ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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次回からホグワーツ篇です


ホグワーツ急行の昼下がり 3

 

 

 

 

 十二時を過ぎ、空腹を感じ始めたためロニーとともに「おひるごはんにしようか」とそれぞれ持参のサンドイッチを広げていると、タイミングよくトロリーを押したマダムがコンパートメントの扉をノックした。

 

「車内販売よ。お嬢さんたち、お菓子や飲み物はいかが?」

 昼食のサンドイッチは準備してきたが、途中で小腹がすくこともあるだろうとハティが腰を浮かしてロニーを見ると、彼女は耳を真っ赤にして「あたしはサンドイッチがあるから」と恥じ入るように顔を背けた。

 ハティは純粋に魔法界のお菓子に興味があったので、トロリーの中を興味深く眺めて色々な種類のお菓子を手に取り、支払いをすませた。ハティがコンパートメントの席に戻ると、ロニーは腕いっぱいにお菓子を抱えたハティを見て目を丸くした。

 

「あんた、それ全部食べるの?」

「今日一日で全部食べたりしないよ。学校の寮でお腹空いた時に食べようと思って。それに魔法界のお菓子って食べるの初めてなんだもの。いっぱい味見してみたいの」

 ロニーは羨望の眼差しでハティを見つつも、それ以上ハティに何か言うことはなかった。

 ハティは大量にお菓子を購入したものの幾つかはトランクの中に収納し、数種類のみを残してサンドイッチを食べ始めた。

「このお菓子、後で一緒に食べよう」

「でもあたし、これがあるから」

 ロニーはそういって手作りのサンドイッチを掲げて見せた。

「ごはんとお菓子は別腹でしょ?」

「確かにね!」

 ロニーは喜色満面になり、結局サンドイッチに手をつけないまま彼女はお菓子に夢中になった。お菓子に包みを開けながらロニーは「これが爆発ぼんぼん」「こっちがドルーブルの風船ガム」と都度説明をしてくれる。ハティも口にしてみたが、マグルのお菓子同様甘味が強く、すぐに飽きてしまった。ロニーは飽きもせず、箱から飛び出す蛙チョコレートを捕まえて美味しそうに貪っている。中々、グロテスクな絵面に「うへえ」と顔を顰めているとロニーは小首を傾げた。

 

 

「カエルチョコ食べないの?」

「甘くて胃もたれしそうよ」

「勿体ないなあ。あっ、ダンブルドアだよ! あたし、このカードいっぱい持ってるんだぁ!」

「ダンブルドア?」

 ロニーはハティの目の前に「これだよ」とカードを掲げた。丁度、こちらを振り向いた老人と目が合い、思わずのけぞってしまう。サンタクロースような白銀の長い髪と顎髭、高い鍵鼻にキラキラとした青い瞳の老人がまばたきをしながらこちらを見ていた。さながら、VRのごときリアルさにハティは瞠目した。

「なにこれ!」

「なにってアルバス・ダンブルドアのカードだよ。勿論、ダンブルドアは知ってるよね?」

「マクゴナガル教授に聞いたよ、ホグワーツの総長でしょ?」

「ホグワーツの総長であること以上にすごい魔法使いだから! ダンブルドアはグリンデルヴァルドを倒した英雄だよ。それに頭もすごく賢いの! みて!」

 ロニーから渡されたダンブルドアのカードをハティは軽く流し読みをした。経歴、肩書、戦績がつらつらと記されているが、魔法界を知らないハティにはどの文を見てもダンブルドアの偉大さが伝わってこなかった。この枯れ木の様なジジイがダーズリー家にハティを押し付けなければこの十年間の不幸はなかったと思うと、早急に棺桶にぶち込んでやりたい。殺意すらわいてきたが、蛙チョコレートに興味がひかれたのでそれはすぐに萎んでいった。チョコレートそれぞれに魔法界の偉人カードが入っていて、ちょっとした歴史の勉強になりそうだ。

 何気なくアルバス・ダンブルドアのカードを流し読みしていたが、ハティはそこに燦然と記された名前を目にして仰天した。

 

