もう少し寝てろ。その言葉に精神的な疲れもあってそのまま寝てしまった。
窓から差し込む光で自然と目が覚める。久しぶりに見る太陽はとても眩しくて暖かくて。帰ってきたんだという実感がひたひたと胸を打つ。
安堵と嬉しさとこれで良かったのかという不安感。正直まだ消化不良気味で、流されてしまったと思わないこともない。
でも、ソファーで狭そうに縮こまりながら寝ている銀色ヒーローを見ていると、理屈じゃなくて大丈夫。そう思える。
布団また取っちゃったなぁー。そう思いながら背伸びをして体を回す。
そーいえば、服ボロボロだったはずだけど見慣れない着物? 浴衣? みたいな物に着せ替えられている。
お登勢さんか、お妙さんか……そのあたりに期待しよう。
決して銀さんが着替えさせたとか無い。絶対ない。考えたくないことは頭から放りだす。
チラとソファーを見るとあいかわらず気持ちよさそうに寝ている銀さん。
私の服……取ってくるか。処分してって頼んだら、いつ迄も残ってそうだったからここに私のモノは一切置かなかった。彼等は捨てるのは苦手そうだから。
こんなことになるなら置いておけば良かった。面倒くさい。自分が行った散々の迷惑を棚に上げてそう考える私はきっとエゴイスト。自己中心的思考回路の持ち主と言い換えたほうが良いかもしれない。
そんな意味のない事をとりとめなく考えながら、そっと、静まり返った万事屋から日の登らぬ星に跳ぶ。
少しよれた服をダンボールに詰め、ついでに着替えもしておく。
包帯取り替えたかったけど、巻き方分かんないや。ま、いっか。
そうやって準備を整え、万事屋に戻ろうとしたときハタと気づく。
突然部屋の中に跳ぶと、きっと驚くよなぁーと。銀さんは納得してくれても新八や、神楽ちゃんにはまだ誤魔化しておきたい。
んー……。少し考えた後、屋根に跳ぶことにした。
あれ? なんか騒がしい?
「きーやんどこにいったアル! さぁ吐け!」
「神楽ちょっ、落ち着けって」
「落ち着いてられないネ! 逃げないように捕まえとけって言ったのにソファーで呑気に寝やがってこのクソ天パ! 一緒の布団で抱きしめて寝とけヨ!」
「いや、銀さん紳士だからそーいうのはちょっと……」
「男は度胸アル! 既成事実の一個や二個作る度胸見せろやァ!」
あ、不味い。慌てて玄関の戸を潜る。
「ただいまっ」
言い終わるか終わらない内に飛び込んでくるのは、赤い弾丸特急。
痛みに耐えるため力を入れるが、直前でその襟首を銀さんが捕まえる。
助かった……。あの勢いで来られたら傷口がバックリ開きそうだ。
「オイ、お前はとどめ刺す気か!」
「きーやんどこ行ってたアルか!? 離せヨ。糖尿野郎」
「わかったから少し落ち着け」
襟首を捕まえながらバタバタと暴れる神楽ちゃん。
抱えていたダンボールを玄関先に降ろす。
「ごめん、少し荷物を取りに行ってた」
その言葉にようやく落ち着いた神楽ちゃんを銀さんが離す。
「また出て行ったと思ったアルヨ……」
上り框の段差のせいでほんの僅かに高くなった神楽ちゃんの肩に頭をコテンと載せ、手を腰に回す。
温もりを返してくれるように、神楽ちゃんが、優しく背を触れるように触る。
「ごめんね、神楽ちゃん。もう出て行ったりしないから大丈夫だよ」
「本当アルネ!」
「うん」
その後ろで銀さんが、面倒くさそうな顔をしながら、ため息を付くように笑っていたので、もうきっと私は何処にも行けない。
――ピンポーン
数日後、万事屋のドアベルが鳴った。
「私が出るアル!」
トタトタトタと軽い足音を響かせて神楽ちゃんがかけて行く。
「なんだよありゃ、キリがいるからっていい子ちゃんになりやがって」
銀さんがつまらなさそうに鼻をほじくりながら、消えていった廊下に目線だけ向ける。
「キリさん戻ってきて嬉しそうですね。神楽ちゃん」
和室で洗濯物を畳んでいる新八君がにっこり笑いながらそう言う。
私はソファーで新八君から借りたお通ちゃんのCDを聞いている。
元の世界で聞いたことあるのは、「浮世のことなんて今日は忘れて楽しんでいってネクロマンサー」収録曲だけだったから、知らない曲がいっぱいあってとっても楽しいです。
腐った魂が歓喜の声を上げているぜ。
今度つんぽ――河上万斉――にファンレターでも出してみようか。
そんな幸せな日だからちょっと油断していた。
「銀ちゃんお客さんアル」
そう言って神楽ちゃんの後ろから現れたのは鉄子さん。
耳元でなる賑やかな音も、暖かい日差しもなくなってしまったように感じた。
「xxxxx」
口だけが動き、聞こえない声に、我に返る。慌ててヘッドフォンを外して居住まいを正す。
「久しぶりだなー」
ジャンプを閉じて、立ち上がった銀さんはソファーに座るよう、鉄子さんに勧めながら自身も向かい合う位置に座る。
つまり私の隣へ。
お茶淹れてきますと、新八君は台所へ向かった。
残された神楽ちゃんは、私を銀さんと挟み込む様に腰掛ける。
「あの節は大変お世話になりました」
愛想のないというと語弊があるかもしれないが、いつも通りの無愛想な顔で、ペコリとお辞儀をする鉄子さん。
「世話なんてしてねェよ。勝手にこっちが首突っ込んだだけだ」
そう言ってペラペラと手を振る銀さん。
「それでも助かったのは事実なので、今日はお礼に。色々ありましたが、今は元気でやってます。本当にありがとう」
そう言ってくれるのか……。救えなかったのに。
穏やかな雰囲気を壊したくなくて、叫びたいのをこらえ、静かに膝の上で手を握る。
「で? うるさい兄貴の方はいつ退院すんだ?」
「来週頃には退院できそうです。ただ……もう刀を打つことは……」
「生きて……いるの?」
にわかには信じられなくて、思わず言葉を挟んでしまった。それにびっくりしたように、鉄子さんと銀さんがコチラを向く。
「私……殺してしまったと……思って……」
ボロボロ溢れる涙の向こうで、銀さんが慌てているのが見えた。
「わっ、キリさん! ど、どうしたんですかコレ!」
戻ってきた新八君が、心配そうに身をを乗り出す。
「銀ちゃん言ってなかったアルか!?」
「こ、こういうのは新八お前の仕事だろ」
「どういうことですか!? ってか何!? 何の話!?」
生きてた……生きてたんだ……。
良かった……。
しどろもどろになりながら銀さんが話してくれたのは、銀さんが突き刺したのは紅桜の本体だったこと。
鉄矢さんは救急搬送されて一命を取り留めたこと。侵食がもっと進んでいれば危なかったこと。
片腕をなくしたこと。攘夷志士の内部抗争に巻き込まれた一般人として罪には問われないこと。
最後に鉄子さんから言伝を貰った。
『お前等の言葉届いた。刀は失ったが大事なものは失わずに済んだ。ありがとう』
その言葉にまた涙が止まらなくて、あやすように銀さんが背中を撫でてくれた。