ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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女性キャラが少ないのでオリキャラを入れざるを得ない。

ハーマイオニー・グレンジャー⇒ハーミス・グレンジャー
ロン・ウィーズリー⇒ロナルダ”ロニー”・ウィーズリーです

スリザリンの深堀がしたいので、マファルダ・プルウェットを採用予定です。


ホグワーツ急行の昼下がり 2

 

 

 

「君って結構前向きな人だな。実は、僕もマグル出身だから他の魔法族の子と仲良くできるか不安だったんだ。だけど、ポモーナ・スプラウト教授にダイアゴン横丁を案内してもらって、その時に僕と同じ何人かのマグル生まれの新入生と知り合ったんだよ。〈ホグワーツとその歴史〉によれば、毎年七から十人前後はマグル出身の魔法族はホグワーツに入学するみたいだ。毎年、入学する学生数は三十五人前後だから多くて三分の一。今年は少ないらしくて、僕が知り合ったのは三人なんだ――そういえば君、あの時いなかったな? 別の教授に引率されていたの?」

 少年の口ぶりでは、ハティのことをマグル出身の魔女だと勘違いしているらしかった。確かにハティはマグル生まれの為に憤ったが、それはマグル出身の母親を侮辱されたと思ったからだ。どうやら誤解を解く必要がありそうだ、とハティは苦笑いをした。

 

「言い忘れてたけど、両親は魔法族なの。お母さんがマグル出身の魔女、だからパンジーって子の言うことが許せなかったんだよね」

「アー、そうか……そうだったんだ」

 同胞ではないと分かって落胆したのか、段々と少年の顔に浮かんでいた笑みが萎んでいく。それでも少年はハティに手を差し出し「僕はハーミス・グレンジャーだ」と握手を求めた。

 ヘルメスの名を持つにしては、真面目そうで大分口調も堅苦しい。どちらかというと優等生タイプに見える。

「わたしはイオラよ。イオランテ・エヴァンズ。あなたはもうコンパートメントを見つけたの?」

「うん。僕たちマグル生まれはスプライト教授にダイアゴン横丁を案内してもらったんだけど、その時に知り合ったディーンがコンパートメントを見つけてくれたんだ。僕にしてみれば、みんな子どもっぽくて、騒がしいから本も読めやしないけど君も来るかい? 丁度女の子が一人いるから、いいかもしれない」

 ハティは少し考えた。

 可能であればホグワーツ急行の中で魔法族の友達を作って魔法界やホグワーツ魔法魔術学校についての情報収集をしたかったが、正直なところパンジー・パーキンソンと出会ったあとでは生粋の魔法族と仲良くできる気がしなかった。ハーミスたちマグル生まれの魔法族の方が話があいそうだったので、たちまちハティの好奇心はそちらに引き寄せられた。

 

「そうね、いいかも。お言葉に甘えようかな」

 ハーミスに案内され、ハティは慌ててトランクを引きずるながら列車の通路を足早に歩き始めた。魔法族の列車なのでいかにもクラシカルな造りをしているかと思いきや、マグルの自動ドアと同様に車両の間のドアが自動的に開いてくれる。通路の床はふかふかの真紅の絨毯でハティたちの足音は吸い込まれるように消えていったが、新入生らしき子どもたちが通路を走り回っていたのでまたすぐにドタバタと足音が響いた。

 そのような子どもたちを見るたびに、ハーミスは舌でも打ちそうな嫌な顔をして「どいつもこいつも子どもだな」と呟く。やがて最後尾の車両の前から三つ目のコンパートメントの前に到着すると、ハーミスはドアをノックして開いた。

 

「一人、同席者が増えるんだけどいいかい?」

「いいよ」

 口々に少年少女の声が承諾する声が聞こえる。ハーミスが先にコンパートメントに入室し、中を覗き込むと広い客室の中にはハーミスをのぞいて既に三人の少年と一人の少女が足を伸ばして座っていた。ほとんどがマグルの服装をしており、ハティはついさっきまでマグル社会で生活していたのに酷く懐かしい気分になって口元が緩むのを感じた。

