『月姫』を識る者   作:マジカル赤褐色

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蜘蛛の糸

 

 

 

「───────────────」

 

 

時刻は13:16を過ぎた。

まもなく、学校の最寄り駅から乗った下り列車が、苑持寺中央…………林檎が行方不明になったという地点に到着する。

 

 

「…………………………………………」

 

 

林檎は苑持寺中央と、次の駅の間のどこかにいることまでは明らかになっている。

それは鉄道狂な上に数学が得意な紀庵が計算して導き出した結論だ。狂いはないだろう。

 

だが、あくまでリアルタイムで聞いた電車の音から推測しただけに過ぎないため正確な座標までは把握できない。

 

わかるのは、「今走っているところの何処かにいる」ということだけ。

 

電車の音が電話越しに聞こえてくるということは線路からそう遠く離れていない。

とはいえ、丸ごと一駅分の一本道の中から人ひとり分の一を割り出すのなんて現実味が無いにもほどがある。

しらみ潰しに歩くだけで今日明日は確実に消費する。

 

 

「───────もしもし、蜜柑さん?」

 

『は、はい!』

 

 

俺は最後に林檎を見た蜜柑さんに電話をかける。

 

 

「林檎を見失ったのはいつだ?いつ頃に駅前から帰り始めた?」

 

『えーっと………だいたい…………10時半………ごろでしょうか…………?』

 

「時間ずれてやがるな畜生、林檎のやつ、どこで油ってやがんだ……………」

 

 

もしほんとうなら、可能性は二つ。

 

林檎は駅前で3時間ほど時間を潰してからこの辺りの場所まで来た可能性。

 

そしてもう一つは……………3時間かけて別の場所へ行った可能性。

 

後者の事は考えたくもない。

もしそうだったら終わりだ。

 

ギリ………と下唇をかむ。

あの野郎………クソめんどくせぇ真似しやがって………

 

 

林檎の電話にかけた着信の時間を確認する。

13:10を指し示している。

もし、この周囲にいるとしたら…………

 

紀庵は13:08に苑持寺中央に電車が来ると言っていた。俺たちが聞いたのはその電車の音。

となると────林檎はこの1個前の電車に乗車していた可能性が高い。

 

 

なら……………やってやる。

ここは一つ、腹をくくるしかないようだな………!!

 

 

『─────西苑堂ー、西苑堂でございます』

 

 

苑持寺中央の隣駅、西苑堂に到着。

こっから降りて探しに行ったほうが速い。

 

俺はゆっくりと降りる乗客を突き飛ばし、我先にホームへと飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

「おい!!監視カメラの映像、貸してくれねぇか!!」

 

 

俺は降りてすぐさま、駅員に尋ねた。

 

 

「な、なんですか…………監視カメラの映像はプライバ………」

 

「そういう事を聞いているんじゃねー!!人探してんだ、こっちは人命かかってんだ早くしろ!!中村絢世の代わりに探してるんだよ!!」

 

 

俺はここで姉貴の名前を使ってみた。

姉貴の名前は苑持寺の圏内であれば必ず通じる。

そこいらのヤクザの組よりも強い名前だからな。

 

 

困ったような駅員の後ろから、ベテランそうな空気感の駅員が顔をのぞかせてきた。

 

 

「えーと、身分の証明は、」

 

「学生証でいいか、中村白夜。弟だ」

 

「わかりました、ではこちらに」

 

 

ベテラン駅員は扉を空けて俺を中に入れてくれた。

 

 

 

 

「─────この駅に登り列車が来た時の改札の映像が欲しい」

 

「かしこまりました」

 

「可能な限り早送りで頼む。そいつ髪が赤いんで、見逃すはずがないからな、」

 

 

 

駅員は映像を倍速で送り始めた。

まるで植物がゆっくりと成長している映像を早送りで見ているようだ。

 

今の時間から巻き戻すように映像は動いている。

ホームを通る人影はどれもこれも黒髪のものばかりでつまらない。

たすかる。そうしてくれたほうが余計に林檎が見つけやすくなる。

 

 

時間はとっくに13:00より前の時間になった。

だがここまでは仕方ない。13:08に苑持寺中央から出発した電車の音を2分先の地点で聞けるということは電車で2分の地点。この駅からも相当離れているはずだ。

なら、この場所に来るのはそれなりに前のはずだ。

 

 

「─────────────」

 

 

時限爆弾の一番右の0.00何秒という途方もない須臾の時間を減らしてゆく一番小さな単位のカウントダウンを見ているかのように時が巻き戻っていく中、まもなく12時台すら切ろうとしていた。

 

もうこの場所からでは見つからないのではないか、一瞬そんな不安が頭をよぎった。

 

 

