たまらず大量の食材を玄関に設置しピンポンダッシュを決め込み、屋根の上から様子を伺ってみる。
誰が行くか行かないか揉める声がした後、しばらくするとガラガラという音と共にチャイナ服を着た女の子が飛び出してくる。
「銀ちゃん!!! ご飯ヨ!」
「とうとうお腹空きすぎて幻でも見えるようになったかー?」
「違うアル!! 銀ちゃんくるヨロシ!」
神楽ちゃんの呼び声に玄関からひょっこり飛び出す白髪頭。
「……バーさんか? いやでも、バーさんなら文句の一つも言いやがらねぇってことは無いはず……」
「銀ちゃん三日ぶりの米はごっさおいしいアル!!」
そういぶかしむ銀さんとは違い、生米をバリバリ頬張る神楽ちゃん。
ってか生米食べて平気なんだ……?
「ばっ!! 誰が置いてったもんか分からねぇーもんを口にするんじゃねぇ! ぺってしなさいぺっって!!」
「もう遅いネ、きっとこれは神様が可愛い神楽ちゃんに同情してエクセレントしてくれたアルヨ」
「それを言うならプレゼントだろって! お願いだから神楽ちゃん、食うのやめなさい! ちょっ……」
「銀さんも神楽ちゃんもどうしたんですか? 動くとカロリー消費するっていって家事は手伝ってくれない癖に……」
玄関先でのやりとりにとうとう新八君まで出張ってくる。
「銀さんが神様からのエクセレントを独り占めしようとするアルネ!!」
「ちげーよ!!! こんな俗物的な神なんていねーよ。大体、くるんだったら遅すぎるつーの! あん時、どんだけ祈ったと思ってんの俺!!!」
「この食材どーしたんですか!? ってやっぱりあの時食費として置いておいたお金使ったの銀さんだったんですね!?」
「ち、ちげーよ。あんときのってのはあんときのだよ……。ってかバーさんの所に、これなんか知んねーか聞ーてこいよ!」
「話そらすんじゃ……、って、神楽ちゃん生米なんて食べたらおなか壊すからストーップ!!」
ワイワイガヤガヤいいながらも、結局食料は万事屋に運び込まれていった。
これで安眠できると胸を撫で下ろし、食料は家賃替わりとして上納しますと心の中でつぶやく。
うっすらと暗くなった空に白い月が浮かぶ頃、再びガラガラっと音がする。
「じゃあ、僕これで帰りますので戸締りちゃんとしてくださいね」
「了解したアル!」
「はいはい。お前はおかあさんかつーの。……気を付けて帰れよ」
「はい、いってきます」
「いってらっしゃいネ」
新八がお妙さんのいる家に帰るのだろうかそんな声が聞こえてくる。
血の繋がりはないのに、家族がそこにはあった。
けれど、こうやって暖かい空気に触れるたびに思い出されるのは。心電図と私と無機質な部屋。元の世界の事。
私がとうの昔に失ってしまった家族。
痛みに胸が焼き付きそうだけれど、それでもこうやって暖かい空気に触れずにはいられない自分自身が嫌だ。
まるで買えもしない玩具を必死で抱きしめる子供になった気がして自分が情けなくなる。
そんな風に現実逃避で思考を行ったり来たりしてたのが悪いんだろう。
「不法占拠ですか、コノヤロー」
唐突にかかった声にビクリと肩を揺らしてしまう。屋根に上ってきたことにすら気づけなかった。
振り返るのすら怖くて、このまま飛び降りて逃げようかと屋根の淵まで走った所で手をつかまれる。
「いやいやいやいや、ちょっと何飛び降りようとしてんの! 犯罪者だからって悲観すんじゃねーよ!?」
無理やり振り切れない事もないけど、弾みでバランスを崩して落ちるなんて古典的なギャグをやってしまうにはこの世界はリアル過ぎる。
振り返って見ると、月の光に白髪がキラキラと輝いていて、思わず動きを止めてしまった。
「びっくりさせんな。自殺なんざ後片付けが大変なんだよ、ひとんちでやんじゃねーよ」
「自殺じゃないのでご心配なく。不法占拠は……家賃払ったので許していただけませんか。現物支給ですが」
