ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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ハロウィーン4から加筆修正しています。


宴の終わりに

 

 

 

 夢を見ていた。

 一面の星空の下、漆黒の天鵞絨のような星空にまるでカーテンを翻すかのように緑から赤に変化するオーロラがかかっている。そのオーロラより銀色の夜の雫が一滴、星の様な輝きを纏いながら地上へと降った。ハティは無意識に光へと手を伸ばした。しかし、銀の光はハティの手に届く前にまばゆい光を放ち、光り輝く乙女の姿へと変化した。

 

 幽き月のごとき銀の髪、真珠のような光沢を放つ白い肌、光の加減によって極上に紫水晶に見える双眸――アラディア・ロウルである。 彼女は茫洋とした目を虚空に向け艶っぽい桜桃色の唇を開き、星が歌っているかのような声で言った。

 

『光の印を刻まれし娘が舞い戻りしとき ダヌの息子が沈黙を破り闇より蘇る ダヌの息子がプネウマを手にすれば 世界は再び闇に覆われる しかし光の娘がプネウマを手にすれば ダヌの息子は再び冥府で沈黙を守るであろう』

 

 あの時の予言だ。自分の予言ではないとマリーンに宣言したばかりだというのに、何故か嫌な予感がよぎってハティの顔からは一気に血の気がひいた。冷や汗がこめかみを伝い、ハティは思わず口を開いていた。

 

「わたしじゃない……わたしの予言じゃないの」

『あなたには光の印がある。自分でもわかってるでしょう?』

 否定するかのように、ハティは咄嗟に彼女に向かって手を振りかざした。

「違う! 違うもの、この印は……いたっ」

 伸ばした手に激痛を覚え、霧散するかのように目の前の景色が消えていく。はっと目を開いたハティは視界いっぱいに飛び込んできた白い天井に驚いて、辺りを見渡した。無意識に振りかざした右手は床頭台のランプをなぎ倒し、ランプのガラスは床頭台の上で砕けていた。右手から流れた真っ赤な血がが床頭台を汚し、ハティが痛みを自覚するとともに慌てたような足音が遠くから段々と近づいてくる。それはハティのベッドのそばでとまると、白いカーテンがしゃっと遠慮のない鋭い音をたてて開かれた。

 

「起きたのか」

 顔を出したのは、スネイプであった。スネイプは床頭台とハティの右手を見ると、眉宇を顰めて溜息をついた。

「せめて医務室でくらい大人しくできないのかね、ミス・ポッター」

「え、医務室?」

 ハティは慌てて身を起こして、自分のいる場所を見て愕然とした。

 四方は分厚く白いカーテンで覆われており、ドミトリーよりも簡易的かつ機能的なベッドの上にハティは寝かせられていた。真っ白なシーツはシミ一つなく清潔でいかにも病院を思わせる。

「あ、ここ……」

「医務室のベッドの上だ。お前は途中で気を失ったから、マダム・ポンフリーの一晩は医務室で安静にさせた方がいいだろうという判断だ。寝不足、過労からくる風邪といったところだな」

 スネイプは鼻を鳴らして無言で杖を床頭台に向けると、ランプはたちまち時を巻き戻すかのように割れた硝子が宙に浮いて修復されていった。次にスネイプはハティの傷ついた右手に杖を向け、抑揚のない声で「エピスキー」と唱えるとハティの創傷をなぞる様に杖先を動かしはじめた。傷口がむずむずするような掻痒感と熱を帯びたと思うと、それは徐々に塞がれていき、最後には傷跡なく完全に治癒をしていた。

 

「傷が……ありがとうございます、マダム・ポンフリーのようなことが出来るのですね」

「ホグワーツの魔法薬学者とヒーラーを育成するカリキュラムは同一だ。初歩的な呪文であれば、出来て当然だ」

 スネイプは相変わらず彫像のように表情がなく、その顔は押し殺した感情に凍てついて灰色がかっていた。まるでハティから目を背けるかのように、スネイプは視線を外すと懐から一本のクリスタルの小瓶を取り出してハティに押し付けた。「飲みたまえ」

 

「え?」

 ハティが目を白黒させて受け取らないので、スネイプは苛々して「風邪薬だ」とつっけんどんに言った。ハティは躊躇しながらも瓶を受け取り、ちらちらとスネイプの様子を伺いながらもクリスタルの瓶をしっかりと握ってコルクを抜いた。瓶は仄かに温かく、もしかしたらスネイプは風邪薬を作っていたのだろうか。とハティは一瞬考えたがスネイプが抜け目なくハティを見ていたので、ハティは慌てて口に含んだ。

 

