『月姫』を識る者   作:マジカル赤褐色

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月姫、降臨

 

 

今日の授業が終わった頃、俺たちはいつメンで電車に乗って帰路についていた。

 

 

 

 

「─────それで、檸檬の野郎が録画で漫才の賞レースを見終わった後。先頭に巻き戻さずに電源切ったせいで、その後に見た舐瓜さんが録画を観ようとしたら、檸檬が止めたまんまにした表彰台で涙流しながら喜んでるシーンから始まって盛大なネタバレを食らったようでな。それで舐瓜さんブチギレたらしいんだ」

 

「ふふふ、な、なにそれ………そんなミス、ホントにするの……?うふふふ…………」

 

「はっはっは!それは誰でも激怒するだろうな!」

 

「へへっ………そうだな。幸い俺は現場を見てなかったけど、それはまぁ…………凄惨な状況だったらしいぜ」

 

 

電車の中で雑談して楽しんでいた頃、上の電光掲示板にニュース映像が流れてきた。

 

 

『────次のニュースです。今朝、苑持寺西の路地裏で、都内に住む会社員35歳男性、葛西道夫さんが他殺体で発見されました。警察の情報によりますと遺体からは血液の大半が盗み取られていたとのことです。近頃同じ街で多発している同様の手口の事件との関連を否定できないとして、警察は近隣住民の夜間の外出を制限するよう呼びかけるとともに、苑持寺町の警戒を強化しているとのことです────』

 

 

 

三人で物騒なニュースを眺めていた時に、紀庵が口を開いた。

 

 

「これで確か6件目だな…………巷を騒がす吸血鬼殺人事件」

 

「…………また変なオカルト話か?」

 

「いや、これはオカルト話というよりガチの話だ。ニュースで言ってただろう、『遺体からは血液が盗み取られていた』ってな、」

 

 

たしかに、言われてみれば変な言い方だな。

出血多量で、遺体に血液がないというのなら話はわかる。だが、盗み取られている………?

 

 

 

 

『─────です。行方不明になった須賀さんは赤いブラウスにベージュのスカート、茶色のブレスレットを身に着けているとの情報があり、警察は住民に捜索への協力を促しています』

 

 

 

 

「…………どうも、現場に残っている血痕は大した量ではないらしい。ご丁寧に拭き取ったところで、ルミノール反応で検査かければ痕跡は出てくる。だが、それすらもないと来た。まず間違いなく、被害者の血液は現場とは違う、どこか別の場所へ移動したということだ」

 

「それは、そうなのかもな。だが、だからって吸血鬼なんて。この街に、いや………この国に今までにそんなニュース一つでもあったかよ?どうせ、変わった趣味を持つ快楽殺人鬼ってところじゃないか?」

 

「やれやれ…………冗談の通じない男だ。そんなことは誰だって分かってるさ。ただのモノの例えだよ。ただでさえ退屈な街だ、話のネタぐらい作っておかなきゃ街が回らん」

 

 

まぁ、それは同感だな。

 

 

「でも、犯人はどうやって亡くなった人から血を採っているのかな?全身の血液の大半って………よくわからないけど………ものすごい量でしょ?」

 

「人間の血液量は個人差はあるが、おおよそ体重の13分の1と言われている。体重65キロなら5キロ、すなわち5リットルの血液量があるということだな。5リットルと言うとそうだな………業務用アルコールを入れるタンクと同じくらいの容量だな」

 

「業務用アルコールタンクって、あの白濁色の樹脂タンクだろ?ずいぶんあるんだな人間の血って」

 

「すごい………びっくり。私たちがケガして流す血なんてぜんぜん大した量じゃないのね」

 

 

しかし…………問題は、そんだけの量をどうやって持ち去ったんだ?タンクに入れるとしても何を使って血をタンクに回収したんだ?

どんな殺人鬼でも、趣味でやったにしろ、承認欲求ほしさにやったとしても、そんな手間のかかる上に足も着きやすいリスクのある行動を取るだろうか?

