『月姫』を識る者   作:マジカル赤褐色

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戦慄のコロッケレポート

 

 

苑持寺西のビル街は夜を迎え、人と人がぞろぞろと流れている。

まるで打ちっぱなしのパチンコ台の玉のように人を避け、道路を敷き詰める人の陰の合間を縫い、狭い空間にどうにかして道を尋ねて歩く。

 

主に仕事を終えたサラリーマンやOLが通りを抜けている。

 

そのビル街を、高所から見下ろしている影があった。

茶色の学ランにズボン。どこかの学校に通っていると思われる少年だった。

 

髪は薄みを帯びた孔雀緑色。

学生とは思えない奇妙な容姿の少年が、近隣に学校のないこの地で、なぜかどこかのビルの屋上、その落ちるギリギリの縁に座り込み、街を往くアリのような人影の数々を見下ろしていた。

 

彼はいったい、どのようにして今日は既に閉まっているここへ侵入したのか?

何をしにここへ現れたのか?

 

それらの全ては謎に包まれていた。

 

 

 

 

 

「なっ…………そこで何をしている!!」

 

 

夜遅くまで残っていた警備員が屋上の鍵を開いた時、見知らぬ人影を見てすぐに駆けつけた。

 

初老の男性が1人と、若い女性が1人。

 

 

「何って…………人間観察だよ。人間観察、」

 

 

少年はそちらに目線を向けることも、顔を向けることもなく街を見下ろしながら答える。

 

 

「どうやってここへ入った………?屋上の鍵は閉まっていた。最後の確認をしにきたら貴様がいた…………」

 

「身元を証明できるものはありますか?あればこの場で提示してください」

 

「……………………………………………………」

 

 

少年は人体模型が動きだす怪奇のように後ろをゆっくりと振り向く。

 

 

「その制服………貴様、学生か?なぜこんな所にいる………保護者の方は?」

 

「先輩、ひとまず警察に…………」

 

 

懐中電灯が示す先で少年は屋上の縁に座っていたところから立ち上がり、ゆっくりこちらへと歩み寄ってくる。

 

 

「おっと………それはいただけないな。僕は何もしていないのに………」

 

 

少年は追い詰められ、見られてはいけない所を見られたはずなのに、声も立ち振る舞いも堂々としていた。

逃げも隠れもしなかった。

 

 

「いいや。れっきとした建造物侵入罪に該当する。そもそも、ここから街を見下ろして何をしていた?」

 

 

二人の警備員は少年にライトを向ける。

 

 

少年の顔が光に照らされる。

 

────生気のない(まなこ)

 

邪悪に緩んだ口元から溢れだす不可解な笑み。

 

その顔は白粉を塗った歌舞伎役者のようにひどく白く血色が悪かった。無機質に温度もない存在のように見えるその少年の不気味さは、日本国の言語で表せるようなものではなかった。

 

 

「何って…………女の人を漁っていただけだよ。素敵な人をね…………」

 

「な…………何言ってんだ…………?」

 

「ねぇ…………そこのお姉さん。君、けっこう綺麗だね。まぁ他にももっといいのがありそうだけど…………今夜は君ぐらいでいいや、合格点ってところかな」

 

 

少年は視線で女性の警備員を舐め回すように見つめる。

 

 

「ひ………っ…………」

 

 

そのあまりの怪奇さに女性は一本下がる。

 

 

「なんなんだ貴様は!人を呼ぶぞ………!失礼、こちら宮舘、西苑持寺クレセントタワー屋上に、怪しい少ね─────」

 

 

「あーだめだよ、人を呼んでしまったら僕がここから出られなくなってしまうじゃないか」

 

 

少年の声とともに、トランシーバーを手にしていた警備員の手がまたたく間に切り落とされた。

 

 

「え……………?」

 

 

彼自身が、自分に何が起きたか知覚することができなかった。

 

彼は手遅れになってから、自分の身に起きたことを把握した。

 

 

「、ぎ─────あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

完膚なきまでに切り落とされた腕の切断面を押さえて、男性は地面に付してのたうち回る。

 

 

「ひひ………あっははははははっ!!!面白いね君………時間差で痛みに沈むなんて、変わった芸をするんだねぇ………!」

 

 

少年の高笑いの先で、男性は身体を食い破られたかのように、徐々に原形を留めぬカタチに破壊されていっている。

 

闇夜に紛れて何も見えない。

女性が突然のことに驚き落としてしまった懐中電灯の光の先には、何かが光を反射して輝いているのが映った。

 

