歩いている途中で、傷口に違和感を覚え、恐る恐る痛覚を戻すと、耐え難い、ねじ切れる様な痛みが脳天にまで突き抜ける。開いてはいないがその一歩手前という所のそれに、一歩も動けなくなってしまった私。それ見たことかと銀さんが小馬鹿にしながら背中を貸してくれた。
面倒臭せェから最初からそーしとけよとブチブチ言われたのを、ごめんごめんと謝ると、もっと心を込めろと怒られる。それに生返事を返すと、しばらくの間ぷりぷりと怒っていた。
けれど、そーやって怒っている時ですら、あまり揺れない背中に気づき、再度ありがとうと付け加えると、ようやく銀さんの有り難さに気付いたかと鼻で笑われる。そうやって帰った万事屋。
「きーやん! 馬鹿アルか!?」
家につくと、ずっと玄関で待っていてくれたらしい神楽ちゃんに怒られ、心配そうな顔をした新八君に「怪我人は素直に大人しくしていて下さい」と母親の様な口調で、叱りつけられる。青い瞳は不安で揺れており、眼鏡の奥は少し潤んでいた。傷ついた二人を見ることになった銀さんに、今更ながら申し訳ない気持ちになる。
三人に今度こそ心を込めて謝り、既に敷いてあった布団に横たわる。
誰一人それを治せとは言わなかった。
再び上がってきた熱に、ほぅっと吐息が漏れる。
「水飲みますか?」
おでこの冷えピタを交換しながら新八君が心配そうにそう聞いてくる。
頷き、傷を庇いながらゆっくりと体を起こすと、それを優しく手伝ってくれる。
余談だが、神楽ちゃんは一生懸命世話を焼こうとして逆効果だったため、お登勢さんの所に連れて行かれた。
『ごめんヨ』としょぼんとしてたのが、不謹慎ながら余りにも可愛くて萌えた。
「新八君はさ、なんで私に優しくするの?」
渡されたコップを受け取る。持ちやすい様に、取っ手のついた、軽い、プラスチックのマグを用意してくれる気遣いが嬉しかった。
「どうしたんですか?」
「んー。私、結構酷いことしてるじゃん? 神楽ちゃん助けるの邪魔したり、土方さんの試合邪魔しちゃったり」
正直、面倒事ばかり持ち込む私にそろそろ愛想を尽かしても良いと思った。例え彼等の根幹が優しさで出来ていたとしても。
『見殺しにする気ですか』『何で!?』
それだけを見ればまったく意味の分からない、一見悪意のある様に見える行動にも、気にせず付き合ってくれる。
「何か理由あるんでしょう? 銀さんと時々こそこそしてるの知ってますから」
「新八君はそれでいいの?」
何も聞かずに、納得も出来てないそれをまるっと受け取ってくれる優しさが痛い。
「こんなこと言っては失礼かもしれませんが……キリさん本当は闘う人ではないですよね?」
「そうだね」
闘うべき所を逃げ続けて来た私。
その瞳が、本来軽蔑される筈のそれを真っ直ぐに肯定する強さを持っていたから、ずっと誤魔化し続けていた弱さを素直に認めることができた。
「そんな人が必死で何かに闘ってるんだからいいんです」
「……ありがとう」
新八君にしか持ち得ない、若竹の様な瑞々しい真っ直ぐなその性質が、きっと銀さんをも救ってきたのだろう。
生きるために必要だったとはいえ、ねじ曲がりしなやかさを失ってしまった己にはもう届かないそれが、少し悲しくなった。
それを誤魔化す為、体温が移り温くなった水をコクッと飲む。
「僕も聞いていいですか? キリさんは、何で僕等を護ろうとするんですか?」
「……私は護ってなんかいないよ」
ふるりと首をふる。何も護れていない。流されただけだ私は。痛みをもってそれを教えてくれるこの傷口がその証明になるだろう。
「ちゃんと護ろうとしてくれましたよ。銀行でえいりあんが襲ってきた時とか、ターミナルで船の主砲が発射される時とか、正直、あの時はまだお互い何も知らない間柄で、それなのに何でそんなことするんだろうって……それにこの前出て行った時も僕等を護るためだったって銀さんから聞きました」
けれど、ゆるく笑うその顔が、流されるがままにでも護れたものを教えてくれた。
「紅桜に刺された時……正直僕はキリさんが死んでしまうんじゃないかと思いました。何でそこまでしてキリさんは僕等を護ろうとするんですか?」
苦しみを思い出しながらも、気遣うように迷いながら、ゆっくりと聞かれた言葉。それに「代償行為だから」と答えようとして、長い間解けなかった問題の答えを偶然見つけてしまった私は、息をすることすら止める。
ずっと護るための
ガラスの向こうにある黒い瞳が、真実を映し出す鏡の様に見えた。
「すみません、答えたくないならいいんですよ」
突然一切の動きを止め黙りこんでしまった私に、新八君が少し上ずった声を上げる。
「答えたくない訳じゃないんだけど……ね」
そうじゃないと否定する。その優しさに報いる為、その場限りの誤魔化しになってしまうような答えは口にしたくなくて……けれど、動き始めたばかりのそれは上手く言葉に纏まらない。
「わからないんですか?」
悩む私の心の声を正しく掬い取ってくれる。
「うん、上手く言葉にできなくて……。ごめんね、保留でもいい?」
「ええ……。僕も変なことを聞いてしまってごめんなさい。ゆっくり休んで下さい」
軽い酸欠も相まって、上がってきた熱にくらっとする視界。慌てて新八君が体を倒すのを手伝ってくれた。
なんで私は護りたいんだろう。
既に代償と呼ぶには、余りにも大切になりすぎてしまったそれ。いつかきっと後悔するであろうその問題を見て見ぬふりをし、本来の答えを探す。
そんな事を考えていたら、いつの間にか眠ってしまった。