『月姫』を識る者   作:マジカル赤褐色

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殺人バッター

 

 

昼休み────

 

 

「おーい、クソチンピラどもー。校舎裏でこっそりタバコふかしてんじゃねーぞー。俺ら今から飯食うんだ、どけどけ」

 

「あぁん?なんだてめ…………な、中村…………」

 

「テメェが今さら俺たちになんの用だよ?もうカンケーねーだろ、しっし、あっち行きな」

 

「…………うるせーぞ自意識過剰。この俺が、お前らなんかに持ってくる用事なんてねーよ。ヒトが飯食うトコでヤニ飛ばすなつってんだ分かったらさっさと行け。今だったら喧嘩しねーでやるからよ、」

 

「クソが…………てめ辞めたからって調子乗りやがって…………」

 

「おい…………もう行こうぜ…………いくらなんでも中村と喧嘩しちゃ死ぬって。次の練習試合ん時に出れなくなるぞ」

 

「チッ……………」

 

 

 

 

 

 

 

「やー、ご苦労だった中村!ほれ、約束のブツだぞ」

 

「おうよ、サンキュ。しっかし、流石に今のはねーだろ………紀庵。あいつらが先にここにいたんだからよ、」

 

「なぁに。校内で煙草吸っている連中が悪い」

 

 

俺は校舎裏にたむろしていた不良たちを追っ払い、福原さんと紀庵の3人で昼食を摂りに来た。

 

 

「う………そりゃそーだけどよ…………」

 

 

俺は紀庵に投げ渡された炭酸飲料のペットボトルに手をつける。

 

 

「ぷはーっ。生き返るわ、」

 

「まったく、お前ぐらいだぞ。生徒会室の冷蔵庫に目をつける生徒」

 

 

この学校の自販機で売ってるは基本的にお茶か水。魔法瓶に炭酸水入れるわけにもいかないし、こっそり鞄の中に入れていても温くなるだけなので簡単には持ってこれないのだが、俺はこっそり紀庵に託して生徒会室に設置されている冷蔵庫に保管させている。

 

 

「ふっ。でも、代わりにちゃんと見返り(料金)は払ってやってるだろ?」

 

「中村くん、変な所でずる賢いというか………変な所で時々不良というか………変わってるよね、」

 

 

そりゃそーだ。

人間、ここぞという時に狡猾に生きていかなきゃ、上のつまらないルールに縛られる歯車になるだけだ。

結局人間を一番遠くまで歩かせるのは本人の意思の力。ルールなんて破るためにあるようなもんだ。人としての道徳を守っている限りはな。

 

 

──────さっきの連中は俺を知っていた。

 

その理由はまぁ簡単に言うと野球部の連中だ。

俺が野球を辞めたのは去年の冬。あれからずっと疎遠で言葉を交わすこともなくなったが、野球部はどーにも治安が悪いというか、ああいうガキが多い。

まぁ確かに、野球部の特待生としてこの学校に来た俺はほかの連中から決して歓迎の眼差しでは見られていなかったと思う。

俺に当たるくらいなら自分を磨けばいいのに。嫉妬とは、相手を下げれるわけでも、自分が上へ行けるわけでもないもっとも無意味な行為だ。

 

まぁ、良い奴もいた。

いちおう野球は礼儀のスポーツだ。人格の整った人間でないとプロにはなれない。

そういう奴がたまに「また戻る気はないのか?」って聞いてくるけど…………

 

 

「なぁ中村。野球部、戻る気はないのか?」

 

「どうした紀庵?お前ともあろう奴が今日は生徒会勧誘じゃないのか?30回目、いつ来るかと思ってたんだが?」

 

「ふはは。お前と何年いると思ってる。昨日の今日で返事が変わるとは思わんな」

 

 

紀庵は壁に体を預けながらサンドイッチをほおばる。もう片方を俺に投げ渡してきた。

 

 

「ふっ…………こりゃ、おみそれいたしました」

 

「あ、あの…………中村くん。これ、聞いちゃダメなことだったら、謝るんだけど…………」

 

 

福原さんが何か言いにくそうにモジモジしながら話しかけてきた。

彼女の手には大ぶりのクリームパンがあった。

 

 

「あー…………中村?」

 

 

紀庵には、福原さんが何を訊きたがっているのか読めたらしい。

俺もそうだ。

 

 

「俺がなんで野球をやめたか、だろ?」

 

「う、うん。言いにくい事だったらごめんね………でも、中村くんって、現役のプロも顔負けの、凄い優秀な打者だって聞いてたから…………」

 

