ハリエット・ポッターの不思議な冒険 作:新参なめ子
ハロウィーンの事件から早速、ハーミスとプリスは古い魔法の本を大量に引っ張ってきたが古ウェールズ語、古アイルランド語、古ブリトン語、古カンブリア語、古コーンウォール語とその全てが古い言語で綴られた古文書であったためハティたちは頭を抱えるしかなかった。
「ブリテンの歴史上、強力かつ古い魔法はケルト語派に属しているの。なんといっても、ケルト人自身はその多くが魔法族だったものね。勿論、宗教上の理由もあるけれどわざわざ文字を残す必要がなかったの。むしろ、魔法の呪文を他の氏族に流出させることはご法度で秘匿が原則だったらしいもの。だから現存するこういった資料は戒律を破って断片的に文字に書かれて伝わったものか、魔法を盗んだ者の記録ね」
大量の本を抱えながら、プリスは小難しい説明を淀みなく続けた。
ハティはそのほとんどがまるっきり理解できず、盛大に眉宇を顰めるしかなかった。
「つまり、どういうことです?」
「解読できない。一冊を翻訳し終わる前に、僕たちは進級してるだろうしヤックスリーも退院してると思う。だから、作戦を変えることにしたんだ。古語研究クラブに入ろうと思って」
やけに目を輝かせたハーミスが高らかに宣言をした。彼はどこか興奮状態で鼻息も荒く続けた。「知ってるかい? この学校の古語研究クラブは、古代ルーン文字の権威バスシバ・バブリング教授が監督していて古代ルーン文字だけじゃなくてケルト語派に属する古い語学が学べるのさ」
「それこそ、ホグワーツ成立以前の写本だって入手することができるわ。そうすれば、私たちは古代魔法を入手できるし、ヤックスリーに対抗する術を身に着けられる。どうかしら、これが一番効率的だと思うのだけど」
「確かにそうするしかないわよねえ。それに古語研究クラブってかなり興味深いわ。古い魔法を学べるのって、すごく刺激的だし強力な魔法が手に入る可能性があるわけだし」
ハティは溜息をついて、スコーンにクロテッドクリームを塗っているロニーを横目で見た。
ロニーは全く我関せずと言った様子であった。二人が大量の本を積み上げて談話室に戻ってきた時からげんなりした顔をしていたし、早々に二人の言葉に耳を傾けることはやめて、テーブルの上のスコーンを手にとってジャムとクリームを塗ることに余念がなかった。
「ロニーはどうする」
ハティは念のため訊ねてみた。しかし、ロニーは悪戯が見つかった猫の様に動きをとめて目を丸くすると首を傾げた。「あたし?」
「そうよ。わたしは古語研究クラブに入るつもりだけど、ロニーも入るわよね?」
「えっ、無理無理。そもそも、あたし普通の英語でさえスペルミスを指摘されるくらいだよ。それなのに、小難しい昔の呪文なんて解読できないって。教科書の文字を見るだけでぞわぞわするのに。ハティこそ、もうすぐクィディッチの試合でしょ? そんなことやってる暇あるの?」
ロニーの言葉を証明するかのように、通りがかったグリフィドールの上級生が「ハイ、ハティ」と軽快な笑顔と声でハティに手を振った。
「今度のスリザリン戦、期待してるよ。スリザリンを完膚なきまでにやっつけてやれよ」
「あ、どーも」
続いて談話室に入ってきたボブ・ブキャナンがハティを見つけると、白い歯を見せて笑いながらサムズアップしてきた。
「リディア、スリザリンの野郎どもをジジイの×××みたいにヒイヒイ言わせてやれ」
「わたしはリディアじゃないです。ハティですってば、ボブ」
ボブはハティが杖十字クラブに出入りしているというのに相変わらずハティの名前を憶えていなかった。しかし、土曜日に初試合を飾ることは知っているようだ。ハティは半ば呆れたように笑いながら、ボブに手を振った。
一連の流れを見ていたロニーが「ほらね」と言わんばかりに肩を竦めて、ハティたちを見る。
