NEMO   作:aasas

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言っていい事と

 

 

 

 

 

 

 

「おとうさん」

 

 

 

 こうやって呼んだ方がいいかな? そう言った後に、ネモは真顔で首を傾げた。

 

「⋯⋯」

 

 おとうさん。ネモがその言葉を向けた人物は、動きを止めて虚空を見つめ出す。言葉を発することもなくただ偽物の空を見続けていた。

 

 突然おとうさんと呼ばれた事が初撃だったのか、黒衣を纏った男の頭の中は久しぶりに白で埋めつくされてしまった。いつぶりだろうか、こんなに悩む日が来るなんて。永劫回帰の数はちゃんと数えているのに自分のことはあまり覚えていない。男は深く息を吸って、吐き出した。そして、目の前の少女に目を向ける。未だに首を傾げてこちらを見上げているネモは、男からの返事を待っているようだ。

 

「⋯⋯好きに呼んでいいと言った。だが、私は君の父親ではない」

 

「⋯⋯⋯あなたの反応が気になったんだ。だからおとうさんって呼んでみた。安心して、おとうさんなんて二度と言わないから」

 

 ネモは少し悲しそうに笑ったあと、すぐ後ろを向いて歩き出した。

 

 

 

「いつも通り、クロノン先生って呼んであげる」

 

 

 

 

 

 

『お父さん! これ買ってよ〜。あたし、ちゃーんと夜ご飯食べられるからお願い!』

『ほんとかぁ? 一つだけな』

『やったぁ〜!!』

 

 ネモが男をおとうさんと呼ぶ数時間前のことだった。

 

 食べ物が無い。慌てて買い物に行ったネモが見たものは、幸せそうな家族。女の子は男をおとうさんと呼び、男は女の子のことを可愛らしい呼び名で呼ぶ。

 町には何度も来たことがあったから、幸せそうな家族は何度も見たことがある。でも、その日は違った。何故か二人の関係に見惚れて、凄く羨ましかった。

 

 おとうさん、おとうさん。無邪気な声で何度も呼んで、男はその子に甘い声で答える。まだ買っていない果物を落としてしまって、怒られてしまったくらい見惚れてて、羨ましかった。

 

 ネモにおとうさんと呼べる存在なんて居ない。愛を分けてくれる人も、誰もいない。一人で育った訳では無いが、育ててくれた人は不気味で怖い人で、とてもじゃないけど甘えたい気持ちになんてならない。

 

 ネモが帰路に着いた時、何か重いものが足に乗っかっているようで、足を引きずるように歩いてしまう。お陰で足の裏は血と泥で塗れている。でもまあ、足を引きずらなくてもいつも泥にまみれてる。今日は血が着いちゃっただけ。血と泥を落とすように大きな石にこすりつけば、黄金の液体が泥を消し去るようにこびりつく。

 気味が悪い。

 

 そう思ってしまうのは昔からだった。この体に流れている黄金の血が、いやだ。ネモは口を押さえて、痛む足なんて気にせずに走り出した。帰る場所なんでどこにもないのに。

 

 

 

「うわっ!? クロノン先生、帰ってきたの?」

 

 ネモが拠点としている場所、そこへ入ると、窮屈そうに丸太の上に座る男が一人。この人が、ネモを育ててくれた人である。ほぼ親みたいな人なのに、ネモはこの人の名前を知らなかった。

 

「⋯⋯⋯」

 

「え?」

 

 黒衣を纏った男は、少し考えるふりをしたあと、ネモの足を指す。

 

「”‬足を見せてみろ‪”‬? ⋯クロノン先生、もう治ったから大丈夫だよ」

 

 ネモはわざと足を大袈裟に動かして、治ったことを見せつけた。ネモにとって、こんなちっぽけな痛み、どうってことない。これよりも、手に枝が刺さる方が何倍も痛い。

 

「ずっと裸足だから、足の皮が丈夫なんだよ。こんなの痛くも痒くもない」

 

「⋯⋯足の皮が丈夫なら、毎日と言っていいほど、足に傷をつけてこないでくれ」

 

「⋯ま、毎日って大袈裟な⋯⋯」

 

 クロノン先生の言う通り。足の皮が丈夫になったなら、裸足で走っただけで怪我なんてしないだろう。ネモが走った道にゴツゴツとした石や枝が沢山転がってはいない。ただ少し足を踏み間違えてしまえば、足を怪我してしまうことがあるってだけだ。

 

「履物を⋯」

 

「いらない。別に、困ってるわけじゃないし。クロノン先生こそ、そのブーツを買い直したら? もうボロボロだよ?」

 

「⋯⋯はぁ⋯」

 

 

 そんな無駄な話をした後、ネモは、自分で買ってきた食材を調理し始めた。そこら辺に生えてた葉っぱと、切った食材を鍋で煮込んで、適当に調味料を加えれば、あっという間にヘンテコスープの出来上がりだ。味は普通の下くらいで、美味しいとも不味いとも言えない味。

 

「クロノン先生も食べる?」

「⋯」

「そ」

 

 クロノン先生が首を横に振れば、ネモは自分の分だけスープを皿に注いだ。クロノン先生と向き合うように座り、スープを口に運ぶ。黒衣を纏った男は、その姿をじっと見つめる。二人は何も喋ることなく、静寂の中にスープと皿がコツンと当たる音だけが響く。

 

 

 ネモが最後の一口を口に入れて、喉がゴクン鳴る。食べ終わったから、ネモは席を立った。クロノン先生はまだ丸太に座っている。ネモが来た時も、今も、ずっと丸太に座り続けている。一体何しに来たんだ。ネモはそう聞こうとしたけど、やめた。これはいつもの事だし、気にしないでおこう。ネモが調理するところ、食べるところ、洗い物をするところ、こんな変哲もないことをじっと見て何が面白いと言うのだ。ネモは黒衣の男のことがよくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、

 

 

 

「おとうさん」

 

 

 

 

 

 こうやって呼んだ方がいいかな? 

 ネモはそう言って、わざとらしく首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

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