 ハーミスが少女の隣へと腰掛けてハティがトランクと梟の籠を抱えていることに気付くと、ローブを纏い手前に腰掛けていた少年がぴょんと座席から飛び降りて「手伝うよ」とハティのトランクを頭上の荷物置きに置くのを手伝ってくれた。その間にハティはコンパートメントの扉を礼儀正しく閉じて、ハーミスの隣に腰を下ろした。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 少年がにっこりと微笑む。

「わー! 真っ白で綺麗な梟ね!」

 好奇心に満ちた目でハティの抱える梟籠を見つめ、そう声を上げたのは紅一点のライトブラウンの髪をした少女だ。花柄のワンピースを身に着けており、マグル出身だということが一目でわかる。彼女はさっとハティに手を差し出し「ハイ、マンディ・ブロックルファーストよ。ハーミスが女の子を連れてくるなんて思わなかったわ」そう言って悪戯っぽくウインクをした。彼女もハーミス・グレンジャーという少年がオタクっぽいと思っているようだ。一方的にまくし立てるようなハーミスの喋り方は、相互理解を深めるようなコミュニケーション方法ではない。圧倒的オタク感しかない。

 

「ありがとう、誕生日プレゼントに貰った梟なの。私も気に入ってる、名前はアルテミスって言うの。私はイオラ、イオラ・エヴァンズよ」

「狩りが上手な梟になりそうな名前だね。僕はテリー・ブート、こっちがディーン・トーマスで、フィービーの奥にいるのがティモシー・アーヴィングだよ!」

 テリー・ブートはそうハティの手を握り、激しくシェイクしながら快活に笑った。ブルネットの髪にブルーの瞳をした少年で、とんがり帽子は被っていないが一人だけ藍色の生地のローブを真に纏っている。夜入りの輝石を中心にはめ込んだ金色に煌めくカフスと、角度によっては幽色が浮かぶ刺繍糸が精緻な模様を描いていて非常に瀟洒だ。ハティの勘ではあるが、プレタポルテではなくオートクチュールを思わせた。

 

「よろしく。みんなはマグル生まれって聞いたんだけど」

「俺たちはね! 洒落たローブなんか着てるだろ、テリーは魔法族の出身なんだ。俺は普通にセカンダリースクールに進学する準備をしてたのに、突然魔法学校から手紙が来たもんだから母さんが吃驚してたよ!」

 出自なんて些細な問題だ、とばかりに軽やかに笑い飛ばしたは黒人の少年——ディーン・トーマスである。彼は細かいことは気にしない性格なのか「突然、お前は魔法使いだって言われても右も左も分からないだろ? 九と四分の三番線がわかんねーやってうろうろしてたら、ここにいるテリーが助けてくれたってわけ」

 彼らはすっかり打ち解けているのか、親密さに満ちた優しい眼差しで視線を交わした。親切な魔法使いもいるのだ、とハティは魔法族に対する認識を改めることにした。

「僕の家も父さんが牧師だから、息子が魔法使いだって知って腰を抜かしてた。最初は近所の悪戯だって疑ってたものだから、スプラウト教授が説得するのに苦労してた。君もマグル生まれ?」

 ティモシー・アーヴィングがその時のことを思い出したのか、口元に笑みを浮かべた。綺麗に整えられたブロンドの髪に、チェック柄のシャツを身に着けておりハーミスに比べると身なりに気を使っており小奇麗に見える。

「わたしもほとんどマグル育ちみたいなものかな」

「なあに、それ」

 マンディがくすくすと笑う。

「両親は魔法族だけど、わたしが生まれてすぐ亡くなってるの。あの時代によくある悲しい出来事でね。だから、わたしはマグルの親戚に預けられて育ったの。魔法界の事なんにも知らないから、ほとんどマグル生まれみたいなものなの」

