ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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次回辺りからホグワーツ篇です


ダイアゴン横丁3

 

 

 

「ハグリッドは用事が出来ましたので、こちらに来れなくなりました」

「用事ですか?」

「ええ……少し問題があったのです。急いでホグワーツに帰る必要がありましたので」

 

 マクゴナガル教授が戻ってきたのは、ハティが丁度『欧州魔法界の闇の盛衰』を三分の一読み込んだ頃であった。ヴォルデモート卿が出現するまでに欧米を席巻していたゲラート・グリンデルヴァルドが文面に登場し始めた頃だったので、良いところだったのに。とハティは残念に思いながら、本を閉じた。

 

「興味深い本を読んでいるのですね」

「自分のことと周りのことを知りたくて。手始めにゲラート・グリンデルヴァルドについてみていたところです。魔法使いって怖いですね、杖一本で犯罪と戦争を起こせるんですから。マグルの銃社会も変わりませんけど」

「ゲラート・グリンデルヴァルドが魔法界を席巻した一八〇〇年台は、第一次から第二次世界大戦の時代でした。国際社会の秩序が崩壊し、否応なしに魔法使いや魔女も巻き込まれました。グリンデルヴァルドは優れた魔法使いの一人でしたが、危険な思想の持ち主だったのです。いいですかハリエット、杖を手に入れれば貴方は本格的に魔女の一員になる。杖を武器にするか、素晴らしい魔法を使うための道具にするか貴方次第です。肝に銘じておくように」

「はい」

 

 

 

 

 オリバンダーの杖店はダイアゴン横丁の曲がりくねった高級店が軒を連ねる大通りにあった。高価な杖を売っているのでさぞや敷居の高い店かと思いきや、店内は狭くて古臭かった。扉には剥落した黄金で店の名前が刻まれている。ショーウィンドウは埃っぽく、中に色あせた紫色のクッションが鎮座しており、その上に杖が一振り置かれているだけだ。木製の飾り気のない簡素な杖だったため、ハティは内心がっかりした。魔法少女が持っているよう、きらびやかな杖を想像していたのだ。

 狭い店内には、椅子がひとつ置かれていたが、天井は高く何千という細長い箱がうずだかく積み上げられていた。

「思ったより、ふつう」

 ハティのつまらなさそうな呟きに「何がです」とマクゴナガルが返した。

「杖が。もう少し、きらきらした物を想像していました。杖のトップにはハートにカットされた大粒のパパラチアサファイアがついているの。その下の台座は春風の魔法を起こすウォーターメロントルマリンで、それから大粒のピジョンブラッとルビーがあって周りはイエローダイヤモンドがぐるりと飾られてるんです。それに、杖ってあんな木じゃなくて黄金で出来てると思ってました」

「まあ! 魔法使いの杖がそんな装飾品なわけないでしょう。ハリエット・ポッター、あなたったら! 子どもなところもあって安心しましたよ」

 マクゴナガル教授はお腹を抱えて哄笑した。厳格な彼女には珍しい笑い方だったが、ハティはなによりも魔法使いの杖が地味な木製の杖であることに不満であった。

 

「笑い事じゃないもの、わたしのやる気を左右する大事なことなのに……」

「ご期待にそえず申し訳ありません。アメリカの彼のジョハネス・ジョンカーであればお嬢さんの期待にかなう洗練された杖を作れたでしょう。ですが、このオリバンダーは、どの杖職人よりも優秀な杖をお嬢さんに提供できる自信がございますよ」

「わっ」

 突然響いたひっそりとした声にハティは飛び上がった。気が付くと気配もなく目の前に老人が佇んでいた。

 

「あ、貴方は……」

「ミス・オリバンダー、この子の杖を見繕っていただけますか」

「勿論だよ、ミネルヴァ。そろそろ来られる頃だと思っていたのですよ、ミス・ハリエット・ポッター」

 ハティのことを知っているかのような口ぶりに、思わず怪訝な目で目の前の老人を見てしまう。

「お母さんと同じ目をしてらっしゃる。あの子がここにきて最初の杖を買っていったのが、昨日のことのようじゃ。あの杖は長さ二十六センチ、柳の木でできていた。振りやすい、チャームにおあつらえむきの杖じゃった」

