「あ、でも、そういう名目での補導からの尋問とかもありか?」
「ちげーよ! どんだけ信用ねェんだ俺等は! あれか? 俺等が信用なんねェから取調べの時、正直に答えなったのか!? ガキがホイホイホイホイ、ホームレスなんてしてんじゃねェよ!」
思わず口走ってしまった事に抗議の声が上がる。
それにしても、ホームレス――家無しって……他人に言われるとダメージ結構でっかいのな~。
「ホームレスなんて言わないでください。借りぐらしですよ借りぐらし。それに、真選組の信用がないのはしょーがないでしょ? 最初の出会いが出会いですし?」
「……その件は色々悪かった……。保護及び監査監督というと大層に聞こえるが、実際は住む場所を用意するだけだ。だから、大人しく保護されろ。謝罪の意味も一応兼ねてんだ、悪いようにはしねぇ」
よぎった感傷を軽口で誤魔化してみれば、予想外の言葉に思わずぽかんと土方さんを見てしまう。
「そんな顔すんじゃねーつーの。それに、あの時は色々あったんだよ」
先ほどの沖田さんの暴走の後よりも決まりが悪そうに視線を反らす。
「正直、最初は疑ってたが、お前が二度目に屯所に来た時には、疑いは晴れてたんだよ。長谷川の奴からテロが発生したときに、河川敷にお前がいたって証言が取れてたんだ。ずぶ濡れで膝を抱えて今にも自殺すんじゃねーかつってよく覚えていたんだとよ。少し目を離した隙に居なくなってた、つってたがな」
そこで言葉を切って煙を吐き出す。
長谷川さんがやけに親切だったのはそういう事だったのか……。でもそれじゃあなぜ?
「じゃあ、二回目の取調べはなんだったのさ!」
「本来ならば不要だったんだよ……」
正直二度目の取調べは一度目より執拗にされた、文字通り寝る間もないほど。
二、三度殴られもした。気にしてないといったら嘘になるが、自業自得だと甘んじて受け入れたそれが必要なかったと……?
「なんで……」
「嫌がらせだ。総悟に試合で勝ったのが信じられなかったんだと。卑怯な手段で勝ったんじゃねーかつーアホがいてな……。うちのもんが済まなかった」
そう言って、土方さんは煙草を消して目だけで詫びを入れる。
そう言われてみれば、確かに二回目は妙なタイミングで拘束された気がするし、土方さんにも沖田さんにも合うことはなかった。
でも、なんだ結局自分が蒔いた種だったんじゃないか……。一瞬でも怒りを感じた自分を恥じる。真実は知らないだろうが間違ってはいないのだ。卑怯な手段だったんだ実際。でもそれだけでは終わらない、嫌な予感がする。
「土方さん、それよりもその人は今……?」
「斬った……といいたいところだが、済まねェ、今は謹慎中だ」
告げられる言葉に、ぐっと拳を握りしめる。
気を抜いた瞬間にカウンターパンチを食らった気分だ。ああもう嫌だ……。沖田さんの試合にいちゃもんを付けるという事は、きっとその人は一番隊だったんじゃないか? その人が謹慎なんてせず、討ち入りに参加していれば、あの隊士が死ぬ事はなかったんじゃないか? 一点のシミがドバっと広がった様な気がした。
「保護とか監査とか本当もうどーでもいいですから、早くその人の謹慎解いてください。お願いします」
「なんでテメーが頭を下げてんだよ」
私の言葉に不可解だという表情を浮かべる。
「卑怯な手段だったからですよ実際。彼はなにも間違っていない。私を怪しむのも間違っていない。自分で言うのもなんですが、怪しいじゃないですか私。だから……謹慎を解いてあげてください……」
声が震えないようにするのが精いっぱいだった。剥がれた猫が被れるならば被りたいぐらいだったが、それもできず。惨めに頭を下げる。
「てめーが気にする様な事じゃねーだろ、こっちの問題だ」
