常夜の街。吉原桃源郷。
地下に位置するこの街の空は閉ざされており、人工的な灯りが悠遠の時を刻む。体内時間は狂い、人は乱痴気騒ぎに身を投じ、刹那の宴に酔いしれる。
百華に囲まれ、店から出た私に、そんな人々から好奇の視線が向けられる。
月詠さんはそんな視線を無視し、店の脇から伸びる裏通りへ迷うことなく入っていった。続く私と、左右、背後を固める百華の手勢達。
「お前らはここで、後は私が」
「しかし、お頭!」
声を上げた一人に対し、月詠さんは、分かるだろうというように、裏路地を除きこんできた酔っぱらい――恐らくは興味本位――にアゴをしゃくる。酔っぱらいはヒッと声を上げ、慌てて逃げていった。『目立つ』と言いたいのだろうか?
逡巡した後、押し黙った女は――それなりの立場の人間なのだろう――不安げに見上げる他の面々に頷くと、黙って腰を折り、その場から離れて行った。
時間にして数秒。音もなく、素早く立ち去る姿からは、良く訓練されている様子が伺えた。さすが吉原自衛団を名乗るだけのことはある。
関心しながら消えていった方向を見ていると「おい」と呼ばれた。
正面に立つ月詠さんはいささか呆れた様な表情を浮かべていた。
「今から始末されるというのに、緊張感の欠片もない奴じゃ」
「死に際は笑顔でってそー決めてるんだ」
「……良い心がけじゃな。ついてきなんし。美味い酒に、美姫……宴に血はいささか毒が強すぎる」
月詠さんは袖口からチャキッと一本のクナイを取り出すと、私の背後に回り、脅すように背中にあてがう。そして、奥へ奥へと誘導する。
三味線の音が遠くなり、
――深くなっていく闇。
腐りかかったゴザに埋もれる様にして笑い続ける、頬のコケた女。生きているのか死んでいるのかすら判別のつかない老人。びちゃびちゃと、錆びた配管から漏れた汚水が地面を汚し、それをネズミが啜る。泡沫の夢から覚めた、吉原の現実がそこにあった。
足を止めたのは、割れた瓶や、打ち捨てられた荷台、マネキンだと思いたい、人間の手に見える何か。ゴミというゴミが押し込められた一角だった。ゴウンゴウンと鈍い音を立てるダクトパイプが煩かった。
チクチクと刺す、クナイの感触がなくなる。
「そのパイプは地上から、地下へ空気を送るもの。辿って行けば地上に出られる」
振り向いた私に、月詠さんは左へ伸びるパイプを指さし、行けと合図を送る。
「始末するんじゃないの?」
「察しの悪い奴じゃな。帰れというておる。主は地下で死ぬ女じゃない、地上で生きる女だ。命が惜しくばもうここには近寄らない事だな」
そう言うと月詠さんは、手にしていたクナイを懐へしまう。
「こんな事して……面倒な事にならない?」
「他人に気を使っている場合か」
「そうだね、ありがとう。この礼は必ず」
「近づくなというておろう? じゃが……覚えておく」
煙管に火をつけた月詠さんは、そういって元来た道へ戻っていった。
パイプの先を見つめるが……はいそーですかと帰る訳にはいかないんだなぁ……。誰も見ていないことを確認し、ゴミ山を上へ上へとよじ登る。遠くに見える一際綺羅びやかで、大きな城。あれが恐らく夜王の城なのだろう。
検討をつけ、跳ぶ。