「売った杖を全部覚えているの」

「勿論、わしが造り売ったものは全て。お父さんのも覚えておりますよ。マホウガニーの杖気に入られてな、二十八センチのよくしなる杖じゃった。どれよりも強力で変身術には最高じゃ」

「確かに、変身術が一際得意でしたね。ジェイムズは」

 ハティは瞬きもせずに滔々とよどみなく語る老人に、得体の知れなさを感じて生唾を飲んだ。早く杖を買って帰りたいと思ったが、杖を提供される様子もなく、老人はハティへとにじり寄った。

 そして白く長い指でハティの前髪をかきわけ、額のいなづま型の傷跡に触れた。

 

「そして、これが例の……悲しいことにこの傷をつけたのも、わしの店で売った杖じゃ」

 静かな声だった。

 ハティは犯罪者に杖を売るなよ。クソジイイ。と口走りそうになり、咳払いをした。

「三十四センチもあってな。イチイの木でできた強力な杖じゃ。とても強いが、間違った者の手に……もしあの杖が世の中に出て、何をするのかわしが知っておったら……」

「ギャリック!」

 鋭いマクゴナガル教授の声が響いた。

 オリバンダーはぎくりと肩を揺らし、動きをとめてマクゴナガル教授を恐々と見た。

「英国の一流の魔法使いならば皆、ギャリック・オリバンダーの杖を買い求めます。わたくしの杖も貴方のものです。過去に、貴方の杖の購買者の中にはデス・イーターが数多くいたでしょう。同時に、偉大な偉大な闇祓い(オーラー)もいました。そういう意味では、平等です。善き魔法使いも、悪い魔法使いもいる。だからいって、悪い側面だけをこの子に語る必要はないでしょう。わたくしはこの子を委縮させたくないのです。さあ、杖を見せてちょうだい」

 マクゴナガルはぴしゃりと言い放った。

 ハティは彼女のマクゴナガルの言い分は真っ当だなと思った。

 老人は頭を振り、気圧されたようにハティから離れた。

 

「さて、それはミス・ポッター。貴方の杖を拝見しましょうか」

 老人はハティの全身を巻き尺で図っていきながら、杖について説明を始めた。

「このオリバンダーの杖は一本一本、強力な魔法生物の一部を芯に使っております。ユニコーンの鬣、不死鳥の尾羽、ドラゴンの心臓の琴線。芯と使われる木材によって組み合わせが異なれば、芯に使った魔法生物も皆それぞれ違うのだから、ひとつとして同じ杖はない。もちろん、魔法使いもしかりで、他人の杖を使用しても決して自分の杖ほどの力は出せぬわけじゃ」

「そうですか」

 頷いたが、表面的な言葉しか理解できなかった。しかし、マクゴナガル教授はオリバンダーが職務に忠実に働き始めたことに満足そうに、頷いた。

 巻き尺がひとりでにハティを計測している間、オリバンダーは棚の間を飛び回って箱をいくつか取り出していた。そしてとあるひとつの箱を見つけ出すと、巻き尺に「もうよい」と命令をだし、巻き尺は床の上に落ちてくしゃくしゃと丸まった。

 

「では、ミス・ポッター。これをお試しください。アカシアの木にユニコーンの鬣、二十四センチ。良質でしなやか、手に取って振ってごらんなさい」

「あ、はい。いきますよ」

 初めての杖だ!!! とハティはわくわくしながら杖をとり、力いっぱい振った。ビュンッと空気を切る音がするほどだ。途端、オリバンダーにもぎ取られてしまった。非常に納得できなかった。

 げせぬ。という顔で凝視するハティに、オリバンダーは次の杖を握らせた。

 

「次はイトスギにドラゴンの心臓の琴線。二十センチ。よくしなる。どうぞ」

 ハティは次も力強く振ろうとした。ところが振り上げるか振り上げないかするうちに、オリバンダーがまたもひったくった。

「だめだ。いかん――次はトネリコと不死鳥の羽。二十四センチ、バネのよう。さあ、どうぞ」

 ハティは次々と試したが、何か素敵な魔法が起こる前にどれもオリバンダーのひったくりを受けた。そのうち、カウンターの上には試しおゎった杖の山が堆く積み上げられていった。もしかして、私に魔法力なんてないのでは? と不安感が募り、蒼白な顔をするハティに比べ、オリバンダーは段々と血色感を増し、嬉しさをあらわにしていった。

