俺たちの住まう東京都・苑持寺町。
川で隔てられた、丘陵地に広がる今もなお西側地区の再開発が行われているニュータウン。
この街を襲う吸血鬼という怪物による毎晩の被害。
そのうちの一件は、若い女を攫い、身体を嬲った後に食い殺して繭に閉じ込める『蜘蛛』の名を持つ吸血鬼………
俺は奴を追い、その姿を捉えたが捕まえるには至らず、運悪く警察のお世話になり、さらに姉貴を失望させ、家を出るハメに。
そんな俺を拾ってくれたのが、吸血鬼を殺す、血を吸わない吸血鬼の少女アルクェイド。
この街の『夜』の事態をよく知る謎の神父・ヨエルとの邂逅も果たし、こうして、この街に巣食う吸血鬼と、この街の夜をめぐる、俺たちの物語が始まった。
「──────で、」
さて、そんな前置きは置いておいて。
「なんでお前の部屋に俺があげられなきゃならねぇんだ」
教会を出た俺と合流したアルクェイドが真っ先に立ち寄った場所、それは駅から遠く離れたマンションの一室だった。
なんでコイツに家あんの、とかどうやって家賃出してんの、とかどっから収入出てるの、とか艦変えても仕方のないような疑問が次々と浮かび上がった結果、俺の疑問はなんで俺は今この女の部屋に来ているの、という一つの問いかけに収束されていった。
「だって貴方、家ないんでしょ?自分で言ってたじゃない。自分には帰る場所がない、って」
アルクェイドはなんでもないように、こっちの顔を見もせずに窓の外を眺めて呟いた。
「そらそーだがよ………だからって、知り合って間もない異性を、部屋に上げるっていう行動原理が意味不明なんだよ」
「へぇ………人間って、不思議なのね。確かにこの部屋はわたしの持ち物だから、わたしのテリトリーってことにはなると思うけど………」
アルクェイドはようやくマトモに話す気になったのか、こっちを振り向いてくれた。
「でも別に、貴方悪い人間には見えないもの。『信頼できる味方』だからわたしの領域に入っても、バチは当たらないはずよ?それに、自分より圧倒的に弱い生き物が部屋にいたところでなんなのよ。人間だって、家の壁についた虫を一匹残らず駆除しようなんて思わないでしょ?鬱陶しかったら潰すなり追い出すなりするかもだけど、見失ったら探すのやめるでしょ?」
「はぁ………俺は虫扱い、です、か」
悔しいことに筋は通っているから不思議だ。
吸血鬼だからか、アルクェイドは人間の感覚や常識ってやつに疎いようだ。
「ぐッ……………ッ゙、っう………!」
激しく胸が締め付けられるように痛んだ。
さっき教会で血刀を抜いた反動のダメージが残っているんだ。
ヨエルは頑張れば血刀を継続して使い続けることができると言っていたが、俺がそれを成せるまでには相当時間を使いそうだ。
「白夜、話せる?貴方に聞きたいことがあって」
「おう………話せるが………なんだ、」
「貴方が武器として現出させているあの赤い剣。アレはいつから使えるようになったの?」
赤い剣、ヨエルが血刀と呼んでいたあの?
「血刀……って、言うんだよな。アレが使えるようになったのは、昨日お前と会った時が初めてだ。それがどうかしたのか?」
「昨日から…………ね、随分と突発的にとんでもない能力を授かったものだわ」
アルクェイドは腕組みする。
「さっき、教会の墓地で貴方が戦っている所を覗かせて貰ったわ。やはりあの剣は、単なる刃物では済まされないほどの代物になるわ」
「見てた、ってお前………助けに来いよじゃあ………」
「あら。確かにそうだったわね」
アルクェイドはそんな発想は無かった、と言わんばかりの真顔でそう言った。
俺とはいちおう協力関係のはずなんだが?