 

「ひ……………いやぁぁぁぁぁぁっ!!!先輩………!!!だ、誰か────!!!!」

 

 

女性は大声を上げて一目散に屋上から逃走を図る。

 

 

「おや、逃げるのかい?僕と追いかけっこをして遊んでくれるのかい?優しいんだね君…………」

 

 

少年は彼女を追わなかった。

 

 

女性は扉を勢いよく開けて、一刻も早く少年を撒くために、階段を全速力で降りていく。

 

上からはゆっくりではあるが、足音が徐々に迫ってくる。

 

 

「はぁ………はァ………はぁ………っ!!!」

 

 

あの少年に追いつかれたら死ぬ。

 

それだけが恐怖した彼女を突き動かす意志。

彼女は無我夢中で走り、階段を飛び降り、我を忘れ、

 

そのまま一階にたどり着いた。

 

 

「出口…………!!やっと、出られる…………!!」

 

 

彼女は出口の向こうに見える街灯の明かりへとまっすぐに進んでいった。

 

 

「えっ…………?」

 

 

───────しかし、

 

彼女の足は止まった。

 

彼女が何かに気づいたわけじゃない。

何かが行く手を阻んだわけでもない、

 

ただ、彼女の脚が、何かに縛られて動かなくなったのだ。

 

 

「そんな………どうして…………出口は…………目の前…………なのに…………」

 

「あっはっはっはっは!!!希望が目の前に現れた時に、人は一番油断するんだ。いや、逆かな?希望が絶望に変わった時、人は一番絶望するんだ」

 

 

いつの間にか、女性の真後ろにはあの少年が、首に噛みつけるほどの近い距離にいた。

 

 

「そん………な………いや…………」

 

「ビックリしたかい?頑張ったようだけど、鬼ごっこは終わりかな。君を逃がしたのはわざとだよ。ここで君の顔が一番深い絶望へと変わる瞬間を、目に焼き付けたかったから…………」

 

 

少年は女性の喉元に手をかける。

 

 

「さ。次の遊びをしよう。大丈夫、夜はまだまだ長い。僕と一緒に………遊んでくれるよね…………?お・ね・え・さ・ん?」

 

 

「い────────」

 

 

女性が最後の悲鳴を上げるより前に、少年はもう口を手で塞ぐ。

そのままもう片方の腕で器用に女性の腕を締め付け、そのまま屋内の隅にある闇へと消えていった。

 

 

 

ビルの屋上には、臓腑を刃物のようなものでかき回され、腹部が完全にシチューを盛り付ける皿のようになってしまった男性の遺体が残ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月17日の夜、まもなく日付は変わろうとしていた。

 

 

「はぁ…………腹減った……………」

 

 

今夜は色々と色々だったせいで、完全に肉体の栄養源が底を尽きていた。

胃の中も肝臓の中すらも底のなき虚無の空洞だ。

 

 

俺は何か食糧を求めて台所を目指して歩く。

 

 

 

…………ふと横を見ると、廊下には檸檬が床に座っていた。

 

また何やらかしてへこたれているのかと思い、近寄ってみるとどうやらそうではなかった。

檸檬の膝の上で、葡萄がすやすやと眠っていた。

 

何やら涙の跡がある。

気弱な末っ子が、気の強いふしぎお姉ちゃんを膝枕している様子が微笑ましいと思って見つめていたら、檸檬がこちらの様子に気がついた。

 

檸檬は俺に気が付き、びっくりしたのか「ぎ───」まで言って慌てて口を押さえた。

 

 

「しーっ、ですよ白夜さま。葡萄お姉様、疲れてたのか寝ちゃってます」

 

 

いや、不安なのはお前の方だよ。

 

 

「あぁ。俺の治療させたせいで仕事増やしちまったようでな…………」

 

「もぅ………何やったんですか………葡萄お姉様泣いてましたよ………」

 

「やっぱりか…………」

 

 

葡萄の腕には水色のサメのぬいぐるみが握られていた。

あのぬいぐるみがないと寝れないんだったよな。

名前はたしか…………

 

 

「ずっとこの体勢で動けないもので、蜜柑お姉様に『ジュスティーヌちゃん』を持ってきて貰いました………でも今度はこの体勢のまま眠っちゃって………私も脚が痺れてきましたよぉ…………」

 

 

あー………そうそう、そんな名前だったわ。

ちなみにフルネームは『呪いの人形・ジュスティーヌ=グレイフィア』ね。

 

