朝早くから、中村邸の侍女たちは忙しく働いていた。
「さーて!今朝の朝食はどうしましょう〜」
「ひぇぇぇぇー!どいてくださーい!洗濯かご運ばなくちゃー!」
「むぅ………お腹、すいた…………」
「お嬢様、本日のスケジュールでございます。午後からは
「あら………困ったわね。午後の授業は定期試験で特に外せないというのに。…………いいわ、学校終わりに遅れて伺うわ。車は上がりに回して頂戴、」
「承知いたしました。ですが、良いのですか?」
「大丈夫よ。西尾様にも高校生の息子さんがいらっしゃるもの。学業優先だときっとそう仰るわ。それに、あの偉丈夫との接待なんて、ただあの方は若い娘と話したいだけなのだから」
「さ………左様でございますか………でしたら、西尾様にはそうお伝えいたします」
「えぇ。お願いするわね、」
「─────失礼しま、」
林檎は朝いつも通りの時間に起床し、健康観察票を持って白夜の部屋に来た。
…………だが、そこに白夜の姿はなかった。
「────────────」
当然のことだ。
白夜は昨晩に家を出たきり、帰宅してないのだ。
林檎は携帯電話を開くが、白夜からのメールや電話の着信はなかった。
べつに、こんなことは初めてでもない。
絢世と白夜がどうしようもないくらいに喧嘩したときや、白夜と林檎がぶつかった時にも、白夜は拗ねて家を出ていくことだってある。
そういう日はたいてい、友人………菊山紀庵の自宅に泊まって、次の日にはノコノコ帰ってくるのだ。
帰ってくるまで連絡がないことだっていつも通りだ。
しかし、林檎の胸の中では何か胸騒ぎのようなものがしていた。
中村邸の人間だって重々知っている。
───最近の街の『夜』の危険性については。
(──────今まで坊ちゃまに仕えて世話を焼いてきた恩を返せとはいいませんが、迷惑をかけたお詫びくらいはないんですか?)
(──────うるせぇ…………お前の顔なんか、もう二度と見たくない)
白夜はそう言って外に出たきりだが、まるで本当に二度と自分と顔が合わせられないような事態になったりしたら?
「……………ふん、」
林檎の頭を一瞬そんな考えが横切ったが、すぐになくなった。
「一日仕事が浮いて楽なもんね。いいや、どうせ坊ちゃまいないし戻って寝よ」
林檎はそう呟くと、健康記録を部屋の真ん中に放り捨てて白夜の部屋を去り、自室に向かった。
「………………………………………」
その途中、廊下で彼女は携帯電話の着信履歴を見ていた。
白夜からの連絡を待ってたのではない。彼女はふと、調べようとしていたことを思い出したのだ。
「私から坊ちゃまに、昼間に電話来たって、どういう事?」
そう、事件の発端となった……昼間に彼女の携帯電話から知らない男の声で白夜に電話が来たという話。
もしそれが本当なら、昨日の昼間に彼女の携帯電話は白夜に何かしらの連絡をしているということになる。
履歴が消えていたら証明しようがないが、林檎は何か手がかりがないか気になって探した。
別に、どうでもいいことだから解決するつもりもなかった。どうせ間違い電話か何かだと思っていた。だが、この奇妙な話の実態を掴むためには、履歴を見ずにはいられなかった。
自室の扉を開き、履歴を見返す。
昨日の自分からの電話は1件。
13:10………こんな時間に電話なんてかけただろうか?