「ニコラス・フラメル……ニコラス・フラメルゥ!?」

「ニコラス・フラメルがどうしたの?」

「どうしたのって、ニコラス・フラメルって生きてるの!? やばいじゃん、賢者の石を鋳造した伝説の錬金術師だよ! 実在するの?」

「えっ……わかんない。ニコラス・フラメルにそんなに興味ないし」

 ロニーは呆気にとられた様子で首を傾げた。

 薄々気付いてはいたが、ロニー・ウィーズリーという少女はお勉強が苦手な子どもなのかもしれない。とハティはその時思った。

「あたし、なんだか眠たくなっちゃった……」

 欠伸をするロニーにハティは「お菓子いっぱい食べたからね」と頷く。血糖値スパイクってやつである。コーカソイドは黄色人種に比べて糖尿病になる確率は低いらしいが、糖尿病発症を回避したいハティはさほどお菓子は食べなかった。ロニーが「少しうとうとする」と言うので、いそいそとトランクの中から呪文学の本を取り出しす。 

 車窓には見覚えのない荒涼とした風景が広がっていて、牧歌的な草原や畑その姿はない。段々と、イングランドからハイランドを思わせる暗緑色の丘や渓谷が過ぎていく。呪文学の参考書と杖を片手にぶつぶつと呪文を呟いていた時、コンパートメントの扉が控え目にノックされた。その音に、座席の上で横になっていたロニーが「ふぁい!」と声をあげて起き上がる。戸口に泣きそうな顔で立っていたのは丸顔の少年であった。

 

 

 今度は美少女ではなくて、随分と気弱そうなぽっちゃりがきたなあ。とハティは「どうしたの」と少年に声をかけた。

 

「あのね、僕のヒキガエルを見なかった?」

「そもそも、あなたが誰だか知らないしヒキガエルを飼ってることを今知ったんだから、わからないな。とにかく、今のところカエルチョコレートしか見てないよ」

「そんな……どこにもいないー! 僕のヒキガエル!」

 少年はわっと泣き出してしまった。

 これではこちらが虐めているようではないか、とハティは困惑顔でロニーと顔を見合わせ「とりあえず、甘いものでも食べて落ち着いて」とフィフィフィズビーを握らせた。

 

「あんまり見つからないなら、上級生を頼ったら?」

「みんなはハリエット・ポッターを探すのに必死だから、僕のヒキガエルなんて気にしてくれないんだ」

 少年は肩を震わせながら、小さな声で言った。

 見ず知らずの少年のヒキガエルよりも、有名人かもしれない。それにしてもハティは自分がこのずらりと長い列車内で捜索対象になっていることを知り、ぞっとした。

「あの、フィフィフィズビーをありがとう。もう少し、探してみる。でも、もしどこかで見かけたら……」

「わかった、教える」

 ヒキガエルの捜索は絶望的だと感じたのか、肩を落として少年はコンパートメントを出て行った。扉が閉まるなり、ロニーは肩を竦めて皮肉げに笑った。

「ヒキガエル程度、どうしてそんなに気にするのかなあ。もし、あたしのペットがヒキガエルで、いなくなったらラッキーって思うけどね。まあ、あたしもスキャバーズをペットにしてるんだから人の事言えないかあ……」

 ロニーは膝の上で眠りこけるネズミを指で優しくつついた。

「もし、こいつが死んでてもあたしはわかんないと思う」

「まあ、ネズミにしては大人しいしずっと寝てるよね。結構な年寄りなのかなあ? 何歳なの?」

「えっと、確かパーシーが飼う前はビルが飼ってたの。あたしが生まれた時にはスキャバーズもいたから、少なくとも十年以上は経ってる」

「ええ!? ネズミってそんなに長寿だっけ?」

「うーん、わかんない……」

 普通のネズミの寿命が二年から三年だと考えると、かなりの長寿である。それとも、魔法使いが飼育しているネズミだから寿命も違うのだろうか? ハティは怪訝に眉宇を顰めて、ネズミを凝視した。そんなハティの猜疑心など気付きもせず、スキャバーズはすやすやと眠りこけている。

 ロニーは少し笑うと、もう一度ポケットから杖をとりだした。

「昨日ね、こいつをもっと芸術的にしてやろうと思って黄色に変えようとしたの。でもうまくいかなかったんだよね……見てて、今回は成功させるから」

 ロニーは改まったように咳払いをし、背筋を伸ばして杖を構えた。その時、突然コンパートメントの扉が開いた。戸口には櫛を通していないであろうくしゃくしゃの栗毛に、既に新調のホグワーツのローブに着替えてハーミス・グレンジャーが超然と立っていた。その背後には、丸顔の少年が困惑したように佇んでいる。

 

