『月姫』を識る者   作:マジカル赤褐色

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Chapter 1 真祖の姫
10月17日 /  治安の悪い通学路


 

 

「ん─────ぅぐ、」

 

 

俺はまどろみの縁から目を覚ました。

手元の時計は7時20分を指し示していた。

 

 

「────────────」

 

 

俺はベッドに潜り、瞳を閉じて思案する。

 

今日は平日だ。

平日は学校に登校しなければならない。

 

苑持寺は広いため、俺の学校は最寄りの駅から電車に乗って二駅跨がなければ徒歩では到底行けない。

 

その電車が来るのが7時35分から40分。

電車に乗ってからは短いが、駅まで着くのにだいたい15から20分ほど所要するのだ。

 

 

「───────────はァッ!?」

 

 

俺はようやく、自分が大寝坊をしたという事実に気がついた。

 

例のごとく起立性調節障害のため朝に弱いのが俺なのだが、この緊急事態に脳が警鐘を鳴らし、さすがの俺も一発で飛び起きた。

 

 

「そんなバカな…………!?林檎が毎朝起こしてくれるのに…………!!」

 

 

俺は掛け布団を蹴り飛ばすように起き上がってみると、真正面で腕を組みながらこちらを睨みつけている林檎と目が合った。

 

 

「おい、林檎!お前、なんで今朝は起こしてくれなかったんだ!」

 

 

俺を起こすのは林檎の仕事だ。

それは従者としての仕事としてだけではなく、そもそも身体の弱い俺の体調に問題がないかのバイタル管理を任されているという意味もあって、あの姉貴が公認で林檎に命じるほどの重大任務だ。

 

林檎が不調なら、姉妹の他の動ける者が代わりをする。主に医事担当の葡萄(ぶどう)とかが代わりを務める。

とにかく、そういう特例に応じたルールまで設けられているくらいの事だ。

それをコイツは、今朝ほっぽりだしやがった。

 

 

「昨日の坊ちゃまの眼…………」

 

「は…………?」

 

「舐瓜お姉様がいるからって、散々いい気になってましたよね。あたかも………『舐瓜さんは優しい………好き!それに引き換えコイツときたら………』と言わんばかりに、」

 

「──────────────」

 

 

───────それは、9割がた図星ではある。

 

 

「なので、一旦坊ちゃまには自分の立場を理解してもらおうと思った次第です。私がいることのありがたさと言うのが身に沁みましたか?」

 

「こ…………こんの…………」

 

 

やりやがった………まんまとしてやられた…………

 

 

「…………安心してください。私も鬼じゃありませんし、ちゃあんと健康状態の記録は取ってましたよ。起こさなかっただけで、ちゃんと私はいつも通り自分で早起きして、ここでバカヅラ構えてグースカ寝てる坊ちゃまのバイタル記録取ってましたんで」

 

 

林檎は今朝の記録をしっかり見せびらかしてきた。

たしかに、記録の方はまったく怠ってないようだ。それはそれでなんかありがたいっちゃありがたい。

 

しかし林檎はなんと、いつも通りに役目はしていたが、わざと俺を起こさなかったのだ。

酌量の余地は微塵もない完全にわざとだ。

 

 

「坊ちゃまに万が一の事があったりしたら、責任問われるのは私ですからね。坊ちゃまに噛み付かれるのはどうでもいいですが、お嬢様のお咎めを受けると最悪の場合姉妹まとめて解雇沙汰…………お姉様がたやお嬢様に迷惑はかけれません」

 

「そのためにお前は今俺を売りやがったのか…………しっかり主人に迷惑かけやがって…………」

 

「ふん。悔しかったら一度でも私が部屋に来る前に起きてみてください、寝坊っちゃま。あ、そうそう、ちなみに私がいつもお持ちする制服も、今日は【うっかり】忘れてきてしまいましたので」

 

 

林檎は冷たく吐き捨てるようにそう言うと、一礼して荒々しくドアを開けて閉めもせず立ち去った。

 

 

「畜生…………あんの野郎…………!!!」

 

 

俺は一発だけ枕をぶん殴った。

怒りたいのは山々だが今はそれどころじゃない。早く着替えて家を出なけりゃ遅刻する。

 

遅刻だけは絶対ナシだ。

 

俺みたいな体調が悪くて学校を早退したり、休むような事も少なくない不良が、今さら遅刻がどうのって話になるかもしれない。

 

だが大事なのはそこじゃないんだよ。

 

今日遅刻して家に帰ってきたらどうなると思う………!?

