全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
最初に気付いたのはエフティだった。
「おいカーヴェ! 何か焦げくせえぞ!」
まさか!?
すっかり暗くなったメットーの街路。
両側に立ち並ぶ建物の向こう、南西の空が僅かに赤く染まっていた。
それとほぼ同時にごちゃごちゃした街路を埋め尽くす群衆が見えた。
手に手に棍棒などを持ち、松明を掲げて獣人に対する憎しみを叫んでいる。
獣人街までまだ1kmくらいあるんだぞ!? それで今最後尾が見えるってのは洒落にならん!
群衆は街路に一杯ですり抜ける余地は無いし、この辺は貧民街で家がぼろい。この速度で屋根を走ったら間違いなく天井をブチ抜く。となれば・・フジ、ジューニャ、『タタミ』!
「はっ!」
「はいっ!」
フジが手裏剣を投げるように手を振り抜くと2mの畳が出現し、回転しながら飛んでいく。
ジューニャが呪文を発動すると、それらは暴徒の頭上でピタリと静止した。
「おお!」
初めて見たエフティやアーザックが目を丸くする。
俺達は空中にできた足場を飛び移り、高速で貧民街を駆け抜けた。
貧民街と獣人街の間には数百メートルほどの原っぱがある。
暴徒たちの持った松明の光がそこに広がり、埋め尽くしているのが畳の上から見えた。
松明を投げられたのだろうか、獣人街の柵や家屋が炎上していた。
「まだ直接の激突はしていないようです!」
走りながら指で環を作り、遠視+暗視の術で確認するタチバナ。
ギリギリ間に合ったか!?
間に割り込むぞ! シル、ジューニャ、ティルは柵の向こうに!
シルは《
ジューニャは水で火を消せ!
「わかったんだよ!」
「はい!」
返事を聞くよりも早く畳を駆け抜ける。
柵向こうにコスタ先生と自警団の連中が見えた。
その隣にシル達が降りるのを確認し、柵と暴徒たちの間に降り立って剣を抜く。
俺は『飛竜殺し』カエラ・ヴォロディア・ヴィクトリアス・ヴァレンタイン・ニシカワ!
この刃の輝きを恐れぬのなら、かかってこいっ!
吼えると同時に手加減抜きの殺気を放つ。
「げっ!?」
「ひいっ!?」
最前列にいた暴徒がばたばたと倒れていく。
そこまででなくてもへたり込み、失神をする奴が多数。
「飛、飛竜殺し・・・!?」
「嘘だろ!」
当たり前だ。こいつらは所詮一般人。敵ですら無いモブ。
狂乱と熱が冷めれば・・・
「騙されるな!」
む?
「本物のカエラ卿ならば人間の味方のはず! それが何故ケダモノどもに手を貸す!」
「獣人たちが麻薬密売の罪を麻薬取締局の局長に押しつけやがったんだ!」
「麻薬取締局に何度も助けられているくせして!」
あちこちから声が上がり、そうだそうだとシュプレヒコールが再開される。
まあそうだろうな。
扇動してるんだから、サクラを紛れ込ませるのは当然だ。
ジューニャ! は消火中か! エフティ、上から・・・
「その通りだ!」
よく通る声が響き渡った。
「司祭様・・・」
「おお、司祭様だ!」
人垣が割れた。
いかにも司祭らしい、質素なローブを来て出てきたのは、40絡みの精力的な男。
胸にあるのは・・・
「
一般的にはそんな感じだな。名前の通り礼儀作法やマナーを司る神様で、
神殿に貴族の子弟が礼儀見習いに預けられることも少なくない。
ただ礼儀作法というのが身分制度や社会階級へと拡大解釈された結果、まれに出るのだ。奴隷推進や外国人排斥運動などに傾倒する奴が。
恐らくはこの司祭もその類だろう。しかし、こいつの魔力の気配は・・・。
「そいつ、偽シェイファーニャ! 声色作ってるけど間違いないニャ!」
やっぱりか。ティルの声に舌打ち一つ。
そして「司祭」は笑みを浮かべたまま、両手を広げてこちらに近づいてくる。
「みなさん、恐れてはなりません!
私や皆さんには神のご加護があります! カエラ卿を騙るこの偽者には私を傷つけることはできません!
嘘だと思うなら哀れな偽者よ、そのカタナで私の胸を貫いてご覧なさい! さあさあさ・・・」
西川正宗の刃が、真横一文字に振り抜かれた。
水平に走ったその軌道は、司祭の首を綺麗に通り抜ける。
どよめき。
「はははは! 見よ、汚れ無き神の子たる人の子らよ!
この体には傷一つない! これこそが我々が神に守られている証!」
そう、刃は首を通り抜けただけ。
水面に映った月を斬るように、刃は首をすり抜けて何の傷も残していない。
「・・・例の液体化ですか!」
フジが唸る。
今の一太刀、ほとんど手応えがなかった。液体状態を保ったまま、人間として違和感の無い動きをしているわけだ。どういう手品を使ってるんだ?
「それを考えるのは後でもいいだろ。取りあえずこいつらどうすんだ」
苦々しげな顔でエフティ。
「司祭様に続け!」
「薄汚い獣人たちを今度こそ許すな!」
後ろで上がるシュプレヒコール。
そうだな、まずはあのサクラどもを排除するのが先だ。
ジューニャ、上に昇ってサクラを・・・
「いや」
俺の指示を止めたのはアーザックだった。
「それなら俺達が適任だ。シオン! ジース! ソルト! ズク!
たわごとをわめき散らしてる煽り屋を潰すぞ! コスタ先生!」
「わかりました! 全員、出なさい!」
「「「「ラジャー!」」」」
次の瞬間、獣人以外の全員が目を見張った。
バサリと広げたアーザックのマント。
その下にあるのは人の体をすっぽり包み込むほどの巨大な翼だった。
アーザックの同僚の四人もまた。
それを羽ばたかせて、五人は空に舞い上がった。
聞いたことはあった。
"
獣人がまれに持って生まれてくる、元となった動物が持つ優れた形質。
それは牛のような筋肉であり、狼のような牙であり、猫のような敏捷性である。
そして翼の氏族のギフトこそがこの翼。
人でありながら空を駆ける事を許された者達。
五人の鳥人が空を舞い、群衆を扇動していたサクラたちを手際よく気絶させていく。
前の方にいたサクラたちはその速度に対応が間に合わず。
後ろの方にいた連中は前の方が見えないために何が起きているか分からず反応出来ない。
五分とかからず、ほとんど全ての扇動者が沈黙した。
>水晶の夜
クリスタル・ナハト。1938年ドイツで発生した、ユダヤ人に対する大規模な暴動。
割られて散乱した窓ガラスが水晶のように見えたことからその名がある。