名前めちゃくちゃすぎるだろと思ったんだが、これでも家族会議で3時間ぐらい使った末に生まれた答えなんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

林檎「サメ子、でいかがでしょう」

 

葡萄「…………却下、」

 

 

檸檬「フカヒレさん………とかですか………!」

 

葡萄「…………イマイチ………」

 

 

蜜柑「でしたら…………鬼夜叉金剛力士丸とかかっこよくないですか!?」

 

葡萄「…………論外、」

 

 

絢世「ぬいぐるみに名前なんてつけてどうするの。無難にマスカットでよくないかしら?」

 

葡萄「うー…………嫌…………」

 

 

舐瓜「マスカットでしたら果実の女王…………マスカット・オブ・アレキサンドリアにちなんで、クイーン・アレキサンドリア二世とかはいかがでしょう」

 

葡萄「んぅー、やーだ………かわいくない………」

 

 

 

俺「ダメだうちの女の子たちネーミングセンス壊滅的すぎる…………」

 

 

絢世「あら?そんな大口を叩く余裕がおありのようね?中村家長男さん、」

 

俺「は?どーいう意味で、」

 

 

蜜柑「坊ちゃまだけですよ?まだ案を言ってないの」

 

檸檬「そーですよそーですよ!私たちが頑張って考えた名前にダメ出しだけして自分だけ黙るなんてそんなの不公平ですっ!」

 

林檎「そんなに偉そうなこと言えるなら言ってみてくださいよ。お手本を」

 

舐瓜「大丈夫ですよ皆さん。坊ちゃまはきっと何か考えがあるのでしょう」

 

 

俺「あ…………ぁ……………えーと、ジュスティーヌ=グレイフィア……………」

 

全員「こいつ一番終わってる」

 

 

葡萄「………………………………」

 

絢世「まったく。葡萄も期待外れみたいな顔してるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

葡萄「……………素敵……それがいい………」

 

全員「──────は?」

 

 

 

 

 

 

 

─────って、名付けたの俺かよ!!!!!

 

 

あぁ………でも確かにそうだったかもなぁ…………

 

 

葡萄ってことで、グレープジュースから着想を得たんだよ。

 

 

Juice→Justine  Grape→Grayphere

 

 

……………って感じで。たぶん。

 

もしかしたら、そんな由来は後付けで、俺が追い詰められてテキトー言ったのがたまたま採用されたかのどっちか。

 

『呪いの人形』の部分は葡萄が勝手につけ足した。それは別に好きにしたらいいと思うが、呪いの人形と一緒に寝れるのか…………?

 

ぬいぐるみないと寝れないのに、ぬいぐるみに勝手に呪いとか付けておいそれと寝れるか………?

俺逆にそっちの方が寝れないぞ。

 

ほんとに葡萄は実態の掴めないやつだ……………

 

 

 

 

 

「そういえば白夜さま、蜜柑お姉様がお夜食準備していましたよ。『夕飯に間に合わなかった坊ちゃまのための回復料理だ』って」

 

「マジで!?俺、今まじで腹減ってるんだよ、そりゃ助かる」

 

 

今日はあらゆる意味で体力使ったので、ここで蜜柑さんの料理を口にできるのは最高すぎる。

俺は半分浮き足でダイニングへと直行した。

 

 

「ちょっ、えぇっ…………!!私、まだこの体勢………!?」

 

「悪いな檸檬、今はマジで飯食いたい。お詫びは後で考えるからここは頼んだぞ」

 

「うわーん、この人でなしー」

 

「んじゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中村家のダイニングの上には超絶美味そうな料理!!!

 

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

「あらあら。坊ちゃま見ただけで元気全回復ですね!でしたら、こちらは明日にでも〜」

 

「お願いします、一口でいいから食べさせてください………!」

 

「うふふ。冗談ですよ〜、坊ちゃまに早く元気になってもらうために、今日は坊ちゃまの大好物、蜜柑お姉ちゃんの手作りコロッケです!」

 

「やったー!!!」

 

 

俺は余力がないはずの肉体でガッツポーズを決める。

今まで色んな高級レストランに連れて行かれてきたが、それでもこの人の作る料理は世界一美味い。

 

もちろん特別なご馳走ではない。

毎晩やってくる家庭の味というやつだよ。

 

部屋の掃除を林檎がして、洗濯を檸檬がやって、部屋の点検を葡萄がやって、庭の管理を舐瓜さんがやって、執務を姉貴がやる。

 