──────携帯電話の画面にばかり視線が行っていた林檎は気が付かずに、自分の部屋…………
蜘蛛の糸が張り巡らされていた自分の部屋に潜り込んできてしまった。
「ふん………なんの悪戯かしら。携帯電話がひとりでに坊ちゃまに電話かけたとか?まぁいいや………寝よ、」
林檎は携帯電話を置いてベッドに横たわる。
───────ベッドの下から…………青緑色の何かと、赤色の2つの光が蠢いていた。
ゆっくりと動き出したそれは、横になっている林檎の背中のほうからベッドの外に出てくる。
林檎は何一つ気がついていないようだが………
この部屋はすでに蜘蛛の巣まみれになっている。
部屋一帯に紫色の蜘蛛糸が張り巡らされており、すでに部屋中が黄緑色の粘液でべちゃべちゃになっていた。
そうとも知らず林檎は、目に見えてわかるはずのその部屋の異変にすら気が付かずに過ごしていた。
「………………………だる、脱ご」
林檎はベッドから降りて寝間着に着替えようと、鏡の方へと向かう。
その隙に、ベッドの下からその人影は現れた。
「へっ、へへへへへへっ…………林檎お姉ちゃん、可愛いなァ…………普段のキリっとしてる立ち姿も、寝てる時の隙だらけの顔も可愛かったァ…………」
翡翠色の髪に、茶色い学ラン。
その姿を白夜が見れば卒倒しただろう、その姿は間違いない…………阿良句颯の姿だった。
林檎は背後から迫る颯の姿に気がつくこともなく、部屋の隅にある鏡の前にやってきた。
颯は鏡にも映らないほどの床低くを這って林檎の背後ににじり寄ってきた。
「………………はぁ、」
林檎はため息一つついて背中にあるエプロンの結び目のリボンに手をかける。
同時に彼女の背後から、颯の手が伸びる。
(ふっ、ふふふふ……………)
突然、林檎の部屋の扉が開いた。
「あら、そこにいたのね林檎ちゃん」
「あれ、舐瓜お姉様」
偶然部屋の扉を舐瓜がすかしながら顔を覗かせてきた。
その時には、林檎の背後にいた颯の姿はいつの間にかいなくなっていた。
「ちょっとお庭の手入れを手伝ってほしいの、今いいかしら?」
「えぇ…………面倒臭いんですけど…………」
「ごめんね………蜜柑ちゃんはお皿を洗った後に買い出しで、檸檬ちゃんと葡萄は今からお仕事なの」
「庭なんていつもお姉様がひとりでやってるのに、珍しいですね」
「裏の森の枝が伸びてきて、いくつか落とさないといけなくの。もし林檎ちゃんが手伝ってくれたらものすごく嬉しいわ」
嘘である。
舐瓜は本職の庭師も顔負けのガーデナー女子である。
庭の清掃、草木の手入れ、それらすべていつもどんな時も彼女の管轄だった。
(坊ちゃまがおっしゃるには、林檎ちゃんは厄介事に巻き込まれている………最近の街は危ないから、林檎ちゃんを一人にさせるのはやっぱり不安だわ………)
たまたま、舐瓜が気を利かせたおかげで、林檎は間一髪、偶然にも颯の魔の手から離れることができた。
「はぁ…………仕方ないですね………いいですよ、舐瓜お姉様には敵いませんから」
林檎はけだるそうにエプロンを締め直すと、舐瓜を半ば追い出すような形で出ていった。
だが、舐瓜もまた、颯によってひどい有様に変貌した林檎の部屋の異変には気が付かなかった。
他人の部屋にずかずかと上がることのない舐瓜が、呼びかける際に扉を少しだけしか空けなかったせいで、異変を目に入れる事ができなかったのだ。
部屋には颯だけが取り残された。
慌てて扉の裏に隠れていた颯は林檎のベッドに勝手に座る。
「あーあ………ずいぶんと察しのいいお姉さんだね。仕方がない、林檎ちゃんには見えないとは言え、他の人の目があるうちは僕もおいそれと動けない………この部屋で、彼女が帰ってくるのを待つしかないか………」
蜘蛛はまた這うようにしてベッドの下に潜った。
どうせ単なる時間稼ぎにしかならない。言う必要はないと。
舐瓜に見つかるリスクがあるのなら、林檎が一人の所を襲えばいいと。
─────別に、舐瓜に見られたところでどうということはない。
彼をなんとかできるような人間などいないし、そもそも見つかったところで舐瓜を殺してしまえばよかった。
だが、彼のあまりの度を超えた余裕と、気分の高揚は、そんな単純な事すら脳から消した。
殺すまでもない、そう思って彼は林檎の追跡をやめたのだ。
だが、舐瓜が気を利かせて稼いだこの時間が、事件の結末を大きく左右することになるとは、誰も思っていなかった。
「─────────ん、」
窓の外に鳴く鳥のさえずりで俺は目覚めた。
もうすぐ冬が訪れ、鳥など簡単には見れなくなる時期か。
そんな感想より先に、俺が感じたのは床の硬い感触と、いつもと比べてやけに低い天井。
掛け布団はあるが、柔らかな枕もマットレスすらもない。休日に身体の弱い俺を叩き起こす姉貴の姿もなければ、朝っぱらから愚痴と嫌味のハッピーセットを提供してくる林檎の声もない。
普段ベッドに寝て起きる俺の生活とはかけ離れたこの景色への違和感は、俺から寝起きに抱えていた眠気の余波を吹き飛ばした。
「……………そうか、」
俺は昨日、アルクェイドの家に行って、そのまま床で寝たんだったよな。
出会ったばかりの女とは寝れねぇ、つって。
「────────────」
ないほうが良いに決まってるっちゃそうなんだが………あのムカつく林檎の罵倒がないっていうのも、なんかそれはそれで、少しさみしいな。
「………………なわけあるか、バーカ」
精神的に清々する。
こんな事で朝っぱらからたるんでいられるか。
今日はたしか……………木曜日か?
