全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
「おげぇぇぇぇ!」
「えろえろえろ・・・」
惨状が広がっていた。むしろ酸状か。胃酸だけに。
暴徒たちの足は完全に止まっていた。
そりゃ胃袋がひっくり返るような吐き気に襲われてたらこうもなろう。
しかも腹の中のものを全部吐き出しても、それが続くのだ。
俺たちは法廷でいっぺん全部出してるし鍛え方が違うからまだ耐えられたが、一般人である暴徒たちが耐えられるもんじゃない。
まあ獣人たちや自警団の連中も全員吐いてるんだが。
それでもしばらくすると獣人たちは立ち上がった。
同じ一般人でも基本的な頑丈さが違う。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
やばいな。不穏な雰囲気だ。
暴徒たちの方を睨んでる。
柵は半分くらい焼けてしまったし、避難はしていたようだが町並みもかなり被害を受けている。
何より先ほどまで暴徒たちが叫んでいた勝手な理屈は、普段から差別を受けている獣人たちの最後の一線を越えたのかも知れない。
ガタガタと柵が揺れ始める。
「許すな!」
「許すな!」
「許すな! 許すな!」
自警団が、一般の獣人たちが。
柵を掴んで揺すっている。
あの気の良い牛の獣人が。肩をすくめた獅子の獣人が。
俺に絡んできたチンピラが。片目に傷のあるG.I.ジェーンが。
屋台を引いていたおっさんや、小物屋のおかみさんまで、怒りと憎しみを口にしている。
「やめるんだ! やめなさい!」
コスタ先生他、一部の獣人がそれを止めようとしているが、止めきれるもんじゃない。
ティル、もう一度・・・
「さけ・・・さけをくれニャ・・・」
ダメ猫は謎の液体を垂れ流して痙攣していた。
禁断症状かよ!? 禁酒が長すぎたか!
やむを得ん、シル、もう一度《
「わ、わかったんだよ!」
再び出現した無数のそろばんがバチバチと音を立て始める。
間に合うか・・・? それ以前にちゃんと手加減出来るか? だがやるしかない。
「許すな! 許すな! 許すな!」
「許すな! 許すな! 許すな!」
「許すな! 許すな! 許すな!」
柵がガタガタと揺れている。燃えたところはもちろん、残っているところも大きく揺れて、今にも倒れそうだ。
「やめなさい! やめるんです!」
「やめろ! そんな事をして何になるんだ!」
コスタ先生やアーザックの言葉も全く効果がない。
その時、焼け残った家屋の上に人影が立った。
この喧騒で誰も気付いていないが、波動感覚を持つ俺だけはそれに気付いた。
その人影が、俺に向けてバチンと強烈なウインクをしたのにも。
「許すな! 許すな! 許すな!」
「許すな! 許すな! 許すな!」
「いいえ、許してあげなさい?」
その声は、獣人たちの怒声を遮って静かに響いた。
俺の《加護》によって拡声されたそれは、恐らくその場にいる全ての人間に届いただろう。
ジューニャ、《光》の呪文を!
「は、はい!」
完璧なタイミングで夜空に生まれた巨大な光が、真紅のマントと覆面をかぶった逆三角形のシルエットを照らし出す。
「こんばんは、みなさん。アテクシ、自警団団長ヴァルト・フォッツェよ」
「フォッツェ団長!」
「狐のおじさん!」
口々に名前が呼ばれる。
優雅に一礼して――肉達磨の不審者をそう評して許されるならだが――それに応えるヴァルト・フォッツェ。
「殴られても殴り返すな、なんてことは言わないわ。
でもあのお馬鹿さんたちをご覧なさい。
吐きすぎてゲロまみれ、もう吐くものが無くて痙攣してるのよ?
アテクシも経験あるけど、あれ凄く辛いんだから。
もうアテクシたちは完璧に殴り返したの。
やり過ぎはダメよ」
しん、と静まりかえる獣人たち。
なるほど、このカリスマは伊達ではない。
「それにね」
声にいたずらっぽさが混じった。
「さっき見た感じ、メットーの城壁を守ってる兵士達もゲエゲエやってたわ。
ひょっとしたら王様もゲロ吐いてるかも。そう考えると痛快じゃなぁーい?」
上がる笑い声。
マジで国王もゲロ嵐に巻き込まれてたと俺が知るのは、これより三日後である。
「だから、今夜はこれでおしまい。
改めてあいつらが殴りかかって来るときは、その時こそ殴り返してやりなさいな」
何人かが無言で頷く。
大きな反応は無いが、反論が出ないって事は大体みんな納得したんだろう。
「それともう一つ」
お?
