天国には理想郷がありまして ボツネタ集   作:空飛ぶ鶏゜

11 / 55
現実は重く温かい

 星海坊主さんからの連絡はまだないことを理由に、宇宙へ行くことを皆にはまだ伝えていない。

 あの騒動が嘘だったかの様に、穏やかな日だった。

 朝から珍しく三人がパタパタと準備をしていた。仕事でも入ったのだろうか。

 なら今日は家に居よう。そう決めるとソファーに寝転ぶ。

 できるだけ彼等に関わらない様に。

 

「昼には戻るんで、もし出かけるならこの鍵使ってください。では、行ってきます」

「行ってくるアル」

「行ってらっしゃい」

 

 一人だけなにも言わずに先頭を歩く無精者。

 チャリ。渡された鍵をなんと気なしに見る。お通ちゃんのストラップが付いているそれは新八君がいつも使っているものだろう。

 玄関を開閉する音と共に、彼等の声が聞こえてくる。

 

「銀さん、お花どこで買いましょうか」

「花よりあの生臭ボウズには饅頭でも供えてりゃいいだろう」

「鬼に酢昆布って言うアルね! 酢昆布がいいヨ」

「神楽、金棒だ、そりゃ」

「それって供えた後食べたいもの言ってるだけだろ!」

 

 坊主、鬼、お供え……。心当たりのある人が一人だけいた。道信さんか……?

 気づくんじゃなかったな……。

 月に照らされながら幸せだと呟いた映像がループする。

 リアルな世界で軽かったはずのそれが重くなる。

 見知らぬ人間の見知らぬ死ですらそうなのだ、きっと弱い私は知ってしまえば耐えられない。

 台風を起こしてしまうと分かっていても手を出さずには居られないきっと。

 

――ピンポーン

 

 気が付いたら寝ていたみたいだ。

 玄関を鳴らすベルに慌てて起きる。

 すりガラスの向うに映るのは見覚えのあるシルエット。

 

「はいはーい」

「邪魔するぞ。神楽は留守か?」

 

 こくりと頷く。丁度良かった。

 

「3日後に出るぞ」

「わかりました」

 

 やっと離れられる。安堵と共に寂しさが胸を過る。

 

「希望は……どこか行きたい場所はあるのか?」

「シャルキーヤ星」

 

 前から考えていた場所を告げると酷い顔をされる。

 どうも大人は皆私のやることが嫌いなようだ。

 

「……宇宙舐めてんのか? 死に場所ならテメェで探せ」

「死ぬ気はないですよ」

 

 そう言ってマジックの種を一つ見せる。

 何もない空間に生まれる、ガラス球。

 クルっと回してみれば煌きを残して消える。

 

「星海坊主さん、このことは誰にも秘密ですよ?」

「……」

「場所バレたら、神楽ちゃんきっと迎えに来ちゃったりしますよね?」

「……わかった」

「よろしくお願いしますね?」

 

 そう告げるとまたも酷い顔をする。

 大人ってなんでそーなんだろう。

 選んだのは夜兎が存在できない星。

 神楽ちゃんが大事な海坊主さんはきっと何も言わない。

 それから戻ってきた神楽ちゃんと一悶着あって、星海坊主さんは帰って行った。

 

「神楽ちゃんのお父さんと一緒に宇宙に行くことになりました」

 

 それを伝えれたのはその日の夕食の時。

 

「ええっ!? 結局出て行っちゃうんですか!?」

 

 そう大げさに驚いてくれるのは新八君。

 

「そうか……お前の巣はここじゃなかったアルか」

 

 何かを悟りきったように、そう言うのは神楽ちゃん。

 

「そうか……」

 

 銀さんは特に何も言わない。まあ、そういう人だからね。

 そのまま穏やかに見送ってと、祈るような気持ちで見やれば、いつもの死んだ魚の目とやる気のない顔で夕飯を食べていた。出立の日まで、その事に銀さんから触れられることはなかった。

 新八君は最後まで、出ていかないでいいとか、銀さん止めて下さいとか必死に言い募ってくれた。

 神楽ちゃんは最後の時間を大切にしてくれようとしたみたいだけど、朝から晩までどこかに行っている私を捕まえる事が出来ずに、寂しそうにしていた。

 それだけで十分だ。

 その後、銀さんと神楽ちゃんとの間でどういった会話がなされたのかは知らないけど、神楽ちゃんも一緒に宇宙に行くこととなった。

 

 

 ターミナルを行きかう人々の中、砂色のマントの人を見つけた。

 

「パピー」

 

 私より早くその人を見つけた神楽ちゃんはその腕の中に飛び込んでいく。

 前よりも少しだけ素直に甘えるようになった神楽ちゃん。

 羨ましいな。

 

「羨ましいですね」

 

 一瞬心を読まれたのかと思った。隣を見ると羨ましそうに二人を見ている新八君がいた。

 そういえば、新八君の両親も幼いころに亡くなっているんだったと思い出す。

 こちらに気付いた星海坊主さんがもう一人の姿を探す。

 

「あいつは来てないのか」

「仕事とかで……ったくあの人は……」

 

 けれど、銀さんは仕事と言って見送りには来ていない。

 

「銀ちゃんは、髪の毛と同じで性格がねじ曲がってるアルネ」

「素直じゃないんですよね、本当」

 

 羨ましい。それを普通に分かって受け止める二人が、そんな存在を迷うことなく手放せる人が。

 だから少し意地悪をしたくなる。

 