だが、俺の読みは何一つ外れていなかった。

 

 

「待った!止まれ!」

 

「こ、これは…………、」

 

 

駅員がぴったり停めたところに、赤髪の少女の姿が映っていた。

誰かについていっているのが見える。

 

 

「………………っ!?こいつは…………!?」

 

 

だが俺は林檎を発見したことにも勝る驚きがあった。

林檎に先導して改札を抜けた人物……………

 

それは翡翠色の髪をして、茶色の制服を着た少年だった。

 

 

 

(ごめんなさい………どこか、怪我したりはしていませんか?僕が手元を見ながら走っていたばっかりに………)

 

 

 

アイツ…………やっぱりおかしいと思ってたんだ。

苑持寺中央駅前には苑持寺高校はないのに。

あんな朝から駅で時間潰してるのは、偶然なんかじゃなかった…………はじめから、何かするつもりであそこにいやがったんだ…………!!!

 

 

「────っ、ざけやがって…………!!!」

 

 

俺は駅事務所を飛び出した。

 

林檎を最初から狙ってたんじゃない。

女だったら誰でも良かったんだ、アイツは。

女漁りしてただけなんだ。だとしたら、ロクなことを企んでない。

 

そうだよ………あの電話の主、考えてみりゃあの声はアイツのだったじゃねぇか………!!!

なんでそんなことにも気が付かなかったんだ俺は!!

 

 

 

 

「─────────っ!?」

 

 

すると、俺の携帯電話が鳴った。

 

───────まったく知らない番号からだ。

 

 

 

「───────はい、もしもし?」

 

 

俺が電話に出ると、向こうからボイスチェンジャーに通したと思われる声が聞こえてきた。

 

 

『─────貴方、中村白夜くんですね?』

 

「あ、あぁ………!?そ、そうだが…………」

 

 

変声機に通されているせいで聞き取りにくいが、なんとなく、男の声だと行ことはわかる。

 

 

『貴方の探しているものは、青い看板のスポーツショップの正面にある廃ビルにあります、要件はそれだけです』

 

「は………ァ!?待て切るな!誰なんだ、お前は!!!」

 

 

急に知らねぇ番号から林檎の居場所語られて、怪しすぎるにも程があるだろ!!!

 

 

『………そう逸らない。貴方の今すべきことの優先順位を考えてください?貴方が今すべきことは私を探ることより、貴方の成すべきことをすることです─────ご安心ください。じき、貴方は私の事を識ることになりますから』

 

「な………!?ちょ、オイ、」

 

 

俺は呼び止めようとしたが電話を切られた。

 

 

「────────────」

 

 

なん………なんだよ…………マジで…………

 

だが、今はその謎のタレコミを信じるしかねぇ!

藁にもすがるしかねぇからな今は!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして俺は、言われた通り青い看板のスポーツショップの向かいにある廃ビルの前に着いた。

 

この距離まで近づけば、直感が教えてくれる。

確かに俺の直感は、ここに林檎の痕跡のようなものを気取った。

 

それと同時に、見知らぬ気配を一つ…………

コッチのほうが気配の色は濃い。

きっと、学生服の少年のものだろうということを確信する。

 

 

廃ビルの正面の両開きの扉は開いていた。

鎖と南京錠で施錠はされていたのだろうが、もうすでに壊されてしまっているらしい。

 

 

「………………………………………」

 

 

俺は迷わず扉を開いて、建物の中に踏み込む。

廃ビルといっても階層はせいぜい3フロア。もし中にあの少年がいるのなら、接敵するまで一分も必要ない。

 

あの少年が林檎に何もしていないで欲しいという身勝手な願いを頭のなかで繰り返して再生する。

それが回数を重ねて復唱(ループ)していくなかで、俺のなかで「絶対にアイツはぶん殴る」という決意が強固になっていく。

 

 

「うぅ、ぐ…………っ!?」

 

 

─────建物の中に入って零コンマ。

 

俺は鼻腔を突く刺激臭に思わず鼻の穴を指で塞いだ。

建物の中には嗅いだだけで吐き出しそうな臭いが充満していた。

 

この鼻を突き、嗅覚器官を痛めてくる鮮烈な棘のような臭いは…………トリメチルアミン系の気体の臭いに近い。

トリメチルアミンはざっくり言うと有基アンモニアのこと。

刺激臭を持つ気体で、鮮魚などの腐敗臭など、生臭い臭いを発する原因となる気体だ。

 

世界一臭い食い物として有名なシュールストレミングだって、このトリメチルアミンとか酪酸が大量に入っているうえに発酵して二酸化炭素が缶のなかにパンパンに入っているせいであんなに臭い。

ということは、この先に…………魚の臭いがあるってことか…………?

