『月姫』を識る者   作:マジカル赤褐色

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『紅赤主』

 

 

「アナタ、こんな晩に路地裏に足を踏み入れるなんて自殺でもしたいわけ?」

 

 

俺の前に現れ、俺を襲ってきた異形の怪物を打ち倒したのは白い服に金髪の少女だった。

 

 

「ま………アナタには色々聞きたいこともあるけど、それより先に………」

 

 

こちらに向いている宝石のような紅の瞳。

 

女が見ているのは俺ではなく、俺の背後。

俺の心臓を突き刺すはずだった爪を外し、挙句仲間を一人(たお)されて呆気にとられているゾンビ男だった。

 

 

「お、お前…………!誰だ…………!早くここから逃げろ!!!」

 

 

見た目のところ俺とほとんど年の変わらない、見知らぬ金髪の少女に俺は必死に呼びかけた。

 

 

だが、俺の制止も無視して女は走り出し、俺の背後にいたゾンビ男に強烈な飛び膝蹴りを食らわせてしまった。

 

 

ゾンビ男は反対側の壁にぶち当てられ、完全にコンクリートの壁にめりこんだ。

 

 

「な…………なん…………」

 

 

重機でもここまでのパワーは出ないだろう。

 

俺よりも小さいその華奢な身体の何処からその馬力が出ているのか、完全に謎に包まれている。

 

その女の肌は鮮やかで艶やかであった。

直感に間違いなく依れば、生身の人間のものだった。

 

 

どういう事だ?とうとうおかしくなったのか?

ゾンビの次は怪力女妖怪?

 

 

「……………なに呆気にとられているの。後ろから来てるわよ。避けなさい、」

 

 

「───────ッ!!!」

 

 

俺の背後からまだしぶとく生き残っていた女が飛び掛ってきた。

 

 

「は、あ………ッ!!!」

 

 

俺は無様に地面を転がり、飛び掛ってきた女を躱した。

 

 

そして、そのまま空の両手に力を込める。

 

 

「テメェ…………さっきはよくも…………やりやがったな…………この…………クソ野郎…………!!!」

 

 

何が何だか知らねーが、あの金髪女に助けてもらったおかげで、生きる希望が湧いてきたよ。

生への執着という根本的な感情、人間として一番捨ててはならない希望を取り戻した時、俺の胸に真っ先に去来したのは激しい怒りの感情だった。

 

コイツは…………俺の肩に噛み付いてきやがったんだ。

 

汚ねぇし痛ぇし、クソ血ぃ出たし、制服破けたし、肉持ってかれたし、マジでムカついてきた。

この女だけは絶対にこの俺がブッ飛ばすって決めたんだよ………!!!

 

 

 

「う…………オォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 

俺は残った力と生への渇望すべてを注ぎ込んだ。

 

 

 

「やめておきなさい。生身の人間が死者と戦った所で、勝ち目はないわ。足手まといになるだけ。私の邪魔をしないで、私に手を汚させないで!」

 

 

女の冷静な制止が俺に浴びせられる。

そうなんだろうな、冷静に考えたらそうだろうよ。

だがよ……………

 

 

「うるッせェ─────ッ!!!!!」

 

 

俺は「はいそうですね」と引き下がれるほど、利口に育ってねーんだよ、このクソがぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 

 

「だいたいな───────」

 

 

 

生身の人間かうーのこーのって偉そうに言いやがるけどな…………!!!

 

 

 

「俺は【ただの人間】じゃねーんだよ!!!!」

 

 

中村の血の秘密、そんなのお前らみたいな一般人にはわからねーだろうがよ、

 

どうにも………俺らの血は、訳ありらしくっな……!!

 

普通じゃ、ねぇんだよ、俺は!!!!!!

 

 

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」

 

 

腕に猛烈な痛みが奔る。

噛みつかれた時の痛み、肉を失った痛みとは違う、何か根本的なもの。

異物感と言うか、拒否感と言うか。

 

血管のなかに石の破片を入れられたような感覚だ。

 

だがな…………!!!

