ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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クィディッチシーズン 1

 

 

 

「誰よ、チョウ・チャンって!」

 温室が建ち並ぶグリーンハウスの一角でハティは叫んだ。

 ブボチューバーの苗の前に座り込んでいたロニーとハーミスが顔を見合わせて、振り向く。三人は寒さに身を震わせながら温室の中で魔法薬の材料を採取していた。

 

「誰って、レイヴンクローの二年生だよ。アクラムの彼女なんだって。ラベンダーが、アクラムを狙ってたから悔しがってた」

「セドリックってば、人の女に横恋慕してるってこと!?」

「仕方ないよ、チョウ・チャンはかなりの美少女なんだから。シェーマスやディーンも知ってるくらいだよ」

 ロニーが燃える様な赤毛を揺すって、憐れみの目でハティを見た。「ハティってば、セドリック・ディゴリーのこと好きだったの」

 

「別に好きだったわけじゃないけど、”君が勘違いしなくてよかった”なんて言われたら超ムカつくでしょ? ロニー、なんでセドリックを知ってるの?」

「あたしの家、デヴォン州のオッタリー・セント・キャッチボールにあるんだけど、セドリックは近所に住んでるの。魔法族の子どもが少ないから大抵は知り合いになるんだけど、セドリックってば無口でしょ? 同い年なのに意外とフレッドやジョージと仲良くないの」

「あの双子と?」

 ハティは意外に思った。

 ウィーズリー家の双子はかなり社交的で、ハティに対していつもウィットに富んだジョークを飛ばすし、グリフィンドールでも双子と会話したことがない生徒はいないほど顔も広い。ハティの知らぬ間にヒューが伯爵の息子だと聞きだしているくらいだし、セドリックと幼馴染のセドリックと仲が良くないのは想像できなかった。

 

「うん。きっと嫉妬してるんだよ。セドリックは箒に乗るのも上手だったし、頭がいいし、優しい。それにハンサムだしね。だから、あたしもソフィアもセドリックが好きだったんだよね」

「ソフィア?」

「ああ……近所に住んでるフォーセット家の魔女だよ。あたしたちと同い年で、レイヴンクローに組み分けされたの。数少ないオッタリー・セント・キャッチボールの魔女だから、あたしたち仲がいいんだあ。実は、チョウ・チャンのこともソフィアに聞いたの。それにしても、セドリックがチョウ・チャンをねえ……マーリンのパンツだよ! セドリックは人見知りだったんだもん」

「わたしより美人で、頭がいいのかしら!」

 ハティはまだ見ぬチョウ・チャンの顔を思い浮かべ、イライラして言った。

 ハーミスが苦笑いをする。「ハティ、君よりも美人で頭がいい女の子なんてこの世にいくらでもいるよ。それに、チョウ・チャンは文武両道、才色兼備で有名らしいしね」

 

「ハーミスまでどうして知ってるの」

「ヒューとアクラムが言ってた」

 こともなげにハーミスは言った。

 トロールの一件いらい、命の危機をともに乗り越えたハーミスとヒューは同じマグル家系出身という共通点も相まって仲良くなったようだ。時々、課題やマグル社会の話で盛り上がっているのを見かける。必然的にアクラムもヒューについてくるので、アクラムとも仲良くなっているのかもしれない。

 ハティの知らないところでロニーもハーミスも交友関係を広げているのだ。ハティは寂しいやら安堵したやらで、小さく笑った。

 

 

「そう。なんだか二人とも、わたしの知らないところで友達を増やしてるのね」

「ハティほどじゃあないよ。時々、スリザリンの女とも喋ってるじゃない? あたしはせいぜい、ソフィアや、ドミトリーのルームメイトのラベンダー、パールバティ、エロイーズと話すくらいだよ。ちなみに、ブボチューバーの膿はどれくらいとったらいい?」

「小さじ三……あっ、だめよ。ロニー。ちゃんとドラゴンの手袋して」

 ハティは慌ててドラゴン革手袋と硝子瓶を差し出した。「はあい」と気の抜けた返事をしたロニーが渋々ドラゴン革の手袋をはく。

「わざわざドラゴン革の手袋なんかいるんだ?」

 その隣でハーミスは〈美魔女の為の魔法薬学 著サッチャリサ・タグウッド〉〈ビューティポーション大全 著ペレグリナ・プリンペルネル〉と言う本を両手に「原液にふれたら皮膚が溶けるんだよ、ドラゴン革の手袋くらいいるさ。だから、突起を潰す時は膿がこっちに飛んでこないように慎重にね」とまるで教授の様な口ぶりでロニーに言った。