 

なんでこんな海に面してもいない廃ビルで魚介類なんて取り扱ってやがるんだ、しかもビル中に渡るくらいの広範囲によ…………!!!

 

 

俺は扉を空けっ放しにしてそのまま領域に踏み込む。

林檎はよく耐えられるな…………仮にも清掃担当の林檎がこの場所に数時間閉じ込められていると考えるとさすがに可哀想で仕方ない。

あの生意気な林檎なら少し痛い目に遭ったほうが薬になる気もするが、それにしたってここに閉じ込められるほど国民としての基本的人権は失ってはいないと思う。

 

入り口でこれって、登ったらどうなるんだよ。

 

 

「くっ……………ぅぐ……………」

 

 

俺は鼻を押さえながら登っていくことにした。

フロアの隅にある階段を登るだけで楽に登れるようだ。

 

辺りを見渡しても特に何もない。

上に登るほど臭いはキツくなっている。

 

林檎が来る前からここに何かあったと捉えていいだろう。

てっきり顔だけは可憐な林檎に惹かれて不純なコトを企んでいるのかと思ったが、そういう訳ではないらしい。

だからこそ余計に謎だ。

なんでこんな、魚の臭いのするような空間に林檎を連れて……………

 

 

 

「───────これっ、これは………!?」

 

 

2階に足を踏み入れた俺はここが敵地であるにも関わらず声を上げて驚いてしまった。

 

 

───────女だ。

 

裸の女が、壁に掛けられている。

 

 

「────────おい、大丈夫………か?」

 

 

大丈夫なわけがないと思いながら俺は近づく。

 

林檎とは別の女だ。

林檎は黒髪じゃないし、ロングじゃなくてボブカットだ。それに、こんな脚は長くない。

クソチビの林檎とは何もかもシルエットが合わない、別の女だ。

 

糸のようなもので身体を縛られている。

 

タコ糸か………?いやでも、タコ糸で人間を地から浮かして壁に固定なんてできるのか?

 

 

すると、俺の声に反応するように、女の首がカサッ、と乾いた音を立てて折れた。

 

 

「なん………え……ぇぇぇっ!?」

 

 

───────死んでいた。

 

 

首元に骨が折れた時のような青い痣ができていた。この様子じゃ、死因はおそらく絞殺。

 

裸の女が絞殺された。

この状況からして、この女がどんな目に遭ったのか想像に難くない。

 

 

「───────────うッ…………」

 

 

この建物がこんなに臭いのはこの死体の腐敗臭のせいか………?

 

 

「っぐ………………」

 

 

喉奥からせり上がってくるものを必死に抑え、俺はもうどうしてやることもできない死体から離れる。

 

 

「────────許せねぇ、」

 

 

これをやったのは絶対にあの少年だ。

 

仮にそうでないとしても、まっとうな神経ならここに来るやついない。1枚以上は噛んでいる。

絶対にぶっ飛ばして、この向こうに真犯人がいるなら拷問してでも吐かせる。

 

しかし、電話の主が何者だったのかは不明だがどうやらここでアタリらしい。

ここには間違いなく、何かがある。

それも、林檎が攫われただけじゃない…………もっと前から、この場所で事件が起きていたんだ。

 

警察はこのことを知っているのか?

 

 

 

すると、吊るされていた女の死体から、ぽたりと雫が滴り落ちた。

 

 

「ん……………?」

 

 

雨なんて昨日の夜に大雨が降ってから降っていない。それに、女の身体はぜんぜん濡れてなんか…………

 

 

「────────っ………!!」

 

 

俺はギリ、と唇を噛んだ。

女の身体から滴り落ちたのは水でもなければ、女の汗なんかでもない。

 

落ちてきたのは…………白く濁った、

 

明らかに【他人の男】のものと思われる体液。

 

 

 

「クソ野郎が……………!!!」

 

 

俺は恐怖や不気味さ、嘔吐感よりも怒りが勝った。

 

そして2階の階段に向かって首を向ける。

 

 

「■■■■■■■■■─────!!!!!」

 

 

そして、目に映った光景に自分でも聞き取れないような叫び声を挙げた。

 

目の前に夢中になっててまったく気が付かなかった。

壁には、この女とおんなじような死体が数え切れないほど貼り付けられていたのだ。

 

壁にいっぱい、子どもがシールを貼るように好きなだけつけたら、あと残りは部屋の隅に山積みにされていた。

壁に貼っている【お気に入り】をよそに、乱雑に投げ捨てるように。

だがお気に入りであれ、そうでないとものであれ、例外なくそのすべてが死んでいた。

 

ここに居るのだけで確実に20人近くはいる。

 

 

「おっ…………げぇ………っ─────!!!」

 

 

昨日より残酷な光景を見ることはないと思っていたが、余裕でそれを更新するおぞましい光景に思わず耐えていたモノを吐き出した。

 

喉から食道にかけて焼けるように熱い。

 

 

「────────────────」

 

 

まさか…………この建物が魚臭いのは、魚があるせいなんかじゃなくて……………

 

穢された大勢の女性たちの死体が発する屍臭と、■■の臭い─────!!!