このままだと、怒りで脳の血管ブチギレて、そっちの方が痛いんだよ!!!

 

 

 

(駄目だわこの人。完全に正気を失っている。仕方ないけど、彼を犠牲にしないように気を遣いながら、この死者を倒すしかないわね─────)

 

 

 

 

「ふぅぅぅ……………ん!!!!」

 

 

このままだと、このクソアマをあの金髪がぶっ潰しちまう。

それはいただけねぇ。ムカついた相手は、ムカつかされた本人がやらねぇと道理に敵わねーだろうが!!!

 

 

 

「ェ…………ァァァァ………!!!」

 

 

ゾンビ女は金髪のほうより、俺のほうを選んだ。

理由は單純、あの金髪のほうが強いからだ。

 

弱い方から狙うのは当たり前だ。

普通は逃げるべきだと思うのだが、すでにこいつらは死んでいるのだから生の本能がない。逃走という概念がない。当然の帰結だな。

 

 

「邪魔くさい……伏せなさい!!!アナタも死ぬわよ!!!」

 

(面倒ね………ただでさえなぜかこの街では力が出ないというのに、あの死者を処理しつつ彼を生かすなんて、そんな細かいこと、無理に決まってるじゃない………!!!)

 

 

 

 

 

「フゥ─────────」

 

 

 

もう十分あったまった。

来いよ、クソゾンビが。

 

─────今すぐぶっ殺してやる。

 

 

 

 

「アァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

死者が爪を振り上げる。

 

 

「全く…………世話の焼ける!!!」

 

 

金髪女も、俺を助けようと腕を振り上げる。

 

 

俺は狙いを定める。

この時をずっと待ってたんだよ。

バカ正直に俺へと正面からテメェが突っ込んでくる瞬間をよォォォォォォッ!!!!

 

 

 

俺の左手に赤黒い光が宿る。

 

右手でその光を掴む。

 

赤黒い稲妻は掴まれたと同時に力と形を生み出す。

 

 

(待って。あの光は…………!?)

 

 

とりあえず、コイツをぶっ飛ばすに手っ取り早い方法は──────

 

 

俺の右手には、血のように赤黒い色をした一本の刀が握られていた。

 

鞘なんてない。

左手にある赤雷がその剣の形を作り出したんだよ。原理は分からねぇけどな……………!!!

 

 

 

 

 

 

「でぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

俺の振り上げた紅い斬撃が、確実にゾンビ女の首元を一閃した。

咄嗟の一撃だったもので、間違えて刀の峰で殴りつけてしまったが、俺がバットを振るった時よりもはるかに高い威力でゾンビ女を吹き飛ばしてやった。

 

 

「はぁ………ぅっ………はぁ………あぁ………ザマァ………見やがれ…………ってんだ、はぁ………ぐっ、」

 

 

俺は全身の力を全て使い果たし、地面に倒れ伏した。

一瞬だけ出てきたあの赤い刀のようなものはなくなっていた。

 

 

(今、彼が現出させた武器は………アレはまさか【血刀】………?)

 

 

申し訳ないことに、俺に放った斬撃は金髪の女の右手にも傷をつけていた。

俺とゾンビ女が同時に攻撃を仕掛けたとき、彼女も手を伸ばしたからだ。

 

 

(自身の血液を硬化させることで生み出す、混血種や吸血種など、肉体が欠損しても形を変えることで補い、自身の肉体を生かし保存する…………自身の肉体を自在に操ることのできる上位種の能力………なぜ彼が?)

 

 

「グッ…………ふ…………」

 

 

もう…………指一本、動けない…………

呼吸もマトモできない…………

 

 

(それに、このわたしに傷をつけるほどの威力………ただの混血種がどうして………?)