「大事な試合が近いんだよ。大体、シーカーは競技中に一番事故を起こしやすいし、次のスリザリン戦にウッドは命かけてるってパーシーが言ってた。なんたって、グリフィンドールが二位になるかがかかってるからね。あたしは土曜日の試合に集中した方がいいと思うなあ」
「わかった。じゃあいったん、クラブには僕とプリスが先に入るのがいいのかもしれないね」
ハーミスが頷く。
彼はロニーと命の危機を乗り越えたという人生で中々ない体験をしてからというもの、少しばかりロニーの不真面目な態度や校則を無視することに寛大になったし、優しさを見せるようになった。以前のハーミスならば「スポーツなんかよりも命の方が大事に決まっているだろう?」と説教をしていたことだろう。しかし、友人が一気に増えたことで周囲を見渡す余裕というものが出てきたらしい。
クィディッチシーズンが始まり、他寮からも期待の大型新人として素晴らしいプレイを披露することを望まれているハティを邪魔してはならない。という意識がどうやらハーミスには芽生えたようだった。
「ごめんね、二人とも。スリザリン戦をやってみて、余裕がありそうだったらクラブに入る」
「あまり無理する必要ないわよ。ハティったら杖十字クラブにも入って、なおかつクィディッチの練習も増えてるでしょう? 前みたいに過労で熱を出すわよ」
「まあ、大丈夫よ。再来週提出締め切りの宿題は終わらせたし、少しは余裕出てきたの。よかったら、この宿題うつす?」
「やったあ!」
歓声をあげてテーブルの上の羊皮紙を手繰り寄せようとしたロニーに、ハティは容赦なく彼女の手を叩いた。何をするのだ、と言わんばかりにショックを受けて恨めし気な顔でロニーがハティを見た。「なんでよ」
「あんたは駄目よ、ロニー。わたしは二人がプライベートの時間をなげうってクラブに入ってくれるっていうから、御礼に宿題を差し出すの。だけど、ロニーはそうじゃないでしょ?」
「あたしもトロールと戦ったよ!」
「ハーミスもね」
ぴしゃりとハティが言い放つと、ロニーは抗議するように唸り声をあげた。
トロールと戦った上、古語研究クラブに入って呪い返しの呪文を特定するのだ。空いた時間を遊びに投じているロニーとは訳が違う。流石にプリスとハーミスは同情と憐憫の眼差しでロニーを見つめていたが、ハーミスはハティの宿題を受け取らなかった。
「自分の力で解答を弾き出さなきゃ意味がないからね」
さらりと言ってのけたハーミスにプリスは「損な性分ねえ」と言いながら、ハティの宿題をしなやかな白い手で摘まみ上げた。
「私は遠慮なく見せてもらうわ。色々とスケジュールがたてこんでいるんですもの」
スケジュールがたて込んでいるというのは、文芸部の方だろう。プリスは先日、長編に挑戦すると息巻いていたので創作活動も多忙を極めている筈だ。プリスは忙しそうに本を纏めると重たげに抱え込んで「それじゃあ、私文芸部に顔を出してくるから」とドミトリーへの階段をよろよろとしたおぼつかない足取りでのぼっていった。
「プリスも忙しいのね。フィルは相変わらずティモシーとデートだし、わたし今から何しようかしら?」
「そういえばハティ、”クィディッチ今昔”の返却日って今日じゃなかった?」
ちらりとハティを一瞥して、ロニーが言うのでハティは弾かれたように立ち上がった。試合を前にしてクィディッチのルールを再確認していたのだ。ハティは慌てて「本を返してくる」とプリスの後を追ってドミトリーへの階段を上がった。
部屋に戻るとプリスが鞄に羽ペンやインク、羊皮紙を詰め込んでいる最中であった。ハティが図書館に行くのだと伝えると、途中まで一緒に行くこととなり二人は揃って凌を出た。
クィディッチシーズン到来にあたって、”クィディッチ今昔”という書籍が今最も人気な書籍となっている。そのため長期の貸し出しは禁止されていて、ハティもようやく本を借りることができたのである。