仕事は回っているが、だからといって腹が減ってりゃ生きていけるわけがない。

食らうことは即ち明日への生命を繋いでゆくこと。

故にこそ、この家における最も重要な役割、炊事担当。

 

 

それこそが、今俺の前にいるオレンジ色の髪のメイド、

 

蜜柑(みかん)さんだ。

 

 

彼女はメイド姉妹の3番目で、俺からすると一つ年上で、姉貴と葡萄の一つ下にあたる。

天真爛漫、元気溌剌としたムードメーカー。その一方で、俺たちに影で子供っぽいイタズラをしかけてからかってくるやんちゃな娘。

 

しかし、それでも料理の腕は超一流。

高級料亭のシェフなんて、所詮自分が作りたいものを全力で磨き、他人に食わせることしか考えていない科学者どもだ。その努力と研鑽は自分に向けたものであってただの飯の研究者。

 

蜜柑さんの料理は歳を跨ぐような改良や研究もなく、ただ彼女の経験が生む気まぐれの結晶すなわち気取らぬ家庭の味そのものである。

そこに研鑽や収斂の概念はない、ただ毎日みんなが美味しく食べてくれることを至極の歓びとする。料理人というよりママの鑑のような眩しい人だ。

 

 

「さぁさぁ、お席に着いてください〜」

 

「わーい。失礼します…………あれ?コロッケだけ?白飯は食べきっちゃった?」

 

 

ふっふっふー、と蜜柑さんはその問いかけを待ってましたと言わんばかりに嗤う口元を手で押さえる。 

 

するとその場で一回転し、いつの間にかその手には杓文字と茶碗が握られていた。

 

 

「!?」

 

「ご飯は、まだできていなかったんですよ。でも、今、この瞬間、炊けました!」

 

「なん………だと…………!?」

 

「さぁさぁさぁーっ!!炊きたてアツアツのご飯ですよ!冷める前にお召し上がりくださいませ!お茶碗に失礼しまーす、てややーっ!!」

 

 

なんと目の前に炊飯器がドカッ、と置かれ、開いた中には炊きたてホヤホヤの純白白米。

 

蜜柑さんは素早い手つきで米を杓文字で掬い、茶碗にぶち込む!!

しかし、その米の塊の造形すらもはや美しい。

まるでアイスクリームのように整った形をしている。

 

 

「こ、この湯気と熱気、そして熱気を浴びただけで生き返り体内でエネルギーが生産されるようなこの感覚は間違いねー…………炊きたてだ!!!」

 

「はい!坊ちゃまのお帰りと聞いてすぐさまご用意いたしました!」

 

「うおーっ!なんだこの人神かよ!いただきます!!!」

 

「はい!どうぞ召し上がれーっ!」

 

 

どうしよう………何から食う?何から食おうか!?

 

とりあえず冷める前にこの炊きたての白飯を食うぞ!!!

 

 

「チッチッチ…………ダメだな、外国人は全員日本に移住すべきだわ。日本に生まれてよかった」

 

「ふふっ、変なのー」

 

 

─────箸が止まるわ、逆に。

何か語らずにはいられない。

米の作り方って誰が発見したんだろーな。

あんなクソめんどい行程ふんでやっと食えるのがあんなちっこい米粒だぞ。

それを水に浸して加熱、炊くことでふっくらさせるなんて発想、どこの誰が考えたのか知らんがもし記録があるなら俺はそいつのことを一生尊敬する。

 

とはいえ、米が美味いのは日本が素晴らしいからなのと、なにより蜜柑さんの完璧な気遣いから生まれたものだ。

だが、本命はこれじゃないんだろ?

 

 

蜜柑さんが作ってくれたのはコロッケ。

これを食わなきゃこの食事は食事したことにならないと言っても過言ではない。

 

 

「は…………はくっ、」

 

 

コロッケってのはよ、人によってえらく作り方が変わるんだよな。そりゃ種の中に何をいれるかとかもそりゃそうなんだが、特に決め手となるのは芋だ。

 

芋の種類だァ?そんな初歩的じゃない。

 

大事なのは芋の潰し加減だ。

芋を茹で、皮を剥いたあと、潰す必要があるんだが、どれだけ潰すか。

コロッケを作る上で一番個人差が出る工程はここであると言っても過言ではないだろう。逆にここを変えてしまえばまったく別の味に変えて楽しむことができる。

蜜柑さんのコロッケは基本的に粗めに砕く。だからこそこの芋のゴロゴロ感というのか、噛んだ時の食感で味が伝わってくるんだ。

 

