不定期になると思いますが、よろしくお願いします。
第1話「
―――俺は子供の頃から、『仮面ライダー』が好きだった。
きっかけは、父親が持っていた一本のビデオテープ。ラベルにマジックで『仮面ライダー①』と書かれたそのテープの映像を見た時、俺はアナログテレビに映し出されたその雄姿に釘付けになった。
バッタの仮面を身に纏い、赤いマフラーを靡かせてバイクにまたがり駆け付ける。悪の組織・ショッカーの手先と戦うライダーの姿は、幼き日の俺に“憧れ”というものを与えてくれた。
『ライダーキック!!』
「……かっこいい!」
以来、俺は仮面ライダーシリーズに夢中になった。親とレンタルショップに行けば、いつの間にか仮面ライダーのDVDを手に取っていて、誕生日やクリスマスのプレゼントには、いつも仮面ライダーの変身ベルトをお願いしていた。
気づけば俺の子供時代には、いつもそばに仮面ライダーがいてくれた。
「僕もいつか、仮面ライダーになりたい!」
そう思うほどに、彼らは俺にとって唯一無二のヒーローだった。俺もいつか彼らのように、誰かを守れる存在になりたいと願っていた。
だが、仮面ライダーはテレビの番組に過ぎない。世界征服を狙う悪の組織や怪人も、現実にいるわけじゃない。そいつらと戦うライダーたちも、もちろん存在しない。
成長していくにつれて知ったその残酷な真実に、俺は胸が苦しくなるのを感じていた。
『―――こんな奴らのために! これ以上誰かの涙は見たくない!』
『―――止めてやるよ……俺が、いや“俺たち”が』
それでも不思議と、仮面ライダーを見ないという選択は取らなかった。
彼らは架空の存在かもしれないが、画面越しに見てきたその生き様は、俺の人生に大切なことを教えてくれたからだ。
一度奪われれば永久に失われてしまう命の尊さ。心を蝕んでいく孤独を打ち破る、仲間との友情の大切さ。強大な悪に臆することなく立ち向かう勇気の強さ。
そして何より、誰かのために何かを為すということが、どれほど素晴らしいかを、俺は彼らに教えられた。その思いを胸に刻み、俺は生きると決めた。
やがて時は過ぎ、俺は大学生になった。大学に入っても相変わらず仮面ライダーは好きで、毎年発表される新作に心躍らせながらシリーズを追い続けていた。
だが、そんな日々はある時あっけなく終わりを迎えることになる。
―――――
「仮面ライダーゼロワン、か……」
令和に元号が変わった年の7月。俺が手にするスマホの画面では、仮面ライダーシリーズの新時代の幕開けを告げる会見映像が流れ続けていた。
その中で発表された令和ライダーの第一作、『仮面ライダーゼロワン』。AIやロボットといった最新テクノロジーを扱い、主人公は企業の社長という設定。加えて主役ライダーの基本フォームのモチーフは、俺が子供の頃に夢中になった原点―――1号と同じバッタ。
まさに新たな歴史の始まりにふさわしい内容に、俺は胸を高鳴らせていた。
「9月からも楽しみだな」
新ライダーの放送開始を楽しみにしながら、俺は前期の授業に励んだ。そうしているうちに7月が終わろうとし、大学は夏休みに入った。
夏休みの間は、仮面ライダーグッズ購入の資金調達のためにバイトに精を出し、日曜日の朝には物語も終盤となった最後の平成ライダー『仮面ライダージオウ』の放送を見る日々を過ごした。
そうしてジオウの最終回を見届け、その団円を祝い終えた翌週の土曜日。明日はいよいよゼロワンの放送がスタートする。
俺は余程楽しみにしていたのか、変身ベルトを買う店の下見でもするかのように、バイト帰りに駅前の商店街を歩いていた。夏休み期間ということもあり、人通りは多く、特に子ども連れの家族や学生が行き交っていた。
どこにでもある、平和な日常の風景。
その平和が、突然破られた。
「きゃああああああっ!!」
空気を裂くような悲鳴。俺は反射的に振り向いた。
悲鳴を聞きつけ興味本位で遠くから様子をうかがう野次馬。そこから何が起きたのかに気づいて逃げ惑う人々。
その中心にいるのは―――包丁を持った男。
(通り魔……!?)
現実感がなかった。テレビの刑事ドラマでしか見たことのない光景が、目の前に広がっていた。
男は焦点の定まらない目で周囲を睨みつけ、手にした包丁を振り回している。人々は恐怖に駆られ、我先にと逃げ出していた。
心臓が跳ね上がり、足が震える。逃げろ、と頭のどこかが叫んでいた。
だが、俺の視界にそれらを吹き飛ばす光景が飛び込んできた。
(……あれは!)