 

正直、手口がアホくさすぎて前代未聞だ。

だいたい、盗んだ血はどこに処分してるんだ。

謎だな…………まったく、

 

 

 

「おい中村。苑持寺中央着いたぞ。お前、降りるんだろ?」

 

 

気がついたら、もう街に帰っていた。

 

 

「おっと、ぼーっとしてた。今から降りるわ…………うぐっ………!!」

 

 

俺は急に立ちくらみがして膝をついた。

 

 

「中村くん!?」

 

「おい、無理はすんなよ?」

 

 

一瞬、頭痛がしたがすぐに戻った。

 

 

「…………大丈夫。ちょっと急に動いて立ちくらみしただけだ。じゃあな、紀庵、福原さん。帰り、気をつけろよ」

 

「お前にだけは言われたくはないな。………では、また明日会おう」

 

「またね、中村くん」

 

 

俺は二人と別れて駅のホームに出た。

 

 

(珍しいな、日が落ちたのに部痛なんて………)

 

 

改札を通って、外に出る。

すると、俺は空から冷たい雫が無数に落ちてきているのを見た。

 

 

「雨────」

 

 

なんだよ、雨かよ…………傘持ってきてねーじゃんか今日…………

 

しかも横薙ぎの酷い雨だ。

少し待てば止むだろうが…………

 

さて、どうしたものかな。

雨の中走り抜けるか、それとも雨が止むのを待つか…………

 

 

 

 

 

「まぁ…………いいか。たまには外でゆっくりしてから帰ろう」

 

 

俺は雨が止むのを待つことにした。

幸い、この駅には地下モールがある。本屋とかCDショップとか色々あるし、ちょいと時間潰してから帰るとしよう。

 

 

「そうだ、先に林檎にメールしとこ…………いや、林檎はないな」

 

 

林檎は今朝から機嫌悪い。こんな事伝言したところでマトモに伝えてくれないだろう。

そしたら俺は連絡も寄越さず夜の街を遊び歩いた不良だ。

 

────とはいえ、他の人に連絡するのもなんかおかしな話だ。

姉貴はたぶん迎えの車を召喚したりしてくるかもしれない。めんどくさいからナシだ。

となると、仕方ない消去法で林檎だ。いちおうメールの履歴は残る。林檎が報告を怠ったとしても、俺が自分を弁護する材料はある。

 

よし、林檎にメールしとこう。

 

 

「『今日少し買い物してから帰るから遅くなる。夜までには帰る、って姉貴には言っといてくれ』…………っと。よし、これでいいか」

 

 

さて、ここ最近宿題で忙しかったし、久しぶりの一人遊びと洒落込みますか。

 

 

 

 

 

 

 

「────おいおい…………これ、欲しかったけど買えなかった新曲の限定版…………!なんでこんなトコにあんだよ………!?」

 

 

行きつけだったCDショップに久しぶりに来てみたら、俺の好きなジャズ系バンドの新曲のレコードが置いていた。しかも、これは限定版のやつだ。神戸のライブで頒布された超限定で、他の地域では超少数限定だったんだ。

俺もファンの一人として大急ぎで最寄りのCDショップとか回ってみた。当日わざわざ学校に仮病遅刻を使ってまでな。だがそれでも手に入れることができなくて泣き寝入りしていたんだ。

 

まさか、こんなところで手に入るとは………雨に遭って良かった。

 

 

「よぉし………やったぜ、マジ偉いぞ俺。帰ったらさっそく聴こう。皆に自慢してやろっと」

 

 

きっと皆も気に入るぞ。

しっかしすげー残念なことに、ウチはマジでみんな音楽の趣味がバラバラなんだよな。

全員音楽鑑賞は好きなのに、好みが分かれすぎるもんだから誰とも楽しめねぇ。

 

林檎は邦楽が好きだし、葡萄はあぁ見えてイッケイケのヘビメタが好きだし、檸檬はハードコアで、蜜柑さんはカントリー。舐瓜さんは洋楽が好き………んで姉貴はロックバンドマニアと。

 

やれやれ………趣味が合わねぇったらねぇな………

家族間で趣味が合わないって辛いよな。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……………まだ雨は止みそうにないな」

 

 

駅近モールの椅子に一旦腰をかける。

あちらの通路からは雨音が聞こえてくる。

雨は止むどころか、むしろ激しさを増していく。

外からは雨の匂いがする。

 

 

「やれやれ………こりゃ簡単には帰らしてくんねーか………」

 

 

俺は早く帰りたいのに、と空を仰ぐ。

しっかし、こんな雨の中で走って帰るほど俺は猛者じゃねーし。ゆっくりしたほうがいい。どうせ帰ったところで家に娯楽なんて、家族7人で壮絶な奪い合いになる居間のテレビぐらいしかないんだからな。

 