はぁ…………一週間のあいだで一番やる気が出ない日だ。
今日を乗り越えれば、明日は金曜日だ。
今週の週末は近い。
最近の戦闘………おもに血刀の抜刀の疲労が蓄積して身体がひどくだるいが、体調はそれほど悪くはないし頑張って学校に行こう。
鞄と制服だけはあるんだし、たぶんどうにかなる。
「おはよ、アルクェイド」
俺は立ち上がってベッドの方に向き直った。
「………?アルクェイド?」
だが、アルクェイドはびくともせずに、ずっと眠り続けていた。
「…………………………………………」
見た所、小さい、穏やかに。
寝息をしつつ身体はわずかに上下と浮き沈みしているので本当に眠っているようだ。
死んだように安らかな笑顔で眠るその姿はまるで良い夢をみている子供のようだった。
「…………………………………………」
吸血鬼はそんなもんなんだろうか。
いやでも、昨日は普通に朝から俺の前に出てきたしな。
まぁいいや、別に叩き起こす理由もないし、学校にこんなヤバいの連れてくわけにはいかんし、そつとしておこう。
「んじゃ、俺は外出てくるから。また夕方には戻ってくるわ」
俺は書き置きだけ残しておいて、俺が借りていた掛け布団を熟睡しているアルクェイドに優しくかけてやった。
「……………はぁ、」
ここまでする義理あったかな。
いや、あるか。命救われてる身だしな、
「じゃ、行ってくる」
メイド姉妹の誰でもなく、姉貴にでもなく、俺は誰一人として行ってきますを聞くものもなく、見送り手もなく、アルクェイドの部屋を出た。
なんだか不思議な感覚だ。
誰も朝に俺の外出を見送らないなんて。
自分がどれだけ恵まれた生活をしていたのか、この朝だけでもそこそこ実感できる気がした。
────なんでだろうな。
色々失って、シンドい状態だけど………皮肉にも、こんな暮らしが、俺の求めていた『普通の暮らし』というものなのだろうか。
「やっ、おはよう中村。今日はまた一段とした意気消沈ぶりだな。何か悩みがある表情と見た。いや、そもそも気分もあまりよろしくないようだな。疲労が顔に出ているぞ」
学校につくなり、紀庵にさっそく不調を突っ込まれた。こいつとの付き合いはまぁまぁ長い。これだけ一緒にいりゃ、俺の様子の変化にもすぐに見破る。
「おはよう中村くん。昨日は用事があったんだよね。それで疲れたの?」
福原さんも福原さんで、どーでもいいことを覚えているし、それで心配かけてくれるんだから優しいものだ。
「まぁ、そんなところだよ」
「はっはっは。なんだ、心配して損したな。本当に落ち込んでる時のお前は、俺たちを容赦なく突き放してくるんだが、マトモに会話する気があるうえに、体調不良というわけでもないのなら今日のお前はいたって健康だ。登校時間も電車1本分早いしな、これは明日の東京は豪雪だろう」
紀庵は座っていた俺の背後に回り、その細腕で肩もみなんかをしてきた。
あぁ…………うん、葡萄とかがやってくれるのに比べたら、まぁまぁって感じなのだが…………
「あのなぁ、お前俺に対する評価低すぎ………」
すると、教室の後ろの扉からもう一人、音もなくヌッと誰かやってきた。
「あら。皆さん早いですね。おはようございます」
後ろからやってきたのは永月黒依………クロエ先輩だった。
「おっと、クロエ先輩のお出ましだぞやったな中村」
「そうだな。いぇーい」
「いぇーい」
「いや、いぇーいじゃねーわ。俺巻き込むな」
俺は床を蹴って椅子を後ろに下げて紀庵に背中から突撃した。
紀庵はまぁまぁな距離をのけぞった。
「クロエ先輩!おはようございます」
「はい。おはようございます。三人とも元気そうで何よりです」
「なんで先輩が俺らの教室に?」
「あぁ。昨日、俺と福原が教えておいたんだ。別に、他学年や他クラスが入ってはいけないなんて規則はないし、仲間内は朝から集まって談笑するのが青春というものだろう?」
「ふーん」
まぁ、クロエ先輩がいて悪い気はしないし、むしろ楽しいがな。
しっかしマジでクロエ先輩って突然出てくるよな。まぁ予期せぬタイミングで来るというのもそうなんだが、なんか………ほんとに瞬間移動したみたいにヌッ、と出てくるというか。
カンフーの歩法に似た何かでいつも迫ってくるような気がする。
…………古武道でもやってんのか、この人。
「中村くん、昨日は急に体調が崩れたみたいですが、あのあとは無事でしたか?私、心配で心配で………」
「えぇ………すみません、昨日は驚かせちまって………俺、わりといつもあんな感じですぐ体調壊すので、」
それを聞いたクロエ先輩の顔は一気に明るくなった。
「それはよかったです………!もし中村くんが、チーズハンバーグを食べてしまったせいで体を壊してしまったのではないかと思って心配してたんですよ、私」
それ俺よりハンバーグの心配してないか?
