人々は絶滅戦争を行った。
その結果、人類の四分の一が息絶えた。
幾度目かの絶滅の危機に、神が選んだ「慈悲」とは――。
「余計なお世話だ。俺たちは勝手に死なせてもらう」

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現実的なバベルの塔の建設、および神への絶縁について

 

鐘が鳴る。

地下深く、神を恐れし者たちが作った「楽園」に、朝を告げる鐘が。

地上は「赤い雹(ひょう)」によって常に三分の一が焼かれ、もはや人が住める世界ではなくなった。

俺は、あの運命の日に戦場にいた。

いつものように敵の罠にわざと陥り、その悪意をカウンターとして叩き込もうとした瞬間……突然訪れた「あの音」を覚えている。

それは、いかなる大砲よりも勇壮で、肉片が飛び散る音よりも生々しく有機的だった。

身の毛がよだつほどの感動と、脳が痺れるほどの恐怖を呼び起こす音色。

そして降ってきたのは、紅黒い雹。

ガスコンロのように熱く、その色は見飽きた血の色をしていた。

そんな地獄を思い出し、俺は思わずトイレに駆け込んだ。

あの日から人々に「明日」は無くなった。されど人々は「明日」を探す。

この世は地獄だ。だが、終わらせるのが人以外であってはならない。勝手な終わりなど、誰も望んじゃいない。

最悪の気分だった。思い出したくないことほど、脳に染み付いて離れない。

俺はいつものように能力を使う。人々の悪意の総量を確認し、他の「楽園」が健在であることを知る。

かつては人を殺すための能力だと思っていたが、今やそれが楽園の存続という、未来の灯をともす篝火(かがりび)なのだから笑えない。

最低限、顔を洗って飯に行こう。ふとそう思った。

朝だと思っていた鐘は、どうやら昼を告げるものだったらしい。

市場は電灯に照らされ、人々は空虚な活気に包まれていた。

「いつ終わるかわからないから」と全財産を使い果たす馬鹿。

「いつ使えるかわからない金」を大事にしまい込む馬鹿。

ここは、楽園なのだろう。

少なくとも、世界の終わりを直接見ることなく過ごせるのだから。

「お! 兄ちゃん、相変わらず湿気た面(つら)してるね。どうだい、ここらでパッと全額賭けないかい?」

ズタボロの服を纏った男が声をかけてくる。あまりに酷い身なりに、思わず顔が緩んだ。

「そうだな。お前のひでぇ格好を見てたら勇気が湧いたよ。10ケント、赤に賭けてやる」

男はニヤリと嗤い、コップを持ち上げた。

そこに転がっていたのは、青いサイコロだった。

「おいおい兄ちゃん、運がないな。今日にでもおっ死ぬんじゃねぇか?」

男がコップを覗き込んだ瞬間、俺は「あの感覚」に襲われていた。

かつての戦場で命を救われた、どうしようもなく不快な感覚。

まるで皮膚の下を、大量の小さなムカデが走り回るような……。

「……ああ、今日が最後になるかもな。もしそうなったら、俺はその程度だったってことだ。賭けの相手がいなくならないよう、祈っておきな」

10ケントを投げ渡すと、男は苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「祈るって言ったってなぁ……『アレ』に願うのはごめんだよ」