ドキドキする心臓を宥め、仮面を張り付けながら軽口を垂れ流す。
「あァ? やっぱり昼間のアレはテメーか」
逃げる隙を伺うも、相変わらず腕を離してくれない。
しょうがなく逃げるのを諦めると、それが分かったのか手を離してくれた。
すっと離れる体温。まあ、無駄に心拍数が上がるのでありがたいことだと自分自身に嘯く。
「それにしても、なんで分かったんですか? 私がいること」
それなりに気を使っていたんだ。それなのになぜ? そんな疑問が尽きない。
「んあ……? どーやってか知らないけど、雨音とか家が軋む音とか全部消していたからね君」
「もしかして、最初から分かってました?」
「まぁ……。めんどくせーからほっといたけどよ、ガキ共に送り主も分からないもの食わせらんねェからな。と言っても食っちまった後だけど」
盲点だった。銀さんは気配に敏感だと思って、念には念をいれて、きっちりかっきり消してたけど、それが逆効果だったとは……。失敗したなぁーという思いが胸を占領する。
月が雲に隠れ、銀色に輝いていた髪は、夜の闇に紛れ薄灰色に染まる。
「特に毒って訳ではないので安心してください。最初に言った通り家賃代わりなので」
「次からは声かけて置いてってくれや」
「んー、次はないのでちゃんとお仕事してくださいね。坂田さん」
「家賃滞納する気ですかコノヤロー」
「違いますけど、坂田さんには言われたくないですね。引っ越すだけですよ」
「別に家賃払ってくれるんだったらいてくれてもいーんだぜ? 定期収入的な? それと坂田さんなんてむず痒いから、銀さんって呼んでくれや」
軽口に紛れ引き止めてくれる。でもその温かさは私に向けられるべきものじゃないから、受け取れない。
「知らないんですか? 借りぐらしは見つかったら居場所を変えるもんなんですよ。『坂田さん』」
「オイオイ、そんな可愛いもんじゃねーだろ。どっちかつーとこびとずかんの方じゃねーの?」
「まぁまぁ、そこは目をつぶっておいてください」
「……」
「ではお世話になりました」
「……なんつーか、気を付けろよ?」
「はい」
そして距離を取れば諦めたようにそれを許してくれる。その優しさが嬉しかった。
頭をガシガシ掻いている銀さんに頭を下げて、玄関側に向けてストンと降りる。
そこからできるだけ音をたてないように階段を下りて、とりあえず目星をつけていた場所に向けて走り出す。
自分自身にいっぱいいっぱいだった私はだから知らなかった。屋根の上でなんとも言えない表情を浮かべていた銀さんを。
[newpage]
たどり着いたのは、廃墟と化した遊園地。遊園地と言っても、メリーゴーランドと幾つかのアトラクションがあるだけの小さな公園の様な場所だ。有刺鉄線が巻かれた高いフェンスに覆われたそこは、私有地という事もあり、真選組に見つかる恐れはない。
伸び放題の生垣に囲われたベンチの上で、うわっ銀さんとしゃべっちゃったよ、生コノヤローが聞けちゃったよとか、バタバタとひとしきり悶えた後、蹲る。必死にキラキラした髪の毛を思い出そうとしても、死んだ魚の目を思い出そうとしても溢れそうになる何かを堪えながら。これは感動のアレだとか、感激のアレだとか言い聞かしてもこみあげてくる何かは違うと訴えてくる。
だから必死で避けてたのに、後悔ばかりが胸を過る。手放せない玩具を手放さなければならない状況に……。違う、自分を誤魔化して手を出した結果にだ。
最初の頃の様に、遠目で見ているだけが良かったんだ。触れてしまえば手を出したくなってしまうから。現に色々言い訳をして手を出してしまった。寝るなら別にソコじゃなくてもよかった。他にも場所はあったんだ。ちょっと考えるだけでここだって見つけられた。