 

けっこう有名な話なんだが、まだ知らない人がいたなんてな。

そうか、紀庵とは付き合い長いが、福原さんは2年になってからだからまだ話してなかったか。

 

 

 

 

「あれは1年前…………去年の秋季地方選手権大会の話なんだが、」

 

 

あの秋の出来事…………俺は忘れもしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────1994年、10月中旬。

 

この日、高校野球の東京地区秋季大会が開催され、俺達ジバ高の出番が回ってきた。

甲子園というわけではないが、それなりに大きな大会でもあり、秋季ということで俺たち一年にとってはこの1年の集大成のようなものだった。

 

1年生の若造のため俺はもちろん主軸打者として出てくることはない。それに、監督は優しい人だった。

全てのメンバーに出番を与え試合に出してやるという決め事があった。

 

過去に俺は何度か大会で代打として抜擢されていた。

なんせ、バッティング1本だけで推薦入学可能な領域まで誇るスラッガーだったからな。

守備とかピッチングは足引っ張らない程度しかできないので、普通の選手より少し弱いくらい。

 

今さら自慢げに言うと恥ずかしいが、中学時代はその打率と長打力を以て「代打が本命」とまで言われていた。

3年生の頃は打順4番で得点王。少年野球界の新たな星のようなものとして伝わっていた。

そんなこともあり、高校時代の俺も期待の最強戦力だった。

 

とはいえ、そんな結果の一つや二つに固執したり傲りを感じる俺でもなかったので、出たい奴が出ればいいと思っていた。

そんなわけなので俺は監督の指示が出る時以外、場に出ることはなかった。

別に、仲間が頑張ってるの見てるだけで十分に面白かったしな。

 

その日は大事な決勝試合だった。

仲間たちと協力し、絶え間ない練習に耐え、己の技を磨き、団結を深めてきた結果が実った。

この試合に勝てば、地区大会優勝だけでなく、待ち受ける全国大会の切符にも手が伸ばせる、大事な1日だった。

 

 

俺のチームも負けていないが、向こうだってここまで負けなしで登ってきたチームだ。互いに実力伯仲、ほとんどゲームは動かず、3-2のこちらが少し後れを取る形で9回ウラを迎えた。

 

 

観客も、敵も味方も、全員が息を呑んだ。

この回で俺たちが巻き返せなかった場合、1点でも取れずに3回アウトを取った瞬間に勝敗は決する。

逆に、ここでもし2点以上を獲得し、逆転すれば逆転サヨナラホームランで優勝し、漫画のような英雄になれる。

 

痛恨のダブルプレーを受けながらも、ツーアウト1塁という盤面になった。

誰かが打ってホームに帰る、というのは現実味に欠けているが、もしホームランを打てたら2点以上が確定する。それは暗闇に見出されたただひとつの、勝利への狼煙でもあった。

 

しかしこちらもツーアウト。

三振しても、ボールをフライで取られても、誰かがアウトになろうとも、それで終わり。

 

 

─────互いにもう後がない状況。

 

 

「白夜…………お前なら行けるか?」

 

 

監督は、ここで俺という、代打を選んできた。

 

俺は代打にすぎない。代打は必ず出さなければならないなんて決まりもない。

監督の判断は半分イカれていたと思う。

 

だが、その場の誰もがそれに反発しなかった、監督の判断を英断と信じ、すべてを俺に託し、信じてくれた。

 

 

「───────やらせてください、」

 

 

俺は、自分が今どんな状況にあるかイマイチ理解できないままバッターボックスに立った。

 

俺がこの場でアウトを出せば皆まとめて負け、逆に俺がかっ飛ばせば勝ち。

………………究極の2択だ。

 

 

相手ピッチャーはこの試合中、一度も交代していない。相手校における最強のピッチャーだった。

俺が少年野球界の星ならば、彼は少年野球界の希望だった。

 

彼ほどの投手はかつてこの地になかったという。

彼のストレート最高時速はなんと高校球児の領域を完全に逸脱した時速157キロ。

プロ野球界の豪速球投手並みの投球は「ほうき星」と例えられた。

 

 

 

 

─────試合の前に、少し言葉を交わした。

 

 

「…………あ、すまん。先、いいぞ」

 

「いやいや。俺はいいから君がお先にどうぞ」

 

 

理由はない。ただの偶然だ。俺たちはたまたま同時にトイレに行こうとして、狭い入り口に同時に入ろうとした。

 