 

 

 

 

(それで………?坊ちゃま、学校には間に合いましたか?)

 

(うっ……………ぎ、ギリギリな…………)

 

(へぇ……………学校にお問い合わせすればすぐに分かりますよ、)

 

(ぐっ……………あ、あのな、お前……………)

 

(あれだけ私の前で生意気していたけれど、やはり坊ちゃまは私がいないと、なーんにもできないんですねぇ…………)

 

(り、林檎てめぇ…………!)

 

(やーい、よわよわ坊ちゃま〜)

 

 

 

 

「ぐがあああああぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

想像しただけで蕁麻疹出てきやがる!!!

 

歳の同じ女の子に、しかも部下に。

こんな好き放題煽られちゃ、俺のメンタルが持たねぇ。

 

というか、林檎に舐められているという事実が一番ムカつく。

 

 

「クソっ……………急がなくちゃな、」

 

 

だいたいな、俺だって自分で料理できんだよ。

姉貴やメイド姉妹たちにも絶賛され、あの炊事担当である蜜柑(みかん)さんにも『坊ちゃまの腕には敵わない』と言われたぐらいの腕前なんだぞ。

 

─────まぁ、中華しか作れないんだが。

 

 

俺は鞄を持ち、制服を取りに下の部屋に移動する。

 

クソっ、こういう時にこそ三階建ての屋敷であることが腹立たしい………!!!

 

俺はドアをぶち抜いて廊下に飛び込む。

 

 

「いぃぃひぃぃぃぃっ!!!ビックリしたーッ!!!」

 

「ぐぉわっ!?」

 

 

俺は真横から突撃してきたものに弾き飛ばされて廊下を転がった。

世界が一周したような感覚に覆われた。

 

周囲には洗濯の終わってない服が散乱してしまった。

 

 

「ひゃぁぁぁぁっ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!今すぐ片付けますから許してください白夜さまーっ!!!うえぇぇぇぇぇん!!!」

 

 

散らばった衣類を大急ぎで拾い集めているのは、金髪に黄色の服のメイドだった。

 

顔立ちは林檎や舐瓜さんによく似ている。

 

 

「あーあの、なんだ、檸檬(れもん)。俺はまだ何も言ってないんだが…………」

 

「はいぃっ!!でも、絶対怒られるじゃないですかー!!怒られるの怖いしイヤなんです!!昨日もあの舐瓜お姉様にすら怒られちゃったし、私ってばいつもいつもこんなくだらないミスばっかりしちゃうから、もし白夜さまにまで怒られたら私、もう味方いないんですよー!!」

 

「あー………うん。そいつはそのなんだ、わかるぞ………意味は…………悪い檸檬、朝から騒がないでくれると助かる…………さっきから、耳がキンキンする…………」

 

「ああ、あぁぁぁっ………ごめんなさいぃ、すみませんすみません!私ってばまた白夜さんが朝は体調が優れないことをずっと忘れて一方的に話しちゃったー………!!!」

 

 

朝っぱらから騒がしい…………このメイドは檸檬。

メイド5人姉妹の末っ子。

この通り、ドジっ子でおっちょこちょいで、すぐに怒られては謝らされてまた同じミスを繰り返す、よくある仕事できない子だ。

 

─────てか、あの舐瓜さん怒らせるって一体何したんだよマジで…………

 

この家では洗濯を主に担当している。

というのも、こんなヤツ厨房に立たせられるわけがない。家がガスコンロで全焼する。

それにあんな広い庭園の管理なんて任せられるわけがない。迷子になって泣くのがオチだ。

他のみんなにも役目はあるが、檸檬だけ消去法に近い形で役柄が決まった。

 

ただ、細かい作業が苦手なように見えて意外と手先は器用で、裁縫なんかが特技。

 

事あるごとに大騒ぎしては耳がキンキンするし体調悪くなるので俺としては苦手な部類にはいるのだが、ホントは良い奴である。

 