 ロニーは慣れてきたとはいえ、ハーミスの言動に今までの彼の挙動を思い出したのか「うげえ」と声をあげながら、うんざりしたように答えた。

 

「そんなにしつこく言わなくてもわかってるよ! それにしても、ハニーバジャークラブって上流階級の社交クラブじゃなかったの? なんで温室の薬草の世話までしてるのさ」

「奉仕活動の一環よ。フィルいわく、富めるものには奉仕活動という義務がついてまわるんですって。わたしたち、別にお茶とお菓子を毎週たしなんでるだけじゃないのよ。意外と活動の一環で巨釜を磨いたり薬草の世話をしてるんだから」

「まあ、そのお陰で今ブボチューバーの膿をスプラウト教授から無料で貰えるわけだろう? ありがたいことだね」

「あたし、ハニーバジャークラブに入らなくてよかった」

 心底そう思っていると言わんばかりに、ロニーは溜息をついて突起を潰した。勢いよく飛んできた膿をハティとロニーは間一髪で避ける。ハーミスは冷や汗をかきながら、それみたことか。とばかりに軽くロニーを睥睨した。「ロニー、慎重にねって言っただろ?」

 

「そう言われたって力加減が難しいの! ああ、たかがニキビを治すのにどうしてこんな危険な薬草が材料にいるの」

「仕方ないわよ、重度ニキビにはこれが一番効くの。それに、エロイーズになるべくお金のかからない方法で御礼をしたいって言ったのはロニーでしょう?」

 ハロウィーンの一件でロニーはドミトリーのルームメイトであるエロイーズ・ミジョンに借りがいくつもあった。ハロウィーンパーティの衣装を貸してもらったことは勿論、影ながらハティとの関係について相談にのってくれたのは彼女である。そのエロイーズ・ミジョンは性質の悪い男子生徒に揶揄されるほど、重度のニキビに悩んでいた。

 

「医務室では十分な治療が受けられないから、聖マンゴで診てもらった方がいいような気がするけど、とりあえず即効性のある薬があればマシだものね」

 そこでロニーが選んだのがエロイーズのニキビに効果的なポーションを作成しようということだった。ちょうど、魔法薬学で自由選択の課題が出ていたし、ロニーにしてみれば一石二鳥というわけである。しかしながら、ロニーは魔法薬学の領域においてかなり知識も技術も足りなかった。そこで彼女が助けを求めたのが成績優秀なハティとハーミスであった。こと魔法薬学においてはハティの方はハーミスよりも何歩も先を行っていたし、何より材料については伝手があったのでロニーは運が良いと言えた。

 

 ロニーは緊張の面持ちでブボチューバーの膿を硝子瓶にこそげ落とし、安堵の溜息をついて二人を振り返った。

 

 

「ブボチューバーの膿はとれたよ。後はハナハッカのエキス、アロエベラ、、ジャーマンカモミールの精油――青いものね。それからインディゴミルクキャップの乳液……インディゴミルクキャップは茸の温室にある」

「なんだか、スネイプの講義で使うポーションの材料より多くない?」

「仕方ないよ。この二冊、上級者向けのビューティポーションだからね」

 ハーミスが肩竦めたその時、軋んだ音をたてて温室の扉が開いた。扉の方を見た「うげっ」とロニーが声をあげる。ロニーの視線を追う様に見やったハーミスまで焦ったように叫んだ。

「まずいよ、手袋と瓶を隠して!」

「え?」

 ハティが呆然としている間に、ロニーはさっとローブの中に瓶と手袋を隠してハーミスの手から本をひったくった。そのままローブの中に隠そうとして、ロニーはまるで蛇に睨まれた蛙ように本を手にしたまま硬直した。その時、不機嫌そうな声が温室に響いた。

 

「ポッター、ウィーズリー、グレンジャー。そこで何をしている?」

「あ、スネイプ教授」

 スネイプは足を引きずる様にして温室の小路を辿り、こちらに近づいてきた。

 二人が焦ったようにハティとスネイプを見比べていることがわかったが、特に後ろ暗いことをしているわけでもなかったのでハティは素直に答えた。

 

 

