街山吹色の着物に映える柔らかな笑顔を浮かべるミツバさん。その隣でいつもの飄々とした笑みではなく、素直な笑みを浮かべた沖田さん。そんな二人が街を歩いているのを見つけた。反物屋で着物を選んでるのだろうか、嬉しそうな笑い声がこちらにまで聞こえてきそうなその姿に、助けて良かったと私も口角を上げる。
色々あってミツバさんは江戸に住むことにしたみたいだ。土方さんはどうするんだろうか。手を出すのは無粋だとは思うけれど、墓にすら埋められなかった言葉、きっとこのまま一人背を向けたまま歩いて行くのだろう。あの夜見た黒い獣を思い出し、そんな確信を持つ。
肌に感じた人を斬るという行為。その血に倒れる未来があるとしたら、柔らかな手を取れないという思いは痛いほど分かる気がする。
けれど……沖田さんを探しに来た土方さんが、ミツバさんが隣にいるのを見つけ、
このままでいいのだろうか……関係ないと誤魔化すには重くなり過ぎてしまった事にそこまで考えて気づく。いつの間に私はこんなにも距離を縮めてしまったのだろうか。そこまで踏み込むつもりは毛頭無かった。ただ拾うだけだとそう決めていた筈なのに。
公園で一番高い杉の木の上から眺める江戸の街。こんなものを抱えていてはいつかきっと後悔する。そんな漠然とした感情だけが鈍く胸に残った。
「総一朗くんから電話だ」
ジリンジリンとなった電話のベルに片眉を上げて嫌そうに取った銀さんがそう告げる。予想外の人物からの電話に私も負けじと嫌そうな顔を浮かべる。「変顔してんな、ただでさえ不細工なのに更に不細工になんぞ」なんて失礼な事を言いながら、早く受け取れと目で催促する銀さん。
「いないって言ってー」
「面倒くさい。テメーで言え」
そんな言葉は無視されて、とうとう電話機ごと投げられた。
ちょっと待ってよ! 慌てて受け取る。
「はいはい、もしもし坂田です。御用の方はピーっという」
「いいから屯所まできな。来なかったら今度は臓物
私の言葉は無視され、それだけ言うと、ガチャンと切れた電話。
「銀さん! 屯所に来なかったら臓物
電話をデスクの上にに戻しつつ、代わって下さった銀さんに訴え出る。
「ハイハイ、
ジャンプ片手に鼻をほじりながら、やる気のない声で答える。こちらに目すら向けようとしない。
クソッ、万事屋唯一の大人はあてにならない。
「神楽ちゃん。臓物
「倍返しにするヨロシ。明日はサドの臓物でホルモンパーティーアルヨ」
ソファーの上で、酢昆布を齧りながらレディース雑誌を見てる神楽ちゃんに飛びつく。けれど無情な返事が返ってくる。
まさかの裏切りに、頭を抱えてソファーに
「やだやだ、ドエスの用事なんて碌な事がないきっと。隕石降ってこないかな」
「行かない気ですか?」
コポコポとお茶を入れながら新八君が聞いてくる。私の分だけお茶が入ってないのはさっさと行って来いという意味だろうか。
「行くよー、行くけどさぁー。新八君一緒に行こう?」
せめてと体を捻り頭をそちらに向け、新八君に同行をお願いする。
「嫌ですよ。沖田さんも基本悪い人じゃないんですからそんなにビビらなくても……」
「前、お腹切られたし」
「そう言えばそうでしたね」
「なんか扱い雑くない? お腹斬られたんだよ!?」
「『ただの喧嘩だから大げさにしないで』って言ったのキリさんじゃないですか」
「そりゃそーだけど」
眼鏡の奥からジト目で見つめられる。
それを言われると何も言えない。確かにそうだ、心配する二人をただの喧嘩だと言って無理矢理言い包めたのは記憶に新しい。だからか、神楽ちゃんもそっけないのは、何も言わないことに対する仕返しだこれは。言わないのなら自分でなんとかしろよなという無言のメッセージデスカ。了解です。仰る通りです。