「やあ、ハティ。次の試合楽しみにしてるよ。スリザリンなんて叩き潰してやれ!」
階段を降りている最中に、すれ違ったハッフルパフの上級生がにこやかに声をかけてきた。ハティはサムズアップだけして答えると、今度はホールに出たところでレイヴンクロー生が檄を飛ばしてくる。
「期待してるぜ、ハティ。スリザリンのクソ野郎どもなんかに負けるなよ」
「ああ、ハイ」
ハティのげんなりした顔を見て、プリスは忍び笑いをした。「結局、あなたがシーカーになったことはみんなに知れ渡っているわけね」
「娯楽が少ないんじゃないの? この学校って噂話がすぐまわるから、本当に嫌だ」
ハティは顔を顰めて答えた。
ウッドはハティがシーカーになったことを試合までどうにか秘密にしようとし、隠れて練習しているつもりであったが、百年ぶりに一年生の選手が誕生したとあってどこからともなくハティが代表選手に抜擢されたことは今や他寮にまで知れ渡っていた。意外なことに「知名度で代表選手の座を勝ち取ったのだろう」というやっかみはなく、好意的な言葉をかけられることが多いが、それは無敗のスリザリンを倒してくれるかもという期待から寄せられているようだ。やはりそれを面白く思わない人間もいる。
ハティがプリスと別れて一人で図書館に向かっていると、図書館を前にして意地の悪い笑みを浮かべた上級生が立ちふさがる様にドアに寄りかかっていた。
「よう、リトル・ポッター。今頃、知恵を詰め込んだところで、実践じゃ何の役にも立たねえぜ?」
「どなた?」
「マーカス・フリント、スリザリンの代表選手だ。俺の顔もわかんねえようじゃ、当日はポジションの見分けすらできねえだろうなあ」
「なるほど」
スリザリンのチェイサーにしてキャプテンである。ハティは勿論、敵チームの名前とポジションを頭の中に叩き込んでいる。ウッドいわく、マーカス・フリントはトロール並の男であり彼の弁を借りれば「アイツは頭の中におがくずしか詰まってない」という肉体派である。つまり、筋肉馬鹿だ。今までラフプレイで他寮の生徒たちを排除してきた卑怯者であり、ボブが言う「ファックすべき敵」なのである。
ハティは溜息をついて、ローブのポケットに手を突っ込んだ。中には最早慣れた杖の感触がある。
「そちらを通っても?」
「ああ、勝手に通れよ。ここは公共の場だからなあ」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべたフリントは、一層ハティに進路をはばむように中心に仁王立ちした。左右をすり抜けるためのスペースはあるし、フリントがどうしても退かないというならば別の出入口を利用する手もあるが、ハティは過去の経験からそれは危険だと学んでいた。
何せハティがシーカーだとスリザリン生に知られてからというものの、様々な妨害工作を受けてきたからである。彼等は魔法をハティに使ったことでフリットウィック教授に減点を食らったので、今度は魔法を使用せずにハティ・ポッターを潰そうという作戦に出た。つまりは、暴力に訴えたのである。廊下でスリザリン生とすれ違うたびに足を引っかけたり、蹴り飛ばしたり、拳が飛んでくる始末なのでハティはフリントが何をしようとしているのか予測がついた。
「そうですね。図書館は他にも入口がありますし、他をあたります。ミスター・フリント、あなたはそこで一生立っててください」
そういってハティが踵を返すとフリントは盛大に舌打ちをした。
「お高くとまってんじゃねーぞ、クソアマが!」
フリントは怒号すると眦を吊り上げてずんずんと迫り、拳を振り上げた。ハティは反射的に杖を突きだし「プロテゴ!」と唱えた。杖先から光が吹き出し、ハティの眼前に半透明なシールドが展開される。フリントはシールドの存在にも気付かずに、拳を突き出す前に見えない壁にぶつかって、弾かれた。
