全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
引き続きおじさんにあれこれ報告していると、ニシカワの家から使者が来た。
爺様が俺を呼び出したらしい。
使者になった家臣は当然俺とも顔見知りで、ひどく恐縮している。
「その、あのようなことになった若様ですから、このように呼びつけるのもどうかと思うのですが・・・」
爺さんはどんな感じだった?
「当主様は内心を表に出さないお方ですから・・・ただ、おっしゃりようからするとそう悪い事にはならないと思います」
ふむ・・・まあいい、行こう。
「ありがとうございます」
使者の男がホッとした様子で深く一礼する。
フジ、エフティ、ついてきてくれ。余りゾロゾロ行ってもうるさいだろう。
「オレもか?」
まあちょっとな。出鼻をくじいてやりたい。
ニシカワ伯爵家に入った俺達は、そのまま爺さんの部屋に通された。ゲルタはいない。
半年ぶりに会う爺さんは、少しやつれているようにも見えた。
「来たか、カエラ」
来ましたとも。それで、なんです。
「今日は・・・待て。フジはともかく、そちらの傭兵は何だ? お前の愛人か」
幼馴染みですよ。
あんたも顔見知りのはずだ。
「お前の・・・? ・・・・・・まさか!?」
目を見開く爺さん。
シルのオヤジさんもそうだが、何か快感だな。水戸黄門の印籠の気分。
爺さんが机から腰を上げて、深々と一礼する。
「エフリーティ殿下におかれましてはご機嫌麗しく。
無事なお姿を目の当たりにし、このケンシン幸甚の至りでございます」
丁寧な爺さんの態度に、エフティはむずがゆそうな顔で鼻の頭を掻いている。
「あー、そう言うのいいからさ。
シルのオヤジさんにも言ったけど、オレはもう死んだことになってるんだろ?
だったらオレはカーヴェ配下の傭兵隊長ニムバスさ。それでいい」
「はっ・・・」
そう言いつつも爺さんは顔を上げようとしない。
・・・!?
驚いた、爺さんが泣いてる。
「申し訳ございませぬ・・・先の陛下が崩御されましたとき、私は何も出来ませんでした・・・陛下から直々に良くしてやってくれとお言葉を賜ったにもかかわらず・・・!」
「・・・」
落ちる涙。
エフティはしばらくあっけにとられていたが、やがて優しい顔になった。
意図的にだろう、軽い調子で声をかける。
「いいって。ジイちゃんがオレにカーヴェを紹介してくれたから、オレは折れずに済んだんだ。
そうして今はこうして幸せに暮らしてる。
全部あんたのおかげなんだぜ、ケンシンジイちゃん」
「うっ・・・ううっ」
しばらく、部屋には老人の男泣きが響いていた。
「失礼致しました。歳を取ると涙もろくなってかないませんな」
「らしいな。まあ年寄りなんてオレのジイちゃんとあんたくらいしか知らないけどさ」
普段の調子に戻った爺さんが、柔らかい笑みで頭を下げるのを、エフティが笑い飛ばす。
フジが僅かに笑みを浮かべていた。
何だかんだ言って、こいつも爺さんのことはかなり好きよりなんだよな。
お?
笑みを引っ込めて爺さんがオレの方を見た。
「・・・狙っておったな、カエラ?」
ここまで効果があるとは思ってなかったけどな。
「小賢しい策ばかり達者になりおって。それでもニシカワの血を引くものか」
孫子曰く「兵は詭道なり」さ。重要なのはまず勝つ事だ。そうだろ?
「気構えの問題を言っておるのだ」
はいはい。そう言いつつも俺は口元が緩むのを抑えきれない。
この屋敷で育った十五年の間、何度も交わされた同じようなやりとり。
爺さんもそこまで本気で咎めている訳ではないし、ましてや怒っている訳でもない。
素直になれないツンデレジジイである。
「――今、何か不遜なことを考えたな?」
いいえー、べっつにー。
・・・やべえ、やっぱ鋭いわこのジジイ。油断はできないな。
それで何の御用でしょうか、お爺様?
「最近影の一族をしばしば駆り出しておるだろう。
使うなとは言わんが、大っぴらに使うならわしを通せ。
今回はジョンの要請でもあるから大目に見るがな。
それだけだ。行ってよし」
・・・それだけ?
「それだけとは何だ。重要な事だぞ。お前はもう分家の主なのだからな」
おっしゃる通りで。
それで? 本当にそれだけですか?
「それだけだ。帰っていいぞ」
あいよ。それじゃ失礼します。
「ああ、そうだ、カエラ」
何です?
「腕を上げたな」
一瞬、反応出来なかった。
「どうも」とそれだけ言って部屋を後にする。
何ともいい気分だった。
あれ? 絵の配置変えたのか。
「そのようですね。私も存じませんでしたが」
帰り際、廊下を歩いていて俺は首をかしげた。
確か俺の両親の(もちろんあのクソ継母ではない、実の母のだ)絵がこのへんに掛かっていて、時々眺めていたのだが・・・通りがかった家臣の一人を呼び止める。
ああ、ちょっと。ここに俺の両親の絵が掛かっていたと思うんだが、どこに行ったんだ?
そう聞くと、家臣は顔をさっと曇らせた。
「それが・・・その」
「燃やしましたわ」
俺の後ろからかかった声。
物心ついてからずっと聞いて来た、この世でもっともイラつく声。
いや、そんな事は問題じゃない。
今何と言った。「燃やした」? そう言ったのか?
「ええ。いい加減古びて汚くなっていましたもの。
それに亡くなった方の絵をいつまで掲げていても仕方ないでしょう?
古いものは綺麗さっ・・・ぱり・・・」
継母の顔が凍りついた。
多分、俺の顔も凍りついていたと思う。
怒りに青ざめた無表情に。
「か・・・は」
俺が叩き付ける、手加減無し全力の殺気。
マット村の時と比べてすら比較にならない強さのそれに、継母がへたり込む。
喉を押さえて口をパクパクさせる。
呼吸もできないのだ。
だがその程度で許すつもりはない。
人の? 親の? 形見を? 燃やした? それがどういう意味を持つか分かっていて?
一歩近づく。
「・・・。・・・」
涙を流し、何かを言おうとしているが何も言えない。
また一歩。
手を上げて止めようとするが、手も動かせない。
そうだ。お前は蛇に睨まれた蛙だ。
カエルの分際で蛇に手を上げたらどうなるか、教えて・・・
「そこまでだ、カエラ」
反射的に、声の方に殺気を叩き付ける。
だがそれを正面から受け止めて、爺さんはなお小揺るぎもしない。
「模様替えの許可を出したのはわしだ。『片付ける』というから倉にでもしまい込むのだろうと思っていた。いずれお前に譲ろうとな。
わしの不明であった。許してくれ、カエラ」
先ほどと同じように、爺さんが頭を下げる。
だがそれでも・・・
「ヘルムから母を奪うつもりか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
わかったよ。
殺気を消すと、
じわり、とドレスに染みが広がった。
「あの絵の代わりにはならんが、これをお前にやろう」
そう言って爺さんが差し出してきたのは、葉書サイズの額縁。
描かれているのはここにあった絵と同じ、俺の両親。
いいのか。これ爺さんがずっと棚に飾っているやつだろう。
「あいつらの顔を忘れたりはせんよ。これはお前にこそ必要なものだ」
・・・わかったよ。
額縁を受け取り、それだけを言って俺はきびすを返した。