俺の知ってる野球部にはいないタイプの好青年だった。声は高く、透き通っており、女のような白い肌だった。

 

 

「君、ジバ高のユニフォームだね。それにその赤い髪………苑持寺のスラッガー・中村。噂には聞いてるよ。俺、投手の星待(ほしまち)って言うんだ。この後戦うことになるから、よろしく」

 

 

そう言って、彼は手を差し出してきた。

 

 

「あぁ、よろしくな。たぶん俺が直接アンタの前に出ることはないが、それでも………うちのチームは俺を出させる隙がないような連中ばっかりだ。がっかりはさせねーよ。覚悟しときな」

 

「ふふふ………あぁ。望むところだ、この際勝ち負けとかは考えないようにするよ。お互いのベストを尽くすこと………それだけを考えて、ね」

 

 

彼は実力もそうだったが、何より選手として。スポーツマンとして完成されていた。

分け隔てなく誰にでも優しく接し、礼儀や礼節をわきまえて、気配りができる。

そして、勝ち負けや、プロになる事よりも、自分が磨いてきた事を出し切り、力を発揮する事に快感を覚える。

 

勝ち負けよりも『試合がしたい』という感情に価値を見出すのは、彼と俺との唯一にして最大の、そして最も嬉しい共通点だった。

 

 

「へっ…………気持ちのいいやつだな、お前。ほうき星・星待…………俺も知ってる。よく俺の噂と引き合いに出されるんだよ。武田信玄と上杉謙信みたいな感じで。嫉妬じゃねーが…………あんたのその事は俺も気になっていたぜ」

 

「そう言ってもらえるとうれしいよ。しかし………そうなると君は代打ということになるのか………少し残念だね。あんまり言っちゃいけないかもしれないけれど、俺の投球に下らなかった打者は2割以下だ。だから君ほどの猛者と競い合えたかもしれないと思うと…………」

 

「なぁに。試合の勝ち負けとかどーでもいいんだろ?だったら、試合が終わってからでもいいじゃねーか。バットとミットとボールと、俺ら2人だけいれば、試合はできなくても勝負だけはできるだろ?」

 

「ははは、それは名案だ。それじゃ、エキシビションマッチは後のお楽しみに取っておくとしよう。今は目前に迫ったこの大舞台を乗り越える…………君たちを倒して、俺たちはさらに上を目指す!」

 

「いいぜ、かかってこい!俺を捉えるんだから、前試合でバンバン打たれたりすんなよ?敵だが、お前のことは応援するぜ」

 

「あぁ、俺も君たちに期待する。今日はお互い、ケガしない程度に頑張ろう」

 

 

俺と星待は握手をした。

そこには確かな友情が芽生えていた。

 

俺はその日─────新しい友を手に入れ、代わりに友を一人失った。

 

 

 

 

 

(結局こーなっちまったな、星待)

 

(なぜ呆れた顔をしているんだい?運命が僕たちを引き寄せたんだ。この瞬間に勝る喜びは、この試合には見られなかった)

 

(例えるなら─────)

 

(巌流島の戦い?君風に言うなら、)

 

(へへっ…………そーだな、この野郎)

 

 

俺たちは離れているが、目線と表情で言葉を交わした。互いに何を言っているか、聞こえるかのように伝わっていた。

 

 

(それじゃあ、ここからは対戦校の投手としてではなく、君のライバルとして戦わせてもらうよ)

 

(勝手にライバルになんなよ。まだ俺がお前を認めてねーぜ?)

 

(もちろん、それは今からこの場で証明するだけだ!)

 

 

もちろん、俺たちが少年野球界の期待の新星であることは場の全員が承知している事実だ。

ただでさえ1点差の9回ウラという漫画のような白熱したシーンだと言うのに、ツーアウト・すなわち最後の打席に立ったのが球界で双璧を為す男。

天才ピッチャー星待と対極の位置にいる存在、天才スラッガー中村。

 

気がつけば地区大会の決勝という大舞台から、少年野球の歴史における天才たちの一対一の決闘というちっぽけな舞台になった。

 

 

 

「さぁ──────────」

「さぁ──────────」

 

 

 

「プレイボーイだよ、中村─────!!!」

「プレイボーイだぜ、星待─────!!!」

 

 

 

 

 

空気を切り裂く、星待の一投炸裂。

 

 

この男は試合が始まってから第一打席からずっと投げ続けている。常人なら肩が壊れていないとおかしいが、星待の投球はまったくブレも疲れも衰えも見られない。

むしろ、俺という目的の獲物をみたことでむしろギアが上がっているようにさえ見えた。

 

