全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
子供の頃、随分と綺麗なところにいた。
白い壁に色とりどりのタペストリー、綺麗な衣服、豪華な食事、かしずく侍女たち。
数日に一度訪ねてきてくれる祖父はとても優しく、抱き上げたり膝の上に乗せてお話を聞かせてくれたりした。
狭い部屋と壁に囲まれた庭だけが世界なのだと信じ切っていたあの頃。
それだけで満たされていたあの頃。
ただ、一つだけ分からない事があった。
何故みんなには角がないのだろう――?
優しい友達がいた。
多分十歳くらい年上だっただろう、侍女の娘。
祖父以外は何となくよそよそしい人間ばかりで、遊ぶにしてもお義理で付き合ってくれるだけという雰囲気が幼い子供にも分かった。
その中で彼女だけは親身に話を聞いてくれたし、全力で付き合ってくれた。
もう名前も覚えていない彼女が大好きだった。
その日、そうした理由は覚えていない。
小さな子供特有の理不尽なかんしゃく。
人形の縫い目がほつれていたとか、食事に嫌いなものが入っていたとか、タンスの角に小指をぶつけたとか、多分そんなくだらないこと。
泣きわめき、それをなだめようとしゃがみ込んだその娘を、力一杯突き飛ばした。
その時の感触を、今も鮮明に覚えている。
小柄な少女とは言え、人間ひとりが冗談のように吹っ飛んだ。
テーブルにぶつかって吹き飛ばし、それでは飽きたらずに棚にぶつかって斜めにはねた後、扉にぶつかって止まった。
扉には真っ赤な鮮血がべったりと垂れ、娘はぐったりとして動かなかった。
頭から血を流し、腕と足はあり得ない方向に曲がっていた。
時折ごほごほとせき込み、そのたびに血を吐いた。
ドアを開けて入ってきた年かさの侍女の悲鳴。
思い出したように自分が泣き出したのを覚えている。
それからは生活が一変した。
長い事祖父は来てくれなくなり、周囲の態度はよそよそしさからはっきりと恐怖を伴うものとなった。
侍女に混じって武装した騎士たちが常にはべるようになり、一挙手一投足を監視された。
何より自分で自分が怖かった。
シーツをかぶり、ベッドから一歩も出ない日もあった。
侍女を突き飛ばした手に、べったりと血が付いているような気がして泣いた。
友達だった娘は二度と顔を見ることはなかった。
周囲のものに聞いてみても何も答えてくれない。
彼女を突き飛ばしてぐちゃぐちゃにして死なせてしまう悪夢を何度も見て、そのたびに泣いた。
友達もなく、家族もなく、自分を責め続ける。
そうした地獄のような日々の中で、定期的にかんしゃくを起こすようになった。
大人でもひとりでは持ち上げるのが難しいような、重いテーブルや棚を持ち上げて振り回し、投げつける。
そのたびに甲冑をまとった騎士たちが取り押さえようとするのだが、彼等でも自分を止めるのは至難の業だった。
四人がかりでなんとか押さえつけるのが精一杯で、それですら何度も大怪我をさせた。
鎧がへこみ、籠手をつけた腕が曲がり、兜が潰れる。
しまいには網が飛んでくるようになった。
今にして思えば自業自得だし、怪我をさせないようになったのでそれで良かったと思うのだが、当時はその扱いがたまらなく嫌だったのを覚えている。
暴れるから取り押さえられて、取り押さえられるから更にストレスを溜める悪循環。
そんな日々の中で彼は現れた。
久々に来てくれた祖父は、同じような年齢の老人と、自分と同年代の男の子を連れていた。
「お初にお目にかかります、王女殿下。ダーシャ伯爵ケンシン・ニシカワにございます」
「同じくお初にお目にかかります、エフリーティ殿下。
ダーシャ伯爵ケンシン・ニシカワが嫡孫、カエラ・ヴィクトリアス・ヴォロディア・ヴァレンタイン・ニシカワと申します。お見知りおきを」
「かー・・・?」
侍女でも大人でも祖父のような老人でもない、同年代の男の子を見たのはそれが初めてだった。いや、同年代の女の子も見た事は無かったのだが。