「貴方が握るその剣は、『概念武装』と呼ばれる魔術世界における特殊な武器よ」
「概念………武装?」
いい加減にしろよ。どんだけ新しいこと覚えないといけないんだよこの界隈は。
「概念武装というのは、魔術世界における武器の分類の一つよ。ただし、概念武装は貴方たちの知る武器のような、物理的な破壊力や打撃力を用いた武装ではなくて、対象の概念に干渉して攻撃を可能とする特殊な武器なの」
「……………はい?」
「貴方も知っての通り、普通の鈍器や刃物では、死者や屍鬼を倒すことはできない。奴らに太刀打ちするには、そういった不死性をもつ吸血鬼に対して特攻を持つ武器でないと攻撃ができないってことよ」
たしかに、昨日も金属バットで奴らの頭部をフルスイングしても、平気で立ち上がってきたし、なんなら2発目以降は鈍器に対する耐性までついていた。
それに対して、血刀でぶん殴ったり斬りつけたりした死者たちはほぼ一撃で致命を負った。
ヨエルも、俺の剣には死者に対する何かしらの特攻がある、なんて事を言っていたような気がする。その時にも、概念武装という単語が一瞬出てきた。
「概念武装は、教会の秘蹟や、特別な儀式によって奇跡の力や魔術的な効果が付与されているものや、歴史的な礼装、さらには伝承が付与された特別な武器などが含まれている。言ってしまえば、魔術的な効果をエンチャントされた武器が概念武装ってことね」
「なるほどな、だいたい分かった。んで?なんの儀式もエンチャントとやらも踏んでないし昨日出てきたばっかりの俺の剣に、なんで概念効果が付与されているんだ?」
「えぇ。その疑問に到達するのは当然ね。それに対する答えとしては………貴方の家の血統の歴史が、貴方の『異能』を概念武装として昇華させた可能性が高いわ」
「っつーと………なんだ………中村家の血が特別ってか?」
ダメだな、ついていける気がしない。
「貴方には、たまたま昨日発現しただけで、元から剣を生成する能力自体は備わっていた。ただし、その剣はあくまでも斬りつけることしか出来ない通常の刃物ということ。それを、貴方の実家の血が受け継いできた歴史が、ただの血刀を概念武装として持ち上げるほどのリソースになったということ」
説明してるつもりなんだろうが、もっとワケがわからなくなってきた。
とりあえず中村の血スゲーって解釈でいいのか?
「それと…………もう一つ考えられる原因としては、貴方は『選ばれた』可能性がある」
「選ばれた………?いったい誰に?てか、何に?」
なんか昨日の今日で選んでくるって随分とハズレくじじゃない?
「今の貴方に説明しても理解不能だろうから追々説明するんだけれど、『原罪武器』というのがあるわ」
「はぁ……………もうわけわかんねー………」
「原罪とは、人類が史上において犯した行為………人類史の発展の途中に発生した大罪を示すものよ。おもに創生期において初期人類の犯したものが原罪と呼ばれているけれど、貴方の抱える原罪も、その亜種…………考えてみたら凄い事言ってるわねわたし」
アルクェイドは自分で俺に語っておいて、途中から首を傾げて考え始めた。
「
「いやいやいやいや、俺なんの罪も犯してねーよ………!」
やったことといや、今日の昼に不法侵入キメこんだ事ぐらいだ。
他に警察にお世話になった覚えはない。
思い当たる節なんて、街中で一方的にケンカ売ってきたチンピラを蹴散らしたくらいだ。
「人類のもつ、悪しき大罪………貴方も知っている言葉よ。大罪と言えば?」
「……………もしかして、七つの大罪のこと言ってんのか?」
七つの大罪って…………んな事言われても、俺の剣に関係する七つの大罪なんて…………
「いや………あるか。『憤怒』か?」
「そう。貴方の異能のトリガーは憎悪や憤怒と言った、対象に対して攻撃衝動を向けた時。それは立派な、人類の持つ七つの欠陥、大罪に該当するわ。だいいち、怒らないと発動できない能力なんて、不便にも程があるじゃない。逆に用途が限定されているということは、その剣が概念武装という特別な武器になるほどの特異生を有しているってことの裏付けになる」
「なんかシャクだな………俺の力が人類の大罪代表とか………」
「ただ、問題はなぜ貴方が原罪武器を今、このタイミングで授かったのか………ということね」
そこだけは俺も理解できた。
アルクェイドの言う通り、俺の剣がもし特殊な武装であるというのなら、なぜこのタイミングで、なぜ俺のような一般人がこのような特別な力を授かったのかというのは永遠の謎だ。
「白夜、この事件を追うことはきっと貴方にとっても大きな意味があるかもしれないわね。死者を殺せる剣………この街の夜を生き抜くのにおあつらえ向きの能力が、しかも原罪武器という特殊な形として貴方の手に今ここで宿った。まるで夜が貴方を誘うかのように」
それってつまり………この夜は…………
俺に何か、関係がある………ってことか?