視界の端に、小さな影が見えた。
泣きじゃくる幼い子ども。周囲の大人たちは恐怖で逃げることに必死で、その子だけが取り残されていた。通り魔の男が、その子に向かって歩き出す。
その瞬間、俺の心の奥底に火が付いたような気がした。気が付けば、考えるより先に体が動いていた。
「やめろ!!」
俺は咄嗟に駆け出し、通り魔の包丁を持った手を掴んで叫んだ。男は俺の手を振りほどこうと暴れ始める。
「離せッ!!」
「離すわけないだろ!!」
悲しいことに腕力では相手が一枚上手だった。それでも、俺は必死に食い下がる。男の手首を押さえ込み、体重をかけて地面に倒そうとしたその瞬間。
「……っ、あ……?」
視界が揺れた。腹の奥に、何か硬いものがめり込んでいる感覚。それがゆっくりと引き抜かれ、温かい液体がどっと溢れ出した。
(刺された……?)
理解が追いつくより早く痛みが脳に伝わり、気絶の前兆のようなものを感じた。
だが、ここで倒れるわけにはいかないと必死に意識を保ちながら、俺は男の顎を目がけて握った拳を下から突き上げた。
「いい加減に……しろォッ!!」
「がっ……!」
上手く打撃が入ったのか、男はそのまま仰向けに倒れ込んだ。その隙に一番近くにいた男性が駆け寄り、通り魔の手から血の付いた包丁を取り上げたのを確認した次の瞬間、俺は全身の力が抜け膝から崩れ落ちた。
地面に手をついた時、鉄の匂いが鼻を刺した。自分の血の匂いだと気づいたのは、数秒後だった。
「兄ちゃん大丈夫か!?」
「誰か! 誰か助けを!!」
「救急車呼んで!!」
俺の周りは、駆け寄ってきた人の叫び声でいっぱいになった。でも、その声はどんどん遠ざかっていく。視界はまるで薄い膜が張られたようにぼやけていった。腹部から流れ出る血が、服を濡らし、地面に広がっていく。
(……無事で、よかった……)
朦朧とする意識の中で、助けた子どもが泣きじゃくりながら母親と思しき女性に抱きしめられる姿を見て、俺は安堵した。
―――――
そこから先の記憶は曖昧だが、俺は救急車で病院へ運ばれたのだろう。ぼんやりとした意識の底で、自分が担架に乗せられている“揺れ”だけが、かろうじて現実と俺をつないでいた。
金属の軋むような音、車体が段差を越えるたびに伝わる微かな振動。体が揺れる。誰かが俺の名前を呼んでいる。
「―――さん、聞こえますか? ―――さん」
(聞こえてる……。……けど返事……できない……)
救急隊員と思われる人の声は、まるで水の膜を隔てた向こう側から聞こえてくるようにくぐもっていた。口は動かず、まぶたは鉛のように重く、ほとんど開かない。体の輪郭が曖昧になり、手足の存在すら遠のいていく。
痛みもない。ただ、冷たい湖の底へゆっくり沈んでいくような、静かで抗えない感覚だけがあった。
視界が一瞬、完全に暗転する。
次の瞬間、ほぼ閉じた瞼の隙間から、白い照明の光が鋭く差し込んだ。その光は、深い闇に沈んでいた意識を無理やり引き上げるように刺さってくる。
気づけば、場面は病院の集中治療室らしき場所に変わっていた。消毒液の匂いが鼻を刺し、機械の電子音が規則正しく鳴り響いている。
「―――血圧、下がってます!」
「輸液もっと早く! ―――!」
(……医者と……看護師?)
声は焦りに満ち、空気は張り詰めていた。怒号にも似た慌ただしい声が、薄れゆく意識の中に鋭く突き刺さる。
その緊迫感が、逆に俺に悟らせた。
俺はもう、助からないんだと。
「心拍数低下! まずい、急げ!」
「家族に連絡を……!」
家族。
その言葉が耳に届いた瞬間、俺の脳裏に家族と過ごした記憶が一気に溢れ出した。
中でも特に鮮明に出てきたのは、いずれも仮面ライダーに関する記憶だった。
父と変身ベルトを着けてライダーごっこをした日。母に手を引かれてヒーローショーに行き、ステージの上のライダーに目を輝かせた日。
俺は自分の中で、如何に仮面ライダーという存在が大きなものだったのかを改めて思い知った。
(……まあ、最期に誰かを助けられたのなら……悪くない……か……)
そう自分に言い聞かせ、思い出の中に身を委ねるようにして、俺は意識を手放した。
世界は完全な闇に沈み、音も光も消えた。もう二度と目覚めることはない。
―――そのはずだった。
「……―――! ……―――!」
闇の中に、誰かの声が落ちてきた。その声は、深い水底に沈んでいた意識を揺らし、浮上させる。
「……郎……、雄次郎……!」
(……この声は、母さん?)