 

 

 

 

 

「──────やぁやぁ。いらっしゃい、」

 

 

俺は背後から聞こえてきた声に振り向いた。

 

この地獄のような光景を前にやけに堂々とした声だった。

 

 

 

「───────────────」

 

「おや……男か。女の子じゃないんだね、残念」

 

 

俺の前に現れたのは、苑持寺の茶色の学生服を着た、あの翡翠色の髪の少年……………!!!

 

 

「……………あれ?君、どこかで…………」

 

「お前……………なんなんだ、これは…………」

 

「あぁやっぱり。その声も聞いたと思ったら、今朝僕にぶつかってきてインネン吹っかけてきたチンピラだよね?よく考えてきたらあの電話の主も君の声だったか……………ふふっ、なんだいそりゃ。僕たち、運命の糸で結ばれてでもいるのかな?」

 

 

フザけたことをボヤきながら少年は俺の前まで歩いてきた。

 

 

「ふざけんな………お前みたいな奴に誰が運命なんて感じるかよ………」

 

「そう?まぁ、いいよべつに。僕は男には興味ないから。誰が来たとしても、ここに来てしまった以上は消すしかないんだけど…………君はこの僕に喧嘩売ってきた相手だから特に殺してやりたいと思ってたんだ。駅前でやるのはさすがにヤバいと思って自重したけど、ここならば誰も来やしない」

 

 

そう言って、少年は腰から小ぶりのナイフを抜いてきた。

 

 

「と、いうわけだ………悪いね、」

 

 

コイツ…………動きの一切に躊躇も淀みもない。

明らかに手練れてるヤツの動きだ。

 

そもそも、この惨状を真正面から見ても何も感じないその異常性…………確実に今この部屋に充満するあまねくすべての「死」は、コイツのやった事だ─────!!!

 

 

「うるせぇ…………先にこっちの話を聞けエロガキ。林檎はどこへやった、」

 

「林檎…………?あぁ、そんな名前だって電話で君が言ってたね。あの子なら、この上の部屋にいるよ。でも、それを知って何になるの?まさか、僕を振り切って3階まで行ってその子を助けて脱出して逃げ切るとは言わないよね?」

 

「振り切る…………?何言ってんだお前、ぜんぜんそんな事考えてねーよ」

 

 

俺は懐に隠し持っていた拳大の石を投げつける。

 

俺は投手ではなかったが、キャッチボールぐらいは普通にやってたし、打者だって肩の強さはあるので多少の速さの球は投げれる。

 

 

 

「おっと危ない危ない、」

 

 

少年は身体を横にずらして避けた。

 

俺の投げるものなんてたかが知れているが、それでも5メートルほどしかないこの距離から躱すって大した相手だ。

 

だが………………そんなものはただの布石にすぎない。

 

 

 

「振り切る必要はねぇ、お前をここで袋叩きにして、二度と歩けねぇようにしてから、ゆっくり歩いて帰るに決まってるだろ!!!」

 

 

避けたばかりで体勢の悪い相手に向かって俺は全速力で走り寄る。

打者の脚の速さを舐めるなよ。

俺は遠くまでかっ飛ばすタイプのバッターだったので、全速力で走らなくてもたいていはホームランか、楽にホームへ戻れるくらいの長打になる。

 

とはいえ、それでも飛びが悪いときは一塁まで駆けることだってザラにあった。

ボールを叩いたことに気付いた瞬間から飛び出す動きに入る反射神経、一塁までの短い距離をいかに速くするかを仕分けるスタートダッシュの速度、そして短い距離で自身の走行速度の最大値に身体を持っていく加速能力。

 

そのどれもが、俺は突出していた。

つまり、5メートルの近距離から俺が走って間合いを詰めてきたらどんな相手だって後手に回る。

 

 

「みじん切りにしてあげるよ………!!」

 

 

後手ながらも少年は走ってくる俺に対して怖じることなく手にした銀の刃を横に振りかぶる。

 

 

「させるかよ………」

 

 

そんなわかりきった咀嚼が俺に通用するとでも思ったか。

ナイフを持つ右手を自分の左手で取り、手首を右掌底で叩きつけてナイフを落とした。

 

 

「えっ…………?」

 

 

武装を解かれた相手にもうできることはない。

 

 

「オォォ、らッ─────!!!!」

 