「少し、うんこ行ってくる」

「ちょっ、キリさん何言っちゃってるんですか!」

「うんこ如きで狼狽えるなよ。だから新八なんだよお前は」

「神楽ちゃんも! なんで標準語!? 何!? そして新八って何!? 悪口なの新八って!」

 

 想定通りの反応をしてくれる二人を尻目に、自販機でいちご牛乳を買う。

 ガコンと音がして出てきた冷たいパックを手に、少し離れた観葉植物の影に座る、スーツ姿のサラリーマンに声を掛ける。

 

「こんなところで覗き見とはさてはポリゴンですかね」

「ポリゴンじゃねーよヅラだよ」

「ハイハイ。髪の毛と同じで性格がねじ曲がってる銀ちゃんでしたね」

 

 気まずそうに新聞を下ろした先にあったのは、髪をオールバックに撫でつけて、メガネをかけたサラリーマン銀さん。役得かな……これは。

 

「銀さん髪の毛は天パでも、心は素直な少年なの」

「と、神楽ちゃんが言っておりました」

「あの怪力娘」

 

 ここからでは声は聞こえないから、意地悪く伝えに来た。

 いちご牛乳にストローを刺して飲む。

 

「……普通、銀さんへお礼に~って差し出す所じゃないの、それ」

「意地悪しにきましたから」

 

 銀さんは手元のいちご牛乳を恨めしそうに見つめる。

 

「どいつもこいつも恩を仇で返しやがって、碌な奴じゃねーな、くそ」

「『銀さん』が碌な奴じゃないですからね」

 

 飲み終わったパックをごみ箱に捨てて手を振る。

 気だるげに挙げられた手がそれに答えてくれた。

 それで十分だと思った。

 

 

 搭乗口で普通に並んでいる人達を横目に、別枠で設けられたゲートを潜る。

 星海坊主さんが見せた身分証の他には、手荷物チェックも、パスポートチェックもなかった。

 これがえいりあんばすたー特権か……凄いな。

 乗り込んだ船は3人掛けの座席で、窓際を神楽ちゃん、真ん中を星海坊主さん、通路側に私という順に座る。

 

「きーやん! きーやん! 見て見て地球ごっさ綺麗ヨ!!」

 

 きーやんは、神楽ちゃんに付けて貰った愛称だ。神楽ちゃんに愛称つけてもらえるとか大分嬉しい。

 

「綺麗だね、神楽ちゃんの瞳みたいだ」

 

 キラキラした青い瞳とその向こうに見える地球はとても綺麗で本当にそう思った。

 

「何うちの神楽ちゃんに色目使ってんの!?」

「パピーなに言ってるの? 気持ち悪いよ」

「神楽ちゃんンンン!?」

 

 しばらくの言葉の応酬の後、はしゃぎ疲れたのか神楽ちゃんは寝てしまった。

 昨日眠れなかったみたいだしな……。

 

「銀ちゃん……それ私の酢昆布ヨ……」

 

 漏れ聞こえる寝言に思わず笑ってしまう。

 

「神楽ちゃんが起きるだろ」

 

 不機嫌そうに言う星海坊主さんが面白くて更に笑ってしまう。

 

「星海坊主さんの声の方が大きいですよ」

「くそっ、このまま連れて行ってしまおうか」

 

 星海坊主さんと神楽ちゃんの旅程は一週間。夜兎でも大丈夫な人工太陽が浮かぶリゾートの星が目的地。その後は地球に戻る事になっている。たぶん、捻くれ者の銀さんへの嫌がらせ。居なくなれば少しは銀さんも素直になるかなぁ~。

 ヒロイン争奪戦を思い起こして笑いが止まらない。

 無性に神楽ちゃんの頭を撫でたくなる。

 

「星海坊主さん。結婚してください」

「ごめんなさい」

「即答ですか!」

「俺は死んだ母ちゃん一筋だから、小便臭いガキなんてお呼びじゃないんだよ。それに……娘を置いてどっかに行っちまう母親なんてなお更ゴメンだ」

「そりゃ、残念」

 

 神楽ちゃんのいつの間にかお母さん作戦は失敗した。色仕掛けからからのプロポーズだったら良かったのかなぁ~。

 それからしばらくして、分岐点となる中継ステーションについた。ここで本当にお別れだ。

 

「きーやん……きーやんはどこに巣を作るアルか?」

「きーやんは巣はもたないのだよ、神楽ちゃん」

 

 何度もやり取りされるどこに行くのかという会話。手紙を出すから、会いに行くから様々な理由を付けて聞き出そうとするこの子をふわりふわりとかわす。

 

「それとね神楽ちゃん、お父さんに聞いても場所は教えてくれないよ。私が脅して口止めしちゃった」

 

 悪女を装いニヤリと笑う。

 

「だから、お父さんに聞いてもダメだよ?」

「きーやん……」

 

 メッと人差し指を立てて冗談めかして言えば、青い瞳を少し暗くしてこちらを見つめる。

 泣きそうな時、辛い時神楽ちゃんは無表情になる癖がある。

 その顔を崩したくて、頭をくしゃくしゃに撫でる。

 にっこり出来るだけ上手な笑顔を浮かべて、手を振る。

 

「元気でね。神楽ちゃんバイバイ」

「バイバイ、きーやん」

 

 目的地に行く船に乗り込み、三列シートに一人で座る。

 窓から見える星空にはソフトフォーカスがかかってる。なんでだろー。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。