椅子に腰掛けて身体が楽になったところで、俺は溜め込んでいた疲れが一気に押し寄せてきたような感覚に襲われた。

 

 

「…………………………………」

 

 

そうだな………昨日は宿題で時間取ったし、最近体調が悪くて睡眠が変則的だったし………

 

そういや…………生物の次の課題…………いつまでだったっけ…………確か生物の観察記録だったような………なんの生物だっけな、まぁいいや、あんな広い屋敷ならなんか見つかるだろ………あとで舐瓜さんに聞いて────

 

えぇ………それから、古文と公民の…………小テストの…………勉強も、しなきゃな────

 

やる事、多くな─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────ん、」

 

 

俺はふと何かを感じて目を開いた。

 

 

「─────あっ!やべ、俺、寝───」

 

 

駅地下モールは完全に消灯しており、店のシャッターはすべて降りており、人の通りは皆無だった。

 

 

「やっちまっ…………今、何時だ?」

 

 

俺は携帯電話を開いた。

縦長の小さな画面に映るデジタル時計は21時45分を指し示していた。

 

 

「なんだって…………俺、3、4時間も戸外で寝てたってのか!?」

 

 

我ながら恐るべき寝相の悪さだ。

 

んな事より、早く帰らねぇと。

そんなに時間かからないって林檎に連絡したんだ。こんな時間に戻ってきちゃ、約束と違う。

林檎はまだしも、あの姉貴の雷が落ちたら一大事だ。

 

外からは雨の音も、匂いもなくなっていた。

するのは雨上がりの地の湿気の気配。

どうやら雨雲は通り過ぎたようだ。

 

 

「よし─────」

 

 

そうと決まれば早く帰ろう。

できる限り早足でな………!!

 

俺は命よりも大事な音盤を鞄に仕舞って駅から駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

町は完全に眠りについていた。

夜の早い家庭は就寝し、完全に消灯してしまっている民家もある。

 

もうじき10時になる。

最悪だ、帰って飯食ったり風呂はいったりしてたら日付が変わっちまう。

音盤試す時間がないかもしれない。

 

いや、そんな事より俺は目の前の心配をしなきゃならねーか。

 

 

 

 

「────────────」

 

 

 

「────────────」

 

 

 

「────────────」

 

 

 

無言で道を夜の街を駆ける。

べつになんてこともない。

この時間なら車も人の通りもないだろう。

 

だがしかし……………なぜだろう。

 

そりゃ、いつもと違う時間に帰ってるから当たり前なのだが、なんだか……………

 

 

 

──────普通の帰路じゃないというか。

 

 

 

上手く説明できないのだが、違和感がする。

夜になったせいだろうか、紀庵たちと交わした言葉が頭を中をよぎる。

 

 

(やっぱり、最近の街で起きてる事件って夜に起きてるんだって)

 

(ただのオカルト話だろ?そんなん真に受けてちゃ、やってけないだろ…………)

 

(オカルト、ねぇ。まぁ、そうだと良いんだが)

 

 

 

 

 

(これで確か6件目だな…………巷を騒がす吸血鬼殺人事件)

 

 

 

 

 

「─────────────」

 

 

いやいやいや。

何を考えてんだよ。全部オカルトだ、迷信だ………ただのおとぎ話だろうが。

心配することなんて何もないだろ。そんな非科学的な。

 

 

だが……………本当にそうなのか、中村白夜…………?

直感に聞いてみたらどうだ………こんだけ不吉な予感というか、嫌な予感がするなら、もう何が起きてもおかしくないよな………?

 

 

 

──────カラン………。

 

 

 

「う、っ!?」

 

 

右側から音がしたと思って振り向いたが、そこには何もなかった。

 

 

ただ、金属の野球バットが俺の足元に転がってきた。

 

 

「……………………」

 

 

俺はバットを拾い、転がってきた方向を見つめる。

そちらには路地裏の入り口があった。

夜の闇のせいで先は暗くてよく見えない…………

 

バットはあっちから転がってきた。

立てかけていたのが転がってきただけか?

