切羽詰まった声と血の匂いに飛び起きる。飛び込んできた狐の仮面を付けた不審人物を思わず抱き止める。
遅れてそれがキリだと気づく。
恐慌状態で縋りつくキリを抱き締め、慰め、ようやく寝付いたコイツをゆっくりと観察する。
着流しの背にも、その下に着ていた洋服にも、ざっくりと明らかに斬られた様な跡が残っている。
人が死んだと口にしていた。自分から喧嘩を売る様な人間じゃない、売られた喧嘩を逃げ出す様な奴だ。きっと偶然巻き込まれたのだろう。
隙間を埋めるようにキリが身動ぎする、ズレた布団の隙間から覗いた背はツルリとしていて、斬られた傷などなかったという様な顔をしている。
右手で抑えた傷口が盛り上がり消えていくのがハッキリわかった。べとついた血糊も一瞬で消えた。傷が治せる……そう言ったのはこういうことだったのだろう。
不思議な力、未来を知っているという言葉。
こいつを頼むと言ってきた税金泥棒が思い浮かぶ。
過去の経歴が洗っても出てこない、大量の金を取引した記録があるが、入手方法が分からない。犯罪に巻き込まれた可能性がある、何かあれば連絡しろと……不審な行動も含め。八割善意の二割義務というところの依頼。
そんな依頼にかこつけて、抱えきれないモンだとアラートを上げる本能を無視して拾った。屋根の上で月を眺めるコイツがあまりにも寂しそうで、身の置き場のない悲しみを抱えていたから。江戸から出て行った際に、二割が消え去り依頼は完了した。それでも
一見するとただの餓鬼だが、持っている価値観や、生活様式が、微妙に噛み合わない。天人でもなく、江戸の人間でもない。そんな気がする。『帰らなくてよいのか?』と聞いた時の迷子の様な表情を思い出す。帰りたいと言えない、帰り方が分からない、頼りたくない、妥当なラインが曖昧模糊として見つからない。推理ゲームを解くにはもう少し時間が掛かるなとパーツの足りないそれ思考から放り投げる。
布団をかけ直し、その上から背を撫でると、寄せた眉が和らぐ。そう誤魔化し誤魔化し、夜が明けるのを待つ。
窓からゆっくりと明かりが差し、それが徐々に強まり、すっかり辺りを照らしだした頃、ガラガラと玄関の戸が開く音がした。新八が来たのだろう。
騒がれる前にゆっくりと布団から抜け出す。服を握りしめすぎて硬くなった拳をゆっくりと解く。
一瞬起きる気配がしたが、大丈夫だと頭を撫でると大人しくなった。
枕元に放り投げた着流しと面を手に取る、どこから入手したのかは分からないが、つるりとした感触が真新しさを感じさせた。
それをゴミ箱に突っ込み袋の口を縛る。それをいつものところに出しながら新八に声を掛ける。
「新八ィ、ゴミ出しといてくれ」
「開口一番それですか! ゴミぐらい自分で出してくださいよ」
それにブツブツいいながら、いつもソファーで寝ているキリが見当たらない事に首をかしげる。
「あれ、キリさんは?」
和室を指さすと、開けられた襖の隙間からキリが俺の布団で寝ているのを見てぎょっとした目を向ける。
「
呆れた声に何かを悟ったのか、不安げな表情を浮かべる。
「何かあったんですか?」
「まあ、色々な……それより朝飯とゴミ頼まァ」
「しょーがないですね」
それを曖昧に誤魔化し、和室に戻るとまだ寝ているアイツの隣に腰を下ろす。
その気配を察したのか、ゆっくりと目が開く。自分が何処にいるか一瞬分からないような表情を浮かべたが、俺の顔を見て昨晩の自分の行いを思い出したのか、慌てて布団の中に潜り込む。その姿に一先ず大丈夫そうだと安堵する。
「随分やんちゃしたみたいじゃねーか昨日は」
敢えて笑い飛ばすようにそう言ってやる。
そうすると、布団の中で葛藤中だったらしいキリは、戸惑いがちに顔を出し、いつもの生意気そうな顔を作ると、「獅子奮迅の大活躍だったんだから」と澄ましたように
「そりゃーお疲れだな」
「疲れたよ本当」
よっこいしょと年寄り臭い声を上げ、体を起こすと、首をぐっと回し、服を引っ張りながら背中をみて、結構気に入ってたのになと残念そうな声を上げる。
「何があったんだ」
「んー。喧嘩と間違えて、真選組の討ち入りに乱入しちゃった」
テヘっと笑うコイツに頭が痛くなる。どう間違えたら喧嘩と討ち入りを間違えるというのだろうか……。
「護ろうと思ったんだけどね……全部は護れなかった」
悲しそうに漏れる声、直ぐに取り繕われる顔。
「お前の所為じゃない」
俺の慰めには答えずに、お腹すいちゃったと勢い良く立ち上がり、布団を畳みはじめる。
その姿に、理想を追いかける子供を見る。大人たちが割りきって諦めた物に必死で手を伸ばすその姿が綺麗で、切なくなる。
「お前の所為じゃないよ」
言い聞かすようにもう一度繰り返す。返事は待たずに、襖を開けて「新八ィ、飯!」「その言い草はなんですか!」と、いつものやりとりを行う。アイツが日常に戻ってこれるように。