 

 

 

色々考えている金髪の女。

そこへ、打ち上がったゾンビ女の身体が落下してくる。

 

 

「ま…………たしかに、ヒヤッとしたけど結果的には楽になってよかったわね」

 

 

振ってきたゾンビ女をその右腕の爪で勢いよく斬り上げた。

 

三枚おろしにされた女の肉体は完全に消滅し、ついでに建物の外壁に熊のひっかいたような深い爪痕を残していった。

 

 

 

 

「──────────ぐ………ふ、」

 

 

朦朧とする意識のなかで俺はその様子を見ていた。

現実だ…………これは…………現実……………

 

目の前で起きていること…………今俺が遭遇したこと…………その全ては…………現実だった…………

 

 

 

人を溶かし殺す謎の繭。

 

突如俺の前に現れた人を喰らうゾンビ。

 

そして、俺を助けてくれた謎の女……………

 

 

「ゴハッ…………ゴホッ、ゴホッ、」

 

「即座にここを離脱するわよ。歩ける?歩けなくても、わたしが強引に連れて行くけど」

 

 

 

──────俺たちの住む街は、いったいどうなってしまったんだ…………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は金髪の女の肩を借りて、なんとか自宅の前の橋の所までやってきた。

この時間には、橋を通る車は一つもない。

あるのは街灯の明かりと、俺の背にある実家の窓から差す灯りだけだ。

 

 

ここに来るまで俺は余裕が全くなく、呼吸もほとんどできなかった。

よって、ここへ来るまでの30分の間に会話はなかった。

 

 

「はぁ………はぁ…………」

 

 

とはいえ、だいぶマシになってきた。

息切れがすごいし、脱力感も半端じゃないが、とにかく…………呼吸するのはそんなに、厳しくない…………

 

 

「良い家に住んでいるのね。この地を管轄する貴族か何か?」

 

「貴族って………んないいもんじゃねぇ………んな事より、お前は誰だ………さっきの連中はなんだったんだ………!」

 

 

俺は必死にすがるように女に食らいつく。

 

 

「…………っ、すまねぇ…………助けてもらった礼を言えてなかったよな…………その、なんだ。ありがとうな、お前がいなきゃ確実に死んでた。礼なら多少は聞くが、あんま期待はすんなよ………」

 

「………………………………」

 

 

俺の言葉に対して彼女は無言だった。

 

 

「な、なんだよ…………」

 

「いいえ?意外と素直な子なのね、とちょっと予想の外だっただけよ」

 

「失礼、しちまうぜ………助けてもらった……礼も言えねぇ、と思っ、てるのか………俺の、こと………」

 

 

そこまでの人でなしじゃないと思うぞ俺…………

 

 

「…………さっきの奴らは『屍鬼(グール)』と呼ばれる異形の怪物。貴方たちでいう『吸血鬼』と呼ばれるモノよ」

 

「吸血鬼…………」

 

 

巷を騒がせる、血を奪い取られる殺人事件…………

じゃあ、ほんとに吸血鬼はいたってのか…………

 

 

「この街は今、吸血鬼による事件が相次いでいる。その犠牲者は加害者となった吸血鬼から血を送られ、屍鬼やその下の階級の吸血種である死者といった傀儡にされて、新たな犠牲者を生み続けているわ」

 

 

そういや、今考えてみたらあの女のゾンビ………いや、屍鬼って言うのか?

あいつ、赤いブラウスを着ていた気がする。

 

 

 

(──────行方不明になった須賀さんは赤いブラウスにベージュのスカート、茶色のブレスレットを身に着けているとの情報があり、警察は住民に捜索への協力を促しています)

 

 

 

吸血鬼に襲われた人間ってのは、ああして屍鬼になって新しい吸血鬼になってさらなる被害者を生み出すっていうスパイラルか…………

 

 

「だが、テレビの報告によりゃあ、死体は何体か見つかっているじゃねーか」

 

「死者になれるかどうかは、そこは適性が問われるの。そもそも血を送られなかった場合は適性にかかわらず吸血種になれるわけもないわ」

 

「そうか…………」

 

