抜擢しろって言われたらマリーンも首を縦に振るしかないわね」

「もしかしてマリーンがヘッドガールを狙っているのは、クラブの運営の為でもあるのですか?」

「そういうことよ」

 レイチェルが大きく頷いた。

 これでようやくマリーン・ダーハムが首席の地位に固執する理由に得心がいった気がした。彼女の天敵のアラディア・ロウルがヘッドガールに選ばれようものならば、ハニーバジャークラブとしての活動に支障をきたすかもしれない。彼女は社交活動を熱心に行っているので、それは避けたいはずである。

 

「だから代役でオスカーが選ばれたのね。少し意外だったのよ。オスカーは王様としてふるまうのは好きでしょうけど、王様を演じるのは嫌いだろうなって思ってたの」

 プリシラが白いテントの中へと入っていくフェアリーライドの一団を眺めながら、そう締めくくった。

 

 レイチェルは「監督生として大広間に戻らなければならない」と城内へ戻っていったのでその場で別れ、三人は薬草園の一角に今回のパーティのために設置された白いテントに向かって歩き始めた。パーティに参加する生徒たちは吸い込まれるように古びた白いテントの中へと入っていく。一体あの小さなテントのどこにたくさんの生徒をおさめるスペースがあるのか、とハティが訝しみながらテントの入口に続くと、中から微かにオーケストラの音色が漏れ聞こえてきた。フィルとプリシラの後に中へと入ると、耳の中に鮮やかな音楽が流れ込んできて、目の前にはおどろおどろしい広大なボールルームが広がっていた。

 

 見上げるほど高い天井には精巧にカッティングされたクリスタルの豪奢なシャンデリアがいくつもかかっている。本来であれば光を反射して眩いばかりにボールルームを照らしたのだろうが、中は薄暗かったので鈍く光るばかりだ。代わりにミラーボールが銀色に輝いて、頭上からは青い照明が会場を照らしている。ふんわりとした濃紫色の花のランプシェードが天井につるされ、時間によって蕾から満開に開いていく様をみせる。そこからピンク色のぽってりとしたキャンディのような豆が磨き抜かれた漆黒の大理石の床に降り注ぎ、床で弾けて紫色の大輪の花を咲かせている――花咲か豆(puffapod)だとハティは気付いた――壁は金彩で装飾された鏡張りで、蜘蛛の巣を思わせる銀糸が絡んでいるが決して廃墟のような様相ではなくむしろ装飾の一つのようで華を添えていた。ボールルームのいたるところには顔の形にくりぬかれたカブがあり、けたけたと笑いながら実を揺すっている。ボールルームの奥では骸骨の楽団がオーケストラを奏でていた。

 

 ハティはあまりの華やかさに圧倒され、しばし呆然とした。

 

「ただの古いテントだったのに、こんな華やかな会場があるなんて。一体どうなってるの」

「拡大魔法よ。キャンプ用のテントはもっと小さいけれど、それだって拡大魔法を使っているわ。これは移動式の舞踏会用のテントね、きっとマリーンの私物よ」

 プリシラはなんてことのないように言っているが、ハティはこのテント一つでマリーンはかなりのお金を費やしているに違いない。とその圧倒的な財力とマリーンの覚悟に唖然とした。

 

 

「このパーティには気合が入ってるって言われる理由が今よくわかったわ」

「それはそうよ。マリーンはハニーバジャークラブの会長であることに誇りを持っているんですもの」

 ハウスエルフからアップルサイダーを受け取ったフィルが笑う。ハティも慌ててアイスサクランボのシロップソーダを受け取ると、プリシラはジャックオーランタンの飾りがついたパンプキンジュースを受け取って、小首を傾げた。

 

「マリーンのその情熱が一体どこからきているのか私には理解できないわ」

「マリーンの社交活動の原動力がどこから来てるかなんてそれってそんなに重要なことかしら? 私はとにかく社交活動ができるならなんだっていいわ。ほら、早く踊りに行きましょうよ。貴方達も素敵な恋人を見つけるべきよ!」