 マンディが口をぽかんと開けた「あの時代によくある悲しい出来事……?」

 少ししてテリー・ブートが気付いたのか、はっとしたように表情を曇らせた。

「それって、名前を呼んではいけないあの人の?」

「うん。でも、そんな子たくさんいるでしょう? 気を使わないでね」

「その……本当にそうなの? 例のあの人がいた頃は、そんなにたくさんの魔法使いが殺されたの? 僕は、今年・ハリエット・ポッターが入学するってスプラウト教授に聞いたから、たくさん本と読んだんだ。どの本にも例のあの人はハリエット・ポッターに敗れたって書いてあるけど、〈現代魔法史〉の注釈には彼女にまつわる話にはソースのないものが多いって言うよ。本当に赤ん坊が、たくさんの魔法族を殺した闇の魔法使いを倒せるものなのかな? 首席魔法官で、ホグワーツの総長のアルバス・ダンブルドアがハリエット・ポッターを隠したらしいけど、そんなにすごい魔女がこの列車に乗ってるの?」

 ハーミスが怪訝そうに眉宇を顰めた。

 

「本当にすごい魔女なのかはわからない。でも、僕の母さんが言うのはハリエット・ポッターの両親は確かに才能のある魔法使いと魔女だったっていうよ。二人ともグリフィンドール出身で、揃って首席だったんだ。母さんは、ポッター夫妻よりも何学年も上だったけど年下なのに自分よりも優秀で悔しかったって言ってたなあ。でも、納得もしてた。ポッター夫妻は机の上のお勉強だけじゃなくて、実践の、それも杖による決闘に誰よりも強かったって。だから、その娘のハリエット・ポッターが才能のある魔女である可能性は高いね」

 テリー・ブートが口の端で笑った。

 年上の魔女にすら一目置かれる魔法使いだったのだ。誇らしい気持ちが込み上げてくるのと同時に、才能のある魔女であることを期待されているという現実にプレッシャーがのしかかってきてハティは一瞬息が苦しくなった。しかし、プライマリースクールで常に成績がトップであった自分の輝かしい戦歴を思い出し、ハティの萎みかかっていた自信はどんどん戻ってきた。

 だからといって、このまま自分の会話をコンパートメントで繰り広げられるのは気恥ずかしい気がしてハティは口を挟んだ。「グリフィンドールって優秀な人が多いのね。みんなはどこの寮に入ると思う?」

 

 

 

「寮か~。その話を聞くと、俺はグリフィンドールがいいなあって思うんだよなあ。騎士道に満ちた魔法使いが行く寮なんだろ?」

 ディーンはにやっと笑った。

「僕はハッフルパフ」

 ティモシーがきっぱりと言った。「善良な人が多いってスプラウト教授が言ってたから。父さんが言うんだ、お前は魔法使いになるから牧師にはなれないけど、せめて善良な人間であれって」

「牧師の息子らしい言い分だね。僕は色んな人に聞いてまわったけど、やっぱりグリフィンドールに入りたいんだ。一番いい寮みたいだからね。ダンブルドアもグリフィンドール出身だって聞いたし。でも、レイヴンクローも悪くないかも」

 とハーミス。

「僕もレイヴンクローがいいな! レイヴンクローは学問の徒が集う寮って言うだろ? 勉強に熱心なレイヴンクロー生にだけ与えられる特権があるってじいちゃんに聞いたんだ。残念なことに、その特権が何かは教えてもらえなかったんだけどね。僕の父さんはハッフルパフだったし、母さんはスリザリンだった。だから、誰もじいちゃんの言う秘密を知らないんだ。それを調べるために僕はレイヴンクローに行く!」

 テリーが決意に満ちた様子でそう宣言する。

 マンディは他の子どもたちほど寮に目星がないのか、狼狽えたように視線を彷徨わせ「私は――」と口を開きかけたその時であった。

 甲高い汽笛の音が鳴り響き、列車がごとんと重たげに一瞬揺れた。そして『新入生のみなさん、在校生のみなさん。ホグワーツ急行へようこそ』という車掌のアナウンスがどこからともなく聞こえてきた。ハティは一瞬、びっくりして周囲に視線を走らせた。しかし、スピーカーらしきものはどこにもみあたらない。これも魔法なのか!? と吃驚していると、ハーミス達は「わあ」と表情を綻ばせた。ついに列車が発車するのだ。窓の外で魔法使いや魔女の親たちが列車に近寄り、手を振る。中には新入生らしき親が涙ぐんでいる姿もあった。みんなが車中から手を振る中、ついにホグワーツ急行は動き出した。