「それにしても、貴方は飲み込みが早いのね。物事に対して冷静に立ち回れる。普通の人間はこんな話、信じないのに」

 

「まぁ…………そりゃあな…………あんなモン見せられて、信じねぇわけねーからな…………それに、今も肩がクソ痛ぇせいで、目はギンギンのようだからな…………今でも信じられねぇけどよ、」

 

 

屍鬼…………死者……………吸血鬼……………

 

今街を騒がせているのはこいつらの存在か………

 

 

「じゃあ、あの繭もか?」

 

「繭?下位のランクの吸血種は繭なんて使ってこないわよ?」

 

「……………?どういうことだ?」

 

「さぁ?とにかく、これに懲りたら夜の街を不用意に歩かないことね。たまたまわたしが死者の気配を気取っただけで、ホントは貴方はあそこで死んでいたのよ」

 

「あぁ…………これからは気ぃつけとく。で、お前はこれからどうすんだ。それと、その吸血鬼ってのを放置してたら、この街はどうなっちまうんだ………」

 

 

必死になって質問攻めする俺に対して、最初は女は呆れ気味に対応していたが、途中から何を企んでいるのか、俺のことが「気に入った」とばかりに口元を緩めた。

 

 

「わたしが誰なのか、そしてこの街が今どうなっているのか………それを知る勇気があるのなら、また明日の朝に、あの路地裏へ来なさい。べつに来なくてもいいわよ。それは選ぶ権利は貴方にある」

 

 

そう言って女は背中を向けた。

 

 

「誰か来るみたいね、貴方のご家族か何かみたいね?見つかる前に、わたしはここで失礼させてもらうわよ」

 

 

女は橋の縁までくると、橋の壁高欄に飛び乗る。

下の川までは何十メートルもの高さがある。

飛び降りたら普通の人間は死ぬ。

 

 

「お、おい!!!」

 

「────おやすみなさい。わたしも、貴方のこと知りたくなったわ」

 

 

金髪の女は迷うことなく橋から飛び降りていった。

どうなったのか見ようとしたが、今の俺は立てる状態じゃない。俺はただ、月明かりを背に、橋の下へと落下し消えていく女を見ることしかできなかった。

 

 

女がいなくなったと同時、入れ替わるように屋敷の門が開いた。

 

 

「坊ちゃま!?お帰りになっていたのですか!?いったいどうされたのです………こんな夜まで!それに、座り込んで…………!」

 

 

庭の見周りに来た舐瓜さんが俺に気がついたようだ。

 

 

「舐瓜………さん………ごめん………遅くなって………」

 

「…………ぁ!坊ちゃま、その傷………!!────酷い怪我………すぐに葡萄ちゃんをお呼びします!さぁ、早く中へ。私の肩にもたれてください」

 

「あぁ…………ありがとう…………ごめんな、心配かけて」

 

 

俺は最初、姉貴になんて言われるかという不安ばかりが胸にあったが、舐瓜が俺のことを本当に心配してくれているんだと言うことを考えると、俺はなんだかとても悲しい気持ちになった。

 

 

「とんでもございません。坊ちゃまも、よくご無事でお帰りなさいました。もう心配ございません、お嬢様への説明は私にお任せください」

 

「あぁ、そうしてもらえると助かる…………」

 

 

姉貴のことについても、舐瓜さんがいればとりあえずのところは不問というか、見なかったことにされるだろう。

俺を拾ってくれたのが舐瓜さんで本当に良かったと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────白夜。貴方は小学何年生だったかしら?わざわざ門限を設けないと、まともに家にも帰れないのかしら?林檎からは、夜までには帰ると聞いていたのだけど。今、何時かわかってるの?少なくとも間違いなく今は夜よ」

 

「坊ちゃまは寝坊助な上に、嘘つきなんですね。もう底が見えていると思っていましたが、まだ私たちに坊ちゃまの事を見損なわせてくれるんですね」

 

 

どういう事だ……………まったく解決されてない。

 

 