ベンチから眺めていたとはいえ、いざ真正面から見てみるとほんとうに訳が分からない。

 

 

ちなみに俺はバットを振る気すら起こしていない。

彼は俺と真っ向から堂々と勝負することを望んでいる。

 

ならば、まず一投目から決め球を投げることはまずないし、いきなりストライクゾーンを狙った球を投げるとも考えられない。

 

彼ならば、まずいったん、俺に一回だけ「見るチャンス」を与えてくれるはずだ。

 

バッターに相手を打ち負かす技術なんて必要ない。

バッターは相手の投球に対して対応するのが仕事だ。ゆえに、俺がどんなに頑張っても星待に対してマイナスを与えることはできない。

逆に星待からすれば、俺の手の内なんて全て見えている、いや、明かす必要すらないのだ。だって奥の手なんてないのだから。

 

だがピッチャーは違う。打者に対していかに打者の読みと逆の択を仕掛けるか、新しい択を使って翻弄するか。

技術と心理を利用した巧みな技術が求められる。俺は9回ウラまで彼の投球を観ていたが、実際に自分が受けると、全く分からない。横から見ているのと全然違った。

 

そこがアンフェアだと思った彼は、俺に一回だけチャンスをくれたのだ。

ありがたい。

 

おかげさまで、もしお前に負けた時、言い訳ができなくなっちまうじゃねぇか─────!!!

 

 

だが、星待の構えも決して完全じゃなかった。

星待はあえて外すようにしたのだ。この1回は俺たちにとって無意味。

 

まぁ、ボールのカウントは1個増えるんだが、この状況下でフォアボールで塁を進めるバカはいない。

相手側だって点を取られれば負けの状況だからだ。アウトを取る以外の行動はない。

 

つまり、もう牽制のボールは来ない。

来るとしてもあと2回までだ。

 

すべてストライクゾーンを狙ったストレートか、俺のスイングを空振らせるための魔球のどちらか。

 

 

「────────────」

 

「────────────」

 

 

互いに道具を構える。

 

ここからは本当に勝負だ。

もう小細工も様子見も、変な礼儀や調節もいらない。ここからは…………本気で、

 

 

 

彼から取るだけだ────!!!

俺から穫るだけだ────!!!

 

 

 

「ハァァァァァァァッ!!!」

 

「ゼェェェェェェァッ!!!」

 

 

────────2投目。

投げられたのはフォークボール。

俺のバットは沈む魔球の上面を捉え、床に叩きつけた。

一瞬ゴロかと思ったが真後ろに向かっていったため、ただのファールボールだった。

 

とはいえ、ファールはストライクと同義。

結局俺が状況悪くスタートした。

 

 

 

 

「─────ヌうッン!!!」

 

「ふぅぅぅんっ!!!!」

 

 

行き着く暇もなく3投目。

今度は高速スライダー…………嘘だろ…………

 

さっきまでそんなの使ってなかったろうが…………奥の手を隠し持っていやがったのか…………?

 

 

会場のどよめきが一層高く盛り上がる。

俺はもう後がなくなった。

空振り、見送り、どっちに転んでもアウトだ。

 

つまり…………俺はボールに絶対にバットを当てなければならない。

そうじゃないとこの勝負にも、試合にも、敗れる!!!

 

 

星待の選択肢はふたつ。

俺に空振らせるか、俺に見送らせるか。

 

 

「─────────────」

 

「─────────────」

 

 

相手はフォアボールにさせると非常に不利になる。

なら──────────

 

 

相手は絶対に、お得意の…………高校球児最速と言われた、およそ160キロ豪速球で俺の見送りを狙ってくるに違いない!!!

 

 

 

 

 

 

「ふぅぅぅぅ…………はぁぁぁぁっ!!!」

 

「雄オオオォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

肉体の全神経を込めてバットを全力で振るう。

 

この豪速球を捉えれたら、反動で普通のストレートよりも遠くへ飛ぶはずだ。

こいつを捉えたら、逆転サヨナラホームランもあり得る!!!

 

 

そうだ、状況が状況だ。

 

この状況下でやれることなんて、俺の見送り三振を狙うしかないだろ!!!