 

そのまま間合いを詰める時の前進力を右脚にすべて乗算し、真正面に向かって強力な後ろ蹴りを一閃。

狙いは相手の鳩尾ど真ん中。一発で再起不能にさせてやる。

 

 

「ぐああああああああああーっ!!!!」

 

 

一撃必殺のキックを食らった少年は激しく後ろへと蹴り飛ばされる。

 

確実に命中した。

 

──────命中したのだが、

 

 

 

「─────痛、」

 

 

足元に目を向ければ。

 

俺の制服のズボンには刃物で切りつけられたような深い切れ込みが入り、そこから血が流れていた。

 

 

「─────あーあ。僕のことを甘く見てるからこうなるんだよ、お馬鹿さん」

 

 

当ててやったように見えて、実際は少年にダメージなどなかった。

どうやってやったのかは知らんが、何らかの方法で防がれたらしい。

 

 

「ちっ…………痛ぇな……………クソ、」

 

 

俺はヤツが落としたナイフを掴み、ヤツと反対方向に向かって投げ捨てた。

 

 

「いいのかい?」

 

「いらねぇよ、そんなもん。素人と一緒にすんな。テメェをブッ飛ばすのは素手で十分だ」

 

 

言葉で相手を牽制しながらも、俺は必死に思考を張り巡らせる。

 

ヤツと俺の体格差は歴然としている。

喧嘩したら100%俺が完封して勝つ。

今のキックをさばけなかったのが証拠だ。

 

だが、俺の足には正体不明の裂傷。

どっから、どうやって、なぜ、今のが飛んできたのかがまるでわからない。

 

斬られた感覚は確かにある。

肉を割かれるこの喪失したような感覚派確かなものだ。

だから、質量を持つ刃物の形状をした物体が俺の足を攻撃してきたということになる。

俺が見切れなかったほど早かった。

 

今度は注視していかないと、これが足だったのがまだしも、頸をイカれたらそれだけで即死する。

 

この斬撃の正体を突き止めるまで、不用意に相手に近づくのは愚策と踏んだ。

 

 

「へぇ………来ないのかい?なら、今度は………僕の番だね」

 

「チッ……………」

 

 

手の内明かす前にコッチを仕留めようって魂胆か。ムカつくが正解だ。

 

まだ俺が攻撃の実態を掴めていないなら、今のうちに全力をかけたほうがいい。何の対策も練れない今の俺なら簡単に倒せる。

 

 

「───────────」

 

 

少年は俺に向かって指を弾いてきた。

 

 

「…………………ぐぅっ!!!」

 

 

猛烈に嫌な予感がして俺は側方に飛んで回避しようとした。

 

間一髪、刃は俺の頬をかすめた。

 

 

それと同時に、俺は顔の皮一枚と引き換えに伸びてきたものを掴んだ。

 

 

 

「─────それが、お前の斬撃の正体か、」

 

 

俺が掴んだのは翡翠色をした、巨大な金属の刃。

その刃の根元には、複雑怪奇な機械関節を揃えたアーム。そしてそれをもとにたどっていくと、敵の背中からそれは伸びていた。

根本がどんな構想なのかはともかく、俺を切ってきたのはこの機械のアームだったらしい。

 

アームの先端には稲刈り鎌のような内刃が付いていた。

 

コイツが俺を切ってきたのか。

 

 

「─────驚いた。けど、君は何を油断しているんだい?」

 

 

少年の顔が歪に曲がる。

 

すると、少年の背後からもう1本、同じアームが伸びてきた。

 

 

「はぁ…………?ウソだろ…………オイ、」

 

 

どーいう原理で動いてやがんだよそれは!!!

 

 

「はーっはっはっはっは!!!それそれそれそれそれーっ!みじん切りにしてやるって言っただろー!!!」

 

「クッソォォォォッ!!!」

 

 

俺は掴んでいたアームを手放し、後方に転がって攻撃を避けた。

 

2本目のアームが、裸の女を縛っていた糸の一部を切断する。

女の身体が壁から剥がれて落ちてくる。

 

 

「そーれっ!!!」

 

 

少年は落ちてきた女性の死体をアームで殴りつけ、コッチに向かって吹っ飛ばしてきやがった。

 

 

「ぐ…………!!!」

 

 

真正面からやってくる大きな物体を、血を這うようにして潜り躱す。

 

 

「ふふふ……………」

 

 

少年は俺に向かって邪悪な笑みを向けてくる。

 

 

「へっ…………イカれ野郎が……………」

 

 

同時に、俺の真後ろからブチィッ、と音を立てて何が破裂する音がした。

 

 

「──────────────」

 

 

真後ろを見ると、泡立つように白く濁った毒々しいモノが、排水口に洗剤をぶちまけて水を流したように泡立ちあふれかえっていた。

 

 

「──────────────」

 

 

想像を絶する光景に思わず我が両眼を疑う。

脳内で状況を整理する。

 

今、目の前にあるのはなんだ?