「そちらにおられるカエラ・ニシカワ卿に最大の感謝を。
あなたは人間なのに、命がけで暴徒を止めて獣人街を守ってくれた。
しかも双方に怪我人を出さずに。
獣人街を代表して感謝を申し上げますわ。
このご恩は忘れません。いずれ必要になるとき、獣人街はあなたにお力添えしますわ」
「・・・カエラ!」
「カエラ! カエラ!」
「飛竜殺し!」
「我らが友!」
獣人たちが歓声を上げる。
ヴァルト・フォッツェが俺の前に飛び降りてきて俺と握手を交わすと、歓声はいっそう高くなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
うう・・・頭が痛い。
朝の光が目に痛い。
昨日の記憶がないが随分飲んだみたいだな・・・周囲を探ると柔らかいものに手が触れた。
女の体だな。この体格はフジ・・・ではないしエフティでもない。
かなり豊満だからジューニャかそれともタチバナか・・・あれ? どっちとも違うな?
「!」
そこで頭が覚醒して跳ね起きた。
「うニャン」
恥ずかしげにシーツで体を隠すのはティル。
そう言えば昨夜はこいつとサシで飲んでた。
こいつ聞き上手なもんだから色々と話が弾んで、愚痴も聞いて貰って・・・その後の記憶がねぇぇぇぇぇ!
「カエラ様!?」
「カエラちゃん!」
「カエラくん、あなたねえ!」
「カーヴェ、お前なあ・・・」
「まあその、私が口を挟むことではないのですけど・・・」
「うーん・・・ある意味では貴重な人材ではありますが」
以上、上からフジ、シル、ジューニャ、エフティ、ロビン、タチバナの感想。
その後正座させられて盛大にお説教を受けた。
普段は女が増えると上機嫌なタチバナでさえ微妙な顔をしている。
いや、酔ってたとは言え俺が隷属契約無しに女を抱けるとは思わなかった。
フジたちのおかげでその辺回復してきてるのか、それともこいつの特質故か。
「にゃはははは、傷物にされたから責任はとって貰うのニャ!」
「いやまあ、引き取ってくれるのは本当にありがたいんだが・・・」
いいのか、これで? と目で訊いてくる実の弟。
良いも何も責任取らなきゃいかんだろう・・・
「これで一生左うちわのお酒飲み放題ニャ・・・ぐえっ!」
俺とアーザックの拳が、同時にアホ猫の脳天に突き刺さった。
追伸・隷属契約書は一応サインさせました。
「うぉい、ブック! 目を覚ましたそうだな!」
看護婦を口説こうとしていたブック巡査がびくりと震えた。
「施療院内ではお静かに」
「おっと、すまんすまん」
腰に回されようとしていた手を慣れた様子ではたき落とすと、看護婦はそのまま一礼して部屋を出ていく。
それを未練がましく見送った後、ブック巡査は麻特の先輩であるこの中年男に視線を移した。
資料編纂室に飛ばされて以降見なかった、活力に溢れた姿。
まるで八年前の彼のようだ。
「一体どうしたんです先輩・・・え?」
「おう、気がついたか!」
シュワルツの襟に輝くのは、麻特局長のバッジ。
「いったい何があったんです?」
「まあ色々あってな! 麻特が生まれ変わったってとこさ!
俺は局長! お前も主任だ! とにかく人手が足りなくてな!
退院手続きはこっちの方で進めておいたから、明日には出勤しろよ! じゃあな!」
「あ、ちょっと・・・」
ばたん、と目の前で扉が閉まる。
神官医師が退院を告げに来るまで、彼はそのまま呆然としていた。
これにて第四巻完結にございます。
うーん、色々ひどい話だった(他人事のような顔)。
タイトルは日本の元祖ヒーロー、月光仮面のキャッチコピーから。
ちなみに獣人街の自警団は元鞘でヴァルト・フォッツェが団長に復帰してます。
コスタ先生も重荷を下ろせてホッとしてることでしょう。