「薬草の世話をしていました。クラブの奉仕活動の一環です」

「クラブの奉仕活動? 無断で薬草を盗んでいるのではないだろうな?」

 冷ややかに睨みつけてくるスネイプに、ハティはすかさず懐に入れていたスプラウト教授からの羊皮紙を出した。採取しても構わないという教授からの許可証である。

「ハニーバジャークラブの事です。ついでに採取しても構わないという許可をもらっています」

 ハティの隙のない返答にスネイプは鼻を鳴らした。

 スネイプの引きずるような歩行に、ハティは怪訝な顔でスネイプの足元を見やった。いつものよう黒いスラックスで足は包まれていて状態は伺いしれないが、ハティのその探るような視線にスネイプはそして眉宇を顰め、不機嫌そうな顔になった。

「私に何か言いたいことがあるのかね? ポッター」

「いいえ、ありませんけど……」

 ハティは言い淀んだ。怪我をしているのか? と続けようとして、ハーミスが余計なことを言うなと言わんばかりに小声で名前を呼んできたので「何もありません」と続けて口を噤む。

 スネイプは忌々しそうな顔で、ハティを冷ややかに見下ろした。そして、なにか小言を言う口実でも探すかのように探る様にハティを見た。その抜け目ない視線に、隣のロニーがローブの裾を引っ張りながら震えてハティに身を寄せる。その時、スネイプの視線がロニーをとらえた。

 

「ウィーズリー、図書館の本を城外に持ち出すな。よこせ――グリフィンドールは五点減点」

 スネイプは抑揚のない声でそう言うと、ロニーから本を二冊奪い去って先ほどよりもしっかりした足取りで去っていった。

 

「城外に本を持ちだしたらいけないなんて規則あったっけ!?」

 ロニーが憤然と叫んだ。

「ないはずだよ。あるなら先に薬草を盗んでるんじゃないか、なんて質問が出ない筈だからね。減点する口実が見つからなくて規則をでっちあげたんだよ」

 ハーミスがむっつりして言った。

 ロニーは警戒心の強い猫の様に温室の扉を凝視し、スネイプが戻ってこないことを確認するとローブの下から手袋や瓶を取り出した。

「だけど、許可証があったなんて。慌てて損したよ。どうせなら、本の方を隠せばよかった」

「ううん、本の方に注目してくれてよかった。だって、この許可証は偽物なんだもの。わたしが偽造したの」

 ロニーとハーミスがぎょっとしたようにハティを振り返った。

 二人はハティの手にした許可証を凝視し「でも、スプラウト教授のサインが書いてあるし……」と目を白黒させる。

 ハーミスは蒼白になって、ハティに訊ねた。

「じゃあ、薬草を採取してもいっていう話も嘘なの」

「それは本当よ。でも、知らない人に難癖つけられても困るしスプラウト教授の筆跡を上からなぞって偽造したの。役に立ってよかった。それより、スネイプのやつ、足引きずってなかった? 怪我してるのかな」

「本当? 気付かなかった。それがもし本当ならざまあみろだよ、不当な減点ばっかりしてるから天罰が下ったんだよ。あいつ、死ぬほど痛い目に合ってるといいな」

 ロニーが悔し気に吐き捨てた。

 ハティはスネイプのぎこちない歩行を思い出して表情を曇らせた。スリザリン生との諍いもあって、彼等を増長させてるスネイプに対して良い思いはないし、ロニー同様ハティも溜飲が下がった。しかし、気丈なスネイプがあれほど足を引きずるとなると相当な苦痛に違いないと思った。

 

 ハーミスも苦い表情をしていた。

 

 

「僕たちまずいことになったよ。あの本がないと、ポーションが作れない。早いとこ取り返さないと、明日はハティの試合だし、素材だって駄目になっちゃうよ」

 ロニーは一気に青ざめた。

 スネイプの研究室に一人でのり込むのは、かなり勇気のいる話であった。小言を貰う程度ならば耐えられる。しかし、いわれのない罪を被せられ更なる減点を食らう可能性があったし、何より罰則を食らえば最悪だった。

 狼狽えてハーミスとハティを交互に見つめるロニーに、ハティは申し出た。

「一緒に行こうか? わたし、何回か罰則でスネイプの研究室に行ったことあるし」

「ううん、平気。あたし……あたし、一人でとりにいってくる。一応、勝算はあるの。講義が終わった後、夜に職員棟に行けば他の教授もいるはずだから、あたしに変な言いがかりとか、罰則とかできないでしょ?」

 

 

 

 

