時々、胸を過る痛みを癒やすために、夜、少しだけ駆けるようになった。
例えば茶碗を割ってしまって、危ないからお前は手を出すなと言われたこととか、そんなふとしたきっかけで思い出す温かい記憶。
銀さんは流石に気付いた見たいだけど、何も言わない。だから許してくれたんだと思う。
色っぽ過ぎる情事やら、喧嘩事やら夜の江戸は結構賑やかだ。
特にかぶき町という場所は、眠らない町と言ってもいいだろう。
それを避けるように駆ける。
騒がしい? 喧嘩? だから最初はそう思っていた。ある建物から騒がしい音がする。
騒がしいといっても、騒がしさを無理に抑えたような騒がしさで、不思議に思い、興味本位で覗きこんで後悔した。
統一された黒い制服を着た男たちと、統一性のない着物を着た浪人集団。
入り乱れ激しく刀を打ち合い、一人、一人とどちらも花びらが散るように倒れていく。
似蔵に斬られた御用聞きを思い出した。
正体を隠すための狐の面と、黒い着流しを創りだしそれを身につけ飛び込む。
それぐらいの理性は残っていた。
「なんだテメェは!」
見たことのない隊士がこちらに気を取られる。そこに打ち込まれる刀。
それを奪い取り、峰を返し、相手に叩きつける。
「敵じゃない」
それだけを伝え、柄で、峰で拳で殴り倒す。
けれど人数が多くて、私の一本の刀では抑えることが難しい。
「危ない!!」
誰かが叫ぶ。背に掛かる熱い熱。斬られた!?
痛覚を絞り、裏手で殴り倒す。
でもそうやって手加減の苦手な私が殴ったところで、また立ち上がる人間もいて、その間に一人、一人と斬り殺される人が増えていく。
「応援だ!」
その声に振り向くと、夜でも目立つ飴色をした髪。
沖田さん!? あたりを見渡すと少なくなった人間、地面を染める血……何か人間では無くなったもの。
はっとして、倒れた隊士に駆け寄る。それはまるで手の平から溢れる水の様に、私の手の中ですっと零れて逝った。
堪らずにそこを逃げ出し、震える体を抑え万事屋へ跳ぶ。
高杉の船の上の光景は遠目にみただけで、こんなに強い臭いも、温度も感じられず。悲鳴や苦悶にのたうつ顔ですら薄っすら遠くて。こんなに強烈な死なんて触れたのは初めてで……。手から零れたソレは許しがたいもので……。耐えれなかった。
「銀さん!」
襖を開けて飛び込み、上半身を起こした銀さんに縋りつく。
「どうした! 何があった」
何も言えなくて首を激しくこすりつける様に振る。
頭を抱えるように強く抱きしめてくれる。
背を撫でる手がズルリと滑る。
「斬られたのか!?」
痛覚を絞っていたことを思い出す。異常性を隠すとかそんなものよりも早くこの匂いを取りたくて、身にまとった血糊と傷を一緒くたに消す。
安心させたくて、でも言葉が出なくてただ首を横に振る。
「ゆっくりでいい、深呼吸しろ」
その言葉に血の匂いが嫌で、息を止めていた事に気づく。
恐る恐る息をすると、銀さんの少し汗臭い匂いがした。
ガチガチ鳴る歯を止めたくて、砕けそうなほど噛み締めていた歯を必死で緩め、吐息を吐くように伝える。
「銀さん……人が一杯……死んで」
でも、最後まで言うことができなくて溢れ出そうになる涙を堪える。溢れでてくれるな。強く願う。
ともすれば荒くなりそうな息を抑え。ゆっくりと握りしめた甚平から指を離す。
何をしているんだ……冷静なった頭の一部がそう伝えてくる。
「いい、分かった。何も言うな」
それでも動けない体に、つけたままだった面をゆっくり外される。洋服の上につけた着流しをゆっくり解かれる。
その優しい手をされるがままに見つめた。
「こっちを見ろ」
頭を押さえつけられ視線を合わされる。
「何も考えるな。目を閉じろ」
警告を発する冷静な私を置いて、暗示のようなものに掛かってしまった私はその言葉にコクンと頷き、幼子のように抱きしめられ横たわる。ゆっくりと眠りに落ちた。