根は臆病だが心優しくて気配りができて、誰かの力になることが大好き。

なのに、誰かを助けようとしてかえって足を引っ張って空回りして、感謝されるはずがむしろ怒られる。

その可哀想なまでのあまりな運命力の低さには、流石の俺も腹の内では同情を隠せない。

 

 

「俺も拾うの手伝おうか…………?」

 

「やーです!!!自分した事の始末は自分がつけないとやです!!!それに、下着類とか混じってたらどうするんですかー!もっと考えて言ってくださいよぉー!……………きゃあっ!私ってばまた大声出しちゃった………もうダメかもしんないです私ー!!!」

 

 

無限ループかコイツは。

 

 

「ふえぇぇん…………メイド失格ですぅ…………もう辞めようかな私、私じゃなくても洗濯なんて誰でもできますよねぇ…………!!」

 

 

頼むから泣かないでくれ。

今は俺が一番泣きたいよ。

 

赤ん坊がよく泣くのは常に悲しいからではなく、泣くことしか感情を表現する方法がないからだ。

 

おむつに溜まったモノの不快感、空腹感、眠気、こうしたストレスに対して俺たちは便意や空腹、眠気を表現することができるが、赤ん坊はその機能がまだ未発達なため、それらは『泣く行動』という一つの大きな枠組に分類されるのだ。

 

何が言いたいかっていうと、俺は今この状況に対してどう対応したらいいか分からないので泣く行動に分類したい。

 

 

 

「…………あいだッ!」

 

 

その時、俺は後頭部に強い衝撃を感じた。

誰かに背後からぶん殴られたようだ。

 

 

「白夜、ころす…………檸檬、泣かせた、」

 

 

俺の背後にはいつの間にか紫色の髪のメイドが怒気を放ちながら無表情で立っていた。

 

どうやら俺が檸檬をイビって泣かせたと勘違いしたみたいだ。

 

 

「ぶ、葡萄(ぶどう)………!いつからそこに………」

 

「林檎、健康記録、もってきた」

 

「あぁ…………俺の定期検診?」

 

 

葡萄はこくり、と頷いた。

 

 

葡萄はメイド5人姉妹の次女。檸檬と林檎と蜜柑さんからしたら姉にあたる。

寡黙で非常に影が薄く、声も小さいし言葉も途切れ途切れで、意思疎通が取りにくい。

しかも常に無表情。

 

ただ、意外と感情的ではあり、喜んだり怒ったりしても顔に出ないだけでテンションでけっこうわかったりはする。

嬉しいときは無表情でぴょんぴょん跳ねたりするのでそれはそれでマジ不気味。

 

主に医事が担当。

俺や姉貴、姉妹の健康管理をはじめ、室内の空調の点検や調整なども行っており、部屋の温度や湿度を計測している様子をしばしば見かける。

影が薄いので、仕事しているのに居ることに気が付かないことも多々ある。

 

林檎にもぶたれたことないのに、葡萄は普通に殴り蹴りしてくる。

俺は基本的に男女平等パンチではあるものの、家族に手を上げる事は、姉貴を除いてしたくないので反撃はしないようにしている。

 

ちなみにこの家でのヒエラルキーは葡萄が最強。

 

当主である姉貴ですら葡萄を怒らせたら最期、タコ殴りにされる。

しかもその場で殴ってくるんじゃなくて忘れた頃に背後からやってくるからガチ。

 

 

「ご、誤解だって葡萄…………!檸檬がいきなり一人で泣き出したんだって…………!」

 

「………………………………………」

 

 

葡萄は黙って俺を見つめてきた後、ハンガーにかかった俺の制服を出してきた。

 

 

「お、おい?」

 

「…………これ、」

 

「お前が………持ってきてくれたのか…………?」

 

(こくっ、)

 

 

葡萄から制服を受け取り、俺はありがとうと言った。

 

しかし、わざわざ部屋まで引き返す時間もねぇ、もうこの場で着替えるしかねぇか………!

