「お父さん……」
自分の声にはっと目が覚める。中途半端な位置に手を上げた白い天然パーマ。
思わず手を口に当てる。
「ごめん」
何に対してかは分からないけど、そう謝ってしまい、それが失敗だった事に気づく。
細められた死んだ魚の目。
「今
否定を込めて伝えた言葉に、「十二時丁度」と平坦な声で答えが返ってくる。窓ガラスに滲む万華鏡の様なネオンサインの煌き。それが夜の十二時であることを告げていた。
ようやく戻った空気に辺りを見渡すと、膝の上にジャンプを乗せた銀さんが枕元に胡座をかいていた。熱は大分引いたみたいで、痛みだけが鈍く響く。
今日はまるっと一日寝てたな……。
「トイレー」
「お前ちょっとは、慎みもてよ」
そう言いながらも起きるのを手伝ってくれる。
体が少しべとべとする着替えたいな……。がさごそと服を漁る。包帯も変えなきゃ。
「銀さーん、着替えるから覗かないでねー」
「へいへい」
最近の銀さんはボケ殺しだ。ボケ具合が悪いのかこれ。修行が必要だなと、未だ戻らない調子をそう誤魔化し、脱衣所で服を脱ぎ包帯を解く。
赤黒く盛り上がり、黒い糸が靴紐の様に規則正しく並んだ傷跡。綺麗に切れているとお医者さんは言ってた。さすが一番隊隊長だ。
冷えた布団に再び横たわる。余計な事を考えた所為で目が覚めてしまった。本当は寝たほうがいいんだろうけど……。
チラと銀さんを見ると、視線を落としたままパラリとジャンプのページを捲る。何回読んだんだろう……。申し訳ないな。
「銀さん、大丈夫だから先寝てていいよ」
「あぁ? 今良い所だから後でなー」
食い違う会話。寝てくれないってことかなぁ。
「昼間、新八君に、何で僕達を護るのかって聞かれた」
ページを捲る手が止まる。
「で、色々考えたけど理由思い浮かばなくて、好きだからじゃダメかな」
恩をまだ返せてないとか、護ってくれるからとか、憧れだからとか、色々言い訳を探して、けれどどれもしっくり来なくて単純なそれに行き着いた。ずっと遠回りして行き着いた答えは、案外そんなものかという気もした。
「お前がそー思うんだったらいいんじゃねーの」
投げやりな回答が返ってくる。
「銀さんは……いいや」
何でって聞こうとして止めた。銀さんは、約束だ。『先生』との。
私もそういう明確なそれが欲しくて、傷を理由に覚悟を決めようとした。けれど、銀さんの所為で重みを失った傷は覚悟足りえなくて、意味を失った。
失敗したその行為。今思えばそれで良かったのだろう。きっと銀さんは知っていたのだと思う。それが誤りである事を。自分の痛みを持って。
ジャンプを読む銀さんをぼーっと見つめる。
「お前は……俺等の事を知っていたのか?」
いつもなら誤魔化すそれを今は誤魔化したくはなかった。ズルいなぁと思う。けれど、心の隙間をつくその行為が銀さんらしいなとも思った。
ふと、もしかしたら私は聞いてもらいたかったのかも知れない、だから心に隙間が開いてしまっているのだと、そんな考えがよぎる。私が分からなくなってるだけで、銀さんには私の心が見えているのかもしれない。
「知ってたよ。ずっとずーっと前から。だけど表面上だけだね、本当のところは何も分かってなかった」
だから素直に答える。
新八君のその性質も、神楽ちゃんの優しさも、銀さんの深さも何も分かっていなかった。自分では分かっているつもりだったけれど、海を見たことのない人間が、海の広さを真に理解出来ないように、私もまた表面を知っているだけだった。
ペラリとページを捲る音がする。
「最初はね、代償行為だったんだ。けれどいつからか本物になってしまった」
主語のないそれを、何がとは聞かれなかった。代わりにページを捲る音が止まる。
「そうか」とだけつぶやいて、透明な灰色の瞳が、再びジャンプに視線を戻す。それを視界の隅に収めながら、「少し眠るね」そう伝えて私は眠くは無いけど目を閉じる。
そうすると、いつのまにか眠気は戻ってきて、未だ願いは叶わないけれど、幸せにはなれたよ。そう夢の間で呟いた。