飲んだ事もあって、起きたら昼近かった。
ダルい体を起こし、襖を開けると、おはようございます、おはようヨ~という声が掛けられる。それに、おはようさんと気のない返事を返し、ぐるりと見渡すと一人足りないのに気づく。
「なぁ、キリは何処行った」
『……子供の喧嘩。かすり傷だよ』
昨日聞かされた言葉に嫌な予感が過る。餓鬼の喧嘩だったのか本当に。
「きーやんはなんか朝出かけてったアルヨ。大丈夫ヨ、ちゃんと戻るって書き置きがあったネ」
そう言って神楽が見せたのは一枚のメモ。『出かける、夜には戻る』それだけが書かれたメモに嫌な予感が確信に変わる。
テレビを見て笑っているこいつらに気付かれないように、表面上は二日酔いでダルいという様な表情を取り繕う。
――ガンガンガン
玄関を叩く音がする。
「新聞は間に合ってるんで結構ですぅ」
そんな場合じゃない、そう思ってどうでも良い返事を返す。アイツなら何処に行く? 何があった? 行動範囲を考える。
「いや、新聞じゃないです。万事屋の旦那。山崎です。真選組の山崎退です」
脳天気なその声に、苛立ちが募る。だが次の言葉に俺は玄関に出ざるを得なくなる。
「キリちゃんいますかー?」
老舗和菓子屋の紙袋を下げた山崎を向かい入れた新八が、銀さんこれ今江戸で話題の和菓子ですよ、さっきテレビで見ましたとはしゃいだ声を上げる。けれど、それに返事をしそこなった俺は、訝しげな表情を向けられる。
「キリの奴は、朝から出かけてるよ」
コポコポと新八が淹れる茶をありがとうと言いながら啜る山崎に、そう答えた。
「病院ですか?」
心配顔で言われたその不穏な言葉に、思わず眉間に皺が寄る。
新八と神楽が驚いた顔でこっちを見る。
「なぁ、昨日何があった」
「え!? キリちゃん言ってないんですか何も! そんな……」
アイツの強がりを物分かりのいい大人のふりをして、受け取ってしまった自分が腹立たしい。
頭をガリガリ掻きむしる。
「いいから話せ」
「は、はい。昨日、沖田隊長が斬ったんです。公園でキリちゃんと斬り合いをいきなり始めて、キリちゃんの刀が折れた隙を躊躇なく……。済みません、俺にも何が何だか。隊長昨日から帰ってなくて……。直ぐ病院に連れて行ったんですけど、俺等からすればそれなりの怪我で済みますが……。女の子にはアレは酷すぎます。それなのに内密にしてくれって、局長にも副長にも言わずに……まさか旦那にも言ってないなんて……」
「総一朗君ってば、SMプレイが本格的過ぎやしませんか」
あの夜ズルリと血糊で滑った手を思い出す。傷口に手を触れても眉一つ動かさなかったアイツ。
それなのに昨日は……。右手で触った薄い腹を思い出す。痛みに悶えていた。
痛みに強いわけじゃない、変な力で痛みを抑える事ができるのだろうと見当はつけていた。
だから、痛みを抑えてないということは大した事じゃないと判断した。してしまった。
変な拒絶も怯えも見えなかったから、その強がりを受け取ってしまった。
人に拒絶される事を極端に恐れるアイツは、甘んじて全て受け入れたのだろう、その痛みも、斬られたという出来事も全て。
他人と自分を区別できない子供だから。
ブチ切れそうになるのを必死で抑える。
「銀ちゃん、やられたら倍返しアル! 私ちょっと真選組まで殴り込みに行ってくるネ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
怒りのままに、今にも飛び出しそうな神楽を必死に制する山崎。
「ふざけんなヨ! お前等落とし玉って言葉しらないアルか! クソサドの金玉ァ今直ぐ取って来てやるヨォ!」
「神楽ちゃん、落とし玉じゃなくて、落とし前だから! それにちょっと落ち着いて!! ぐはっ」
止めようと新八が手をだして殴られる。
ため息をつき、昇った血を下げる。
神楽が素直に怒りを表すから、新八がそれを抑えようとして失敗するから、俺は冷静になれる。
「神楽。あんま大げさにしてやんなよ。負けた喧嘩の落とし玉をお前に取られてみ、アイツのプライド粉々になって、帰ってこれなくなるぜ」
神楽の頭を撫でてやると、悔しそうな顔を浮かべながらも、大人しくなる。
少し冷えた頭で考える。
子供の喧嘩。アイツはそれで済まそうとしてるんだ。
だから俺はアイツの意図を汲んで、最後まで物分かりのいい大人のフリをしてやる。一人痛みに耐えたアイツを無駄にしないために。
「新八、神楽、留守頼むぞ。喧嘩に負けたのが恥ずかしくて戻れなくなった奴を連れて帰ってきてやっからよ」
逸る気を抑え、一番可能性の高い場所へ向かう。アイツが自分をまったく大切にしない奴なんて事は前から分かってたのに、気を抜いた自分に腹を立てながら。