しょうがなく深い溜息を付いた後、生暖かい目に見送られながら屯所までの道を往く。誰か骨は拾って下さいお願いします。
立ち番の人に言えば、聞いていたのか直ぐに奥に通された。
「お邪魔します」
「やっときたかィ」
立て付けの悪い万事屋とは違いスッと開いた障子。沖田さんの私室だろうか? 四畳程の和室の中央に胡座をかいて座るサド皇子。相変わらずのポーカフェースで、何を考えているのかなんてまったく分からない。案内してくれた隊士は本当に案内だけで、直ぐに背を向けて廊下の先へ消えていく。もうちょっといてもいいんじゃないかなぁ。か弱い乙女をこんなサド皇子の前に一人置いてったら喰われちゃうよ? 調教されちゃうよ? という念を去っていくその背に送るも戻ってきてはくれない。コンチクショー。
「何してんでィ。とっとと座りなせェ」
沖田さんは馬鹿にしたような目で、障子の枠に手をつき、立ちっぱなしの私に座るよう勧める。その顔に拒絶は浮かんでいなかった。
「……失礼します」
仕方なしに、向かい合うように置かれた座布団に座る。当たり前だけど、斬りつけられる事もないし、ブーブークッションが仕掛けられてたり、罠が飛び出してきたりそんな事もない。いや、そんな直接的な攻撃をこのドエスがやるだろうか、しないね、反語。
「別に取って食いやしねェ、もう少し気楽に構えなせェ。それともなにかィ? 俺が何かすると疑ってんですかィ?」
慎重に構える私に、にやりという顔をして先手を打ってくる。
「いえいえ、そのような事は思ってもいません。お気遣いなく、これが私の気楽な姿勢なので」
「あれ? 今までの態度はじゃあなんだってんだ。気楽な態度より砕けてた態度ってことはあれかィ? 今まで馬鹿にしてたんですかィ? そりゃァ気が付きやせんしたね。次からはそんな態度取れねーよう、ここで一度絞めときやしょうか」
「ごめんなさい、勘弁して下さい。ご用件は何でしょうか」
両眉を上げ、のうのうと宣うそれに耐え切れず、頭を擦り付けて懇願する。
蔑む様にハンと鼻を鳴らし笑われる。私確か呼ばれた側だよね? お客さんだよね? 誰か、もう帰っていいですか……。
「姉上の件でィ」
「姉上様がいらっしゃるので?」
幾分堅い声質にビクリと体を震わせそうになるのを辛うじて押し留める。頭を下げてるのが幸いした。表情までは見られていまい。
このサディストだカマかけの可能性も否めない為、一応とぼけてみる。
「顔を上げなせェ」
上げたくありません。
でも、そんな態度取れば自明の理なのでしょうがなく顔を上げる。私の顔面表情筋頑張れ。
「狐」
じっと見つめられ、ポツリとそれだけ呟かれるたそれに、必死でポーカーフェイスを気取る。沖田さんには敵わないがそれなりに得意なのだ。
「なんのことでしょう」
「ネタは上がってるんでィ」
迷うことなく確信をもって伝えられるそれに思い当たることはない。情況証拠も物的証拠も何も残していない筈だ……。自然と上がる心拍数、相手に聞えるんじゃないか、手垢のついたそんなフレーズが頭を
「前にいっただろ。アンタの剣は滅茶苦茶だって。土方さん曰く、付け焼き刃の天堂無心流、無駄に早くて重い」
私の必死の葛藤なんかどこ吹く風で、さらりとバラされるネタにぐっと息を呑む。
嘘嘘嘘嘘。そんなところからバレるもんなん!?
いやいやいや、じゃああれ、土方さん知ってて知らんぷりしながら闘ってたの!? まじで? 死にたい。
隕石まじ降ってこい。狐のお面とかつけちゃって超恥ずかしいじゃん!?