 

 

「わ、悪ぃ、ちょっとここで着替えるわ!」

 

「うぇ……っ!?」

 

 

葡萄の間の抜けた驚きをよそに俺は寝巻を脱いでシャツとズボンを身につけ、ジャケットを羽織る。 

そして寝巻をどさくさ紛れに檸檬が運んでた洗濯カゴに突っ込む。

 

 

「ぁ…………ぁ…………」

 

「ぐすっ………ふぇ?何かありました?」

 

 

葡萄は珍しく表情を真顔以外の形に変えて固まっていた。

 

 

「じゃ、ちょっと急ぎで行ってくるわ」

 

「………………うん、」

 

 

俺は階段を飛び降り気味に駆け下りる。

 

降りてる途中、上からおにぎりを投げつけられた。

 

 

「なっ、朝飯行きながらこれ食えってか!?いつの間に誰が作ったんだ!?」

 

「蜜柑、」

 

 

階段の上から葡萄が顔を出して答えてきた。

 

 

「蜜柑さんか!頼む、俺の代わりに礼言っといてくれ!!!」

 

(こくこく、)

 

 

手を振る葡萄と大声で「いってらっしゃいませぇぇぇぇ!!!」と叫ぶ檸檬に見送られながら俺は階段降りた正面にある玄関に突撃し、扉を押し開けて外へと飛び出して行った。

 

 

「……あ、今日、午後、雨………ん、白夜?」

 

「いや、今見送った所じゃないですか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1995年、10月17日、火曜日の朝。

天気は呆れるほどの快晴。

 

今日この日、俺は遅刻ギリギリに家を飛び出した。

俺は身体は弱いが生まれつき運動神経が良く、陸上部にスカウトされる程度には脚が速いので、このままのペースを維持していればギリギリ間に合うだろう。

 

 

この苑持寺町は2つの区画に分かれている。

古くから住宅街や歓楽街のある苑持寺東。

そして、もうすぐ訪れる2000年の曙へ向けて再開発によってまだ道路や建物が綺麗で真新しい苑持寺西。

 

この2つは例のごとく苑持寺の真ん中を切り裂くように流れる川で隔てられている。

 

そういや…………例のオカルト話ってのも、物騒な件の大半は西で起きているって話だったな………

 

 

 

「──────ん?なんだありゃ、」

 

 

俺は走っている途中、向かい側の道路に何かいるのを見つけた。

 

児童公園に3人の男たちが集まっていた。

真ん中にいる少女を取り囲むようにして並んでいた。

 

 

「あの茶色い制服、苑持寺高校の奴らだよな」

 

 

今どき学ランねぇ…………いや、公立ならそう制服の形がコロコロ変わることもないだろう。

けど、彼らも今日は学校ではないのだろうか。

 

こんな朝から公園で何やってるんだ?

 

俺は気になって道路を横断し、公園に近づいてみることにした。

 

 

 

 

 

 

「なァ、オイ………さっきからずっと下ばっか向いてねぇでなんとか言えやオラ!」

 

「テメェ、自分が何したか分かってんのか、アァ!?」

 

「で、でも…………」

 

「でもでもでもでも、って!なんなんだよ!」

 

 

何やらお取り込み中のようだ。

 

 

「とりあえず慰謝料な。先公に顔ぶん殴られた分のな。まぁ……計算してみっと100万ってトコじゃねぇか?」

 

「払えねぇ額ってほどでもねェよなぁ、なぁ?ちょっとバイトすりゃあ貯めれねぇ事もねぇし、なんなら親に出してもらったらどうだ?「お宅の娘さんのせいで、俺たち傷害に遭ったんですけど」ってな!」

 

「そりゃあいいな!な、な、どうなんだよ、どーする気だよ?なぁ、おい?」

 

 

少年の一人は女子の右肩をつかんでグラグラ揺らす。苦しそうにしながらも少女はうつむいたまま黙っていた。

 

 

「これに懲りたら、もう先公にチクるなんてバカな真似はよしときな………?」

 

「本来は100万だが、ここは迷惑をかけたお詫びの気持ちで、150万は出すのが相場ってもんだよな、それが礼儀だよなァ?」

 

「そ、そんなお金…………私、」

 

「だーから、家のカネ持ってくりゃいいっつってんだろ!!!それともアレか?親を庇ってるつもりか?テメェみてぇなドクズが?あ?」

 

「まぁまぁ、親に迷惑かけたくねぇって娘心ぐらい汲んでやれよぉ…………」

 

「け、ケドよ…………!」

 

「だったらいい稼ぎ場教えてやるよ。先輩がソッチのほうには詳しいんでね。今お前がやってるバイトよりも、ぜってぇ稼げるぜ?」

 

 

 

「──────それ、どうせソープにでも出すってんだろ?」

 