これは激しい心理戦の果てに下された勝利の一振り。

 

俺のバットは高く振り上げられ、全身の腰の力で上半身で竜巻を起こすかのように捻りの力をつけ、足で踏み込み体当りするかのようにバットをぶち当て──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようとしたその時、球が地を這った。

 

 

 

 

「─────────────────」

 

 

……………時間が凍りつく。

 

───────星待が最後に投げたのは、まさかのフォークボール。

 

 

 

当然だ。なにしろ前提が違う。

 

 

そうだ────戦いを華だと思う彼が、見送り三振だなんて普通の仕留め方…………

 

どうせなら彼は、俺の裏をかいて、俺に完全勝利をしたいに決まっているんだ…………!!!

 

これは完全に、俺が読み間違えた。

目の前のことに集中しすぎて、自分の動きと思考が単調化していることに気がつけなかった俺の責任だ。

 

 

だから────────

 

 

 

 

 

「────────なんてな、」

 

 

俺はバットを握りしめる両手を、わずかに緩めた。

 

 

その瞬間、緩んだ掌のなかでバットの柄が、ワイヤーを断たれたエレベーターのように下へと急速に落下していく。

 

 

そして俺は、バットのグリップエンドギリギリを両手で再度掴んだ。

 

グリップが落ちた分、バットのリーチは伸び、先端は地面のスレスレを這う位置に移動した。

 

俺のバットはなんと、振られながら、長さを変える挙動になった。

 

 

────────打者に技術は不要?

 

────────求められるのは対応力?

 

────────んなもん嘘だ。んなことない、

 

 

俺は今までそうやって勝てない試合に勝ってきたんだから。

相手の策略を、相手の決め球を、相手の技術を、投手側の有利条件を………そして、外せば終わりの究極の二択を、

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

俺の技術でブチ壊し抜ける────!!!!!

 

 

 

 

 

「───────────────」

 

 

ソレを目の当たりにした星待の目に映ったのは星空を見た子供のような眩しい輝き。

 

 

「凄い─────────」

 

 

どう考えたって負けだ。

こんなのルールにないだけで、ただの反則だ。

 

だが、ルールにないってことは正攻法ってことだ。これは単なる技術。

 

彼も数多の打者を沈めてきた。

それは事実だろう。

だがそれはひとえに彼の投球が超高校級であったからだ。

プロ野球投手と対戦して勝てる高校生はいない。

彼はただ、強すぎるだけなのだ。

 

 

俺は彼と比べたら技術的には遥かに劣っているだらう。野球の腕は相手のほうが上だ。

 

だが、こっちはそもそも…………やってることが高校球児以前に、人間の領域を逸脱した神業だ。

 

対処というか、突破できるはずがない。

しかも前提知識もなかったのだから。俺のバットのリーチの変化にすら対応できる投球も彼は投げれるだろうが、そんなの考慮に入れてる投手はいない。少なくとも人間ならば。

 

 

 

ともあれ、事実は簡潔に決した。

 

 

俺の予想外の打撃は地を這う魔球の真ん中より少し下を確実に捉え、

 

 

「う─────おぉぉぉぉぉ…………!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあ───あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

一呼吸とともに振り上げられ、空気を切り裂く弾丸となって、文字通りのほうき星になった。

 

 

 

 

─────────会場は一瞬、歓喜に包まれた。

 

この奇跡を目の当たりにしたすべての人間が、興奮して倒れそうだった。

 

 

 

だが───────その歓喜の声は、ほんとうに一瞬で終わってしまった。

 

 

 

 

───────ベキグシャァッ、

 

と、普通に生きているだけでは絶対に耳にしない音が鳴り響いた。

 

 

「─────────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────と、そういうわけだ。

 

 

「……………………そんな、ことが………」

 

 

福原さんは心の底から悲しそうな声で、俯いて小さくつぶやいた。

 

 

「我が事のように悲しむなよ、福原さん。悪いのは俺なんだ。だからホントは俺が遠慮すべきだったんだな、こんな後味の悪い話。ごめん、福原さん」

 

「うぅん…………いいの。それで…………」

 

 

優しい人だ、福原さんは。

俺だってこの出来事はこの先の人生ずっと引きずるような悪い出来事だってのに、福原さんが俺の痛みを理解しようとしてくれたことが俺にとってなによりの鎮痛剤だった。

 

 

「─────中村の必殺スイングは天才的な技術だ。神業ともいえる。だが、それは無理やりバットのレンジでは届かないゾーンに入ったボールを捉える荒技にすぎない。決して、安定するはずもなかった。中村も天才だ、それでもたいていはホームラン入りだが、今回は相手の投球も天才的だったせいで、中村の異常性が一部軽減されたことにより『普通はなるだろう軌道』になってしまった」