(申し訳ございません坊ちゃま…………不甲斐なく私の力も及ばず…………)

 

 

どうやら舐瓜さんですら説得しきれない程の大ごとになっていたようだ。

 

 

どれくらい大事かというと、俺は葡萄に身体の診察を受けながら姉貴と林檎にイビられており、その様子を舐瓜さんが気の毒そうに眺めている状態である。

 

 

「むー」

 

 

俺の怪我はあまりに酷いものだった。

右肩の肉の大半が欠損していた。

 

気休めを言うが、野球とっととやめといてよかった。もしプロを目指していたならここで将来はご破算だった。

 

とはいえ、こんな残虐な生傷を見ても表情一つ変えることがない葡萄の診察はなんだかんだって安心する。

まぁ、内心はすごく驚いているのだろうが。

 

 

「葡萄、どうなの。白夜のケガは」

 

「……………大丈夫。怪我、ちいさい………」

 

 

医務室には仕切りがされており、姉貴と林檎は俺の姿が見えていない。

逆に俺も姉貴と林檎の姿が見えない。

それでよかったと思う。

 

お説教で耳が辛くなるだけで済むのだから。

 

 

(坊ちゃまのケガは凄く深かった………葡萄ちゃんったら、お嬢様や林檎ちゃんを不安がらせないために気遣ってくれているんだわ。なんて優しい子なの…………)

 

 

 

 

「……………白夜…………これ………何、」

 

 

葡萄が俺以外には聞こえないくらいの小さな声で聞いてきた。

葡萄はこれは何の傷?と聞いているようだ。

 

 

「いや………その、実は………街でチンピラとケンカんなっちゃって………向こうがピットブル犬を持ち出してきて…………」

 

 

まさか吸血鬼に噛まれたなんてアホくさい説明できるか。

 

 

「むぅ…………うぅ……………」

 

 

葡萄は眉を細めて困ったような顔をする。

そうだよな………こんなウソ、すぐバレる。

 

だが、葡萄は純粋だからウソに対して「ウソをついている」と言えない性格なのだ。

それに、仮にウソがめくれた所で、これが何の傷なのか、葡萄にはわからないのだ。

 

そりゃそうだ。普通にはつかないような傷なのだ。いくら俺たちを何度も診てきた葡萄であっても、これの傷の正体特定することはできない。

 

実際、噛みちぎられた傷というのは事実だ。

葡萄もそこまでは診断できた以上、闘犬に噛まれたっていう話があながち嘘には聞こえてこないわけだ。

葡萄がわからないのは、いったい俺が何に噛み付かれたのかだ。

 

人間の肩を噛みちぎる身近な動物、それはどう考えても犬。

だから、俺が明らかにウソをついているように見えても、葡萄の推察は俺の回答と一致している。

そこが葡萄にとっての困りごとなのだ。

 

 

「むー、むー………うー、ん………」

 

 

とりあえず葡萄は腑に落ちなそうな顔のまま処置だけ施してくれた。

犬じゃないとはいえ、噛まれた傷は噛まれた傷だ。普通に肩の肉が飛んだときの処置で良い。

しかし葡萄の包帯の巻き方は実に上手い。苦しくないし、かといって外れそうにもない。

 

 

「……………(こくこく)」

 

 

どうやら処置は完了したらしい。

 

 

「……………おわり、」

 

「ありかとな、葡萄。だいぶ楽になった」

 

「………………白夜、きらい、」

 

 

葡萄は悲しそうな顔をして椅子から立ち上がると、道具箱を持って部屋から出ていってしまった。

 

 

「………………………………………………」

 

 

仕切りを通って先に舐瓜さんがやってきた。

舐瓜さんは俺の横で、姉貴たちに聞こえないくらいの声で小さく呟いた。

 

 

「坊ちゃまはきっと何か隠し事をされているのですよね………こんな夜に喧嘩になって犬に噛まれたなんてそんなはずがない………葡萄ちゃんは坊ちゃまが怪我をしたことそのもの………そしてなにより、坊ちゃまに隠し事をされた事がすごく悲しかったんですよ」

