4時間目の授業が終わり、昼休みとなった。
「さて…………紀庵と福原さんは仕事あるつってたし、今日は俺一人か」
俺に友達と言える友達なんてあの二人しかいないので、こうなると俺は行き場がない。
しゃーねぇか…………今日は一人で飯食うしかねーよな。
この学校は学食が美味い。オープンスクールに来た時に解放されてたんで行ってみたら、なかなか悪くなかった。蜜柑さんの作る愛情たっぷりプレートには幾億光年か及ばないが、それでもこいつが五百円玉1枚で食えるとなると、それにしちゃ破格だってことはわかる。
俺だって曲がりなりにも名家の長男だ、中村グループの接待とか、仕事回りの会合の付き添いとかで、高級フレンチとかは姉貴の付き添いで行ったこともある。
一般人よりか舌は肥えているほうだ。
その俺が保証しているんだから間違いない。
少なくとも、どれもコレも500円で食えてそれが学生じゅうにホイホイ配られてるってのは、異常事態と言っていいだろーな。
さて。んなこと考えてるうちに、ついたぜ食堂。
俺たちは普段ここに集まって昼食を摂っている。
そもそも校舎が広いんだが、食堂もそこそこ広くてだな。デパートのフードコートぐらいの広さは持ち合わせている。
品揃えもかなり豊富。ラーメンやカレーにうどんに焼きそば、それから丼みたいな学食の定番をはじめ、中には出てくるまで時間はかかるがオムライスなんかもあったりする。
やれやれ…………どこに力入れてるんだか。
たっけぇ制服代とかが、これの維持費用のために使われていると考えると、一般の保護者からしたら悲鳴モンだよなぁ。
「あら、中村くんじゃない。お友だちはどうしたの?」
ま………この通り髪色が赤じゃ、食堂の人だって嫌でも顔は覚えるよな。
「どうも、ご苦労さま。あいつら今日は仕事があるみたいなんで、今日は俺一人で来たって事」
「そうだったの〜。生徒会は大変なのね、昨日のと同じでいいかしら?」
「ったく………食堂の母さんにゃ敵わねーな。けっこう俺いろいろ食うのに、顔見ただけで何が食いたいかわかるんだもんな。しかも俺に限らず、常連生徒なら全員だ」
「ふふっ、そらそうよ。この道何年やってると思ってんのよ。そら、できたよ。うっかり多めにしたけどサービスだと思って頂戴」
俺のお気に入りはこの塩ラーメン。
…………なんだが、こいつはちと裏メニューみてーなもんでよ。
食堂の母さんたちが言うにゃ、食堂の食材ってのはどうにも余っちまうらしくてな。合わないときはこうやってオマケしてくれたりしてるんだが、俺は特にそん中でもバターに目をつけた。
ダメ元で、塩ラーメンにバター入れてくんねーかって頼んでみたらまさかのOKしてくれた。
これが味噌や豚骨なら美味くは行かなかったろう。ただ、醤油や塩みたいなあっさりとした味のラーメンなら、バターとごま油がいい味を追加してくれるので俺にとってそれが一番のお気に入りってこと。
以来、塩ラーメン行くときは毎回バター入れてもらうようにしてる。
「──────しっかし、今日はまた一段と混んでやがるな」
普段は紀庵と福原さんが付いてくるから誰かが席を見てくれているんだが、今日は俺一人だ。
俺が並んでるうちに席が埋まってしまったようだな。
やれやれ………こーなっちまったら仕方ねぇか、
誰かの席で相席させてもらうか、それかどっか空くの待つしかねーよなぁ…………
「…………いや、それはないな」
制服着崩して髪色赤のやつがいきなり隣に来たら問題あるだろ。
他所様に迷惑はかけらんねーしなぁ………しょうがないから誰か空くの待つしかないか………
「はぁ…………腹減ってくる。さっさとしねぇとラーメンも伸びちまうよな」
トイレが近くて限界って時になかなか近くにトイレがなく、やっと着いたと思ったらトイレに近づいた途端に尿意が余計に近くなる、ってやつだよな。
やっと飯だと思ったら、飯はあるのに食う場所がねぇ。そして俺はこの状態で立ちんぼ待ち。
たかが5分10分の辛抱とはいえ、日常においてはこれ以上となく耐え難い拷問だと思う。
こうして賑やかな食堂で立ちつくしている中、俺は鼻腔に重厚感のある熱と突き刺すような肉の香りを感じた。
(あーもぅ、ったく!人が腹減ってるって時にハンバーグ食ってる奴は誰だ………!余計に腹空いて来ちまうだろーが!)
