『月姫』を識る者   作:マジカル赤褐色

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Chapter2 Spider's Nest
這い寄る視線


 

 

────苑持寺中央駅。

 

 

決して広い駅ではないが、苑持寺の中では一番都会な場所といえる。

 

俺が通学に使う列車が着くのもこの駅だ。

それ以外にも苑持寺から他所の街へと繋がる路線がある。

 

三波線の方に乗れば総耶町というこっちよりは都会なほうまでいける。

俺が乗るのはそこの入り口から乗る国鉄。

 

苑持寺のビル街の一つであり、こちらと苑持寺西がこの街の歯車である。

そんな事もあって朝はとにかく人通りが多い。

 

 

「ふーんっふふっん〜♪」

 

 

俺はというと、人通りは足音や会話でガヤガヤとうるさいので、カセットテープで音楽を聴きながら歩いていた。

 

 

「やっぱジャズバンドは良いわ、目が覚める」

 

 

朝はやっぱり静かめながらも、テンポよくメリハリのある曲がいいに決まってる。

姉貴をはじめ俺以外の若者世代はロックバンドとかポピュラー音楽のほうがハマりがちなんだがな………

 

1990年代は機械技術の進歩により、音楽をより多彩に自由に聴くことができるようになった。

この時代を代表する発明品であるポータブルオーディオプレイヤー、ウォークマンを代表とするこれらの機械の台頭により、世の中は音楽で溢れていった。

事実多彩なジャンルの音楽のなかにも新しい曲調や小ジャンルが生まれていった。

 

2000年代にはテレビゲームなどで流れるジャズ曲に影響されてジャズが好きになったという人もいるだろう。

だがジャズ好きの俺から言わせてもらうとそれは似て非なるものとして認識される。

激しい曲調と速いテンポが特徴のジャズは、この時代になってから初めて登場したサムライジャズというジャンルに区分されている。

 

技術の進歩は文化の進歩。

今の時代はカセットテープだが…………いずれ機械本体だけあればカセットなんてなくても、もっと多彩な曲を一度に聴いたりできる日が来るのだろうか…………

 

 

 

 

「────って…………!!誰だぶつかってきやがったのは………!!ちゃんと前見やがれ………!!」

 

 

俺は真横から激しくぶつかられ、俺は尻もちをついた。

謝らなきゃいけないのだが、咄嗟に非難の声を上げてしまった。

こちとら右肩大怪我してるってのに………

 

 

「いっつ…………」

 

「────すみません、大丈夫ですか?」

 

 

すると、ぶつかってきた相手は俺に手を伸ばしてきた。

 

 

「あ…………?」

 

 

俺はその相手の顔を見る。

 

 

「ごめんなさい………どこか、怪我したりはしていませんか?僕が手元をしながら走っていたばっかりに………」

 

 

見た所、普通の高校生だった。

髪の毛はなぜか翡翠色をしていてそこだけ不気味だったが、あとはなんでもない、ただの一般人だ。

見覚えのない顔だから俺に用があったわけじゃないようだ、たまたまぶつかってしまっただけか。

 

 

「んだよ………急に手ぇ伸ばすな薄気味悪い、コッチはなんともねーよ、手元ばっか見てねーで、ちゃんと前見て走れよな、ったく」

 

 

俺は伸ばされた手をはらいのけて自分で立つ。

 

 

「…………………悪ぃ、ついキツく言っちまって…………その、俺はぜんぜん平気だから。お前のほうこそ、怪我とかしてねーか………?」

 

「はい。お気になさらず。僕は特になにも、」

 

「そーかよ。んじゃ、気をつけてな」

 

「はい。そちらこそ、良い一日を」

 

 

俺と少年は反対方向に向かって別れた。

 

 

 

 

「──────ん?」

 

 

俺は違和感を感じて振り向いたが、少年はもういなかった。

 

 

「……………気のせいか、」

 

 

いや………よく見てなかったんだが、あの少年の制服、茶色の学ランだったような気がして。

苑持寺高校なら、駅まで来なくたって、もっと前にあるような気がしたんだが…………

電車通学か?

 

いやでも、駅のホームと反対方向から来てたよな………?