 

「そうだったのか…………」

 

「はい………無愛想な子ですけど、坊ちゃまの事、大好きなんですよ…………あの子…………」

 

 

 

 

 

「だから誰よりも信頼している坊ちゃまに隠し事をされることが、きっと凄く辛かったんだと思います…………」

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……………うぅ………………」

 

「────ん?………はぇぇぇぇぇっ!?葡萄お姉様!?なんでそんなに泣いてるんですかぁぁぁっ!?ももももももしかして、お嬢様に叱られたり!?」

 

「うっ…………うぅ……うーっ!ないて……ない……わた、し……………泣かない……!」

 

 

葡萄は道具箱を床に置いて檸檬に抱きついた。

 

 

「うー…………うぅー……………うぅ……………」

 

 

(…………………なんでこの人、いっつも私に泣きついてくるの…………)

 

 

「大丈夫ですよーお姉様ー。私たちお姉様のこと好きですからー、よしよし、」

 

「ぐすっ…………うーっ、うぅ……うん、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────で?どういうつもり?」

 

 

診察中は気ぃ遣ってくれてたんすね…………

 

手負いの者には追い打ちしない戦闘者の鑑。

しかし病室を出た途端に容赦ない一斉射撃。

 

 

俺はロビーの床に正座させられ、姉貴と一対一で話をしていた。

林檎がいないのはせめてもの救いだったが。

 

 

「まぁ正直言うと葡萄が大した怪我じゃないと言ってきたときはまぁ安心したわ………けど、それとコレは別。怪我が軽いなら事情の説明ぐらい容易いわよね」

 

 

…………俺、怪我が重くて説明したくないんですが。

 

 

「……………街を歩いていたらチンピラにインネンつけられたから倒してきただけだよ………」

 

「嘘ね。私は貴方の姉よ。貴方が嘘をついてるかどうかなんて簡単にわかるわよ。だいたい、貴方がそのへんのチンピラ風情を相手に一発でも貰う筈が無いもの」

 

 

やれやれ………信用されてるんだかされてないんだか。

 

 

 

 

 

──────長い黒髪に赤いロングスカート。

 

そしてお嬢様らしい振る舞いと姿勢。

 

彼女こそが、現中村当主。

中村グループの莫大な利権を納め、グループに属する大企業その全てを統率し、同時にこの苑持寺町を統括する中村家の長女にして俺の姉。

 

中村絢世(あやせ)である。

 

 

 

 

 

 

世間には多くの『中村』さんがいる。

しかし、我が中村家のルーツの起源は中村さんたちとは違う。

 

かつての家名は『中叢』。

 

この地を納めてきたという記録のある名家であり、それと同時に古くからのある伝説も記録されている。

それは中叢家の血の話だ。

 

中叢の血族の血には少なからず魔族………とりわけ鬼種の血を引いているとされている。

 

俺も最初は信じられなかったし今日の今日までただの伝説だと思っていたが、吸血鬼が実在すると知った今では、あながち納得ができなくもない。

 

 

鬼種の血を引く血統は中叢以外にも存在しており、中叢よりも歴史が深く、系譜が広く分家も多い遠野一門などもその例の一つらしい。

 

鬼種の血を引く者は『混血』と称され、生まれながらに高い身体能力や『異能』と呼ばれる各種個体のもつ固有な生態機能を持つとされている。

 

混血と呼称できるほどの混血は限られているが、ほとんど血が薄く人間とかわりないような種族であれば遠野系列の有間などを筆頭に日本中においてそこまで珍しい話ではないという。

 

しかし血の濃い血統は人間としての自分と『血』の一族である自分との二面性を持ち、何かの反動によってそれが『反転』してしまう事があるという。基本的には人間としての姿を表とするが、もし何らかの原因で『ヒトでない方』が表となった場合、その混血種は混血と呼ぶことはできず、特別な呼称が適用される。

