夜中、襖を開くと、膝を抱えソファーの上で蹲っている奴がいた。
「いや~。なんか眠れなくてさ、銀さんに付き合って昼寝すると一日の睡眠時間が十時間越えるって知ってた?」
俺に気づくと、しまったという顔をして、笑いながら、そんな下手な言い訳をして、怯える様に距離を取る。
暴れるガキの首根っこ捕まえ、問答無用で布団に叩きこむ。
「襲われる!」
それでもなお距離を取ろうとするコイツが過去の誰かと被る。
「襲われたくなかったら、大人しく寝ろ」
「あれ? 銀さんってポリゴンだっけ? その場合はお前相手には勃たねぇよが正解じゃね?」
「お前が寝るんだったら、勃たねぇもんも勃たせてやるよ」
「うわっ凄い口説き文句。って、そこまでして頑張んないと勃たない私の立場って酷くない?」
笑う顔を凍りつかせながら舌を回す。その顔を胸に押し付け、俺の視線から隠してやる。
「お前の所為じゃねーよ」
何度だって繰り返してやる。分かりやすい程体を硬くする。
服を強く掴んだ指が白くなる。
「何の話? 銀さん意味わかんない」
震える声。
「伸ばした手をお前は掴んでもいいんだ」
「違う、そんなんじゃないよ」
腕をつっぱり、体を離す。泣いていなかった。
視線を逸らさない懸命の否定。
いつもヘラヘラ笑って誤魔化すこいつには珍しい本気の嘘。その裏に隠れているものは怯えと、拒絶。
慰める時に浮かんだ拒絶と同種の、見覚えのあるそれに強引に割って入る。
「自分で自分を傷つけるのを止めろ。見てる人間だって傷つくんだよ」
自分のために他人を頼れないのなら、理由を作る。
「それでも私の所為なんだよ!!」
腕を無理矢理振りほどかれ、怯えるように距離を取る。
「お前が殺した訳じゃないだろ」
威嚇するように、毛を逆立てて距離をとるコイツに、それを飲み込ませるため
「……殺さなかったから守れなかった」
殺せなかった。そう言ってるように聞こえた。
「それでいいんだよ、命を天秤にかけてまで、お前はそれを護りたかったのか? そんな覚悟あったのか?」
俯いた視線、握りこまれた拳。肯定も否定もなかった、だから分かってるのだろう。ただ死んでくのが許せなかったそれだけだ。奪う覚悟も、護る覚悟もできてない以上踏み込むべき領域ではない。そんなので斬っても痕が残るだけだ。
「それでも……確かに守りたかったんだよ。それなのに私は……」
消えてしまいたい、そういう思いが透けて見える。
それなのに、近づけなかった。近づけば本当に消えてしまいそうだったから。詰められない距離感。
「銀さんはさ……綺麗過ぎて……時々嫌になる」
憧れと、羨望が混じったようなそれは、まるで自分はそうじゃないとでも言うよう。
「オイオイ、脳味噌大丈夫か? それとも目が悪いのか? どこらへんが綺麗だってーの」
「全部だよ」
泣くかと思った想定は外れ、目元を乾かしたまま歪に笑う。危うく舌打ちしそうになるのを堪える。
「んな事言われても嬉しかねーよ。そんなもんは飲み屋のねーちゃんにでも言ってやれ」
「私未成年だよ? それに女だから飲み屋のねーちゃんにモテても嬉しくないや」
「そーだっけ? ま、その胸じゃあ、男も女も一緒だろう」
「しっつれいだな! まったく銀さんは」
できた隙をついて上げようとした手を牽制するように、暗い闇に青い光がスパークする。
「銀さん……私ね……手ェ抜いたんだ。怖くってさ……最低だよね」
拒絶を恐れるが故に使わなかったモノを示して拒絶する。それは拒絶してくれという願い。
そんなもん叶えてやる義理はない。
「それで? 自分傷つけて、戻んないもん後悔してどうなるんだ? テメーが楽になりたいだけだろーが! そんなもん!」
「銀さんは! 銀さんはっ!!」
続くことのないそれは無音で泣き叫ぶ声だった。
「俺がどうしたんだ、俺がどうだろうと関係ないだろ、それはお前の問題だ。……大体なぁやった奴が悪いんだよ。それとも護れなかった奴が悪いって、お前、言っちゃうわけ?」
呆れたような声でそう言ってやる。誰とは言わない。だがこう言えばコイツは自己を否定するしかなくなる。
他人と自分は違うのだと、そんなズルい考えのできない子供はそこで思考を停止するしかない。
「ズルいなぁ銀さんは……」
「そうやってズルさを得て大人になってくんだよ」
護りたいと叫ぶ子供の手から刀を奪い、背負った荷を奪い取るのは大人のエゴなのだろう。
そして――。
「銀さん明日も仕事なの、早く寝ないと大変なの、分かったらとっとと寝ろクソガキ」
「やっぱりズルいや……」
子供が子供でいられるように居場所を作ってやるのが、ズルい大人の義務であり、特権だ。
今度こそ、その頭を掴み、布団に押し付ける。
*
タプンと揺れる触感がするビニール袋を引き下げて、薄曇りの空の下を歩く。いちご牛乳三パック。足元にある石を蹴飛ばしその先を追う。
また奪われた。そんな考えがよぎる。冷静な頭は警告を発していたのに、動かなかった体。非常事態だったと己の状態をそう正確に認識はしたけれど、奪われた荷の重荷はいかほどか。
「持ちましょうか?」
そう言うのはお野菜を入れたビニール袋を片手に引っさげた新八君。「じょぶじょぶ、これでも結構力持ちだかんね」と重さで赤くなった指を隠してヘラリと笑う。
銀さんも聞いてくれればいいのに。その荷奪ってもいいか? ってわかりやすく。そうしたら大丈夫と笑って返せるのに。
気がついたらいつも分捕られている荷物。銀さんは不器用な癖に器用だから、スルッとその荷をスマートに奪ってしまう。脅しをかけられて、奪われない様に隠したものも全部さらけ出す羽目になって、気づきたくもない自分の傷を見つめることになる。誰が願った、奪ってくれなんて! まったくもって腹立たしい。
怪我ってのは見たら痛くなるもんだから、目を逸らして、誤魔化して、痛くない痛くないって言い聞かせて、目隠しに絆創膏を貼っておくもんなんだから。考えれば考える程、怒りが増す。
「銀さんにお礼なんてしなくても良いと思うんですけどね、直ぐちょーし乗りますよあの人」
詳しい事は何も言っていないけれど、敏いこの少年はあの夜『何か』があったという事には気付いたのだろう。
「お礼じゃないよ、仕返しだよ。一パックだけタバスコぶち込んでやるつもりだから」
「銀さん一体何したんですか!?」
「無理矢理ひん剥かれた」
心をという言葉はあえてつけない。
「え!? ちょっとまって嘘ですよね!? えっ、ちょっとォオオオ!!???」
焦り足を止める新八君をケタケタ笑う。
いちご牛乳三パックで天秤は釣り合うか。ありったけの愛を込めて重くなれと願う。