全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
駆ける。
時速180km、秒速50m。
風景が流れるように通り過ぎ、すれ違った通行人は不思議そうな顔で周囲を見回す。
通りを駆け抜け、家を飛び越え、くだんの集合住宅に到着するまできっかり一分。
ぐったりとして動かないティルとそれを肩を貸すように運ぶ男は二階の廊下。
「あ、おいあんた!?」
大家らしい男が声をかけてくるが相手にしてる暇はない。
ティル達は一室の扉の中を開けて中に入る。
階段を駆け上がり、扉が閉まると共に二階に。
二人は部屋の中。
そこまで確認して波動感覚を切り、通常のそれに戻す。
部屋の前に立つと同時、扉を蹴破る。
「ガッ! 貴様、『飛竜殺し』!?」
「にゃ・・・ニャニャニャッ!?」
破片が当たり、ティルが目を覚ます。
そのまま踏みこんで切り倒そうかと思ったが、剣を抜いて部屋に踏み入ろうとした瞬間には既に、ティルの喉にナイフが突きつけられていた。
「くそっ・・・近づくなよ! 剣も動かすな! 『飛ぶ斬撃』を使えるのは知っているんだからな!」
ちっ、反応が早いな。
相当訓練されたやつだ。
ティルは喉元に突きつけられたナイフと、剣を抜いた俺。
状況が掴めずにおろおろしている。
「え、どういう事ニャ!? 剣を抜いて争う二人の男! その間に挟まるニャー!
はっ、これは・・・カエラんともう一人がニャーを巡って争う愛の試練ニャ!?」
「「違う」」
俺と男が思わずハモった。
いやまあある意味その通りなんだが! 愛ではないぞ! 愛では!
ともかく残念ながらそれで場が和んだりすることもなく、男はナイフを突きつけたままジリジリと後ろに下がる。
俺は相手が退いただけ、特殊なすり足で距離を詰める。
脚を動かさずに、気付かれないくらいゆっくりと距離を詰める騙し技の一種だ。
だがバネ足で踏みこむにしろ、フォノン・メーザー斬りを使うにしろ、奴に一瞬の隙を与えることになる。
あちらとしてはティルに死んで貰うのが目的である以上、殺す事にためらいはない。
ただ死んでまで目的を達成するほどガンギマリでもないから、まだティルは生きている。
何か一瞬の隙でも作れれば・・・そう思っているうちに、奴が窓際に達する。
窓ガラスなんて大層なものはなく、ぶら下がった板で塞がれているだけ。
軽く手で押せばそのまま外に飛び出すことができる。
「動くなよ・・・動くなよ・・・」
奴の背が窓の板を押し、外の景色が見える。
そのまま飛び出されてしまえばおしまいだ。
エフティか、フジたちが表に来てくれれば・・・
「がっ?!」
男の悲鳴。考えるより先に体が動いていた。
一瞬硬直した男に、光の斬撃を放つ。
収束されたコヒーレントな衝撃波は正確にナイフを握った男の手首だけを切り落とした。
そのままバネ足ダッシュで踏みこみ、握った刀の柄頭を男の顔面に叩き込む。
鼻が潰れ、血が吹き出す。
そのまま男は気絶して座り込んだ。肩にはナイフが刺さっている。
「おーい! 大丈夫か!」
外から声が聞こえる。
まさかこれは・・・
「おー! 無事だったか! お嬢さんはどうだ!?」
驚いた事に、外で手を振っていたのは万年窓際刑事のシュワルツ氏だった。
「そっちに行く! 待っててくれ!」
おう。
窓の外に手を振ると、俺はティルがへたり込んで震えているのに気付いた。
今頃恐怖が襲ってきたか。
大丈夫か?
「・・・!」
手を差し出すと、飛びつくように抱きついてきた。
振り払おうと思ったが、怯える女を突き放すほど俺も冷酷にはなれない。
溜息をついて頭を撫でてやった。
それはいいんだが・・・酒くせえ。
階段を上る音がして、廊下を歩く足音。
ぴったり十歩で蹴破られた戸口にシュワルツが顔を出す。
「・・・お邪魔だったかな?」
代わりたいなら喜んで代わってやるよ。
部屋の中に入ってきたシュワルツが、ベッドにどっかりと腰を下ろした。
さっきは助かった、ありがとう。
「気にするな、仕事・・・じゃないが公僕の務めだ」
しかしどうやってここを突き止めた?
「お前さん達がこの辺を中心に動いてるのは閣下から聞いたからな。
お嬢さんが誘拐されたとして、この周辺で麻特が使っている隠れ家というとここじゃないかと思ったのさ」
思わず口笛を吹いてしまった。
有能だなこの人!
やがて間を置かずにエフティ達が、続けてフジ達と内務省の警邏が駆けつける。
それはいいんだが、フジ、シル、ジューニャ、エフティ、ロビン。何故こちらを睨む。
そしてそこの警邏ども、何故生暖かい目をしてる! そういうのじゃない!
「すまねえ・・・姉さんが本当にすまねえ・・・」
土下座せんばかりに小さくなってるアーザックがいっそ気の毒だった。
ダメ猫がこめかみを押さえてうめいている。
「ううっ、痛いニャ・・・何故ニャーがこんな目に。天はニャーを見放したニャ!」
やかましい。
勝手に抜け出して飲んだくれてさんざん迷惑掛けやがって。
お前のせいで俺の不名誉な噂にさらに尾ひれがついたじゃねーか。
「それだけ女の子はべらせて不名誉も何もねーニャ。ただの真実だニャ・・・あいたた!?」
再度のアイアンクローによってクソ猫の頭蓋骨がギシギシと軋む。
ジョンおじさんが溜息をついた。
「そのへんにしておきなさい、カエラ。火のないところに噂は立たないのだぞ」
おじさんまで! ひどい! まあ愚痴っててもしょうがないからこの辺にしておきますが。
「いいから、彼女を放して上げなさい。痙攣しているぞ」
へーい。
それで、改めてこっちに呼ばれたってことは、例の化けて出て来た汚職警邏の?
「うむ。セーフハウスにも獣人街にほど近い貧民街にねぐらがあったようだ。
とは言っても向こうもプロだ。見張られていたらすぐに感づく。
ついては隠れ身の術が使える影の一族を貸して欲しくてな」
そう言う事ならタチバナを行かせましょう。
情報収集は影の一族の有志に引き継ぎをして貰えば何とかなるだろう。
シュワルツはその隠れ家に心当たりはあるか?
「いや、ないな。俺が島流しになった後にできたんだろう」
まあお前が追っかけてる奴を匿うんだからお前が知ってるところを使う訳もないな。
「そう言う事だ」
「シュワルツ君は引き続きセーフハウスで隠れていてくれ。
カエラ達も、念のために何人かそこに詰めていて欲しい。
それなりの広さはあるから、後十人くらい増えても大丈夫だろう」
了解です。
どうせ部屋の中に籠もってるんだ、シルとティルもまとめて守って貰いましょう。
「よし、決まりだ」
おじさんが頷いた。