 

…………なんなんだ。

 

 

「…………おーい!誰かいるのかー!?」

 

 

俺は路地裏に向かって叫んでみる。

だが、返答はない。

それどころか、俺の声が反響してすらいないようにも感じた。

 

 

「…………………ハッ………なんだよ、どうせ……ただのウワサ話だろ…………」

 

 

俺は何もいないという確信、そして何もいてほしくないという不安の2つを持っていた。

その確信を確固たるものにするべく、そしてその不安を「やっぱりそうだった」と払拭したいと思い、軽い気持ちで路地裏へと足を踏み入れた。

 

 

どうせこの路地裏はそんなに広くない。ちょっと進んですぐ引き返せばいい…………

 

どうせ何もいない。

仮になんかいたとしたって、俺なら倒せる…………喧嘩なら誰にも負けない自信がある…………

 

 

昔、中村グループのなんかの企業と契約していたプロの格闘家がいた。

ある集まりで、「せっかくだし手ほどきを受けてもらいな」と冷やかされ、戦えもしないただ格闘技マニアなだけの素人のおっさん達に茶々入れられながらその人と戦わせられた。

 

ちなみに俺はクソオヤジ共に舐められてることにクソムカついていたので、逆にその格闘家をボコボコにして病院送りにしてやった。

いちおう、ベルト持つくらいの実績がある凄い有名な選手だったのだが、まさかのアマチュアどころか界隈に名乗りを挙げてもいない子供に袋叩きにされた事でまぁそん時は、いろんな意味で場が冷えたし、フォローが難しかったらしい。

けっきょくその一件で関係が悪くなって契約がご破産になり、姉貴と企業の偉い方たちにクソキレられた。先にキレさせてきたのはそっちだしキレてーのは俺だったんだが?

 

 

とにかく。

万が一のことがあっても心配なんてする必要もない。恐れることはない。チャカでも持ち出されなきゃケンカで俺に勝てるやつはほぼいない。

 

 

路地裏の奥についたが、やはり誰もいなかった。

 

 

「な、なんだよ………やっぱ誰もいないじゃねーかよ………」

 

 

だが、俺はそれ以上に不思議なものを見た。

 

向こうに白いシートがかかっているものがあるのを見た。

 

 

「……………なんだ、アレ」

 

 

俺は恐る恐る、近づく。

 

 

「はぁ………はぁ…………あ─────っ、ふぅ!」

 

 

そして好奇心のままにシートを剥がした。

 

 

「うごぉぉぇっ………!!くっせ………ぇ………!!なんだ………こりゃ………!!」

 

 

白いシートの下にあったのは、白くて丸い何かだった。

 

長さがあって、膨らみがある。

大きさは…………横に寝かせた人間とちょうど同じくらいの大きさだろうか。

 

 

落ちていた枝でつついてみる。

 

 

「──────いいぃぃぃっ!?な、なんだ、こりゃ!?気持ち悪ッ…………」

 

 

枝を伝って俺の腕にブヨブヨした感触が伝わる。

まるで巨大な繭のようだ。

 

は…………こんなサイズの繭があるかってんだ。

包帯かなんかだろ…………これ。

 

 

俺が下手につついた衝撃のせいか、その包帯のような繭のようなものが開き始めた。

 

 

「─────────────」

 

 

こんな猛烈な腐った生ゴミのような匂いがするなんて、いったい何を包んでやがるんだこれは。

普通に近隣住民の迷惑になるだろーが。

 

ったく…………この匂いの原因だけでも見て帰るぞ。

 

 

 

 

 

 

「────────うっ…………!?」

 

 

繭が開き、中から出てきたモノを認識するより早く、俺の脳は警笛を鳴らしていた。

 

 

「う、う…………あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

俺はその場で腰を抜かして一歩飛び退き、地面に尻をついて倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

───────繭の中に入っていたのは、黄ばんでドロドロとした、痰のような、いや、排水溝にこびりついた汚れのような見た目の液体。

 

そして、その中にある、赤く黒くて、ところどころ焦げ茶色をした、ドロッドロに融解して原型を留めていない何かだった。

 

 

だが俺はそれ以上に驚いたのは…………その気色悪い黄色のネバネバした物体のなかに、人間の脚が入っていたことだった。

 

脚も液体に犯されてぐちゃぐちゃだが、なんとかカタチは見える。

 

しかし、太ももから上がどこかへ落としてしまったかのようになくなっていた。

 

足の先には黒いハイヒールを履いていた。

 

 

「───────っぶ………ぶぼ……っごぼ……」

 

 

それが意味する事を認識し、自己で完結させてしまった俺は猛烈な嘔吐感に苛まれる。

 

立ち上がって腕を杖に壁にもたれかかり、胃の中からものを逆流させる。

 

