酸素も水も存在しない白い砂だけの星。
そこには夜は存在しない。生物も存在しない。
夜兎なんて存在も許さない。万が一の神楽ちゃんと……神威――春雨――対策。
船も、近くの星からチャーターせずには辿り着かない辺境の地。
それが私の新しいねぐらだ。さすがにこのままでは住めないので、密閉型のドームを作る。
と言っても、どうせ一人だ。大きさは万事屋と同じぐらい。
ドーム内を地球と同じ環境に整える。そこでようやくうっとおしいスーツを脱ぐ。
――ぷはっ
つけた瞬間3秒で脱ぎたいと思った耐環境用スーツは色々改造を加えて、大分マシにはなったが、それでも圧迫感は半端ない。しかもデザインがふなっしーを更に不細工にした感じ。銀魂恐るべし。
「一人だーーーー!!!! ひ・と・り・だ・ああああああ!」
畳に覆われた床でゴロゴロのたうち回る。とりあえずドーム内は畳敷きにしてみた。
私のSOULが囁いた。畳にしろと。
今までの緊張感から解放されたので、とりあえずやりたいことをやる。
恥ずかしいポーズをしてみる。うんこと連呼してみる。
目立つからと今までは出来なかった空中遊泳とかもやっちゃいますよ。
「とりゃー。私は風になる!!!」
――ゴンッ
い、痛い……。意外とこれ難しい……。
天井の高い、庭っぽい場所を作ってみた。運動用です。決して練習用じゃない。運動用です。大事なので二回言いました。
やることをそうやって探しても人間ってのは頑張って2日だね。
月の昇らない星で、銀色の月が懐かしくてぎゅっと体を抱きしめる。
私は耳と目を閉じ口をつぐめる人間になりたい……なんてね。
水がないので雲もできない。はめ殺しの窓から空を眺めると大気の薄い空は白く眩しい。
何も見えぬ空に青い星を探す。
孤独は死に至る病だと誰かが言った。嘘じゃないか。
こんな星に独り孤独に生きていくこともできる。
紙と鉛筆を取り、思い出を描き写す。
暖かさは確かにこの腕の中にあった。それを忘れないように。
寂しさを紛らわす様に、気が付けば部屋一杯に描いた絵を飾っていた。
発散できない愛は万事屋ズだったり真選組ズに形を変えて描かれる。
腐った活動をしていた私のストレス発散方法。
たまに砂の上を散歩して、絵を描いて。
時々だだ漏れる心を許しながらゆっくりと優しく乾いていく日々を送る。
そういった引きこもりな生活を送っていたので本当気が付いたのは偶然だった。
念のために飛ばしていた鳥に引っかかったふなっしーモドキ。
「何それ……」
食べる以外の仕事を久しぶりに与えられた口は少し重い気がした。
種族にもよるがこの星で生物を放置したら十中八九死ぬ。
乾いた心が、一瞬見捨てるべきだと警告を発する。蝶の羽ばたきだと。
だけど貰った暖かいモノは、それを許してくれない。
慌てて外に飛び出す。不時着したのか? 船はあたりには見えない。
生きてます様に生きてます様に生きてます様に。スーツを開けたらミイラでしたとかまぢ笑えない。
急いでスーツごと寝室の布団に運び入れる。砂まみれになるがしょうがない。
左胸のバッチにあるはずのドッグコードを読みだす。もう一か月以上前にレクチャーを受けただけの読み出し方が中々思い出せない。
天人は種族によっては酸素がダメだったり窒素濃度が一定じゃないとダメだったり、緊急時の生体データを知らせるのがドッグコード。これか……? 良かった地球と同じ環境でも大丈夫な人だった。
急いでスーツを脱がす。死体とかミイラとかグロ耐性ないので、本当お願いします!
