全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
夜九時を過ぎて、談話室には重苦しい空気が漂っていた。
既に内務省には使いを出し、ケーン兄さんが省内にいないことは確認している。
登庁は確認されているが、いつ帰ったかは不明。
タチバナを使いに出してニシカワの爺様に話を通し、影の一族を動員して探して貰っている。
ジョンおじさんが頭を下げた。
「すまん、実家に頼りたくはなかったろうに」
俺にとっても兄貴分ですからね。気にしないで下さい。
爺さんにしても二人は孫みたいなものだし、実際爺さんの叔母のひ孫でもある。
おじさんが言えば力を貸してくれたでしょう。
「そうかあ? ケンシンじいちゃん俺には結構厳しかったんだけど・・・」
そりゃお前が悪い。
「それはお前が悪い」
「それはジローが悪いんだよ」
「まあ想像はつくなぁ」
「ハモるなよ!」
俺とジョンおじさんとシルとエフティの連続攻撃に涙目になるジロー。
あれでもかなり大目に見てたんだよなあ・・・
「私は子供の頃しか知りませんけど、ケンシンさん、ジローくんのことは結構可愛がってたと思いますよ」
「そうかなあ・・・」
しょぼくれたジローの様子に控えめな笑い声が響く。
暗い雰囲気を僅かにも和ませる一幕だったが、それも長くは続かなかった。
「だ、旦那様! 門にこれが・・・!」
家令の人が持ってきたメッセージカードには、ケーン兄さんを誘拐したこと、俺の持っているダンジョン・コアと引き替えに返すとの文言が記されていた。
「ダンジョン・コアか・・・! 持ってきているのか?」
ええ。
村やダンジョンに置いておいたら二度も盗まれましたからね。
念のために持ってきてたんですが・・・それが仇になったな。
一応魔力を感知されにくいような工夫はしてもらってたんだが、多分それだな。
「すいません、魔力隠しの術は心得がなくて・・・」
ジューニャがうなだれるが責めてはいないさ。現状ではこれが最適だった。
それで・・・ジロー一人でコアを持って指定された場所に来い、か。
「カーヴェ・・・」
こちらをうかがうジローの目。
お前、そんな目をすんなよ。言ったろ、俺にとっても兄貴分だって。
「すまねえ」
この時ばかりは普段の不真面目な態度も引っ込め、真摯な顔でジローは頭を下げた。
地図を持ってきて貰って作戦を練る。
指定された時刻は今日の真夜中、王都の貧民街。もう一時間しかないな。
タチバナ、この辺の地理はわかるか?
「おおまかには」
今回の件については爺さんからも全面協力の言質を取ってある。
影の一族繰り出して周辺を張って貰おう。
「はい、既に長に準備をお願いしてあります」
よし、それで・・・
「私の出番だね」
はいはいはい! と手を上げるシル。
その通り。
現場には奴らの見張りがいるだろうが、シルとジローの間に心話の魔法をあらかじめかけておけば現場の状況が分かる。
シルと誰かの間にしかかけられないし、距離もせいぜい200mくらいのものだが、あるとないとでは雲泥の差だ。
二人以上にかけるのは難しいんだったな?
「できない事はないけど、その分距離が落ちるんだよ。例えばカエラちゃんにもかけたら、単純に距離が半分くらいになるかな。当然消費魔力もきつくなるし、伝達精度も落ちるんだよ」
まあそうだろうな。
魔力に関しては馬鹿魔力タンクのジューニャがいるからまだしもだが、複数の術を同時に維持するのはそれだけでかなりの負担になる。
無理にジロー以外との心話を維持する必要もないだろう。
しかし、嘘発見の術はないのに心で話す術は使えるのか。
「愛の神様だからね。当然心の触れあいは大事なんだよ。
うーん、深い。
深夜。
大きなかばんを抱えたジローが不安そうに貧民街を行く。
念のためにジューニャの《鎧》呪文をかけ、影の一族の手練れが遠巻きに護衛している。
俺達はそれを上空200mから観察していた。
ジューニャの念動で宙に浮き、タチバナの術で透明になっている。
シルがジローとの心話を維持し、これもタチバナが望遠視覚の術で詳細に観察。
俺達は秒速1mでそれについていく。
やがて指定された地点――井戸端のちょっとした広場――に着き、ジローが不安そうにキョロキョロと周囲を見渡す。
十分ほど待っていると、ジローが後ろを振り向いた。
「後ろから声をかけられたんだよ。あ、入って来いって」
よし。ヒョウ、レイに伝えてくれ。
「わかりました」
双子のうちヒョウはこちらに、レイは他の一族に同行して連絡役をして貰っている。
井戸のある広場を囲むように、各所で人が動くのが上空から見えた。
シル、どうだ?
「! ケーンさんがいたんだよ! 無事だって!」
一斉に安堵の息が漏れた。
その他には?
「無事だけど椅子に縛られてる。ケーンさん以外には黒装束の男がひとり。
コアを渡せって」
まあしょうがない。渡させてくれ。
「わかったんだよ・・・あ、受け取った奴はかばん持って、地面に潜ってしまったって!」
くそ、地術師か、それともそう言う《加護》か?
ともかく降りるぞ。ジューニャ。
「はい」
リンクを辿ると、コアが北西に動いているのが分かった。影の一族にその周囲を警戒するように伝えて俺達は広場に降下する。落下速度に身を任せ、地上付近でブレーキ。
廃屋に入ると、ジローがナイフでケーン兄さんを解放したところだった。
こちらに気付いた兄さんがうなだれる。
「すまなかった、カエラ。ダンジョン・コアを・・・」
いいんですよ。
それより無事で良かった。
まずはカーター邸に戻っておじさんを安心させて上げましょう。
「そうだな、ケジメをつけてあれこれはそれからだ」
ええ。
そう返事して俺は笑顔で頷く。
その視界の端、兄さんの背後でジューニャが緊張した顔で頷いた。
じゃあ行きましょうか。
「ああ」
俺が身を翻した次の瞬間、いくつもの事が起きた。
兄さんの手に魔法のようにナイフが現れ、俺のうなじを狙う。
それと同時に振り向かないまま後方に放った俺の肘撃ちが兄さんのみぞおちにめり込む。
ジューニャの放った念動の呪文が兄さんの動きを完全に封じる。
地面からフジの畳が生えて兄さんの上下左右を棺桶のように囲む。
「え? え? え?」
事態が理解出来ないジローが目をぱちくりさせる。
ごぼっ。
兄さんが吐いただろう吐瀉物が、畳の棺桶の中にびしゃりとはねた音がした。