タバコを噛み締め、不快そうな表情を浮かべる土方さん。
「それは……でも! 私が沖田さんに勝てるなんて普通に考えたら信じられる様な事じゃないし……容疑者を疑うのは警察の仕事でしょう? それをしたからって責められるのは間違ってますよっ」
上手い言葉が探せないまま、ただ闇雲に言葉を並べ立てる。ますます深まる皺に必死で言葉を探し、探せない言葉に言葉が詰まる。
「さっきから黙って聞いてりゃあ、ペラペラペラペラ勝手な事を抜かしやがって、俺達を馬鹿にしてるんですかィ?」
言葉が途切れたタイミングで、今まで沈黙を保っていた沖田さんが、のそりとベンチから起き上がり、アイマスクを上げる。
「そんなこと……」
「総悟の言う通りだ。テメーは確かにあの時勝ったんだよ。卑怯な手段つーならその手段を見抜けなかった奴が悪い」
「そうそう、瞳孔開いている割には何も見えちゃいない土方さんが悪いんでさァ」
「総悟ォォォオ!?」
「土方さんは黙っててくだせェ。それに、俺達は隊の規律を乱した奴を無罪放免にできるような、甘い組織でもねーんでさァ」
土方さんを強制的に黙らせて放たれた彼の言葉に、はっとする。処分を甘くする事で別の問題が起きたら……? どうしたらいいんだろう私は……。
「夜中に若い娘さん囲んで、何のプレイですか、お巡りさん」
思考のドツボにはまった私の背後から掛けられた新たな声に、息を止める。すでに一杯一杯だった私の脳味噌はパニック寸前だ。
「おせーぞ万事屋」
「こんな時間に呼び出しておいてそりゃねーんじゃねーの? 寝てたんですけどこっちは」
「旦那」
「へいへい。オラ行くぞ」
「え……?なんで?」
突然現れた銀さんに手を引かれ、連れ出されそうになる。
慌てて踏みとどまる私に、銀さんは土方さんと私の顔を見比べる。
「説明してないの? 多串君?」
「土方だ。したぞ、なぁ?」
「え……何の???」
分かるだろ? という顔をされてもさっぱり訳が分からない。
もしかして、さっき沖田さんが電話していた相手は銀さん……? 遅れてそんな考えが浮かんだ。
「チッ、さっき言っただろうが、未成年者の保護及び監査監督だって」
「それが坂田さんと何の関係が……?」
「保護するって言っても、真選組は女人禁制だ。屯所に置く訳もいかねーって所に、白羽の矢が立ったのが万事屋だ。心配すんな、変な真似するようだったら叩き斬ってやっからよ」
「分かるか!」
いい顔をして告げる土方さんに感情が小爆発を起こす。
銀さんの手の温度と私の温度が混じるのが感じられる。それは白い綺麗な布に、ネットリとしたインクを擦りつけたような感覚を覚え恐怖する。
「離して! 私はほっといて欲しいの! 構わないで! お願いだから」
小娘の啖呵なんて怖くもなんともないんだろう。あーあという顔をして土方さんを見る沖田さんに、しかめっ面になる土方さん。角度的に銀さんの顔は見えないが、鼻くそでもほじって、やる気のない顔でもしているんだろう。
その態度に色々なものが溢れてくる。
本当は温もりが欲しかった。だけどそんな自分勝手な都合で変わってしまう未来が怖くて……。
覚悟が決まらなくて、寂しくて、心細くて、訳がわからなくて……。
万事屋に頼ったら何か上手くいくんじゃないか何て、頼り方も分からないのに縋りたくなってしまって……。
それなのに……。
致命的な間違いを犯そうとしている奴らに、私だけが必死になって、悔しくなる。
それが外に漏れないように、目にぐっと力を入れて、呼吸する。
どうしたらいいなんてもう分からなかった、だから謹慎中の隊士については触れず、銀さんに腕を離してと訴える。
希望通りに外された手は、代わりに頭へ置かれる。