 

 

紀庵も生徒会として観戦に来てくれていた。

だから現場を現実で見たものとして、そして俺の野球現役時代を知るものとして正確な評価を下していた。

 

 

「中村の打球は星待投手の顔面の中心に叩きつけられ、星待は鼻骨及び頭蓋の多重骨折により救急搬送。搬送先の大学病院での緊急手術により、奇跡的に一命を取り留めたが、修復不能な箇所も多くさらに脚に麻痺が残り、もう二度と野球ができない身体になった」

 

「そんな……………」

 

 

ピッチャー返しといって、実際の野球でもしばしば見られる現象だ。カーレースのクラッシュのような、つきものと言える程度の事故だ。だが、星待の天才的豪速球、そして俺のスイングが合わさったことにより、通常とは比較にならない威力の打球となった。

 

 

「ちなみにその試合は俺たちの負けということになった………その後、俺はチームの仲間や対戦校の生徒たち、周囲から散々に言われた」

 

 

まぁ…………許されることじゃないってのもわかってるんだがな。

何より、一番悲しいと思ったのは俺だ。

戦っていて俺すら高ぶりを覚えるほどの素晴らしい投手だった。それは技術的なことだけじゃない、人格的にも優れていた彼は、打率だけで食っていた俺なんかより、圧倒的にプロ野球選手としての未来が約束されたような存在だったからだ。

俺は野球選手になるなんて夢はなかった。

 

興味ねーし、姉貴が許さねーし。

せいぜい趣味でやっていた程度だが、彼は…………本物だった。

 

俺が野球を辞めさせられたのは遅かれ早かれだ。

でも……………彼が野球をできなくさせてしまったことについては──────

 

 

「流石の俺ももう続けられないと思って、退部することにしたんだ。別に残ったところでなんか償いになるようなことは無かったが、それでも俺は、自分のやったことから逃げたんだよ」

 

「星待くんは、その後どうなったの?」

 

「さぁな…………あれから一度も会ったことがない。でも死んだって噂も聞いてないから今は家族と静かに暮らしてるだろうな…………」

 

 

幸運があるとすれば星待が命を落とすことはなかったということ。

俺は星待の生命活動を断線させていないとはいえ、社会的人権を奪ったわけでもない。だがいくら殺してないとは言え…………

 

 

「誰かの将来を奪う───その1点においちゃ、俺はもう人殺しと同じだよ。『殺人バッター』の名前、懐かしいな」

 

「人殺しって………だって、事故じゃなかったの!?」

 

「福原。何事も事故で済まされるなら、警察は要らんさ」

 

「中村くんはただ………普通に野球をしていただけなのに………『殺人バッター』なんて…………」

 

「──────世の中そんなもんさ。実際に俺はもう星待に合わせられる顔なんてドコにもないんだからよ……………うっぶ…………」

 

 

あの光景を思い出すと、どうにも胸が苦しくなる。

あんなに良い奴だったのに、友達になれたかもしれないのに…………

 

 

「中村くん!?」

 

「おいおい、日向で長話なんてしてるからだ………!福原、肩を貸してくれ。中に連れてくぞ」

 

「うん、わかった………」

 

 

 

「───────────────」

 

 

俺が赦される日は来るのだろうか。

 

いや、ないな──────たとえ世間が許したとしても、俺の事を忘れたとしても……………

 

他でもない、星待が俺を恨む限り俺の罪が晴れることはないだろう。

別に明確な殺意があったわけじゃない。何かの罪に問われたわけじゃない、俺に過失があったわけでもない。単なる事故だった。

 

でも、そこにあったのは『俺の打球が星待を殺した』という事実だけだ。

過程や背景なんてどうでもいい。

 

俺があそこで空振れば、こうなるとわかってりゃ、見送っていれば…………こんなことにはならなかったんだと過去を見直すと余計に苦しくなってくる。

起きたことはどうしようもない、時を巻き戻す術はない。

だが、終わった事だから仕方ないと割り切れるような、そんな小事なんかじゃなかった。

 

 

「すまねぇ……………星待………………」

 

 

 

許せとは言わない。

彼には俺を呪う資格が十二分にある。

 

 

鎖となって俺の四肢を縛り、楔となって俺の心に穴を空けたあの日の出来事、

 

忘れ去りたくても俺がそれを許せないあの日の光景に懐かしささえ覚えながら──────

 

 

 

俺はたった二人残された友人に連れられて校舎裏を後にした。

 

 

 

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