でも、あそこは、公園や河川敷と違いとても温かかった。人と交わりたくない私が唯一人の温度を感じられる場所だった。ずっといられるとはそりゃ思ってなかったけど。できるならもう少しあそこに居たかった。
少なくとも覚悟が決まるまではいたかった。
――バタフライ・エフェクト。初期のわずかな変化が思いがけない方向へ発展してゆくこと
私が関わることで何か思いがけない変化が起きてしまうのがとても怖かった。例えば平和な家庭が崩壊してしまうような……一滴のシミ。そんな物があるのを私は知っている。
真選組の件も、本来ならば私の代わりに犯人が捕まって、ごく普通に終わる出来事だったんじゃないかという疑念が最後まで消えなかった。
できるだけ大事にせず終わらせたはずなのに、なぜか今も私を探すために真選組は人手を割いている。
手を出す度に変わってしまう現実に怯えて、万が一、私の行動が彼等の不運につながらない様に祈り、蹲る。
何かが起きても、それは私の所為じゃないと、見て見ぬふりができる覚悟が欲しかった。
気が付いたら日の光が射していた。堪え切れなかった何かで頬がパリパリする。
飲み残しのペットボトルの水で顔を洗う。ついでに嗽をして、少し冷たいそれを瞼に押し当てる。
深呼吸して、色あせたメリーゴーランドの向うに見えるターミナルビルを眺める。
江戸を出よう。
近くにいるよりも、遠くにいる方がまだましなんじゃないか……。
その前に、残した痕跡が消えるのを確認してからだと、鳥だけを飛ばして、町の状況を探る。
あえて真選組の屯所や万事屋には飛ばさない。これ以上触れてしまえば、決意が鈍ってしまうから。
遊園地を離れずに鳥からの情報だけを確認して一週間。
割く人手は減ったものの相変わらず、真選組は私の居場所を探している。
攘夷志士のついでという風ではあるが、そうまでして真選組が探している人物は何なんだと噂は少しづつ大きくなっている。攘夷志士なのだと。攫われた高貴な姫なのだと。行方不明になったどこそこの娘なのだと。
それに偶然にではあるが、銀さんが見つけた不審者と、真選組が探している人物が同一人物であるという事まで双方に知れてしまった。
そうやって騒ぎが大きくなりつつあっても、これ以上大事に至る前に手を打つべきか、待つべきか悩んでいるうちに、真選組から死人が出たと鳥が拾う。漫画では描かれなかった事なのか、私という異物が原因で発生した事なのか、少なくとも私が知らない討ち入りで一人、名も知れぬ隊士が死んだ。一番隊だった。 私の所為か? 私との試合で沖田さんの調子が狂った? 私を探すことで、隊士の体力を浪費してしまった? どうしたらいいかいい案は浮かばないが、もう限界だった。
「こんばんは、月が綺麗ですね」
その次の日の夜、夜回り中の土方さんと沖田さんに、公園の入口から声を掛ける。
夜も更け万事屋の屋根でみた月よりも細い月に照らされた辺りは、静まっており、立ち並ぶ家家からは明かりも漏れない。
「テメェ、今までどこに隠れてやがった!」
「大人しく捕えられちゃくれませんか? たっぷり調教してあげまさァ」
マゾなつもりははないが、沖田さんから、実にサドスティックな笑みを向けられたことに安心する。
「夜更けにそんな大声出してはご近所迷惑ですよ? ここではなんですし、少しついてきて頂けませんか?」
上がる抗議の声を無視して、公園の奥へと歩みを進める。ちょうど中央に位置する、噴水の淵に腰を掛ける。
後ろから斬り掛かられたらどうしようかと思ったが、どうやら大人しくついて来てくれたみたいだ。
噴水は夜間という事もあり、停止している。 二人は、三歩ほどはなれ、正面に対峙するように立つ。
いつの間にか、沖田さんはどこかへ電話を掛けていた。応援でも呼ぶ気だろうか、場所を告げる声が聞こえる。
それを見ていると、土方さんの方から声がかかる。