 そう言うと、フィルはにっこりとして黒猫の尻尾を優雅にくねらせて躊躇なくダンスに興じる生徒たちに飛び込んでいく。ハティは呻いた。

「私、ダンスなんて踊ったことないんだけど」

「あら、苦手意識を持つ必要はないわよ。ダンスなんてものはね、男性のリードに適当に身を任せればいつの間にか終わってるものだもの」

 プリシラは涼しい顔で言うが、ハティは胡乱な目で彼女を見やり「本当に?」と首を傾げた。

 彼女は生粋の上流階級の生まれなので教養の一つとしてダンスを嗜んでいるだろうが、ハティにとってボールルームダンスなんてものは人生の中で全く縁のない富裕層のたしなみである。今、この会場でダンスを踊れと強制されても手も足も出ないことは確実だった。

 

 

「とにかく、御馳走を楽しみましょうよ。今日はハロウィンだけの特別なパイが出る予定よ。それに備えて屈伸した方がいいわ、ハティ」

「屈伸?」

 ハティが素っ頓狂な声を上げた時、楽団の音楽が止んだ。ボールルームの奥にある壇上が眩い光で照らされて、大粒の葡萄の房を垂らした冠に真珠色の光沢のあるキトンを纏ったマリーン・ダーハムが現れた。いつもは惜しげもなく結い上げているハニーブロンドの髪を優雅にカールさせて垂らし、耳もとにはアメジストの大粒のピアス、首や手首には黄金の輪が光っている。

 

「ディオニュソス?」

「惜しい。多分、酒飲みの妖精のクルラホーンだと思うわ」

 プリシラの鋭い指摘にハティは釈然とせず黙り込んだ。

 どうみても酒の神(ディオニュソス)だと思ったが、葡萄はワインをあらわしているようだ。彼女は黄金の杯を右手に持ち、華やかに微笑んだ。

 

「Trick-or-treating! みなさん、今宵はハニーバジャークラブのハロウィーンパーティへようこそ。会長のマリーン・ダーハムですわ。このハロウィーンパーティは古代ケルトのサウィン祭が由来であり、秋の収穫を祝いながら善い妖精(シーリーコート)や死者の魂を迎え、悪しき霊やアンシーリーコート(悪い妖精)を追い払う特別なお祭りです。皆さん、今日は妖精の姿でいらっしゃいましたか? そうでない人たちは、ただちに妖精の格好に変身すること! そうでないと、悪しき霊や悪い妖精に攫われてしまいますからね。クラブの会員も、そうでない生徒も今宵は大いに楽しんでくださいね。まずパーティのはじめに、皆で今年の主役を占いましょう」

 マリーンが右手を掲げると、黄金のテーブルに載った巨大なパイが恭しく壇上へと運ばれてきた。運搬役の生徒が杖をゆっくりと下すと壇上に黄金のテーブルは優雅に着地した。生徒の一人が巨大なナイフを差し出し、マリーンはそれを受け取ると「準備はよろしくて?」とパーティの客をふりむいて悪戯っぽく笑った。

 

 パーティの参加者から歓声があがる。ハティは尋常ではない喜びように、思わずプリシラを見て訊ねた。

「何の準備?」

「蝙蝠よ! クッキー蝙蝠!」

「はい?」

 なんじゃそら? とハティは首を傾げた。

 その間にもマリーンは「三、二、一……」とカウントしパイにナイフを入れる。ざくざくとパイに十字の線が入ると、マリーンはさっとパイから離れた。刹那、パイからはじける様な音が出て切れ目から一斉に無数の蝙蝠が飛び出してきた。蝙蝠はボールルームを縦横無尽に飛び回る。ハティが驚愕で立ち尽くしている間にも、パーティ参加者は必死に跳ねながら蝙蝠に飛びついて捕まえようと苦戦していた。プリシラも例に漏れず、クールな彼女には珍しくローブをたくしあげてジャンプすると蝙蝠に手を伸ばしていた。