「誰かヒキガエルを見なかった……って、イオラじゃないか」

「あら、ハーミス」

 知ってるの? とロニーが視線で訊ねてくる。

「ハーミス・グレンジャー、このコンパートメントに来る前に知り合ったの。ルビーは泣き止んだ?」

「うん。だけど、ちょっと困ったことになってね。ディーンとティモシーがルビーを泣かせた奴を懲らしめようとして、逆に呪いをかけられたんだ。通りがかったハッフルパフの上級生が呪いを解いてくれたから助かったけど、テリーは厄介な奴に喧嘩を吹っ掛けたんじゃないかって心配してる」

「厄介な奴?」

「純血主義の奴らだって――ドラコ・マルフォイとその取り巻き、それからジャスパー・アリアネルとディラン・ファーンズビー」

 誰だそりゃという胡乱な目でロニーたちの三人を見ると、ハーミスもいまいち理解していない顔をしていた。しかし、ロニーと丸顔の少年は恐怖と嫌悪がない交ぜになった青白い顔をしていて、丸顔の少年は怯えたように通路を何度も見ていた。ロニーは見かねた様子で「中に入って」と鋭い声でハーミスと少年を招き入れると、通路の左右を確かめて扉を閉めた。

 

「どうしたの、そんなに警戒して」

「マルフォイ! さっき話したでしょう。ルシウス・マルフォイの息子だよ」

 剣呑な表情になると、ロニーは前のめりで囁くように言った。

「ホグワーツにいたんだ」

「いたんじゃなくて、マルフォイはあたしたちと同じで今年入学なんだよ。ジャスパー・アリアネルとディラン・ファーンズビーは、ウェールズの旧家で資産家。デスイーターが親類にいてマルフォイ家みたいに金持ちだったパパが言ってた。ダイアゴン横丁のあの高級ホテルを経営してるのもファーンズビー一族だし、彼らは絶対にスリザリンに入るって言われてる」

 ロニーの言葉を引き継ぐように、丸顔の少年は小さな声で「資産家や魔法界の上流階級の子どもはスリザリンの入ることが多いってばあちゃんが言ってた」と囁いた。

 

「だから、ルシウス・マルフォイはウィンガモット評議会やホグワーツの理事がやっていけてるって」

「なるほど、それほどスリザリンの人脈が強いってこと? スリザリンも魅力的だなあ」

 三人は急に黙り込んで、ハティを見た。

「え、どうして黙るの」

 ロニーは恐怖に顔を引き攣らせて身を乗り出し、ハティの手を握った。「スリザリンは絶対にダメだよ!」

 丸顔の少年も何度も必死に頷いて言った。「スリザリンは例のあの人だけじゃなくて、デスイーターを沢山出してるんだ」

「嘘でしょ? どうしてそんな闇の魔法使い製造機マシーンみたいな寮を潰さずにおいてるの? 今すぐスリザリンを解体しろ!」

「必ずホグワーツの四分の一が闇の魔法使いになるわけじゃない。寮の特性上、闇の魔法使いを出しやすいだけで中には歴史に名を残した優秀な魔法使いや魔女もいるって、〈ホグワーツの歴史〉には書いてある」

 ハーミスが熱心に語る。

 臭いものには蓋をする理論で存続しているのか、それほどスリザリンのOGやOBの権力が実在なのか三人の話では判別がつかない。

「パパは純血主義が闇の魔法使いを作り出す土壌になってるんだって言ってた。そしてその純血主義を熱心に受け入れてるのも、スリザリンなんだよ。だから、スリザリンの奴と一度因縁を作ると厄介なんだよね。あたしのパパなんかは、ホグワーツ時代にルシウス・マルフォイと決闘したらしいけど外で出会うと今でもバチバチに殴り合ってるよ」

「それはやばい。でも、その純血主義者とマグル出身のルビーに一体何の関係があったの?」

「ジャスパーとディランはマルフォイ達と同じコンパートメントだったんだ。ルビーはジャスパーの父さんと知人みたいで、はじめは一緒に座ってたらしいんだけどキングズ・クロス駅を出るなり、ジャスパーの父さんの目がなくなったからマルフォイが”泥の血と一緒に座れない”って言ったらしい。ジャスパーとディランも別の女の子を座らせたかったからさっさと追い出したそうだよ。それで、ディーンとティモシーが殴り込みに行ったんだけどマルフォイが”お前らみたいな泥の血は泥の血同士で集まるのがお似合いだな。僕の在学中には、ホグワーツ理事の父さんが他の理事たちに説得して泥の血を退学させてやる”って脅したらしくて、二人とも入学できないかもって怯えてる」

