全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
第二話 メイドの回想
「藤波の 花は盛りに なりにけり 奈良の都を 思ほすや君」
――万葉集――
「カエラ様。こちらは娘のフジです。これより、これがわたくし共々若様のまわりのお世話と、警護をすることになります」
書物を読んでいた若様が振り返り、上から下までしげしげと見られる。
「お前も運が悪いな。ハズレの方のお付きになるとは」
それが若様の第一声だった。
今にして思えば随分と皮肉げな空気があったと思う。
「若様」
たしなめるような母の声。
私と同じ五才の少年がひらひらと手を振る。
「実際できそこないだろう?
ニシカワの家に生まれたのに《波の加護》とか言う訳のわからん加護を授かって生まれてきたんだからな」
母や一族の者から話は聞いていた。
実の母君が早くに亡くなり、継母が自分の子供を跡継ぎにしようと、息のかかったメイドたちにえげつないイジメをやらせていると。
守っていた祖父も、若様の《加護》が《剣の加護》ではないと知ってからは態度が変わったと。
「いずれは廃嫡されてお払い箱、弟が後を継ぐだろう。そうなったらお前達も余りいい目は見られない。影の一族だから他の使用人とは訳が違うにしてもな」
そんなことを話す若様の顔はひどく大人びていて、とても悲しかった。
「若・・・」
「わたくしもですよ」
だから、母親の言葉に思わず割って入っていた。
「ん?」
若様が首をかしげた。
そのしぐさは年相応で、先ほどまでとのギャップについ笑みが浮かぶ。
「初代『紅の影』様以来、我ら影の一族は代々《光の加護》、ないし《闇の加護》を持って生まれてきます」
「らしいな」
「ところが長の直系にもかかわらず《タタミの加護》なんて訳のわからない《加護》を持って生まれてきた、できそこないがわたくしというわけで」
せいぜい不敵に、ニヤリと笑ってみせる。
さて、この表情は若様に通じるだろうか。
「・・・」
しばしの後、カエラ様がニヤリと笑う。
私は賭けに勝ったことを知った。
「なるほど、俺達は互いにみそっかす同士か?」
「ええ、みそっかす同士お願いしますねご主人様」
最高の笑顔と共に私は一礼した。
カエラ様はどうにもおかしな子供だった。
ひたすら鍛練を積むか読書をするかで、およそ子供らしい遊びの時間というものがない。
例外は許嫁のお嬢様が遊びに来るときくらいで、この時ばかりは屈託ない笑顔を見せていたのを覚えている。
忍びである私が「普通」を語るのもなんだが、五歳児として異常なのは間違いなかった。
まあそれ自体はわからなくはない。
私だって一族の得意とする光と闇の術を受け継げないできそこないだったから、それ以外で何とか補おうとしていた。
ただ忍びという職業の性質上、初歩の術でも使えるかどうかで雲泥の差がある。
体術や隠形は勝っていても、術の有無で劣っているという評価が下されてしまう。
六才になった私は少々くさっていた。
「そう言えばフジの《加護》って見た事ないな。《畳の加護》だっけ?」
若様がそんなことを言い出したのは、庭でのお茶の時だった。
「はあ、そうですが」
渋い顔になるのが自分でも分かる。
この役に立たない《加護》は、私が生まれながらに持っている負債だ。
トラウマをえぐられていい気持ちになる人間はいない。
「見せてくれないか」
「・・・若様のおおせとあらば」
しゃがみ込み、地面に手を当てる。
ふんっ、と気合いを入れると出て来たのは一枚のタタミ。
異世界ニホンから伝わった、藁を押し固めた一枚板。
ニホンでは野外でピクニックをする際に敷いたりもするそうだが、それなら絨毯でいい。
一枚二十キロはあるこれを持ち運ぶのはどう考えても労力の無駄だ。
しかも私の場合、一度出したら残るので後片付けが面倒にもほどがある。
バラして燃やすくらいしか思いつかない。しかも一枚出すにも結構疲れる。
その様な事を説明すると、若様がふむ、と頷いた。
「よし。なら特訓だな!」
何を言ってるんだこの人は。
「いいか、フジ。《加護》というのは使い方――いや、育て方次第だ。
同じ《剣の加護》でも重い剣で一撃必殺を重視するものもあれば、軽い剣で速度を増すものもある。
《鉄身の加護》でも身体全体を硬化させて防御力を高める者もいれば、拳や足先を硬化して打撃力を強化する者もいる。
少なくともある程度は鍛え方次第で変わるんだ」
輝かんばかりの笑顔を浮かべる若様に私は衝撃を受けていた。
《加護》は生まれた時から決まっているものではないのか?