吐き出すギリギリのところで踏みとどまり、口を押さえた手の隙間から透明で少し濁った液が溢れるだけにとどまった。

 

 

「─────────し、死体……………」

 

 

俺は冷静に状況を整理する。

 

どういう理屈かはさておき、誰がやったかはさておき、これは……………人間の女の死体だ……………

 

この繭のようなものに閉じ込められて、全身を腐食液でじっくり溶かされて死んだ。

脚以外に痕跡らしい痕跡はない。顔なんてむしろ頭がどこにあるかわからない。腕も胴体も消失してしまっている。服も革のハイヒールまでは消化できなかったようだが、布はほとんどなくなっている。さらに骨まで溶かされ始めていた。

繭が放っていた悪臭の正体はこれだった…………

 

繭の外からは気が付かなかったが、死体の中には大量の羽虫がウジャウジャと湧いていた。

わずかに残った脚や細胞の残骸、肉の欠片、ギリギリまだ残っている骨にこびりついた肉の一部を噛みちぎり、ウジ虫たちは死体を覆う黄色い鼻水のような液体を吸っていた。

 

 

 

「ウェ………気持ち悪ッ…………」

 

 

人生これまで過去に見てきた中で一番不潔な光景に俺は目を覆いたくなる。

 

 

 

「な………なんだよこれ………どうすりゃいいんだよ………」

 

 

とにかく、ここを離れて早く警察に通報しなければならない。

 

長居したら…………俺が狙われる可能性だって…………!

 

 

 

 

その時、路地裏の入り口からザッ…………ザッ…………と足音がしてきた。

 

 

「…………!!!」

 

 

まずい、警察が騒ぎを聞きつけてやってきたのか!?

いや違う、こんな所に来るわけがない、死体の第一発見者は俺だ!!

となると………嘘だろ、まさか…………!!

 

 

 

ザッ…………ザッ…………

 

 

ザッザ、ザッザ、ザッザ、ザザッ、

 

 

(足音は2つ………最悪だ………マジで最悪だ………)

 

 

この死体の様子を見に来る奴が、警察以外にいるとしたら………そいつは………!!

 

 

 

人影は路地裏の曲がり角に手をかけた。

 

そしてゆっくりと、姿を現した。

 

 

「───────お前らは…………?」

 

 

俺が見たのは、なんの変哲もない女だった。

フラフラとおぼつかない足取りをしているが、普通に服を着ているし、凶器のたぐいも手にしていない。

どうやら化け物とかではなさそうだ。

 

 

「すまん、こっちに来るな!死体がある!早く人を呼んでくれ!」

 

「ァ………………ぅ─────ォ」

 

「ぁぅ───────」

 

 

 

なんだ…………?

様子がおかしい…………体調でも悪いのか?

この惨状が目に入って気でもまいったか?

 

 

「おい!気をしっかり保て!ここは危険だ、今すぐここから離れ…………」

 

 

「ぅぁ…………たす──けぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

女は長い髪で隠れていた顔をこちらに向けてきた。

 

 

「うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

女の顔は一部が酸に触れて融解したように顔の形が崩れており、全身の肌が赤黒くなっていた。

 

元は美しかったであろう黒髪はわずかに白くなってガサガサになっており、目は焦点が定まっていない。しかも片目がない!!

 

肌もボロボロだ。

 

 

 

遅れてやってきたもう一人の方も同じだ………!!

 

 

 

「な、なんなんだ…………お前ら!!!」

 

 

 

「ァァ…………たす…………け………ケテ………」

 

「しに………タク……………ない、くわ………れ………た、」

 

「す…………すすわ…………な…………で…………」

 

 

 

「おい…………なんの冗談だ…………」

 

 

俺は信じたくない事実を悟った。

出来の良い仮装だと思いたい。だが………俺の感情がどうあれ、直感は常に正しいものを捉える………

 

俺の直感に言わせれば…………こいつら全員…………

 

 

 

 

────────【もう死んでいる】!!!

 

 

生身の人間の温かさがない!!!