 

 暫くの間、子どもたちは各々窓の外の親に手を振っていたがキングズ・クロスの姿が遠くなると名残惜しい気持ちが、ホグワーツ魔法魔術学校への好奇心に変わったのかそわそわとし始めた。

 

 

「それで、マンディはどこの寮がいいの?」

 テリーが訊ねる。

「そうね、私はやっぱり」

 マンディが口を開きかけたその時、コンパートメントのドアが控え目にノックされた。中にいる誰もが返事をしないうちにコンパートメントの扉が開かれ、そこには一人の少女が静かに佇んでいた。片手には大きなトランクがあり、ハティが購入したものよりもはるかに上質な革を使っているように見えた。金とルビーで装飾されている。もう片方の手にはゲージがあり、その中には優美な白猫が行儀よくすわっている。しかし、驚いたのは少女が今にも泣きだしそうな顔をしていることだった。褐色の目が潤んでおり、肩は小刻みに震えている。

 

 

「ルビー!」

 マンディが驚いたように声をあげて、席を立った。

「どうしたの! 知り合いの魔法使いと一緒に来るんじゃなかったの!」

 マンディがルビーと呼ばれた少女の肩を抱いてそう訊ねると、ルビーは耐えかねたようにぼろぼろと涙を零した。そして言葉をつっかえさせながら言った。

「さっきまで、一緒にいたの。ジャスパーと、ディランと一緒によ。で、でも、ホグワーツ急行が発車したら、二人とも、ミスター・アリアネルを気にしなくていいし、フィリパを連れてきたいからって、わ、わたしのことを追い出したの」

「そんな、酷いわ!」

 ハティは困惑の眼差しでコンパートメントの少年たちを見まわした。ハーミス、ディーン、ティモシーは痛まし気にルビーを見ている。テリーのみ神妙な表情で何かを考えている様子だったが、どうやらハティ以外の子どもたちはルビーという少女と面識があるようだった。

「ルビー・ダンクワース。俺たちと同じマグル出身なんだ、いや正確には完全にマグル出身ってわけじゃないけど――ダイアゴン横丁で一緒にスプラウト教授に案内してもらったんだ。その時に知り合った。本当は一緒の席に座る予定だったんだけど、ルビーが知り合いの魔法使いの息子と一緒に行くっていうからさ……」

 ハティの「何が言いたいの」と言わんばかりの強い視線をうけてディーンがたじろいだように視線を逸らす。

 ハーミスはハティをこのコンパートメントに招き入れたが、実際にはディーンたちはルビーの為に席を取っておいたようだ。

 ルビーと言う少女は他人の同情心を誘うに十分な少女であった。褐色の髪は艶々としていて渦を巻くように背中に流れており、シミ一つない肌は白く雪花石膏(アラバスター)のように滑らかだ。褐色の瞳は大きく長い睫毛に縁どられており、鼻は細く形が良い。唇は薔薇の花弁のようにふっくらいる。それぞれのパーツが絶妙なバランスで植わっており、ハティの今までも人生でも類を見ない美しさだった。要するに美少女だったのである。

 

 美少女が「虐められて席がない」と涙する姿は、非常に居心地が悪かった。ハティがこのコンパートメントにいなければ、目の前の少女は何の憂いもなくこのコンパートメントになだれこむことができた筈だ。ハティは気まずそうなディーン達の様子と、困ったようなマンディの視線を受けていよいよ所在がなくなってきた。

 

「ご、ごめんね、わたし、別の席を探すから……っ」

「泣いてるルビーを一人にできるわけないでしょ、私も一緒に移動する」

 マンディが決然と言う。

「マンディとルビーが移動することないだろ」

「そうだよ」

 ハティはついにコンパートメント内の雰囲気に耐え切れなくなって席を立った。

「わたしが移動するね。知り合いが沢山いた方が安心でしょうし」

「そんな、イオラ……」

 マンディが眉宇を顰める。しかし、自分が席を立つとは言わなかった。誰も今になって一人でコンパートメントを放逐されるのは怖い。テリー・ブートは別としてこのコンパートメントにいる人間の殆どが魔法界ではマイノリティである存在なのだ。自分を差別せず、気の合う人間を今更手放すのは勇気がいる。