「え……なんで?」
祈りが通じたのかそこから現れたのは生きた人だった。
ただし、銀色の髪をしたジャンプヒーロー。特大の台風だった。
ぼさっとしているのは一瞬だった。マズイマズイマズイ脳内警報は最高Lvを叩きだし、捨てて来いと悪魔が囁くが、それに反して手はテキパキと動く。
意識を落としている原因は、重度の熱中症と、酸欠。血液中の諸成分、酸素濃度を調整して死に始めていた細胞を修復し、循環系に溜まった毒素を中和する。
一通り処置を済ませると浅く早かった呼吸が落ち着いた。意識は戻らないが、取りあえず大丈夫だろう。
っ!? 銀さんが居るってことは神楽ちゃんや、新八君も!? もし神楽ちゃんが……。
ざっと音をたてて血が引く。
限界ギリギリまで鳥を一気に放つ。とたんバッククラッシュで意識がぶれる……。
「きっつ……」
頭痛と吐き気で手を付く。
星自体はそんなに大きくないが、限られた鳥の数で探すには広すぎる。ましては砂なんかに埋まってしまっていたら……。限界を超えて鳥の数を増やす。
血管が切れたのか現実の視界が赤く染まる。吐き気は限界に達して本当に吐いた。
どのぐらいの時間がたったのかよくわからない。
けれど、見つからない見つからない見つからない……。耳鳴りがする。体の節々が痛む。
「キ……。キ……リ」
揺すぶるな……。銀さん待って……。銀さん!?
鳥の数を減らし意識をLvを上げる。
「はぁはぁ……痛っ……ゲホ……」
「オイ! キリ、聞こえるか!? キリ!」
「銀さん……手……離し……」
現実に意識を持っていくと、布団から体を起こした銀さんが肩をゆすっていた。
「神楽ちゃ……新八……見つか……ない……」
既に、痛みで涙なんてボロボロでまくっているがそれとは違う涙が出てくる。
「大丈夫だ、神楽と新八はここにはいない。だから落ち着け……」
「銀さ……以外……来……ない……?」
「ああ」
良かった……。探索に使っていた鳥を全て消す。
「ゲホッ……」
「きったねぇなぁ、オイ」
吐くものがなくて胃液を吐く。最悪だもう……。かっこ悪い。
シーツを使って銀さんが顔を拭いてくれる。
文句を言いながらも手つきは優しい、いつもの銀さんだ。
「ごめん、少しだけ待って……」
布団に突っ伏して目を閉じる、あ゛ー、口の中がゲロ臭い。
こっそり、切れた血管とか、膨張した血管とか、炎症を起こしている脳とかを修復する。
「大丈夫か?」
背中を優しく撫でてくれる。冷静になってあたりを見渡せば、砂まみれの布団、床に吐かれたゲロ――銀さんにゲロをぶちまけてなくて本当よかった――油汗とゲロと鼻水やら涙やらでべたべたした私。ちょっぴり血もついている。
脇には、砂まみれのふなっしー。
なんつーカオスだここは。それよりもヤバイものがここにはある!!
「そっちみちゃだめえええええ!!!」
私の視線に気付いたのか、振り向く銀さん。私の声は一瞬遅かった。
枕元には私が描いたのオタク的な物が写真立てに入れておかれている。
幸いに寝室にはソレは一つだけ。
万事屋ズが描かれたソレを見た銀さんは何か言いたそうにコチラを見つめる。
終わった。色々終わった。どーしよ。
「服! 服着替えてくる!」
銀さんが反応するよりも早く、部屋から逃げ出した。
枕元に自分の絵とかマジキモくない? ヤバイってあれ。
あーもうなんでもいいから死にたい。隕石降ってこいよ。
大後悔の嵐の中、他の危険物を迷わずゴミ箱(空間拡張済み)に放り込む。
で、お風呂を沸かして、私自身は服を着替えて顔を洗い、うがいだけする。
「銀さーん、とりあえず風呂湧いたよ。洗濯物は籠に入れておいて、入ってる間に洗濯しておくから」
「ん……ああ」
部屋を覗き込むと夢から覚めたような鈍い反応が返ってくる。
疲れてたんだろうか少しウトウトしてたみたいだ。
「なぁ……お前」
「取りあえずこれどーにかしない?」
「……そうだな」
そう告げると、周りを見た銀さんは納得してくれた。
銀さんを風呂に押し込み、部屋は一気に片付けた。
シーツや畳などは全部ゴミ箱(空間拡張済み)に突っ込み。再作成。
ふなっしーは庭兼、運動場に放りだした。
「で、問題はこれだよな……」
脱衣所の籠に放り込まれた銀さんの服。
これどこまで綺麗にしていいかねぇ……。
さっきは気づかなかったけど、結構ボロボロ。
白かった着流しは何かにうっすら染まっているし、ほつれも多い。
後あれだ、パンチ―とかどうしたらいいのさ。
キレイキレイしちゃっていいの? むしろ触っていいの?