「残念ながらその願いは聞いてやれねェな。女子供が泣こうが喚こうが依頼完了させるのが万事屋だ。分かったら帰るぞ、クソガキ」
『嫌だ!』と大声をだして叫びたかった。
けれど、温かい大きな手と、ぐしゃりとかき回された髪、『帰る』と言ったその言葉に、何か言えば、声が振るえそうで何も言えなかった。
残った意地を通すために震える感情を叱咤するけれど、一度折れた心は抵抗する力を失い、――一晩だけだ、明日になったら江戸から出よう――と、その場を取り繕う答えしか浮かんでくれない。
抵抗がなくなったのを了承ととったのか、沖田さんが手を振り離れていく。
「じゃあ、旦那。頼みまさァ」
「あいよ」
「くれぐれも手ーだすんじゃねーぞ」
「銀さん、多串君と違ってポリゴンじゃないからね」
「誰がロリコンだ! 斬るぞ!」
「多串君の話をしているだけだつーのに、何? お前もポリゴン仲間?」
「テメェ!」
「土方さーん、行きますぜ~。そろそろ戻る時間でさァ!」
「チッ、覚えておけよこのくそ天パ!」
「じゃあ、俺らも行くか~。ふわぁ~。ったくよ、真選組の連中は人使い荒いつーの」
真選組と別れ、公園の外に止めてあったスクーターの後ろに乗せてもらい、万事屋への道を進む。
スクーターに乗るなんて初めてで、腰に回す手に思わず力が入る。
温かい大きな背中。バイクの振動音。掴む位置が悪かったのか位置をずらす為に触れられた手。
見上げる先にうつる白い髪。
公式設定は確か、177㎝。思い出してしまった瞬間、先ほどのシリアスがどっかへ飛んでいった。とたんに気になる筋肉質な広い背中とか、加齢臭と揶揄される匂いとか。
いやいやいやいやと、必死で、江戸から出た後の事を考える。唯一知っている地名、武州に行くか……。白いベットで寝る彼女が脳裏によぎる……。ダメだ……描かれてない場所がいい。できるだけ遠く。思考は纏まらないまま、万事屋についてしまった。
「ついたぜ」
バイクから降り、しばらく前までお世話になっていた屋根を見上げる。お登勢さんのところはすでに店仕舞いしたみたいで、明かりが消えている。
「ほら、いくぞ」
銀さんに声を掛けられるまま、後について階段を上り、玄関の前に立つ。
銀さんが玄関のカギを開けているのを横目に、飛び上がって屋根の淵に捕まり、よじ登ろうとしたところで、引きずり降ろされた。
「何してんだよ」
「往生際悪く抵抗してみました」
しれっと言ってみたが、このままだと万事屋の敷居を跨ぐ事になってしまう。
現実味のないそれは、なんだかバタフライ云々とは別に、気後れがしてしまう。
「テメーの家はこっちだつーの、ぐだぐだ言ってねーで、大人しく入りやがれ。銀さん眠いんだよ」
でも、そうやって躊躇っていた私は、銀さんの手により、あっさりと万事屋の玄関に押し込まれてしまった。高い高いと思っていた敷居は、そんなに高くはなく、入ってみれば一般的な普通の玄関で、魔法が解けた様に、先ほどまで感じていた神聖さは失われた。
「……おじゃまします」
靴を脱いで上がったそこは、初めてだけれど見慣れた糖分と書かれた額縁にソファー、テーブル、つみあがったジャンプの雑誌。
「服はオラこれ着とけ、今日はもう遅いから、こっちで寝ろな。風呂は明日でいーな」
銀さんはドスドスと和室に入ると、そう一方的に言って、押し入れから布団を出して和室に敷いてくれる。
投げつけられたのは、お日様の匂いのする甚平。
「じゃあ、銀さんもうねみーから」
そういって、本人は服も着替えずに、ソファーにゴロンと横になる。
私がそっちに寝るという言葉を掛ける前に寝息が聞こえてきた。
しょうがなく、布団で寝る。少し冷やっこくて、でも暖かかった。