 

 

「何してたんだ?まぁ…………どーでもいいか」

 

 

 

 

 

そんなことを考えている間に、俺は駅のホームまで上がってきた。

アルクェイドとの会話で時間を取られたせいで、既に電車は停まっていた。

 

 

「うぉっ!あぶねーあぶねー、」

 

 

俺は電車の扉が閉まるギリギリで中に駆け込んだ。

 

 

「おぉ中村。今朝から駆け込み乗車とは随分と随分だな」

 

「─────ん、あぁ。おはよう中村くん、」

 

「え…………あ?紀庵と福原さん?なんでここに、」

 

「だって………ここが私たちの通学路だからでしょ?」

 

「急に、何言ってんだ?お前…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

普段は学校で会うんだが、今日は珍しく電車で2人に会った。

 

 

「朝早い紀庵と福原さんが俺と同じ電車って珍しいな。今朝は会議ナシか?」

 

「まぁ、な。それもあるが、コッチはどうも今朝から通行止めを食らっていてね」

 

「通行止め?」

 

 

紀庵はずれた眼鏡をぐいっと整えた。

 

 

「あぁ………いつも通っている橋が封鎖されていた。あそこを通れないとなるとかなり迂回しなければならないもので、福原もろともに時間を食ってしまったわくだ」

 

「あぁ………お前らが住んでる夏梅(なつめ)町の住宅街は、駅に行くのに堤防超えるからな。そりゃたしかに、橋を封鎖されてちゃあ困るよな」

 

 

まったくだ、と紀庵は首を振る。

かなりやつれた顔をしている。どうやら相当走らされたようだな。

 

 

「でも、なんで橋が封鎖されてたんだ?工事か?」

 

「さぁ………な。ただ、警察が来ていてブルーシートがかけてあったということは、残念ながら悪いニュースのようだな………」

 

 

やれやれ………橋のど真ん中に仏サマ設置したってか………?

いよいよ何がしたいんだよ、ったく…………

 

 

「最近のこのあたりの治安は目に余るな…………昨日の晩も、苑持寺西のオフィスビルで、警備員が変死体になって見つかったらしい」

 

「オイオイ………毎晩誰か死んでんじゃねぇかこの街………」

 

 

最近ほんと物騒な話題ばかりで疲れてくる。

しかも大半うちの町の出来事だしな。どれも死体やら行方不明やら血なまぐさいものばかり。

ちった良いニュースの一つや二つないのかよ………朝っぱらから気分悪い報道だぜ。

 

 

「そういや、福原さんは何してるんださっきから?」

 

「───────────ん?あ、ごめん気が付かなかった………何か言ってた?」

 

 

福原さんはヘッドホンを外して振り返ってきた。

 

 

「ん?いや、邪魔したんなら悪い。気にしないでくれ、ちょっと何してるのか興味わいただけだ」

 

「あぁそう…………実は今、キーボードの練習してて」

 

「あーそうだったな。福原さんは軽音楽部だもんな。文化祭も11月上旬に始まるし、もう本番近いよな」

 

「そうそう。だから少しでも多く練習しなくちゃ………でも、なかなか上手く行かなくて………もうじきこのご時世で部活も停止しちゃうし………」

 

 

七つの大罪の怠惰を司る俺と、一流大学に向けて勉強中の紀庵は帰宅部だが、この中で一番青春を謳歌している福原さんは友達と一挙に軽音楽部のバンドを作っている。

担当はキーボードということらしいが、でも福原さん繊細そうな顔してて意外とやること大雑把だから鍵楽器とか向いてなさそうだけどな…………

 

 

「キーボードなら中村が得意だぞ。教えてもらったらどうだ」

 

「え!?中村くんキーボード弾けるの!?」

 

「しー。まぁ………ちょっとだけだがな、せいぜい独がく────」

 

「そりゃ名家のお坊ちゃまだからな。幼いころから著名なピアノの講師から直々に手ほどきを受けている」

 

「すごい………!!」

 

 

か、勝手なこと言うなよ!!!

そんなんやってねーよ!!!姉貴はピアノやってたけど………!!!

 

福原さんも信じちゃってたじゃねーか!!!

 

 

「中村くん、これ分かる?ここがなんか上手く音が出せなくて…………」

 

「ほーら中村。頼むぞ、俺は習字は習ってたが、音楽はからっきしわからんでな」

 

 

自分がわからねーのに無責任なこと言いやがって………

 

 

「しゃあねーな………いったん貸してみろ…………ん…………」

 

「そうそうここ!ここがわからなくて………」

 

「これ………楽譜が間違ってるな。この高くなるところ、半音ズレてるぞ。正しく楽譜が出力されてない」

 

「わ、わかるの!?もしかして中村くん、絶対音感あるの?」

 

「いや、相対音感のようなものだ。とはいえ、本番前に気づけてよかったな。もし福原さんがズレてるなら、たぶんほかのパートも何か違うところがあるかもしれねー」

 

「わかった、ありがとう中村くん!キーボード弾ける男の子………なんか、カッコいい!」

 

「ん───なァッ……………!?」

 

 

お、おい…………!?

