クビになったバイトの代わりを探していると、一駅程離れた所にあるケーキ屋さんが従業員を募集していると、銀さんが教えてくれた。さっそく面接に行くと即日採用OK。履歴書的な問題でゴネられる事の多い私としてはラッキーだったとしか言いようがない。
そうやっていつもの日常を取り戻した私は、ゆっくりとその日を待つ。鳥が運んでくる優しく緩やかで、切ない時間を覗き見ながら。
「あのマダオ、今日も帰らないつもりかよ。いったい何処をほっつき歩いてるっていうんだ」
時計を見ながら、残業代なんて出ないのに、と言いながらそれでも銀さんを待つ新八くん。姿勢正しくソファーの上で座るその横で、だらしなく寝そべる神楽ちゃん。二人共目の前のテレビに集中出来ずに、チラチラと時計を眺める。
遠く、病室の前の白い廊下。備え付けられたソファーの上で寝そべっている銀さんは、何処か諦めた鈍い灰色を宿していた。鳥が教えてくれる残り僅かな時間。淀んでいても、灰色はやはり綺麗だった。
「新八君ちとお願いが……。今日ちょっと神楽ちゃんと一緒に泊まってくれない?」
色々な感情を押し殺し、おどけた調子でパチンと手の平を合わせる。
「いいですけど……どうしたんですか?」
不思議そうな顔をして二人の目がこちらを見つめてくる。
「ちょっと不純異性交遊してくるんで、遅くなるかも。お泊りになったら銀さんには適当に言い訳つけといて~」
「え、本気ですか!? ちょっと! ちょっとキリさん!?」
「避妊はちゃんとしろって銀ちゃんが言ってたネ」
「か、か神楽ちゃん!?」
予想以上に、焦る様子が面白くなって、訂正することなくついつい、そのまま手を振って出てきてしまった。護りたいという思いが確かにある事を確認する。
降り続く雨の中、ビルとビルの間にある、深く暗い影に紛れ目的地に跳んだ。
錆びついたコンテナが立ち並ぶ港、そのコンテナの間に立つ。遠くから発砲音と罵声が聞こえてくる。鉄の匂い……それは決して錆びだらけのコンテナや船の所為だけではない。
作り出した木刀を手に取る。柄は無地。『シークレットサービス』と掘ろうか悩み、止めた。誰も分かってくれないボケはつまらない。あーあーと変えた声の調子を何度か確認し、狐の面を付け、黒い着流しを羽織る。目を閉じゆっくりと深呼吸する。
よし、大丈夫。
黒島キリいっきまーす! そんな掛け声を胸の中で上げながらそこに飛び込む。
黒い隊服が生み続けるかつて人間であった何か。血の匂いが強くなり、心拍数が上がる。ぎりっと木刀を握りしめる。
大丈夫。
「新手か!? クソッ!?」
突然現れた私に、土方さんは一瞬驚くような表情を浮かべたが、迷うことなく刀を振りかざし飛び込んでくる。
袈裟懸けに振り下ろされる刀。それを避け、伸びきり隙だらけの脇を目掛け、木刀を突き出す。背後から襲いかかろうとしていた浪人が崩れ落ちる。
「一応味方ですよ。喋ってる暇あったら手、動かさないと死にますよ、真選組副長殿」
「チッ」
その言葉に一瞬止まった刀を握り直し、背を向けるように闘いを続ける。私は、できる限り基本に忠実に、習ったとおりに受ける、払う、打ち付ける。崩れ落ちる人を出来るだけ見ない様にしながら、大丈夫と繰り返す。自分を誤魔化すのは得意だからきっと大丈夫。
「耳を塞げ」
鋭い警告の声に、咄嗟に耳を塞ぎ、コンテナの陰に飛び込む。それが済むか済まないかの内に、少し離れたコンテナに隠れた土方さんが、ジャスタウェイを取り出し、追ってくる奴らに向けて投げつける。
――ドォオン
黒鉛と、塞いだ筈の耳に響き渡る轟音。飛び散る肉片。肉の焦げた匂い。四肢を欠き、蠢く黒い影。立ち上った煙は雨に打たれ直ぐ掻き消える。
それにしても人数が多いなぁ……。そう思考を逸し刀を振るう。
幾ら殴り倒しても減らない敵。気がつけば誘導されるかのように追い込まれ、銃を持った連中に囲まれていた。
「テメェだけでも逃げろ」
「んー。諦めるにはまだ早過ぎるんじゃないかな」
一点をじっと睨みつけ、隙を伺う土方さん。チラッとそちらに視線を移すと足は撃ちぬかれてはいないものの、満身創痍な体、荒い息遣い。黒く光る銃口がこちらを向いている。
こんな状態でも、味方を気遣えますか、漢だねェ。
「蔵場!」
何かに気づき土方さんが声を上げる。視線の向かう先に目を移せば、蔵場がどうどうとコンテナの上に立っていた。
ミツバさんの婚約者……。一見真面目に見えるその人相と、人の良い表の顔。よもや攘夷浪士と繋がって武器の取引をしているなんてミツバさんは思ってもいなかっただろう。結婚詐欺師ってツラじゃないだろ、鏡をみて仕事選べよと胸の中で悪態をつく。不細工とまでは行かないが、お世辞にもモテそうとは言えないゴツイ顔。三十点。脳味噌の裏で残念な鐘の音が鳴った。
「残念です……あなた達とは仲良くやっていきたかったのですがね。真選組の後ろ盾を得られれば自由に商いができるというもの。そのために縁談まで設けたというのに……姉を握れば総悟君は御しやすいと踏んでおりましたが。医者の話ではもう長くないとのこと。非常に残念な話だ」