 

 

 

 

 

「オマエ…………の……………チ、チチチチチ!!!」

 

 

「こっちに来るんじゃあねぇ!!!それ以上来たらブッ飛ばす!!!」

 

 

俺は金属バットを向けて威嚇するがまるで意味なし。

 

 

「お前の………チを、チ、ヲヲヲヲヲヲををををぉぉぉぉぉぉォォォォォォッ!!!!」

 

 

ゾンビのような風体になった二人はさっきまでの牛歩の歩みが嘘のように、俺に向かって突撃してきやがった。

 

 

「クソ…………なんなんだお前ら!!!!」

 

 

「アァァァァァァァァァァァァーッ!!!!!」

 

 

女と男が一人ずつ。

赤いブラウスを着た女の方が、俺の目の前に躍り出て猛獣の牙のように長く鋭い爪を振り上げた。

 

 

「ぜ………えェェェアーッ!!!」

 

 

俺は金属バットを下から勢いよく振り上げ、女の頭を殺す気でフルスイングした。

 

もう野球は高校生になってから辞めちまったが、現役時代は俺のスイングでチームの窮地を何度も逆転勝利に持っていった、苑持寺の少年野球界でも伝説と謳われるほどのスラッガーだったんだよ!!!

 

言っても辞めてまだ2年程度だ。

たまに紀庵とバッセンに遊びに行ったりする程度にバットは振ってるんでな…………この威力はぜんぜん現役時代から劣ってなんかねぇ!!!

 

 

 

俺のフルスイングを食らった女はボールのように吹っ飛び、横にある建物の外壁に激突し、そのまま真っ逆さまに地面に打ち付けられた。

 

壁には赤黒い血と肉の欠片がこびりついた。

まぁ流石に俺が金属バットでMAXぶん殴ったら誰だってそうなる。

もし人間だったらまずいかもしれないが、直感が言うにはこいつら人間じゃないみたいでな………!

 

だったら、本気で行っても罪には問われねーだろ?

 

 

「ギ…………ギギ!!!」

 

 

遅れてやってきたもう一人の攻撃。

真正面からやってくる攻撃をカンフーの歩法の要領で躱す。

 

避けるのは簡単だったが、攻撃自体はかなり強力だ。今までにも数え切れないほどの猛者と喧嘩してきたが、その中でもなかなか上位に食い込むレベルの機動力だ。

なんでゾンビのくせにこんなに早いんだよ!!

 

動きは単調だが、パワーがあり、スピードもある。

 

 

「ゲェッ!!グゲァッ!!」

 

 

ゾンビ男は爪を振り下ろしたあと、もう片方の腕で逆袈裟に爪を振り上げ、こちらに迫りながら腕をブンブン振り回してくる。

 

 

「オォォォォッ!!!」

 

 

次に爪を振り上げた時に俺はバットで手をぶん殴って打ち落とした。

 

そのままもう片方の爪の振り下ろしをバットを使って滑り台のようにいなす。

 

 

「おォォォォラッ!!!」

 

 

その余力で回し蹴りを脇腹に土手っ腹に叩き込んでやった。

 

今の一発でゾンビはひるむ。

 

 

「ハァァァァァァーッ!!!!!」

 

 

そして体を捻って力を作り、脳天から股下まで一気に金属バットを振り下ろす。

 

一撃で脳漿が弾け飛んだ。

さらに真下に打ち下ろされた頭を膝で蹴り上げ、高く飛ばす。

 

 

「ドォォォォォラァァァァァッ!!!!!」

 

 

そして回転しつつ地から足をわざと踏み外して跳躍し、落ちる時の勢いと、腰の捻りの力と腕の力、3つの力を一点に集中させて、打ち上がった脳天を一気に振り抜いた。

 

 

「ぐっ………う………!!」

 

 

俺は地面に転がる。

ちょっと腰を打ったが大したことはない。

 

ゾンビは2体とも再起不能になった。

こんなので立てるわけがない。

 

人だったら確実に死んでいるぐらいだからな。

 

 

「はぁ………はぁ………はぁ…………っ、」

 

 

ヤバ…………かった…………死ぬかと思った。

 

しかし──────

 

 

「なんだったんだ、こいつら…………」

 

 

こいつらが、この繭の元凶か?

いやでも…………糸を吐く様子なんてなかった。

 

 

「ふぅ…………さっさと帰ろう、今度は寄り道せずに…………」

 

 

俺はその場から立ち去る。

奴らはなんだったんだ………

 

繭から生まれた存在………?

いや、それもない。繭の中はドロドロの死体だ。

こいつら、闇のなかでは人間と見間違うほどには原形を留めていた。

じゃあ…………こいつらいったいどこから────

 

 

 

 

………………ガシッ。

 

 

 

「え……………?」

 

 

俺の背後から、手が添えられていた。

 

 

「んだと…………まさか…………!!!」

 

 

俺は振り向きざまにバットを振りかざす。

 

 

バットは最初に殴り倒した女の頭を再度叩いた。

女は怯みながらも後退し、しっかりこっちを見ていた。

 

 

「嘘…………だろ…………!?」

 

 

生きてやがる…………!?