声の正体は母だった。幼い頃から何度も聞いてきた、優しくて、時に叱る時の強さもある声。一瞬、走馬灯の続きかと思った。
だが次の瞬間、闇を切り裂くように響いたその呼び声が、これは現実だと告げた。
「雄次郎!」
はっきりとした母の声に、俺はゆっくりと目を開けた。光が差し込み、暗闇が溶けていく。ぼやけた視界が、徐々に色と輪郭を取り戻す。
視界に入ってきたのは、蛍光灯の光が滲む白い天井と、心配した表情を浮かべた母の顔。消毒液の匂いが鼻腔をくすぐり、ここが病院の病室だと理解した。
絶対に助からないと思っていたのに、どうやら俺はまだ生きているらしい。
「……母さん?」
「良かった、目が覚めて……。あんたいきなり倒れるんだから、お母さんびっくりしたわよ」
「……倒れた?」
「そうよ。吉田先生、雄次郎は大丈夫なんでしょうか?」
母の問いに、奥に控えていた医者らしき人物がカルテをめくる音を立てて答えた。
「念のため検査しましたが、どこにも異常はありません。今日はこのままお帰りいただいて大丈夫ですよ」
「そうですか、ありがとうございます。よかったね、雄次郎」
母は安堵の笑みを浮かべて話しかけてきたが、何かがおかしかった。
俺が病院に運ばれたのは、通り魔に刺されて重傷を負ったからだ。
腹を刺された時の焼けるような痛み。流れ出る血の生臭い匂い。倒れた時のアスファルトの冷たさ。どれも鮮明に覚えている。
それなのに「いきなり倒れた」「異常なし」なんて、辻褄が合うはずがない。
だが、信じられないことに、他でもない俺自身の体が二人の言葉を肯定していた。
(……傷が全くない?)
恐る恐る腹部に手を当てる。痛みがないどころか、治療の痕跡も、包帯すら巻かれていない。皮膚は滑らかで、まるで何もなかったかのようだ。
つまり、俺は“刺されていない”。
では、あの記憶は何だったのか―――
「ん? どうかしたかい?」
腹部を気にしている俺に、医者が声をかけてきた。その顔を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
(……恐竜の……医者?)
医者の頭部は、デフォルメされた恐竜のような形をしていた。
一瞬コスプレの被り物かとも思ったが、目の瞬きや口の動きは自然で、ちゃんと生き物そのものなのが分かった。
視線を病室全体に向けると、他にも少なからず人間とは思えない姿や特徴を持つ患者や家族、看護師が普通に歩いている。
(……どうなってるんだ、これ?)
幻覚かと思ったが、体の感覚ははっきりしている。夢のような曖昧さはない。
これは紛れもなく現実だ。
「雄次郎、大丈夫? 立てそう?」
「……うん、大丈夫」
異様な状況に困惑していると、母が手を差し伸べながら話しかけてきたので、自信の無い返事をした。
少なくとも母については、隣にいる恐竜医者と違って、ちゃんと俺の記憶にある通りの見た目をしている―――はずだったが、よく見ると違和感があった。
(……なんか若い?)
目の前にいる母の髪は黒々として艶があり、肌には張りがある。最後に見た時より十年以上は若く見える。まるで、俺が子供だった頃の母だ。
その時、空に浮かぶ雲の隙間から太陽の光が病室に差し込んできたことで、俺は病室の窓がうっすらと鏡のように反射していることに気づいた。そこに大学生の俺はいない。
病室の窓に映っている今の自分の姿は―――
(……俺も、子供になってる!?)
これが俺―――
俺はこの年、4歳の子供になった。
【次回予告】
我らが風岡ライダー、次のお話は……。
人類が超常的特異体質、“個性”を持つ異世界に転生した雄次郎。
この世界について調べる彼に、信じがたい事実が突きつけられた。
次回
『
に、ご期待ください。
不定期投稿としていましたが、今後は週1回(19:30)の定期投稿に切り替えようと思います(話のストックがある際は随時更新します)。ベースとなる「更新曜日」について皆様の希望を伺わせてください。
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