急にそんな爆弾発言………戸惑うなって言われても無理だろ………!?

 

なんか、ジャズ好きでキーボードカッコいいと本当に思って勉強し始めた自分自身に恥ずかしくなってきた………!!

 

 

 

(……………はぁ………なにゆえ付き合わんのだろうか、彼らは…………)

 

 

 

福原さんの笑顔から目が離せない俺を引き戻すかのように、紀庵が俺の頭を問題集の角でどついてきた。

 

 

「中村、ついでに俺も一つ訊きたくてな。この組み換え価の答え合わせなんだが…………」

 

「─────ッざけんなよ…………」

 

 

お前、俺が生物赤点なのおちょくってるだろ………!!

 

 

「しかし福原の苦労も頷ける。もうじき夜の部活は臨時停止だからな…………」

 

「けっきょくアレ、通ったんだな」

 

「あぁ。まぁ…………仕方あるまいな…………文化部は文化祭に向けて各自で練習ということになった」

 

 

吸血鬼事件の影響はこんなところにもあるんだな…………

 

 

「でも、大丈夫だって。きっとこれから吸血鬼事件は減っていく」

 

「そうなの?」

 

「そうなのか?」

 

 

「…………あぁ。友達が言ってたんだよ、近いうちに事件は終わるってな」

 

 

 

そうさ…………俺が必ず、この事件をアルクェイドと一緒に終わらせてやる。

街の人間の生き血を吸うクソ外道どもを町から追い出して、あのクソつまらねぇ街を取り戻すんだ。

 

 

 

 

(中村くんの制服の肩…………縫った跡がある………昨日までなかったのに…………額にも包帯巻いてる………なんで昨日は何も言ってなかったのに、今日は時間が終わるなんて確信を持ってるの…………?中村くん、昨日の夜から今朝にかけて、いったい何があったの…………?)

 

 

 

「なっ…………中村くん!」

 

「ん?どうした福原さん、また分からない所でもあったか?」

 

 

福原さんは少し声が詰まったようにしたあと、恐る恐る俺に話してきた。

 

 

「あっ………そ、その…………私、中村くんのこと応援してる!でも………その………お願いだから、危ないことは、しないでね………私たち、中村くんに何かあったら、すごく………悲しいから、」

 

「───────────────」

 

 

え?なんか、悟られてる?

 

 

「…………だとよ。心配してくれるヒロインがいて中村の親友は羨ましいですわ」

 

「大袈裟言うなよ。羨ましかったら飽きられない人間になれよ、根暗陰気野郎」

 

「そういうコト言う…………?」

 

 

朝っぱらからこのメンバーでいるのは飽きないな。

これくらいくだらない普通の暮らしのほうが俺には向いてる気がする。

 

 

「それはそれとして中村、その額の包帯は?」

 

「あぁ。世話役に蹴られて、机の角にぶつかって割れたんだよ」

 

(中村くんのメイドさんがやったの!?肩のやつも!?どんなに血の気濃いの!?)

 

「はっはっはっはっは!!!まさかあの中村にケンカで勝つとは、流石中村家の従者だな!」

 

「うるせーよ………背後からの不意打ちしといて勝ったうちに入るかよ………正面からならあんな奴ボッコボコにしてやれるのによ…………」

 

 

姉貴以外に俺をシメれるやついないのになんでこんなくだらねぇコトでやられなくちゃならねぇ。

今朝は見逃したと言うか助けてやったというか庇ってやったと言うかだが、帰ったらマジで許さねぇからなあのクソメイド……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────あら。林檎ちゃん。どうしたの?急に立ち止まっちゃって」

 

「………………なんでもありません、蜜柑お姉様」

 

「あ゙ーっ!!!どどどどどどどどうしましょう蜜柑お姉様!!!私、さっきのスーパーに、買ったお茶を入れた袋を置いてきちゃったかもしれないです───!!!」

 

 

白夜が学校で1時間目の授業を受け始めていた頃、メイド姉妹のうち3人は日用品や食材の買い出しで駅前に来ていた。

 

 

「あらたいへん………それはすぐに探しに行かなきゃ………!お茶がなかったらお嬢様がカンカンに怒っちゃいますよ!」

 

「ひぃぃぃー!!やだー、ぶたれたくないー!!」

 

「これは中村家メイド存続をかけた重大任務………!!今から私と檸檬ちゃんで探してくるから、林檎ちゃんは荷物預かってここで待ってて!」

 

 

蜜柑と檸檬は林檎に荷物を押し付けるとすぐにスーパーへと走って戻っていった。

 

 

駅前で林檎は一人になる。

 

 

「─────────────」

 

 