 

 そのさまを呆然と眺めていると、振り向いたプリシラが叫んだ。「何をしているのよ、ハティ」

 

「え? それはこっちの台詞よ、プリス。なんで蝙蝠を捕まえようとしてるの」

「言ったでしょ、クッキー蝙蝠よ。捕まえると、クッキーになるの! ちなみに金色の蝙蝠を捕まえた人はその一年、金運に恵まれるのよ」

「それ本当!?」

 ハティは慌てて飛び交う蝙蝠に目を凝らした。数が多いので、殆どが黒い蝙蝠ばかりである。満面の笑みを浮かべたフィルが戻ってきて「みて、ミルク味とチェリー味よ!」と二匹掲げて見せた。それを見てむくむくとやる気が湧いてきたハティは「金!」と叫んで蝙蝠の群れへと飛び込んだ。とにかく、金の蝙蝠が欲しかったのだが一匹でも黒い蝙蝠を捕まえないことには金の蝙蝠も見つかりそうにない。金色のスニッチに比べたら金の蝙蝠なんて容易である、とハティは鼻息荒く一匹は捕まえたものの、結局金色と銀色の蝙蝠は見つからなかった。

 それどころか、ハティが苦戦しながらも二匹目を捕まえたところで目の前に佇んでいた背の高い青年が金色のクッキー蝙蝠を手にしているのが見えた。ポカンと口を開けるハティの目の前で、青年の隣にいた赤茶色の髪の少女がおっとりと言う。

 

「オベロン、その金色のクッキーってどんな味なのかしら?」

「うーん、レーズンと胡桃入りのクッキーだと思うよ。ダイアナ」

「そう、じゃあ結構ですわ」

「君、好き嫌いが激しいね」

「そうかしら?」

 小首を傾げた少女が大きな欠伸をして「ねむたいわ」と呟く。青年は少女の頭を撫ぜながら、クッキーを齧った。

 ハティは肩を落として、すごすごとフィルとプリシラの元へと戻った。

 

「シーカーなのに銀色どころか金色の蝙蝠を捕まえられなかった」

「そんなにお金がほしいなら、バームブラックで占ったらどうかしら? もしかしたら、一つくらいコインが出るかもしれないわよ」

 フィルの言う通り、ボールルームにはたくさんの料理が準備されていた。

 デヴィルドエッグ、コルカノンに、お茶に浸したレーズンやシナモンやナツメグを練りこんだバームブラックというバームケーキ、パンプキンパイ、ボクスティ、トフィーアップル、ファッジとハロウィンの特別メニューだけでもこれだけある。フィルの言うバームブラックは中にコインや指輪が入っており、その年の運勢を占う意味もあるのだ。

 

 

「うーん、そうね。バームブラックでも食べようかしら」

 そう答えたその時、思わぬ人物がハティの視界を横切った。

 緑色の豪奢な外套はフェアリーライドの一団にあった騎士の衣装だ。しかし、その特徴的なヴェネツィアンブロンドを見た時、ハティの目はたちまちその少年しか目に入らなくなった。ハティは反射的にその少年を追いかけるため、小走りで駆けだした。少年はいつものように同じ衣装のアクラムと並んで歩いており、憮然とした顔で血の様に赤い葡萄ジュースを片手にオスカー・オブライエンと話し込んでいた。

 

 彼等の元までたどり着いたハティは声をあげた。

 

「ヒュー! あんた、なんでそんな恰好をしているの?」

「はあ?」

 ヒューは飛び上がって、吃驚した様子で振り向いた。隣のアクラムも振り向いて、ハティの爪先からつむじまでじっくり見ると小首を傾げた。

 