沖田さんいなかったらゴロゴロ転げまわってました。
「眼鏡に確認したら、最近アンタ門下生になったんだって?」
ニヤリとする顔にもう、顔が引きつるのをもう止められなかった。
「すみませんでした」
涙が止まらない。血の涙出そう。
「姉上……アンタがやりやしたね」
真剣な表情の沖田さん。きっと私の中途半端な誤魔化しなんて通用しない。
だからしょうがなく本当の事を話す。
「まあ……。でも、どうやってやったかってのは話せない」
「安心しな。そんな事に興味はねーんでィ」
嘘だと思った。沖田さんがミツバさんに関する事で、興味が無い事なんて存在しないハズなのに。
「用はそれだけ?」
「姉上の病気。……完全に治ったんで?」
「検査したんじゃないの?」
その言葉に思わず回答が少し遅れた。
てっきり検査をしたものだと思っていた。私なんかに聞くよりもそっちの方が確実だ。
「医者は一応完治してると……ただ原因がわからねェってんで、再発する可能性もあると」
ギシッと空気が軋みそうな目でこちらを見つめる。
その言葉にやっぱり嘘だったんじゃないかと確信を持つ。原因なんて私の喉を切り裂いてでも知りたいハズなのに。
沖田さんらしからぬ優しさに腹に澱の様なものが溜まる。沖田さんは……サディストぐらいが丁度良い。
「私としては完全に治したつもり。再発は無いと思う。ただ、もし、もし何かあれば私に連絡をして」
専門家じゃない私は、確実なことは何も言えない。
だから、携帯番号だけを伝える。最優先で対応することを約束して。
その言葉に、顔を覆う沖田さん。
「ありがとやした」
「んー。お礼はこの件を内密にしてくれればいいや」
素直にお礼を受け取る資格はないのだろう。拒絶することで自己満足を埋める行為もやりたくない。
もっと早く治せたんだ。自己都合であそこまで引っ張った。苦しそうに薄目を明けるミツバさんがちらつく。
最初は、見捨てる覚悟もした。沖田さんの能面の様な顔がちらつく。
それを懺悔する勇気もない。
「土方さんにもそう伝えておいて」
いたたまれなくて、早く逃げ出したい。
「すいやせんでした」
それなのに、お腹辺りに視線を向け、澄んだ瞳で見つめられる。
斬られた理由を一つ追加する。あの夜の狐面が私だときっと沖田さんは気付いていたのだろう。
だから、そんな言葉受け取りたくなくて。
「んー。自業自得だから。それに、お礼をいうのはこっちの方だよ。大人は誰も叱ってくれなかったから」
にっこり笑って言えばきっと否定しないハズだから。
「……」
甘いと思って食べた飴がしょっぱかった様な、そんな表情を浮かべ、言い淀む。
「……なんでアンタは、助けたんで?」
「好きだからだよ。君も土方さんも、君のお姉さんも」
その言葉だけ残して逃げるように席を立った。
やっぱり沖田さんは苦手だ。
万事屋に帰る気にもなれず、いつかの河川敷に、途中で拾ってきたダンボールを敷いて寝っ転がる。
ここに来た日を思い出す。何も分からずに一人この世界に放り出された日。
なんで死んだはずの私がこの世界に来てしまったのかと思わなかった日はない。しかも余計なオプション付きで。
神様か召喚術師様でも現れて、こうこうこういう理由で君は来たんだ、魔王を倒してくれとかでも言われた方が良かった。
そうすれば文句を言いながら魔王を倒すのに。でもそんな神様も召喚術師様も現れなかった。
取り返しのつかない未来を変えてしまった。本当に良かったのか。
これは、一時しのぎのための『安寧』ではなかったのだろうか。
決めたハズの覚悟なんて、こうも簡単に揺らぐ。
この世界の人達は皆本当に強い。なのに私は……。
全ての鳥を消す。能力を全部消してぼーっと空を見上げる。
自己欺瞞。独善的。自己愛。偽善者。
今の自分を表現するとしたらそんな言葉が並ぶだろう。
夕日がゆっくりと沈んでいくのが見えた。
帰ろう。
ガラガラと戸を開けると、『お帰り』という声がする。
『ただいま』と返せば、色々な声が飛び込んでくる。
この話で改定前は終わりです。
色々フラグへし折った感じになってるので、もう別話として捉えて下さい。
改めて見ると本当酷い話だまったく(他人事)。
いや、今が良いかと言われたら口を濁すしかありませんが、良くはなっていると自分では思ってます。
以降は本編をお楽しみ下さい。
2015/04/26 空飛ぶ鶏