雨に打たれながらも、余裕な表情を浮かべ朗々と自身の行いを語りだす蔵場。堂々と立つその姿は悪役然としていた。
「ハナから俺達抱き込むために、アイツを利用するつもりだったのかよ」
湿気った煙草に火をつけ、それを鼻で笑い飛ばす土方さん。胸の内と表情が一致しているのかは分からないが、その態度に、精神的上位者になりきれなかった蔵場は、ほんの僅かに顔を歪める。
「愛してましたよ。商人は利を生むものを愛でるものです。ただし……道具としてですが、あのような欠陥品に人並みの幸せを与えてやったんです、感謝して欲しい位ですよ」
真選組副長という人間相手に、いかに自分が
知ってはいても、人をゴミ扱いするあのサディスト沖田が、
「クク……外道とは言わねェよ。俺も似たようなもんだ……ひでー事腐る程やってきた。挙句、死にかけてる時にその旦那叩き斬ろうってんだ、ひでー話だ」
「同じ穴のムジナという奴ですかな。あなたとは気が合いそうだ」
「そんな大層なもんじゃねーよ」
隙を伺いながら交わされる会話。けれど、続くはずの言葉は続かなかった。
『俺ァ惚れた女にゃ幸せになって欲しいだけだ。こんな所で刀振り回してる俺にゃ無理な話だが、どっかで普通の野郎と所帯持って、普通にガキ産んで、普通に生きてほしいだけだ。ただ、そんだけだ』
語られる筈の胸の内。それを打ち明けるには、私が邪魔だったのだろう。死ぬ覚悟を持って、蔵場を殺す。聞いた相手か、はたまた言った己かどちらかは必ず死ぬであろうから語られたそれ。生き残る可能性のある私――どこの誰とも知れない人間の前でも言えないのか。この人は本当にその気持を誰にも告げず、墓場まで持っていく気だったのだと、こんな所で気付かされる。悲しいね土方さん。
多勢に無勢、それでも刀を構える土方さん。もうこちらを気にしてはいなかった。鋭い瞳の中に獣を宿し、優先順位を間違えないその姿が一本の黒い刃に見えた。
「なるほど、やはりお侍様の考えることは私達下郎には、はかりかねまするな。打てェエエエエ!」
――バリッ
打たれる前に雷撃を飛ばす。
「なっ」
昏倒するチンピラ共。あーあ、土方さん固まっちゃってますね。
あ、くそ、蔵場逃げた。
「土方さん。蔵場が逃げました、追って下さい」
「くそっ、あとできっちり説明してもらうからな!」
撃ち漏らしたチンピラが寄ってくる。
――ドォオーン
突然響いた爆音にたたらを踏み、浮きだつそれらを殴り倒しながら、土方さんを追う。
「トシィイイ」
「真選組だあああ!」
近藤さん達の声を遠くに聞きながら、土方さんを狙う銃や、マシンガンを壊しながら蔵場への道を作る。蔵場の乗る車の上に飛び乗る土方さん。遠目にだけど銀さんの原チャが見えた。
きっともう大丈夫。入っていた肩の力を抜くと、降り続く雨に濡れた着流しが重くなった気がした。面を少しだけずらし、汗なのか雨なのかわからないものを拭いながら、土方さんを振り落とそうと迷走する黒塗りの車を見る。
左のタイヤを銀さんが潰し、右のタイヤを土方さんが潰す。スピードの落ちた車の前に立つのは沖田さん。いつもの綺麗な太刀筋でそれを一刀両断にした。
響き渡る爆発音、黒い煙。
周りをみれば、結構潰しておいたので、近藤さん達の怒濤の快進撃にそろそろ終わりそうだった。終わりを待たずに跳ぶ。
跳んだ先は大江戸病院。ミツバさんが眠る病室――誰もいない無機質なそこ。
沖田さんの姉上、土方さんの想い人……一度は切り捨てた命。
心電図が黒い画面に緑の線で命を刻む。真っ白なベッドの上で、青白い顔で呼吸を苦しそうに乱しながら、一人眠るミツバさん。
上げた手が迷う……。いいのだろうか?
「だぁれ? そーちゃん?」
幼子のような少し舌足らずなふわっとした声。ミツバさんが薄く開けた目をこちらへ向ける。
残された力を振り絞って開けられたその瞳には生きる強い光があった。皆の帰りをこの人はこの人で闘いながら待っているのだろう、細い命を繋ぎながら懸命に生きる目。この人は違う、重なった幻影を振り払う。
「ただの狐です」
それだけ伝えると、胸に手を充てる。
「不思議ね、少し楽になったわ。何をしたのかしら?」
「何も。ゆっくり寝て下さい」
一人で逝かせてしまう可能性に迷いながら取った刀の重さは
ミツバさんを深く眠らせ、できるだけ苦しくない様に、ゆっくりと治療する。苦しませてしまった贖罪、そう思ってしまった自分のエゴイストっぷりを薄ら笑う。
落ち着いた呼吸を確認した所で、病室の前が騒がしくなる。
お礼参りはこれで良しとしようか、そう思いながら万事屋の屋根まで跳び、狐面と着流しを外して、フラレちゃったーと家に帰ると、良かったですと返ってきた。
「きーやん。不純異性交遊って結局誰とだったアルか」
「んー。いろんな人と。乱交パーティーだったよ」
「キリさん! 神楽ちゃんにそういうこと言うと直ぐ使い出すからダメです!!!」
「神楽様を舐めるなヨ! 乱交パーティーぐらいとっくに知ってるアル。この前銀ちゃんも乱交パーティーしたっていってボロボロになって帰ってきてたネ」
「あのクソ天パァアアア!!!」
結構な時間なのに、起きて待っていてくれた神楽ちゃん、新八君。
今日も万事屋は平和です。