洋服と着流しだけキレイキレイしちゃってソレはそのままとか……でも病気とかあるんでしょ何それ怖い。
あ、ヤバイそろそろ上がるかも……。
「ふぅー、さっぱりした。あのスーツ股間蒸れ激しくて痒いんだよ。なのにスーツの上からだと掻けねェし。誰だよあんなスーツ考えた奴」
「そーいう話は聞こえなーい。はいお茶」
お洋服は取りあえず全部キレイキレイしました。
お茶を渡しながら、何も言われない事にほっとする。『下着まで洗うなんていやらしい子』とか言われたら羞恥で死ねる気がする。
――ズズズズズッ
元大量の危険物があったリビングで、ちゃぶ台に座ってお茶を飲む。
えっと何か言ってくれないと気まずくて堪らないのですが……。
「合鍵届けに来た」
そう言ってチャッと音と共に投げられたのは万事屋の鍵。
約束したなそー言えばと、えいりあんと戦った時のことを思い出す。
遠い昔の事のように思える。
「用が済んだら、お帰りは」
「お前な、あのハゲと宇宙行くつってなんで一人でこんなとこいんだよ」
こちらですと言おうとした言葉を遮られる。
お茶を飲みながら回答を探す。なんと答えるのが正解なのか。
「まー嘘は言ってないよね。行くときは一緒だったし」
「ふざけんな」
「……何も言わないで帰って欲しい」
「無理だね。船出ちまった」
なっ……。
「馬鹿かあんたは!」
チャーター船しか来ないこの星は、出発予約日を過ぎれば帰れなくなる。
大方帰りの船が出る日過ぎても探し回ったか、戻り切れなくて倒れたか……。
見つけた時も、見つけたのが私じゃなければ死んでいた。
「馬鹿つった方が馬鹿なんだよ」
「あんたは大馬鹿だ……。神楽ちゃんや新八君を泣かすような真似しないで」
思わず、胸ぐらを掴む。
私の孤独は無駄だったのか。何の為に私はここにいるのか。
「いいから帰れよ。帰れなくてもいい、私が今すぐ帰してやる」
見た事のある場所なら空間を繋ぐ事だって出来るんだ。
何度も繋ごうと思って諦めた場所に繋いでこいつを放り投げてやる。
それなのに……。
「何度でも来るぜ」
なんでそんな事を言ってしまうんだろうこの人は……。
力が抜け、手を離す。服についた名残が崩れる。
「お前連れて帰らなきゃ、神楽はビービー喚くし、新八はダメガネだし仕事なんねーんだよ」
「新八君がメガネなのは元からだ」
「いつにもましてダメガネなんだよ」
「じゃあ、銀さん一人でできるお仕事です。坂田さんのお家までこれ届けてください」
そう言って飲み終わった湯呑を押し付ける。
「一回ぽっちの仕事じゃあ、すぐ元通りだろがコルァ」
すぐに返される湯呑。もう、どうしたらいいんだろう。
「お願い……銀さん帰って。私は皆を護りたいんだ」
残された手段は懇願だけだった。
こうやって刻一刻と過ぎていく時間で失われてしまう物に怯えている。
「……なぁ、お前は何をそんなに怯えてんだ?」
「私は……私が怖いよ。銀さん」
未来を知っている自分が、覚悟もないまま力を持ってしまった自分が。
どちらか一方なら許せたかもしれない。
未来を知らなければ好き勝手生きれた。
力がなければ無力を理由に他人を踏み台に生きれた。
でも両方はダメだ。
未来はちょっとしたきっかけで変わる。
それなのに、私欲で力を振るってしまいそうになる。
春雨を刺激してしまえば、江戸は終わる。