 

「ハハッ!わかってるじゃねぇか!こいつ性格には難アリだが、顔と身体だけはけっこう悪くねぇぞ。こりゃ、売り出しモノとしちゃあ、合格点って所じゃねぇか?」

 

「って、お前誰だよ!?」

 

「……………あ?」

 

 

 

下卑た会話だ。

途中まで聞いていて損した。

 

俺は既に連中のところまで来ている。

 

 

「テメェ、何の用だよ、」

 

 

3人の男たちの視線は一気に俺の方に向いてくる。

 

 

「朝っぱらから男3人で寄ってたかって女の子イビって忙しそうだな、高校生を売りに出すって?立派な犯罪だからやめときな、」

 

「なんだよ………てめ誰だよ?」

 

「カンケーねぇやつは引っ込んでろ………ぶっ殺すぞ…………」

 

 

あーあー。きっかり盛っちゃって。

面倒な連中だ。

 

 

「関係ねぇけど、見てて胸糞悪いんだよ。テメェらがクズだってことは十分わかったからそんぐらいにしとけ、女の子一人にこんな大勢で本気ンなっちゃって」

 

「あ…………?」

 

「コイツ舐めてんな、」

 

「まぁまぁ、止せよぉ………お前ら」

 

 

この3人組の頭と思われる男が俺の目の前に躍り出てきた。

 

 

「ハッ、ダッセェ髪色だよなぁ。赤だぜ?こんな赤毛、どーいう神経して染めたってんだ!勇気あんなァおい、カッコいいとでも思ってんのか?」

 

「ッ…………るせぇ、地毛なんだよコレ」

 

 

 

気にしてる事言うな。

ウチには色々ワケがあるんだから生まれつき赤毛なんだよ俺は。

しかもオレンジみたいな赤じゃなくて、血のようなマジの深紅だからな。

 

 

 

「はっは!!だったら黒に染めろよ!!なぁ?テメェみてぇな三下が色気づいちゃって、恥ずかしいなァオイ?」

 

「………………ふん、」

 

 

「はっはっはー……テメェなに鼻で笑ってんだ?」

 

 

「いや。自分より弱い相手にしか意気がれない、しかも仲間がいないといけないお前らに三下とか言われても、笑えるだけだなって思ったんだよ、なんか文句あんのか」

 

「テメェ…………オイお前ら、」

 

「おぅ、」

 

「マジこいつやるわ、」

 

 

 

あーあー。素人がそんなやっちまってよ。

相手を選ばなすぎだろ…………

 

 

「オイ、逃げんなって。もうちょっと話そうぜ。恐喝と暴力しかできねぇのかテメェらは、」

 

「るっせぇ!!!ぶっ殺す!!!」

 

「舐めてんじゃねぇぇぇっ!!!」

 

 

そう言って取り巻きの二人がファイティングポーズを決めた。

ダメだなこりゃなに言っても分からないようだ。

 

だが、そうしてくれたほうがこっちとしても助かる。

なんせ、俺も不良とは言え根は善人なもんでね。

更生の余地のない奴らなら、殴っても罪悪感が湧いて来ないんでな!!!

 

 

「───────────」

 

 

俺は黙って構える。

 

 

「お?なんだ?そりゃ?アチョー、アチョー!ってか?」

 

「ガキがハッタリかましてんじゃねぇぞ………?」

 

 

俺は黙って挑発するつもりでニヤけ面で手招きする。

本場の人間からしたら構えだけでわかるが、素人の場合はハッタリかどうか、やってみるまで分かんねぇんだよ。

 

 

「ちょ、マジこいつやるわ」

 

「顔面ボコボコにしてテメェから足りねぇ分のカネ巻き上げてやんよ!!!」

 

 

まず一人が一直線に俺に殴りかかってきた。

 

 

「なってねェな、オイ」

 

 

瞬間的に俺は身体を横にずらし、右肩を相手の胸に当てるようにして座標をずらし、欠伸が出るような激遅右ストレートを回避した。

 

 

「なッ…………!?」

 

「オラァっ!!!」

 

 

そのまま伸び切った腕を背負い、強烈な一本背負いを決めてやった。

さらに投げた余力でその顔面に右肘ぶっ刺す。

 

 

「ギャァァァァァァッ!!!」

 

一撃で一人再起不能。

横隔膜に衝撃が入った上に、鼻っ柱砕かれたらそうそう立てないだろう。

 

 

「て、テメ……えっ!!!」

 

 

間髪入れずもう一人がやってくる。

 

ボクシングのコンビネーションを連続で打ち込まれる。

すべて捌ききってはいるが、ずいぶんと使えるようだな…………なかなか入り込む隙がねぇ、

 

 

「オラオラオラァっ!!!」

 

 

とはいえ……………足元がお留守だな!!