「にがい……」

「かぼちゃジュースとでも思ったか」

 ハティの呻き声に、スネイプは鼻を鳴らして冷ややかにそう返した。

 カボチャとりんごを合わせた甘いカボチャジュースに比べると、風邪薬は糖分がかけらもない。スネイプは空になったクリスタルの瓶を受け取ると、杖を一振りしてハティの掛布団を肩まで引き上げた。

 

「足の怪我は完治しているはずだ。他の痛むところは?」

 慌てて膝を立てて手を伸ばすと、確かに瓦礫で出来た傷は綺麗になっている。びしょ濡れだったドレスは柔らかな綿のワンピースにかわっていて全身を確かめても疼痛や創傷はなかった。

 

「大丈夫です。傷も、痛みもなさそうです」

「これに懲りたならばトロールを倒そうなどという大それたことを考えぬことだな」

「違います、トロールを倒すためにあそこにいたんじゃありません。盗まれたイヤリングを探しにあそこに行ったんです。ダフネが教えてくれたのと、失せ物ボールがあそこをさしていたから……あっ! イヤリングとドレスは!?」

 慌てて耳もとに手をあてると、スネイプは不機嫌そうに床頭台と反対側にあるクローゼットを指さした。「身に着けていたものは、すべてマダム・ポンフリーがそこにしまった」

 ハティは安堵の溜息をついて、胸を撫でおろした。

 

「そうですか……よかった。ドレスもジュエリーもフィルとマダム・ポップルウェルからの借り物だったので」

「まるでプライベートボールだな。他人からの借り物を失くすとは、おおかた、浮かれて羽目を外していたのだろう」

 ハティは押し黙った。スネイプの言う通りでぐうの音も出ない。しかし、ハロウィーンパーティをただのプライベートボール(舞踏会)扱いされるのは釈然としなかった。フィルたち親子がハティにドレスやジュエリーを貸し与えてくれたのは、サウィン祭としての一面があったからである。

 

「一番綺麗な恰好をして両親に見つけてほしかったんです。今日はサウィン祭で、死者が戻ってくる日ですから」

 スネイプの目蓋が一瞬ぴくりと痙攣した気がした。土気色の顔は一層血の気がひき、スネイプは喉を詰まらすような小さな音を立てた。

「死者が蘇らん。どんなことをしてもな」

 深い絶望と疲労が滲んだ暗い声だった。ハティは思わず息を呑んで、スネイプにも死者との再会を願う気持ちがあるのか。と訊ねたい衝動に駆られて、思わずハティはスネイプを見やった。しかし、その凍り付いた表情を目の当たりにしてハティは気持ちを抑え込んで、話を変えた。

 

「あの、みんなはどこに?」

「寮に戻った。フィールディングはついて来ようとしていたが、あいつも自分も寮に戻ったと聞く。皆、けがはない」

 ハティのおろおろとした顔を見て、スネイプは最後にそう付け加えた。

「そうですか、よかった」

 ハティはほっとして唇を緩ませた。

 スネイプに飲まされた薬のせいか、体中がぽかぽかとしてきて目蓋が重くなってきた。

「お世話になりました。医務室に運んでいただいて、それにお薬も。そういえば、あの、今回のトロールの件の罰則は……」

「罰則はない。ミネルヴァがそう決めたのでね。減点と加点がそれぞれあったようだが――詳しくは奴らに聞くといいだろう」

 スネイプがそう言っている間に、なにやら慌ただしい複数人の足音が聞こえてきた。苦々し気な表情でスネイプがカーテンの向こう側を睨みつけて杖を振るうと、医務室の扉が軋んだ音をたてて開く気配がして、開け放たれたカーテンから耳をすませるような恰好のまま固まったフィルとプリス、ポカンと口を開け気ているロニー、腕を組んだハーミス、そして不機嫌そうにスネイプを睨みつけるヒューの姿があった。

 

「あっ、みんな!」

「学生は皆、寮で待機するように総長からお達しがあったはずだが?」

 スネイプの苛立ったような声にフィルは臆した様子もなく、にっこり笑って答えた。

「お見舞いに来たんです。だって、私たちハティの無事を知らないんですもの。マリーンのパーティで、ハティは大丈夫なのかしら? ってずっとやきもきしてたんですよ」

「私もハティを助けに行こうとしたのに、ハーミスにマクゴナガル教授を呼んで来いって言われるし」

 プリスが横目にハーミスを見やった。

 ハーミスは苦虫を潰したような顔になって、プリスから顔を背けた。

「トロールがどこに移動しているかもわからないし、三人だけで探すのは無謀だろ。それに一年生にトロールが倒せるわけがない。スネイプ教授、ハティの怪我は大丈夫なんでしょうか?」