いや…………理屈はわかる。

別にわからないわけじゃない。この魚類のような臭いといい、殺された女性の状態からして、この白い泡立っているモノは間違いない、今俺の後ろにいるクソガキの精液ということになる。

だが……………それにしたって、この量と臭いはおかしいだろ!?

 

 

「ごふっ…………ぶごぉっ…………」

 

 

死体を見たのとは別の拒絶感で、俺は再び胃から異物がせり上がってくるのを感じた。

 

 

「ぐっ……………!!」

 

 

俺は振り返って少年をにらみつける。

 

 

「あーあ、恥ずかしいところ見せちゃったな。しっかし女の人って脆いよねぇ。ちょっと【繁殖】させようとしたくらいですぐに限界を迎えてしまうんだから。ま………そりゃそうか。全身の穴という穴に僕の種を植え付けられたんだからね」

 

 

怒りだとか苦しみだとか林檎がどうとか…………そんなコト以前に、ただただ気持ちが悪い。

林檎の安否は一旦置いておいて少なくとも何人かこんな死に方をしているという事実のほうがよっぽど苦しいし見過ごせない事実であった。

 

 

「───────────」

 

 

だが、位置関係はちょうどいい。

今奴は俺に蹴られて半足退いている。

俺も転がって敵の攻撃を避けたことで、距離はそれなりに離れた。

 

 

(今なら逃げれる……………)

 

 

ハナから俺はお前を倒すことが第一目標なんかじゃない。

だったら俺は、林檎の身柄を確保してここから出る。

外ならこいつの凶器もおいそれと使えないはずだ。

 

 

なら…………今は逃げるしかない!!!

 

 

「……………もしかして、僕から逃げられるとでも思ってる?」

 

 

相手に思考を読まれてるからなんだ。

逃げるだけだ。戦っても正直勝てるかどうか怪しい。

 

 

 

「──────────ッ!!!!」

 

 

俺は地面に落ちていた、千切れた遺体の腕を蹴り飛ばした。

罪もなく身体を弄ばれ、報われることなくこんな下衆に最悪の殺され方をしたその女性の無念を込めて。

 

 

「無駄だよ………無駄!」

 

 

少年はアームで跳んできた腕を落とし、叩き潰した。

……………いい。もともとそう上手く行くとは思っていなかった。

 

1秒でも時間が稼げたらいい。

 

 

 

俺はその隙に階段を登る。

階段を登る寸前、壁に磔にされた女を引き剥がして階段に置いておいた。これで少しでも足止めになるだろう。

 

あとは────────

 

 

 

「っ、─────!!!くそっ………!!!」

 

 

俺は息も絶え絶えに階段を登る。

身体の中身はボロボロだった。

吐瀉物で焼けただれたように熱い。

 

 

 

 

 

「林檎──────!!!!!」

 

 

俺は3階の部屋への階段を登りきり、部屋に躍り出た。

 

 

部屋の中央には椅子が一脚。

そして、赤髪の少女が、裸の状態で結束バンドで縛られていた。

 

 

「─────────────」

 

 

手遅れだった……………いや、そんな事より生きているかどうかが大事だ。

 

 

 

「林檎!!!すまねぇ、遅くなっちまって………今助けるからな………!!!」

 

 

俺は椅子を引っ張って林檎の顔色を伺う。

 

 

 

「────────────────」

 

 

 

 

しかし、俺の目に映ったのは、

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

林檎のような見た目をしていただけの…………無残に殺された死体だった。

 

歯は全て折れており、耳は削がれ鼻はひしゃげ、目はくり抜かれたようになくなっていた。

身体じゅうが焼けただれたように血に染まっており、顔にはもう林檎の原型はなかった。

 

 

「うっぶ……………!!!!」

 

 

最悪の展開に最悪の展開を重ねて、脳が処理の限界を迎えた俺は膝から崩れ落ちる。

喉の奥から再び異物がせり上がってくる。

この少しの間だけで3回目だ。

吐くだけで体力は十分すぎるほどに消耗する。

 

次吐いたら、俺は相当消耗して動けなくなる。

それに、今は午後1時。1日で一番日の高い頃だ。

これ以上消耗すると、わずかな余力すら日光で削られて動けなくなる。

 

 

「────────────」

 

 

絶体絶命とはこのことか。

いや、絶体絶命どころの騒ぎじゃない。

林檎がもう死んだのなら、俺がここに留まる意味が、ここに来た意味がないじゃないか。

俺はただ、餌にされてここに来ただけだった。

 