「さてさてさて。そろそろ決着つけようか中村」
「何が?」
「ほら、お前の家に今度皆で遊びに行くって話だよ。昨日電話してただろう?いつならOKという話だ、」
………………やっべ。
昨日蜜柑さんに電話したはいいが、色々あってそれどころじゃなかったんだった…………
「………どうにも、最近はうち、会社関連の来客が多いみたいで屋敷がずっと立て込んでるんだよな。うちのメイドたちも、歓迎したい気持ちは山々だが、って感じだ」
「そっかー、中村くんちは忙しいもんね………簡単にはいけないよね」
「なるほどな………家庭の事情とあらば仕方あるまい………」
残念そうにする福原さんはともかく、紀庵が珍しく俺のウソを突っ込んで来なかった。
こいつは俺の嘘をつくときの癖くらいは観察してるだろうに、俺が嘘をついていると言ってこなかった。
ホントは嘘だということに気がついているのだろうが、何か俺にどうしてもそうはいかない理由があるということを察してくれたようだ。
そうなんだよな、こいつこういう所で無駄に良い奴なんだよな。
「商談とかそのへんは、この1週間以内に集中していて、そのうちあらかた片付くだろうから。たぶん来週には予定を開けれると思う」
「そうなんだ。じゃあその時にまた計画しようね!」
「はい。私も、中村くんのお友達になるにあたって、ご家族の方ともあいさつをしておきたいですから」
福原さんとクロエ先輩は俺の異変に何一つ気がついていない様子だ。
まぁ、それならいいんだ。変なこと言って心配がらせられないし、何より今の俺の状況を説明しても一般人には理解できないからな。
「そういえば中村、今日は昼から予定はあるのか?」
「昼?昼は学校だろ。体調崩さなけりゃそのまま6時間目までいるさ」
「ふっ、そうかそうか。6時間目まで、か」
「何がおかしいんだよ、」
「中村くん、知らなかったの?今日は四時間授業だよ」
「なに……?」
そうだったっけか。今日は完全に6時間のつもりでいたんだが。
「ほら、進路のことで土曜日まで三者懇談があるじゃない。土曜日はもともと四時間だけど、木曜日と金曜日も四時間になったんだよ」
「おっとそうか。お前には保護者らしい保護者はいないから、先日に二者面談をしたんだったな」
あぁ……………そういえばそんなこともあったな。
急に放課後担任に呼び出されたと思ったら、進路のことで俺と二者面談になったんだった。
俺には親父もお袋もいないし、姉貴は懇談なんかに寄ってる暇はないから俺に実質的に保護者なんていないんだった。
「保護者がいない………?それって、どういう、」
クロエ先輩が不思議そうな顔をする。
そうか、まだ言ってなかったのか。
「クロエ先輩。こいつ、両親ともすでに亡くしてるんですよ。今は2つ上の大学生の姉と、5人の侍女との七人暮らし。なんで、保護者とかないんですよ」
べらべらとしゃべる紀庵をよそに、クロエ先輩はあっ、と口を開く。
「ご、ごめんなさい中村くん………聞いてはいけない事でした……よね、」
「別に気にしてないですよ。現に、そこのノンデリメガネが気ぃ遣わずに垂れ流すくらいの話ですし」
「で、でも………」
「心配してくれてありがとうございます先輩。でも、今の俺には姉貴もいますし全然暮らしには不自由してないですから。母の顔は覚えてないから悲しむに悲しめないし、親父もいつ死ぬかわからないみたいな状態で生きてたので今更、驚かないというか」
「そうなんだよな、お前は感情的なくせに、こういう所が随分と達観しているんだったな」
ノンデリメガネのことは一旦置いておいて。
俺は正直家のコトをなんも理解していないので、なんか親父が死んだとてそれどころじゃないというか。俺の事故と被る形で親父もこの世を去ったので誰一人としてそれどころじゃなかったようだった。
姉貴も、親父の訃報を聞いてそれほど深く悲しんでいる様子もなかった。
酷い冷血屋敷だ、当主が死んでも葬儀は形式的なものばっかりだったし、まるでみんなめんどそうに嫌々参加していたようだった。