「実は、ホグワーツ急行に乗ってる間に色んな魔法族の子と知り合うのもいいかもって思ってたの。魔法界のこととかホグワーツの話、いっぱい聞きたいしね。ホグワーツにはまだまだ到着しないでしょ、また時々遊びに来るよ」

「えーっと……うん」

 マンディは曖昧に頷いた。

 他の子どもたちも「じゃあね」「また来いよ」「ごめんね」と口々に挨拶をする。ハティは笑って「じゃあ、またホグワーツで」と微笑んで棚からアルテミスを取り出した。突然籠を動かされたアルテミスが「ホーッ」と非難するように鳴き声をあげて、ハティの指を甘噛みする。本気で怒ってはいないのか、あまり痛みは感じなかったが「ごめんね」と囁き床に置くと、その間にテリーがトランクを棚から取ってくれた。

 

「もし、席が空いてなかったら一個前の車両の前から二番目のコンパートメントに一個だけ席があるからそこに行って。俺の名前を出したら、座らせてくれるはず」

 テリーはそう言って、ウインクした。

 彼の申し出は非常にありがたかったが、ホグワーツ急行が出発した今となっては最後尾の一番後のコンパートメントからしらみつぶしに探す方が早い気がした。この車両で席が見つからなかったら、テリーの紹介してくれたコンパートメントに行こうと決心してハティは通路に出た。

 列車はカーブに差し掛かったのか突然の揺れに四苦八苦しながらハティはトランクを引きずり、最後尾の一番後ろを目指した。とりあえず、全部ノックしてまわろうという気持ちで最後尾のコンパートメントをノックして扉を開ける。意外なことに中にいたのは上級生で、ハティを見ると申し訳がなさそうに「満員なの」と断られた。それが三度ほど続き――ハティは自棄になりながらそのコンパートメントを力強くノックした。

 

「失礼。もうどこのコンパートメントも空いてないの! ここに座らせてくれない!?」

 客室内にいたのは少女一人だけだった。彼女はハティの突然の訪問に吃驚した様子でその青い目を丸くしてこちらを見ていた。ハティもその赤毛の少女に気付きなり「ああ!」と声をあげた。

「九番線にいた子でしょう? ロニー! 苗字は……教えてくれなかったよね」

 にこりともしなかったあの赤毛の少女である。

 名指しされた少女は頬を赤くして「ウィーズリーよ、ロニー・ウィーズリー」と答えた。

「このコンパートメント空いてる?」

「御覧の通り、あたししかいない。どうぞ」

「よかった!」

 ハティは安堵で胸を撫でおろした。

 コンパートメント内にはロニー・ウィーズリーしかいなかったが、逆にコンパートメントを広々と使用することができて快適そうだ。口元を緩ませてハティはトランクと鳥籠を棚の上へと押し上げた。手元にはダーズリー家から持参した昼食と数冊の本、それからポシェットを残してロニーの向かいの席へと座ると彼女はハティをちらっと見てすぐに視線を窓の外へ向けてしまった。

 ハーミスたちに比べるとなんだか愛想のない少女である。何気なく少女の顔を眺めていると鼻の上に泥の様なものが付着していることに気付いた。ポシェットの中の手鏡を彼女に渡そうか、と考えているとコンパートメントの扉が勢いよく開かれた。現れたのはロニーの兄らしき赤毛の双子だ。

 

「おいロニー! 俺らは真ん中あたりの車両に行ってるからな! リーのやつがでかいタランチュラを持ってきたってさ」

「そ、そう」

 どこかつっかえながらも、すましたようにロニーに頷いた。

 ロニーに話しかけたのとは別の双子の一人がハティを見る。

「俺たちはロニーの兄弟のフレッドとジョージ・ウィーズリー、よろしくな! じゃあ、また後で」

 よろしく、とハティが答える前に双子はぴしゃりと扉を閉めて去っていく。あまりにも勢いがよかったので、コンパートメントの扉は完全には閉まらずに三分の一ほど開いていた。