 

 

「そこだッ!!」

 

 

外腿に向かって思いっきり爪先の蹴りを浴びせる。

外腿は人体の急所。衝撃が一点に集中すれば足を壊せるくらいには柔らかい部分だ。

 

 

「ぐうっ!?」

 

「ハアアアアアアアーッ!!!」

 

 

連携が崩れた所に、土手っ腹に強烈な発勁を食らわせてやった。

 

 

「ぐおぉぉぉぁぁぁぁっ!!!」

 

 

漫画みたいに吹っ飛んで街灯に背中を打ちつけた取り巻きもすぐに動けなくなった。

 

 

「ふぅ………………」

 

 

骨のない連中だ。

まぁ、直感でだいたい分かってはいたんだが。

 

ラスト1人もあっさり片付──────

 

 

 

「うっ………………ッ!?」

 

 

嘘だろ…………まさか、今ここで【アレ】か!?

 

 

「ぅ、うんぐ…………ぅ、っ、」

 

 

長時間日光の下で激しい運動をし続けていると、こうして酷い立ちくらみが起きてしばらく動けなくなるんだ。

意識もかなり朦朧としている。

 

た、立てない。

 

立つという意思はあるのに、脳が立てという信号を流しているのに、足にはそれが聞こえていないかのように立てない。

 

 

「オイオイ、あとちょっとだったってのに残念だったなぁ、」

 

 

真横から金属音がした。

まるでナイフの刃が飛び出したかのような音だ。

 

 

直感で切っ先がこちらに向いていること、そしてそれが徐々に迫ってきていることも理解している。

 

避けなければならない、対処せねばならないというのに…………なぜ、この身体は言うことをロクに聞いてくれねんだ…………!

 

 

「仲間のぶんの慰謝料もテメェの財布から抜き取ったあと、テメェの身柄をダシに、身代金代わりに400万ほど請求してやらぁ!!!」

 

「ふーっ………ふーっ………うっぐ、」

 

 

よし、立てる─────!!!

 

だが…………しかし…………間に合わねぇ…………!!

 

 

 

 

「もらったァァァっ!!!」

 

 

 

 

 

「うるぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「がぁぁーっ!!」

 

 

一発ナイフ貰うのを確信して、せめて急所外すようにと覚悟を決めていた時に、運よく俺の前に思わぬ助けがやってきた。

 

 

「おぉいその制服、苑持寺(ウチ)の学校のヤツじゃん。どこの組のモンだ?何年?」

 

「いってて…………何しやがるいきなり木刀でぶん殴りやがってこのクソ…………え、は?」

 

 

ナイフを持ち出した少年は助けの手の姿を見て固まった。

 

まぁ………無理もないだろう。

 

 

「────ナイフ持ち出してきたのはそっちじゃん。あたしのかわいい弟分に手ェ出すたぁ、てめぇ、覚悟はできてんだろーな?」

 

「は、お、女!?」

 

 

俺を助けに来たのはなんと女だったのだ。

 

紺色のセーラーと、苑持寺の特徴と言ってもいい、紳士の夢・ミニスカートとはむしろ逆のクソ長スカート。

そこまではただの制服なのだが…………なんとその女は、セーラーの前をかっ開き、その下は裸にサラシ1枚というなんとも時代錯誤でアレなスタイルでやって来たのだ。

 

女はそのまま、手に握った木刀で尻もちついて固まっている少年を容赦なくメッタ打ちにしてしまった。

 

 

 

 

 

「がぷぁ……………」

 

「女だからってナメてっと、痛い目ェ見るよ。苑持寺のモンなら覚えときな、苑持寺連盟名代・一尺八寸(かまづか)桂音(けいね)………あたしらはいつでもてめぇらを見てるよ。今度また怪しい動きしたら…………そん時は本職の拷問すらも生ぬるい生き地獄を見せてやるから覚悟すんだね、」