よく考えたらそうだ。攫われた時点から、林檎に命の保証なんてなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

「あ─────っはっはっは!!!!!」

 

 

その真後ろから、憎たらしい声が聞こえてきた。

 

 

「びっくりしたでしょ?ちょっとしたサプライズだよ」

 

「──────────────」

 

 

俺は無言でヤツを睨みつける。

 

 

「あーごめんごめん。違うんだって、その子は偽物。僕が作ったんだ。そっくりでしょ?」

 

 

そう言って、少年はアームを伸ばす。

アームが椅子をなぎ倒したとき、林檎の死体から同じ髪色の赤いウィッグが落ちた。

 

ウィッグの下はちぢれた黒髪。

どうやら林檎じゃない別の誰かの死体のようだ。

 

 

「───────────テメェ……………」

 

 

俺で遊びやがったのか?

林檎と、俺で。

 

 

「なーんでなんで?約束が違うじゃん。あの子は無事だって言ってるんだよ?もうとっくに返してあげたよ、可哀想じゃないか、殺してしまったら」

 

 

どの口が言ってんだ選手権なら間違いなく世界一位になれるだろう究極の下衆はそう言いながらも俺に一歩ずつ迫ってくる。

 

 

「とはいえ─────君はあの子のなんなんだい?たかが女の子一人のために命を張れる男なんて。相当その子の事が大事なのかい?」

 

「──────うるせぇ、お前には関係ねぇだろ…………」

 

 

もう声を聞くだけでも不愉快だ。

 

 

─────その翡翠色の髪がうざったい。

 

 

─────俺と同じ高校生だってのがムカつく。

 

 

─────平気で人を殺しておいてその態度なのが腹立たしい。

 

 

─────そしてこんなクズの一人にやられっぱなしの自分に一番イライラする。

 

 

 

「もしかして、あの子といい感じの男って感じかな」

 

「は…………?な、何言い出すんだ急に」

 

「随分と態度変わったね。やっぱ図星?ひゅーひゅー、色男だねぇ」

 

 

なんか、俺は普通に否定したかったのに相手は勝手に解釈してきた。

見当違いの解釈にいきなり驚いた俺は一瞬、怒りの気持ちを緩めてしまった。

 

 

 

「てか───────余所見してる場合なんてないんじゃあなぁい!?」

 

「ぐぁぁぁぁっ!!!」

 

 

少年の身体からアームが伸びてきた。

 

1本は俺の右、もう1本は俺の左サイドを捉えて、壁に貼り付けにした。

 

 

 

 

「ぐっ………………!!!」

 

 

「僕ね、ほかの男の目の前で、一番大切な(モノ)を奪うのが何よりも興奮するんだ………!!!格の違いを見せつけながら、過去の思い出も、捧げた時間も金も、約束も純潔も、すべて、すべて目の前で僕の色で踏み躙ってやれるからね!!!」

 

 

 

───────やめ…………ろ、

 

 

 

 

「そうした時、人は最大の絶望の表情になるんだ!!!僕はいつか、恐怖の長になるんだよ。この街の夜を支配し、僕の優秀な遺伝子をあまねくすべての女の子に種付けて、そしてすべての男を跪かせ目の前で丁寧に丁寧に一番大切なものを奪い去り、そしてこの世から男は消えて僕1人が残る!!!僕が捕食者の頂点に立つのさ!!!──────そのためには、より多くの力が必要だ、」

 

 

 

 

───────やめ……………ロ、

 

 

 

 

「僕の能力(ちから)は、雌の精気を奪い取ることで力を増すということを知った時、僕はこの能力を授かったことを天命だと悟った。神は選んだんだ。僕こそが、僕が僕を虐げてきた人間たちを見返して、ムカつく全てを踏みにじる者なんだってね!!!」

 

 

だから、やめ……………ヤメ…………ヤメヤメヤメヤメヤメヤメヤメヤメヤメヤメヤメ─────!!!

 

 

「だから─────君は死んで。僕の能力………阿良句(アラク)(はやて)の能力にさぁ…………!!!」

 

 

 

 

 

「だから───────やめろつってんだろ、クサレ外道がァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 

俺は咆哮と共にアームを掴み、純然たるパワーで自分の身体から引き剥がした。

 

 

「あれっ?へぇ………おもしろいね、」

 

 

少年の背後から、もともとあった二本のアームに加えて、さらに新しい同じ見た目のアームが追加で二本生えてきた。

 

四本のアームと、二本の腕と二本の足。

まるで蜘蛛のように気色の悪い奴だった。

 

 

 

────────だが。

 