 その日の晩、グリフィンドールの談話室はいつにもまして喧騒に包まれていた。何せ、明日からとうとうクィディッチシーズン開幕である。所詮はグリフィンドール対スリザリンで因縁の対決であり、特にグリフィンドールの上級生たちは期待のホープが代表入りするだけあって闘志の燃えていた。勿論、期待のホープとはハティのことである。

 

 一年生も例外ではなく寮対抗試合をはじめて経験するので、皆興奮したようにお菓子を片手にその話ばかりしている。

 

 一方でハティは窓際で一塊になってプリス、ハーミスと額を突き合わせていた。

 

「古語研究クラブの上級生とバブリング教授に呪い返しの呪文を教えてもらった。ついでに、私たち古語研究クラブを辞めてきたわ」

「やめるの早いね!」

 プリスの潔い宣言に、ハティは思わず叫んだ。

 彼女の隣で深刻そうな顔で少し俯いたハーミスが「レベルが高すぎたんだ……」と失意に暮れて呟いた。

「授業の役に立つかなって思ったけど、そういう次元じゃなかった。所属する上級生たちは殆どが古文書の研究者か、カースブレイカー(呪い破り)志望で勉強に役立たせるどころか、何もかも理解できなかったよ。結局、君の言う通りカースブレイカー志望の上級生に訊ねるのが早かったな」

「そ、そうなんだ……」

 一年生きっての秀才と呼び声の高いハーミスは、早速古語研究クラブというニッチな集団の中で手っ取り早い挫折を味わったようだ。彼のプライドはボキボキにへし折られており、ハーミスはクッションを抱きしめて「もうあんなところに行かない……」と茫洋とした眼差しで言った。

 

 プリシラはそんなハーミスを鼻で笑って、ローブのポケットから小さな羊皮紙を取り出してテーブルの上に滑らせた。

 

「まあでも無駄な努力をせずに済んでよかったわよ。ハッフルパフのカースブレイカー志望の上級生が教えてくれたんだけど、呪文はこの通り。特別な杖に振り方はいらないわ。重要なのは対象の魔法使いから目を逸らさないこと」

「目を逸らさないこと?」

「ええ。呪い返しの一つには、一定の場所に設置するものもあったんだけど今の私たちのレベルではそれは無理だって言われたわ。浮遊魔法を覚えたばかりのひよっこに、未知の言語の魔法が使えるわけがないでしょ? ですって。正論よね。唯一使えるのは対象を視認して、跳ね返す方法ね」

「魔法を使う上で、”視る”のは大事だってフリックウィック教授が言ってたもんねえ」

「そう、そこで僕たちが教えてらもらったのが盾の呪文と既存の妨害呪文」

 ハーミスが訳知り顔で口を挟んだ。

 

 

「特に盾の呪文は古ノルド語で、北欧神話から続く魔法の呪文だから強力だよ。知ってたかい? 僕たち魔法使いが使う呪文の原型はルーンであり詩なんだ。それを短縮し現在の体系にしたものが今の短い呪文なんだよ。昔の魔法族は杖を使わずに、詩を歌うことで魔法を使ってた。僕は結局クラブを辞めたけど、古語研究クラブはなかなか興味深いよ! 君も行ってみるといいよ、ハティ」

 熱弁するハーミスにハティはやや気圧されながら「うん」と頷きながら、プリシラが差し出したメモを見下ろした。古ノルド語で綴られているようでハティにはまるっきり理解できなかった。怪訝に眉宇を顰めて「これ何て読むの?」と訊ねると、プリシラが紅茶を啜りながら言った。

 

 

「スキャブルよ。本当は詩を加えた方が強力な魔法になるそうだけど、ヤックスリー程度なら単語だけで十分ですって」

「その上級生何者?」

 首席のヤックスリーに対し、あまりにも不遜な物言いにハティは苦笑した。

「でも普通の盾の呪文じゃ駄目なのかしら?」

「相手が自分よりも強力な魔法使いなら、盾の呪文は簡単に破られる。自分よりも強い魔法使いから身を守るなら、呪文の神秘の深さを利用するしかない。神秘の深さが、呪文の効力の強さに繋がるってそのハッフルパフの上級生は言ってたよ」

 ハティは、何も言えなくなり口を噤んだ。

 流石に魔法学校に入学したばかりの素人の見解と、魔法学校で古の魔法の深奥を研究してきた魔法使いの見解ではどちらに信憑性があるかは明らかだ。そのハッフルパフ生の言葉は真実だろう。