フリントは鼻先を手で覆いながら、苦痛に顔を歪めて獣のような唸り声を上げた。
「てめえ、やりやがったな!」
「あなたがぶつかっただけでは? 他のスリザリン生みたいに氷の彫像になりたくなかったら、わたしに近づくのはよしてください」
「試合でも威勢のいいことを言えればいいけどなあ。せいぜいグリフィンドールのお友達にぶ厚いマットでも持たせて、ピッチの芝生に待機してもらえよ。それか、欠場にしたらどうだ? そうすれば痛い思いをせずに済むぞ。俺がお前を聖マンゴ送りにする必要もないしなあ。どうした? 何故黙っている? やる前からビビってんのか、ああ?」
「わたしもスリザリンのクソムシどもをどうやって聖マンゴ送りにするか、考えておりました」
「は?」
「このクィディッチ今昔はとてもいい本です。規則の抜け道を教えてくれるんですもの。わたしを箒から叩き落すと宣言されたからには、覚悟してください。ジジイの×××みたいに精一杯ファックしてやりますから」
ハティがぴしゃりと言い放ったところで、なぜかフリントは真っ青な顔をして怯えたようにハティから後ずさった。意地の悪い笑みが浮かんでいたフリントの顔には、じわじわと恐怖が広がっていく。
「お、お前まさかボブと知り合いとかじゃないだろうな?」
「同じグリフィンドール生なので、勿論交流はありますよ。ボブには勿論、沢山の教えを受けました。もしお疑いでしたら、それを披露しましょうか?」
ハティがにっこり微笑んで杖を取り出したところで突然図書館のドアが開いた。音につられるようにして振り返ったフリントが肩を揺らした。
「ミスター・フリント、ミス・ポッターこんなところで何をやっているのですか」
「マ、マクゴナガル教授……」
図書室から出てきたのはマクゴナガル教授だった。
マクゴナガル教授の厳しい視線に晒され、フリントは慄然とした。
「いやだなあ、少し他寮の生徒と交流していただけですよ」
「そうなのですか、ミス・ポッター」
マクゴナガル教授が厳しい目つきで杖を構えたハティを見た。ハティは素早く杖をポケットに戻して、にっこりと答えた。
「はい、同じクィディッチチームの代表として交流しておりました。次回のグリフィンドール戦ではもし欠場しないならば箒から叩き落し、お前を聖マンゴ送りにしてやるというありがたいお言葉をいただきました」
「マーカス・フリント! 一年生を恫喝するとは、なんと卑怯なことを!」
雷のごときマクゴナガル教授の怒号が落ちて、フリントはびくりと肩を揺らした。しかし、すぐにへらへらとしまりのない笑みを浮かべてみせた。
「今更ですね、マクゴナガル教授。こんなことクィディッチチームの代表なら、日常茶飯事でしょうに」
「あなたのラフプレイでわたくしの寮の生徒が選手生命を絶たれたことを、忘れていませんからね。フリント。スリザリンは五点減点、そして罰則です」
凍てついたような眼差しでマクゴナガル教授が杖を振り上げたことによってフリントは背中で両手を拘束された。苦虫を潰したような顔になったフリントは、ハティを見ると鋭く睨みつけ、ぺっと唾を床に吐き捨てた。
「流石はグリフィンドールの寮監。グリフィンドールの生徒に対しては過保護だな」
「過保護? まさか。わたくしは平等に接しているつもりですよ。もっとも、あなたがたの寮監が正しく自分の
「へえへえ、わかりましたよ」
「返事は”はい、教授”でしょう」
ぴしゃりと言い放ち、マクゴナガル教授はフリントを引きずりホールを去っていった。
ハティは溜息をついて、マクゴナガル教授の言葉を反芻しながら図書室の扉を開いた。スネイプのスリザリン生への贔屓は生徒だけでなく教授間でも有名なようだ。その結果、スリザリンの生徒が増長しているのだから他の寮監たちもたまったものではないだろう。ホグワーツは他の寄宿学校と異なり寮母がいないだので、寮監が寮監の役割を兼ねている。つまり、生徒たちの指導も兼ねているわけだが、どうにもスネイプはグリフィンドールを仮装の敵に仕立て上げてスリザリン生のガス抜きをしている節がある。