そんな事はほんとうにどうでもいい。

コイツの罪状は数え切れないほどだ。

数え切れないほどの女性を襲い、身体を穢し、その死体すら弄び、挙句の果てに俺に喧嘩売って林檎をダシにしやがった。

 

 

 

「さっき…………お前……………自分が恐怖の長になるとか言ってたな……………」

 

「ん?」

 

「───────こうして見ても、今のお前のことなんか、ぜんっぜん怖かねーな」

 

「…………………は?」

 

「お前に教えてやるよ………どーいうときに人は本物の恐怖を感じるのかってのをよ………!!!」

 

 

俺は林檎に化けた死体をどかし、彼女が座っていた椅子を掴んで投げ飛ばす。

 

 

「……………ふん、」

 

 

少年の目つきが変わった。

あの余裕は何処かに無くなり、代わりに容赦までもなくなった。

 

 

「……………今、なんて言った?もしかして、僕を怒らせたいの?」

 

「笑わせんなクソガキ。テメェの一千億倍、俺のほうがムカついてんだよ」

 

 

目の焦点が定まらない。

視界がかすむように揺れている。

耳鳴りがする……あまりの怒りで我を忘れそうだ。

 

 

「自分より弱い奴をいたぶる事しかできねー子供の、いったいどこにビビるってんだ………あ?クソガキが………大人舐めてっと、マジでブッ飛ばすぞ、」

 

「こんのクソ野郎…………僕が苑持寺高校にいるって知りながら…………!!!」

 

 

 

 

「るっせぇぇぇぇッ!!!黙れガキが!!!テメェのどこに、人をクソ呼ばわりする権利があんだゴラァッ!!!」

 

 

俺は自分の左手を開く。

この抑えきれない怒りを、もう俺は隠せそうにもない。

 

今すぐ怒りが脳天を貫いて脳の血が全部外に出ていきそうだ。

脳の血管が死ぬほど痛い。

脳が焼ききれそうだ、目がちぎれそうだ、腸が煮え繰り返りそうだ、

 

 

「本気で俺を怒らせたらどうなるか試そうってか……………?後悔すんぞ…………覚悟しとけクソ蜘蛛野郎が!!!」

 

 

──────赤雷を我が右手でつかみ取る。

 

 

 

 

 

「うるっさいなぁ………!僕のことバカにするな、お前もおんなじだ!!!」

 

 

四本の凶刃が一斉に俺の方へと飛んでくる。

 

 

「────────────────」

 

 

もう、いい。

 

これ以上──────俺の血を炊かせるな。

 

 

 

 

「────────でぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!!!」

 

 

俺の握りしめた赤雷が刃の形を作り、迫りくる4つの刃をまとめて弾き返した。

 

 

「ぐぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁーっ!?」

 

 

アイツの身体を直接叩いたわけでもないのに、俺の斬撃は本体に僅かながらダメージを与えた。

 

 

「はぁ………はぁ………はぁ………、───ッ!!!」

 

 

俺は自分の右手を見つめる。

 

 

 

「───────はぁ、っ、」

 

 

 

俺の右手には、3尺ほどの赤い刀身の刀が握られていた。

見覚えがある、これは……………昨日死者をぶっ飛ばした、あの……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで何をしている!!!」

「止まれ、両手を上げろ!!!」

「全員そこで止まれ!!!」

 

 

俺が駅からこちらへ走ってくるまでの間に読んでおいた警察が到着してきたようだ。

 

 

「おっ……………と、めんどくさいことしてくれたんだね。しょうがない、勿体ないけどこのコレクションルームとはおさらばかな、」

 

「なん…………だと……………?」

 

「じゃあね、大嫌いな赤い人。林檎ちゃんのことは、また近いうちに会いに行くって伝えといて」

 

 

少年が指を鳴らすと、林檎に化けていた死体が爆発して白煙が上がった。

 

 

「ぐわっ!?」

 

 

突然の出来事に俺は顔を覆う。

 

その隙に、少年は窓を破って外に飛び出していった。

 

 

「──────くっ、しまった………!!」

 

 

俺は窓の外を見つめたが、もうアイツは消えていた。

 

 

「………………くそ、」

 

 

廃屋は俺一人。

 

 

「そこで何をしている!そこの少年、両手を挙げて、こちらを向け!!!」

 

 

やれやれ…………これは、命だけは助かったが、こっから先もう一悶着ありそうだな、

 

 

「うっ…………………ぐ、」

 

 

疲れが……………ただでさえ体力削って、日光も食らってたのに……………あの赤い剣を出したせいで、とう、指一本動かせそうにない……………

 

 

「ぎ、は…………ごはっ……………」

 

 

俺が最後に見たのは、無様に倒れたその横から見た、朱く染まった灰色の建物の内壁だった。

 

 

 

 

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