林檎は手に持っていた買い物袋を落とし、近くの噴水に腰掛け、頬杖をつきながらため息をついた。

 

 

(なんでいつも私ばっかり…………坊ちゃまの面倒見るのだって、朝起こすのだって…………誰もやらないから私にぜんぶ押し付けてくるんだ。こうやって荷物持ちにされるし、)

 

 

林檎は近くに落ちていた小石を蹴っ飛ばす。

 

飛んでいった石を拾い、今度は噴水に向かって投げ入れた。

 

 

(…………お嬢様はすぐに殴ってくる。坊ちゃまにいたっては私に感謝の言葉の一つもないどころか嫌味まで吐いてくる。檸檬も今朝はお嬢様に恐れをなしてすぐに逃げた。私を守る気も微塵も感じられないしほんと使えない)

 

 

岩で出来た噴水を蹴りつける。

 

 

(葡萄お姉様も、私が悪いって坊ちゃまに言ってた…………蜜柑お姉様だって私のことなんかほったらかして朝ごはんなんてしようとしてた。舐瓜お姉様も、あのあと慰めの一つもくれなかった)

 

 

そして地に落ちていた買い物袋を踏みつける。

 

 

(皆…………嫌いだ…………どうせ私のことなんか、どーでもいいと思ってるんだ…………あの家の人間…………みんな嫌いだ…………)

 

 

林檎は再びため息をつくと、観念したのか荷物を拾い上げ、噴水のところに置いた。

 

 

「あっ、林檎ちゃーん!あったわよー!」

 

「ごめんなさーい!お騒がせしました!私の鞄ではなく、上着の内ポケットに入ってただけでした………!」

 

「そうですか………それは良かったです」

 

「ごめんねー、荷物ありがとう!重かったでしょ?あとはお姉ちゃんが持つわよ〜!」

 

「やーです!私が持ちます!妹なんですもん!」

 

 

檸檬は蜜柑から荷物をひったくると、細身の弱々しい身体を踏ん張りながら袋を持ち上げて歩き出す。

 

 

「さっすが檸檬ちゃん!頼れる妹〜!」

 

(…………………………………………………)

 

 

蜜柑の言葉に対し、林檎は背後から無言でそれを聞いていた。

 

 

「はて?卵が何個か割れちゃってるわね…………まったく………ツイてないわねぇ…………買ったときは割れてないように見えたのに…………炊事担当にあるまじき失態…………疲れてるのかしらね、」

 

「うー!!やっぱムリー!!重すぎー!!」

 

「はいはい。2人で持ちましょうね〜」

 

 

「──────────────」

 

 

林檎は手ぶらのまま、目の前を歩く仲睦まじい二つの背中を睨みつけていた。

 

 

「……………………………ふん、」

 

 

そして林檎は、檸檬と蜜柑の向かう方向と反対側に向かって歩き始めた。

 

 

「お姉様たちも、私のことなんてもう知らない。なら、もういっそ消えてしまえばいいのよ。私なんか…………」

 

 

林檎はそう呟き、どこかへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────ん。あのお姉さん…………」

 

 

そして、一人で歩く林檎を見ていた影がいた。

 

 

 

 

「へぇ……………けっこう可愛いんだね。気に入っちゃったよ…………」

 

 

茶色い制服の少年が、駅の入り口に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 




中村家に仕える『毒舌ダウナーメイド』

林檎(りんご)

性別 女性   年齢 17歳
属性 中立・善   クラス 中村家メイド
誕生日 5月15日   血液型 A型
身長 162cm   体重 46kg
好きな物 清掃が楽な部屋、優しい時の坊ちゃま
嫌いな物 全ての仕事、生意気な時の坊ちゃま
主武装 モップ、雑巾、バケツ、ハタキ
イメージCV:東山奈央さん

中村家に仕えるメイド5人姉妹の四女。
赤毛に赤いメイド服が特徴のちょっぴり(かなり)気難しい毒舌ダウナー。
物事に対して冷たい対応をしてきたり挑発的な物言いをしてきたり、とことん性格がひねくれており、姉たちからもそのいじけ癖には手を焼かれている。
自分の感情に対して非常に正直で、自分の嫌なものに対して嫌な態度を隠せない。自分勝手な思考や、被害妄想なども少なくない。
屋敷の清掃と白夜の専属のお世話係を担っており、本人は面倒くさがっているが手を抜いた事はないらしい。
同い年の白夜には自分の思い通りに動いてくれない事への不満や、境遇の違いへの嫉妬などから腹を立てて、ついついキツく当たってしまうが本当は好き。
しかしこうした性格が災いし、白夜からは完全に嫌われてしまっている。
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