「食べ物は口にしてもいいですか? 差し入れを持ってきたんです。お腹がすいたら可哀想だと思って」

 ロニーが急いで口を挟み、気まずそうな笑みを浮かべてバスケットを掲げる。

 スネイプは生徒たちに矢継ぎ早に質問や弁解を浴びせられ、むっつりと口を引き結びあからさまに不機嫌さをあらわにした。すると、ヒューはスネイプの返事を待たずにずかずかと医務室に入ってハティのベッドサイドにある椅子に勢いよく腰を下ろした。

 

 

「心配したんだぜ、怪我してないとか言っておいて歩けねえし。見舞いくらいしとかないと、寝覚めが悪いったらねえよ。消灯時間までまだ二時間くらいあるし、いいですよね? スネイプ教授」

 ヒューはわざとらしく「教授」の部分を強調してそういうと、口の端で笑ってスネイプを見上げた。

 スネイプは眉宇を顰めて、一同を冷ややかに睨みつけると言った。

「医務室に大人数で押しかけるな。それにトロールが捕縛されたとはいえ、学生は寮で待機を命じられているはずだ。グリフィンドール、レイヴンクロー一点ずつ減点」

 スネイプは抑揚のない声でそう言うと、黒いローブを翻して医務室を出て行った。これ以上、他寮の学生と顔を合わせるのが不愉快だと言わんばかりの顔であった。

 一同はスネイプの足音が完全に聞こえなくなるのを待って医務室になだれ込んできた。フィルがベッドの上のハティに抱き着き「心配したのよ! 助けにいけなくてごめんなさい」とわあわあと泣きじゃくり、プリスは無言でハティの全身に怪我がないか観察の目を走らせていた。ロニーはハーミスが持ってきた椅子に勝手に腰を下ろしてバスケットの中からカボチャパイを取り出し、パイくずを床に落としながら食べ始めた。

 

「あの後、いつまでもハティが寮に戻ってこないからあたしたち心配してたの。寮にも御馳走はあったけど、ハティの事が心配でとても喉を通らなかったよ」

 と言いつつ、カボチャジュースの封を開けるロニーを呆れたように眺めてハーミスはハティに向き直った。

「怪我は大丈夫なのかい?」

「一晩医務室で安静って聞いたけど」

 ハーミスに続いて、ヒューがハティの手を握りながら顔を覗き込んでくる。顔色が悪くないか、表情が優れないか、まるで心配する親のように視線を走らせた。

「風邪だったみたい。それで途中で気が付いたら眠ってて、スネイプがそばについてたみたい」

「スネイプが付き添い!? すっごぉい!」

 大物じゃん、ハティ! と感動したように目を輝かせるロニーとは対照的に、ハーミスとヒューは眉宇を顰めて顔を見合わせた。そのまま、無言でプリスやフィルとも視線をかわし、最後にハティを見た。

 

「スネイプに何もされなかったか?」

「大丈夫、なんだよね?」

「セクハラとかなかった?」

「あいつ、少女趣味なのかしら?」

 ヒュー、ハーミス、フィル、プリスが次々と質問をしてくるのでハティは壊れた人形のように何度も頷いた。

 

「何もなかった、何もなかったのよ。ただ風邪薬を飲まされて、トロールが倒せると思ったのかね? って軽く説教されただけ、だと思うんだけど……」

 ハティの言葉は尻つぼみになって消えていった。

 実際は怪我を治してもらったりと、沢山世話になったような気もする。しかし、ハティの自信なさげな返答に彼等は納得いかなかったのか、余計眼差しは厳しくなった。

 

「まあ、大丈夫ならいいだけどね……本当に何もなかったんだよね?」

 どこか探るように見てくるハーミスに、ハティは大きく頷いた。

「大丈夫だってば、本当」

 ハティが強く言い切ると、彼等もほっとしたように肩の力を抜いた。

「それにしても、なんで地下室のトイレなんかに行ったの」

「フィルのイヤリングを探しにきてたってハティが言ってただろ。君って、話聞いてないのか?」

「そんなこと言ってたっけ? てか、そういう言い方ムカつくからやめてくれない? なんでそう小ばかにしたような言い方しかできないの?」

「別に小ばかにしてない」

 ハーミスがふん、と鼻を鳴らして答えるとロニーは顔を憤慨して立ち上がった。

 