ま、葬儀なんて別に楽しんで来るもんでもないけどな。
「それで、中村くんは学校終わった後どうするの?」
福原さんが言う。
そうだな、学校終わったあとは…………
苑持寺高校に行こうか。颯の姿を追うためにな。
「学校終わったらか………そうだな、人探しに出ようかと思ってる。そうだ三人とも、翡翠色の髪の苑持寺生見かけたことあるか?」
「翡翠色の髪?随分と個性的な髪色だな………俺は知らぬ」
「私も見たことないかも………」
流石にそうか…………
アイツ駅前で見たけど、本来は簡単に人前に出てこないよな…………
逆に、2人が颯に遭遇してなくて良かったと思う。男の紀庵はともかく、美人の福原さんやクロエ先輩だったら大分危なかった気がする。
「なんの人なの?友だちか何かか?」
「まぁ、そんなところ」
「嘘だな。お前は座ってる時たいてい姿勢が悪いが、嘘をつく時だけ背筋を若干直すからな。その顔をみるに………何かトラブル沙汰と見たぞ、」
やっぱこいつには敵わねーな。
つーか、やっぱその様子じゃさっきの嘘にも気づいてはいるようだな。
「はぁ、お前のために嘘をついてもすぐバレるし探ろうとするよな。…………うちのメイドにしつこく絡もうとしてるエロガキがいるんでな、」
「もしかして………す、ストーカー!?だ、大丈夫なの………?」
「あぁそんなところだ。だから一言文句を行ってやろうと思ってる」
「文句言うって………お前とそうやって会ったやつは大抵血まみれになるか、身体のどっかを折られて帰ってくるんだよ」
「物騒ですね………喧嘩は駄目ですよ中村くん、」
クロエ先輩から初めてのたしなめを受ける俺であった。
「先輩こいつ普段こんなボンヤリした奴ですが、中身は超高校級の喧嘩屋ですからね。喧嘩強さと獰猛さでコイツの右に出る奴は少なくともこの街にいませんよ」
「そう………なんですね、」
「商談かなんかの付き添い中に、大人にからかわれてプロの格闘家とスパーリングやらされたら、コテンパンにして病院送りにして関係悪くした逸話は有名だよね………中村くん、」
「その話はいいって………姉貴だけじゃなくて、グループの大人にもクソ怒られたんだからな」
「いやそれは怒られるだろう………」
流石に俺の実態がそういうもんだとは思わなかったのか、クロエ先輩は豆鉄砲食らったような顔をしていた。
「中村くん………意外と、というか、結構………なんか、不良さんなんですね………」
「ちょっととかじゃなくてガチ不良ですよ。まぁ、コイツは喧嘩屋なだけで、曲がったことが嫌いなんで悪事は働かないですから」
「中村くん、そのストーカー、苑持寺生なの?」
「あぁ。苑持寺の茶色の学ラン着てたからな。四時間なら都合がいい。この後学校カチコんで校門出てきた所を捕まえてお話するさ」
「そうか、俺もお供しましょうか兄貴」
「お前みたいなヒョロガリに何ができんだ勝手に来るんじゃねー」
まぁ、次に颯の顔を見た暁には顔骨にバッキバキにヒビ入れてやるつもりだがな。
そんなくだらない話をしていたら、上のスピーカーから予鈴が鳴った。
「───今朝はここまでのようですね〜」
「ですね。それではクロエ先輩、お気をつけて」
「ふふ。ありがとうございます。皆さんもお勉強頑張ってくださいね」
クロエ先輩は教室の外に出ようとブレザーをはためかせて身体を翻した一瞬、俺と視線が交差した。
「────────」
「………………………………」
見つめ合った一瞬で、クロエ先輩は俺に向かって子供のように無邪気に微笑んだ。
先輩は教室から退出した。
「…………随分と場慣れてるよな、あの先輩」
「まぁな。あの様子では同級生の友人などたくさんいるだろうに、なにゆえに下級生との時間を優先するのだか」
「でも、それだけ私たちのことを好きになってくれてる、ってなんだか嬉しいね」
「いや別に……たんに生徒会メンバーだからじゃないか?同じ部のよしみだろ」
「そうだ中村、お前も生徒会………」
「やんねーよ」
「………………………………………………」
クロエ先輩は廊下を無言で歩き、自身の教室へと戻っていった。