 ロニーは慣れっこなのか煩わしそうに手を振って「ちゃんと閉めていきなさいよね」と愚痴を吐きながら、扉を閉じた。

 一方のハティは「やばい、どっちかフレッドでどっちがジョージかわかんない」と目を白黒させており、ロニーが席に座りなおすとハティは扉を指さした。

「どっちがフレッドでどっちがジョージなの」

「あんたに話しかけたのがジョージ、あたしに先に話しかけたのがフレッドだよ。あの二人、ビリーウィグみたいなやつらなの――走り出したら止まらないし、動いてる時はそのことに夢中で猛スピード。うちの兄弟の中では悪魔みたいなやつらなんだ」

 ロニーは嘆息して、座りなおすとどこか居心地が悪そうにハティから視線を逸らした。

 

「そのビリーウィグってなに? 魔法界に来てからみんな不思議な喩え方をするから、時々分からなくなる時があるの。ああ、言っておくけどわたしは魔法族生まれ、マグル育ちなの?」

「それってどういうこと?」

「親は魔法族なんだけど、マグルの家庭で育ったの。だから、魔法界のことはなんにもわからないの」

「だから、マクゴナガル教授とマダム・マルキンのお店にいたんだ。マクゴナガル教授のお孫さんなの?」

「え! 違うよ!」

 そもそも、マダム・マルキンの洋装店にロニー・ウィーズリーがいたことすら覚えていなかったのでハティは仰天して、くすくすと笑った。

 

「マグル生まれの魔法使いはみんなダイアゴン横丁では教授に引率してもらうみたい。自分が魔法族でも親がマグルだとリーキー・コルドロンを見つけることはできないもの。私を育てた親戚も完全にマグルで、わたしの亡くなった両親は教授の知人だったらしいの。だから、ダイアゴン横丁を案内してくれたの」

「ご両親、亡くなってるんだね」

 ロニーは気の毒そうにハティを見つめた。

 ハティは一刻も早く気まずい雰囲気を払拭したくて即座に「貴方の家族は?」と訊ねた。

「あたしの家族はみんな魔法族なんだ。確か、ママのはとこが会計士だけど、あたしたち彼には話さないようにしてるの」

「会計士ってことはマグル?」

「そう、スクイブーー魔法族から生まれる魔法力を持たない人。スクイブって、あんまり魔法族の中ではいいものじゃないの」

「でも会計士をしてるなら、その人とその人の親は立派だと思うな。会計士って頭が賢くないとなれないし、勉強も大変なんだよ。マグルの職業の中ではエリートで高給なの」

「そうなの?」

 ロニーの青い目がきらりと輝いた。彼女はハティとの会話に慣れてきたのか、いつの間にか肩の力を抜いてこちらに身を乗り出していた。

 

「そうだよ。高級ホテルで豪遊だって出来るんだから」

「そうなんだ。なんだか、ママのはとこの子どもが羨ましくなってきたかも――みんなマグルだからあまり会ったことがないけど、何人か子どもがいるらしいの。うちの父親も、高給のエリートだったらなあ。あたしのパパは魔法省に勤めてるけど、マグル贔屓が酷いって言われて薄給な部署にいるの。おまけにあたしの家は七人兄弟でしょ、ホグワーツに入学したら可愛い雑貨とか新しい服とかいっぱい買ってもらえるのかなって期待してたのに、ほとんどは兄弟のおさがりなの。あたし、がっかりしちゃった」

 ハティはダリアの着古した毛玉だらけのセーターや伸びきったワンピースを下げ渡されることが多かったので、ロニーの暗澹たる気持ちは理解できる気がした。同時に魔法使いの兄弟が六人もいたら、どんなに素敵で楽しかっただろう。と羨望の気持ちも沸き起こってきた。ハティには物心ついた時に既に両親はいなかった。ダーズリー夫妻は実の姪であるハティをまるで別の生き物かのように扱っていたし、そんな両親の姿をみてダリアもハティを虐げることが日常になっていた。たくさんじゃなくてもいい、家族と思える人がいたらどんなに気が休まっただろう。

