最終電車が出発する。絶対に乗り遅れてはいけないそれは汽笛を上げ、今にもドアは閉じられそうだ。『駆け込み乗車はご遠慮下さい』というアナウンスが流れる。
それなのに抱えた荷物が重すぎて走っても走っても間に合いそうもない。肩に喰い込むそれを捨てようと焦る。けれど焦れば焦るほど荷物の紐は絡まり、目の前でゆっくりとドアが閉まっていく。絶望に叫ぶ私が一人ホームで電車を見送る。
「オイ! 死にたいのか!」
いつの間にか寝ていたみたいだ。飛ばした鳥も消えていた。
揺すぶられ目を開けると、怖い顔をした銀さんがいた。形の良い眉の間に皺が三つも四つも寄っている。
あれは夢だったのか……絶望の残滓がまとわりつく。気持ちが悪くなる程上がった心拍数に、夢で良かったと安堵する。
起きようとすると体に力が入らない。
体の熱は関節を軋ませる程上がっており、傷口は痛みと熱を持っている。
あれ? これヤバくね?
「んー。だいじょぶ」
口だけは取り敢えず強がってみる。
声でるんだ。なんかまだ平気かも。
空を見るとまだ日は高く、約束していた夜には程遠い。
「大丈夫じゃねーだろ! 馬鹿かお前は!」
あれ、なんでバレたんだろう。
「ジミーが見舞いに来た」
今の口に出してた? あれ、思考まとまんね。
「帰るぞ」
「え、やだ」
否定は無視され、抱き上げられる、浮き上がる感覚が気持ち悪い。
ここまでされて押し通すものでもないだろう。
傷は治さず、その他諸々だけ処置する。
靄が掛かるような感覚が消えて、思考がクリアになる。
「んー。もう大丈夫かな? 一回下ろして。お話しましょーよ」
「あ?」
「銀さん糖尿臭い」
「ふざけんなよ」
「本気です」
「殺すぞ」
「優しくお願いします」
はぁーと溜息をついてしぶしぶ下ろしてくれる。座るのはきついので寝かせてもらった。
銀さんは正面からそれを見下ろすようにというか、見下してるねその目は。
「何? お前、マゾなの?」
ちょっと気にしてたのに。
「多分……違う? あ、でも耐えるってのが快感になりつつ?」
「いじめてやろうか」
「ごめんなさい、嘘です」
うん私はサドだ、真性だ、そこは譲れない。
「なんでバレるかなぁー。今回は絶対わかんないと思ったのに」
「テメーの小賢しい脳味噌で考える事なんて駄々漏れなんだよ」
「そっかー、そーですよね」
隕石降ってこればいいのになぁー。そんな事を思いながら、じっと薄灰色の目を見つめる。
「何睨みつけてんだよ」
「いや、だだ漏れてるなら分かるかなーって」
「お礼にチョコパフェ奢ってくれるって? あんがとよ」
「後で幾らでも奢って上げるからお帰り下さい」
腕を上げて、追い払う様にぺらぺらと手を振るけど、あっけなく無視される。そーだよなぁー。そんなんで帰るようだったらそもそもこんな所まで探しに来るわけがない。
そーいや、山崎さんが来たって言ってたな。どうなってるのやら。
「銀さんどこまで聞いた?」
「総一朗くんがお前を斬ったってところまで」
「そっか……神楽ちゃんや新八君は?」
「知ってる」
耳をほじりながら、またこいつは面倒臭いことしやがってって目で見てくる。
あーあ、私も面倒臭いよ。
「心配してた?」
「ああ。神楽が真選組に乗り込もうとしてた。止めてやった事を感謝していちご牛乳一年分献上しろ」
「まじで? それはありがとう。一ヶ月一本計算で十二本でいいですか」
それは本当に助かった。けれど今の私は素直になれなくて、憎まれ口を叩く。
「三百六十五本だよ、コノヤロー」
「一日一本飲む気ですか。死ぬよ?」
「死ぬのはテメーだ、殺されたくなかったら帰るぞ」
本日二度目の殺すぞ発言。
どう足掻いても銀さんに殺される運命は変わらないようだ。
「言っとくけどこれ不可抗力だかんね」
「知ってる。つーかテメーはいつもそうだ」
心情は別として事実を伝える。返ってきた、同情や憐憫なんてこれっぽっちも含まれていない、呆れたような態度に安心する。そんな態度を取られたらそれこそ立ち直れない。
「ねぇ……似蔵の傷の事、新八君知ってる?」
動揺が悟られないように慎重に発音する。
「ああ。神楽も知ってる。傷の手当の時、新八の奴が騒いだからな」
「バレバレですねー」
視線を逸らさずに、別だん大した事ないという風に答えてくれる。
知ってるのに心配してくれる。その優しさが痛い。
「銀さん。私はさ、甘えてる分際でこーいうのも何なんだけど、人に助けて貰うのが苦手なんだ」
「知ってるよ」
ですよねーと笑う、傷口に響いてなかなかに痛い。
「なんだか一人で立てなくなる気がする」
一人が平気じゃなくなる気がする。もうあの星で生きていく事ができなくなる気がする。
「そんなに大事かそれが」
「大事だよとっても」
「周りを傷つけても、それが欲しいのか?」
心底うんざりした、嫌そうな顔をして見つめてくる。そりゃそーだ。他人の性癖を無理矢理聞かされてるようなもんだこれは。
私にとってどちらが大事なんだろう……どちらも同じぐらい大事なのに、どちらかしか取れないというのは、確かに世の事とはなかなか思い通りにならない物ですねぇーと、どこかの指名手配犯に一方的に同意する。
傷つけてしまっては一人で生きる意味が無い。そーいうはなし。
「どーだろうね。そこまでしては欲しくないかもねぇー」
「じゃあ、帰るぞ」
「傷、治さないよ」
「勝手にしろ」
痕に残してもよい傷があるのを銀さんは知っていた様だ。あくまで銀さん基準だけれど。
せめてと思って痛覚を絞り、よっこらしょと声を上げて立ち上がる。
「オイ!」
「今度は本当に大丈夫。銀さん、ありがとね」
色々有り難かった事は事実なので、素直にお礼を言うと、銀さんは表情を焦った様な物から一転、気持ち悪そうな物に変えた。失礼な話だ。