全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
「それでは失礼致します」
扉を閉めるフジの挨拶にも反応を示さず、シュワルツは組んだ拳を額に当てて微動だにしなかった。
さて、急ぐぞ。表に適当な喫茶店かレストランがなかったか? 街路に席を出している奴。
なければ路地でもいい。
「麻特をお見張りになるのですね?」
さすがにニンジャ、話が早い。
「宿屋を兼ねた酒場が麻特の斜め前にございました。そこからなら問題なく見張りができるでしょう」
よし。
ジューニャ、ロビンとレイとアーザック以外に幻影をかぶせてくれ。メイドもそうだが幼女やエルフや角のある傭兵は目立ち過ぎる。
俺とフジは二階の部屋を取って見張りに入る。
他のみんなは一階の酒場で待機だ。
「むー。またフジが一緒なんだよ」
「まあ、フジさんは私たちと違って大抵の状況には対応出来ますから・・・」
むくれるシルをジューニャがなだめていた。
軽薄そうな貴族と商家の娘風の装いで俺たちは部屋を取った。
窓を開け、あらかじめ調べておいた麻特局長の部屋に狙いを定める。
まだ窓ガラスは高価なものだがさすが大蔵省の部局、街路に向いた窓には全てガラスがはまっている。
聞き耳を立てられるのを防ぐという意味もあるだろう。
人間離れした聴覚の持ち主がそこそこいる世界だからな。
が。
残念ながらこの俺には通用しないのだ。
むしろ窓ガラスがあった方が聞き取りやすいまである。
その種明かしはさておき、俺は波動感覚に集中する。
世界がネガポジ反転し、フレームワークのように感じられる。
周囲を感知するのではなく、麻特局長の部屋のガラスのみに集中し、「耳」を澄ます。
『失礼します、局長。シルヴェスターです』
お、ナイスタイミング。急いで正解だったな。
続けて扉のノブが回る音と、不機嫌そうな中年男性の声。
『なにかね、シルヴェスターくん。君を呼んだ覚えはないのだが』
『例のブック巡査が襲われた件ですが。後任を任命する気はないんですか?』
『それについては君が関知すべき事柄ではない。下がりたまえ』
にべもない拒絶。だがそれも次の言葉を聞くまでだった。
『それが・・・内務大臣の紹介状を持った「飛竜殺し」が来まして。
麻特で捜査を進展させないなら、内務省の警邏隊が独自に捜査すると』
『何だと!?』
その後発せられた様々な罵倒をここで記すことは控えたい。R-18タグを付けるハメになるだろうから。
それはともかく、内務省とジョンおじさんと俺に対する罵倒をしばらく続けた後、沈黙が戻った。
局長が呼吸を整える音が続いた後、彼が言葉を発する。
『それで、お前はどう返答した』
『俺の一存では返答出来ないと。そうしたら明日また来ると言いました』
『・・・』
また沈黙。
部屋の中を歩き回っているのだろうか、絨毯でも消しきれないドスドスという音がする。
足音。沈黙。
しばらくそれが続いてからシュワルツが口を開いた。
『局長。ここは後任の捜査官を任命して、ブックの捜査を継続するべきでは?
このままじゃ内務省につけいる隙を・・・』
『黙れっ!』
怒声。
『貴様が口を出すことじゃないっ! お前は黙って資料編纂室の椅子に座っとればいいんだ!』
『・・・』
『何だその目は! いいか、捜査は打ち切りだ! ブックは運がなかった! それだけだ!』
その瞬間聞こえないはずの、シュワルツがキレる「ブチッ」という音が聞こえた気がした。
『人が死んでいるんですよ! それをほっといて何が麻特ですかっ!』
『何が事件か判断するのは私だっ! 貴様首になりたいかっ!』
『ええ、いいですね! 何なら警邏に拾って貰いましょうか!
平の警邏でも資料編纂室の椅子を暖めるよりはマシでしょうよ!』
扉が乱暴に開けられる音。
『待て、シルヴェスターッ!』
『うるせえっ! てめえはその大事な椅子をせいぜい暖めてな!』
叩き付けるように扉が閉められた。
『あの野郎・・・』
怒りのこもった局長のうなり声。
それから夜まで粘ったが結局意味のある情報は聞けず。
俺達は獣人街に戻った。
さて、ここで種明かしをしよう。
超聴力も千里眼も持ってない俺がどうやって窓の中の音を聞けたのか?
その秘密はやはり《波の加護》にある。
当然だが音は空気の振動、つまり波だ。
《波の加護》でそれを応用したのがフォノン・メーザー斬りであり、ノイズキャンセラ―であり、拡声能力だ。
もちろん聞こえる音を大きくすることにも使えるのだが、残念ながら周囲の音を一つ一つ分別して特定の音だけを拾い上げることはまだ出来ていない。
無差別にまわりの音を大きくしてしまうので、静かな場所ならともかく街中のような音の発生源が多数ある場所では使えないのだ。
が。
一点集中する場所が物理的に固定されていれば別の手段が使える。
耳に入る音ではなく、目に入る波であれば、一点に視線を向けることによってその音だけを拾うことができる――つまり、麻特局長の執務室の窓ガラス。
音は空気の振動であるから、当然中で発せられた声や音は窓ガラスを震動させる。
その震動を目で「聞く」技術を、俺は偶然から発見していた。
地球ではレーザーマイクロフォンと呼ばれるのと同じ原理のそれ。
歴史は意外に古く、ソ連では第二次世界大戦前から研究が進められていたという。
悪名高き秘密警察のボス、ラブレンチー・ベリヤが使っていたというからあんまり気持ちのいいものではないが、有用なら使うしかない。
それはともかくあの局長がどう出てくるか。
明日が楽しみだ。
「・・・」
俺達は呆然と立ちすくんでいた。
大きくはないが、生活感を感じる暖かな家、だったのだろう。
だが今残っているのは垣根だけ。
家だったものからはくすぶる煙が立ち、残るのは灰と石組みと炭化した柱だけ。
周辺の人間らしい男女が焼け跡を漁り、遺体を探している。
その玄関先で涙と鼻水で顔を濡らし、シュワルツが呆然と座り込んでいた。
>レーザーマイクロフォン
スパイものでも意外に出てこない技術ですけど、結構歴史古かったのねー。
なお最近のレーザーマイクロフォンは、大気中の煙の震動を音として拾えるとか。
すげえな盗聴し放題じゃん!
>ラブレンチー・ベリヤ
スターリンの腹心でソビエト秘密警察の長。
幼女戦記の世界ではロリヤと名前を変えているが、大体あんなイメージでおk。いやマジで。
スターリン死後一時権力を握ったが、三ヶ月で失脚した後インガオホーした。