全てを押し流すトンチキスキル ~奴隷しか抱けない男は女を所有する~ 作:ケ・セラ・セラ
黒い絶壁。余りにも高いので感覚が麻痺するが、距離は恐らく二キロほど。
表面は渦巻く黒煙のようにも見える。
見えるが、俺の波動感覚はそれが致命的なまでに濃密な魔力だと感じている。
ジューニャが真っ青になっているのを見る辺り、恐らくは正解だろう。
時折稲妻が表面を走り、周囲に放電しているのが見える。
足の速いフジとエフティに北と南に回って貰い、念動呪文で浮遊出来るジューニャに上空からの偵察を頼む。
壁に近づいてフォノン・メーザー斬りを打ち込んでみたが、魔力が揺らぐだけで大きな反応はない。
どちらにしろ魔力量が足りないんだろう。この分じゃ波動陣も魔力結晶の無駄だな。
ダンジョン・コアによる転移も試してみたが、やはり無効化された。
強烈な魔力は他の魔力を弾く。俺とコアの魔力では、あの超高密度の魔力の渦を突破出来ないんだろう。
三十分ほどしてフジとエフティが帰ってきた。
南北にそれぞれ40kmほど進んだ二人によると、どうも進むにつれ壁は西側に曲がっていっているらしい。つまりこの壁、もしくは黒雲は円形に範囲を覆っているのではないかと言う事だ。
そして高度3000mほどから観察したジューニャによると壁の高さは推定で1500から1600m。
やはり円形の範囲を覆ったそれは直径百数十キロほどで渦を巻いていたそうだ。
巨大な黒い台風みたいなものか。完全に国境を越えている。
マット村は恐らく渦の中心あたりだな。
これは一体何なんだ? ジューニャ、シル、わかるか?
「残念ですが・・・」
「今まで読んだ本にはこんな話載ってなかったんだよ」
そうか・・・俺も聞いた事はない。
「カーヴェでもか。で、これからどうする?」
王都に戻る。
マット村の事を別にしても、これは王国上層部に報告しなきゃならん案件だ。
フジはいざというときの連絡要員でここに残れ。ジューニャも出来る限り観察を継続。
ロビンも連れていく余裕はないから、悪いがここで待機だ。
ジロー、分かってると思うがあの黒雲に触らせるな。旅人にもその旨周知してくれ。
「わかった・・・」
いつもはやかましい事この上ないジローの声にも力がない。
ともかくも王都だ。急がねば。
来た道をとんぼ返りして王都へ。
翌日夕方、城門が閉まるギリギリのところで滑り込んで直接内務省に。
おじさんもにわかには信じられなかったようだが、それでも即座に使える連絡網を使って情報を集め始めた。
その後すぐに各地からの緊急報告が入ったらしい。翌日王宮で対策会議が開かれ、俺含めてたまたま王都にいた黒雲内部の領地の関係者も呼ばれる。
しかし、だ。
「まずは前例があるかどうか書庫で調査をせねばなりますまいな」
「しかり。隣国ニコロデにも被害は及んでいると聞き及びます。代表団を編成して、交渉の場を設けねばなりますまい」
開始から二時間、ずっとこんな調子だ。
関係各所の利害調整ばかりで、どう対応するかという話が全く出てこない。
俺達領主貴族は意見を求められるどころか、発言の機会もなかった。
とんとん、とテーブルを指で叩く。
「よろしいでしょうか、皆様?」
無遠慮な視線が突き刺さる。
「何かね、カエラ卿。今我々は重要な話をしているのだが」
そんな話は後でいくらでも出来ましょう。
今はまず調査隊を編成して、文献調査だの外交だのはその後でよろしい。
はははは、と笑い声が上がる。
「カエラ卿はお若くていらっしゃる」
「国を動かすには、色々と必要な事があるのです」
「さよう、省庁間のバランス、前例の踏襲、周辺国との関係など・・・」
俺は無言で拳を振り下ろす。
《波の加護》による高周波震動『ガイア・インパクト』を全力で乗せて。
壮絶な破壊音と共に、数十メートルある巨大な会議机が木っ端微塵に砕け散り、笑っていたクソ官僚どもが固まる。
続けて全力の殺気をそいつらにぶつけると、しゃっくりのような音を出して呼吸も止まった。
「原因の究明と解決が最優先に決まっているだろうがっ!
そもそも我ら領主貴族がディテク王国に忠誠を誓っているのは、いざというときに王国が我らを守ってくれるからだ!
それをしないで官庁の論理を優先するとなれば、今回の事態に巻き込まれた我らの、ひいては全領主貴族の忠誠が揺らぐ事になるのを理解しているんだろうな!?」
俺と同じ場所に座っていた他の領主貴族達がそうだそうだと声を上げ始める。
呑気な事を言っていた官僚たち・・・つまり領地を持たない法服貴族と言う奴だが・・・は、弱々しく反論しようとするが、目の前で巨大なテーブルが砕かれたのと、手加減抜きの殺気で何も言えないでいる。
省庁間のバランス調整や外交が無意味とは言わん。
だがな、ポーズだけでも原因究明を急いだらどうなんだ!?
「そのへんにしておきなさい、カエラ」
ジョンおじさん! しかしですね!
「ここは私に任せなさい。おまえがいたのではみんな怯えて発言もできまい。しばらく席を外してはどうかな」
・・・おじさんが言うならそうしましょう。
殺気を引っ込めると、酸欠の金魚のように口をパクパクさせていた官僚たちが、思い出したように呼吸を再開した。
「すまないな」
俺が席を立つと、官僚どもが身を固くする。
そいつらを一通りにらんだ後、最後におじさんと視線を交わして、互いに目で笑った。
そう、俺が怒って見せたのもおじさんがそれをなだめたのも最初からの仕込みだ。
いわゆる「いい警官悪い警官」メソッドである。
粗暴な俺が怒って相手をビビらせて、優しいジョンおじさんがそこにつけ込む。
ビビった相手はおじさんの交渉に容易く屈する、と言う訳だ。
「さて、無論皆様のご叡慮は承知しておりますが、それはそれとして彼を始めとする領主貴族達の・・・」
おじさんの発言を聞きながら、俺の後ろでドアが閉まる。
調査団の派遣が決まったのはそれから三十分後だった。