「……ああ、全くだ」

災難な一日だ。

朝だと思えば昼、なけなしの金はさっきスった。

死なないために売られている鉄臭いパンで腹を満たし、俺は広大な空き地へと向かう。

この地は、希望の土台。遥か天空の彼方にいる神へ、人々を送り届けるための土台だ。

もっとも、神の居場所すら分からない以上、その塔を建てたところで机上の空論に過ぎない。

「神の勝手で終わることは、あまりに優しすぎる終わりだ。そんなの、誰も望んじゃいない」

だから、俺は楽園を回る。

神から逃げるために、神に最も近づこうとした愚か者たちの「宙(そら)の箱庭」へ。

それらを集め、神に言ってやるのだ。

**「余計なお世話だ」**と。

その部屋は、相変わらずカビの匂いがした。

今や貴重品となった紙を床一面にばら撒き、一心不乱に何かを書き綴っている男。

一見すれば浮浪者。羽虫が集るその服は、かつては上等なものだったことが辛うじて分かる程度にボロボロだ。

「調子はどうだい?」

いつものように無視されるかと思ったが、返ってきたのは有り得ない言葉だった。

「ああ、凄ぶる良いとも! 今この瞬間、地上の馬鹿どもの現実逃避を……『時間遡行』を消せるようになったのだからな!」

男は叫ぶ。

「ようやく一歩目を歩める! 妻と子供たちに、これでやっと良い報告ができる」

かつて愛妻家として知られたその男は、俺に紙束を投げ渡すと、共同墓地へ駆け出していった。

彼の家族は、あの雹の次の災厄で海に消えた。

何も残らず、男の記憶だけが唯一の残滓(ざんし)だった。

「どいつもこいつも狂人ばかり。なんでこんな世界で明日を夢見て、過去を思い出せるかな……」

こぼれた自分の声が、なぜか楽しげに震えていた。

「バベルの塔」は、物理的に固定する方法がない。

だが、あの狂人の遺作(理論)を携え、俺は「時間を遡行し、神の裁判を無かったことにしようとする一族」を訪ねた。

族長は、報われない過去にしがみつき、何度も自分たちの存在を過去へ消そうとしていた。

狂人には、狂人をぶつけるのが一番早い。

結果、族長は協力を承諾した。

一度だけ塔を支えることを条件に、彼らが甘い夢の中で消えることを許したのだ。

それがいくら愚かであっても、足掻くことは「人の特権」だ。

こうして「バベルの塔」は建造された。

全長120キロメートル。愚かな人類の結晶。

聖書のバベルの塔は、高すぎたがゆえに神に壊された。

ならば発想を変えればいい。邪魔されない高さまで作り、残りは飛ばせばいいのだ。

「どうせ壊れるからとシートベルトをケチりやがって。この馬鹿ども、まだ明日を夢見てやがる」

クジラの歌のような咆哮を上げ、塔が動き出す。

俺は能力をフル回転させ、塔を強化する。自分がバラバラになる確率が跳ね上がるが、最後だ、好きに行こう。

結局神の居場所は知らず、馬鹿みたいに輝くのがウザイからと太陽に向かって射出される。

とてつもないGを感じながら意識を飛ばした。

 

「なんだ、案外綺麗な部屋だな」

フカフカの、居心地の悪いソファに座る。

目の前の「神」に向かって、俺は傲慢に、人らしく宣言した。

「今日はお前に勝ちに来た。結論から言おう……人を見捨てろ。お前の慈悲なんて欲しくない」

『私はそうは思えない。人は自らを痛めつけ、締め付ける。その姿は見ていられない。だから慈悲として、終わりを祝福しよう』

「ああ、救いようがない生き物なのは確かだ。俺自身、数え切れないほど殺した」

だからこそ、わかることがある。

俺たちは、人は、勝手に死ぬ生き物だ。

明日を夢見ながら誰かに託して死に、明日が見えないと知りながら争いに身を投じる。

それは自殺かもしれない。だが、俺たちは「未来」を夢見てそれを行う。

決して「死にたくて死んだ奴」なんていないんだ。

「俺たちは愚かだ。終わりは絶滅かもしれない。けれど、お前がそれを決めるな。それが人によるものなら、俺たちは納得できたんだ」

『君たちが苦しんで自殺するよりは、よほど良い終わりだと思うが?』

「……ああ、やっぱりお前は神様だよ。遠い昔、殺人が神すら動かす重罪だった頃と、何も変わっちゃいない」

俺がわざわざここに来たのは、一言言いたいからだ。

「いいか、いつまでも親面するな。俺たちはもう、お前が必要ないんだ。関わるな。ただ、それだけだ」

神は静かに答えた。

『……そうか。かつての愛し子たちよ。私はもう、お前たちを見ない』




ご拝読ありがとうございます。思い付きで作った短編では有りますが、これ以上を作れない気がしたので投稿させて頂きました。楽しんで頂けたら幸いです。最後に改めてご拝読ありがとうございます。

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