全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
俺は何も本当に自分を刺した訳ではない。
刺したのは俺の周囲の防御結界。
空気を閉じ込めていた《鎧》の呪文だ。
滅魔合金の剣に突かれた防御フィールドに穴が開き、中の空気が吹き出す。
つまり、
吹き出した空気によって俺は再び「魔女の家」に接近。
門を通り過ぎたところで再び岩盤に接触する。
クサナギを口にくわえ、今度は両手両足で体をホールド。
右手の岩盤が剥離した。次に右足、ほとんど同時に左足が。
だが姿勢制御に使った弱波動、そして先ほど岩に引っかかった分俺は減速していた。
左手に衝撃が走り、腕が強烈に引っ張られる。
それでも岩盤は持ちこたえ、勢いを殺してくれた。
俺は文字通り片手一本で命を繋いだのである。
命を繋いだと言ったが、別の意味で俺には死が迫っていた。
何と言っても、空気を保っていた《鎧》の呪文を自分で分解してしまったのだ。
当然俺の周囲には空気はもうない。
一分か、二分か。
その間に扉を開けてMMR号に戻らなくてはならない。
手の力と波動で門に向けて移動。
門の周囲に・・・あった。
手動で開くための魔術的コンソール。
門の表面にファンデルワールス力(多分)で張り付き、移動。コンソールに手を当てる。
ダンジョンや遺跡を調べていたときに気付いたのだが、古代王国の魔術認証は、特定の波長の魔力を当てることで解除出来る。
波長。つまり《波の加護》で操作出来るのだ。
シルが囚われていた修道院の結界をすり抜けたときのように。
コンソールに当てた手から魔力を発する。
魔力の鍵穴に無数の合い鍵、無数の波長の魔力を次々に放っていく。
一分。一分三十秒。二分。二分三十秒・・・かちり、という幻聴。
門がゆっくりと開き始める。
急いで船に戻らなければ。
窒・・・息・・・・・
(カエラちゃん!)
もうろうとしていた意識が、脳裏をつんざくやかましい声で引き戻される。
目の前にMMR号がいた。
(ジューニャ先生が術が解けたって騒いでたから、急いで戻ってきたんだよ!
大丈夫なんだよ!?)
《鎧》呪文をまとったエフティが一直線に飛んでくる。
エアロックからはジューニャも顔を出して、俺の体を《念動》の呪文で捉えた。
(グッジョブだ)
それを確認し、俺は窓から覗くシルたちに向けて親指を立てて見せた。
あー、死ぬかと思った。
俺はMMR号の中で生きている喜びを噛みしめていた。
そのMMR号は、現在ゆっくりとゲートの中に入港している。
「『あー、死ぬかと思った』から始まる導入、いいかげんやめません?」
いつ俺がそんな事したよ。
まあこの作者はそう言う話の切り方をする奴だが。
「奴が来ました。どのような手を使ったか、ハッチを開いて中に侵入を果たしております」
『せいぜい迷わせておきなさい、ラダッソ9973。
奴の首を取れればベストだけれど、目的が他にあることを忘れないように』
モニターの中の、赤紫の髪の女が艶然と微笑む。
ひざまずいて礼。
「心得ております、オルランディア様。全ては『
「『
モニターの映像が消える。
ゆっくりと私は立ち上がった。
暗くなったモニタに映るのは、平凡としか言いようのない男の顔。
トーマ・マーガセン。
辺境伯付きの騎士の家に生まれ、可もなく不可もなく生きてきた男。
私の得られないものを持ちながら、それを顧みない男。
理不尽なのは分かっているが、それでも羨望と僅かな怒りを覚えるのを止められない。
「私」の名前はラダッソ9973。
名前通り『
二十面体のクリスタルに封じられて生み出され、オルランディア様の部下によってこの男に憑依させられた使い捨てのコマ。
知識を植え付けられ、どういう意味があるのか分からないこの作戦をこなし、今はその最終段階として大地を離れ暗闇の空にある。
辺境伯に取り入り、それらしき偽物の古地図を「偶然」入手させ、魔女の山に誘導する。
数年がかりの作業の結果が今のこの状況だ。
改めて黒いモニターに映った「自分」の顔を見る。
私によって自分の人生を奪われた男。そして恐らくここでその人生を終わらせる男。
気の毒だとは思うが、その様な感情で私が動かされることはない。
そもそもそう言う作りをしていない。
それでもこの男は、私にいくらかの影響を及ぼしている。
平凡としか言いようがないのは事実だが、、それでもこの男には一つ特徴があった。
意外なほどの読書家だったのだ。父親や祖父から受け継いだ蔵書も結構な量だった。
給金の大半は書物に消える。本さえあれば友人も恋人もいらない。そう言うタイプだ。
読書とはその様に面白いものか。
記憶を読み取った限りでは全く理解出来なかったが、行動をトレースし偽装するという意味もあり、仕事の合間に手をつけてみた。
衝撃だった。
こんな世界があるのかと思った。
哲学書は私の想像もしなかった価値観を教えてくれたし、エッセーは子犬の愛らしさとか、虫歯の痛みとか、子供を持つ喜びとか、そうした感情の躍動を教えてくれた。
料理本は、たかが栄養補給にこれだけの情熱と努力を費やすのかと感嘆したし、地理書では世界の広さというものを知れた。
そして何より私の心を捕らえて放さなかったのは歴史書と小説だった。
現実にあったかどうかという違いはあるが、自分の人生というものを持たぬ私にとってはどちらも同じことだった。
輝いて見えた。
主役も、敵役も、脇役も。一行しか出番のない端役でさえも。
全員が自分自身の人生を生きて、僅かであれこうして世界に爪痕を残している。
夢中になって貪るように読んだ。
表の仕事と与えられた使命を機械的に果たしつつ、それ以外の時間は自室に籠もってひたすら書物に溺れた。
酒や麻薬に溺れる人間とはこう言うものかも知れないと思いつつ止められなかった。
憑依して三年目、仕事も大詰めにかかったところでその理由を突然理解した。
何と言ったのだったか、ある哲学書に書いてあった言葉・・・そう、「代替行為」だ。
自分の人生を送り、自分の生きた証を世界に残している。
たとえそれがどんなかすかなものであったとしてもだ。
自分の体を持たない私には成し得ない欠乏を、物語や歴史の中の彼等を読むことによって私は補っていたのだ。
だがそれももう終わりだ。
ようやく到達した魔女の山の遺跡で予想外の現象が起こり、機能を完全に解明する前に調査隊の人員が黄金になってしまったり、傭兵たちに怪しまれたので何とか切り結んで脱出したり、必死に資料を探してコンソールの操作法を調べたり・・・
様々な困難を乗り越えて起動させた古代の遺跡。
それがこうして空を越えて世界の外にまで飛び出したときには、自分でも驚くほどの心の動きを感じた。それなりに多量の書物に目を通したが、こうして世界の外に出るなど、神話の時代でも創造の八神以外には聞いたことがない。
こんな事に関われた私は幸せと定義すべきなのだろうと思う。
しかしそれでもこれは「終わり」だ。
作られたときの使命を果たし、私は任務に成功したとしても機能停止し消滅するだろう。
元からその様に作られ、その様に機能してきた存在だ。悲しみはない。恐れもない。
それは当然なのだが・・・では何故。私は高揚しているのだろう・・・?