 気が付くと「家族がたくさんいるって、素敵ね」とぽつりと呟いていた。

 

「そんなにいいもんじゃないよ。六人も兄弟がいると、親の期待に応えるのは大変だもん。あたしはいつも思うの。六番目じゃなくて、せめて七番目に生まれた女の子だったらどんなにラッキーだったかって。知ってる? 魔法界では七番って特別な数字なんだよ」

「そうなの?」

「うん。頭が賢い一番上の兄のビルが言うには、大昔の数占いの学者が七という数字には、なんだったかな……まほー的とくせいがあるって発見したんだって。だから七番目に生まれた弟のジニーはビルの小さい時みたいに、ハンサムで可愛い我が家のラッキーボーイだってママがよく言うの。パーシーいわく、上に沢山実例があるから要領がいいだけだって話もあるんだけどね」

「なんだか、ロニーの家って面白いわね」

「面白くないよ! これからのホグワーツでの学校生活はあたしにとっては死活問題なの! いい? 長男のビルはホグワーツで主席だったし、チャーリーはクィディッチでキャプテンだった。三番目のパーシーは今年監督生だし……」

「それから?」 

 ハティは笑いながら先を促した。ロニーはまるで今までの不満を吐き出すかのごとく、堰が切ったように滔々と淀みなく語った。

「フレッドとジョージは悪戯ばかりしてて大して勉強もしてないくせいに成績がいいの。ああいう奴らの事こそ要領がいいって言うんだろうな、それに面白いからみんなの人気ものなの。だから、あたしも他の兄弟みたいに何かに秀でているんだろうって期待するんだけど、仮にそうだとしてもさあ……兄貴たちと同じことをしても意外性がないでしょ、大したことじゃなく見えるんだ。それに上に五人も兄がいるから、杖さえ買ってもらえなかったんだよ」

 そう言ってロニーがワンピースのポケットからとりだしたのは古びた木製の杖であった。先端からは銀色の糸のようなものが飛び出ている。大分、酷使したのだろうということをうかがわせる。

 兄弟が多いと魔法使いの命である杖さえおさがりになるのかあ……とハティが他人事のように眺めていると、ロニーがおもむろにもう片方のポケットから取り出したものを見てハティは我に返って悲鳴をあげた。

 

「ねずみ!?」

「あれ、ねずみは苦手? この子、あたしのペットなんだ」

 ロニーの手の中にはくたびれた襤褸雑巾のようなねずみが力なく項垂れていた。これがかやねずみやハムスターであれば「かわいいね」と無邪気に愛でることができただろうが、一見路地裏に蠢くドブネズミにしか見えなかった。そんなねずみでもロニーはペットとして愛しているのか大事そうに膝の上に載せた。ねずみも慣れているのか、眠っているのか鼻をひくひくと動かすのみで大人しくしている。

 

「スキャバーズって言うんだ。いつも寝てばっかりの、役立たずなの。パーシーが監督生になったから、お祝いに梟を買ってもらって……でもあたしの入学祝にもう一羽梟を買うほど家は余裕がないから、だからあたしにはおさがりのスキャバーズってわけ」

 ロニーは恥じ入るように頬を赤くした。

 自分のことを喋りすぎたと思ったのか、それっきり口を噤んでしまったのでハティは肩を竦めて「わたしも」と言った。

「あまり贅沢させてもらったことないの。あの梟はアルテミスって言って、誕生日プレゼントにもらったんだ」

「でも、マダム・マルキンのお店で素敵なドレスを買ってもらってたじゃない? あそこはオートクチュールだから、高いのに」

 まるで責めるような口調だった。

「どうして知ってるの」

「まだ気づいてないの? あたしたち、マダム・マルキンの店で会ってる。あんた、あの時あたしになんて言ったか覚えてる? 有名になりたいからってハリエット・ポッターと友達になるのは失礼って言った!」

