寝なきゃ……そう思うのに睡魔はなかなか訪れない。
零れていった命。
未だハッキリとおぼえている、手の中で弛緩する体を、べっとりとついた血の感触を。
死は怖い、それを思い出してしまった。
本能的な恐怖は誤魔化す術が無いから困る。
例えば別離が怖いなら日々伝えるべき事を伝えているから大丈夫だと誤魔化せる。痛みが怖いのであれば、もうすぐ終わるのだと誤魔化せる。自分が消える感覚が怖いなら自分じゃなくて世界が消えるのだと哲学的に嘯いて誤魔化せる。
そして自責の念もこうやって別のことを考えればきっと胸の中に埋没して生活のなかで消えていくきっと。醜い傷跡が残ろうとも絆創膏をはって見ぬふりをしてればいいんだ。
不意にスッと襖が開いた、慌てて寝たフリをしようとしたが、膝を抱えたこの体勢で誤魔化されてくれる様な相手じゃない。
「いや~。なんか眠れなくてさ、銀さんに付き合って昼寝すると一日の睡眠時間が十時間越えるって知ってた?」
じっと見つめてくる視線に、寝れない理由を並べ立てて、「もう寝るから。大? 小? 糖? 夜からイチゴ牛乳は太るよ。そろそろ三十路なんだから」と誤魔化す。
でも、そんな誤魔化しなんて通用しなくて、ミシミシと音を立てるほど、頭を掴まれ、布団にぶん投げられる。
「襲われる!」
距離を取る。「嫌だ、来るな馬鹿野郎!! 天パ! 欲求不満か!?」と思いつくままの罵詈雑言を投げつける。
「襲われたくなかったら、大人しく寝ろ」
「あれ? 銀さんってポリゴンだっけ? その場合はお前相手には勃たねぇよが正解じゃね?」
「お前が寝るんだったら、勃たねぇもんも勃たせてやるよ」
「うわっ凄い口説き文句。って、そこまでして頑張んないと勃たない私の立場って酷くない?」
笑う顔を凍りつかせながら必死で舌を回す。それなのに、自身のその視線から隠してくれる様に抱きしめられる。こんだけやれば嫌でも分かってる筈なのに! 私はそんなもの望んじゃいない。
「お前の所為じゃねーよ」
繰り返される言葉に、体が固まる。諦めちゃダメだ、諦めたら試合はそこで終了だ!
服を強く掴んだ指が白くなる。
「何の話? 銀さん意味わかんない」
震えてしまった声。零れそうな何かを耐える。せめてそれだけは流したくなくて耐える。
私なんかに流す涙なんて一滴もあっちゃいけない。
「伸ばした手をお前は掴んでもいいんだ」
「違う、そんなんじゃないよ」
腕をつっぱり、体を離す。
視線を逸らさない懸命の否定。嘘は苦手だけれど、それは嘘をつきたいと本気で思えなくて、軽くなってしまうから。重くなるよう、力を込めて本気で真剣に嘘をつく。
それなのにじっと見つめるその先に浮かぶ灰色は、死なない。いつもは死んでる癖に、死ねよコンチクショー。
「自分で自分を傷つけるのを止めろ。見てる人間だって傷つくんだよ」
「それでも私の所為なんだよ!!」
堪らず腕を無理矢理振りほどいて、後ずさる。これ以上はまずいまずい。脳が警告を発する。
奪われる、そんなものは嫌だ。あの時は非常事態だったしょうが無い。でも今は違うだろ。頑張れ私。
これは私が背負うべき荷だ。
「お前が殺した訳じゃないだろ」
「……殺さなかったから守れなかった」
殺すのが怖かった訳じゃない。どちらも殺せなかった。
「それでいいんだよ、命を天秤にかけてまで、お前はそれを護りたかったのか? そんな覚悟あったのか?」
ズルいと思った。無いよ。知ってるくせに。だから私の所為だとお願いだから言ってくれ。どちらも守れなかった、取るべき筈の真選組だけじゃなくて、攘夷浪士達も。どちらか一方しか護れないのに、中途半端に両方助けようとして、どちらも助けられなかった私に見切りをつけて、覚悟が足りねーのに首ツッコむからだと馬鹿にして、今日はもう終いだ寝るぞと言ってくれ。そしたらちゃんと望み通り寝るからさ。
灰色の瞳が綺麗で、暗闇に浮かぶ白が本当に綺麗で、この場から消えてしまいたくなる。
不意に、「代わりに私が死ねばよかった」と口にしたらこの人は私を軽蔑してくれるのだろうかと妄想を抱く。
「銀さんはさ……綺麗過ぎて……時々嫌になる」
動かない銀さんに、八つ当たりをする。そんなに綺麗だと比べてしてしまうじゃないか。