 これだけの情報をあまり社交的とは言えない二人が集めてきてくれたことにハティは素直に感謝の念を抱いた。

 

 

「二人ともありがとう。情報を集めてきてくれて」

「いいのよ。私にできることなんて、これくらいですもの。それより、明日の試合の対策はいいの?」

「そっちの方が心配な気がするのは僕の気のせい? フリントに殴られそうになったんだろ?」

「うーん」

 ハティは曖昧に言葉を濁した。ハーミスの指摘は事実だが、そこに追加するならばハティが後先考えずに挑発したという話も加わる。元々スリザリンチームはラフプレイで有名なので箒から叩き落されることくらいは覚悟しているものの、それ以外の妨害が恐ろしかった。

 

「飛んでいるときに呪いをかけられたら、ひとたまりもないなあって今少し考えてたの」

「でも、試合はダンブルドアたちだって見てるんだよ。そんなことできるはずないさ。心配なのは箒から叩き落とされないかってこと」

 ハーミスが顔を顰めた。

「そうよ。試合中に魔法を使うのは反則なんだから、怖いのは物理攻撃よ。呪いなら心配しないで。私たちも見張ってるから」

 プリシラも気負う必要はないと言うが、ハティは心配だった。

 なにしろ、フリントは朝一番にグリフィンドールの席までやってきて「明日は覚悟しておくんだな、この腰抜けが」とハティに恫喝して去っていったのである。

 二人は口々に励ましてくれるが、入学してからのスリザリン生の手段を択ばぬ手口にハティは一抹の不安を抱えていた。溜息を吐いたその時、息を切らしたロニーが談話室に飛び込んできた。ロニーは慌ただしく談話室を見渡すと窓際のソファーに腰掛ける三人を見て、表情を明るくして跳ねるように駆け寄った。

 

 

「大変だよ! 今、本を取り返しに職員室に行ってきたんだけど……」

 急いで喋るロニーに、ハーミスが「落ち着いて喋りなよ」と手つかずの紅茶を寄越した。ロニーは冷めきった紅茶を勢いよく喉に流し込むとソーサーごとテーブルに置いて、プリスの隣に腰を下ろした。そして、三人の顔を近づけて囁いた。

 

「スネイプが怪我をした理由がわかったの。あいつ、ハロウィーンの夜に禁じられた部屋に行ったんだわ。職員室でフィルチに話しているのを聞いたの。一度に三匹の大蛇を警戒できるわけがない、忌々しいって」

「待って、あの部屋にいるのはケルベロスでしょ? だとしたら、禁じられた部屋に行ったとは限らないじゃない」

 ハティは怪訝に眉宇を顰めた。

 ロニーの話には矛盾がある。禁じられた部屋で地下への扉を守っていたのは、ルビーの話が真実ならばケルベロスの筈である。そしてそれは学校中の生徒が知ることだ。

「え? でも確かにそう言ってたんだよ。三匹の大蛇って」

「三頭犬の間違いじゃないのか?」

 ハーミスの指摘にロニーは「本当だもん! 聞き間違いなんかしてない!」と憤然と地団太を踏んだ。その時、沈黙を守っていたプリスが神妙な表情で口を開いた。「ロニーの言っていることは真実だと思う」

 

 三人は驚いてプリスを見やった。

 

 

「実は、パンジーが怪我をした件についてパーキンソン家が理事会を通じてダンブルドアに苦情を入れたらしいの。子どもたちの学び舎に魔法生物を密輸して育てるなんてあるまじき事態だって。そのせいで、娘が怪我をしたんだから責任をとって辞任しろってダンブルドアの罷免まで要求したらしいわ」

「そんなのって……」

「実際、ケルベロスはギリシア原産の魔法生物だし、あんな部屋に入れておくのは魔法族の常識から言ってもあり得ないことだものね。それで、ウィゼンガモット法廷まで開かれたみたいよ」

「ウィゼンガモット!?」

 ロニーが悲鳴交じりの声をあげた。

 いまいち魔法界のことに疎い二人がきょとんとしていると、ロニーが「魔法界唯一の法廷だよ!」と仰天しながらも二人に説明した。

「つまり、裁判で訴えられたってこと?」

「そういうことだね」

 困惑顔でロニーに訊ねると、彼女は大きく頷いた。

 ハーミスが青ざめた顔でプリスに訊ねた。

 