「相変わらずやな奴!」

「二人とも、医務室で喧嘩はやめなさいよ。マダム・ポンフリーが戻ってきたら怒られるわよ」

 不穏な空気を察したプリスが冷ややかな声で制する。しかし、意外にも他者のとりなしは必要なかったとすぐにわかった。

 ロニーは再び椅子に腰を下ろすと、わざとらしく溜息をついた。

 

「まあ少し慣れてきたけど。ハーミスの悪気のない言動にも」

「悪気のない言動ってなにさ」

「あんたの無意識なすかした態度とか、ちょっと嫌味っぽい言葉のことだよ」

 それは喧嘩というよりも軽口の応酬であった。ロニーに以前のような刺々しい態度はなく、ハーミスも自分の態度を改めようとしているのかロニーに自分の言動について確認している。そして何より口調や名前を呼ぶ声に、どこか温かみがこもっていた。

 

「あらあ、いつの間にか仲良しさんだわ。あんたたち、意外と相性がいいんじゃないかしら?」

 フィルにチャシャ猫の様なにんまりとした笑顔に、二人は頬をそめて顔を背けた。

「仲良しじゃないよ」

「普通の会話してるだけさ」

 ハティは思わず破顔した。

 

「最初の関係を思えば、かなり大きな前進よね」

 一気に全員が打ち解け始めたのを見て、プリスが「そういえば」と口を挟んだ。

「フィルのイヤリング、どうしてあんなところにあったのかしら。地下のトイレだったのよね」

「ああ、うん。リエルが失せ物ボールを持っていて、それで見つかったの。だけど、その前にダフネが城の中にあるんじゃないかって教えてくれたのよね。何か知ってるみたいだった」

「ダフネが? まさかあいつがやったんじゃないだろうな」

 凄まじい怒りがヒューの眉のあたりを這うをのを見て、ハティはぎょっとした。

 入学時のトラブルでヒューに対してダフネの名前は極力口にしないようにしていたが、無意識のことだったのですっかり忘れていた。ヒューはどこか粗暴なところがあるが、それでもこれほど怒りをあらわにするのは初めてだったのでハティはどうしてそれほどダフネを嫌うのか聞きたくて堪らなかった。

 

「私は違うと思うけど、どうしてヒューはそう思うの」

「あいつが大嫌いだから」

 ヒューはそれっきり黙り込んでしまった。唇をきゅっと引き結んだ厳しい表情で、窓の外を睨みつける。

 ハティは思わずダフネと仲が良いであろうフィルやプリスと顔見合わせると、彼女たちも「ヒューの態度がわからない」と言わんばかりに肩を竦めた。

 

 

「ダフネのことは置いておくとして、あそこってスリザリン寮の近くのトイレだったでしょ? 犯人はスリザリンの生徒なんじゃないの。わざとハティをあそこにおびき寄せて、トロールを呼び込んだとか?」

 ロニーの鋭い指摘にハティは一瞬で体を強張らせた。

 彼女の推測は納得できた。そしてそんなことが出来る人物も一人しかいなかった。アラディア・ロウルである。アラディアがハティと話をするだけに終わったので拍子抜けていたが、あの会場内にアラディアの手の者がいたとしてもおかしくはない。その人物がハティからイヤリングを奪ってあのトイレに隠したのだとしたら、アラディアが会場に現れたことにも説明がつく。なぜなら、アラディアはヤックスリーと共謀してハティに呪いを仕掛けたのだから。

 

「そんなことができる魔法使いが、スリザリンにいるわけがないよ」

 得心が行かないような顔でハーミスが口を挟んだ。「大体、どこからトロールなんて調達するんだい? それにトロールを制御しようにも、相応のスキルが必要だろ」

 

「上級生なら可能だわ。例えば、アラディア・ロウルとか」

 プリスはごく冷静な声で言った。そして、重い声音で続けた。

「あの会場にはアラディアがいたもの。リエルに聞いたけど、ハティはアラディアに連れ出されて私たちから離れたんでしょう」

「うん」

 ハティは頷いた。

「ヤックスリーが最近セント・マンゴ送りになってミディール役を降板したでしょう? 実はあれは、アラディアと共謀して私に呪いをかけて、逆に跳ね返されたらしいの。それで今入院してるのよ」

 フィルは仰天してベッドから飛び降りた。

「何ですって!? それって、とんでもないことよハティ。本当だったら、ヤックスリーとアラディアは退学になってしかるべきよ。すぐにマクゴナガル教授に報告すべきだわ」

「証拠は? たとえ、マクゴナガルだって証拠がないと二人を罰則することなんて出来ないだろ? 現にアラディアは呪いに関与してるのに、ピンピンしてるじゃないか。誰かがカースブレイクを起こした時、アラディアは自分に呪いが跳ね返ってこないよう細工してる筈。つまり、痕跡を残してないってことだ」