「なんで今頃のこのこ現れやがった。どーいう心境の変化だ」
「逃げるのに疲れたので自首しにきました」
「テメーが、んなタマかよ」
「本当なのに悲しいなぁ」
ヨヨッと泣き崩れる演技をする私に舌打ちをし、煙草に火をつける。
どうやら私の人物像は、過大評価をされているようだ。
「で、本当のところはどうなんだ」
「逃げるのに疲れたが1割と、これ以上は騒ぎが大きくなりそーなので探すのを止めてもらいたいなぁ~というのが9割9分9厘ですね」
「十割こえてんじゃねェかよ! まぁ……俺らの用事が済みゃ止めてやるよ」
「土方さんの前に、俺の用事済ましてェんですがいいですかィ?」
割り込んできた沖田さんの声に、ゾクリとしたものが背中に走り、私の危機察知本能がアラートを上げる。とっさに転がるように横に避けるとつい今しがたまで腰掛けていた噴水の淵に刀がめり込む。
ぶわっと背中に汗が噴き出る。
いつの間にか沖田さんは電話を終えており、物騒な笑顔でこちらを見ていた。
「いやいやいや、ちょっまっっっ!」
ハンズアップをしながら後ずさる。
「総悟テメェ!」
「土方さんは黙っていて下せェ」
土方さんが食ってかかってくれているのを見るに、沖田さんの独断行動であることが分かる。
それでも沖田さんは視線すらそらさず、ジリッとこちらへ構えを取る。
「丸腰相手に何すんの! ねぇ! 聞いてますか!? ちょっと! 土方さん止めて下さい!」
慌てて抗議の声を上げる。
すると、今度はあっさりと刀を下ろしてくれた。
不思議に思いながらも、警戒を緩めずに立ち上がろうとしたとき、沖田さんから声が降ってくる。
「そっちが素ですかねェ? 嘘くせェその笑顔止めてもらえませんかね? ただでさえ醜い豚がますます醜く見えて、吐き気を催しますぜ」
「……」
思わず黙ってしまった事を肯定として受け取ったのか、カチャリという音を立てて刀をしまう。
「続きをどうぞ、土方さん」
まるで自分の用事は終わったとばかりに、沖田さんは手を振りながら、少し離れたベンチに寝転がり、愛用のアイマスクを顔に装着する。
「なんだ……総悟が済まなかったな」
「いえこちらこそ……」
突然の展開についていけなかったのか、土方さんが気まり悪そうに謝罪を口にする。
そういう私も被っていた猫を強制的に剥ぎ取られて、気まりが悪いやら、恥ずかしいやらで、どう対応したらいいのか分からず、言葉少なに返答する。
「……」
「……あ~アレだ。あまり気にするな?」
「そーですね」
「……」
「……」
「えっと……そちらの用事って何なんですか?」
「未成年者の保護及び、監査監督」
気にしない以外方法はないので、開き直り、問うと、耳を疑う言葉が聞こえてきた。
「わんもあたいむぷりーず」
「だから未成年者の保護及び、監査監督つってんだろーが!」
「あー……そーいうの間に合ってるんで結構です。 じゃ!」
「そーいう訳にもいかねーんだよ」
立ち上がり、入り口に向かって歩き出そうとすると、腕をがしっと捕まれる。
「いや、ホントそーいうの迷惑なんで結構です。それに真選組の仕事じゃないでしょそれ!」
「勿論ちげーよ。だが、局長命令だつーんだから仕方ねーだろコルァ!」
うわーい、近藤さんLoveの土方さんに局長命令出したやつでてこーい。犯人はきっと近藤さんだ。
正直なんで探し回られているか知らなかった私は、その回答に深いため息をつく。
きっと色々あって私の件が近藤さんの知るところになりそんな命令が下されたんだろう。で、一度出された命令が撤回されることなく今に至るときっとそんな所だ。
捜査協力という名の取り調べからの拷問か、最悪、臭いものには蓋的な抹殺命令でも出たのかと想像していたのだが……。屯所の情報をあえて探らずにいた事が疑心暗鬼を生んでいたようだ。