「それで、ダンブルドアはどうなったの? 総長を辞めるなんて噂は聞いてないけど」

「結果的にはパーキンソン家が負けたみたいよ。あのケルベロスは不正に密輸したものじゃなかったの。正規ルートで魔法生物学者のニュート・スキャマンダーが入手したものを、ダンブルドアが研究の為に借りていたんですって。結局、規則を何重にも破ったパンジーに非があったってことで罷免にはならなかったみたい。代わりにケルベロスは危険魔法生物として駆除されたらしいけど……」

「待って。じゃあ、あの部屋にはもうケルベロスがいないってこと?」

「そういうことになるわ。だから、ロニーの言葉は真実だと思うの。あの部屋にはきっと代わりに別の魔法生物が番犬としてお宝を守ってるんだと思う」

「そんなの……そんなの結局、何も変わってないってことよね? それに、生徒一人が怪我をしてもそんなにダンブルドアに優位に動くものなんだ?」

 元はと言えば、自分のせいでパンジーが怪我をしたとはいえダンブルドアの権力の強さにハティは慄いた。

 ハティの鋭い指摘に、プリスは肩を竦めて苦笑いした。

 

「だってねえ、ホグワーツのすぐ傍には禁じられた森だってあるのよ。あの森の中にも危険な魔法生物がうじゃうじゃいる。その魔法生物に子どもが食われたところで、森に入った子どもが悪いって話にしかならないわよ。学期初めにあの部屋には入るなってダンブルドアは忠告していたし、パンジーはわざわざ夜中に忍び込んだ。分別のない子どもだって、そんなことはしないわよ」

「まあ、それもそうだけど」

 ハティは苦虫を潰したような顔になった。

 これがマグル社会の学校であればダンブルドアが総長としての責任を問われて罷免に追い込まれていただろう。しかし、ブリテン唯一の歴史ある魔法学校にて歴史上最も優秀な魔法使いという呼び声が高いダンブルドアに対しては忖度が働いているように思えてならない。

 

 ハーミスも釈然としなかったのか、胡乱な目をプリスに向けた。

 

「僕はダンブルドアが何らかの責任を負うべきだと思うな。そもそも、あんなところに危険な魔法生物を配置しているのがおかしい。そうまでして守らなきゃいけないようなものを学校に隠すのはおかしいよ」

「私、わかった!」

 不意にロニーが声をあげたので、三人は同時にロニーに目を向けた。

 ロニーは妙に楽しそうに、自分が非常に冴えたアイディアを思いついたと言わんばかりに生き生きと三人の顔を見渡した。

 

「ハロウィーンの夜にトロールを学校に入れたのは、スネイプだ。スネイプはダンブルドアがケルベロスを番犬にしてまで大事に守っているお宝を狙ってるんだよ! あの夜、みんなが避難している間に禁じられた部屋に入ったんだ。だって、あたしとハーミスとヒューはハティを探しに行ったときに地下じゃなくて上に向かうスネイプを見たんだよ。あの時、きっと禁じられた部屋で新しい魔法生物相手に怪我したんだよ。ね、ハーミス」

「確かに見たよ。だけど、違う、教授がそんなことをするはずがない」 

 ハーミスが決然と言い放った。「確かにスネイプは最悪な教授だけど、ダンブルドアが大事に守っているものを手を出すような人間じゃないよ」

「どうしてそんなことがわかるの? ハーミスっておめでたいね。教授がみんな聖人だと思ってるんでしょ」

 ロニーは辛辣な口調でハーミスの言葉を否定した。

「二人はどう思う?」

 ロニーにそう問われた時、ハティは深い思索にふけっていた。

 スネイプは確かに寮監としての教授としても最悪の部類に入る。人間性もとても優れているとは言えないだろう。しかし、犯罪や不正に手を出すほど腐りきっているとも思えなかった。とはいえ、スネイプが〈三つの頭の大蛇〉相手に怪我をしたことに対してはロニーの考えを否定しきれない。

 

 ハティが押し黙っていると、プリスは頷いて静かな声で言った。

「私はスネイプが怪しいと思っているわ。宝を狙っているという意味ではなく、あの部屋に入ったのは間違いないと思う。何の目的かはわからないけどね」

「ハティは?」

 血の気の引いた顔でハーミスがハティを見る。ハティは震える手で額に滲む冷や汗を拭った。

「わたしも同意よ――プリスに。スネイプはあの部屋に入ったんだと思う。だけど、宝を狙っているかどうかはあそこに何の宝が眠っているのかがわからないと断定できないと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

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