 

「は、はひぃ………………」

 

 

─────まぁ何はともあれ、【穏便に】済んだようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、『ハク坊』。危ないトコだったね、朝早くからケンカとは随分と元気じゃん。お姉さん嬉しいよ」

 

「けいねぇ()こそ、()ってて満更でもなさそうだったように見えたがな、俺は。あと、俺はお前の弟分(おとうと)になった覚えはねぇぞ。厄介姉貴は、一家に一台で十分だ」

 

「ま、そう硬いこと言いなさんなって。これでもラーメンとか散々奢り合って、ピンチを助けてやって、あんな事やこんな事もしたご近所さんの間柄だろ?」

 

「ご、誤解されそうなコト言うんじゃねェよ!」

 

 

一尺八寸桂音はさっきボコした苑持寺の3年生で、イケイケのスケ番だ。

苑持寺高校の治安が悪い元凶でもある苑持寺連盟とかいう、苑持寺生による学生グループの名代、つまりトップ2にいる人間だ。

 

けいねぇの自談に曰く、彼女は苑持寺連盟の幹部格になった、史上初めての女子生徒らしい。

 

そりゃ…………俺も自分を真面目君じゃあねぇとは思うが、いくらなんでもヤンキー組織には属してねぇぞ…………

ま、けいねぇは頭がキレねぇのに幹部格にいるっていう事は、やっぱ腕っぷしは本物、ということらしい。

 

前に俺、冗談半分で「身体使って接待でのし上がったのかよ?」って訊いてみたら木刀でタコ殴りにされた。

アレは人生で一番痛かったと思う。

交通事故以外で一番身体にダメージ与えた出来事だと確信できる。

 

 

「ンで?ハク坊もこんなトコで油売ってて良いの?ガッコ、もう始まんじゃないの?」

 

 

───そうだった。

俺、今日遅刻ギリギリで家出たんだった…………

 

こんなところで時間ロスしたせいで遅刻が確定してしまった。

 

 

「ンな事だろうと思ったよ。あんた、朝弱いもんな。な、な、駅まで送ってやろうか?そこにチャリあるから」

 

「お前その格好で自転車跨ってんのかよ」

 

 

色々問題ありそうだな。

バイクじゃねーだけまだマシかもしんないけども。

 

 

「どうせ駅まで坂道続きなんだ。ただでさえ走るの遅くなるんだからチャリのほうが速いって」

 

「まぁそりゃそうだがよ、」

 

「あたしチャリ通学(ツウ)だから途中まで送るよ、遠慮すんなって、あたしとあんたの仲だろ」

 

「ま、そうだな。ここはお言葉に甘えてやるとするか」

 

 

そういう事で、俺の今日の通学はけいねぇのチャリに相乗りってわけだ。

 

やや不本意めな結果となっちまったが、それでもこれなら学校に間に合うだろうな。

余計な時間食っちまったが、おかげで早くなった。やっぱ人助けはするもんだよな。

 

 

 

「あっ、あの…………!」

 

 

俺とけいねぇが助けた少女が俺たちを呼び止めた。

 

 

「あ、ありがとうございます…………!」

 

 

さっきまで追いつめられていた所を、助けられて明るい顔に戻っていた。

 

 

「……………また困ったことがあったら、あたしの名前出しな。行こうぜ、ハク坊」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

「あばよ!可愛い子ちゃん!礼ならハク坊とデートしてやんな!」

 

「余計なコト言ってんじゃねェぞけいね………ぐあぁぁぁぁぁ急発進すんな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か…………カッコいい……………」

 

 

 

 

 

 

 

「ちょちょちょちょちょちょけいねぇ!!!スピード落とせ!!!」

 

「あ、ごーめん!このチャリ1年前ぐらいから壊れててブレーキ利かないんだわ!2人乗りしてるし足じゃ止まれないからもう平地に降りて減速待ちするしかないね!」

 

「おいおいおいおいまーじかよォォォッ!?」

 

 

 

時速50キロ近いスピードで駆け抜ける俺たち。

 

最高に青春しているが、俺からすればただただ酔うし危ないしで良いことなしだった。

 

 

 

なお、こんな思いはしたが電車には乗り遅れた。

 

 

 

 

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