カレーとか肉じゃがとかってマジですげぇよな。
匂い嗅いだら最期、その日の飯は絶対にその料理にしなくちゃいけなくなる。
登下校中に民家から溢れるのその匂いを嗅いだら終わりだ。帰ったら蜜柑さんトコ直行してリクエストだ。
俺は背後からいじらしく空腹の俺を手招くように襲いかかるハンバーグの肉の香りと、熱した鉄にその切れ端を押し付ける時の肉汁が弾ける音を感じ、背後を振り向いた。
「─────────────」
そして、俺はそこで信じられないものを目の当たりにした。
俺の向いた方向にいたのは、一人で優雅にハンバーグを食す女子生徒の姿だった。
周囲にハンバーグはない。確実に、どう考えても、この匂いと音は彼女の手元から発していたものだった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
問題は、その女子生徒の容姿だ。
なんと彼女の髪は青く整ったロングヘアー。
ヘアバンドを頭につけたその洗練された出で立ちは、俺の赤髪とは本質から違っていた。
まるで西洋人と日本人のハーフかってくらいの綺麗な白肌。
それに、姉貴と同じくらい食いっぷりが綺麗だぞこの人………
俺も幼い頃から食事のマナーにはうるさくされたが、ハンバーグの正しい食い方なんてあんまりわからねぇ………ナイフとフォークが使えるだけだ。紀庵と福原さんと三人でハンバーグ屋行くことはあるけど、あのちっこい鉄板使ったことないな。
でも、ハンバーグの極意を知らぬ俺でもわかる。
本能的にわかる。
アレは絶対に、100点満点のハンバーグの食い方だ。
だって、ハンバーグを食う女子生徒って、言い方によってちゃ肉食い女、ひどく言うならただのデブだぞ。
それをあんな洗練された食い方しやがる。
どっかの高級フレンチかよ………?
フレンチコースの食器は初期位置として左右にフォークとナイフがだいたい3、4本ずつあり、それの対数が出てくる料理の数だ。外側から順に使っていくんだが、どれも用途や形状が微妙に異なっており、対応するコース料理と同じ順になるように並びを構成されたものとなっている。
まぁ、要はステーキとかと比べて、めちゃくちゃ難しいってことだ。
ハンバーグ食ってる女子がこんなに美しく見えたことは今までにないし、たぶんこれからもないだろう。
女の子ならハンバーグ食うのちょっと周りの目気にしそうなものだが、彼女は背筋を伸ばし、周囲を見渡すこともせず堂々と黙々と食事を続けている。
よほどの集中力なのか、あるいはほんとに何も見えていないのか。完全に
「───────────」
「───────────」
ヤバ、流石に凝視しすぎた。
完全に目が合ってしまった。
向こうは顔を逸らすでもなく、じっとこちらを見つめてくる。
俺も固まってしまい、顔を逸らすことができなくなった。
まずい…………どうしたらいいんだ?
「ど、どうも…………」
とりあえず目が合ってしまった以上は挨拶はしておかなきゃいけないと思って俺は軽く首で一礼だけしておいた。
彼女が首を向けてきたおかげでやっと気がついた。
この学校の制服はネクタイとリボンの色で学年を判別できるんだが、彼女のリボンは赤、3年生のリボンだ。俺たち2年は黄色。
てことはこの人、先輩なのか?