 

一般には髪が紅く染まり、異能の扱いの躊躇いがなくなり、その能力の最大値を引き出し、身体能力も霊長を超越したものになるらしい。

 

紅く染まる髪、赤い影。

『紅い人影』の意味を持つ名…………

 

 

 

────────『紅赤主(くれないせきしゅ)』。

 

 

 

 

 

 

 

「それで?何があったっていうの。どうしても言いにくいことならあの子たちには黙っておいてあげるわ。でも、そのためには私に事情を説明なさい」

 

 

姉貴は譲歩してくれているのは伝わる。

だが、どう伝えたらいいんだ?

姉貴は吸血鬼がいるとか、そんな事言って信じるのか…………?

 

いや、でも…………説明しなきゃ説教は終わらないし、何よりせっかく姉貴が俺を心配してくれている思いを無碍にすることになる。

 

それは弟としてどうなんだ。

 

 

 

「………………外で話そう。二人で」

 

「………………いいでしょう、」

 

 

 

 

 

 

俺は姉貴を連れてテラスへやってきた。

ここは朝は皆でお茶を飲んだりするくつろぎ場なのだが、こんな夜には誰もいない。

 

 

 

「それで?何を説明してくれるのかしら?」

 

「──────────────」

 

 

姉貴だって俺を信頼してくれている。

メイドたちには黙ってくれるって約束してくれた。

だったら、俺も実の姉に嘘なんてついてられるか。

 

 

「姉さん………まず最初に言っておくと俺の話はたぶん、信じてもらえねー」

 

「…………どういう事かしら?」

 

「正直、俺の見間違いかもしれねぇし、勘違いかもしれない。そんぐらい、バカバカしい話なんだ。でも、俺に説明できるのはその程度のことしかないんだ。自分でも何が何だかよく分かってない。俺にもわからんことを姉さんに説明した所で信じちゃくれねーだろ」

 

「……………まぁなんでもいいから言ってみなさい」

 

 

そうなんだよな…………意外と姉貴は信じるタイプなんだよな、

 

 

「前に………親父がまだ生きてた頃、話してくれたよな。俺たち中村にはなんか、人じゃない血が流れてるって話」

 

「………………そうね、」

 

 

姉貴はテラスの椅子を引き出すと俺を座らせた。

 

自身は柵に体を預けて夜風を浴びていた。

 

 

「私たち中叢には、生粋の鬼の血が流れている………そんな話をお父様から聞かされた気がする。実際に書斎でそういった記録のような文献も呼んだわ。白夜も呼んだでしょう?」

 

「あぁ……………」

 

 

初めて知ったときは、なんか複雑だったな。

時代を跨ぐ、手の込んだ嘘だったら良かったとおもっていたんだが。

 

 

「俺が今夜見たのはチンピラじゃない。その生粋の鬼とやらの亜種のようなモンに出くわしたんだ。路地裏に2体…………そいつらほぼ不死身で、俺が今までに喧嘩してきた相手の中で一番強かった。正直、危うく命まで持ってかれるところだった」

 

「…………反転した鬼の亜種…………」

 

「どうにも、巷を騒がす連続殺人事件にも、一枚噛んでいたらしい………」

 

 

俺はあの金髪の女の子とは黙っていた。

 

姉貴は少し唸ったあと腕を組みながらまっすぐ俺の顔をみてくる。

 

 

「不思議ね………下手な作り話のはずなのに、今の貴方の顔を見てると嘘をついているようには見えない…………私も噂には聞いていたけれど、吸血鬼殺人事件…………まさか本当だったとはね…………」

 

 

あの金髪女は飲み込みが早い、と俺に言ってきたが、だとするなら飲み込みが早いのは圧倒的に姉貴の方なんじゃないか…………

 

姉貴はあの屍鬼たちに遭遇してないのに俺の話だけでこんな非科学的な事を信じちまった。

どんだけ俺の正直な時の顔を信頼しているんだよ。

俺が嘘をついている時の顔をしていないイコール吸血鬼は実在する、とはならんだろ…………

 