だから他寮の生徒の面倒などみないし、スリザリンが優勢になるように厳しく減点をする。きっとハティがスネイプにフリントのことについて苦情をいったところで、マクゴナガル教授のように減点や罰則を下すことはないだろう。ハティはマクゴナガルが厳しくフリントを締め上げてくれることを期待した。
のろのろと緩慢な動作で図書館を歩いていると「やあ」と誰かが背後から声をかけてきた。
「パーシー」
彼は片手をあげて笑っていたが、その顔には隠し切れない疲労が滲んでおり反対の手には大量の羊皮紙を抱えていた。
「課題かい、ハティ?」
「ううん、課題は終わったの。本を返却にきただけ。パーシーこそ課題が大変そうね」
「ああ、まあね……学年が上がると色々大変なんだよ」
パーシーは曖昧に言葉を濁して、微笑んだ。目の下にはくっきりと隈が刻まれているし、入学時に比べて覇気がない。
「
「ええ?」
ハティは絶句して彼の鞄からはみ出ている本を凝視した。大きな革製の鞄はパンパンになっており、その重みでパーシーの肩も傾いている。
「O.W.Lってそんなに大変なの?」
「そりゃあね。魔法省が管轄してるし、これをパスしないと六年に上がった時に履修できない科目も出てくるから皆必死だよ」
ハティの質問にパーシーはクィディッチのルールを説明するウッドかのように丁寧に教えてくれた。
O.W.Lとは
「そんなに大変な試験が控えてるのに、ウッドってクィディッチの練習を増やしていいの?」
「あいつなら勉強よりもクィディッチが大事だって即答するだろうね。卒業後はプロのクィディッチチームを目指しているらしいし、何よりグリフィンドールの優勝に人生賭けてるからね。かといって君はウッドみたいになるなよ。マクゴナガルは勉強が優先だって言ってるからね。課題はしっかりしないと、うちはスネイプと違っていくらプレイが優秀でもクィディッチチームから外される可能性がある」
「スネイプと違って?」
「スリザリンのフリントは、いつも課題を提出しないからそのうち留年するんじゃないかって言われてるんだ」
「ホグワーツって留年もあり得るんだ?」
ハティの顔から血の気が引いていくのを見て、パーシーはふっと緊張がほどけるように笑った。「君は大丈夫だ、頭がいいって聞いたよ」
「ロニーにも見習ってほしいくらいだ。あいつはどうも入学して浮かれてるようだからね。僕はロニーが留年しないか心配だよ」
パーシーは物憂げに溜息をつくと、真剣な表情でハティの顔を覗き込んだ。
「君、ロニーにしっかり勉強しろって言ってやってくれないか? 最近は僕の言う事なんて全くきかないけど、友達の忠告なら少しは耳を貸すだろうと思うんだ」
「アドバイスくらいならできるけど、ロニーは勉強頑張ってくれるかなあ?」
ハティは視線を彷徨わせた。
図書館に来る前のロニーを見る限りでは、熱心に勉強に打ち込む様子はない。
「君でも難しいか……まああいつも四年生位になったら危機感が出てくるかなあ」
パーシーはがっくりと肩を落として、ため息交じりに呟いた。
ハティは「四年生になった頃に危機感が出ても遅いんじゃないの」と顔を引き攣らせた。
「君もそう思うか? うん、僕もそう思う。まったく、どうしたもんかな。とりあえず、僕は課題をとりに寮に戻るよ」
パーシーはそういうと「じゃあ、また寮で」と図書室を出て行った。
「魔法族って、こんなに早くに将来のこと決めなきゃいけないんだ」