──────じゃあまさか、青髪美人の転校生の先輩っていうのは…………
俺が思案している時に、先輩はようやく周囲を見渡し、状況を把握したかのようにナイフとフォークを置いた。
あ、ちゃんと食器の向きがハの字型に整ってる。
「食事中です」のサイン。
すると、先輩は向かい側の椅子を人一人通れるくらいに引っ張り出した。
そして、自分の席に座って口に含んだものを飲み終えると、薄桃色の柔らかな唇を開いた。
「席、探しているんですね?もし良ければ、ご一緒にどうですか?」
なんと、彼女は俺に向かい側の席を譲ってくれたのだ。
何ということだ、この先輩、外見と食べっぷりだけじゃない。人としても完成されていた。
「あ、いいんですか?すんませんね………んじゃ、お言葉に甘えて…………っと、」
俺は彼女が譲ってくれた、正面反対側の席に着いた。彼女の時間を妨害せぬよう、対角線上に座ろうかとも思ったが彼女がわざわざ椅子を引いてくれた厚意を無碍にはできない。素直にそこに座ることにした。
「ごめんなさい。もっと早く気づいてあげるべきでした」
「いえ、俺の方こそすんません。わざわざ正面いただいちゃって。一人で飯食ってた所に、」
着席したと同時に、俺は反射的に正面にある彼女のハンバーグのプレートに目をやってそこに釘付けになった。
彼女のプレートの上には肉厚で面積の広いハンバーグが3枚積み上がっていたのだ。
こんな真っ昼間からハンバーグ3枚入る胃袋が、その細身の一体どこに入ってるんだよ。
「…………ハンバーグ、お好きなんです?」
正面で無言っていうのもなんだし、俺は軽く問うてみた。
別にそこから世間話に繋げたり、この人と仲良くなりたいと思ったわけでもない。
ただ、沈黙に耐えられなくて何か話題を見つけようとして、たまたま………純粋に思ったことを口にしただけだった。
「────────────」
次の瞬間、彼女は一つの沈黙を置いたあとに、ナイフとフォークを乱雑に手放し、ガタンとテーブルに両手をついてこちらに顔を寄せてきた。
「もちろんです!!!ハンバーグこそ、人ならぬ天にいまし主の与えたもうた人類の叡智です!!!」
「!?」
予想外の時代に俺は背中を反らして距離を取ろうとしてしまった。
「見てくださいこの美しい切断面!!!そして中から雨上がりの森の木の葉から滴るように溢れてくる肉汁!!!この微細でいてかつ肉料理という大胆さの矛盾を構成しているのは、あのミンチになった肉の繊維の一つなんですよ!!!ハンバーグひと刺しにつき300万個の筋繊維細胞が含まれていますが、口に入れてもその途方もない数を感じることのできぬほどに滑らかに溶けるような味わい!!!この学校の学食のハンバーグは最高です!!!」
彼女は紐を差し出された猫のように豹変すると、凄まじい剣幕でハンバーグに関するトークを語ってきた。
図書委員っぽい、小説好きそうなタイプの美人だと思ってたら、途中から筋細胞の数の話してきたぞ。
「あなた名前は?」
「なっ………中村、です」
「中村くん!あなたも是非、これを食べてください!きっと気に入りますよ!!!」
「いや、いやいやいや!!なんでそうなるんだ!………で、すか!!」
なんで俺が他人の食いかけのハンバーグ食わされなきゃならねーんだよ!!
目見えてる!?俺、今からラーメン食うんだぞ!?
「一口だけでもいいですから!!若い男の子はお肉をたくさん食べて力をつけなきゃいけないんです!」
「いやだから、俺はラーメン食………」
「麺なんて……炭水化物に甘えるなんてバカですかあなたは!いや、嘘つきましたハンバーグに米は必要ですね」
よく見たら彼女のプレートの横には山盛りのご飯がついていた。
それ…………カツ定食とかについてる白飯だよな…………どんなに徹底してんだよ、バイキングかよ。
「とにかく!一口でもいいですから食べてください!なんなら、私が食べさせてあげましょうか!?ほら、大きなお口開けて、あーん!」
「いやいやいやいやいやいやいや!?」
誰が食べかけのフォークでハンバーグなんて食うかよ!!!
「はっ……!すみません、つい盛り上がってしまって。ハンバーグのことになると、つい熱く………熱いのは鉄板だけでいいですよね。なーんちゃって、」
「上手くないですよ」
初見、すごい良い感じの人だと思ってたんだが実際はなんというか、すごいイロモノだな………
「それで、このポテトもいいですよね。このハンバーグを切ったときに溢れてくる肉汁に浸けて食べるのがおいしいんですよ。そもそも焼き方がなかなか良くて。ハンバーグの味の重要性の6割を占めるといわれる焼き加減。ハンバーグ独特の荒っぽい焼き方を維持しつつちゃんと肉全体に火を通している。ややレアよりのミディアム。お肉そのものは学食仕様ゆえそこまで上質な者が用意できるはずありませんので、そこを焼き加減で素材の味を残している。さらに例のごとく肉汁を染み込ませることでさらに食感が柔らかさを増しています。調理人はなかなかの腕前と見ました。なんで学食で働いてるんでしょう」
まだ言うか。
これ、全部アドリブで言ってるんだろ………?