神威の興が削がれれば、吉原は再び春雨の手中に戻るだろう。
きっと何かを誤ってしまえば起こりうる未来。
「もっと分かりやすく言ってくれ」
ここまで来てそんな意味の分からない回答では納得できないのだろう。
不満そうなその顔が面白くて少し笑ってしまった。
「……銀さん。私は未来を少しだけ知っている。未来は楽しい事ばかりじゃないけど、皆笑ってるんだ。だけどそこに私は存在しない。本来存在しないはずの私の所為でそんな未来が変わってしまうんだ銀さん」
「お前が怯えてんのはそれか……」
「お願い、護らせて?」
「テメェ一人で抱え込んで、あいつ等が何とも思わねぇなんてこと考えてねェよな? それをどう護るつーんだ」
なんで私はあの時手を出してしまったんだろう。あの時の後悔が蘇る。
声が震えない様に慎重に声を出す。そんなもの見せてしまえばこの人は二度と手を離してくれなくなる。
「笑ってよ銀さん……。銀さんが笑ってればきっと神楽ちゃんも新八君も笑えるから。私は大丈夫だから」
「大丈夫じゃねーだろ……枕元にあったモノは何だありゃ。肖像権侵害で訴えるぞ」
「アレはアレですよソレですよ」
「それに、未来なんてもう変わっちまってる。俺はここに来たし、くたばり損ねた」
「でも! だから少しでも戻そうと!」
手のひらをきつく握りしめる。
「手遅れだよ。テメェ見捨てて得られる未来で誰が笑うんだよ」
なんてことをしてしまったのだろうか。
「忘れて、私を救おうとしないで銀さん」
優しくて、大きくて、暖かい。その尊い物を護りたい。
銀さんは、家族を信じられなかった私を救ってくれたヒーローだ。
そしてヒーローはまた救ってくれるために、こんなところまで来てしまった。
だからもう十分なんだ。
「無理だよ。理屈じゃねェんだこーいうのは」
コチラを見つめる目は、優しくて強かった。
なぜ私は人の気持ちや、記憶を左右する力を持たないのだろうか。
何でもできるはずなのに、真っ直ぐなこの魂の前には無力だ。
銀さんに抱きつく。安心感を感じさせる重さがあった。
「オイオイ、急にどうしちゃったの」
唐突なそれに焦ったのか体を硬直させ、両手が宙を彷徨う。
けれどギュッと力を込めると、背中を撫でてくれる。
上着のファスナーがおでこにあたって少し痛くて、腕を回した背中は固く、着流しがサラサラしていた。
私の大事な宝物。暖かいものの大切さを再確認する。
「銀さんは、大っきくて硬いねぇ」
「銀さんはいつでもガチガチですよ」
「でもそんな銀さんも大好きだよ」
「えっ、これ誘われてるの銀さん? オイオイ、勘弁してくれよ。銀さんまだ捕まりたくないからね」
言葉の割には焦ってなくて、優しく頭を撫でてくれる。
私の紡ぐ言葉は無力だ。だからもう言葉は紡がない。
「帰って来い」
どこか緊張を孕んだ空気は四散し暖かい空気が流れる。
すっと離れ、銀さんの顔を見ると優しく笑っていた。
「ごめんね」
銀さんの背後に空間を繋ぐ。
その優しさを受け取れなくてごめんなさい。
そんな思いを込め、胸を力強く押す。
「なっ!?」
「バイバイ、銀さん。知ってる? 借りぐらしは見つかったら居場所を変えるんだ。もうここには居ないからこないでね」
咄嗟に伸ばされた手は空を切る。
最後は笑ってお別れ。侍になれない私のルール。
空間を閉じ、一瞬触れた暖かさに大声で泣き喚いた。