「オイオイ、脳味噌大丈夫か? それとも目が悪いのか? どこらへんが綺麗だってーの」
「全部だよ」
軽い調子で言われた言葉に危うく零しそうになる。そういう所も嫌だ。
「んな事言われても嬉しかねーよ。そんなもんは飲み屋のねーちゃんにでも言ってやれ」
「女が女口説いてどうするのさ。それこそ嬉しくないよ」
「そーいや、お前も一応女だったな。余りにも色気ねーもんだから忘れてた」
「しっつれいだな! まったく銀さんは」
緩んでしまった隙をつくように、上げられる手。
暗い闇に青い光を弾けさせる。踏み込ませない。
これだから銀さんは油断できない。勝手に隙を作ってスルッとその隙間を縫って踏み込んでくる。
「私さ、殺さなくても何とかできたんだよ。銀さんだって気付いてるでしょ?」
認めたくもない罪を告白する。
変な力がバレて追い回されたらどうしよう。味方をしたはずの真選組に刀を向けられたらどうしよう。……化ケ物と呼ばれたらどうしよう。そう思ってしまった。
だからもう、放って置いてほしい。そんな優しさを向けられる資格なんてないんだから。お願いだから軽蔑して放っておいて欲しい。自分でどうにかするから。
「だからって、自分傷つけて、後悔してどうなるんだ? そんな事しても戻んねーんだよ!」
「銀さんは! 銀さんはっ!!」
綺麗だから、強いから分からないんだよ。弱いものの立場が! 弱いという事がどういう事か。言葉にできない思いを叩き付ける。
そんなの分かってるんだって、でもそうせずにはいられない事だってあるんだよ。
「俺がどうしたんだ、俺がどうだろうと関係ないだろ、それはお前の問題だ。……大体なぁやった奴が悪いんだよ。それとも護れなかった奴が悪いって、お前、言っちゃうわけ?」
そんな事も全て見透かされる。
関係ないと自分では言う癖に、鈍い灰色の瞳で、銀さんは私の中に銀さんを見ていた。やるせなさに、拒絶できなかった。
悔しくなる。私のために弱かった自分を曝け出してくれる銀さんが本当に嫌になる。そんな資格一切ないのに。
「ズルいなぁ銀さんは……」
「そうやってズルさを得て大人になってくんだよ」
ニヤッと笑って今度こそ、腕を取られ布団に押し付けられる。
「銀さん明日も仕事なの、早く寝ないと大変なの、分かったらとっとと寝ろクソガキ」
「やっぱりズルいや……」
そういう所が本当にずるいと思った。
タプンと揺れる触感がするビニール袋を引き下げて、薄曇りの空の下を歩く。いちご牛乳三パック。足元にある石を蹴飛ばしその先を追う。
また奪われた。そんな考えがよぎる。奪われた荷の重荷はいかほどか。
「持ちましょうか?」
そう言うのはお野菜を入れたビニール袋を片手に引っさげた新八君。「じょぶじょぶ、これでも結構力持ちだかんね」と重さで赤くなった指を隠してヘラリと笑う。
銀さんも聞いてくれればいいのに。その荷奪ってもいいか? ってわかりやすく。そうしたら大丈夫と笑って返せるのに。
気がついたらいつも分捕られている荷物。銀さんは不器用な癖に器用だから、スルッとその荷をスマートに奪ってしまう。脅しをかけられて、奪われない様に隠したものも全部さらけ出す羽目になって、気づきたくもない自分の弱さを見つめることになる。誰が願った、奪ってくれなんて! まったくもって腹立たしい。
怪我ってのは見たら痛くなるもんだから、目を逸らして、誤魔化して、痛くない痛くないって言い聞かせて、目隠しに絆創膏を貼っておくもんなんだから。それを無理矢理剥いで傷跡が残らない様、丁寧に縫合しやがって! 考えれば考える程、怒りが増す。傷跡ぐらい残しておくのも優しさだと気づけ。
「銀さんにお礼なんてしなくても良いと思うんですけどね、すぐちょーし乗りますよあの人」
詳しい事は何も言っていないけれど、敏いこの少年はあの夜『何か』があったという事には気付いたのだろう。
「お礼じゃないよ、仕返しだよ。一パックだけタバスコぶち込んでやるつもりだから」
「銀さん一体何したんですか!?」
「無理矢理ひん剥かれた」
絆創膏をという言葉はあえてつけない。
「え!? ちょっとまって嘘ですよね!? えっ、ちょっとォオオオ!!???」
焦り足を止める新八君をケタケタ笑う。
いちご牛乳三パックで天秤は釣り合うか。ありったけの愛を込めて重くなれと願う。