 ハーミスの説明にハティは「それは最低ね」とたじろぎながらも頷いた。ルビーの受けた仕打ちは、ハティはパンジー・パーキンソンと同様のものであったが、やり口はパンジーよりもはるかに陰湿であった。大人の前では優等生のふりをして、子ども同士でで虐めをするのは良くある話ではあるが一体ルビー・ダンクワースはどれだけ恐怖と屈辱を感じたことだろうか。

 想像するだけでもお腹の底が怒りで燃えてくる。

 

「マルフォイ、最低な奴!」

 ロニーは拳を握りしめて激昂していたが、その隣で丸顔の少年は青白い顔をしながら「あまり逆らわない方がいいよ」と呟いた。

「ホグワーツの理事なんだよ。ただの脅しじゃないかも」

「あんた、そんなに弱気でどうするの! あたしの家はマルフォイと同じ純血だけど、マグルのことを泥の血だなんてそんな冒涜的なこと言わないわ。言ってはいけないし、許してもいけないってパパとママに言われて育ったんだから。それに、兄弟はみんなマグル生まれの魔法使いと仲良くしてるよ。あいつはきっと父親と同じ骨の髄までスリザリンなんだよ! ああ、あんなクソみたいな寮に入ったらあたしきっとパパとママに勘当されちゃうわ。どうしよう」

「そんな風に思える人はスリザリンに入らないと思うわ。スリザリンがどんなところか知らないけど」

 ハティは苦笑した。

「とにかく、君たちも馬鹿じゃないなら問題を起こさないことだね」

「君たちもってどういうことよ」

 ロニーが目を眇めてハーミスを見た。

「僕は馬鹿じゃないから、入学前からやつらと張り合うような真似はしない。だからといって、負ける気もしないけどね。ここに来る前に練習のつもりでいくつかの簡単な呪文を試したんだ、全部うまくいったよ。僕の家族に魔法族はいないけど、だからといってそれが僕の能力の足を引っ張ってるわけでもない。ホグワーツは最高の魔法学校と聞くし、真面目に学べばきっと立派な魔法使いになれる。勿論、そのために教科書は全部暗記したしね。ああ……杖を持ってるってことは、魔法をかけるとこだったのかな? 見学させてもらおうか」

「別に。ただ、持ってただけ」

 ロニーは呆気にとられたような顔をしていたが、僅かに眉宇を顰めてすぐに杖をしまった。

「そう、残念。そういえば、君の名前は?」

「ロニー・ウィーズリー」

「そう、よろしく。そういえばイオラ、君はどの寮に入りたいって言ってたんだっけ?」

「わたし? グリフィンドールかな。両親がグリフィンドールだったし、マクゴナガル教授はグリフィンドールの寮監なんだって。わたし、マクゴナガル教授が好きなの」

「君は?」

 ハーミスがロニーを見る。ロニーは顔を顰めて「そういうあんたは?」と聞き返した。

 

「僕はグリフィンドールかな。ダンブルドア総長もグリフィンドール出身だったって聞くよ。でもレイヴンクローも悪くないと思ってる……とにかく、もう行くよ。ネヴィル、急いで君の蛙を探さなきゃ。二人とも、そろそろ到着するはずだから着替えておいたほうがいい。ああ、それと君——ついでに鼻の上の泥をとってはどうかな。君って女の子なのに、鏡を見ないんだね」

 ハーミスはそう言ってニヒルに笑うと、ネヴィルを連れて出て行ってしまった。

 ロニーは閉ざされた扉を呆然と眺め「何よ……あいつ……」と肩を震わせた。顔から首に至るまでロニーは怒りで真っ赤になっていた。ロニーがくるりと振り向いたと思うと、青い瞳を燃やしながら「どうして教えてくれなかったのよ!」と叫んだ。

「鏡を出そうと思ったのよ。でも、話に夢中で忘れちゃって……」

 しどろもどろに言い訳したが、ロニーの怒りはおさまらなかった。「やなやつ! やなやつ!」と憤りを孕んだ声で呟きながら、トランクをひっくりかえし天鵞絨のローブを引っ張り出す。そして「あいつがグリフィンドールに入るくらいなら、あたしスリザリンに行くわ!」と豪語した。

 ハティは怒れるロナルダ・ウィーズリーを前に、こいつらと同じ寮に入るのはマジ勘弁。と思った。しかし、ハティの願いはむなしく七年間——それどころかその先も人生も二人に挟まれ、苦労をさせられることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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