育て方次第で変わってゆくなどと、一族の者からすら聞いたことがなかった。
「それはフジの一族の《加護》がわかりやすく強かったからだろうな。
ひたすら磨いていけばそれだけで忍者としては理想的な能力になる。
ニシカワの《剣の加護》も同じだ。一直線に鍛えるのが一番強い。
ただ俺達のそれはそのままじゃ使い道のないトンチキな《加護》だ。
頭を使う必要がある」
「な、何か根拠でもあるのですか?」
信じられない気持ちと信じたい気持ち。
若様は笑顔のままで頷く。
「書庫の古文書にな。
初代様の仲間で《空気の加護》というのを持つ人物がいたらしい」
「《空気の加護》・・・風や気温を操る能力でしょうか? もしくは大気の精霊を召喚するとか」
「そう思うだろう? だが口先が達者でムードメーカーだったその人物は、『場の空気を和ませる』能力として鍛え上げたんだ。
仲間の結束を強めるほか、様々な交渉ごとで常に大成功したそうだぞ」
「はぁぁぁぁ!? 空気って、そっちですか!?」
思わず叫んでいた。
若様のしてやったりの笑み。
「そう言う事だ。まずはタタミを縦に出せるように練習してみようか。
それが出来れば文字通り盾になる。飛び道具にも有効な盾を、今の動作だけで出せるのは強くないか?」
それは確かにそうだ。若様をお守りするときにも役に立つかもしれない。
「それが出来るようになったらもっと軽く小さなタタミを出してみるのもいいだろう。
魔力消費が少なくなれば連発できるようになるだろうし、フェイントで相手の視界を塞ぐとか、相手の回避を妨害する障害物としての使い方もできる。
この辺は軍の
ああそうだ、柔らかい畳をクッションにしたり、いっそ投げつけられるようにするのもいいな。
何せ20キロからの重量物だ。ただぶつかるだけでも体勢は間違いなく崩れる。それに・・・」
いつの間にか私は熱心に若様の話に聞き入っていた。
そして一年後。
「そこまで! 勝者、フジ!」
驚愕と感嘆。
子供を集めて試合をさせる一族の恒例行事。
参加資格を得たばかりの七才の私が、優勝候補と目されていた十二才の少年を完封して優勝したのだ、それは驚きの声も上がるだろう。
相手が閃光の術を使うタイミングを見切って、タタミで光を遮断。
逆に視界を遮られた相手の隙を突いて上からの奇襲。相手はものも言わず倒れた。
若様のアドバイスはどれもこれも驚くほど有効で、一々ツボを突いていた。
結果、私は全ての試合に完勝。
拍手と称賛の声。今まで私を侮り、陰口を叩いていた人達が、今は惜しみない称賛を私に贈っている。
「う・・・うわ、うわあああああああああああん!」
気付けば私は大声を上げて泣いていた。
拍手と称賛の声は続く。
カエラ様に頂いた勝利、カエラ様に向けられるべき称賛。
この拍手を、カエラ様も受けられるようになってほしい。
そのために自分を捧げようと、泣きながら誓った。