「何でそんな恰好って、こっちの台詞だっつーの」

「妖精の女王様でしょ? どう見ても」

「そんなの見ればわかる」

 アクラムの指摘にヒューがむっつりと口を噤む。

 オスカーはヒューのそんな様子を見て、どこか面白がるように笑った。「ふーん、ハティ・ポッターと知り合いというわけか」

「そんなんじゃないです」

 ヒューがすかさず否定する。

 ハティも大きく頷いて追従した。「ええ、そんなんじゃないです」

「知り合いどころか、大親友なんです。わたしたち」

 ハティは豪語し、ヒューと肩を組んだ。

 ぶっ、とアクラムが噴き出してヒューは怒りの形相でハティを睥睨するとやや乱暴にハティの腕を外した。

 

「大親友じゃない」

「わたしは女王様よ! もっと丁重に扱いなさいよ!」

「お前が女王様なんて世も末だよ……」

「ドレス、可愛いね」

 アクラムのスマートな誉め言葉に、ハティはにっこりした。

 

「そうそう、そういう誉め言葉が欲しかったの。見て、妖精の女王ティターニアよ。可愛いでしょう? 綺麗でしょう? 褒めてもいいのよ」

 ヒューはじっとりとした目で黙り込み、オスカーは「ほー、かわいい。かわいい」と気のない拍手をする。ハティは失望を隠しもせずに二人を鋭い目で見た。アクラムは気に入らないが少なくとも女性に対する礼儀を弁えている。一方の二人は、ハティの満足のいく言葉をくれない。ハティは溜息をついた。

 

 

「可愛いという言葉に嘘偽りはないぞ。俺は今からミディールとしてエーダインに山ほど愛の言葉を言わなければならないわけだ。誰かさんのせいで」

 じろりとオスカーがヒューを横目で見る。「今のうちに体力を温存しておきたい」

「でも、エーダイン役はかなりの美女なんでしょ? 愛の言葉を囁くのに俺だったら何の力もいらないけどなあ」

 アクラムは心底羨ましそうに言ったが、オスカーは顰め面のままだ。

「アクラム、お前はロジャー並のろくでなしになるぞ。そのうち爛れたアバンチュールを続発し、怒り狂って杖を持った女どもに追いかけまわされれる日々を送るんだ。俺にはわかる。俺がどれだけあいつの修羅場を解決してやったと思っている。口座に千ガリオンを振り込んでほしいくらいだ」

「ロジャーはレイヴンクローにしては、頭が足りない。あいつがレイヴンクローで学んだのは女を口説く言葉だけですよ」

 辛辣なヒューの物言いにハティはロジャーという男を知らないが思わず笑ってしまった。

 オスカーはアクラムとヒューを真面目な顔で振り返った。

「とにかく、男は女でいくらでも破滅する。覚えておけ。それから、エーダインという蝶に思いを馳せる暇があるならすぐそばでこっちを伺っている同年代の少女に気付いてやれ」

 オスカーの視線の先では、柱に身を隠すようにしてこちらをうかがっている少女の姿があった。心なしか頭につけた犬耳が彼女の心境を表わすかのように垂れているように見える。その大きな緑色の瞳を見て、ハティは「あ」と声をあげた。

 

「リエル!」

 ガラドリエルであった。

 彼女はクー・シー、犬の妖精の仮装をしていて、それがゴールデンレトリバーのようにもこもことした金色の髪をした彼女にはよく似合っていた。ハティはくすりと笑みを零して、二人に紹介した。

「ガラドリエル・ブレナーハセット、私たちと同じ一年生のハッフルパフ」

「知ってる。マリーンが大事にしてる一年生だろ? なんというか……見るからに気が弱そうだな」

 ヒューが困惑顔でリエルを見た。その視線に気付いたリエルは、びくっと大仰なほど肩を揺らして柱にさっと身を隠してしまった。この分では二人を紹介しようものならば緊張で一言も喋れないに違いない。ハティは嘆息をして、二人に「また後で」と別れを告げると柱に近寄った。ガラドリエルは柱の影で子犬のようにぶるぶると震えていた。

 