それはともかく、その時は名前が聞き取れずに困惑していたし、むしろそれ名前?みたいな事を思っていた気がする。
彼は笑い(多分苦笑した)、今にして思えば子供らしからぬ仕草で肩をすくめた。
「Kが一つとVが三つなので『KV3(カーヴェートリー)』なんて呼ぶやつもいますね」
「かーう゛ぇ?」
「ええ、それで結構ですよ」
「かーう゛ぇ!」
最初の出会いは和気藹々としたものだった。
何しろ久々に祖父と会えて喜んでいたし、生まれて初めて見る自分と同年代の存在に興味津々だったのもある。
何を話していたかは覚えていない。
彼の話を熱心に聞いていたような気はするのだが、その後の衝撃が余りにも大きすぎた。
話の途中、何かどうでもいいことがきっかけでかんしゃくを起こした。
テーブルをひっくり返し、泣きわめく。
即座にケンシンさんと騎士たちが動き、祖父を下がらせる。
当然カーヴェも下がらせようとしたのだが、彼は何故か手を振ってそれを拒んだ。
祖父とケンシン老が何かを言い、騎士たちが後ろに引いた。
無造作に近寄ってくる彼。
驚くべき事が起きたのは次の瞬間だった。
「・・・え?」
思わずぱちくりと目をまばかせた。
次に自分の手を見る。
思いっきり突き飛ばしたのに、手はつるりと身体の表面を滑り、彼は小揺るぎもしなかったのだ。
彼がどん、と私の胸を押す。
思わぬ反撃に私はしりもちを突き、びっくりして彼を見上げた。
にやり、と笑う彼にカッとなった。
その後は・・・一方的な泥仕合だった。
私はひたすら彼を突き飛ばし、殴り、ひっぱたいた。
だがどれもクリーンヒットせず、私は反撃されるたびにしりもちを突く。
何十回と繰り返しただろうか、とうとう私は泣き出し、彼は優しく頭を撫でてくれた。
祖父がそうしてくれるように。
そうして彼は、私にとって唯一無二の友達になった。
一年か、二年か。黄金のような日々は長く続かなかった。
祖父が来ない日々がまた続いたかと思うと、私は居心地の良い箱庭から連れ出された。
連れて行かれたのはどこか山奥の、牢獄のような城。
首輪をはめられ《加護》の力を制限された。
力が出なくなり、逆らうとムチで打たれるようになった。
そこをなんとか抜け出して、さまよって行き倒れたところを拾ってくれたのが傭兵団「真紅のオーガ」。
初めての友達がカーヴェなら、彼等は初めての家族になってくれた。
もちろん祖父は血の繋がった家族ではあるが、私の認識の中では「時々来る優しい人」であって、家族の団らんみたいなものを教えてくれたのは間違いなく彼女らだった。
団長の赤髪の女戦士は母、傭兵団の連中は父や兄、娼婦のみんなは優しいお姉さん。
戦場にも出て活躍するようになった。
そして母が戦死した後、みんなから推されて「オレ」は二代目の「赤鬼」になった。
ただ、オレが後を継いだ頃から戦火はぱったりやんだ。護衛の仕事も中々なく、困っていたところで耳に飛び込んできたのが国境で新しいダンジョンが見つかったと言う話。
早い内から攻略に参加すれば、いい収入になるかも知れない。
ただ、カーヴェとは顔を合わせたくなかった。
戦場で人を殺したオレ、家から追放されながら武勲を立てて若き英雄となったアイツ。
オレの体は傷だらけだし、英雄と呼ばれるような奴のまわりにはオレなんか比較にもならない綺麗な女がわんさかいるだろう。
・・・何考えてんだ、これじゃオレがアイツの女になりたいみたいじゃないか。
アイツは親友だ。アイツはガキの頃のことなんか忘れちまったかもしれないが、オレにとっては無二の親友だった。
今更顔を合わせて「誰だお前」なんて言われたら耐えられない。
遠くから一目見られれば、それでいい。
そう思っていた。
思っていたのに・・・
「おまえ・・・エフティか?」
そう言われただけで、今まで考えてた下らない言い訳とかは全部吹っ飛んじまったんだ。
でもまあ・・・しょうがないよな?