 

「事情が全く見えてこないわね………仕方ないけど、今晩のことは不問とするわ………貴方が無事に帰ってきた、大切なの事はそれだけだし………」

 

「ありがとな、姉さん」

 

「でも。この事はメイド姉妹には黙っておいてあげて。一般人にこの話をしたら確実に混乱するわ。もちろん、夜間に外出しないようにとはきつく言っておくつもりだけど」

 

「わかった。だが、これからどうすんだ?あんなバケモノがうじゃうじゃ居りゃあ、この街はそのうち終わっちまう」

 

 

殺されたら死者になって増殖していくのなら、加速度的に町の人口は減っていき対して吸血鬼の数も増える。

そうなりゃ、いくらこんな広い街といったって、三日三晩で終わりだ。

しかも、人間では到底太刀打ちできない。

あの女一人で全員殺してくれたら助かるんだが………まぁこの街の広さからして厳しいだろう…………

 

 

「…………仕方ない、『アレ』に頼るしかないわね」

 

「…………アレ?」

 

 

えぇ、と姉貴は肯定の頷きをする。

アレって何のことだ?

 

 

「白夜、明日学校帰りに寄ってほしい場所があるの」

 

「どこなんだ?」

 

「この橋よりさらに北の標高の高い場所に、教会があるから。その場所に行けばいいわ」

 

「教会だぁ?」

 

 

何言ってんだ、世も末だからって祈りでも捧げるってか?

 

 

「ウワサ程度に聞いた話だけど、あの教会の神父は聖職者の仕事の傍ら便利屋もやっているそうなの。それに、この手の問題なら何か知っているかもしれないわよ。生者と死者の境界だとか、なにかを掴んでいるかもしれない」

 

「教会神父かよ………ウチは無宗派だろーが………」

 

「べつに入信するわけじゃないのよ…………」

 

「神父ってーとアレだろ………?ハゲメガネのおっさんがよく分からねぇ本を持って説教垂れてるやつだろ?」

 

「どんな偏見よ…………仲の良いご近所さんが言うには、緑髪の若い優男らしいわよ」

 

「姉さんが勝手にそう解釈してるだけだろ?」

 

「あんたねぇ………本気でぶつわよ」

 

 

おっと、冗談言ってる場合じゃあなかったか。

 

 

「分かったよ………姉さんが言うなら信じる。明日でいいんだな?」

 

「えぇ。場所は北苑持寺教会。この橋を数百メートル西側に言った所から上がれるわ」

 

「はいはい………で、何をしたら収穫とみなされるんだ?」

 

「せめて、その吸血鬼が何者なのか、対処法はあるのか。それだけでも聞いてらっしゃい」

 

 

いやいや、吸血鬼だろ………?

そんなの、ただの神父が知ってるわけないだろ………

たしかに神父なら神のご加護とやらで変な力使えるかもしんねーけど、それはそれで流石に吸血鬼とは関係ないんじゃないか?

 

 

「……………しっかし、込み入った話が終わったあとに思うと、姉さんとこうして二人で話すのは意外と久しぶりかもな」

 

「まぁ、そうかしらね」

 

 

喧嘩もよくするし、厄介だと思う時もあるが、なんだかんだって、姉と弟だ。

けっきょく、俺が一番信頼できるのは、他でもない姉貴のほうなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────その頃、北苑持寺教会。

 

 

「────────」

 

 

教会の中では、窓から月明かりを見上げていた人影がいた。

黒い神父服に、緑色のストラとマントを羽織った男だった。

 

 

「───────昨夜は満月。今夜からは月が欠けてゆく筈なのですが………どうも、月の欠けが浅い…………」

 

 

神父の蒼い瞳が月を捕らえる。

 

 

 

 

 

 

「─────この街にも訪れたようですね。『朱き月』が─────」

 

 

 

 

 

 

 

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