「リエル、私よ。ハティ」

 声をかけるとリエルは恐る恐る顔をあげて、そして花が綻ぶように明るい表情を浮かべた。

「ハ、ハティ! こんばんは、いい夜ね。パーティを楽しんでる?」

「うん、楽しいよ! 金色の蝙蝠は捕まえられなかったけどね」

 リエルはぎこちなく笑ったが、もう体は震えていなかった。彼女は物言いたげに唇を何度か開閉していたので、ハティは辛抱強くリエルの次の言葉を待った。

「あ、あのね、ハティに渡したいものがあるの。ずっと、御礼がしたくてね。フィルがハティはティターニアの仮装をするって言ってたから、これ作ってきたの……花冠」

 彼女はおずおずと腕にかけていた花冠をハティに差し出した。紫、赤、ピンク、白――様々な色の花で編まれていて妖精の女王に相応しい華やかな冠であった。彼女の善意にじんわりと胸があたたかくなる。

 ハティは満面の笑顔でリエルから花冠を受け取った。

「嬉しい、ありがとう!」

「私も、ハティにお花をもらって嬉しかったの。あのお花、凍結魔法をかけて今でも大事にしまってるの。だから、ハティにもお花をあげたくて……」

 花冠を被って、ハティは小首を傾げた。「似合うかな?」

「似合うよ! 本当に妖精の女王様みたい!」

「こんなに華やかな妖精なら、きっとお父さんとお母さんが帰ってきてもすぐに目に入ると思う。きっとわたしが十一歳になった姿はわからないだろうけど」

 ハティの言葉にリエルは悲しそうに表情を曇らせて俯いてしまった。

 つい言葉を滑らせてしまった。とハティは反省し、慌てて言い募った。「気にしないで、今のは独り言だから」

 

「ううん、違うの……上手く言葉が出ない自分が情けなくて。でも、きっとご両親は十一歳のハティでもすぐにわかると思うの。きっとそう」

「うん、そうだといいな」

 じんわりと滲むような笑みをハティが浮かべると、リエルは安堵したように小さく笑った。そして警戒するように周囲を見渡すと、怯えたような顔でハティに近づいた。

 

「あのね、実は大事な話があるの。マリーンが見つけたんだけど、このパーティにアラディアと数人のスリザリン生が来てるの。きっとパーティの成功を妨害しようとしてるんだと思う。気を付けて、ハティ」

「アラディアが? でも何の仮装をしてるの?」

「わからないの。マリーンに教えてもらう前に、開会の挨拶が始まってしまったから……マリーンに聞いてくるね! だけど、他の人なら教えてあげられる。リリー、ダフネ、ディラン、ジャスパーは顔まで隠してないからすぐにわかると思うの」

「リリーって、リリー・スペンサー=ムーンよね? その子に関しては顔がわからないからなあ……でも教えてくれてありがとう、助かった」

 リエルは頬を薔薇色に染めて満面の笑みを浮かべた。まるでゴールデンレトリバーが尻尾を振っているようだ。可愛らしい。

 それにしても、とハティは怪訝に思った。ジャスパーとディランはフィルを熱愛しているらしいのでフィルのいるパーティに足を運ぶのは理解できるが、ダフネやリリーまでパーティに参加しているのは意外だった。リリー・スペンサー=ムーンについては人柄を知らないので断言できないが、ダフネに関しては熱心に社交活動をする人物とは思えなかった。むしろ、寮内の最低限の社交活動だけしている印象である。

 

 もしかしたら、アラディアの指令で動いているのだろうか? とハティはふと思った。リエルの言う通りアラディアもヘッドガールを狙っている以上、ライバルであるマリーンのパーティを成功させたくない筈だ。だとしたら積極的に狙われるのはパーティとマリーンなので、ハティにはさほど関係ない気がした。

 なぜリエルはハティに警戒を促すのだろう? と訊ねようとしたとき、リエルが「あ!」と怯えた顔をして指をさした。ジャスパーとディランがルビーを従えてプリシラと睨み合っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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