 

 

「アァァァァァァァーッ!!!」

 

「クソが………しつこいんだよ!!!」

 

 

俺は再び女の頭めがけてバットをフルスイング。

 

だが、さっきとはぜんぜん状況が違った!!

 

 

「アェェェオッ!!」

 

 

なんと、女は俺のフルスイングを、バックステップでかわしやがった!!!

 

 

「躱しただと!?」

 

 

いや、こいつらの運動能力で、見てからかわせるわけがない。

となると、コイツ初めから俺にバットを振らせるために、フェイントかけやがったってのか!?

 

 

「アーおッ!!」

 

「うおぉぉっ!?」

 

 

さっきより早い!!!

しかも、狙いは俺の顔!!!

さっきよりも狙いが正確になっている………!!

 

 

俺の目を潰そうと突き出された爪。

俺は瞬時に手を掴んでそれを防ぎ、バットをみぞおちに思いっきり差し込む。

 

だが───────

 

 

「効いてねぇ…………!!」

 

 

まったく怯む様子がない!!

 

 

「アァァァァィ!!!」

 

 

それに、俺を押し出せるくらいには力が………!!

 

 

「────っ、ざけんな!!!」

 

 

俺は捕まれた状態から身体を翻し、強引に引き剥がして壁に激突させる。

 

そのまま背後からバットをフルスイング。

壁とバットに挟み込ませる形で女の頭を完全に圧砕した。

 

 

その隙に、背後からもう一人が襲いかかってきた!!

 

 

「オォォォォ…………!!!」

 

「こんの………さらっとテメェも復活してんじゃねぇ!!!」

 

 

振り下ろされた爪と俺の振ったバットが、切り合う二人の騎士のようにぶつかり相殺し、弾かれあった。

そもそも、こんな強固な爪あんのかよ!!

 

ほとんどこれ金属と変わんねぇぞ………!!!

 

 

(頭を潰しても生き返る。だったら…………脚を壊して逃げる!!!)

 

 

俺は脚狙いで低姿勢からバットを振り被り、思いっきりスイング。

最終回3点差、ツーアウトツーストライク満塁、中2の頃に遭遇したドラマみたいな展開で、逆転サヨナラ満塁ホームランを決めた時のようにな………!!!

 

 

だが…………!!!

 

ゾンビ男は俺の狙いを読んでいたように、跳躍してスイングを躱した。

 

そしてそのまま俺の握るバットを掴み取る。

 

 

「な…………ッ!!!」

 

 

武器を抑えて俺を無力化させる気なのか!?

なんだそんな機転の効いた冷静な戦い方!

らしくねぇぞ………!!!

 

コイツら…………まさか……………!!!

 

 

「ガしアァぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「くっ………………!!!!」

 

 

 

──────【学習】してやがんのか!!!

 

 

 

「くそっ…………!!!」

 

 

俺は仕方なくバットを手放す。

素手じゃもうこいつらは倒せない。

だったら、建物の壁面を走ってこいつらの上を抜け、路地裏から脱走するしかない!!!

少なくともこの狭い場所じゃ、何もできねぇぶん人数の多いあっちの方が有利だからな!!

 

 

「おぉぉぉぁ、オォぉぉぉぉーッ!」

 

「んが…………っ!?」

 

 

俺は背後から女の方に羽交い締めにされた。

 

 

「クソッタレ…………!!!なんだ、この力は………!!!」

 

 

まったく振りほどけない………!! 

 

俺は全力で真っ白に向かって後頭部で頭突きを繰り出す。

しかし、当たった手応えはしてももう女には俺の打撃はまったく効いていないようだった。

 

 

「血…………チ……………チィ…………!!!」

 

 

そして女は裂けた口を大きく開くと、俺の肩口に向かって思いっきり牙を突き立てた。

 

 

「ぐがあああああああああぁぁぁっ!!!!」

 

 

強靭な顎により、俺の肩の筋肉は一瞬にして噛みちぎられた。

 

制服の布を牙が破り取り、皮を切り裂き、肉を抉っていきやがった。

噛まれた痛みが奔るより早く、肉を失った喪失感と肉を失うという根本的な痛みを感じた。

 