んで中身はひき肉なんだが、それと一緒に何いれるかだ。

基本的にはひき肉と玉ねぎだが、人によってここにニンジン入れたりとかがメジャーだろうか。

 

だが、蜜柑さんの入れるものはそんなものではない。

 

 

「この肉の旨味の中に隠れされた苦味、これは微塵切りにされたピーマン!!!」

 

「はい!ソースとお芋の甘みの中に、微塵切りにしたピーマンの苦みがアクセントになって脂っこさと甘ったるさを制御する!しかも栄養満点で健康にも良いんです!」

 

「なんてこった………!ただでさえこの世で五本指には入るめんどい料理であるコロッケの中に、わざわざ切るのが死ぬほどめんどくさいピーマンをしかも微塵切りで入れやがったのか!?」

 

 

コロッケというのはせいぜい片手に収まる程度の小さなもんだ。皿に乗ってるけど、商店街に行きゃ小さな紙袋に詰めて渡される程度のものだ。

誰もが知る身近な庶民食。だが、そのちっぽけでシンプルな見た目とは裏腹に、見た目からは想像もつかない手間がかかっている。

 

まずそもそも芋を茹でる必要がある。

そしたらあっつあつの芋を我慢しながら皮を剥いてやり、そのままボウルに入れて潰す

 

玉ねぎや野菜を微塵切りにする。

ひき肉と野菜を炒めるだろ?

 

そしたらじゃがいもを入れたボウルに移して、素手で潰しながら混ぜて、おにぎり握るみたいに形整えるんだよ。

 

それでもまだ終わりじゃないぞ!?

だってこれ揚げ物だから卵とパン粉に通して揚げなきゃいけないんだから。

 

多くの工程、数ある料理のテクニック、技能をすべて試される、調理師資格専門学校の最終試験として提示されてもおかしくない集大成のような調理手順。

料理初心者には、これを完走することすら非常に困難。

料理に慣れたお母さんたちだって、これをいきなり作れと言われると嫌な顔になる。

 

だが蜜柑さんは違う。

俺のために、夜遅くの帰りになって、怪我までして。そのせいでみんなと夕食を食べるタイミングがずれて。そんな俺一人のためだけに時間を割いて米まで炊いてくれて……………

 

 

これ以上の愛情ってのが他にあるかよ!!!

 

 

「どうしたんですか坊ちゃま。泣きそうな顔していますよ?」

 

「うぅ…………美味い………最高だぜ蜜柑さん………ごめん、俺悪かったよ………蜜柑さんにも皆にも、姉貴にも心配かけちまった………これからは心配かけないように、連絡ちゃんとするし、雨の日はすぐ帰るよ………!」

 

 

たぶんどんな救いようのない凶悪犯も、これ食わせたら全ての罪を自覚して反省し、更生に励むだろう。

ムショの中でも絶対に模範囚だな。

 

 

そっからはもう箸が止まらなかった。

結局、炊飯器にあった白飯は空っぽになってしまった。

 

 

「はぁ…………食ったー。ごちそうさまでした」

 

「はーい。お粗末さまでした、」

 

 

ごちそうさま、って良い言葉だな。

飯を作ってくれた人への感謝もそうだし、生産者への感謝、そして何より食材となった全ての命へのリスペクトでもある。

 

彼らの尊い命を貰い受けることで俺たちは明日を生きるための力に繋げる。

 

この身体に流れる血は、俺の親たちだけが与えてくれた血なんかじゃない。

俺たちが今まで消費してきたすべての生命が託してくれた俺の明日。

 

それが例え何年続くか分からないとしても。

永遠ではありえないとしても、この身体の限界が許す限り、俺は極限まで生き残り続けたいと思う。

 

食事というのは、それだけ人間いやすべての生命体にとって意味のある行動なのだ。

 

 

若者よ、食べて強くなれ。

 

大きな人間となれ。

 

 

 

そして俺は、なによりも美味しく食べることが大事だと思うんだ。

 

 

それが俺たちに消費される運命だった命たちへのせめてもの手向けとなるだろう……………

 

 

 

 

ん…………なんで俺食べ物なんかにこんなアツくなってるんだ?

 

てゆーか、なんか………この感じ、既視感があるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(諸事情により顔にモザイクを入れております。)

 

『ハンバーグこそ人ならぬ神の与えたもうた叡智!!!』

 

 

 

 

 

あのハンバーグの先輩か────っ!!!!!

 

 

 

 

 

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