 責めるような激しい口調だった。

 ハティははじめ、目を丸くして困惑していたが次第に記憶が蘇ってきて「ああ!」と驚きの表情が広がっていった。目の前のロニー・ウィーズリーとマダム・マルキンで黒い天鵞絨のローブを着せられていた赤毛の少女が同一人物だとハティはようやく気付いた。

 

「覚えてる! それで、まだハリエット・ポッターとは友達になりたいの?」

「わかんない」

 ロニーは不貞腐れたように窓の外に視線をやった。

 いつの間にか都会の喧騒から外れ、窓の外には牧歌的な緑色の田園風景が広がっておりちらほらとその中に家々が建ち並んでいるのが見える。しかし、その向こう側には山がそびえたっており、まるでマグルたちが築いた科学文明から逃れるようにホグワーツ急行は自然の中をひた走っていた。

 

「色々話を聞いて、パーシーの話が全部じゃない気がしてきたの。あの後、ママとパパにハリエット・ポッターの話をしたらやっぱりそんな理由で友達になるなんてとんでもないって叱られたんだよね。パパとママはハリエット・ポッターのことを、家族をいっぺんに失くした可哀想な子だって言ってた。あの時代にはそんな子どもが沢山いたらしいんだけど、あたしがやろうとしていることはルシウス・マルフォイとおんなじだって言うの」

「ルシウス・マルフォイって誰?」

「知らないの!? 例のあの人の信奉者の一人だよ! あたし、パパに聞いたことがあるの。ルシウス・マルフォイは例のあの人が権力を握っている時、その側近として活動してたんだ。ところが、ハリエット・ポッターに例のあの人が敗れた後”服従魔法で操られていた”って主張して、監獄行きを免れたの。パパは絶対に信じないって言ってた。ルシウス・マルフォイが例のあの人の陣営に加わるのに、特別な理由はいらないだろうって」

「それって、既得権益の為に例のあの人に協力したけど、自分も失脚しそうになったから逃げたってこと?」

「きとくけんえき、が何かわからないけどそういうこと! 捕まりたくなくて逃げたの!」

「なるほど、そいつがアズカバン行きを免れたデスイーターの一人か」

 ハティは小さく呟いた。

 マクゴナガル教授が言っていたハゲワシの一人なのだ。

「そのルシウス・マルフォイってやつは何してる人なの?」

「えーっと、すごくお金持ってる! 聖マンゴ病院とか魔法省に多額の寄付をしてて、いいように政治を操ってるの! あいつらは生粋の純血主義者だから、今の魔法大臣のファッジとも仲良しだってパパに聞いた」

 つまり、マクゴナガルが言っていた富裕層の支持者の一人なのだ。その魔法大臣とやらにも大量のガリオン金貨を握らせて、恫喝材料に女との恥ずかしい写真を握っているのかもしれない。政治家への常套手段である。

 ハティの想像以上にヴォルデモート卿の側近は巨額を動かせる社会的地位のある人物であった。許さねえ、クソ以上の匂いがプンプンするのだ!! とハティはギリギリと歯噛みした。しかし、ハティ以上に彼らもハティに恨みを抱いている可能性は高い。何せ意気揚々と掲げていた大将がある日突然失脚し、自身は一晩にして犯罪者となったのだから。マクゴナガル教授が仄めかしたように報復を考えている熱心な信奉者もいるかもしれないし、一番恐ろしいのはニコニコと笑いながら後ろから刺してくるやつだ。状況によっては、在学中にそいつらを失脚させるための算段をつけるか、高飛びの準備をする必要があるかもしれない。とハティが思索にふけっていると、ロニーは神妙な顔でおもむろに口を開いた。

 

「あのね、パパが言いたかったのは損得勘定で友達を作って裏切るような真似はするなってことなんだ。そんな友達よりも、心から信用しあえる友達を作って大切のしなさいってことなの」

「いいパパじゃん!」

「……でしょ?」

 ロニーは気恥ずかしそうにしながらも満面の笑みで頷いた。

 

 

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