 

「難しいお客さんじゃ。腕が鳴るわ。心配なさるな。必ず貴方にぴったりのものをお探ししますからな。さて、次は難しい組み合わせじゃが、柊と不死鳥の羽、二十九センチ、良質でしなやか」

 次に手渡されたのは一振りの優美な杖だった。純白の杖はシミ一つなくまっすぐで、どこか女性的な印象を受けた。

 どうせ次もだめなんでしょ。と唇を尖らせながら、不承不承と言った様子で杖を握る。途端、ハティは戦慄した。杖を握った部分から暖かい空気のようなものが体中を駆け巡った。これだわ――ハティはなぜかこの杖に違いない。と妙な確信を抱いて、軽く振った。すると、杖の先から深紅と黄金の光が流れ、火花のように店内で弾けた。オリバンダーが「ブラボー!」と叫び、マクゴナガル教授が安堵の溜息をつく。ハリエットは喜びで打ち震えた。

 

「わたし、これが気に入ったわ! これを買う!」

「いやはや、お父さんと同じことをおっしゃる。杖は魔法使いが選ぶのではなく、魔法使いが杖によってえらばれるのだが――なんにせよ、素晴らしい。さて、さて、さて、不思議なことがあるものよ……まったくもって不思議な……」

 オリバンダーはハティの杖を包装しながら、しきりに不思議だと呟いた。

「何がそんなに不思議なんですか。木材と芯の組み合わせが難しいから?」

「ええ。実は貴方の杖に入っている不死鳥の羽は、同じ不死鳥から提供されたものがもう一本だけありましてね……貴方がこの杖を得たのは、ある意味運命だったのかもしれない。この杖の兄弟杖が、その傷を負わせたというのに……」

「つまり、どういうことです」

 ハティは唖然として、マクゴナガル教授を見た。

 彼女は青白い顔で、ハティを凝視していた。正確にはハティの額の疵を。マクゴナガル教授は震える声で呟いた。

「そんな……まさか。例のあの人の杖と、この子の杖が兄弟杖ということなのですか。ギャリック」

「さよう。三十四センチのイチイの木じゃった。こんなことが起こるとは、不思議なものじゃ。先ほども言いましたが、杖は持ち主の魔法使いを選ぶ。ミス・ポッター、貴方はきっと偉業をなしとげるに違いない。名前を言ってはいけないあの人もある意味では、偉大なことをしたわけじゃ。恐ろしいことではあったが」

「何が偉大なことじゃボケェ! こんな胸糞悪い杖、使えるか! クーリングオフします」

 

 ハティはその場で杖をへし折ろうとしたが、全力でマクゴナガル教授とオリバンダーに止められた。

 オリバンダーに杖をひったくられ、丁寧に梱包されていく様子を眺めながらハティはギリギリと奥歯をかみしめた。この杖に決まったのは、偶然であろうはずがない。店にあった杖の本数は何千にものぼるというのに、その中でも唯一の兄弟杖を引き当てる確率はいかがなものだろうか? 杖が持ち主を選ぶというが、あまりにも数奇である。

 マクゴナガル教授の冷や汗の滲む厳めしい顔を一瞥し、ハティはマクゴナガルも「偶然ではない」と思っていることを確信した。

 

「何はともあれ、強力な杖です。ミス・ハリエット・ポッター、いずれこの杖は貴方の力になってくれるでしょう」

「だといいんですけどもね。魔を祓う柊の木、縁起がいいじゃないですか。きっとこいつはわたしの清らかで美しい心を感じ取ったんでしょう、その見る目に免じてしょうがないから使ってやることにします。言っておきますが、わたしは兄弟杖を持ってたクソッたれとは違って清く美しく生きていきますよ。わたしは頭いいし、可愛いし、どうせなら、光の魔法大臣にでもなろうかな~」

 しょうがねえから、使ってやるか。いつか伝記に「ワイの杖は例のあの人の兄弟杖、数奇な運命を感じたンゴ」とでも書こうかね。とか考えながら、ハティは現実逃避を始めた。

 そんな様子をマクゴナガルとオリバンダーは生ぬるい目で眺めていたことを知らずに。

 

 

「まことにお父上にそっくりですな……」

「ええ……本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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