当初、神威と阿伏兎は役目が反対でした。
酷い有様だった。
「あーあーあー……おねーさーん生きてますかー、死んでますよね、そうですよね」
ポッカリと腹に風穴を開けた人間。転がる腕、足、飛び散る、血、血、血。
どこも生臭くていけなかった。
騒ぎは右手、左手と、撹乱するように至るところで起こっていた。決死の覚悟で晴太君を連れだそうとした花魁に感化され引き起こされたクーデター。首謀者のトップは月詠さん……か。
だが、どう贔屓目に見ても――形勢は不利だ。現実的じゃない。
「こんな見せかけだけの
しゃがみ、恨めしげに見開いていた目を片手で閉ざす。
網膜に直接届けられるような感覚で掴んだ情報を元に、命がけの
「ほらほら、右足がお留守だよっと」
「くっ……」
神威は両腕をポケットに突っ込んだまま、月詠さんとの遊びに興じる。
足を払われ倒れた月詠さんへ、容赦なく膝落としを決める。間一髪転がり避けた床板は、破片を飛び散らせ、酷いひび割れを起こす。
月詠さんはすぐさま跳ね起き、牽制のようにクナイを飛ばすが、全て蹴落とされる。
自身が捕食者であることを十分自覚した笑みを浮かべ、神威は逃げる月詠さんを追っていた。長い廊下を走りぬけ、時に座敷を横切り、段を飛ばして階を駆け上がる。
「ここではまだ骨のある人間だと思ったけど、ダメだね。何を出し惜しみしてるの? そんな余裕あると思ってるの? ほらほら、本気で
「……だまりんす」
煽るように手を出しては、逃しを繰り返す。まったくもって悪趣味だ。
私は、壁に刺さったクナイの一つを手に取る。そして、遠く、廊下の先にいる神威に狙いを定め――打つ。
「……っと、危ない」
神威は半身を反らし、眼前のクナイを見送った。
「遊び方が無粋だよ、神威」
雰囲気を変えた神威に気づき、月詠さんがこちらを向く。
「主は…………」
「他人の心配より、自分の心配をした方がいいと思うよ。なすべきことがあるんでしょう? 月詠さん?」
「なぜそれを……いやそれより――――ッッ!?」
月詠さんが毛を逆立てるように飛び退く。
チリチリと肌を焼くなんて――生易しい物じゃない。
目を凝らせば陽炎すら見えるのではないかと思う程の、明確な殺意を抱いた神威が立つ。
「阿伏兎が鳳仙の旦那には手を出すなっていうから、別の獲物を見つけたらてんで腑抜けだし……これでお前も雑魚だったら許さないよ? 俺は気が立ってるんだ」
人付きのする笑みを浮かべて、神威が狙いを月詠さんから私へと移す。
「逃げろッッ!」
悲鳴のような月詠さんの声を合図として、神威が迫る。上段から顔面を打ち抜くような回し蹴りが放たれた。
「おもしろいのみーつけた」
足を片手で受け止めた私に、神威はまるでお気に入りの玩具をみつけた子供のような満面の笑みを浮かべる。
唸り狂う右足、コマのように反転し振り下ろされる左足、それらを全てかわし、神威の背後を取った私は、その襟首を掴み、引き抜くように叩きつける。
パラパラと木くずが舞う中、神威は上半身を床に埋めたまま、空気を割り裂くような鋭い蹴りを放つ。
一歩後退し避けた間に、バク転の要領で床から体を引っこ抜き、神威は額から流れでた血をペロリと舐める。それはもう嬉しそうな顔をしていた。この戦闘狂め。
牽制しながら、背後の月詠さんへ、告げる。
「月詠さん。もし私に借りができたと思うならば、晴太君を日輪さんに会わせてやってくれませんか?」
「……この状況でそれをいうか。地上へ逃すこともままならんというのに」
「金利が高いって? そんなこと言わないでよ、いい女は無粋はいわないもんでしょ? そっちの誰かと違ってっっ!」
次々と繰り出される暴風のような強襲をいなす。絶え間なく襲い狂う、フェイント、本命である回し蹴りからの、脳天を狙ったかかと落とし。
「人が話してるときは割りこんじゃいけませんってマミーに習わなかったの? 神威ッッ!!」
どてっぱらに掌底をまともに受け、もんどりうった神威は三部屋分の襖を巻き込み、沈黙したかのように見えた――が、おきあがりこぼしのように、飛び起きる。その瞳は狂気を増す。
「さっきから人の名前を偉そうに呼び捨ててるけど、おねーさん……どっかで会ったことあるっけ?」
首をコキコキ鳴らしながら立ち上がる姿は、大したダメージを受けたようには見えなかった。肋骨の二三本はやってるだろうに……不死身か。
「月詠さん」
「……あまり期待せんことだな」
気配が離れていったことを確認し、向かい合う。
「さっきの質問、君とは初対面だけど、知ってるんだ。君によく似た女の子を」
「へぇー……誰が誰に似ているか知らないけど、目腐ってるんじゃない?」
貫手、二本の
拳に巻かれた包帯は、血が滲んでいた。
鳳仙との戦闘で潰された腕を躊躇なく武器として使用する神威。
――何もかもがズレていた。
一蹴りで柱を折り、拳が木片を粉砕する。包帯が解け、拳が顕になる。血霧が舞った。
背にしていた欄干を乗り越え、階を下る。神威が迫る。絡み合い転がり、足が首に回る。外す間もなく、持ち上げられ、叩きつけられるッ!
もうもうと埃が舞う中、追撃が――迫る。身を引き起こし、逸らし、いなし、隙をついて回し蹴りを叩き込む。
体をくの字に折り、吹き飛ぶ。
「……イタタタっ、流石に痛かった」
畳がひっくり返り、座布団やら、布団やら、衝立やら、盛大に散らかる部屋の中心で、神威が後ろ手をついて体を起こす。
折れ飛び散った障子戸の一部が、背中の方から肩に突き刺さっていた。それを、手を回し引き抜き、放り捨てる。
「神威、これ以上続ける?」
「うーん、どうしようかなぁ」
神威は、潰れ、紫を通り越しどす黒く腫れ上がった拳を目の前に掲げ、首をかしげる。その顔から笑みは消えていた。
「暴れすぎだろ……何やってんだ、このすっとこどっこい」