ハティはぽつりと呟いて歩き出した。マダム・ピンズにクィディッチ今昔を返却してふらふらと本棚の間を彷徨いながら物色をする。ホグワーツの図書室はきまぐれに本の配置が変わる。この図書室自体に魔法がかけられていて、生徒が心から必要とした本が本棚に現れるのだ。それゆえに、司書のマダム・ピンズでさえ把握していない本がこのホグワーツには眠っている。唯一、気まぐれな本たちの行方がわかるのはマダム・ピンズで、マダム・ピンズの知る本であれば呼び寄せることができる。
だから、ホグワーツの図書室は英国でも屈指の蔵書を誇る歴史そのものといっていい。
「呪い返しの本、呪い返しの本……」
ぶつぶつと呟きながらハティは本棚の陰からこっそりとカウンターに腰掛けるマダム・ピンズをのぞきみた。彼女ならば本の場所がわかるかと期待したが、彼女は眦を吊り上げて返却の遅れた生徒を叱責しているところであった。とてもすぐには説教が終わりそうにない。
ハティは断念して首をひっこめた。
マダム・ピンズに声をかけるのは常に勇気のいることだった。何せ彼女はこの図書室の全てが自分の所有物だとばかりに、本を借りていく生徒たちに常にぴりぴりとした態度で接する。話し方も辛辣なので、生徒の印象は勿論悪い。本の呼び寄せだって、容易に依頼できないのが現実だった。
「マダムに頼むのは無理かも……」
「何が無理なの?」
弱り切って呟いた一言に思わぬ返事が返ってきて、ハティはぴゃっと飛び上がった。
「ああ、ごめんね。驚かせちゃったみたいだ」
振り返ると、申し訳がなさそうな顔をしたセドリックが佇んでいた。
「セドリック! ううん、大丈夫。マダム・ピンズに本を呼び寄せてもらおうとしたんだけど、怒ってるみたいでしょう? 自分で探すしかないかなあって考えてたの」
セドリックはカウンターを覗き込んで得心が行ったように「確かにね」と頷いた。
「探し物は何?」
「呪い返しの本。図書室で見た事ある?」
「それはちょっと見たことがないかも。強力な魔法が載った本は大抵、禁書の棚にあるからね。だけど、禁書って教授や最上級生くらいにしか許可がおりないよね? 僕もまだ禁書の棚には近づいたことがないんだ」
「そうなんだ……そうよねえ」
やはり地道に古語で綴られた写本を翻訳するしかないのか。とハティは落胆して肩を落とした。すると、彼が一冊の本を手にしているのが見えた。クィディッチの雑誌で、表紙の中で緑色の衣装を身に着けたクィディッチ選手が箒に乗って飛び回っている。
ハティは息を詰めて、慌てて雑誌から目をそらした。
今年のハッフルパフチームのシーカーはセドリックではなかったからだ。彼は代表候補の一人であったが、選抜で「最後のチャンスなんだ」と泣きじゃくる上級生を前にキャプテンがセドリックよりもその上級生をシーカーに選んだというのだ。つまりは、忖度である。ウッドからの情報なのでどこまで真実かはわからないが、城のいたるところには噂話が好きなゴーストや肖像画の耳や目がある。そのお陰で生徒たちが情報を手に入れるのはさほど難しいことではない。実際、ウッドは既にほかのチームの代表選手を全て把握しているという。
だから、内情はどうであれセドリックが代表から落選したのは事実なのだ。
彼はハティが何を考えているのか気付いたようで、懸命に微笑んだ。
「聞いたよ、シーカーになったんだってね? 一年生が代表に選ばれるのは百年ぶりだって、うちのキャプテンのハミルトンが言ってた。おめでとう。すごいね、君は」
「そんなことないわ。でも、ありがとう」
「僕も来年こそは代表入りしてみせるから、来年はライバルだ」
セドリックは朗らかに笑って、手を差し出してきた。ハティはその手を握って「約束よ」と頷く。
「あなたならきっと来年と言わず、すぐに代表選手になれると思う。今回は、いわゆる贔屓だったんでしょう?」
セドリックは悲しみに表情を曇らせて頭を振った。