アルクェイドは俺と七つの大罪に関わりがあると言った。
つまり俺は、七つの大罪の憤怒を司るということ。
なら、あと六つ………この世の何処かに俺と同じ、七つの大罪の武器に選ばれた奴らがいるはずだ。
そして、そもそもなぜ原罪武器ってのが吸血鬼事件と関わってくるのか。この謎が、俺とこの夜をつなぐ大きな手がかりになるだろう。
「どうやら気合が入ってきたようね」
「あぁ。よくわかんねぇが、なんかこの事件は俺にとって大事なもののような予感がしてくる」
「そうと決まれば、明日からは気合入れてもらうわよ。今日みたいに、ちょっとバテたから帰るなんて、許さないわよ」
アルクェイドはそう言い残すとベッドに横たわった。
「お、おい?」
「今日は疲れたでしょう?明日の英気を養うためにもう休みなさい」
「おいだから待て!!!お前に寝られたら俺今日どうすんだよこの後!!!」
俺は立ち上がってアルクェイドの両肩を掴んで無理やり起こした。
「どうするって………貴方、家ないんでしょう?なら、ここで寝るに決まってるじゃない」
「はァァァァァァァーッ!?」
何言ってんだコイツは!?
「なんで俺がよくわかんねー女の横で寝なきゃなんねーんだよ説明しろこの野郎!!!」
「寝ないと体力が回復できないからに決まってるでしょう?人間は睡眠を取らないと死ぬって聞いてるわよ」
「そーいうこと言ってんじゃねー。なんで、俺が、急に、なんの、予約も、なく、な?女の、家に、泊まら、されな、きゃ、なん、ねーんだ、コラァ!!!」
「別にわたしはいいわよ。さっきも言った通り、貴方がここで何をしようがわたしには無害だもの」
「はぁ……………」
ダメだこりゃ。
帰りたいわ、俺。
ここで寝泊まりするくらいなら今から恥を忍んでノコノコ実家に帰って家族から勘当というか、透明人間扱いにされて孤独に暮らしたほうがまだマシだと思う。
しっかし…………あんな状態じゃ無理だよ…………
せめて颯の野郎を捕まえて、俺と林檎の件を片付けて明らかにするんだ。
それまでは、あの家では寝れねぇ。
「…………いいよ……わかったよ、今日はここで泊まってやる。代わりに、この毛布だけ寄越せ」
「いいけど、なんで?」
俺はベッドの上の毛布を引っ張り出すと、アルクェイドのベッドから離れた床に綺麗に強いた。
「人間の常識じゃ、会ったばかりの男と女は同じ床では寝れねぇもんなんだよ。バカが、」
「今、最後に罵倒しなかった?」
「気のせい気のせい。あ、そうだシャワー借りていいか?今日俺まだ風呂入ってねんだよ。つーかお前も寝る前には風呂入れよ臭くなんぞ」
「貴方ねぇ………人間の常識とか言ったクセに、随分と他人に対してデリカシーない事しか言わないわよね」
「どーでもいいよそんなもん。NOって言わないってことは良いってことだな?」
俺は立ち上がってクソ狭い居間と廊下を抜けて風呂場に向かう。
「毛布寄越せだの、ベッドで寝れないだの、風呂貸せだのなんだの………随分とお坊ちゃまね、」
「そーだよ実装お坊ちゃまなんでな。ホントはベッドをお前に占拠されてるだけでもダルいんだよ──────チっ、なんだよこのクソみたいな風呂場。トイレと一緒じゃねぇか。どんなクソ物件だよ、トイレ風呂くらい別部屋にしろよな、」
「はぁ…………憤怒というか、文句の悪魔ね…………」
部屋にはアルクェイドの深いため息が溢れていた。