噛まれたという実感を与える前に噛みちぎるほどの強靭な顎と鋭利な牙…………間違いなく人間のそれではなく、完全に猛獣など、ヒトでないの持つべきモノだった。

 

幸いギリギリ骨までは行かれなかったようだが、あまりの痛みに俺は完全に冷静さを失い、行動もできなくなった。

 

頭蓋を炊飯器の蓋のように開かれ、脳にプラグを刺して直接電流を流したような言葉には表せない鮮烈な痛みが全身を駆け巡った。

 

 

「ぐぅぅぅ………ぐぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

俺は力任せに脱出しようとするが、女の腕の力と、噛み付く力離れられるほどのパワーが俺には残っていなかった。

 

俺今の俺は反撃しようにも反撃が一切通用しない。拘束から逃れられるほどの力もない。

 

いつの間にか完全に、捕食される側の立場になっていた。

 

ヒトを喰らう怪奇…………これが、この街に巣食っていやがるオカルトの正体だとでも言うのか!?

 

せっかく正体を知ったって言うのに、なんで何も関係ねぇ俺が死ななくちゃならねぇ………!

 

 

 

死ぬ──────?

 

 

今から?

 

 

いや。そんな事…………許されるわけがない…………

 

俺、せっかく楽しみにしていた音盤買ったのにか?

今から家に帰って、飯食おうとして、姉貴や他のみんなと話して…………また学校行って紀庵たちと…………

それがもうできないっていうのか………?

 

 

 

そうか──────俺だけじゃない。

 

こうして殺された全ての人間が、いきなり全てをゼロにされて死んだっていうんだ。

 

殺されるというのは、こういう事なのか………?

 

 

助からねぇ…………俺の力ではもうどうしょうもない……………じゃあ、なら、ほんとにここで終わりだってのか………………?

 

 

俺の正面からは、ゆっくりとゾンビ男がやってくる。

 

その爪で俺の心の臓を突き刺し、壮絶に殺すつもりだ。肩を噛まれた程度で人は死なないが、中心を貫かれたら助からない。

 

 

ゾンビ男は槍のように爪を引き、俺の胸の中心に狙いを定める。

 

 

 

「や………め、ろ…………!!!」

 

 

通じるわけがない。こんなやつらに今さらやめろと言って、通じるわけがない。

 

そんなことはもう分かっているのに、打つ手がないから俺はどうかしてしまったらしい。

 

こんな事を口から放つ余裕があれば、そのぶん力を振り絞って拘束を振りほどけばいいのに。

 

でもそれができないから今こうなっている。

できないことやったところで本末転倒だ。

 

命乞いしたって届くわけがない、泣いて許されたりするわけがない。

当たり前だが、この音盤をあげて餌にして逃げられるわけもない。

そんな余裕も、そんな判断力も、時間もない。

 

 

 

まっすぐ、俺の目の前から死がやってくる。

 

 

赤黒い5本の叉槍が、俺の胸の中心に狙いを定めた。

コンマ秒後に迫る死を受け入れる事が出来ないまま、中村白夜はこの路地裏で死に至るだろう。

 

 

「──────────────」

 

 

死にたくない……………

 

 

俺が最期に思った感情は、

 

人として、生き物として当たり前で……………

 

 

実にくだらない、届かない願いであった。

 

 

 

 

 

 

 

「───────────ギェェェぁ…………」

 

 

「──────────────」

 

 

俺は拘束がほどけ、地面に倒れた。

 

 

「───────ん…………」

 

 

俺は倒れたまま地面を見下ろす。

地面には、血の池ができていた。

 

 

俺を拘束していた女はどうなった?

 

 

 

俺は後ろを振り向いたが、そこにあのゾンビ女はいなかった。

 

 

 

 

 

その代わりに────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消えなさい………穢れ多き死者共め。アナタたちの生きる夜など、この惑星(ほし)の何処にもないのだから」

 

 

ゾンビ女の代わりに、俺の見たことのない人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

────その女は一言で言えば幻想的であった。

 

 

この時期の真夜中にもかかわらず、白い長袖1枚。

さらに、腰から下はなんと濃青のミニスカートに黒タイツという、完全に夏前の春のような装いをしていた。

 

そして俺を釘付けにさせたのは、こちらに向けられている、贈り物の薔薇のように紅い瞳。

 

 

そして─────光射す月のような金髪だった。

 

 

 

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