「えーっと………あんた、転校生なんすよね………?けっこう上手く立ち回るんですね…………」
「おや?中村くん、私が転校生だってこと知っていたんですか?」
あー、マジなんか…………違うと思って聞いたのに。
「えぇ………まぁ。知人が生徒会やってて、それで青髪の転校生が先輩にいるって聞いたんで………」
「そうだったんですね。中村くん、不良っぽいのに意外と優等生なのでしょうか」
なんっ……めちゃくちゃ失礼な事言うな。
初対面の人に向かって「あんたヤクザですか?」って聞くようなもんだぞ。俺がほんとに不良だったらどうなってると思ってんだ…………
「しっかし、あんた変わってるっすね。まだ知らない土地でこんなに上手く立ち回れるくらい社交的なんて」
「そうですか?あなたの方こそ、類まれなトーク力をお持ちですよ。私がハンバーグの話をすると、みんな途中からつまらなそうにしているのに、中村くんは最後まで真剣に聞いてくれました」
「うん………?そうか?」
まぁ確かに、興味なくはなかったけどさ。
最後まで聞いたっちゃ、最後まで聞いたと思う。
何言ってるかは皆目わからんかったがな。
「ところで、中村くん。中村くんの中村というのは………あの白レンガの橋のにある、あの………?」
すると、ハンバーグ先輩は唐突に俺の家のことについて聞いてきた。
苑持寺に来たばかりの彼女ですら知ってるとは、やっぱ中村グループって凄いんだな。そりゃ、デカい企業を取りまとめてるグループってのはそうだけど、別に高校生が気にすることじゃあねーだろ?
「まぁ、そうですけど」
特に隠す理由もないし、べつに嘘つく意味もないので俺は普通に肯定した。
「へぇ………素敵なおうちにお住まいなんですね。大丈夫ですか?あんなに広いお屋敷、すぐ迷子になりそうです」
「いや、あんがい慣れたらけっこう狭く感じるもんですよ。住めば都ですし、住み慣れれば窮屈になるもんだ」
「ふむ。やはりアレだけ広いお屋敷となりますと何十人かで住んでるみたいな……?」
「うちは7人家族です。まぁ、血縁者は姉貴しかいなくてあとはみんなお手伝いさんだけど………」
「この時代にまだメイドさんっているんですね………5人で足りるんですか?」
「いやぁ………足りないでしょアレ………でもなんか、あんまり大勢居ると困るって親父が昔言ってたんですよね。人件費の問題かな?中村家の財力ならそんな困らなさそうですけどね」
うちのメイド5人姉妹………なんで俺や姉さんとほとんど年の変わらない女の子たちがやってるのかっていうのは実は俺もよくわかっていないんだ。
彼女たちがいつからうちに仕えていたのか、そのあたりもけっこう曖昧。思い出そうとしてみるんだが、どうも昔のことはモヤがかかったように思い出せない。
でも………親父が言うには、あの子たちは「特別」だとかなんだとか………そんな事を言っていたような………
そうこう俺のことを色々話してる間に、青髪の先輩はすでにハンバーグ3枚をぺろりと平らげてしまっていた。
「ふぅ〜、ごちそうさまでした。話し相手がいたおかげで今日はいい昼食を摂れました。感謝いたします、中村くん」
「いえ、こちらこそ連れがいなくて暇そうにしてたので助かりました。何より、相席させてくれてありがとうございます」
「ふふっ。礼儀正しいんですね、中村くんは」
先輩はハンバーグのプレートをそこの返却口に返したあと、食堂を立ち去っていった。
「今日はありがとうございます。はじめは緊張しましたが、あなたは優しい人なんですね、中村白夜くん」
そして振り向きざまに俺に温かな笑顔を向けてきた。
「…………いま、」
俺の名前を……………
引き留めようとしたが、もう先輩は人混みに紛れて消えていた。
追いかけようとしたが、5時間目の予鈴が鳴り響いた。
「っと、やべやべ…………授業始まる前に食い終わらないと…………」
俺は彼女を追いかけるより、手元に残ったラーメンのスープを平らげることを優先した。
急いで残りの汁を、熱さをこらえながら飲み干して丼を返したあと、俺は早歩きで教室まで戻っていった。