 ヒューの指摘に、一同は表情を曇らせた。

 ロニーが期待の眼差しで「呪い返しをしたなら、誰が呪いをかけたか痕跡を辿れない?」とハティを見たが、ハティは力なく頭を振った。

 

 

「呪い返しをしたのは、わたしじゃない。多分、マリーンとセイディーだと思う。わたしはヤックスリーとアラディアに呪いをかけられたことすら知らなかったもの」

 誰からともなく失望の呻き声が聞こえた。

「だから、トロールでハティを狙ったということね」

 プリスは目を伏せて続けた。

「トロールなら禁じられた森にもいるもの。野生のトロールを森からホグワーツの中に侵入させたのよ、きっと」

「それって本気で殺すつもりだったってこと?」

 真っ青な顔をしたロニーの呟きに、誰もが口を噤んだ。沈黙はまさに肯定でハティは身を震わせた。

 対人同士の戦闘ならば恐ろしくない。しかし、遠い場所で行われる呪いやトロールといった脅威に対してハティはあまりにも未熟であり無防備であった。今、五体満足でいられるのも誰かがマリーンと何らかの誓約を結んだからに他ならない。

 

「いい考えがあるよ。マリーンとセイディーに魔法に痕跡を辿ってもらうんだ。それを証拠にしてマクゴナガルに突き出せばいい」

 ハーミスの案は妙案に思えた。しかし、ハティは髪を揺すって否定した。「無理よ」

「だって、マリーンがわたしを守ったのは誰が依頼したからなんだもの。善意じゃない。魔法使いの契約だって言ってたわ。依頼内容だって、わたしを守ってほしいっていう内容とは限らないし」

「それって破れぬ誓いなのかな?」

 訳知り顔でロニーがフィルとプリスを見る。二人は困惑したような顔でハティを見て、フィルがハティに訊ねた。

「破れぬ誓いだって言ってた?」

「ううん、ゲッシュって言ってた」

「ゲッシュ……アイルランドに伝わる古い誓約と制約よ。厳守すれば強力な祝福を得られるけど、破れば逆に災いを招いてしまうの。だから、現代じゃあ殆ど使用されないわ。魔法ってね契約を結ぶときに古ければ古いほど、拘束力は強いの。だから、マリーン自身も簡単に口にできないかもね」

 プリスが腑に落ちた顔で頷いた。

 マリーンが内容を明かさなかった理由については、まるでバラバラになったパズルが完成したかのように理解できた。かといって、事態が好転したわけでもなく一歩も前身していない。それをわかっているからか、ヒューたちの表情は曇ったままだ。

 暫くの間、医務室には沈黙が落ちていたがややって口を開いたのは大量の本を背負っていたハーミスだった。

 

「とにかく、ハティはこれからも身を守るのが先決だね。ヤックスリーが退院するまでに呪い返しについて調べて習得した方がいいと思う。僕が調べるよ」

「私も手伝うわ」

 すかさずプリスが口を挟んだ。

「じゃあ、私はマリーンとスリザリンに探りを入れるわね。ことが起こる前に守りに入らなくてはならないもの」

 フィルがさわやかに微笑んだ。

「あたし! あたしは……」

 ロニーは勢いよく手をあげ、そして固まった。何も思いつかなかったらしい。口ごもっていたが、全員の視線を受けて真っ赤になりながら小さな声で言った。「一緒に戦うよ、トロールの時みたいに」

「それは心強いわ」

 ハティは微笑んだ。

「俺も防衛用のいい魔法がないかオスカーに聞いておくよ」

 ヒューもさらりと言った。

 それからすぐマダム・ポンフリーが医務室に戻ってきて「大人数の面会は駄目よ」と叱責を受けたロニーたちは、蜘蛛の子を散らすように医務室から逃げていった。一人になったハティは医務室の天井を眺めながら釈然としないものを感じていた。きっと、ヤックスリーとアラディアがハティに呪いをかけたという痕跡は明るみに出る日はないだろうと思わざるを得なかった。蛇のように二人は狡猾に立ち回り、卒業していくに違いない。ふいに、ハティは「ゲームは既にホグワーツで始まっている」というマリーンの言葉を思い出した。

 数多くの陰謀や思惑が、黒いローブととんがり帽子がすっきり覆い隠して、うわべだけを綺麗に見せているのだ。それがホグワーツと言う学校であり、魔法界であり、内乱を招いた魔法使いたちの争いなのだ。

 

 

 

 わたしもチェスの駒の一つなのかしら? 一つの考えが蛇の頭のようにもたげて、ハティは身震いをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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