「贔屓なんかじゃないよ。代表に選ばれなかったのだとしたら、それが僕の技量が足りなかったってだけだ。本当に僕が代表に相応しければハミルトンは何が何でも僕を選んだ筈だからね。それだけの力が僕になかったってこと。代表選手候補だなんて君に大口を叩いておいてこれじゃあ恥ずかしいよね。いい機会だから、一から飛行を見直そうと思うんだ。だから、そんなに気を遣わないで」
「その……ごめん」
何も言葉が見つからず、ハティは謝罪をした。
セドリックに対しても代表を勝ち取った上級生に対しても失礼な発言だったかもしれない。とハティは今になって気付いた。しかし、セドリックは気分を害した様子もなく滲むように笑った。
「いいんだよ。それで、呪い返しの本だっけ? それだったらグリンゴッツに就職志望の上級生にお願いするのが一番かもね。グリンゴッツの志望者の中には
「カースブレイカー?」
「転属先によっては、遺跡の調査があるんだって。代表的なところだと、エジプトにピラミッドとか。エジプトのファラオは代々魔法使いや魔女だったから、彼等が作った遺跡の中にはマグルの手がついていない箇所があるんだ。だけど古い呪いが多いから、相当呪文学や古代の魔法に精通していないとなれないって聞いたよ」
「インディージョーンズみたいなものなのかな?」
「そうかも、友達のカルもカースブレイカーはインディージョーンズみたいで楽しそうだって言ってた。カルの家のビデオで見たんだけど、あれって面白いね……ああ、カルヴィン・ウィンストンって言うんだけど彼はマグル出身なんだ」
セドリックはおかしそうに笑いながら言って、そしてしばらくして気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あのさ、この前の女神の薔薇のことなんだけど」
「ああ……出会った次の日に送ってくれたわよね? すごくきれいだった。グリフィンドールの上級生に聞いて、凍結魔法をかけたの。だから今でも箱の中で枯れずにいるの」
「うん、それ。その薔薇を育てたのはカルなんだけど、カルに言われたんだ。初対面の女の子に薔薇の花なんて贈るのはおかしいって。マグルや魔法族の大人でも求婚に使うんだって。絶対に勘違いされたって、カルは言うんだ。僕が、君のことを好きだって」
セドリックはハティのエメラルドグリーンの瞳から逃れるように、頬を紅潮させたまま目を伏せた。
ハティはフィルが「ロマンスの気配がするこよ」とやけににやにやしていたことを思い出した。そんなことを脳裏に浮かべてしまったせいか、心臓がやたらと速い鼓動を刻んでいて、ハティは何でもないことの様に、さりげなさを装うのに苦労しながら口を開いた。
「自惚れたことを考えてはいなかったけど、きっと勘違いしない方がよかったのよね?」
セドリックは視線を彷徨わせた。
「その……実は気になっている子がいるんだ……」
それは、黒髪でエメラルドのような瞳をした美少女で文武両道才色兼備、歩く姿は真っ赤なイングリッシュローズの君さ。という台詞が続くことをハティは予想した。ハティは自己肯定感が低かったが、自身が美しいことは自覚していたし、何よりもアラディアが言う通り話題に事欠かない有名人であったからだ。
セドリックはしばらく押し黙っていた。ハティは、早く言いなさいよ。言ってしまいなさいよ。とセドリックの寡黙さに焦れながら、息を荒くした。そしてややあって、彼は意を決したように顔をあげた。グレイの瞳は星の様にキラキラと輝いて、頬を赤らめた姿はまさに紅顔の美少年だった。
ハティは慈悲深い女神の如く、美しく、清らかな微笑を浮かべて小首を傾げてセドリックの次の言葉を待った。
「僕は、僕はレイヴンクローのチョウ・チャンのことが好きなんだと思う! たぶん。だから、君が勘違いしていなくてよかった」
「あ?」
喉の奥からどすの利いた声が出た。ハリエット・ポッター、十一歳。ホグワーツ魔法魔術学校に入学して、初めて敗北した瞬間だった。